第6話 決戦前夜
王国全土を監視している偵察部隊の報告から、魔王軍の3将軍が率いる3万匹の軍勢がテームの街を攻撃するために移動を開始したことが、王宮に伝えられた翌日、そのことを伝えるために、アキがテームの街までやって来た。司令部でアキからその話を聞いた市長の顔が青くなった。
「3将軍と3万匹ですか。こんな小さな街に。」
「はい、湘南が考えた通り、北からの補給路を遮断されると、王都への攻撃が継続できないことが魔王軍にも分かって、それに対応する作戦ではないかと司令部では考えています。つまり、今回の作戦の主目的はこの街からの補給路遮断作戦を不可能にして、魔王軍の北からの補給路を確保することです。」
「効果的作戦であることが仇になったわけですか。それならば、王都からの援軍はないのですか?」
「司令部では、王都周辺の魔王軍の数が減ったため、アイシャ大尉の部下をもう50名ほどこちらに回すと言っています。そのことは王女様も承認しています。」
市長が落胆する。
「援軍はたった50名ですか。」
誠が市長を勇気づける。
「市長さん、ロルリナ王国の妖精部隊が50名増えると本当に助かります。妖精部隊を使った地上攻撃法をいろいろ検討していましたから。」
「岩田さん、3万匹の魔王軍に勝てますか?」
「もちろんです。」
「そうですか。岩田さんがそう言うならば信じることにします。」
「その代わり、これから本当に全力で準備する必要があります。」
「それは分かっています。何でも命令して下さい。」
「女王様もテームの街は湘南に頑張ってもらうしかないって言っていた。それと申し訳ないけどアイシャは王都に返して欲しいと。」
「その考えは理解できます。本人を呼んで話してみましょう。」
「有難う。」
アイシャが呼ばれて司令部にやってきて、アキが状況を説明した。アイシャが誠の方を向いて尋ねる。
「私は必要ない?」
「アイシャさん、この場で嘘を言っても仕方がありませんので、本当のことを言います。」
「分かった。」
誠がアイシャを見つめて言う。
「もちろん必要です。アイシャさんには魔王軍の将軍を倒す重要な役割を果たしてもらうつもりでした。」
「私に魔王軍の将軍が倒せるの?」
「はい、改良した鉄の槍でとどめを刺す役割です。強力な対個人武器はハーグ宣言には違反しますが、この戦いではハーグ宣言は適用されないと思います。」
「ハーグ宣言?良く分からないけど、強力な武器なんだ。」
「はい、それは保証します。ゾロモン将軍を確実に倒すために、橘さん、美香さん、アイシャさんが、それぞれ一人でも将軍を倒す方法を考えていました。将軍が3匹いますので、もしも3匹が同時に攻めてきたら、一人が1将軍を倒すように作戦を変えようと考えていたころです。」
「そうなるよね。」
「アイシャさんがいなくなるとすると、街の一般兵で将軍一匹の攻撃を遅らせることで対応可能とは思っています。ただし、街の人間に犠牲が増える可能性が高いです。」
「大丈夫。誠君が必要と言うなら、私は残ります。」
「えっ、アイシャ、湘南を誠君と呼んでいるの?」
司令部にいたアキとアイシャ以外の人は「気になるのがそっちなの?」と思いながら話を聞いていた。
「うん、いろいろあって。」
「それじゃあ、しょうがないか。」
「いいの?」
「帰れと言っても帰らないでしょう。」
「そうだけど。有難う。」
誠が付け加える。
「アキさん。」
「何、湘南?」
「アイシャさんを引き留めた理由はもう一つあって、魔王軍はこの街への攻撃とほぼ同時に王都を大規模に攻める可能性が高いと思うんです。ですから、実際には王都はそれほど安全ではない可能性が高いです。」
「魔王軍が2万人に減っているのに王都を攻めてくるの?」
「はい。」
「それはないんじゃないかな。ヤマト師団長代理なんか、王都から出撃して周りの魔王軍を叩くことを司令部に何度も上申しているのに。」
「魔王軍が陣地を作っているということは、魔王軍は敵味方区別なく攻撃するような強力な魔物を使ってくるつもりだと思います。うかつに王都の外に出ると、その魔物にやられる可能性がありますので、やめた方が良いです。」
「巨大な炎竜とか目道砂とかか。」
「はい、他にも何かいるかもしれませんが。」
「パスカルとコッコで撃退したけど、魔王軍にはザンザバルというどんなに剣で切っても瞬間に回復してしまう魔物もいるのよね。」
「そのザンザバルは今度はこっちに来るかもしれません。それで、王都の大本営にはザンザバルについていろいろ調べてもらっています。」
「さすが湘南、手回しがいい。でも王都に巨大な炎竜が来るならば、王都と言っても安全じゃないかもしれないわね。」
「その通りですが、そういう魔物を使うということは、魔王軍もだんだんと限界に達してきたとも言えます。」
「炎竜に対する対策は何かある?」
「王都の戦力が分かりませんので、炎竜を倒す方法は分かりませんが、炎竜の攻撃を受けたときに損害を減らす方法ならばないことはないです。」
「それじゃあ、そのことを含めて手紙に書いてくれる?」
「はい、分かりました。」
誠が手紙を書いた後、アキがそれを持って王都に帰ることになった。
「アイシャ、湘南、とりあえず王都への攻撃がなくなったので、もっと頻繁に来るね。」
「分かった。待っている。」
「アキさん、いつでもいらしてください。」
アキが王都に向けて出発した。アキが見えなくなった後、アイシャが誠にお礼を言う。
「誠、私の安全を考えてくれて有難う。あと、私を必要と言ってくれて嬉しかった。私、誠君と一緒に最後まで戦うから。」
「有難うございます。勝てるように最善を尽くしますが、計画通りにいかなかった場合は、ためらわず王都に帰還してください。」
アイシャは返事をしなかった。
その翌日、朝早く起きた誠は、散歩しながらもうすぐ完成する第二防壁をチェックしていた。第二防壁は、ピザム戦で使った防壁の外側に設置する星形の防壁で、オークの力を借りて周辺の森から切り出した木と土嚢で建設されている。
「土嚢の積み方も上手になってきている。王都から2万匹が600キロ以上を移動するのには2週間は必要だから、戦闘が始まるまであと1週間ぐらいか。でも、航空部隊の攻撃はそれより早く始まるかな。小さな街だから舐めてかかってくれるといいけど。」
誠は魔王軍の戦闘に関して考えていたが、奇麗な青空の下、少しのんびりした気持ちになって、手を上に伸ばしてあくびをした。すると急に両手を引っ張られ、体が空中に舞い上がった。下を見ると地上100メートル、200メートルとどんどん上がって行った。上を見るとアイシャが手を引っ張っていた。
「アイシャさん!?」
「誠君、おはよう。」
「えーと、おはようございます。今は何をしているのですか?」
アイシャが上昇しながら答える。
「誠君が空に上がったら、周りの様子がよく分かると言っていたから、これで良く見えるかなと思って。」
「有難うございます。はい、周りが良く見えます。地図だけでは分からないところがよく分かって、作戦を立てるのに参考になります。」
1000メートル位上昇したところで、アイシャが言う。
「ごめんなさい。冬は服が重いから、二人だとこれ以上上昇するのは無理みたい。」
「これで十分です。でも僕の場合、もしアイシャさんが手を離して地面に落ちたら死んでしまいます。ですので、引き上げる前にひとこと言ってからにしてもらえると嬉しいです。」
誠は自分が方法を考えたとは言え、油断しているときに、突然、アイシャたちによって空中に釣り上げられ、落とされて殺されるオークのことを少しだけ同情した。
「私は、誠君を地面に落としたりはしないよ。」
「それは分かっていますが。」
「そうだ、これから質問をするね。嘘を言うと手が離れてしまうかも。」
「手を離すんですか。」
「離すわけないけど、誠君が嘘をつくと驚いて離れてしまうかもしれないかな。でも、どんな答えでも本当のことを言えば大丈夫だよ。」
「分かりました。」
「誠君と聖騎士様はどんなふうにして知り合ったの?」
「そんなことが知りたいのですか?」
「うちの隊の全員が興味を持っていることなのよ。」
誠は「なるほど、週刊誌のゴシップのようなネタはこの世界でも人気があるのか。」と思いながら答える。
「美香さんがまだ剣士でなかったころ、地元のオークの頭を務めていたゲグルルというオークに襲われたのですが、そのオークを妹といっしょに追い払って助けたことが、美香さんと知り合うきっかけです。」
アイシャが左手を離す。誠が驚いて叫ぶ。
「わー。」
すぐにアイシャが左手を持つ。
「嘘っぽいけど、許すね。」
誠の心臓はまだドキドキしていたが、アイシャに聞き返す。
「嘘っぽいですか?」
「はい。誠君の妹さんなら、誠君に危険がないよう、絶対ゲグルルにとどめをさしていたと思う。でも、それを公にするとせっかく築いた地元のオークと関係がだめになるし、妹さんを危険にするかもしれないから、誠君が言わないことは理解できる。だから、私も追い払ったということにしておくね。」
「有難うございます。」
