第7話 テームの街、第二次防衛線
誠たちの方でも、双眼鏡で魔王軍の4匹の将軍が山の中腹からこちらを見ていることを確認していた。
「団長、将軍らしき魔物4人が確認できます。あの山の中腹です。」
誠が双眼鏡を団長に渡す。
「そんな感じだね。何か話しているようだね。」
「そのようですが、残念ながらこの距離では何を言っているかは分かりません。」
「それは仕方がないかな。だけど、この時間に将軍たちがあそこにいるというのは、最初の攻撃では、将軍たちはあそこから見ているつもりなのかもしれないね。」
「そうですね。こちらの罠を警戒して最初は部下に突入させるのかもしれません。偵察部隊の報告では、3万匹の魔王軍地上部隊は街周辺の森に移動して、東に2万匹、北西に1万匹に分かれて休んでいるようです。飛竜部隊はまた別のところにいるようで、今のところどこにいるか分かっていません。」
「地上軍は2方向から突入してくる?」
「はい。もしかすると、部隊の一部は街の人を逃がさないように街を包囲するために使うかもしれませんが。」
「戦闘開始は夜中の3時ごろになるかな。」
「魔王軍の攻撃開始時間はそうだと思います。ただ、今回は前回と違いアイシャさんたちの地上攻撃部隊250人がいますので、魔王軍の部隊が街への攻撃のために密集したところで、こちらから先制攻撃をかけます。」
「それはいい考えだね。」
夜になると、街の人全員が持ち場に移動して休憩していた。街の中央にある司令部の1階で待機している橘がミサに話しかける。
「また、ここで待機か。」
「はい、誠の出撃指示があるまで、休んでいましょう。」
「また私たちの出番がないということはないよな。」
「将軍が4匹もいるので、誠が私の出撃が間違いなく必要と言っていました。」
「もしかして、初めの予定通り将軍1匹、軍勢1万匹だったら、私たちの出番はなかったのか。」
「はい、また予備の戦力で終わっていたかもしれません。」
「その点は、こっちに将軍4匹を向かわせた魔王に感謝しないとな。」
「努力が無駄にならないからですか。」
「実力も試せるしな。」
「でも、街の被害が大きくなりますから、やっぱり少ない方がいいです。」
「まあ、それもそうね。」
司令部の最上階で待機しているハートグリーンが亜美に話しかける。
「また、いっしょですね。」
「はい。でも6人で300近い飛竜を迎撃しなくちゃいけないなんて、リーダーのお兄さんは無茶苦茶だよ。私とかはリーダーとは全然違うんだから。」
「亜美さん、私たちは地上の対空部隊からの支援もあります。なおみさんとブラックは2人だけで150人以上の魔王軍側の妖精に対応しなくてはいけないんですよ。」
「あの2人の動きなら、普通の妖精じゃ目が追い付かないんじゃないかな。」
「でも、殺さずに倒せですからね。」
「それも無茶苦茶だな、リーダーのお兄さん。」
レッドが話に加わる。
「私たちはの役割は、基本的には対空部隊のいる場所に飛竜を誘い込むだけ。」
「レッドさん、でも、6人で飛竜に追われるんだよね。あまりいい気はしないよ。」
「逃げるだけなら、亜美さんの方が上手よ。」
由香も話に加わった。
「それはレッドの言う通りだな。逃げるだけなら、俺も亜美に敵わない。」
「みんなで、私をからかって。」
「アイシャ大尉たちも250人で3万人の魔王軍を攻撃するのよ。だから私たちも頑張るしかないわよ。もし負けたら、飛べない人間は皆殺しになっちゃうし。」
「それは絶対に防がないといけねーな。」
「レッドさん、それは分かっているけどさ。由香、豊さんは何をするの?」
「Bフィールドの第2防壁でホーガンの装填と、防壁を突破された時は槍で戦う役割だって。兵隊ではこの役割が一番多いっていうことだよ。」
「それじゃあ、もし混戦になったらBフィールドで上空から豊さんを支援したら。」
「そういうわけにもいかねーだろう。豊も、お前の役割を果たせって言っているし。」
「そうか。心配だね。」
尚美が話しに加わる。
「由香先輩、兄の話では、戦いが朝まで伸びるようなら、Bフィールドから攻めてくる可能性が高いということです。ですので、私たちもその援護で、Bフィールドでいっしょに戦うことはできると思います。」
「朝まで伸びるとBフィールドから攻めてくるって、何でわかるんだ。」
レッドが答える。
「朝日を背にするためだと思うわよ。」
「はい、レッドさんの言う通りです。」
「なるほど。それじゃあ、豊の場所が一番危ないというわけか。」
「魔王軍に防壁を突破させなければいいだけです。」
「まあ、そうだけどもな。」
そのとき豊が部屋のドアの入口にやってきた。入口の兵に声をかけた。
「大変申し訳ないですが、由香、いますか?」
由香が答える。
「おう、こっちだ。どうした。」
「魔王軍が攻めてくるのは深夜になりそうなので、交代で1時間の休憩ということになった。もしかすると、最後になるかもしれないから。」
「縁起でもないことを言うなよ。」
尚美が話かける。
「由香先輩、こちらも1時間の休憩で大丈夫です。ただ、魔王軍に大きな動きがあったら、飛んで戻ってきて下さい。」
「サッ、サンキュー。」
由香と豊が部屋を出て行った。ハートブルーがハートイエローに言う。
「あれが豊さんか。初めて見た。」
「何で由香だけ彼氏持ちなんだよ。おかしいだろう。」
ハートレッドが言う。
「由香は裏表が無くて性格がいいからじゃない。」
「レッドは基本裏しかないけどね。」
「えー、皆には表を見せているじゃない。」
尚美が言う。
「由香先輩と一緒にいるときは特にそう思います。」
「何で由香だけが特別。」
「たぶんですが、由香先輩ならば任せても大丈夫という感じではないでしょうか。『ハートリングス』の皆さんがレッドさんに頼りすぎなんだと思います。」
「僕もそう思うよ。そのことは反省している。」
「何だブラックまで。」
ブルーが言う。
「なおみさんの言う通りかもしれない。ピザムに従ってた時もそうだった気がする。面倒なことはすべてレッドに任せっきりだった。」
「なるほど、そうかも知れない。レッド、有難うな。」
「止めてよ。私たちが今晩死んじゃうみたいじゃない。私はこのユニットのリーダーだから、面倒なことを引き受けるのは構わない。でも、なおみさんみたいに、もっとみんなを信用して任せた方が、みんなのためだったとは思う。」
「そうだな。『ハートリングス』も、もっと成長していこう。」
「その通り。でも『ユナイテッドアローズ』さん、魔王軍との戦いが終わったら、絶対ステージで競い合いましょう。そのときは容赦しないわよ。」
「有難うございます。こちらもステージでは容赦しません。」
ハートグリーンが宣言する。
「北部でのナンバーワンは『ハートリングス』です。」
「グリーンさん、プラト王国のナンバーワンは『ユナイテッドアローズ』です。」
「亜美さん、大きく出ますね。」
尚美が答える。
「亜美先輩は、自分のパフォーマンスを徹王子様に見てもらいたいからだと思います。」
「そうなの?亜美さん、王子をさらって、隠したりしたらダメだからね。」
「グリーンさん、そんなことをしたら貼り付けで死刑だし、絶対にしないよ。でも、一度でいいから徹王子を抱いて飛んでみたいけど。」
「そう考えるの、やっぱり危ないよ。」
そこにいる皆が不安そうな目で見た。
「何でそんな目で見るの?皆も本当はそうなんでしょう。」
「私は違う。」「私も違う。」「私もない。」「俺もないぜ。」「僕も。」「私もです。」
亜美が不満そうな顔をするなか、全員が笑った。
夜の時間は緊張した雰囲気の中で静かに過ぎて行った。防壁の中では兵士が交代で夕食を取っていた。アイシャの部隊は即応性と人数が多いということもあり、第1防壁のすぐ外側のテントで待機していた。そのすぐそばに、多数の砂の入った竹やりや、紐がついた袋が並べられていた。みなみ少尉の分隊と交代でアイシャの護衛のためにやって来た ふみか少尉の分隊は、その高速性と専門性を生かして、定期的に街周辺の偵察行い、司令部に報告していた。偵察をしない間は、アイシャの傍にいた。
「ふみか少尉、魔王軍の様子はどう?」
「アイシャ大尉、もう攻撃準備は終わっているようです。飛竜が森の上空から街を観察していますが、森よりこちらに来ることはないです。」
「そうなんだ。いよいよか。」
「アイシャ大尉、今日は思う存分、魔王軍と戦ってください。私たちが盾になっても、アイシャ大尉をお守りします。」
「私の安全を優先させて、あまり戦わないように言っていたみなみ少尉とは、言葉が全然違うね。私たちの気持ちも考えてくれて有難う。でも、ふみか少尉たちを無駄に危険にさらすわけにもいかないし、誠君にもこちらは人数が少ないということで、自重した効率的な攻撃を考えるように指示されているから、安心して。」
「私たちでは、あの重い竹やりを持って飛ぶことはできませんし、みなみ少尉から聞いたのですが、この街には神田明日夏という非常に腕のいいヒーラーもいるということですので、私たちの安全のことは考えなくてもいいです。」
「あんなに酷い状態のみなみ少尉たちを治す、明日夏さんのヒール力には本当に驚いたけど、体が変わってしまってしまうみたいよ。」
「はい、でもそれも望むところです。」
アイシャは「死ぬかもしれないのを恐れないなんて、昔の私みたいだな。」と思いながら答えた。
「立派な覚悟だけど、無理は禁物だからね。」
「分かりました。ところで、第一防壁と第二防壁の間にオークが多数いるみたいですが、大丈夫なんですか?」
「ガッシュさんたち?あれは地元のオークで第二防壁の建設にもすごく協力してくれたし、大丈夫だよ。誠君に指示されたみたいだけど、武器も持っていないし、何か運搬を担当するんじゃないかな。」
「そうなんですね。でもやっぱり、自分たちが飛んでいないときは、オークは少し怖いです。」
「まあ、そんなに心配しなくても、逆にオークたちは、私のことをオークを火炙りにして楽しんで殺す女として怖がっているみたい。」
「そうなんですね。さすがです。」
「あっ、でも、それは誤解なんだよ。本当に楽しんでいるわけじゃないからね。作戦を効率的に進めるために、そういう噂が立つようにしているだけ。」
「もちろん、それは分かっています。」
司令部の最上階に由香が戻ってきた。レッドが話しかける。
「由香、お早いお帰りね。帰ってくるのは明日の朝かと思っていたわ。」
「そうしたいところだけど、さすがに今日は無理だろう。」
イエローが驚く。
「本当なのか。一晩、いっしょに過ごしたりするのか。」
ブルーが答える。
「イエローは奥手だからな。19歳なんだから当たり前だろう。」
「そうなのか、ブルーもそういうことがあるのか?」
「ないよ。男に見る目がないんだよ。」
「レッドは?」
「ないわよ。私はアイドルになりたいから、全部、断っているわよ。」
「イエロー、まあ、レッドに関しては、レッドが言う通りだろうね。グリーンに先を越されないようにな。」
「俺もアイドルになりたいからな。ははははは。」
「そうだな。私もだ。由香さんはアイドルでなくて、ダンサー志望だから違うんだよ。」
「なるほど。さすがブルーは頭がいいな。でも、今日の夕食のデザート、すごく美味しくなかったか。」
「イエロー、話を急に変えるな。」
「いやー、最後のデザートかもしれないだろう。」
「まあ、敵の数がやたら多いから、勝ったとしても、こちらの損害もすごいんだろうね。」
レッドが励ます。
「ブルー、なおみさんが絶対の信頼を置いているお兄さんが一生懸命考えた作戦だから、心配はいらないと思うよ。そんなことより、指示されたことを確実に実行するだけよ。」
「レッド、それは分かっている。」
ティアンナが率いる子供たちは、ミサの親のホテルで休んでいた。一部屋に10人ぐらいが入り、話が弾んでいた。
「ティアンナ、それにしてもスゲー晩飯だったな。」
「デザートまで付いていた、岩ちゃんに感謝しなくちゃ。」
「ディアンナが好かれているからだろうな。二人っきりでいることもあるけど、本当はどんな関係なんだ?」
