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2021年4月27日


 入学からおよそ一ヶ月。初めて顔を合わせる同い年達と打ち解け始め、徐々にそれぞれのグループを形成し始める時期。

 しかしなかには人付き合いが苦手な者もいて、グループに属せぬ孤独な人間もいた。


 菅原スガワラ慶太ケイタも、先ほどまではその一人だった。


「やっぱ運動やってたんだな」

「うん。まぁ、あんまり才能なかったんだけど」


 教室で一人昼食を食べていると、目前に人の気配を感じた。

 顔を上げると、彼がいた。幕内知樹である。


 同じクラスであるとは知っていたが、話すのは初めて。

 もちろん、食事を共にするのも初めてだ。


「どうしてわかったの?」

「体格見りゃわかるって。肩はいい感じなのに下半身……たとえば、ふくらはぎが小さめ。こりゃ、素早く動くための身体だ」


 慶太はそこそこ痩身に見えるが、肩を見れば身体作りを欠かしていないのが読み取れた。

 これは魅せる肉体ではなく、動かす身体だ。


「うーん、バスケかな?」

「正解。よくわかるね」

「身体は嘘つけねーのさ」


 前の学園の友人もなく、しかしバスケットボール部に入部する気にもなれず。

 故に、慶太はボッチだったのだ。


「こっちじゃバスケやんねーの?」

「うち、親が単身赴任しててさ。家事は僕がやらないと」


 その時、知樹の目が輝いた。


「実は俺もなんだ」

「えっ、お母さんも?」

「や、女の方は俺がチビの時に蒸発した。育児が嫌になったんだと!」


 知樹にとって母親は忌むべき対象だった。その胸中にある感情は、親と認めたくないほどの憎悪ばかり。


「僕は、死んでさ。産まれてすぐ、子宮頸がんで」


 うっ。知樹は言葉を詰まらせ、自身の軽率さを恥じた。

 恨みがあるとはいえ、世の女全てが母のようなろくでなしとは思っていない。

 いい思い出がある親子だっているはずなのだから。自分と父のように。


「すまん」

「あーいや、僕も覚えてないから似たようなものだよ」


 その態度から重すぎると判断した慶太は、ささやかながらフォローした。

 しかしそれでもバツの悪そうな表情を浮かべる知樹を見て、話題を少し逸らすことにした。


「えっとさ。今うちにイトコがいるんだよね」

「イトコ?」

「父さんの兄の娘。従姉」


 本来他人従姉の個人情報に繋がるこの話を切り出す気はなかったが、空気を悪くしたままにするのはためらわれた。


「……居候いそうろう、ってことか?」

「そう。勘違いしないで欲しいんだけど、二人暮らしなんだ」

「? ああ、そうなんだ」


 慶太の懸念は杞憂のまま終わった。

 誤解を受けなかったことは僥倖だが、反応が薄すぎて肩透かしを食らった気分になってしまった。

 もちろん「うわーヤりまくりだー」などと茶化されるよりずっとマシだが。


銀城ぎんじょう女学園に通ってて、ガチで音楽やってるんだ。帰りも遅いから、僕が用意しないとさ」

「なるほどなぁ。頑張ってんだなぁ」


 熱意を持って活動する人間には敬意を払うのは当然だ。知樹は素直に感銘を受けていた。

 あまりに素直な反応に、慶太は少し気をよくした。


「今日の放課後、講堂で練習するんだって。僕もたまに見に来ていいって言われてるけど……」

「へぇ、いいじゃん。行こうぜ」

「えっ。でも、女子学園だし……」


 思えば、どこかでこの返答を期待していたのかもしれない。

 慶太は内心的な傾向が強く、友人がいなかった。同時に、気になっていた従姉妹の練習風景もろくに見たことがなかった。

 一歩を踏み出せない慶太に彼の言葉は、心強かった。


「だったらなんだよ。お前が家事代わりにやってんだろ? なら、見に行く権利ぐらいあるって」

「そうかな?」

「そうだよ。向こうがいいって言うなら、事前に連絡しときゃ入れるだろ」


 心の中で立ち塞がっていた壁が、他人の口からどんどん否定されていく。

 経験したことのない安心感。それが心に広がっていた。


「そう、だよね。行こうか」


 彼が友人でいてくれたら。

 慶太の心中で知樹が大きくなりつつあった。

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