「聖騎士様といっしょに寝る頻度は?」
「その話を誰から聞いたのかわかりませんが、ただ隣で寝ているだけですよ。」
「それは知ってる。」
誠は「美香さんが話しているのかな。」と思いながら正直に答えることにした。
「いっしょに寝るのはどれぐらいの頻度?」
「週に2~3回です。」
「それも合ってる。」
「なぜ分かるのですか?」
「隊員たちが交代で数えているから。妖精は空を飛べるので偵察は得意なんだよ。」
「それはそうでしょうけれど。」
「でも、聖剣士様はお人形のような美人なのに、誠君は隣に寝ている聖剣士様を抱きしめたいとは思わないの?」
「美香さんは精神的にはまだ子供みたいなところがありますから。アイシャさんの方が大人に思えるときがあるぐらいです。」
「それも分からないではない。それじゃあ、誠君、私は抱きしめられる?」
「大人に見えるときがあると言っても、アイシャさんはまだ16歳で、私はアイシャさんに助言する立場ですから、そんなことはできません。」
「ロルリナ王国でもプラト王国でも、小作人の女の子は12歳で結婚する子も多いんだよ。10歳で売られる子だっている。だから私はもう大人。」
「ここではそうですが、僕たちの国では18歳からが大人です。」
「分かった。それなら、誠君が私を抱きしめるようにして見せるね。」
「どうやって?」
「こうやって。」
アイシャが誠の両手を離す。誠は叫ぶこともできずに頭を下に落ちていった。アイシャはすぐに誠を追いかけて急降下して、アイシャと誠が向かい合った。誠は恐怖からアイシャにしがみついてしまった。アイシャも誠を抱きしめて、引き起こし水平飛行に移った。
「ほら、誠君、私を抱きしめた。」
誠から返事がなかった。よく見ると、左手が誠を頭を自分の胸に強く押さえつけていた。アイシャは、頭にあった手を誠の背中の方に動かした。
「誠君、大丈夫?」
「2回死ぬかと思いました。」
「2回?」
「1回目は落ちていくときで、2回目はアイシャさんの胸で息ができなかったときです。」
「ごめんなさい。でも、誠君、私を抱きしめた。」
「それはそう言われても仕方がないですが、妖精と違って人は空中に放り出されて地面に落ちると死にますので、こういうことは止めましょう。」
「でも地面には落とさなかったよ。」
「そう言えば、地面に落とさないという約束でしたね。約束は守ってくれましたが、事故が起きると死んでしまいます。それに落ちていくとき本当に怖かったでした。」
「ごめんなさい。誠君はもう落とさない。誓うよ。でも、誠君が落ちてく時の表情が、作戦で落としたオークたちと同じだった。」
「人間とオークの感情は、基本的には似ているということだと思います。」
「そんな。オークは私たちの手足を引きちぎったり、酷い殺し方をするよ。」
「力があるからおごってしまうのだと思います。人間でも権力を持ったり、強い立場に立ったりすると、人間に対して惨いことをする人は少なくないです。アイシャさんも飛ぶことができて、飛べない僕に対して空中では圧倒的に強い立場にありますから、僕を落として楽しんだりしています。」
「そうなの。誠君をいじめるのは何か楽しくて。ごめんなさい。どうすればいいかな。」
「えーと、楽しいんですね。危なくない方法で僕をいじめるのはいいとしても、アイシャさんは王族の血をひいていますから、国民をいじめたり、無理に従わせたりして楽しむようなことはしないでもらえると嬉しいです。」
「分かった。私は誠君以外に、そういうことを絶対にしない。誓う。」
誠は「僕にはするのか。」と思いながら答える。
「はい、アイシャさんはちゃんと分かれば、国民に酷いことをしない、良い政治で歴史に名を残す女王になれると思います。」
「誠君、有難う。」
「分かってもらえると嬉しいです。それでは降りましょうか。」
「分かった。上空から作戦を考えたいときは言って。抱き合って飛べば安心でしょう?」
「これでも結構不安です。」
「そうか。それじゃあ、これなら?」
アイシャが背面飛行をする。
「どう?」
「はい、これなら安心はできますが、人から見られるといろいろ問題がありそうです。」
「誠君は注文が多いな。どうすればいい?」
「手を放しても落ちないような道具を作っておきます。」
「そうしてもらえると嬉しい。背面飛行だと1時間飛ぶのが限界だから。」
「1時間以上飛ぶ必要があるのですか?」
「本当は背面飛行の方がいい?」
「いえ。ただ上空から観察したり、人間を輸送したりするのに有用であることは分かりましたので、道具は作っておきます。それでは降りましょうか?」
「分かった。私も今日の作戦の準備をしなくちゃ。」
地上に降りた後、誠がアイシャを宿舎まで送る。
「でも、僕を持って普通に旋回ができるということは、街の近辺の防衛戦ならば鉄の槍はもっと重くても大丈夫そうですね。」
「うん、空中戦は無理だけど、投下するだけならまだ余裕はある。」
「それでは、80キログラムぐらいの鉄の槍も作ります。それを時速240キロメートルで当てることができれば、普通の将軍なら倒せると思います。」
「本当に!それなら頑張る。」
「状況が切迫していますので、とりあえずは練習用の鉄の棒を用意します。今日の15時、補給路遮断作戦の後、それで練習を始めましょう。」
アイシャが敬礼をして答える。
「了解です。誠参謀長!」
ピザムの軍を打ち破った後、テームの街には山に逃げていた1000人ぐらいの周辺住民が避難してきていた。避難民は、街の内側の防壁と建設中の外側の防壁の間にテントを張って住んでおり、魔王軍との戦いに協力するということで、食料などが配給されていた。誠とアイシャがそのテントが張られている場所の横を通る途中、汚い格好をした小さな子供が誠の方にやってきた。アイシャがその間に入る。
「何!」
「あのテームの街の参謀長様にお願いがあるんだ。」
「食料や水が足りないなら役場の担当の人に言って。」
「そうじゃなくて、俺たちにも竹槍が欲しい。」
「魔王軍と戦うつもり?あのね、そんな小さい子供じゃあ竹槍を持っても、ゴブリンの餌にしかならないよ。あっそうか、餌になら使えるか。」
「餌!?」
「そう、ゴブリンを引き寄せるための餌。餌に寄ってきたところを空から待ち伏せて攻撃するの。作戦が成功すればゴブリンを殲滅できる」
「俺たちはどうなるの?」
「作戦が成功すれば、9割は助かると思うわよ。」
「1割は助からないのか・・・・。でも分かった。餌の役をやる。」
「でも、そんなに汚いんじゃ、ゴブリンの餌にもならないけどね。」
その子供が涙をにじませる。誠がその子供に話しかける。
「名前はなんていうのですか?」
「ティアンナ。」
「何か、女の子みたいな名前ですね。」
その子が誠の脚を蹴る。
「女の子だ!」
誠が膝をついてティアンナと目の高さを合わせて話し出す。
「ごめんなさい。自分を俺と呼んでいるから間違えてしまいました。とりあえず、皆さんが体を洗うことができるように、川のそばにお湯を沸かすためのかまどを用意します。あと、古着になるけど汚れていない服も。」
「そうね、汚いままじゃ餌にもならない。」
「そうではなくて、このままだと疫病が流行る可能性があります。下手をすると人間同士の争いになって、魔王軍との戦闘どころじゃなくなるからです。今は協力が必要です。」
「それは誠のいう通りだけど。」
「それで、ティアンナさんは何か仕事を言われていますよね。」
「俺たちは街の中には入れないので、食べ物と引き換えで河原で石を集めているけど。」
「石を集めるのも立派な魔王軍との戦いですよ。」
「俺の仲間がゴブリンに捕まって、男子は殺され、女子は酷い目にあっていた。俺は走ってなんとか山まで逃げられたけど、逃げることしかできなかった。」
「ティアンナさんが無事で良かったです。それで、ご両親はどうされました?」
「おやじはオークに胴体を引きちぎられて死んだ。おふくろは連れていかれて、どうなっているかは分からない。でも、そのことは、俺には関係ない。」
「関係ない?」
「俺は10歳になったから、親に人買いに売られて、魔王軍が来た次の日にこの街に連れていかれるところだった。奴隷は首に紐を掛けられて連れていかれるんだよ。」
「そうなんですか・・・・。」
「俺は可愛いから3倍の値で売れたって、喜んでいたやつらだから心配はいらない。」
「可愛い!?ぷっ。」
「アイシャさん、静かに。」
「誠君、ごめん。分かった。」
「それでも、仲間の仇を討つために魔王軍と戦いたい。ここでいっしょにいる仲間も死ぬのは恐れてはない。」
「ティアンナさんみたいに戦いたいという子供は何人ぐらいいますか?」
「親がいない子供の200人ぐらいは戦いたいと言っている。」
「ゴブリンの餌にはいい数ね。ちゃんと体を洗ってくるんだよ。」
「分かった。」
「いえ、ティアンナさんたちにそういうことはお願いしません。夜中から戦闘が始まると朝には多数の兵士が怪我で戦列を離れてしまうと予想されます。ですので、朝から第一防壁の中でホーガンの弦を引く役をやってもらおうと考えています。」