「岩ちゃんは、みんなといるときと変わらないよ。」
「本当かー?」
「本当だよ。戦争が終わっても、俺のそばに居てくれるって言っているから、今はそれでいいけど。それより、明日の朝から魔王軍と戦うんだから、俺たちは早く寝ないと。」
「ベットはどうする。」
「俺は床で寝るから、お前らが交代で使っていい。」
「いいのか?」
「いい。」
「参謀長と添い寝するときまで取っておくつもりか。」
「まあな。」
「それじゃあ、遠慮なく使わせてもらう。」
「でも、早く寝ろよな。」
「分かった。まだ死にたくねーからな。」
ティアンナ以外が初めて横になる部屋のベッドで遊んでいるうちに、全員が寝付いた。
周りの森は普段から夜になると不気味な場所であったが、オークやゴブリンが戦闘の準備をしている気配で、不気味さがより一層深まっていた。夕食の後に仮眠を取る兵士もいたが、午前2時には全員起こされていた。偵察を終えたふみか少尉の分隊が司令部に報告にやってきた。
「魔王軍は最終準備を終えたようです。地上部隊はやはり東のBフィールド、北西のFフィールドの先の森の手前の方に終結しています。Bフィールドの方が数が2倍ぐらいです。飛竜部隊は南西のDフィールドの森の奥の方で出発を待機しています。」
「ふみか少尉、偵察と報告、有難うございます。今晩は風もありませんし、この情報で作戦が確定できました。」
「それにしても、参謀長、この魔法の筒はすごいですね。月明かりもないこんな暗い夜なのに、森の中の魔王軍が良く見えます。」
「はい、生き物が発している熱が見える装置です。」
「そうなんですね。それでは、私たちはこれからアイシャ大尉の護衛に戻ります。」
「はい、お願いします。その時にアイシャ大尉にこの指示書を渡してください。」
「承知しました。」
作戦が確定し、その他の部隊にも伝令が指示書で作戦を伝えた。ただ、尚美たちのところには誠が指示書を直接届けることにした。
「みなさん、こんばんは。」
「あっ、お兄ちゃん。」
「尚、もうすぐ戦いが始まるけど、大丈夫?」
尚美が指示書を受け取る。
「大丈夫だよ。普通の妖精には負けないから。」
「無理を言ってごめん。でも、もし作戦の継続が無理だと感じたら、僕の指示は無視して自分たちの安全を優先していいからね。」
「分かっている。」
「みなさん、魔王軍の方も最終準備が終わったみたいです。こちらから先制攻撃をかけますが、皆さんが先陣を切ることになります。」
「リーダーの兄ちゃん、大丈夫。魔王軍をなるべく街に近づけさせたくないからな。」
「はい、街の損害が少なくするように、街からできるだけ離れたところで倒すように作戦を考えています。」
「サンキューな。」
「それじゃあ、お兄ちゃん、戦いが終わったら、またお菓子を食べようね。」
誠は「それは王都に行ってからになるかもしれない。」と思いながら答えた。
「分かったよ。お酒を飲まない人用に、お菓子食べ放題の祝勝会を開催するよ。」
「有難う。お兄ちゃん、お菓子の方にも来てね。」
「そうするよ。」
「約束だよ。」
「約束する。」
作戦開始が近くなって、4匹の将軍が立ち上がった。将軍のためのお酒や食べ物を出す指揮をしていたザレンも街や周りの様子を見て、戦況を分析していた。
「壁のかがり火の数がどんどん増えているな。向こうももうすぐ戦闘が始まることが分かっているようだ。」
魔王軍のゴブリンを乗せた飛竜や妖精が飛び立ち、上空で隊列を整え始めていた。
「いよいよだな。」
そのとき街から6人の妖精が進発した。
「6人の妖精が飛び立ったが、アイシャの部隊はどこにいるんだ。たぶん、そっちの方が主力部隊のはず。」
6人の妖精は上昇しながら、そのまま森の奥の方に向かい、隊列を整えている途中の飛竜部隊の上空に位置し、矢を放ち始めた。その矢の何本かがゴブリンに当たり、ゴブリンが地面に落ちて行った。すると、飛竜の上空にいる魔王軍の妖精部隊に指示があったのか、隊列が整わないまま街の6人の妖精に向かって行った。街の妖精は飛竜に矢を放ちながら街の方に向けて後退していった。ザレンはその様子を見て「やはり6人はおとりだな。隊列が整わないまま妖精部隊が街側に誘引されている。アイシャの部隊がどこかにいるはず。」
そう考えて街の周りを探していると、街の東側から250人の妖精が既に発進を終えて上昇しているのが見えた。
「もう東側から妖精部隊が進発しているのか。」
その部隊を注視する。
「250人はいるな。あれがアイシャの部隊だろう。」
ジグムントも予想外の展開に言葉を漏らす。
「街側から先制攻撃を掛けてくるのは予想外だな。こちらの妖精部隊が態勢の整わないまま、街側に引き込まれている。」
ザレンが答える。
「はい、東側から250人の妖精が進発しました。こちらの部隊は気が付いていないようですから、このままですと、こちらの後ろに回り込まれます。」
「そうだな。湘南参謀長と言ったか、見事な作戦だ。」
しかし、250人の部隊は飛竜部隊の後方に回り込まずに、そのまま東に向けて上昇していった。ジグムントが不思議に思って言う。
「何だ、あの妖精部隊、飛竜部隊の後ろに回り込むんじゃないのか。東に直進しているぞ。今、飛竜部隊を狙えば楽勝だろうに。」
「ジグムント様のおっしゃる通りです。ジグムント様とゴンギヌス様の地上部隊を攻撃するつもりかもしれませんが、森の中では矢が木に邪魔されてかなり効果が落ちます。それが分からないとは思われませんので、私にも敵の意図が分かりません。」
「そうだな。」
アイシャが森の中の魔王軍の後方の上空300メートルで散開を指示した。
「訓練通り、横25、縦10で散開する。間隔は横10メートル、縦20メートル!」
散開が終わると降下を指示する。
「このまま降下して、魔王軍の上に炭の粉を撒いて上空に戻る。鐘が3回なったら、全員、両耳を両手でふさいで、口を開けること。私も良く分からないけど指示に従って。」
撒く粉が炭を挽いたものと言うことは、アイシャも指示書で初めて知ったことだった。250名が紐が付いた袋の中に入った30キログラムの炭の粉を持って降下を始めた。アキがそれを確認して進発する。
「アイシャが降下を始めたから、私は火矢を持ってBフィールド上空で待機と。」
降下したアイシャの部隊は、地上高120メートルで水平飛行に移行し、紐の片方を持ったまま炭の袋を投下した。地上付近で紐に引かれて袋が開き、魔王軍がいる森の中に炭の粉が撒かれた。紐の手ごたえで袋が開いたことを確認した隊員から紐を離し、街の防壁の中に最大速度で向かった。
誠はアイシャの部隊がアキの下を通って第二防壁を越えるのを確認すると、鐘楼にいる兵に合図を送った。すると、すぐに鐘が3回鳴った。防壁の指揮官が兵に指示する。
「参謀長の命令だ、全員両手で両耳を塞いで口を開けろ。」
レッドも叫ぶ。
「みんな、両手で両耳を塞いで口を開けて。」
レッドたちとは別行動のなおみとブラックは鐘の音と同時に進発したが、飛び立つと同時に、空中で耳を塞ぎ口を開けた。アキがアイシャの部隊が炭の粉を撒いた中心を狙って、「お願い、火が付いて。」と念じながら火矢を放った。そして、両手で両耳を塞いで口を開いた。しかし、指示書では矢を放った後、街の中心に向けて全速力で飛んで退避することになっていたが、アキは火が付くかどうか心配だったため、その場所に留まった。
「火が付かなかったら、また火矢を撃たないと。」
火矢は放物線を描き森の中に吸い込まれていった。すると、森の中から眩い閃光が発せられて大爆発が起きた。
(著者注:30キログラムの炭を250人が撒くと合計で7.5トンとなる。炭のエネルギーは1キログラムあたり15.3メガジュール、TNT火薬は4.18メガジュールである。従って、撒いた炭の全量が粉塵爆発を起こすとTNT火薬のエネルギーで換算すると27.5トン分となる。1/3が爆発しても、TNT火薬9トンほどのエネルギーの大爆発となる。)
爆発した場所周辺を強力な衝撃波が襲い、そのすぐ後に、強力な爆風が襲った。爆発は1回で収まった。
アイシャ達はだいぶ離れていたため、ふらつきながらも耐えることができた。アイシャが耳を塞いでいた手を外す。
「もう手で耳を押さえなくても大丈夫。急いで地上で袋を受け取り、北西の魔王軍に対して同様の攻撃を行う。」
ビーナが爆発の後に燃えている森を見ながら尋ねる。
「アイシャ、今の爆発は何なの?炭の粉に何か魔法がかけてあるの?」
「ビーナ、私にも詳しいことは分からない。今は魔王軍が何か対策しないうちに次の攻撃することの方が重要。」
「分かった。」
アイシャの部隊より早く、尚美とブラックは行動を起こしていた。
「この棒を妖精に当てるだけでいいんですね。」
「そう。棒で殴る必要はない。当てるだけで気絶する。それに殴ったら棒の方が壊れる。もし、危なかったら相手の妖精を蹴るぐらいはしてもいい。」
「了解。」
尚美とハートブラックが爆発の衝撃波を浴び、爆発のあった方向を見て気が動転している妖精たちの背後から迫り、棒状のスタンガンを当てると、妖精たちは次々と地面に落ちて行った。尚美たちに気が付き弓を構えたが、部隊の中に入り込まれ、すぐそばに味方がいるため、上手に撃つことができなかった。
その下のDフィールドの第二防壁の内側では、地元のオークのガッシュたちが走り回っていた。地上の兵が指示する。
「ガッシュ、右の方、妖精が落ちてくるぞ。」
「へい。」
ガッシュがその方向にダッシュし、落ちてくる妖精を受けとめる。それを地元の兵に渡して、兵が妖精を拘束していた。また、第二防壁内側の対空用ホーガンの部隊が上空の飛竜に対して攻撃を行っていた。
「飛竜め、その高さなら矢が届かないと思ってるんだろうが、この対飛竜用の10連装対空ホーガンなら届くんだよ。各員、斉射。」
一度に数十本の矢が飛竜に対して放たれ、飛竜やゴブリンが地面に落ちていった。
Bフィールドの第二防壁の内側では、爆発が終わってから森を見た兵士が歓声をあげていた。豊たちが興奮して叫んだ。
「何だ!?爆発したぞ。」
「すごい!」
木の枝の切れ端が、防壁まで飛んできていた。
「痛っ。枝の切れ端が当たったぞ。」
「豊、大丈夫か?」
「俺は大丈夫。さすが由香のリーダーのお兄さん、すごい爆発だった。これで魔王軍は全滅したんじゃないか。」
指揮官が命じる。
「いや、少数のオークとゴブリンがふらふらしながらこちらに出てきている。弓兵、ホーガン部隊、攻撃用意。」
「了解。」
準備を終えた豊が「あれなら殲滅は容易だな。」と思いながら元気に報告する。
「攻撃準備完了。」
「撃て。」
生き残ったオークやゴブリンは、衝撃波を浴び、爆風で吹き飛ばされたため傷を負っていた。それでも、火に追われて森から出てきた。それらに対して、普通の矢やオーク用の矢が容赦なく浴びせられた。
爆発が終わったところで、ハートレッドが指示する。
「上昇、飛竜部隊の上空に向かう。」
地上からのホーガンが届かない上空に達したところで、再度指示する。
「それじゃあ、私たちは地上からの攻撃を避けるために上空に上がってくる飛竜を殲滅する。みんな、良く狙って撃ってね。由香は私と森の方に逃げる飛竜を攻撃するけど、深追いはしないよ。」
「レッド、分かっている。」
少し明るい由香を見て、ハートレッドが話しかける。
「Bフィールド、無事そうで良かったわね。」
「2万匹が攻めてくるから心配したけど、一応、ホッとしたぜ。」
「それじゃあ、みんな作戦開始よ。」
「了解。」
火矢を放ったところから退避しないで森を見ていたアキは、爆発の衝撃波と爆風を受けて、バランスを失いながら吹き飛ばされていた。
「わー。」
ぐるぐるまわりながら地上へ落ちて行ったが、高いところにいたため、地表ぎりぎりでなんとか態勢を立て直して、水平飛行に戻ることができた。
「こんなすごい爆発なら、湘南もそう言ってくれればいいのに。あっ、そう言えば、かなり大きな爆発になるから気を付けてって言ってたか。でも、こんなにすごいとは思わなかった。油断したわ。」
