3
放課後。素早く荷物をまとめた二人は、母校から少し離れた位置にある銀城女学園へ向かった。
バスに乗り、電車に揺られ15分ほど。
名気屋市北部、住宅街のど真ん中にそこはあった。
「弦楽部の見学に来た菅原慶太です」
「幕内知樹っす」
正門の警備員詰所へ向かい、学生証で身分を伝える。
警備員、というより用務員の男は痩身で人相の悪い男だった。
「ふーん」
彼らの提示した書類を一瞥すると、鼻を鳴らす。
「申し訳ありませんが、アポイントメントのない方は通せませんねぇ」
「は?」
真っ先に反応したのは知樹だった。慶太が連絡を欠かした、という発想は一切ない。
「くっくっく、肉棒と不審者は入れちゃぁいけない規則でしてねぇ」
「……? てめぇこそ怪しいな。本当に用務員か?」
「あぁん?」
「ま、幕内くんやめなよ」
その時、用務員が首に掛けていた黄色いタオルをカウンターに叩きつけた。汗で濡れたタオルは意外にも痛そうな音を出す。
一方知樹はお返しに詰所を蹴飛ばした。その威力はプレハブ構造物を揺らし、用務員の肝を冷やした。
「お、おいおい……びっくりしちゃったぜ」
「わり。俺もびっくりして足が出ちゃったぜ」
ニッと笑みを浮かべる。その笑みは、明らかに侮辱を含んでいた。
知樹の言葉の直後、野次馬達から笑い声が漏れた。
どうもこの用務員、他の生徒達からも快く思われていないらしい。
「で、タオルなんか振り回してどうしたんだ? 重くて疲れちゃったか?」
「けっ。ただ下ろしただけだよ」
口ではそう言ってみせたが、内心は苛立っていた。
───クソチンピラめ、この俺様をコケにしやがって。
ドス黒い感情を真っ向から受け止めながら、知樹は話を続けた。
「で、どうよ。通すんだよな」
「不審者は通せねぇなぁ」
「この野郎まだやるか」
果たしてこの勝負、どうなるのか。
野次馬達が期待しだした時、水を掛けるものがいた。
「すみませーん!」
この場に似つかわしくない大声。声の方へ視線をやると、一人の少女が駆け寄っていた。
「すみません用務員さん。彼らが、先ほどお伝えした従兄弟と友達です」
そこそこ長身な美少女がそこにいた。
首には今年度の2年生を表す青いネクタイを巻いている。
慶太を従兄弟と呼ぶ少女。彼女が慶太の従姉妹だ。
「ちっ……あぁ、この方々でございますかぁ」
用務員は慶太の従姉妹を一瞥すると、白々しく答えた。
知ったうえでの態度なのは明白だ。
「お時間を取らせて誠に申し訳ありませんです……はい」
「で、通っていいんだな?」
「はい。どうぞ、お通りくださいませぇ」
「けっ」
知樹は気に食わない男をひと睨みすると、正門をくぐった。
女学園の生徒達の視線は、彼らに集まっていた。
「ごめんなさい。多分、私の伝え方が悪かったのね」
「そんなことないっすよ。あの用務員がケツメド野郎だったってだけっすよ」
「けっ……そういう言い方はよくないんじゃないかな?」
講堂へ向かう道すがら、彼女は自己紹介を始めた。
「初めまして。菅原
「うっす、幕内知樹です。慶太くんとは今日初めて話しました」
「打ち解けるのが早いんだね。慶くんからの連絡で、まさかと思ったけど」
タイミングよく彼女が登場したのにも理由がある。
トラブルを察知した慶太は即座にショートメッセージを送り、文華を呼んでいたのだ。
用務員がどんな人間か定かではなかったが、当事者を出せば事態が収まるのではないかと考えたのだ。
「素直に聞いてくれて助かったよ」
「
「……先輩さぁ、ろくでなしに騙されやすそうだから気をつけた方がいいっすよ」
「ええっ。そうかなぁ?」
「僕も、いきなりあんな事してくる人相手はなぁ……」
少なくとも、多少揉めた程度でタオルを叩きつけて威嚇する人間はまともではない。
怯まずに威嚇し返す側も大概だが。
それはともかく、用務員の蛮行について文華も擁護しようがないらしく。
「ちょっと……喧嘩っ早いところがあるかもね」
バツの悪そうな笑みを浮かべながら二人を行動へ案内した。
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