「誠の言う通り、負傷者がかなり出る可能性は高いから補充は必要よね。」
「でも、ティアンナさん、第一防壁の内側と言っても、ゴブリンが撃った矢が届きます。この前の戦闘でも何人もの兵士に矢が当たって怪我をしました。ですので、ティアンムさんや友達が怪我をしたり、当たり所が悪いと死ぬ可能性もあります。ティアンナさんや皆さんに、その覚悟はありますか?」
「矢が当たって死ぬなら俺は構わない。仲間もそうだと思う。餌に使われて、ゴブリンに、何と言うか、酷いことをされてからなぶり殺しにされるよりはずうっとまし。」
「ティアンナさん、明日の訓練で餌とかではないことは分かると思います。」
ティアンナが誠を抱きしめる。アイシャが怒る。
「こら、誠君から離れなさい。」
「参謀長様、こんな汚い俺でも抱きしめてくれたら信じてあげる。」
「汚いのは構わないのですが、それをするとロリコンと非難されてしまいますから。」
「絶対にそんなことは言わせないから。」
誠は「信用してもらうためには、仕方がないか。」と思って肩を抱きしめる。
「何度も言いますが、絶対の安全は保証できません。僕も子供を戦闘に参加させるのは気が引けるのですが、魔王軍に包囲されて負けると子供も助からないですので、戦闘に参加することをお願いしています。」
「参謀長様、その状況は俺も分かっているから大丈夫だよ。山でゴブリンを怖がって、お腹を空かせながら隠れているのはもう嫌だから。」
「本当に戦う覚悟ができているならば、明日の作業が始まる前の朝7時ごろから訓練を始めますので、他の子供を集めて来てください。」
「分かった。明日の朝7時、200人は集めて参謀長を待ってるから、絶対に来てね。」
「はい、僕の方も約束は絶対に守ります。」
「有難う。それじゃあ仲間に話してくる。」
ティアンナがテントの方に走って行った。
「誠君、本当はロリコン?」
「違います。」
「それじゃあ、シスコン?」
「違います。」
「まあ、誠が優しいだけという感じだけど。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。」
「でも、あの小作人の子、誠君に抱きついたり、ずる賢そうで誠は利用しやすいと考えているみたいだから、気を付けた方がいいよ。」
「はい、気を付けます。でも、ティアンナさん、アイシャさんもそうですが、賢いだけではなく人を統率する能力が高そうです。」
「同類と言うこと?」
「違います。アイシャさんは女王様的ですし、ティアンナさんは商売人的です。」
「なるほど。なんとなく分かる。」
その後、誠はアイシャを宿舎まで送り届けて、司令部に向かった。
宿舎の部屋に戻ったアイシャにミウが話しかける。
「アイシャ、参謀長といっしょに飛ぶのはいいけど、いくらなんでもあんな高いところから落としちゃダメでしょう。」
「あれを見てたんだ。何かあったとき、誠君が私に絶対従うようにしようと思って。」
「恐怖による支配?」
「そうかもしれない。」
「アイシャが、ますます女王様になっていく。」
「悪いことには使わないから。信じて。」
「アイシャのことは信じるけど、あまりやりすぎると嫌われるよ。」
「分かってる。さて、朝食を食べたら出発の準備をしないと。」
「了解。」
朝、補給路遮断作戦に行く前、尚美が怖い目をしてアイシャの方に寄ってきた。
「アイシャ大尉、兄に悪意がないことは分かっているつもりですが、兄に危険なことをしないで下さい。」
「なおみさん、あれは誠君のためを考えてしたことです。」
「それはどういう?」
「この街が、3将軍、3万匹の魔王軍に勝てると思いますか?」
「兄が指揮するならば勝てると思います。」
「100%ですか?」
「戦いに100%はありません。勝負は時の運という面もあります。」
「その時の運で、誠君が死んでもいいんですか?」
「それは、・・・・・・。」
「もし防壁を突破されて、数千匹のゴブリンやオークが街に入ってきたら。もちろん、なおみさんなら、たくさんのオークやゴブリンを倒して飛んで逃げることはできるでしょう。でも、戦っている間に誠君が死んでしまいます。」
「・・・・・・。」
「私なら誠君を抱いて王都まで飛べます。今日、誠君といっしょに飛んで確認しました。」
「今日、いっしょに飛んでる感じなら、そうかもしれません。」
「でも、誠君の体重は70キロは越えているみたいですので、誠君を抱いて飛ぶと私は自由に機動できません。ですので、その時はなおみさんが全力で援護して下さい。」
「そうですね。分かりました。その時はアイシャさんの100メートル以内に敵を一匹も近寄らせないことを約束します。」
「もう一つ。誠君が街を離れることを拒否するようなら、たとえ誠君が私を恨むことがあっても力づくで運びます。そのときも邪魔が入らないように協力してください。」
「分かりました。それも協力します。」
「有難うございます。それでは、今日の補給路遮断作戦を開始しましょう。」
「了解です。」
なおみは「王族の血を引くとは、こういうことか。明日夏先輩や美香先輩とはやっぱり違う。」と思いながら作戦に向けて出発した。
王都への補給部隊は減少していたが、その日はテームの街を攻撃するために移動していたオーク30匹、ゴブリン300匹からなる小部隊を発見した。尚美が指示する。
「あれは輸送部隊でなくてテームの街を攻略するために移動中の部隊だと思われます。森から離れているので殲滅しましょう。まずはゴブリンから。」
アイシャが答える。
「了解です。まず私たちがゴブリンを攻撃します。」
アイシャ支隊が弓矢でゴブリンをほぼ殲滅した後、尚美が指示する。
「あまり大きなオークはいないようです。二手に分かれて攻撃しましょう。ブラックさんと私は東に逃げるオークを攻撃します。」
「分かりました。私たちは西に逃げるオークを攻撃します。私たちにはみなみ少尉の護衛がありますので、警戒のため10名ほどの隊員を、なおみさんの上空で見張らせます。」
「有難うございます。」
アイシャ支隊の対オーク作戦はアイシャとミウが指揮する2本の綱で実施していた。アイシャが指揮する17人の部下は練度が高く、アイシャもオークの動きが予測できるようになっていて、綱を持つ部下に手信号で合図を送りながら、要領よく次々とオークに輪をかけ引き上げて地面に落としていった。アイシャはスムーズに作戦を遂行するため、釣り上げるターゲットにしたオークに話しかけていた。
「走るのがだんだん遅くなったけど疲れた?息が苦しい?でも、この速さなら簡単に輪をかけられるから、引き上げてすぐ楽にしてあげるね・・・・。ほら、もう息が苦しくないでしょう。」
「手をバタバタしても無駄なんだけど。もう、首に輪が掛かっちゃったでしょう。首から引き上げられると苦しいのよ。できるだけ急いで落として殺してあげるけど・・・・・・。おとなしくしていれば、もっと楽に死ねたんだよ。」
「おーい、死にたくないならもっとダッシュして。生きようと必死に逃げるオークを追い詰める時が一番楽しいの。もっと速く。あー、もう疲れちゃったの。つまらないけど輪を掛けるね・・・・・。これで3匹目。」
「うずくまっているけど私に殺されるのが怖い?それなら、じっとしていて。一番痛くない所に輪を締めるから。そう、いい子。地面から足が離れたけど痛くないでしょう。今からあと30秒で殺してあげるね。そうしたら何も怖くなくなるよ。そうだ!我慢するため、お風呂みたいに30数えて。そう、その調子。それじゃあ、引き上げるね・・・・・・。この高さならあなたを確実に殺してあげられる。一緒に数えるから、あと5秒じっとしててね。26、27、28、29、30!最期まで素直でいい子だったね。有難う。」
「あれ、輪が足にかかっちゃった。珍しい。逆さづりになっちゃうけど、引き上げるのは短い時間だから心配しないで・・・・・・。頭から落ちるけど、ごめんなさい。」
「ミウに釣り上げられそうな友達を助けようとしていたの?偉いね。でもさ、自分が油断しちゃだめだよ。両手で友達を掴んでいたから首ががら空きだった。・・・・。仲がいいなら、ミウとタイミングを合わせて、友達と同時に死なせてあげるね。」
「ねえ、目をつぶっているの?臆病ね。名前はなんて言うの?私はアイシャ。ビムと言うの。ビム君、景色が奇麗だよ。見てみたら?そしたら下を見てみて。高いでしょう。下は岩場だから落ちたらビム君は絶対に死ぬんだよ。お母さんの名前を呼んでいるのかな?それじゃあ、その声が少しでも遠くまで届くように、普通より高いところまで引き上げてあげるね・・・・。ほら、普通の3倍の高さだよ。お母さんに声が届いたらいいね。ビム君は今死んじゃうけど、大好きなお母さんも殺してそっちに送ってあげるから待っててね。」
「男のくせに泣いているの?魔王軍に入ったんだから、死ぬことは覚悟しなくちゃ。好きで入ったんじゃない?でも、あなたを連れて帰れないから捕虜にはできない。だから私はあなたをここで殺すしかないの。分かってね。何、悪魔?魔王軍に対してはその通りだから、魔王軍に入った自分を恨んで。それじゃあ、死になさい。」