燃えている森の方を見ながら感想をもらす。
「でも、これなら、勝てる。」
アキが振り向くとアイシャ達が既に袋を受け取って北西に向かったのが見えた。
「アイシャ、さすが。私も急いで行かなくちゃ。今度は火矢を撃ったら全速で退避しないと。」
4匹の将軍のところにも爆発の光と衝撃波が届いた。
「何だ、爆発したぞ。」
「ジグムント、かなり大きな爆発だが、俺の部隊は大丈夫か。」
「いや、あの爆発だと俺の部隊もたぶんダメだと思う。しかし、あいつら、次はゾロモンの部隊に向かっているぞ。ゾロモン、急いで部隊を散開させた方がいい。」
「それは分かるが、もう間に合わん。」
その直後、鐘の音が3回鳴り、街の北西の森で2度めの爆発が起きた。ゴンギヌスが予想外の展開に感想を漏らす。
「くそー、これで3万の部隊はほぼ全滅か。」
ザンザバルが答える。
「まあ、そういうことになるな。」
「なんだ、ザンザバル、余裕だな。」
「その湘南参謀長を殺せと俺に命じた魔王様の判断は、正しかったということだ。」
ゾロモンが答える。
「ザンザバル、お前も殺されるなよ。」
「俺がやられるって。そんな心配より、お前らは、せめてこの街ぐらい落とさないと、魔王様に申し訳が立たないぞ。」
ゴンギヌスが答える。
「それは、まあ、ザンザバルの言う通りだ。だが2000人ぐらいだろう。俺一人でも片付けてやるよ。」
「しかし、ゴンギヌス、結局、街の罠は分からずじまいだったんだぞ。」
ゾロモンが答える。
「ジグムントの言う通りだ。罠があるなら少し明るくなってからの方がいいか。」
「俺もゾロモンの意見に賛成だ。日の出直後に攻めるか。その方が俺たちが太陽を背にできる。」
ゴンギヌスが答える。
「それじゃあ、少し明るくなってから出発するか。ザンザバルはどうするんだ?」
「最初は付き合うよ。戦闘が始まってからの方が、参謀長の位置が分かりやすい。」
「ザンザバル、おれも参謀長を狙う。参謀長を倒せば、こんな街、すぐに落とせる。」
「構わないが、邪魔はするなよ。」
「分かっている。」
悟が誠に話しかける。
「誠君、この爆発は。」
「粉塵爆発という現象で、別に魔法でも何でもありません。可燃性の粉が燃えた時のエネルギーで周りの粉を加熱し、それが発火点を越える条件になると、燃焼が瞬間に拡大して、爆発になるというものです。」
「良く分からないけど、そうなんだね。」
「Bフィールドの守備兵が残った地上の魔王軍を攻撃して、殲滅できると思います。Fフィールドの敵は、爆発だけで殲滅したようです。飛竜部隊も今からアイシャさんの部隊の半数が迎撃に向かいますので殲滅できます。」
「妖精部隊は?」
「今、アイシャさんの部隊の残りの半数が妖精部隊を包囲して、アイシャさんが降伏勧告を行っています。降伏に応じてくれるといいんですが。」
「そうだね。」
アイシャが魔王軍の妖精部隊を包囲した後、降伏勧告を行う。
「魔王軍の妖精部隊の皆さん、私はロルリナ王国、第2妖精連隊、連隊長代理の藤崎アイシャと言います。皆さんも見て分かるように、魔王軍の3万匹の地上部隊はほぼ全滅しました。魔王軍の飛竜部隊が全滅するまで5分はかかりません。みなさんが戦っても、10分は持たないでしょう。これ以上の戦いは無駄です。直ちに降伏してください。皆さんの安全は保証します。」
魔王軍の妖精たちは半信半疑の顔をして近くの妖精と顔を見合わせていた。
「私も最初は部隊の半数を人質に取られて魔王軍に協力していましたが、『ユナイテッドアローズ』のアキに人質を救出してもらってから、プラト王国に受け入れてもらって、魔王軍と戦っています。長年のプラト王国の宿敵の我々でさえ受け入れてくれたぐらいですから、もともとプラト王国民の皆さんならばもっと歓迎されることは間違いないです。」
魔王軍の妖精たちの顔が少し明るくなった。
「みなさんのご家族や友達が人質に取られていて、心配かもしれません。人質救出には私たちも協力します。残念ながら絶対に救出できる保証はないですが、それは魔王軍についていても同じです。魔王軍の将軍や隊長の気が変われば、みなさんやご家族が無事かどうか分かりません。そして、そのことを永久に心配しなくてはいけません。」
魔王軍の妖精たちが弓を下に下げた。
「投降する場合は、弓と矢を地面に落として整列してください。」
魔王軍の妖精たちが次々と弓と矢を落として、整列し始めた。
「それでは私に付いてきてください。」
投降した妖精たちはアイシャの部隊に監視されながら第一防壁の内側に着陸した。そこで、妖精たちは兵に拘束され溝口ギルドの建物の大部屋に案内された。そこで、一人ひとり、市長たちが事情を聞くことになった。
上空での戦いの様子を見ていた悟が誠に話しかける。
「魔王軍の妖精部隊、降伏したようだね。」
「ほっとしました。残念ながらガッシュさんたちも落ちてくる魔王軍の妖精の全員を受け止められたわけではなさそうですから。」
「それは魔王軍についた本人の選択によるものだから仕方がないと思う。誠君は最善を尽くしたから悔やむ必要はないよ。」
「有難うございます。ただ、安心するのはまだ早いです。」
「まだ4匹の将軍たちが残っているということだね。」
「はい。」
「将軍たちの動きは?」
「まだ、山の中腹にいるように見えるのですが、落ち着いていて不気味です。もしかすると、見えているのは欺瞞で、実際には動いているのかもしれません。」
「とりあえず、戦闘態勢は解けないな。」
「はい。団長、橘さんたちに状況を知らせてきて頂けますか。」
「了解。」
悟が橘、ミサ、ナンシーがいる部屋に降りて行った。
「久美、ミサちゃん、ナンシーさん、準備は?」
「大丈夫だけど、さっきの爆発は?」
「アイシャさんの部隊が魔王軍に仕掛けた粉塵爆発だそうだ。」
「少年か。」
「そう。それで3万匹の魔王軍は全滅した。」
「また出番なしか。」
「まだ将軍が4匹残っている。それを倒すには、久美たちの力が絶対に必要みたいだよ。」
「まあね。」
ミサが尋ねる。
「ヒラっち、街側の被害は?」
「爆発で窓の戸が壊れて、怪我をした人がいるけど、今回は重傷者もいない。」
「明日夏がゆっくりできますね。」
「でも、明日夏ちゃんは、魔王軍側に付いた妖精をヒールするのに大忙しみたいだけど。」
「それは良かったというと酷いですが、明日夏にしては珍しく真面目に準備していたのが無駄にはならなかったみたいですね。」
「その通りだ。」
「誠はどうしています?」
「上で将軍の様子を見張っているよ。まだ山の中腹にいるように見えるけど、欺瞞かもしれないので警戒している。」
「そうですか。無事でよかったです。」
街の司令部からBフィールドの守備隊に、第二防壁外の状況確認と石やゴブリンやオークの死体を片づけるように、また、生きているゴブリンがいたら捕まえて拘束するようにとの指示があった。
「隊長、石は先週からずうっと片付けていたのに、また片付けるんですか。」
「豊、ゴブリンやオークが持ってきたかもしれないじゃないか。オークやゴブリンの死体も、橘剣士様と聖剣士様がここで敵の将軍と戦うときに邪魔になるからだろう。」
「なるほど、将軍が攻めてくるならそうですね。隊長、分かりました。」
「そんなことより、豊、俺たちが設置した罠に掛るんじゃないぞ。」
「ははははは、そんな馬鹿いませんよ。」
「お前、あと2歩で罠だぞ。」
「おー、そうでした。危なかった。」
「あそこにまだ息のあるゴブリンがいる。拘束するぞ。」
「了解です。でも隊長、オークと違って、ゴブリンは話し合う余地がありませんから、捕まえても仕方がないんじゃないですか。」
「司令部から、ゴブリンを捕らえて拘束したら次の指示を待てということだから、それで分かるだろう。」
「分かりました。」
そのとき上から声がかかった。
「豊!」
「由香!」
「豊、無事だったか。」
「俺たちの部隊はかすり傷だけだよ。由香も無事でよかった。でも何しているんだ?」
「豊たちの作業のための警戒。将軍たちが来るかもしれないからということだから、もう少し森の方に行って見張っている。」
「サンキュー。」
由香が森のほうに向かった。
「妖精が彼女というのは羨ましいな。やっぱり飛んでいる姿はカッコいい。」
「へへへへへ。」
悟が戻ってから監視を交代して、誠が司令部から降りて街の中を見回った。
「橘さん、ミサさん、ナンシーさん、お疲れ様です。」
「少年、もう3万匹の魔王軍を全滅させたんだって。」
「はい、こちらの作戦通りに進んで、10分ぐらいで殲滅できました。ただ、魔王軍側に付いた妖精が高いところから落ちてかなりの被害が出てしまったのが残念です。もう少し、低空に追いやることができれば良かったんですが。」
「誠、あまり優しいことを言ってはだめよ。相手はこちらを殺しに来ているんだから。そんなことを言っていると、誠が死ぬよ。」
「少年、それは美香の言う通りだぞ。」
「美香さん、橘さん、ご忠告有難うございます。はい分かりました。それで、美香さんと橘さんは今からが本番です。できるだけ、2対2の戦いになるようにしますので、橘さん、難しいと思いますが、美香さんの戦いへの気配りもお願いします。」
「分かっている。」
「誠、私なら大丈夫だから。誰かを守るためと思えば戦える。」
「さすがです。僕も街の人や人に味方してくれる妖精、オークを守るために頑張ります。」
「そう。」
「それでは、申し訳ありませんが、将軍への備えを見て来るために街を見回って来ます。」
「少年、美香、もう少しだ。頑張ろう!」
「はい。誠、危なくなったら、私を呼んでね。」
「分かりました。それでは。」
誠が司令部のある建物を出て行った。
「美香、守る誰かって誰?」
「えっ、それはまだ秘密。」
「まあ、少年だろうけどね。」
「ちっ違いますよ。」
「まあ、そういうことにしておこうか。」
誠が街を見回りながら感想をつぶやく。
「窓の戸は壊れたところもけっこうあるな。寒いから開けていなかったのかな。」
ミサの家のホテルの前を通ったところで上から声が掛かった。
「岩ちゃん!」
「ティアンナさん、まだ深夜ですので寝ていてください。」
「あんな爆発があったら起きちゃうよ。でも3万匹はやっつけちゃったんだって。」
「はい、アイシャさんたちの活躍で何とかなりました。これで将軍への作戦がだいぶ楽になりました。」
「良かった。岩ちゃんに言われた通り、朝になったら整列するから、それまでいい子で寝ているね。」
「はい、お願いします。この戦いが終わったら、皆さんに飛び切り美味しいお菓子を用意します。それで、戦闘中に将軍が何かを投げてきたり、斬撃を放ってくるかもしれません。その時は、急いで土嚢の後ろに隠れて下さいね。」
「分かってる。それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
その後、防壁の方に向かいアイシャに話しかける。
「アイシャさん、お疲れ様です。」
「誠君、すごい爆発だった。何か魔法を使ったの?」
「いえ、粉塵爆発と言う物理現象で、条件が揃えば小麦の粉でも起きたりします。」
「良く分からないけど、そうなんだ。これから将軍がやってくるのね。」
「先ほどまで動いていないところを見ると、明け方、太陽を背に東から来る可能性が高いと思っていますが、油断は禁物です。」
「まあ、セオリーよね。」
「ですので、明け方前に森をまた爆発で攻撃します。ただ、場所は確認できませんので、効果は確実ではありません。」
「そこにいてくれたらラッキーという感じね。」
「はい、爆発が有効でなかった場合、ザンザバルは橘さんと美香さんの戦いの邪魔にならないように僕が引き付けますので、ザンザバルが僕に迫ってきたらアイシャさんは僕を少し離れたところまで運んで下さい。」
「分かっている。」
「隊員の皆さんには、指示があったら、砂入りの竹やりを使って上空から将軍たちとの戦いの支援をお願いします。」
「それも分かっている。ビーナなら、橘様や聖騎士様の戦闘の邪魔にならないように、支援することができると思う。」
