7

 そろそろ、話を本題に戻そう。

 そう考えた知樹は舞台裏の窓からそっと客席を覗いた。

 観客の姿はまばら、残っている女子達も終わりと判断して談笑していた。


 これでは、練習の続行は難しいだろう。


「先輩、このあとの練習は?」

「私もやる予定だったんだけど……それはまた今度かな」


 視線というプレッシャーのなか演奏をするというのがこの練習の趣旨だ。

 客が少なく、演奏に集中していないのなら効果は低い。


「ハンナには悪いけど、慶太ケーは先輩の演奏聞きに来たんすよ」

「えっ」


 ギョッとして知樹を見た。

 聞きに来たのはその通りだが、気持ちを伝えるのはまた別だ。


「あっ、えっと、それはそうなんだけど、その……」


 照れ隠しに何か理由をつけようと努力するが、思い浮かばない。

 慶太は素直というより、単純な男だった。

 咄嗟に理由うそが思い浮かぶほど器用ではない。


「慶くん、そうなの?」


 彼女から面と向かって問われては、もう逃げられない。


「……うん」


 その言葉に、従姉妹は笑みを浮かべた。


「じゃ、しっかり演奏しなきゃね」

「フミフミ、頑張ってね」


 ハンナは文華の背を撫でると、壇上へ向かう。

 二人も、本来の場所に戻る時が来た。


「うす、失礼します」


 暗いなか、早足で階段を下る。

 すると、慶太が口を開く。


「ありがとう」


 それは足音にかき消される程度の囁きだったが、確かに知樹の耳に届いていた。


「おう」


 意図を理解していなかったが、彼はとりあえず頷いておいた。


◆ ◆ ◆


 午後七時。部活も完全に終わり、陽は完全に沈んでいた。

 スマホの充電は残り10%。危険域だが、まだ大丈夫。


『これから帰ります』


 ショートメッセージを送信すると、突如として画面が黒く染まった。


「あれっ?」


 菅原文華は困惑したが、すぐに思い直した。

 さすがに使い始めてから5年経過している。ガタが来て当然だ。


「ハンナの言う通り、もう変えた方がいいかな」


 などと独り言を漏らしながら、夜道を歩く。

 視線を上げると、進路上に人影を認めた。


 二人、背丈はあまり高くない。

 彼らはすれ違うわけでもなく、まるで文華を待ち受けているかのように仁王立ちしている。


「やっと来たね」


 聞き間違いでなければ、甲高い少年の声だ。

 何事かと足を止めた文華に歩み寄ってくる。


 街灯の下に来たことで、ようやく容姿が鮮明になった。


 ひとりはタンクトップにゆるいパーカーを羽織った少年。

 もう片方は厚底の靴に装飾過多な衣装を纏うツインテールの少女。


 まるで鏡写しのように似通った顔立ち。

 意匠が真逆の装いでなければ、同じ人間が二人いるように錯覚しただろう。


「えっと、なにかな?」


 返答はない。ただ無言で歩み寄ってくる。

 なんてことはない。相手は子供で、武器らしいものも見当たらない。


 だというのに、本能は危険を叫んでいた。


───大丈夫よね。こんな可愛い子なんだから。


 理性で本能を押さえつけ、向こうの出方を伺う。

 その間にも彼我の距離は縮まり、やがて暗い中でも互いの鼻の穴がわかる距離まで接近した。

 ふわりと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 不思議と心地よい匂いだったが、気にするほどのことではなかった。


「どうしたの?」


 立ち止まった二人に呼び掛ける。

 すると、互いに顔を見合わせ始めた。


「そうなの?」

「うん、間違いない」


 意味がわからない。

 二人の意図を図りかねていると、笑み。

 ぞっとするような、邪悪な笑みがそこにあった。


「またね、おかあさん」


 やりたいことだけやって、訳のわからない連中が去って行く。

 ひとり暗闇の中に残された文華は、ただ不気味な事件に困惑するばかりだった。

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