「石を投げてもここまで届かないよ。おとなしくしないと、思いっきり苦しい方法で殺すから覚悟してね。火であぶるための枯草もちゃんと持ってきているから・・・。あきらめて抵抗を止めたのね。それじゃあ、楽に殺してあげるからそのままじっとしててね。」
「えっ、自分から輪を掛けるの?潔いのね。それなら輪を後ろから両脇にかけて通して。そう、そんな感じ。それじゃあ引き上げるね・・・・・・。これなら、私も楽に殺せるし、あたなも楽に死ねるからウィンウィンよね。私、笑顔が奇麗と言われるから、あなたの最期にお互い笑顔でお別れしようよ。」
「へー、地面に伏せるの。賢いわね。伏せると輪がかけられないのよね。でも、そんなことをするなら、思いっきり苦しめてから殺すから覚悟してね・・・。あれ、私を見上げるから、首に縄を掛けられちゃったね。まあ、いずれ見上げるって分かってたんだけどね。経験の差かな。もう生きているオークはあなただけだから、たっぷり苦しめて楽しんでから殺すね。火あぶり準備をするから、その間はつま先立ち。何分耐えられるかな。火を見てから泣いても遅いわよ、頭がいいオークさん。」
アイシャ以外の隊員は黙っていたが、アイシャがオークにかける言葉に高揚していた。少しして、尚美とブラックも作戦を終えて合流した。
「ゴブリンが少しだけ残っていますが、オークは殲滅しましたので、今日の作戦はここまでにしましょう。」
「はい、承知しました。これより帰投します。」
「アイシャ支隊の皆さんで短い時間に16匹を片づけましたね。練度がどんどん向上しているようです。これも皆さんの頑張りと練習の成果だと思います。」
「有難うございます。でも、やっぱりなおみさんとブラックさんがオークの指揮官を倒してくれるので、統制が取れなくなって、私たちの作戦がうまくいくんです。」
「そのことを分かっていたんですね。これからも協力して頑張りましょう。」
「はい。」
アイシャは昼過ぎに帰還し、昼食を取り、14:50に誠との集合場所にやってきた。
「アイシャさん、補給路遮断作戦の後ですが大丈夫ですか?疲れていませんか?」
「誠、大丈夫。楽しいオーク狩りをしてきたという感じだよ。」
「あの、オークに仕返しできるのが楽しいんでしょうか?」
「歴史の本で昔の拷問の方法とかを調べて、首を締めたり、火あぶりにしたり、オークを苦しめてから殺すこともあるけど、別にオークを苦しめて楽しいということはないよ。」
「そうだとすると、何が楽しいのですか。」
「オークをたくさん殺すことに達成感があるからだと思う。私たちに気が付いていないオークを釣り上げるのは簡単なんだけど、そうでない場合は、オークに声をかけて、逃げるのをあきらめさせたり、逆にダッシュさせて早く疲れさせたり。オークを苦しめるのも、おとなしく楽に殺された方がいいという噂が立つようにするためなんだよ。」
「なるほど。いろいろ工夫しているんですね。」
「そう。今日は11匹殺すことができた。」
誠は「アイシャさんは悪気はなくても、真面目で手加減を知らないから、自分が思い込んだ正義のために暴君になる可能性もあるかな。」と、自分が上空から落ちていったときのことを思い出しながら答える。
「1日に11匹はすごいですね。」
誠は「もしかすると。」と思いながら尋ねる。
「他の隊員の皆さんはどうですか。作戦で狩りを楽しんでいる感じですか?」
「そうだと思う。女性の妖精は、人間から弓矢が伝わる前は、ツルを使って落とした森の小動物を料理して家族に食べさせていたみたい。そういう行事が残っている村もあるよ。」
「やっぱりそうなんですね。狩りという行為自体が楽しいのかもしれません。」
「そうなのかも。あっ、でも、昔から人間は友達だから狩ったりしていないよ。普通の妖精だと人間は持ち上げられないし。」
「そうだと思います。由香さんや亜美さんも人間とは仲が良さそうですし。」
「その通り。私たちも仲がいいし。でも、仲がいいいと言えば、昔は妖精の村どうしの縄張り争いで、村の男性の妖精が少なくなったりすると、遠くの人間の村から一人で運べる好みの男の子をさらってきて、自分の夫にしていたという話を聞いたことがある。」
誠は「ちょっと地元のオークの反対みたいな話だな。でも、女性の妖精にはショタが多いかもしれない。」と思いながら答える。
「今ではそういうことはないんですよね。」
「もちろん。今は犯罪になるから、男の子をさらう妖精は少ししかいない。」
「分かりました。今は犯罪者の方だけということですね。」
「その通り。でも、小さい男の子を変な目で見る若い女性の妖精はちらほらいるかな。もちろん、私は違うよ。」
誠は「それは亜美さんか。」と思う。アイシャが続ける。
「それでも、妖精だと誠君が考えくれたような綱や戦法は考えられないし、人間はいろいろ技術を教えてくれるから、妖精と妖精より、妖精と人間の方が仲は良かったぐらい。」
「あの、僕は一応妖精なんです。」
「えっ、あっ、そうか。なおみさんも妖精だし。でも、誠君みたいな妖精がいるのは嬉しいというか誇らしい。」
「有難うございます。それでは僕は冗談でも落とさないで下さいね。」
「もちろん、もう絶対に落とさない。今日、オークをたくさん落として、簡単に死んじゃうのを見て分かったから。誠君が間違えて死んじゃったら絶対にいやだし。安心して。」
「分かってもらえて嬉しいです。」
「その代わり、誠君が私の言うことを聞かないと、誠君をさらって、飛べないと絶対に行けないところに運んじゃおうかな。」
誠は「笑い事じゃなく、罰として本当にしそうだな。」と思いながら答える。
「ははははは。その時は食べ物は運んできて下さいね。」
「もちろん。その時は私の5番目の旦那様にしてあげる。」
「5番目!?ロルリナ王国ではたくさんの配偶者がもてるのですか。」
「王様や女王は5人まで持てるよ。でも、自由に選べるのは5番目だけ。あとは政治的に決められていたみたい。」
「それでは、それも変えましょう。」
「そうか。その通り。有力貴族はみんな死んでいるから、国自体を変えられるね。それなら誠君を1番にしてあげる。それで階段のない高い塔の上の部屋に住むの。うーん、そのときは、なおみさんと聖剣士様もいっしょにしないとだめかな。でも、聖剣士様は飛べないからどうしよう。」
誠は「今のアイシャさんの精神状態は普通じゃないのかな。」と思いながら答える。
「先のことは良く分かりませんが、ロルリナ王国が良い国になることならば協力します。」
「そうか、ごめんね。そういう話は、魔王軍を殲滅してからだったね。」
「はい。それでは、そのために練習を開始しましょう。今着ている鎧を脱いでこの装具を着けてみて下さい。将軍級のオークと相対するかもしれませんので、セラミックプレートの防弾版も付けてあります。これに鉄の棒を固定します。」
「鎧を脱いで、これを着ければいいんだよね。・・・・・装着したよ。」
「はい。そうしたらこの棒を取りつけます。それで、このレバーかこのレバーを引くと外れます。放つときは両方引いて下さい。」
「何で、二つあるの?」
「もし、槍が離れないと重いままで、回転半径が増加して地上に激突する可能性があるためです。簡単な機構で故障は少ないと思いますが、安全のために2重にしました。」
「さすが、誠君。では、棒を付けるね。・・・・・・付いた。」
「練習の順番としては、まず、棒を持って飛び立って普通に飛行してみましょう。次に水平飛行から棒を落として、だんだんと降下角度を増やして、狙いをつけて鉄の棒を落とす練習をします。」
「分かった。鉄の棒は結構重いので離陸にはちょっと助走がいるかな。」
アイシャが小走りをして飛び立つ。そして普通に飛んでから戻ってきた。
「どうでした?」
「大丈夫。重いけどなんとかなる。それじゃあ、水平飛行から落とす練習ね。」
「はい、狙いはあの切り株で。」
「了解。」
誠の助言を聞きながら2時間ほど練習して、誠のところに戻ってきた。
「もうすぐ暗くなりますので、今日の練習はこれまでにしましょう。」
「分かりました。明日からもっと正確に落とせるように頑張ってみます。」
誠が切り株を指し示しながら言う。
「これが鉄の棒の威力です。」
「切り株がボロボロになっている。」
「はい、80キログラムの棒の衝突は、かなりの衝撃を生むようです。」
「この棒を槍にすれば将軍も倒せるかな。」
「はい。ちゃんと当たればですが。」
「誠君、厳しいね。頑張るよ。」
「単なる鉄の槍より強力な槍も考えておきます。」
「是非お願い。それで、あの、将軍を倒したら1つ私の願いを聞いてくれないかな?」
「何でしょうか?」
「魔王軍を倒した後、復興担当大臣としてロルリナ王国の再建を手伝って。」
「はい、それはアイシャさんが将軍を倒さなくても協力します。」
「有難う。誠君ならそう言ってくれると思った。」
「ロルリナ王国の国民の今までの苦労は筆舌に尽くせないほどでしょうから、それを思えば断ることはできません。」