「有難うございます。その時に、ゾロモンの小石や他の将軍が放つ斬撃には十分注意するようにして下さい。」
「うん、それはビーナも分かっていると思う。」
「はい、さすがアイシャさんの部下という感じです。それでは、僕は『ユナイテッドアローズ』と『ハートリングス』の皆さんのところに行ってきます。」
「それじゃあ、将軍を倒した後の祝勝会、楽しみにしている。」
「はい、僕もです。」
『ユナイテッドアローズ』と『ハートリングス』も戦闘の後、街には戻らず、第一防壁の外側で休息していた。そこに誠が到着した。
「皆さん、尚、お疲れ様です。」
「お兄ちゃんもお疲れ様。」
ハードレッドが話しかける。
「プロデューサーのお兄さん、はじめまして。」
「ハートレッドさん、はじめまして。尚といっしょにいるところを良くお見掛けしますが、お話しするのは初めてですね。さすがに北の街で一番人気のあるアイドルユニットのリーダーという貫禄があります。」
「貫禄ですか。誉め言葉と思っておくね。お兄さんも、さすがプロデューサーのお兄さんらしく、頭が良さそう。」
「ははははは、それは誉めるところがないときに使う言葉ですよ。」
「お兄さんの場合、そんなことはないよ。こちらの損害がほとんどないのに、魔王軍3万匹を殲滅できたんだから。みんな喜んでいるんだよ。」
「街に亡くなった方がいなかったのは、本当に良かったです。」
「そころで、お兄さん、すごく疲れているように見えるけど、ちゃんと食べて、水を飲んでいる?」
「あー、そうですね。忘れていました。」
「はい、これは余っている戦闘食と水。皆に配っても自分が忘れちゃだめでしょう。お兄さんもちゃんと摂ってね。レッドからのお願い。」
「はっ、はい、有難く頂きます。そうですね、そう言えば平田団長さんも何も食べていなかったようですので、司令部の人にも確認してみます。有難うございます。」
誠が戦闘食を食べ、水を飲み始める。
「これから将軍との戦いよね。」
「たぶんそうなると思います。通常の武器が有効な相手ではありませんので、皆さんが直接戦闘することはないと思いますが、戦闘中は上空から警戒して、もし異変があるようでしたら、連絡してもらえればと思います。」
「了解。もうすぐ明るくなるし、警戒なら任せて。」
「有難うございます。それでは僕は司令部に戻ります。」
「頑張ってね。お兄さんだけが頼りなんだから。」
「お兄ちゃん、それじゃあ、また。」
「はい、また。」
誠が司令部に戻って行った。尚美がハートレッドにお礼を言う。
「レッドさん、兄のこと有難うございました。本当は私が気が付くべきだったのに。」
「食事のこと?まあ、男の子は集中するとだいたいそうだから。」
ハートイエローも関心する。
「レッドは気配りが違うな。まあ、ピザムもメロメロにするぐらいだからな。」
「お願いだから、その話はやめてよ。生きるためだし。」
「レッドは、プロデューサーのお兄さんを、どう思うんだ?」
「本当にいい人だと思うよ。話していると癒されるし。聖剣士さんとアイシャ大尉が狙うのもわかる。」
「レッドは参戦しないのか?相手に不足はないぜ。」
「私はアイドルになるために、10年間は一人でいるから、しない。」
「そうなのか。レッドの色気が通用するか見たかったのに残念だな。」
「あの、イエローさん、うちの兄で遊ばないでもらえると嬉しいです。」
「ごめんごめん、プロデューサー。家族としては、そんないい加減な気持ちで近づかないで欲しいと言うのはよく分かる。」
「でも、プロデューサー、お兄さんは、そんな見せかけに騙される人じゃないから心配はいらないと思うよ。」
「そう思いますか。」
「本当にそう思う。それより、本当に大変で頑張っている人を助けようとして、自分まで大変になりそうだから、注意してあげるといいかも。」
「有難うございます。レッドさんの言う通りです。注意はしているつもりですが、先ほどの食事の件と言い、まだまだ十分ではないようです。」
「まあ、経験も必要よね。」
「レッド、それは男性経験か?」
「広い意味では、そう。」
「おーーーー、さすが。」
誠が司令部に戻ると、半数ずつ食事と水を取るように手配した。誠と悟は交代で山の中腹の将軍を見張っていた。朝6時前になって、悟が見張っている最中に4匹の魔物の姿が見えなくなった。
「誠君、将軍が4匹とも消えた。」
「有難うございます。走ってくるとは考えにくいですから、日の出と共に攻めてくる可能性が高いと思います。AフィールドとCフィールドの前の森への爆撃開始時間を6時30分に設定しようと思います。」
「そうだね。伝令でアイシャ大尉に伝える。」
「お願いします。橘さんとミサさんにもあと1時間ぐらいで戦闘が開始される旨を伝えておいてください。」
「了解。」
アイシャが隊員に指示をする。
「2班に分かれて、AフィールドとCフィールドの前方の森に炭の粉を投下する。今回はBフィールドの前の森の火災が続いているから、その火が引火して急に爆発する可能性がある。したがって、横1列10人で街から遠い方から順番に投下する。投下したら急いで街の方向に退避し、次の投下のために袋を受領する。その爆発が収まりしだい、上空に待機した次の列が出発する。何か質問は?」
「ありません。」
「それでは出発する。」
アイシャの部隊は二手に分かれそれぞれのフィールドの前にある森の上空で隊列を組んだ。アイシャ、ビーナの指揮の元、10人横一列の隊員か降下し木炭の粉の投下すると、周辺に舞っている火の粉のために爆発が起きた。Bフィールド、Fフィールドの攻撃に比べ1回あたり25分の1程度の投下量であり、爆発が抑えられていたため、10人の妖精は無事に街まで退避することができた。爆発が収まると次の10人が森に向けて降下していった。
森の中を4匹の将軍が街に向かっていった。少し離れたところで爆発が起きた。ジグムントが言う。
「また、爆発で森を攻撃しているみたいだな。」
ザンザバルが答える。
「俺には関係ないが。」
「俺も大丈夫だ。」
「いや、ゾロモンは焼けた空気を吸い込むと危ない。皮膚が固くないところもあるし。」
「ケツの穴とかな。」
ゾロモンがゴンギヌスに向けて石斧を振り降ろす。
「この野郎!」
「そんなもの当たらないよ。」
ジグムントが仲裁する。
「これから戦争をするのに内輪で喧嘩するな。二人とも俺のそばにいろ。」
「分かった。」「そうさせてもらう。」
4匹の将軍はジグムントの能力を使い、爆発の爆風や熱を跳ね返しながら森を通り抜け、街が見えるところまでやって来た。ゴンギヌスがジグムントに話しかける。
「近くに来ても、王都に比べて全然小さな街だな。」
「ゴンギヌス、油断はするな。どんな仕掛けがあるかわからないからな。」
「ジグムント、心配しすぎだと思うぞ。」
「いや、油断しないほうがいい。さっきの爆発だって、お前ひとりだったら危なかった。」「まあ、ここのやつらは、ゾロモンが言う通り卑怯な手を使うのは得意そうだからな。」
ザンザバルがジグムントに話しかける。
「お前たちはゆっくり街を落としてくれ。俺は魔王様の命令を受けているから、横に回って街に入って湘南参謀長を探しに行く。お前たちが頑張れば、湘南参謀長も隠れてばかりもいられなくなるだろう。」
「まあ、そうだな。」
「それじゃあ。」
ザンザバルが一人で街の南側に向かった。
誠たちも4匹の将軍が現れたのを確認した。
「将軍が来ました。やはりCフィールドです。」
「確認した。時間も場所も想定通りだね。一匹が右に回ったね。」
「あれは、僕を狙っているザンザバルだと思います。」
「武器を持っていなさそうだから、そうだね。」
「はい、それではプランAの指示をお願いします。僕たちも行きましょう。」
「了解。」
悟がプランAを指示した後、二人が司令部の1階に降りて行った。
「久美、ミサちゃん、ナンシーさん、『デスデーモンズ』のみんな、将軍がCフィールドに現れた。行くよ。」
「分かった。」「はい。」「行くですねー。」「分かったっす。」
久美が尋ねる。
「敵は4匹?」
「そうだけど、ゾロモンは一匹で南に回ったから、僕たちの相手はゾロモン、ジグムント、ゴンギヌスの3匹だ。」
「了解。」
誠が注意する。
「将軍にはあの爆発が全く効果がなかったようですので、強力な楯のようなものがあると思います。注意してください。」
「誠、有難う。分かった。でも、誠一人で大丈夫?」
「はい、逃げる算段はしてありますので、心配はいりません。美香さんも無理と思ったら、街に逃げ込んでください。街の中にも多数のトラップを作ってありますから大丈夫です。」
「うん。分かった。」
「少年、大丈夫。あいつらを街に入れると被害が大きくなるから、入れるつもりはない。」
「誠、本当を言うと、私もそのつもり。」
久美がミサとナンシーに確認する。
「いい、美香は単純でもいいからジグムントに攻撃を続けること。ナンシーは美香のそばにいて不利になったら楯で美香を守ってね。」
「分かりました。」「分かったですねー。」
悟がデスデーモンズに確認する。
「デスデーモンズはチームワークを大切に。ゾロモンはパワーはあるけど、スピードはそれほどないから。」
「分かりました。太陽が昇るまで全力で頑張るっす。」
プランAに従って、初めに壁の守備兵による連装ホーガンによる攻撃が始まった。ジグムントが叫ぶ。
「ダークドーム。」
魔剣グラムで黒いドーム状の壁を作った。すべての矢はドームにはじかれてしまった。ゴンギヌスが話しかける。
「ジグムント、大きな矢が同時に1万本ぐらい飛んできたな。」
「爆発でうまくいかなかったときのゴブリンへの対抗策だろう。大した威力はない。」
次に丸太で作った矢や、直径10センチメートルぐらいの大きさの石が次々に飛んできた。ジグムントがダークドームを発動させるが、ゾロモンはその外に出て丸太で作った矢や石を体で直接受け止めながら笑う。
「ははははは、俺にはこんな矢や石では効果ないぞ。」
「ゾロモン、無駄に体力を使うな。これでも普通のオークならやられるぐらいの威力はある。お前も多数が命中したら皮膚の硬さがなくなるかもしれないぞ。」
「まあ、このぐらいなら1万個ぐらい当たっても大丈夫だ。」
次に上からアイシャの妖精部隊が250本の砂が詰まった竹槍を投下してきた。
「竹の先を尖らしてあるのか。そして竹の中に砂が詰めてあるな。これでも普通のオークならやられている。」
「ここの参謀長、卑怯なことを考えることは得意そうだからな。」
ゴンギヌスが注意する。
「今度は、右から飛んで来るぞ。」
ゾロモンが走り出しながら言う。
「うざいな。俺が行ってつぶしてくる。」
ジグムントが止める。
「いや、うかつに動かない方がいい。」
「大丈夫だ!」
ゾロモンが北に向かって走り出してから少しすると、ゾロモンの姿が急に消えて、大きな金属音がした。ゴンギヌスが笑いながら言う。
「ゾロモン、落とし穴に引っかかっていやがる。やっぱりバカだった。」
ゾロモンが落とし穴から出て慎重に歩いて戻りながら答える。
「くそー、ここの参謀長の仕掛けか。」
ジグムントが尋ねる。
「どうした?」
「落とし穴の底に、槍が立ててあった。俺のケツの穴を狙っていやがる。」
「やはり、仕掛けは多そうだな。」
「ああ、5センチずれたら危なかった。やはり慎重にいくか。」
ゴンギヌスが笑いながら言う。
「ははははは。おい、ゾロモン、ここの兵は、みんなお前のケツの穴を狙ってくるぞ。ケツの穴を槍で突かれて死ぬんじゃないぞ。」
「くそー。」
ジグムントが注意する。
「ゴンギヌス、笑い事じゃない。」
「俺はそんな仕掛け平気だよ。」
そのとき、Cフィールドの正面から防壁を越えて、剣を持った2人と、それぞれの隣に楯を持った2人、その後ろに勇者のパーティーのような5人が、3匹の魔物の方へ並んで歩いてきていた。ゴンギヌスがそれを見て言う。
「向こうからやって来たぞ。前に4人、後ろに5人だ。」
ジグムントが答える。
