6

 対面すると、文華はそっと真横の彼女を伺った。


「マックー!」


 叫びと共に駆け寄ると、ハンナは一直線に知樹に抱きついた。

 一同は思わぬ展開に凍りついた。


「えっ、どういうこと?」

「いやさっぱり……」


 文華と慶太は当然蚊帳の外だ。一方、知樹はというと……


「えっだれ」


 同じく当事者だというのに、すっかり彼女のことを忘れていた。

 今度はハンナが素っ頓狂な声を上げる番だった。


「えっ、3日さんにち前! 私を助けたじゃない!」

「あれっー? 君だったっけ?」


 実のところ、知樹は助けた女の子の事を忘れたわけではない。

 ただ、下着姿の彼女を直視出来ず、容姿が印象に残らなかったのだ。


「……言われてみれば、そうだったかも」

「もう! 今度は忘れないでね」


 知樹は至近距離でそう言う彼女から視線を逸らした。

 このような距離感で会話をする異性は初めての経験だった。


「なあ、距離近すぎない?」

「……ま、そうね」


 少し冷静になったハンナも、彼我の距離を認識した。

 場が落ち着きを取り戻したのを見て、慶太が問い掛けた。


「二人は、どういう御関係?」


 この質問を聞いた途端、ハンナの目が光った。

 あまり綺麗な煌めきではない。


「それわかるわ! アメフトォ……」


 独特な発音と共に放たれた彼女の唐突な発言に、二人は疑問符を浮かべた。

 そして、慶太は戦慄した。


───なんで外国人がリアル禁制のネタを……!


 日本───厳密には、東アジア限定でしか流行していないと彼は理解していた。

 まさか、遠く離れた北欧の地でも流行していたのか。


 動揺を表に出せば、関与を疑われる。

 慶太は必死に平静を装い、沈黙を決め込んだ。


「俺はそんなスポーツやってない」

「あれっ? こういう時、ネットだとウケたんだけど」

「また変なところ見たのね……」


 ハンナは日本語の勉強のためにアニメ・漫画はもちろん、ニヤニヤ動画とそれに関連するサイトを読み漁っていた。

 そのため、時折歪みある・・・・ネット界隈から来た知識が出てくることがある。


「もしかして、ハンナが山で助けられたって話と関係があるの?」

「そう! そこでこのマックがズバッと助けてくれたの!」

「幕内くん、そんなことやってたの?」

「ああ。月一のトレーニング中だった」


 これは登山が趣味なのだろうと解釈し、あえて触れる者はいなかった。

 それよりも、慶太と文華の興味は救出劇の方に向けられていた。


「あいつら、私が寝てるところをいきなり縛ったのよ。服だって着てなかったんだから!」

「そういえば、ハンナは寝る時下着派だったっけ」


───それは読み取れるが、口に出すか普通っ。


 知樹と慶太は静かに動揺したが、女子校生は動じなかった。


「で、車に乗せられて山に連れてかれて……そこから先はマックの方が詳しいかな」

「普段通らない道で帰ろうとしたら、偶然現場に遭遇したんすよ。で、石投げて一人倒したり、引き離して不意を突いたり……」


 相手は犯罪も辞さない輩である。しれっと言ってのけたが、全ての過程が命懸けである。

 普通ならフカシか、冗談の類と考えるべきだろう。

 しかしここに被害者がいるのだから、本人の訂正がない限り信じざるを得ない。


 その本人はというと───興奮した様子で、うんうんと頷いている。

 嘘と呼べるほどの乖離かいりはない、と見るべきだろう。


「もうホント……スチールギアの葬式の人みたいにあっさりとボコボコにして、正直私も信じられない気分なの!」

「はっはっは、俺様は強い!」


 知樹は気を良くして冗談を言ったつもりだったが、周囲は冗談と受け取らなかった。


───この男、只者ではない。


 一同にそう印象付けるに十分な出来事であった。

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