「女王のためでなく?」
「女王と国民のためです。」
「まあ、いいか。それじゃあ、誠がロルリナ王国に来たら、私がロルリナ王国を一通り案内するね。」
「視察は必要ですので、その時にはお願いします。それでは、だいぶ暗くなってきましたので、帰りましょうか。」
「はい。」
次の日、ティアンナが216人の子供を連れて待っていた。
「ティアンナさんはいますか?」
「俺だ。参謀長様、おはよう。驚いているようだけど、それは私が可愛いからかな?」
「ティアンナさん、おはようございます。すごい人数ですね。ティアンナさんが可愛いので驚いたというのは本当です。でも、僕はロリコンではないので安心してください。」
ティアンナが大きな声で言う。
「参謀長様、昨日、あんなに汚い俺を抱けるぐらい、小さい女の子なら誰でもいい超ロリコンだから、みんな気を付けるように。」
子供たちから「分かった。」「気を付ける。」という返事が帰って来た。
「あの・・・。でも、はい、そういう大人もいますので、気を付けるにこしたことはないですね。」
「ごめん、ごめん。参謀長様、みんなそうでないことは分かっているから、大丈夫だよ。それより、練習を始めよう。」
「分かりました。始めましょう。」
「何をすればいい。」
「ホーガンを持ってきましたので、ホーガンに矢をセットする練習をします。ホーガンを撃つこと自体は大人にやってもらおうと思います。」
「分かった。」
ホーガンの安全装置をかけて、数人で弦を引いて止めるところに掛け、模擬の矢をセットすることを交代で練習した。誠が練習を待っているティアンナに話しかける。
「ティアンナさん。皆さんにもう一つやってもらいたいことがあって。」
「やっぱり、ゴブリンの餌?」
「違います。」
「参謀長様の餌?」
「絶対に違います。さっきと言い、大人をからかうのは止めましょう。」
「ははははは。分かった。それじゃあ何をすればいいの?」
「やってもらいたいことは、この鏡で太陽の光を反射させ、オークの顔に光を当て、オークの目をくらませることです。それで、槍を使う兵隊を助ける役割をお願いしようと考えているのですが。」
「なるほど。それなら絶対にやる。俺たちでオークを倒す手伝いができるなんて、参謀長は噂通りだ。」
「どんな噂ですか。」
「外見はパッとしないのに、頭はパッとしている。」
「誉め言葉と思っておきます。」
「ところで、参謀長様は、あの乱暴な妖精と付き合っているのか?」
「乱暴な妖精?」
「参謀長様、高いところから落とされていた。」
「ははははは。あれを見ていたんですね。」
「参謀長様だから特別に教えるけど、あれは参謀長様を尻に敷くためにやっていることだから、気を付けた方がいいよ。」
「詳しいことは話せないんですが、アイシャ大尉は僕が付き合えるような方じゃないです。でも、ご忠告、有難うございます。気を付けます。それでは、ホーガンの練習を待っている間に、光を反射させて目標に当てる練習も開始したいと思います。」
「あの、その前に参謀長様の名前を聞いていい?」
「岩田誠、あだなは湘南です。」
「それじゃあ、岩(ガン)ちゃんと呼んでいい?」
「今までにないあだ名ですが、はい、そう呼んでもらっても構いません。」
「岩ちゃん、列の整理は俺がやるから、指導だけお願い。」
「はい、了解です。」
1時間半ほど練習した後、練習を終了することにした。
「この後、作業もありますので、今日はこれまでにしましょう。」
「分かった。岩ちゃん、本当に有難う。時間を見つけて、自分たちだけでも練習するよ。」
「はい、ティアンナさんを頼りにしていますので、お願いします。」
「おう、任せて。」
その日の午後、アイシャは補給路遮断作戦の後に、鉄の棒を落とす練習をしていた。命中精度もだんだんと上がってきていた。
「だんだんコツが掴めてきた。暗くなる前に帰らないといけないから、今日はこれで終わりにしよう。」
アイシャが急降下して棒を放つと、切り株に棒が当たった。
「やった!それじゃあ帰ろか。」
そう思いながら、北の方を見ると森の境界でオークが街を覗いているのが見えた。
「オーク。街を攻撃する前の偵察か。でも、今はオークを倒す方法がない。とりあえず、魔王軍の偵察部隊なら、何をしているか調べないと。」
アイシャが北に向かうと、上空でアイシャの護衛をしていたみなみの分隊が寄って来た。
「アイシャ大尉、どうしました?もう日が落ちますから、帰られた方が良いと思います。」
「北の森の中に、オークがいて街を見ている。近寄らないで様子だけ調べようと思う。」
「攻撃前の偵察でしょうか。了解しました。100メートル位上空で観察しましょう。」
6人がそのオークの上空に到着した。
「大きいわね。」
「アイシャ大尉の言う通りです。背の高さが普通のオークの3倍以上あります。」
「将軍の一人かな。」
「そうかもしれません。私たちでは倒すのは不可能だと思います。」
「私もそう思う。でも、近寄らないけど、あちらの偵察の邪魔をしないと。」
「そうですね。自由に偵察させることはないですね。」
「それでは高いところから石でも落とそうか。」
「了解です。」
全員で石を持ってきて、その大きなオークの上から落とした。街を見ていたオークもそれに気が付いて見上げた。そして、石を拾って握りつぶして小石にした後投げ返してきた。普通なら届く高さではないのに、散弾のように高速に飛んできて、アイシャ、みなみ、はるかの体に当たった。小石の速さはみなみの体を貫通するぐらいで、みなみとはるかが地面に落ちて行った。アイシャはセラミックプレートに当たったため、小石を跳ね返すことができたが、強い衝撃を受けた。アイシャは2人が落ちないように抱きしめて飛ぼうとしたが、体に受けた衝撃のため、力が十分に出せずに地面に落ちてしまった。3人を助けようと下降してきた、なるみ、ちよ、ななにも小石が投げられ、それが当たって全員が地面に落ちた。アイシャが立ち上がると、辺りは5人の妖精から流れ出す血の海だった。
「みなみ!」
アイシャが叫んだが、その瞬間、アイシャが巨大なオークに掴まれて引き上げられた。
「鎧は違うが、話に聞く大きさと風貌、お前か、近頃部下のオークを空中に引き上げて、楽しんで殺しているアイシャという妖精は。」
「その通りよ。」
「このやろう、子供のオークまで殺しやがって。」
「オークはみんな大きいから子供かどうかなんて分からないわよ。それに子供を殺すのはそっちも同じじゃない。」
「俺たちだって、魔王様の命令が無ければそんなことはしないんだがな。」
「それじゃあ大したことはないわね。私は自分から楽しんでオークを殺している。」
「いい度胸をしているな。だが、次に殺されるのはお前だ。」
「それはそうかもね。でも、その次はあなたが殺される番よ。」
「ははははは。俺を殺すだって。そんなの魔王様以外じゃ絶対に無理だよ。」
「絶対、誠君が私の仇を取ってくれるわ。」
「誠君。誰だそれは。」
「ここの参謀長よ。街に死者を出すことなくピザムの軍を撃退したわ。」
「ピザムか。可愛い奴だったが、ピザムは少し甘いからな。」
「ピザムを可愛いと言うことは、お前はピザムの上官なのか?」
「ゾロモンだ。名前ぐらい知っているだろう。」
「魔王軍の将軍ね。テームの街を攻めるための偵察をしていたのね。」
「そうだ。本当は3日後に街を攻める予定だったが、お前たちのせいで昼の移動を制限しているから、1週間後ぐらい後になるかな。」
「それじゃあ、お前の命もあと1週間だわ。」
「口の減らない女だな。まあいい。お前が殺した子供の母親の前で、湯だった鍋でお前を煮て、母親に食べさせてやる。」
「オークを生きたまま焼いたことはあるけど、まずそうだから食えなかったわ。」
その時である。ゾロモンの後ろから大きな金属音がした。
「だめ。全然刺さらない。」
ブラックが脚に短剣を付けてゾロモンに飛び蹴りをしていた。しかし、刃が全く受け付けなかったので、すぐに離脱した。振り向いたゾロモンが言う。
「何だ。小さな妖精だな。」
その妖精に向かって小石を投げようとする。
「ブラックさん、木の陰に隠れて。早く!」
ゾロモンの前から尚美が叫んだ。その声にゾロモンが前を見て叫ぶ。
「お前らだな。急所を狙ってくるすばしっこい小さな二人組の妖精というのは。」
ゾロモンは、尚美に向かって小石を投げた。尚美はそれをかわしてゾロモンに迫る。
「あの石を全部かわしたのか。噂通りだ。しかし、お前の狙いは目だろ。」
尚美がゾロモンに届く直前に左手で両眼を覆った。尚美は首に目標を変えて短剣を刺そうとするが、金属音がして全く刺さらなかった。ゾロモンは右手で尚美をはたき落とそうとする。それが尚美の足にかすって、尚美はバランスを崩しながらも離脱する。
「皮膚が硬すぎて短剣が全然刺さらない。」
アイシャが叫ぶ。
「なおみさん、無理はしないで!このオークはゾロモン将軍だから。」
ゾロモンも言う。
「お前らじゃ俺を倒すことはできないよ。さて、街の偵察もだいたい終わったし、そろそろこの妖精を連れて帰るかな。」