「向こうからやってきてくれるのは有難いが、今までの攻撃はそのための時間稼ぎかもしれないから、気を付けろ。」
ゾロモンが知っている知識を話す。
「前の若い剣士が、この前戦った聖剣使いだ。」
「それじゃあ、隣の老けた剣士が橘だな。」
「その通り。後ろ5人はそのときにはいなかったが、その手下だな。」
「それは、そうだろうな。」
久美がミサに話しかける。
「向こうも何か話しているようだな。」
「はい、ゾロモンが若い剣士がこの前戦った聖剣使いだ、と言って、槍を持っている魔物が、隣の老けた剣士が橘だな、と答えていました。」
「槍使いはゴンギヌスだったな。早く死にたいとみえる。美香、一発くらわしてやれ。」
「分かりました。」
ミサが刀を振ってゴンギヌスに斬撃を飛ばした。ゴンギヌスは横にサッと動いて斬撃を避けるが、斬撃の飛沫のようなものが顔にかすってゴンギヌスの顔から血が流れた。
「強力な斬撃だな。」
ジグムントが答える。
「そうだな。予定通り、あれは魔剣持ちの俺が引き受ける。ゴンギヌスは橘をやれ。ゾロモンは後ろの5人だ。」
「了解。」
「俺は5人を片づけたら、とっとと街に入るぜ。」
「分かったが、街の中にも落とし穴のような仕掛けはたくさんあるだろうから、気を付けてな。」
「うーん、それじゃあ、俺の方が先に終わったら、お前たちの戦いを手伝ってやる。」
「それが懸命だ。3人で街に入ろう。それじゃあ、斬撃のお返しだ。」
ジグムントが魔剣グラムを振り、ミサたちに向けて斬撃を放つ。それを見た悟が指示する。
「ミサちゃん、久美、楯の後ろに。」
しかし、久美は動かず、ミサは剣を構えた。デスデーモンズは治の楯を前面に縦1列になって、斬撃に対応しようとした。その時、ミサが剣を振り斬撃を飛ばして、ジグムントからの斬撃を跳ね返した。悟が驚く。
「ミサちゃん、すごい。」
「久美先輩から訓練は受けています。」
それを見たジグムントが言った。
「斬撃を斬撃で迎撃したのか。正確な斬撃だな。それじゃあ、行くぞ。」
「やっとか。」「競争だぜ。」
3将軍もゆっくりとパラダイス団とミサの方に向かって行った。
3将軍から分かれたザンザバルがDフィールドの前に到着した。
「この壁を越えて、街で湘南参謀長を探すとするか。」
するとDフィールドの防壁の前に若い男性が一人立っているのが見えた。
「おー、壁の外に人がいるな、参謀長がどこにいるか尋ねてみるか。」
ザンザバルがその男性の前に行って誠について尋ねる。男性は時間稼ぎをするかのように、話を伸ばして答える。
「そこの人間、ちょっと、ものを尋ねるが?」
「僕は人間ではなく妖精です。」
「そうか。それならちょうどいい。この街で参謀長をやっている湘南という男が、どこにいるか知っているか。」
「はい、知っています。」
「そうか。それはありがたい。それなら湘南参謀長がいるところを教えてくれ。教えてくれれば、お前は人間じゃないということだから、殺さないでやるぞ。」
「ただじゃいやです。」
「お前。この状況で、よくそんなことが言えるな。殺されないだけでも有難いと思え。」
「チャンスは最大限に生かすのが僕の主義なんです。」
「それはいい心がけだな。それじゃあ、もうすぐこの街はジグムントたちが制圧して人間は皆殺しになるから、この街にあるものならなんでも持って行っていいぞ。」
「分かりました。お教えします。ところで、あなたのお名前はなんと言うんですか?」
「ザンザバルだ。」
「それにしても、ザンザバルさんは何で湘南参謀長の命を狙うんですか?」
「湘南参謀長に恨みはないが、魔王様の命令だからだ。この間の王都での失敗を償うために、今回は絶対に成功させないといけない。」
「王都では失敗したんですか?」
「プラト王国の王室を狙ったんだが、パスカルといういくらパンチをしても王女様の歌で治ってしまうやつと、おれのパンチを防げるラッキーというやつと消耗戦になって、そうしているうちに、コッコが魔法をかけた腐った食べ物をユミ王女とアキという妖精にかけられて、匂いに耐えられなくなって撤退した。その匂いが1カ月も取れなくて、やっと戦いに復帰できたところだ。」
「はははははははは。」
「笑うな。殺すぞ。だが、そんなことはどうでもいい、湘南参謀長はどこにいる。」
「ここです。」
「何だと。」
「僕のあだ名は湘南と言って、ここで参謀長をしています。」
「潔い良いわけはないな。何か仕掛けがあるのだろうが、残念ながら俺には効かないよ。それじゃあ、覚悟してもらおう。」
「もちろん覚悟はしていますが、もしかするとザンザバルさんの本当の名前は直人と言うんじゃないですか。」
「何故それを!?」
「一応、小さな街とはいえ、参謀長をするぐらいですので情報通なんです。」
「さすがと言っておこう。直人は俺が人間の村で生活していた時の名前だ。だが、魔物の血が混じった俺の村での生活は、みんなに疎まれ酷いものだった。それで村を出た後に魔王様に拾われて、ザンザバルと名付けてくれたんだ。」
「村の人はそんなに酷かったんですか?」
「ああ、みんなに棒で叩かれたりして、いじめられていた。まあ、棒で叩かれても傷はすぐ治って痕も残らなかったがな。でも、そのことも気持ち悪がられる原因だった。」
「しかし、直人さん、柏原由香里さんという優しい年上の女性はいませんでしたか。」
「その通りだ。俺にやさしく読み書きを教えてくれた。しかし、村を襲った盗賊に連れていかれてしまった。それ以来、おれは人間に復讐するために強くなろうと体を鍛えた。」
「でも、柏原さんは生きています。」
「確かに死んだという話は聞いていないが、本当なのか?」
「はい、盗賊に奴隷として売られて、このプラト王国の王都で生活しています。」
「本当か。」
「これが代書屋のチラシです。そして、このページが代書を担当する奴隷たちの似顔絵入りのリストです。」
「そうだ。この顔だ。恵梨香姉さん、生きていたんだ。」
「それで、直人さん、人間を殲滅するということは、柏原さんも殺すんですか。」
「それはしないし、させない。」
「どうやって。」
「山奥に隠す。」
「でも、そういうことなら、人間を殲滅させる魔王に付くよりも、人間の味方をして魔王を倒しませんか?その方が柏原さんも喜びます。」
「いや、魔王様に勝つのは絶対無理だ。魔王様なら最初の爆発でもびくともしない。おれの全力の攻撃も全く通用しない。だから俺はお前を殺す。だが情報を教えてもらったお礼だ。苦しむ間もなく殺してやる。」
「そうですか。話し合いで解決できればよかったのですが残念です。それでは、こちらから攻撃を開始しますが、よろしいですか?」
「ああ、構わない。」
「撃て。」
誠が手を前に振ると、対オーク用のホーガンから丸太が次々に放たれた。
「だから、そんなものは効かないんだよ。」
そう言って、ザンザバルはその場に立っていた。ホーガンから放たれた丸太が当たって、ザンザバルが吹き飛んだ。
「痛たたた。これがオークを倒すための矢か。あばら骨が折れたか。しかし、そんな傷はすぐに治る。」
ザンザバルが立ち上がったがまだ痛いままだった。
「あばら骨が治っていないな。何でだ。」
ザンザバルが自分に当たった丸太を見た。
「瀕死のゴブリンが丸太に紐でしばり付けてある。なるほど、ゴブリンの頭突きになっているから治らないのか。さすが、湘南参謀長、ろくな奴じゃないな。」
再度、ザンザバルを目掛けて丸太が飛んできたので、ザンザバルがそれを交わしながら前を見ると、参謀長が見当たらなかった。
「やつめ、どこに行った。」
そのとき、ザンザバルの上から声がかかった。
「ザンザバルさん、僕はここです。」
誠がアイシャに手を引っ張られて空中をEフィールドに運んでもらう途中だった。そして、Eフィールドの前で着地した。
「妖精の力で隣の区画に移動したのか。遠くに行かないということは、おれがジグムントたちの戦いに参加しないようにするための時間稼ぎか。まあいい、あいつらが自分で何とかできない時でも俺が手伝う義理もないし、魔王様の命令は湘南参謀長を殺すことだけだから、あいつの誘いに乗ってやる。」
パラダイス団とミサと3将軍が対面する。ジグムントがミサに尋ねる。
「聖剣使い、名前は何という。」
「大河内ミサ。」
「それがこの数百年で初めて抜けたという聖剣草薙の剣か。」
「そう。」
「殺すには惜しいいい女だが、魔王様の命令だ。俺の魔剣グラムの錆にしてやる。」
「私の役割は久美先輩がゴンギヌスを倒すまで、あなたをここに留めるだけ。」
「ふふふふふ、一人でできるかな。」
「やらないと誠が死ぬ。だからできる。覚悟。」
ミサがジグムントに切りかかる。ジグムントはそれをブラックドームで防いだ。それでも、ミサは久美の指示通り、何度も何度もブラックドームに切りかかった。
「さすが、草薙の剣。威力は絶大だな。だが、魔剣グラムが作るこのブラックドームは破れまい。この女の疲れがたまったところで討ち取らせてもらおう。」
久美がゴンギヌスに話しかける。
「人のことを老けた女と言った覚悟はできているだろうな。」
「ほう、耳だけはいいようだな。」
「悟、相手が一人なら、こっちは大丈夫だから、デスデーモンズの方を見てきて。」
「本当に?」
「大丈夫よ。それに悟の楯だと、ゴンギヌスの槍は防げない気がする。」
「分かった。久美の言う通りにする。でも何かあったら呼んで。」
「分かってる。」
「橘、さすがだな。あの楯、力負けしなければゾロモンの石斧は防げるだろうが、俺の槍がまともに当たれば貫通する。それを瞬時に見抜くとは。」
「そのぐらいはお前と槍の気配で分かる。」
「なるほど。それじゃあ、遠慮なく行くぞ。」
久美が足で土をけり上げて目つぶしにして、ゴンギヌスに迫る。ゴンギヌスは久美の剣を槍で受け流し、横に移動する。
「卑怯な手段が得意と見える。お返しだ。」
ゴンギヌスが槍で土を飛ばして目つぶしにして、槍で突く。久美はそれを横にかわして、剣で切りかかる。ゴンギヌスはサッと下がって槍を構える。ゴンギヌスがつぶやく。
「簡単にはいかなそうだな。」
一方の久美はミサのほうを見た。ミサはジグムントのブラックドームに激しく切りかかっていた。
「早くこいつを片づけないと。ミサの体力が。」
それに気づいたナンシーが答える。
「橘さん!ミサの体力は心配しないで大丈夫ですねー。それより、草薙の剣の体力のほうが心配ですねー。」
そのときゴンギヌスが槍で久美を突いてきた。
「他人の戦いを気にするとは、余裕だな。」
久美は避けたが鎧を貫通して、久美のわき腹をかすった。わき腹から血が流れてきた。ミサとナンシーが驚いた。
「橘さん!」「橘さん、大丈夫ですねー?」
「大丈夫!構わないで、そっちの戦いに集中して。」
「分かりました。」「分かったですねー。」
ゴンギヌスが言う。
「そんな鎧はないのと同じだ。隣の戦いを気にしている暇なんてないぞ。」
「その通りだ。私がいままで相手をした中では、お前は最強の敵に違いない。今の攻撃で、お前を倒すためには集中しないといけないことは分かった。」
「ほざけ。」
久美がゴンギヌスに集中して、闘気を上げる。そして、ゴンギヌスの槍を潜り抜けゴンギヌスに切りつける。久美の刃がゴンギヌスの脚をかすめ、脚から血が流れた。
「なるほど。こちらも全力でいかせてもらう。」
久美とゴンギヌスの一進一退の戦闘が続いた。
ゾロモンが言う。
「何だ、お前たち5人とも弱そうだな。とっとと片づけて、ジグムントを助けに行くか。」
「そっ、そんなことはないっす。お前を油断させるために弱そうにしているだけっすよ。」
悟がデスデーモンズのところにやってきた。
「大樹、治、作戦通り行くぞ。」
「あっ、団長。良かったっす。分かったっす。」
ゾロモンが尋ねる。
「何だ、作戦って。」
「教えないっす。」
「まあいい。いくぞ、雑魚ども。」
ゾロモンが前に踏み出そうとすると、脚がとられて前に手を突いた。
「何だ?3人で地面を這わせた鉄の鎖を持っているのか。」
そのときゾロモンのおしりの近くで大きな金属音がした。後ろを振り返ると、矢が弾き飛ばされていた。
「何だ。矢か。後ろにいるのはオーク殺しのアキという妖精か。それにしても強力な矢だな。尻の穴に当たっていたらやられていたかもしれない。どこに仕掛けがあるか分からんし、転ぶとお尻に矢が飛んで来そうだから、慌てずに戦うか。」
アキが残念がる。
「残念。あと3センチ左だった。女の子にゾロモンのお尻の穴を狙わせる湘南も湘南だけど、APFSDSの矢。普通の将軍ならこれだけで倒せるかもしれない。」
悟と治がゾロモンの石斧による攻撃を楯で防ぎながら、大樹が槍で弱点を狙い、残りの3人が地面に打ち込んだ杭と鎖を使ってゾロモンを転ばそうとし、転んだゾロモンに矢を放つためにゾロモンの後ろで狙っているアキによる戦闘が続いた。
ザンザバルがEフィールドに向けて走っていると、右から何か気配がしたため止まると、ゴブリンが猛烈な速さでザンザバルの目の前を通過して行った。
「今度は何だ?」
ザンザバルが周りを見てもだれもいなかったため上を見上げる。
「ゴブリンを紐で縛って、紐の反対側を上空の妖精に持たせているのか。」
紐につながれたゴブリンがブランコのようにして、何回もザンザバルに向かってきていた。
「おっと、今度は後ろからか。あれにぶつかって怪我したら、1か月は治らないな。気を付けて行かないと。」
ザンザバルは自分に向かってくるゴブリンを避けながら、Eフィールドに到着すると、誠はすでに上空にいて、Fフィールドに向かっていた。
「また隣に移動するのか。とりあえず追うしかないか。」
Fフィールドに到着した誠は防壁の中の兵隊に指示する。
「ザンザバルの注意は上と横に行っていると思いますので、ザンザバルが所定の位置に来たら、地面に仕掛けた網の綱を急いで引いて下さい。網にかかったら、投石機を使ってゴブリンをザンザバルにぶつけて下さい。もし、ザンザバルが網から簡単に脱出してしまうようならば、急いで退避してください。」
防壁の内側の指揮官が真剣な顔で答える。
「了解しました。」
誠はザンザバルを待った。しかし、ザンザバルがとっくに来ても良い時間になっても、ザンザバルはFフィールドにやってこなかった。
「しまった。もしかして、ザンザバルは僕を無視して、先に美香さんたちを攻撃することにしたのか。それならすぐに戻らないと。」
上空にいるアイシャに尋ねる。
「アイシャさん!もしかして、ザンザバルは美香さんたちの方に向かっていますか?」
アイシャが答えた。
「違う。今、尚美さんと明日夏さんがザンザバルとの戦闘を開始した。」
「えっ、尚と明日夏さんがザンザバルと戦闘開始!?アイシャさん、申し訳ありませんが、僕を引っ張り上げてもらえますか。」
「了解。」
その少し前、ザンザバルがFフィールドに向かおうとしたとき、ザンザバルの前に女の子の妖精が降り立った。
「何だ妖精のガキ。邪魔だ。お前に用はない。」
「あなたにはなくても、私にはあるんです。」
「何だ用って。おれは今忙しいんだから、もったい付けずに早く言え。」
「あなたは私の兄の命を狙っているって聞いたんですが、本当ですか?」
「兄って、湘南参謀長のことか?」
「はい、その通りです。もし兄に危害を及ぼすつもりでしたら、残念ですが、ザンザバルさんにはここで消えてもらわなくてはいけません。」
「俺を殺すと言っているのか?」
「その通りです。」
「ははははは、お兄ちゃんを守りたい気持ちは分かるけど、また馬鹿なことを。妖精のお嬢ちゃん、人間じゃないからお前は殺す必要はない。だから、けがをしないうちにとっとと家に帰った方がいいぞ。でもちょっと待った。お前が湘南参謀長の妹なら、お前を人質にすれば、参謀長を追いかけまわさなくても済むな。それじゃあ、相手をしてやるぜ。」
ザンザバルが尚美に向けて軽くパンチを放つ。尚美はそれをよけながら、短剣で手首と首を切る。ザンザバルの手首と首から血が流れた。
「ほう、いい剣さばきだな。オークの弱点を狙ってくる小さくてすばしっこい二人組の妖精の噂を聞いたが、お前はその一人だな。」
「その通りです。」
「残念だが、俺にはそれは通用しない。」
ザンザバルが目を見開くと瞬間に傷が治って血が止まった。
「俺には剣は通用しない。」
そのとき、明日夏が二人の近くまでやってきていて、尚に話しかける。
「尚ちゃん、この魔物と人間の混血が言っていることは本当だよ。」
「ザンザバルに剣が効かないということは、王都からの情報で知っていましたが、確認してみただけです。それにしても、明日夏さん、こんな所に出てきちゃ危ないですよ。」
「でも、ザンザバルがマー君の命を狙っているなら、なんとかしないと。」
「それはそうですが。ところで、何で割烹着を着ているんですか?」
「今まで、ケガをした魔王軍の妖精のヒールをしていたから。」
「そうなんですね。それはお疲れ様です。」
「大丈夫。重傷者にはいろいろ実験できたから面白かった。」
「この王国には人体実験を禁止する法律はないんですか?」
「本人が承諾したから大丈夫。」
「それは、瀕死の状態だから承諾しただけじゃないんですか。」
「本人は喜んでいたよ。小さい目を大きくしたり、低い鼻を高くしてみたけれど、やっぱり美人とは違うかもしれない。」
「そうなんですね。まあ、本人が喜んでいたら良いですが。ところで、明日夏さん、ザンザバルに剣が効かない仕組が分かりますか。」
「今の尚ちゃんの攻撃でだいたい分かったよ。」
「さすが明日夏さんです。」
「ザンザバルの普通の体の細胞は、生きている生物以外の剣や棒などの物理的な刺激で分化する前の幹細胞に戻る性質があるみたい。その幹細胞を再度分化させて、体を再構成することができるみたいなんだよ。」
「なるほど。」
「この刺激で幹細胞に戻って再度分化した細胞を『刺激惹起性多能性獲得細胞』、略してSTAP(ステミュラス トリガード アクイジション オブ プルラポテンシー)細胞と名づけよう。」
「STAP細胞はあったんですね?」
「STAP細胞はありまーす。」
「なるほど。」
「人間にも魔物にもないけれど、この混血のザンザバルだけにはある。」
ザンザバルが口を挟む。
「お前らは何ごちゃごちゃ話しているんだ。」
「ザンザバルさんの剣になどによるケガがすぐに治る理由です。」
「分かったのか?」
「はい。剣などの刺激によってザンザバルさんの体細胞が一度幹細胞に戻り、それが分化してSTAP細胞になり、体を再構成するからです。」
「良くわかんねーが。戦いを始めていいな。」
「はい、分かりました。それでは申し訳ないですが、ここで死んで頂きます。」
「ほざけ。」
ザンザバルが尚美のほうに走り寄ってくる。しかし、明日夏が戦いを止める。
「尚ちゃん、ちょっと待って。」
ザンザバルが攻撃を止める。
「今度は何だ。女、うるさいぞ。」
「明日夏さん、何ですか?」
「ザンザバルを殺してはだめ。」
「生け捕れということですか?」
「動けなくしてくれればいい。後は私が何とかする。」
「分かりました。STAP細胞は今後の人類の医学の進歩のために必要そうですよね。」
「理由は違うけど、尚ちゃん、有難う。」
「本当の理由は何なんですか?」
「それは、ザンザバルがイケメンだから。」
「明日夏さん、それは本当ですか。」
「もちろん。尚ちゃんにはマー君以外の男性には興味がないんだろうけど、これだけのイケメンはそうはいないよ。女性の幸福にすごく役立つ。」
「うーん、そうなんですか。分かりました。とりあえず、やってみます。」
「有難う。尚ちゃんならできるよ。」
ザンザバルが話に割り込む。
「さっきから俺を舐めたことをペラペラと。」
「ごめんなさい。それでは再開しましょう。明日夏さんから殺してはいけないという指示が出ましたので、生け捕らせて頂きます。」
「できるなら、やってみな。」
尚美の顔の表情が変わり、2本の短剣から手を離す。
「だが、すごい闘気だな。これが兄を守ろうとする妹の意思か。それじゃ遠慮なく行かせてもらうぜ。」
ザンザバルはさっきより速いパンチを尚美に向けて放つ。そして、ザンザバルのパンチが繰り出されるのと同時に、尚美はザンザバルの顔目掛けてジャブを放つ。
「肘を左脇から離さないようにして、内角を狙ってえぐり込むようにして打つべし。」
尚美のジャブがザンザバルの顔にヒットして、ザンザバルが少しのけぞる。ザンザバルが再度パンチを放つが、そのパンチは宙を舞い、尚美のジャブが顔に当たる。
「くそー、小さなパンチをちまちまと。しかし、こんなに速く動ける妖精は初めてだ。」
尚美は冷静だった。
「大振りを誘わないと。いずれにしても、時間は稼ぎができている。」
二人の戦闘は、普通の人には目に留まらぬ速さで続いていた。
誠がアイシャに手を引っ張ってもらって空中に上がり、周囲を見回した。すると、Eフィールドでは尚美とザンザバル、Cフィールドではミサとナンシーがジグムントと、久美がゴンギヌスと、悟とデスデーモンズがゾロモンと戦っているのが見えた。
「どうしよう。尚とザンザバルの戦いは普通の人が干渉できる速度ではないな。美香さんや橘さんのところもかえって邪魔になりそうだし。」
誠がアイシャに依頼する。
「アイシャさんの部隊は砂の入った竹やりでゾロモンを攻撃して、デスデーモンズの皆さんを援護してください。」
「あそこが一番動きが遅いけど、あの竹槍じゃ、ゾロモンには効果がないんじゃないかな。」
「はい、1回ではそうですが、繰り返して当てればゾロモンのエネルギーを消費させることができます。そうすれば、こちらが有利になってきます。」
「なるほど。」
「ただ、ゾロモンが投げる小石は危険ですので、部隊の皆さんはそれに当たらないように、命中率が落ちても300メートルぐらいの高さで放ってください。」
「うん、みなみさんのようなことはいやだものね。ビーナにそう指示する。」
「それで、ゾロモンが弱ったところでアイシャさんの鉄の槍で攻撃しようと思いますので、アイシャさんも準備をして地上で待機していて下さい。」
「了解。誠はどうするの?」
「ゾロモンを弱らせるために、街からも攻撃をかけます。一度、街に戻ってその準備をしますので、防壁のそばで降ろしてください。」
アイシャは誠を降ろすと、部隊を集めて指示を与えてから鉄の棒を取りに行った。
太陽が上がってきて、戦っている人や魔物の長い影がはっきりと見えるようになってきた。尚美とザンザバルの戦闘は、二人とも高速に動きながら続いていた。
「この妖精、動きが異常に速い。俺のパンチがかすりもしない。一発当たればそれでおしまいなんだが。」
尚美は「焦らすために少しこっちからも行くかと。」尚美がジャブを繰り出し、胸の下側が腫れている所を狙う。
「痛っ。あばら骨が折れたところを狙っていやがる。いやなやつだぜ。」
「ふふふふふ、私のパンチが少しずつ効いているようですね。」
「何を言っている。大して効いていねーよ。お前のパンチじゃ俺を倒すことなんて絶対にできねーよ。これでもくらえ。」
尚美に自分を倒せるほどのパンチがないと思ったザンザバルが渾身のパンチを放つ。
「来た、大振り。」
尚美が初めて右を使い、ザンザバルにクロスカウンターを放つ。腕と腕が交差し、尚美のパンチがザンザバルの顎にヒットする。ザンザバルが吹っ飛んだが、すぐに立ち上がった。
ザンザバルが折れた歯を吐き出す。
「ぷっ。お前、これを狙っていやがったな。この歯はもう治らないな。」
「これで倒れてくれたら楽だったのですが、さすがに倒れませんね。」
「そうだな。お前があと5年したら、今のパンチで倒れていたかもしれないな。それだけに殺すのが惜しくなってきた。」
「私はあなたを殺しても惜しくはないのですが、明日夏さんは惜しいようですので、少し手加減をしてしまいました。次はもう少し踏み込ませて頂きます。」
「ぬかせ。」
ザンザバルはそう言いつつも、「うかつに近づけないな。こちらも隙ができるチャンスを待つか。」と思いながら、大振りは避け、慎重にパンチを繰り出すようになっていた。