ゾロモンが向きを変えようとしたとき、今度は強力が斬撃がゾロモンを襲い、周りの木々をなぎ倒した。しかし、ゾロモンの体に当たった斬撃は跳ね返されてしまった。その斬撃はミサが放ったものだった。ミサは続けてジャンプしてゾロモンの腕に草薙の剣で切りかかった。しかし、金属音がして剣が跳ね返されて、ゾロモンに傷を負わすことはできなかった。ゾロモンが前を見ると、女の剣士が剣を構えて立っていた。
「お前は何者だ。」
「大河内ミサ。この街の歌手兼剣士よ。」
「そうか。これをかわせるか。」
ゾロモンがミサに向かって小石を投げる。それをミサが斬撃で弾き飛ばす。
「ほー、強力な斬撃だな。まあ、俺には効かないがな。」
ゾロモンが石斧を片手で持ってミサに切りかかる。ミサが剣でその石斧を切断する。
「石斧が切れるのか。かなり強力な剣と剣士だな。しかし、お前は橘ではないな。話に聞いているよりだいぶ若い。」
「橘久美先輩は私の師匠。」
「なるほど、橘の弟子か。それじゃあ、これならどうだ。」
ミサの斬撃で倒れた太い木をミサに次々に投げつける。ミサがそれを切り裂きながら突撃し、ゾロモンの体を剣で突くが、やはり金属音がして跳ね返される。ミサは明日夏と誠のステップワゴンに乗ってここまで来ていて、誠は戦いの様子を注視していた。誠を見つけたアイシャが叫ぶ。
「誠君!逃げて!こいつはゾロモン将軍だから!」
「何だ。これがその参謀長か。どんなやつかと思ったら強そうじゃないな。」
「アイシャさん、今、助けます。」
「誠君!あまり無理はしないで!」
誠が明日夏に尋ねる。
「明日夏さん、ゾロモンの皮膚がどうなっているか分かりますか。」
「よく分からないけど、普通の皮膚と成分は同じなのに、ゾロモンの体内の電気が、皮膚を構成しているつぶをもっと密にもっと強く結合させている。」
「有難うございます。個体の相が変わっているんですね。」
誠は「ということは、フェイズシフト装甲か。それじゃあ実体兵器は通用しない。でも、ビーム兵器なんて元の世界にもないし。みなみさんたちの状態を考えると、ゾロモンの体力が無くなるまでは待てない。」と思ったが、攻撃方法を考える時間を作るためにミサに声をかける。
「ミサさん、ゾロモンの皮膚は剣や斬撃は受け付けません。慎重に攻撃してください。」
「誠、分かった。」
「明日夏さん、ゾロモンの体表面で相が変わっていない部分はないですか。」
「粘膜は普通の構造みたい。」
「皆さん、ゾロモンの弱点は、目、口の中、鼻の孔、お尻の穴です。狙えますか。」
「お兄ちゃん、私とブラックさんで目と鼻の穴を狙う。」
「それじゃあ、私はお尻の穴。」
「みなさんで同時攻撃をお願いします。」
ゾロモンの口から感想が漏れる。
「お尻の穴を狙うのか。お前たち、まともじゃないぞ。」
しかし、ミサが動かない。
「ミサさん、どうしました?」
「ごめんなさい。剣が嫌がっている。」
「ミサさん、それじゃあ俺がお尻の穴を狙う。」
「ブラック、有難う。それじゃあ、私が鼻の穴で。・・・・鼻の穴もいやなの?」
「わがままな剣ですね。それじゃあ、ミサさんは目で。私が鼻の穴を狙います。」
「尚、有難う。」
3人が同時にゾロモンに接近すると、ゾロモンがアイシャを放りだし、右手で目と鼻を押さえ、左手でお尻を押さえて走り出した。
「お前ら、1週間後を覚えていろ。」
誠が落ちてきたアイシャを抱きとめる。
「誠、有難う。」
「立てますか。」
「大丈夫。でも本当に有難う。死ぬことを覚悟していた。」
「僕というより、ここにいる皆さんの力です。」
誠はアイシャを立たせた後、出血の酷いみなみを見に行く。
「明日夏さん、みなみさんたちにヒールが効くでしょうか。」
「いま観ているからちょっと待ってて。」
「分かりました。有難うございます。」
尚美、ミサ、ブラックが戻って来た。
「お兄ちゃん、深追いは止めた。」
「それは、いい判断だと思う。」
「みなみさんたちはどう?」
明日夏が答える。
「内臓の損傷が酷い。この怪我を治すには幹細胞を作ってから、成長過程を再現しなくてはいけない。」
「何か副作用はありますか?」
「みなみちゃんたちは、空中戦で高速に飛べるようになるために、子供のころから特殊な食べ物と訓練をして育ってきているみたいだけど、それは再現できない。普通の成長過程を再現するから、飛ぶ速度が普通の妖精になってしまう。」
「本人の意思は確認できませんが、このままでは確実に死んでしまいますから、ヒールをお願いします。責任は僕が取ります。」
「私からもお願い。でも、誠君、責任はここで階級が一番上の私が取るから。」
「マー君、アイシャちゃん、分かった。それじゃあ、ヒールを開始する。」
明日夏は一番怪我が酷いみなみにヒールを施した。
「アナライジング!・・・・・塩基列解読終了、アミノ酸列合成終了、タンパク質立体構造再現、幹細胞連続合成、体細胞に分化し、幼少期の体組織を再現、成長過程をシミュレート、体組織を置換!」
ヒールが終わると、明日夏は次に怪我が酷いなるみのヒールに取り掛かった。少しして、みなみが目を覚ました。
「あれ、皆さん。そうか私はオークが投げた小石に当たって、アイシャ大尉が支えようとしたけど、地面に落ちて行った。」
「はい、その通りです。」
自分の鎧が血だらけなのに気づいて尋ねる。
「えっ、これは私の血ですか。」
「そうです。あそこの地面にたまっている血もそうです。それで、明日夏さんがヒールを施しました。お加減はどうですか?」
「胸がかなり苦しいですが、他に痛いところはありません。意識もはっきりしていますし、大丈夫だと思います。」
「立てますか。」
「なんとか。あれ、鎧に穴があいている。」
「はい、ゾロモンが投げる小石はかなり速くて鎧を貫通したみたいです。」
「あのオーク、将軍のゾロモンだったんですね。どおりで。えっ、背中の鎧にも穴が開いている。」
「はい、小石は体も貫通していました。」
「それで私は生きているのですか。」
「明日夏さんがかなり難しいヒールをして、命の方はなんとかなりましたが、以前のようには飛べなくなっているということです。」
「そうなんですか。でも、飛べることは飛べるんですか。」
「はい、普通の妖精と同じぐらいの速さでは飛べるということです。」
「普通の妖精と同じですか。」
みなみは肩を落としたが、分隊の隊員が血まみれで瀕死の状態なのに、明日夏がヒールする順番に立ち上がって話しはじめていたので少し安心したようだった。
「隊員全員が死んでもおかしくない状態から救って頂いて、明日夏さんには本当に感謝しています。みんなも普通のヒールでは助からないことは理解すると思います。でも、今から何をしよう。子供のころから妖精の空中戦部隊に入るために訓練してきたのに。」
「みなみさんたちは、生きていますし、まだ若いですので、後でゆっくり考えましょう。」
誠がアイシャに尋ねる。
「アイシャさんの方は大丈夫ですか?」
「大丈夫。小石の衝撃はすごかったけど、この板が守ってくれた。すごいね。」
「それは良かったです。」
誠はステップワゴンに、ミサ、明日夏、みなみの分隊を乗せて街に戻った。司令部に戻った誠は、その強さを実感したゾロモンの対策を懸命に考えていた。
翌日の朝、誠が台車を引いてティアンナの練習を見に行った。
「ガンちゃん、お早う。」
「ティアンナさん、おはようございます。」
「どう、だいぶ上達したでしょう。」
「はい。ティアンナさんと皆さんが頑張っているからだと思います。あの、皆さんが頑張っているご褒美として、お菓子を持ってきました。みなさんで食べてみて下さい。」
「すごい、街のお菓子なんて食べたことがない。みんなー、岩ちゃんがお菓子を持ってきてくれたよ。」
子供たちがお菓子を食べ始めた。ティアンナが誠のところに寄ってきた。
「美味しい。こんな美味しいお菓子は初めて食べた。」
「喜んでもらって嬉しいです。」
「なるほど、食べ物で釣るのが岩ちゃんの女の口説き方か。」
「違います。そういう意図はありません。」
「でも、岩ちゃんは、聖剣士様、アイシャ様、明日夏さんの3人を口説き落としたって街じゃ噂だよ。」
「デマです。」
「それで、次は俺と言うことか。」
「そんなことをしたら、今まで築いてきたこの街での信用を失ってしまいます。」
「俺も10歳になったから、法律的には大丈夫だけど。」
「そうなんですね。でも、私の国では18歳未満は子供として保護しなくてはいけないことになっています。」
「へー、変わった国なんだね。それで、昨日、調べたんだけど、あの乱暴な妖精はアイシャ様と言って、本当はすごい人だったんだね。まあ、あの乱暴さも女王様と言われれば女王様みたいだけど。」
「ははははは。その通りですね。それにしても情報通なんですね。」
「まあね。昨日の作業で街の人と話すときにいろいろ聞いてみた。私、一応、可愛い女の子だし、話してくれることが多い。」
「なるほど。もし街の中での対立みたいなものを知っていたら教えてもらえますか?」