ミサが草薙の剣でダークドームを切り付けることを初めてから30分以上が経過し、1000回を越したところで、ダークドームが割れて、ジグムントが剣でミサの剣を受けた。
「魔剣グラム、どうしたんだ。えっ、魔剣の意識がない。これが聖剣草薙の剣の力なのか。いや、草薙の剣の方も気絶しているようだ。魔剣も聖剣もだらしがないな。両方ともあの女の猛攻でやられたのか。それにしてもなんて女だ。」
ナンシーが声をかける。
「ミサ、大丈夫ですねー?」
「大丈夫。」
「それじゃあ、これからコンビネーションでいくですねー。」
「分かった。練習通りにやる。」
「ATシールド展開ですねー。」
ジグムントがATシールドを剣で突き抜こうとするが、跳ね返された。
「魔剣の意識がないと、あの魔法の盾を突き破れないか。しかし向こうの聖剣の力も消えている。あの女も1000回以上剣を全力で振ってかなり体力を消費したはずだ。所詮、パワーと反射神経だけの女。思考と反射を融合させた俺には勝てない。あの楯は邪魔だが、疲れて女の攻撃が鈍くなってきた時がチャンスだ。」
ジグムントはあまり攻撃せずに、ミサの強力な剣の力を上手に受け流した。ときどき行うジグムントの攻撃は、ナンシーが受け止め、2対1の戦いは膠着状態に入っていった。
久美とゴンギヌスの戦いも続いていたが、呼吸を整えるため、両者が少し離れた。
「橘、お前もなかなかやるな。」
「ゴンギヌス、そっちもだ。でも、それだけ腕がたつのに、なんで魔王の言うことなんて聞くんだ?」
「魔王様は、悪魔のように強いからな。とても敵わない。」
「そんなに強いのか。」
「ああ。魔王様と戦おうにも、こちらが何をするか、魔王様は事前に分かってしまうから、勝負にならない。」
「そうなのか。それは楽しみだ。」
「お前は俺が倒すから、魔王様と戦えることはないがな。」
「勝手に言ってろ。」
久美とゴンギヌスの戦いが再開された。
誠が街からCフィールドの防壁に戻ってきた。もちろんEフィールドの尚美とザンザバルの戦いも気になっていたが、尚美の速さはザンザバルの速さを上回っていることと、自分がいると尚美の気が散りそうなため、先にCフィールドの方を片づけることにした。防壁で待機していたアイシャに話しかける。
「戦闘の様子はどうですか?」
「今の状況は、ミサさんのところはスピードとパワーで押しているけど、ジグムントにうまく受け流されている。橘さんのところも互角な戦いが続いている。ゾロモンが疲れてきたのか動きが悪くなってきている。効果は分からないけどビーナたちの竹槍がよく当たるようになってきている。という感じです。」
「有難うございます。それでは、次のビーナさんたちのゾロモンへの攻撃の後、ビーナさんたちには『デスデーモンズ』の皆さんの鉄の鎖を持って、ゾロモンを抑えるのを手伝うように指示してください。そして、街からの攻撃の後、アイシャさんの攻撃を行いますので、鉄の槍を持って上空で待機していてください。」
「分かった。攻撃指示を待っている。」
悟と『デスデーモンズ』がゾロモンと戦っているところに、誠が息を切らしながら走ってやってきた。悟と『デスデーモンズ』に指示をする。
「悟さん、『デスデーモンズ』の皆さん・・・・。ビーナさんたちの攻撃の後、10秒間でいいのでゾロモンを鉄の鎖で抑え込んで動かないようにして下さい。鎖を持つのはビーナさんたちも手伝います。」
「分かった。ゾロモンの力はだいぶ弱くなってきているから、なんとかなると思う。治は僕といっしょに盾でゾロモンの石斧を抑えるよ。みんなもいいね。」
「大丈夫っす。」「分かったっす。」
ビーナたち250人の妖精が上空に現れ、四方からの250本の竹槍による攻撃が始まった。悟たちは、悟と治の楯に隠れてそれを退避した。ゾロモンも石斧を回してそれを跳ね返そうとするが、後から飛んできた竹やりは体に当たって跳ね返していた。
「こんな竹やり、俺には効かない。」
そう言いながらも、だんだんと自分が疲れてきているのは分かっていた。
「だいぶ疲労がたまってきたな。ここを一気に突破したいが、うかつに突進して何かの仕掛けで転ぶと、あの妖精が尻の穴を狙ってくる。一度撤退して休むか。しかし、ここで俺が下がったら、ジグムントとゴンギヌスに笑われる。しばらくは、ここで耐えるしかないか。」
そのときデスデーモンズの4人がゾロモンの体に鎖をかけ、降りてきたビーナたち250人の妖精もその鎖を持ち、ゾロモンを抑え込んだ。
「そんなことをしても、お前らの武器ではおれの装甲は破れんよ。」
誠が街の方を向いて手を挙げて叫ぶ。
「ティアンナさん!」
ティアンナたち220人の子供たちは10段のひな壇に横22人になって鏡を持って乗っていた。ティアンナが子供たちに命令する。
「ソーラーシステム、目標ゾロモン胸部、スペースゲート!ソーラーシステム焦点合わせ、急げ!」
子供の一人が答える。
「3、2、照準、入ります。」
子供たちが220枚の鏡で反射させた太陽の光をゾロモンの胸に集めた。ゾロモンが悲鳴をあげた。
「ギャーー。」
ゾロモンは必死に動こうとしたが、デスデーモンズと250人の妖精も必死に鉄の鎖で抑え込んだ。ゾロモンは石斧で鎖を切ろうとしたが、それを悟と治が盾で防いでいた。
上空で鉄の槍を持って見ていたアイシャが驚いてつぶやいた。
「ゾロ、ゾロモンが焼かれている。あれが、」
ゾロモンの石斧を盾で抑えている悟も驚いていた。
「誠君の新兵器の威力なのか。」
220枚の鏡で反射した強力な太陽光を浴びて、ゾロモンの胸のあたりの皮膚のフェーズシフト装甲がダウンし、の色が変わった。誠が上空にいるアイシャに向けて叫ぶ。
「アイシャさん、今です。」
アイシャが急降下を開始する。アイシャは「今なら小石は投げられないはず。」と考え、できるだけ正確に攻撃するために普段より高度を下げて槍を放った。誠は、「槍を離した高度が低すぎないか。」と思ってアイシャを追いかけるように走り出した。
アイシャが放った槍はゾロモンの胸に当たり、体を斜め上から貫通した。ゾロモンは断末魔の声をあげる。
「こっこんな雑魚どもに。」
そして、その場にゆっくりと崩れ落ちていった。悟が倒れたゾロモンの状態を確認する。
「大丈夫、死んでいる。」
それを聞いたデスデーモンズのメンバーは歓声を上げた。悟は大樹たちに防壁の中に戻り、いつもの武器を持って防壁の防御をするように指示した。
「団長は?」
「僕は久美のところに行ってくる。」
悟は久美とゴンギヌスの方に走って向かって行った。
「盾は突き抜かれるかもしれないが、それは久美も同じ。」
槍を放ったアイシャは下降から上昇に転じようとしたが、槍を放った高さが低すぎて、そのまま地上に激突しそうだった。アイシャは振り返り槍がゾロモンを貫通したことを確認して、「引き起こしが間に合わない。でも、誠君、ゾロモンは倒したよ。」と思いながら、引き起こす力を抜いた。後ろから追いかけてきていた誠が叫ぶ。
「ロケットパンチ!アイシャさんあきらめないで。」
誠の腕が飛び出し、アイシャを下から押し上げた。アイシャも気を取り直して再び上昇するための力を入れた。すると、地表ぎりぎりで上昇に転じた。誠はホッとする一方、「助かってよかったけど、横から掴もうとしてセラミックプレートの中に手が入ってしまった。あとでまた殴られるかもしれない。」と思いながら少し青くなっていた。
誠が街の方を見ると、ティアンナたちが誠の方を見てジャンプしながらゾロモンを倒したことを喜んでいたので、それに手を振って答えた。そして手信号で、ティアンナにティアンナ達が参加する作戦は終了したので、部屋に戻るように伝えた。ティアンナが他の子供たちに伝える。
「岩ちゃんから、みんな部屋に帰って休むようにって。たぶん、他の戦闘は速すぎてここからじゃ援護できないからだと思う。だから、みんなもうホテルに帰って休んでいいよ。」
子供たちは「次は俺がベッドで寝るぞ。」「ううん、私。」「朝ごはんはなんだろうな。」などとはしゃぎながら帰って行った。
誠は上空を飛んでいるアキにも、休息をとるように伝えた。
「アキさん、王都の方も心配ですので、後で王都に戻ってもらうかもしれません。ですので、今は休んで王都に戻る準備をしていて下さい。」
「分かった。でも、アイシャ、ゾロモンにとどめを刺してすごかった。私も狙いがあと3センチ正確だったらゾロモンを倒せていたかな?」
「はい、そうだと思います。」
「惜しいことをしたわ。とりあえず、私も王都は心配だから休んでいる。今度は私も魔王軍の将軍を倒す。」
「はい、他に注意が行っている将軍ならば可能だと思います。」
「分かった。頑張る。」
アキも休息を取るために街に戻って行った。
尚美とザンザバルは、東の方向で強力な光の筋が通っているのを感じ、その後すぐにゾロモンの悲鳴が聞こえたので、二人は少し離れて戦闘を止め、東のほうを見た。ザンザバルがつぶやく。
「何が起きている?ゾロモンが悲鳴をあげるなんて。」
尚美もCフィールドで何があったか気になっていた。
「お兄ちゃんが、何かしたようだけど。」
その瞬間に、明日夏が叫んだ。
「尚ちゃん、危ない。」
Cフィールドの戦いに気が行った尚美にザンザバルがパンチを浴びせようとしていた。尚美は急いで下がったが、ザンザバルのパンチが届いてセラミックプレートの上からヒットして、尚美が後ろに飛ばされていった。
「不意打ちは本意じゃないが、今は仕方があるまい。固い鎧でパンチの効果はそれほどでもないが、バランスを崩している。次のパンチでおしまいだ。」
ザンザバルがバランスを崩した尚美に迫り、留めのパンチを浴びせようとする。それを見た尚美がつぶやく。
「しまった。・・・・・・・・・なーんちゃって。」
ジグムントがゴンギヌスに注意する。
「ゴンギヌス、ゾロモンがやられたぞ。気をつけろ。」
「あいつは肌が硬い以外、取り柄がなかったからな。」
「しかし、罠で心理的なプレッシャーをかけた後、多数の雑魚の攻撃で疲労させて、作戦としては見事だった。」
「だが、さっき、その湘南参謀長らしきやつがゾロモンの近くにいたようだが、ザンザバルのやつは何をしているんだ。」
「分からん。でも街の中に入った気配はない。どこかで戦闘中なんだろう。」
「こんな小さな街にザンザバルと互角にやりあえるやつがいるのか。しかし、このままではらちがあかないぞ。どうする。」
「俺はこの女が疲れるのを待っていたが、2000回以上打ち込んできても、疲れる気配がない。それどころか、パワーが上がってきている。」
「それじゃあ、久しぶりにやるか。」
「そうだな。俺が前を行く。お前は後ろから橘を突け。」
「久しぶりに、お前の瞬間移動が見れるな。OK!」
アイシャとビーナが誠の上空にやってきた。
「誠、助けてくれて有難う!ゾロモンは倒したよ。」
「参謀長、さすがです。アイシャが見込むだけのことはあります。」
「お二人とも、お見事でした。隊員の皆さんは休息に入ってください。」
「いえ、まだ大丈夫ですが。」
「申し訳ありませんが、今日、また王都に戻らなくてはいけない可能性があります。」
「そうですか。分かりました。休息に入ります。」
「私は?」
「アイシャさんには疲れているところ申し訳ないのですが、僕をEフィールドとFフィールドの境まで運んでもらえませんか。」
「なおみさんの所ね。全然大丈夫。それじゃあ、ビーナたちは休息をとって。これも作戦のうちだから。」
「分かった。」
ビーナたちは街に戻り、アイシャは誠を上空に引き上げた。
「ザンザバルをFフィールドの方に引き寄せたいので、二人から少し離れたFフィールド側ひ降ろして下さい。」
「了解!」
誠が恐る恐るアイシャに尋ねる。
「あの、わざとじゃないのですが、怒っていませんか?」
「何を?」
「いえ、だったらいいです。」
「変な誠。」
「すみません。」
「それより、ミサさんと橘さんの方は大丈夫なの?」
「団長が向かいましたから大丈夫だと思います。」
「そうね。」
尚美は体制を崩しながらも、ザンザバルが放ったパンチをかわしながら両手で掴み、巴投げで投げ飛ばし、ザンザバルを仰向けになったところを、尚美が十字絞で押さえつける。