「私たちを追い出したい街の人はたくさんいるけど、もうすぐ3万人の魔王軍が攻めてくるから、それが終わるまでは大丈夫そう。」
「それは良かったです。」
「岩ちゃんの頼みなら、街に入る証明書とお金をくれたら、もう少し調べてあげるよ。」
「これで大丈夫ですか?あと服も持ってきました。」
「へー、さすが準備がいいね。岩田ティアンナ?」
「僕の姪と言うことになっています。」
「それなら街の中で動きやすいね。変わった帽子だね。」
「はい、服はメキシコ風で、外国から来たと思われるように作った特注品です。」
「へー、メキシコ、聞いたことがない国だ。」
「ここでは、そうかも知れません。それから、この瓶も持っていてください。本当に危険な場合、このスイッチを上側に動かした後、相手に瓶が投げつけてから逃げて下さい。」
「分かった。命が危ない時にはそうする。」
「スイッチを入れるとこの部分が熱くなって、瓶が割れると火が出ますので、気を付けて下さいね。」
「火が出る魔法の瓶だね。それで俺からも質問していい?」
「はい、何でもどうぞ。」
「噂に聞いたんだけど、魔王軍の将軍のゾロモン、すごく強かったんでしょう?聖剣も跳ね返したっていう話だし。岩ちゃん、正直言って大丈夫?」
「さすが、それも調べたんですね。実はゾロモンを倒すためにティアンナさん達にお願いしたいことがあります。」
「俺たちでゾロモンを倒すことに協力できるの?目をくらませるの?俺一人で良ければ、ゾロモンをおびき出す役でもやるよ。逃げるのは得意だから。」
「そうではなくて、ゾロモンを遠くから攻撃する役割です。ただ、遠くと言ってもゾロモンから見える位置にいることになりますので、危険性はゴブリンの矢より高まります。」
「分かった。協力するよ。その代わり、街に行ったら俺にお菓子を食べさせてよ。」
「はい、皆さん親を亡くているようですので、皆さんのために、時々お菓子は持ってくるつもりです。」
「そうじゃなくて。岩ちゃん、みんなに優しいと嫌われるよ。」
「それはアイシャ大尉にも言われました。よく分かりませんが、街に入ったら司令部に来てください。お菓子でよければ、いくらでも出します。」
「分かった。それじゃあ街の情報を調べてから司令部に行くね。調べるのに危ない橋を渡るかもしれないんだから、美味しいお菓子を頼むよ。」
「あの、安全な範囲で構いませんので、あまり危ない橋は渡らないようにして下さい。でも、美味しいお菓子の件は了解です。」
「期待しているよ。」
その日の昼過ぎ、アキが王都からアイシャの部下50名を連れて到着した。
「アイシャ、アイシャの連隊の皆さん50名を連れてきた。」
「有難う。これで戦力は2倍。でも、昨日、魔王軍のゾロモン将軍が街の偵察にやって来て、私が油断したばかりに、みなみ少尉の分隊の全員が瀕死の重傷を受けて、明日夏さんのヒールのおかげで、命は助かったんだけど、もう前みたいに速く飛べなくなったって。」
「そっ、そうなんだ。」
誠がアキに事情を説明した。
「ゾロモン将軍はそんなに強いんだ。アイシャも助かって良かったね。」
「うん、誠君がいなかったら死んでいた。」
「アキさん、その事情はこの手紙に書いてあります。王都の大本営にお渡し願えますか。」
「分かった。」
「それで、王都の現在の状況を話してもらえますか?」
「もちろん。今は魔王軍の攻撃はほとんど止まっているけど、トンネルを掘る音は続いている。掘っている位置が、かなり深そうで場所が特定できないみたい。」
「そうですか。王都の中心近くまでトンネルを掘ってくるかもしれません。」
「うん、大本営もそう考えていて、王都の中での中規模な戦闘の準備をしている。」
「中心部から、逆に門の方に攻めてくることも考えていますよね。」
「うん、両方とも考えている。住民に混じって混戦になって、空からの攻撃が有効でなくなる可能性が高いので、魔王軍の動きを邪魔するために、前に湘南が言っていた王都の中の道に設置するバリケードを充実させているところ。」
「それはいいことだと思います。」
「それじゃあ、アイシャ、湘南、また。」
アキが王都に戻って行った。アイシャが誠に尋ねる。
「誠、ゾロモンに勝てる?防御力も小石を投げる速度も普通のオークとは桁違いだよ。」
「はい、ゾロモンは想定以上に強かったでした。でも、ゾロモンの防御力には弱点もあり、防御にエネルギーも必要ですので、何通りかの方法を準備しているところです。」
「さすがね。まあ、あの小石を全部かわせるなおみさんはすごかったから、誠なら何とかなるのかもね。」
「はい、でも、油断は禁物です。」
「それで、今日50名が来たけれどどうする?」
「今日は補給路遮断作戦を中止して、新しい隊員の空中戦の訓練を妖精全員が参加して行おうと思います。」
「そうね。時間がないものね。」
「明日からは、前からいる隊員だけで、補給路遮断作戦を再開しますが、新しい隊員に、砂を詰めた30キログラムぐらいの竹槍の投下訓練をします。」
「そうか。鉄の槍と違って、竹槍なら準備も簡単だし使い捨てが効くね。」
「はい。まともに当たれば普通のオークならば致命傷を与えられると思います。練習用の竹槍は今日中に人数分だけ製作します。」
「有難う。こっちも急いで隊員に指示するね。」
「有難うございます。」
その翌日の昼過ぎに、アキがアイシャの連隊の残りの150人を連れて再度やってきた。アイシャ連隊の全員が再会を喜んでいた。
「アイシャ、元気そうで良かった。」
「ビーナも。」
「アイシャのいない間も、プラト王国の王都は守ったよ。」
「さすがビーナ、有難う。私たちは、誠君、ここの参謀長がオークを倒す方法を考えてくれたから、100匹以上のオークを倒したよ。」
「それは、すごい。大本営でもテームの街の参謀長は有名だったよ。どんな人?」
「今、あそこでアキと話している。」
「えっ、あれ。あれね。へー、でも頭は良さそう。」
「それでいて、すごく素敵な人。」
「そっ、そうなんだ。アイシャ、オークを倒す方法を考えてくれたかもしれないけど、冷静にならなくてはいけないよ。」
「うん、誠君にもいつも冷静にと言われているから気を付ける。」
「誠君って呼んでいるんだ。でも、アイシャに冷静になれと言っているなら、いい人なのかもしれないね。」
「うん、そうだよ。」
「分かった。」
「ゾロモンたちが来るまで1週間もないので、250人で何をするか、誠君と話して急いで決めるね。」
「有難う。」
アキが湘南に大本営からの指示を伝える。
「王都への攻撃は弱まっているから、街の防衛のために、ゾロモンたちの攻撃を撃退するまで、アイシャの連隊を全員ここに派遣することになったけど。」
「有難うございます。すごく助かります。」
「もうすぐ攻撃が始まるけど、大丈夫?」
「防壁も拡張しましたし、周りの村民などが逃げ込んできて人口も2000人まで増えていますから何とかします。」
「私もこれから連絡のために毎日来るから、いっしょに戦えるようなら戦う。」
「有難うございます。」
「まあ、大本営が、この街が残って北からの補給路を遮断できれば、王都は安泰と考えているからなんだけど。」
「僕もその判断は正しいと思います。」
「あと大本営から、みなみの分隊の王都への帰還命令を持ってきた。」
「そうですね・・・。分かりました。すぐにみなみさんの分隊に連絡します。」
みなみの分隊がやってきた。誠がみなみに尋ねる。
「皆さん、もう胸は苦しくないですか?」
「はい、それは全く問題ないです。恥ずかしながら、鎧を緩めただけで治りました。」
「それは良かったです。王都までの飛行は大丈夫そうですか。」
「昨日、3時間ほど飛行しましたが問題はありませんでした。飛行速度は遅くなりましたが、アイシャ大尉の妖精部隊と同じぐらいの速度はありますので、王都に帰還するのには問題ありません。本当ならばアイシャ大尉の地上攻撃部隊に加わって、いっしょに魔王軍を迎え撃ちたいのですが。」
「アイシャさんの連隊の250名は地上攻撃のスペシャリストですし、大本営の帰還命令ですから、王都で体を癒して、また活躍してください。」
「承知しました。参謀長、お礼が遅れましたが、一昨日はゾロモンを追い払って私たちを助けて頂いて有難うございました。」
「いえ、僕は何もしていません。王都に戻られてもお元気で。」
アイシャもやってきて、テームの街を去るみなみに話しかける。
「みなみ少尉、今まで護衛、有難うございました。」
「アイシャ大尉、あまりお役に立てずに申し訳ありませんでした。」
「そんなことはありません。みなみ少尉のおかげで補給路遮断作戦を飛竜からの攻撃に気を取られることなく実施することができました。連隊250名そろいましたので、こちらのことを心配することなく、王都で頑張って下さい。」
「有難うございます。それでは失礼します。」
アキが先導して、みなみの分隊が王都に戻って行った。
誠がみなみのことでアイシャに話しかける。
「みなみさんたち、飛ぶのが遅くなって精神的な面を心配しましたが、みなさん落ち込んでなくて良かったです。」