「こんなもの跳ね返してやる。うぉー。」
「させるか。上方に推力最大。やー。」
抜け出そうとするザンザバルを、尚美は飛ぶ力を逆向きに作用させて押さえつける。
「こんなちびにやられてたまるか。」
「十字絞は完全に決まっているから、もう抜けられないよ。」
「うぉー。」
「やー。」
「おーーーーー。」
「あーーーーー。」
ジグムントは全力でミサの剣をはじくと、久美のほうに向かった。その動きは瞬間移動のようだった。ゴンギヌスはジグムントの左後ろに付く。久美がジグムントの剣を受けた瞬間にゴンギヌスが槍で突く作戦である。ジグムントが剣を振ろうと右斜め上に構えた。ミサがジグムントの後を追い始めたが距離があるため間に合っていなかった。久美は、「二人がかりか。下がっても突進されるだけだな。ならば、刺し違えてもジグムントは片づける。」と思い、ミサに声をかける。
「悪いけど、ゴンギヌスは任せるわ。」
そのとき、悟の楯がジグムントと久美の間に入った。久美が驚く。
「悟!」
ジグムントが剣を横から振るのではなく、突きをする構えに変える。
「そんな楯で防げるものか。」
ジグムントが剣で突くと、楯を突き抜けた。その剣は悟の右肩の下を突き抜け、悟が地面に倒れた。ジグムントが剣を抜こうとした瞬間、逆に楯から剣が突き出てきたため、後ろにジャンプして後退した。その瞬間、ジグムントの左後ろにいたゴンギヌスが叫ぶ。
「とどめは俺だ!」
久美は悟の楯から剣を引き抜こうとするが、ゴンギヌスの槍の突きに間に合いそうにもなかった。そのとき、ゴンギヌスの目に強い光が当たった。ティアンナがCフィールドの防壁を越えて久美たちのすぐ近くまで来ていたのである。
「まっすぐな動きならこの距離から光を当てるのは簡単。」
ゴンギヌスはひるまずに久美に迫った。
「剣士のシルエットは見えている。」
しかし、光のために悟の位置を追うことはできていなかった。
「そういえば、楯の奴は?」
倒れた悟はゴンギヌスの足元に飛び込んで足を掴んだ。ゴンギヌスはそれに躓いたため、槍は久美の前の地面を刺した。
「しまった!」
久美はゴンギヌスの胸を狙って剣を突いた。その剣はゴンギヌスの心臓を貫いた。一度下がったジグムントが久美に向けて剣を振り上げたが、追いかけて来たミサの剣がジグムントの後ろから背中を貫いた。すぐに、ミサは剣を抜いた。ジグムントが振り向いて言う。
「この女、この距離を瞬間に。まだ、こんなに動けるのか。」
「体力には自信があるの。」
「お前の亭主は早死にするな。」
「うるさい。」
ジグムントを目掛けて剣を縦に振りぬいた。ジグムントは真っ二つになり左右に倒れた。
「誠の健康管理ぐらいできるわよ。」
久美が悟の方に走り寄り、悟を抱き起こしていた。
「久美、やったな。」
「黙って。喋らないで。止血をするから。」
「久美も血が出ているけど、大丈夫か。」
「私はかすっただけだから大丈夫。悟の方が重傷。だから大人しくしていて。」
「でも、ザンザバルが。」
ミサが悟に静かに言う。
「誠が無事でしたから大丈夫だと思います。私が見てきます。」
「ミサちゃん、すまない。でも、ザンザバルには剣が効かないから、あまり近づかないでね。」
ミサがEフィールドへ向けて走りだすと、ティアンナも追いかけていった。
上空から誠とアイシャはEフィールドとFフィールドの中間地点に向かう途中、Eフィールドの様子を見た。アイシャが誠に話しかける。
「すごい、なおみさんが、ザンザバルを抑え込んでいる。」
「はい、柔道という格闘技の技を使っているようです。申し訳ないですが、妹たちのそばに降ろしてください。」
「了解。あっ、ミサさんがこっちに走ってきます。」
「はい、僕も確認しました。ジグムントとゴンギヌスとの戦闘は終わったようです。となると、あとは妹が抑えているザンザバルだけです。」
「勝利までもう少しね。」
「はい。」
尚美はザンザバルを押さえ続けていた。
「頸動脈を押さえているのに、ザンザバル、なかなか落ちない。」
明日夏が尚美のそばにやってきて言う。
「それは脊髄の中にも血管があるからだよ。」
「そっ、そうなんですね。それだとこの絞め技は効かないか。首の骨を折ると死んじゃうし。」
「首の骨を折るだと。ふん、俺の筋力を馬鹿にするな。」
「いえ、それなら筋肉をナイフで切った瞬間に骨を折ればいいんですが。殺さないとすると、明日夏さん。ザンザバルの気道を押さえられますか。」
「尚ちゃん、心配しなくても大丈夫。このまま処置してしまうから。」
「そうですか、良かったです。では、お願いします。」
「アナライジング!・・・・・塩基列解読、母側塩基列を複製、父側塩基列と入れ替え、アミノ酸列合成、タンパク質立体構造再現、幹細胞連続合成、体細胞に分化し、受精卵からの成長過程をシミュレート、体組織を置換!」
ザンザバルの肌の色が普通の人間の色に変わり、力が弱くなり、気絶した。
「やっと、気絶した。」
その時、誠とアイシャが尚美たちのところに到着した。ミサも走ってやってきた。
「尚、ザンザバルに勝ったの?」
「はい、最後は明日夏さんの助けを借りましたが。」
「二人ともすごい。でも、これがザンザバル?色が違うみたいだけど。」
「そうですね。尚が押さえていた時には、ザンザバルの色でしたが。今は人間と同じ感じの肌になっています。」
明日夏が答える。
「ザンザバルは人間になった。」
ミサが尋ねる。
「どうやって。」
「ザンザバルの父親は魔物だけど母親は人間だから、父親の情報を取り除いて、母親の情報だけで体を再構成した。」
「さすが明日夏、よくわからないけど、すごい!」
アイシャが提案する。
「本当に?確認してみる?」
誠が止める。
「確認って、どうやって?」
「服を脱がして。」
「えーと、ザンザバルは男性ですよ。」
「私には兄も弟もいるから男性の裸ぐらい大丈夫だよ。」
「アイシャさん、でもやっぱり止めておきましょう。とりあえず明日夏さんに確認すれば大丈夫だと思います。明日夏さん、成功したんですよね?」
「いや、失敗だよ。せっかくのイケメンだから人間にしたのに、女になってしまった。」
「あー、なるほど。母方のDNAを使って再構成したということは、X染色体が二つになってしまったからですね。でもそれならアイシャさん、確認しても大丈夫です。」
「マー君、確認する必要はないよ。」
「自信があるんですね。」
「そうじゃなくて、女になったなら、ザンザバルはもういらない。尚ちゃん、もうザンザバルは殺しちゃっていいよ。」
誠が明日夏を諫めるように言う。
「明日夏さん!」
「だって、女になっちゃったし、ザンザバルは人をたくさん殺しているんでしょう。」
「でも、人間になった以上、裁判をしなくてはいけません。」
「尚ちゃん、そうなの?」
「はい、人権的には、兄の言う通りになると思います。」
「そうか。それじゃあ、まあ、みんなで勝手にして。」
ミサの後を追ってきたティアンナがやって来た。誠がティアンナに注意をする。
「ティアンナさん、防壁から出てきては危ないです。」
「でも、ミサさん、俺、活躍したんだよね。」
「うん、橘さんとヒラっちが危なかったところを、この子がゴンギヌスの目に太陽の光を当てて、逆に勝利に導いた。」
「岩ちゃん、すごいでしょう。」
「はい、それは本当にすごいですが・・・。」
「えへん。」
ミサが思い出したように言う。
「そうだ、明日夏。その時に、ヒラっちがゴンギヌスに槍で右肩を刺されたの。明日夏、お願いだから、ヒラっちにヒールして。」
「ミサちゃん、それは先に言ってよ。団長は私の団長だよ。もちろん全力でヒールするよ。なんなら、団長と橘さんの体を取り換えちゃってもいいよ。団長が女で橘さんが男の方が合う気がするし。」
「明日夏、それはしなくていいと思うけど、行こう。」
「分かった。」
明日夏とミサが走ってCフィールドに向かった。途中からスピードアップするために、ミサが明日夏をおんぶして走って行った。
魔王軍の将軍たちが勝った後に、逃げる街の住民を殲滅するために、分散して森の境界で隠れて様子を見ていた将軍の世話係のオークたちは、将軍たちが負けたことに動揺して森の中の集合地点に集まっていた。
「どうするんだ。将軍様、全員負けたぞ。」
「俺たちじゃ、かなうわけないよ。」
ザレンがゆっくり話す。
「選択肢は3つ。王都に向かい魔王軍と合流する、逃亡する、この街で降伏する。」
「降伏するって、ここにはあの世界で一番残酷な女がいるんだぞ。」
「俺は何とか森に逃げられたが、あの女、俺の上官を焼いて笑っていた。」
「ゾロモン様も、たぶんあの女の手下に焼かれて、あの女自身にとどめをさされていたんだぞ。ゾロモン様を殺せるなんて尋常じゃない。」
「アイシャは、元々はそんな指揮官じゃなかったんだが。」
「ザレンは知っているのか、あの女。」
「ロルリナ王国の妖精部隊で、一時は人質がいたので私の指揮下にいた。しかし、アイシャたちを手籠めにしようとしたオークが、アイシャの目の前で妖精の手足を引きちぎって殺したりしたから、そうなってしまったのかもしれない。」
「そんなことがあったからか。でも、そんな女がいるなら、降伏は無理だな。」
「とりあえず、森の外に出ると、綱で釣り上げられたり、重い竹やりで攻撃される可能性があるから、しばらくは森の中に留まったほうがいい。」
「それは、ピザムのいう通りだ。森の中に補給所があるから、そこで食べ物を確保しよう。」
「オーク用だけでも、4000人分はあるからな。腹が減ってはいい考えも出ない。とりあえず、腹ごしらえをしようか。」
「そうしよう。しかし、4000人のオークが10分足らずで死んでしまったのか。」
「そうだな。だが、それも食べてから考えよう。」
「分かった。」
その後すぐに、ザンザバルの目が覚めた。自分の手足を見たザンザバルが誠に尋ねる。
「おっ、湘南参謀長か。俺の肌の色が人間みたいだが。」
「ザンザバルさん、明日夏さんが、ザンザバルさんの父親からの情報を消して母親からの情報だけを使ってザンザバルさんを人間の女に変えてしまいました。」
「そんなことが!」
ザンザバルが自分の体を触る。
「本当みたいだ。」
「ザンザバルさん、人間になったのですから、魔王軍のことを話してもらえないでしょうか。重要な情報を話してもらえれば、刑が軽くなる可能性があります。」
「うーん。」
「魔王軍が勝ったら、ザンザバルさんも柏原さんも殺されることになるんですよ。」
「それもそうだな。湘南参謀長、分かった。話すよ。」
「それでは、まず魔王について話してもらえますか?」
「身長は18メートル、体重は43.4トン、光る弾がでる筒と光る剣を持っている。俺のパンチは装甲が厚くて効かないし、魔王様のパンチでのされてしまう。それに、こちらの行動が先に分かってしまうみたいで、さすがの俺でも魔王様にはかなわない。」
「もしかして、魔王は別名を白い悪魔と呼ばれていませんでしたか?」
「おお、その通りだ。魔王様が魔物を統べるために魔物の間で約1年間の戦争があったんだが、敵の魔物からはそう呼ばれていた。よく知っているな。」
「なるほど、大体わかりました。」
アイシャが尋ねる。
「そんな情報で大体わかったの?」
「はい、ただ魔王を倒すのはかなり難しそうです。」
その後も、ザンザバルから炎竜や目度砂についての情報を得た。ザンザバルからの聴取が終わるころ、王都から来たとみられる5名の妖精が街の司令部に向かうのが見えたので、ザンザバルを防壁の守備兵に引き渡すと、誠は司令部に戻っていった。誠がいなくなったところで、ティアンナがアイシャに話しかける。
「ザンザバル、岩ちゃんのこと、湘南参謀長って呼んでたね。」
「湘南は誠君のあだ名みたいだよ。」
「それは聞いたけど、誰がそう呼んでいるの?」
「アキかな。あとナンシーさんもそう呼んでいるかも。」
「ふーん。」
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