「落ち込んでいるというより、喜んでいる感じ。やっぱり王都に帰れるのがうれしいんじゃないかな。子供の時から訓練のために王都にいることが多かったみたいだから。」
「そうなんですね。」
「でも、何となく不安そうね。どうしたの。」
「いえ、こちらもそうですが、王都もそれほど安全とは限らないですから。」
「そう言ってたね。でも、今はその心配より、連隊250名がそろったけどどうする?」
「はい、空中戦の基本訓練は後回しにして、これから全員で砂が入った重い竹やりの投下訓練をします。それと、紐の付いた袋から森に砂を撒く練習もします。」
「竹やりは足りる?」
「100本用意しましたので、交代で練習しようと思います。」
「了解。砂は目つぶしね。」
「えーと、そうですね。目つぶしにも使えますね。」
「補給路遮断作戦は?」
「初めの50人が訓練の合間を見て続けようと思います。相手の動きも知りたいですし。ただ、飛竜部隊の数が増加している可能性がありますので、多数の飛竜部隊と遭遇した場合は、無理せず帰投して下さい。」
「了解。」
みなみたちが、王都に戻ると、大本営から輸送部隊への転属が命じられた。その後、5人は久しぶりに王都の温泉に入ることにした。
「みなみ、久しぶりに温泉に入れるわね。」
「はるかの言う通り。王都での最大の楽しみ。」
「また、年寄りくさいことを。」
「まあ、いつも訓練ばっかりで疲れていたし。」
「輸送部隊に入れば少し違うかもね。」
「うん、そう思うことにする。」
その時間の温泉は妖精部隊が入る時間で、友達の妖精も温泉に入りに来ていた。
「みなみ、輸送部隊に転属だって。」
「ふみか、久しぶり。ゾロモン将軍と分からないで直接対峙してしまったから仕方がない。死なないでラッキーだったと思っているよ。」
「でも、街のヒーラーがやぶヒーラーだったんじゃない。」
「そんなことはないよ。小石がいくつも体を貫通して内臓の損傷が激しかったみたいで、普通のヒーラーじゃ死んでいたと思う。」
「小石が体を貫通したの。怖い。でも、それで死んでいないということは、やっぱり腕のいいヒーラーかもしれないね。」
「子供のころからの成長を再現して、体を再構成したって。」
「それはすごい技術ね。」
「でも、私たちの特殊な成長過程は再現できないから、普通の成長過程で再現したので、飛行速度が普通の妖精と同じになったみたい。」
「そうなのね。私たちは子供のころから特殊な食事をとって、特殊な訓練を受けているもんね。でも、みなみたちが元気で良かった。」
「うん、輸送部隊で頑張る。」
「その意気よ。」
温泉に入ると、温泉の妖精の視線がみなみたちに集まった。
「みなみたち、なんか体がすごく変わっていない。まるでロルリナ王国の妖精さんみたい。いや、それ以上かも。」
「うん、さっきも言ったけど、ヒーラーさんが違う成長過程を再現したから、違う体になっちゃったみたい。」
「へー、そうなんだ。それで、そのヒーラー何て言ったけ。やっぱり飛行速度が遅くなるようじゃ、大した怪我じゃないのにヒールしてもらってはいけないと思うんだよね。間違ってヒールしてもらうことがないように名前を覚えておこうと思って。」
温泉にいた全員が聞く耳を立てる。
「テームの街の神田明日夏。」
「テームの街の神田明日夏ね。有難う。覚えた。」
「でも、普通のヒーラでは死んでしまうような大きな怪我でも治せるから、そういうときはヒールしてもらった方がいいと思うよ。命には代えられないから。」
「そうする。死にそうな酷い怪我をしたら診てもらう。ははははは、それにしてもすごいな、神田明日夏。」
「でも、ふみか、あまりこっちをジロジロ観ないでよ。」
「みなみ、ごめん、悪かった。」
著者注:みなみたち5人は、本編第3部から巨乳地下アイドルユニット『ビューティーニューズ』として登場予定です。(あまり品がないのですが「美乳s」をもじったものです。)
その夜、大本営ではアイシャを護衛するみなみたちの後任について話していた。
「みなみの分隊の後任となる分隊の志願を募っているが、5日後にゾロモン将軍を含む3万人の魔王軍と戦うとなると、志願者がいるだろうか。」
「司令官!それが先ほど、妖精部隊のほぼ全員が志願してきました。」
「そうか。さすがわが軍の妖精たちは頼もしいな。」
「おっしゃる通りです。」
翌日、ティアンナは誠の姪という身分で街に入り、世間話を立ち聞きをしたり、その話に入り込んだりして情報を集めていた。
「職人さんに仕事が増えて、商人さんの商売が減って、両者の関係はあまり良くないようだけど、魔王軍が撃退するまでは我慢するみたいだな。街のオークもごまかさずに話してくれるし、大丈夫そうだ。それにしても岩ちゃんへの期待は大きそうだ。岩ちゃんの姪と言っただけで、昼ごはんもごちそうしてもらったし。」
その時、ティアンナに男から声が掛かった。
「お嬢ちゃん、参謀長様の姪なんだって?」
ティアンナが証明書を見せながら答える。
「そうだよ。」
「あんまり見かけなかったね。」
「うん、外国から来た長旅で病気になって寝ていたから。やっと元気になった。」
「それで、参謀長様は妖精ということだけど、特殊能力とかあるの?」
「何でそんなことを聞くの?」
「いや、だって心配でしょう。魔王軍が3万匹も攻めてくるんだから。」
「腕の半分が飛び出してパンチができるよ。ロケットパンチって言うんだよ。」
「その噂は聞いたことがある。だけど、それだけ?」
「絶対秘密で、おじちゃんはめったに力を見せないんだけど、巨大化するんだよ。魔王軍の将軍なんて握りつぶしちゃうよ。」
「他にもあるの?」
「脚が外れて空を飛ぶことができるし、手の指先から光が出て、魔王の体にだって穴を開けられるよ。」
「それはすごいな。これで街は絶対安心だ。」
「そう、将軍や魔王を恐れる必要はないから、街のみんなは参謀長の指示に従ってゴブリンやオークさえ倒せば大丈夫。」
「そうか。ゴブリンなんて俺の上達した矢でやっつけてやる。」
「その意気!」
その男が去って行った。ティアンナは「みんなが知っていること以外はでたらめを言ったから大丈夫だけど、かなり怪しいな。後を付けてみるか。」と思い、男の後を付け始めた。
その男は街を出て、森の中に入って行った。ティアンナは少し迷ったが、「まだ明るいし、魔王軍が来るのはまだ先だろう。岩ちゃんの役に立たないと。」と思って、慎重に付いていった。数分歩いたところで、その男が姿は人間だが雰囲気や色が人間とは全然違う男と話しているのが目に入った。
ティアンナが「何を話しているんだろう?」と思いながら近づくと、男が魔物に街の防壁の構造や誠について話していることが分かった。「裏切り者か。」と思いながら木に隠れて聞いてると、男の話が終わった。
「うーん、巨大化して、魔王も倒せる光を手の指から発することができるのか。にわかには信じられないな。」
「参謀長は、外国から来た妖精ですし、参謀長の姪が言っていたんですから間違いないと思います。」
「そうか。こちらは俺以外はどんな剣でも槍でも切れないゾロモン、魔剣クラムを持つジグムント、槍の名手ゴンギヌスだ。王都に向かった目土砂や炎竜みたいな敵味方なく攻撃する魔物を除いて最強の将軍が揃っている。まあ、そんなやつらを待つことなく、こんな街ぐらい俺一人で片づけてしまおうと思ったが、うかつには手は出せないな。」
「へい、全力で掛った方がいいと思います。」
「そうか。分かった。」
「将軍様、これだけ調べたんですから、私だけは見逃してください。」
「約束だったな。オークには見逃すように言っておくよ。だた、ゴブリンは俺たちの言うことをあまり聞かないから自分で片付けてくれ。ゴブリンをいくら殺しても罪に問わないことは約束する。」
男はゴブリンに囲まれていた。
「そんな。」
魔族の男が離れると、ゴブリンが男に飛び掛かり剣で刺し、男は地面に倒れた。それを見たティアンナが「岩ちゃんに急いで知らせないと。」と思い、後ろを振り向いた。しかし、すぐ目の前にゴブリンが1匹いて、ティアンナに襲い掛かって来た。ティアンナは、そのゴブリンを何とかかわして駆け出した。魔族の男が振り向いた。
「何だ?人間の子供が盗み聞きしていたのか。まあ、いいか。おい、ゴブリンども、お前らの餌にしていいぞ。」
ティアンナの前に3匹のゴブリンが現れた。ティアンナが誠からもらった瓶のスイッチ入れて投げつけた。そうすると火が出て、3匹のゴブリンが火に包まれた。ティアンナはその横を通り、道に出て街に向かって走り出した。
「ゴブリンに追いつかれる。もっと速く脚が動いて!」
ゴブリンがだんだんと迫ってきて、ティアンナの後ろに5匹、左右に1匹ずつに囲まれて走る状態になった。そして、左右のゴブリンがティアンナに向けて飛びかかってきた。ティアンナは「岩ちゃんに知らせるまでは死ねない。」と思いながら、2匹のゴブリンをかわして、走り続けて。後ろを振り向いくと、ゴブリン5匹がすぐ近くにいて、ティアンナに飛びかかろうとしていた。ティアンナが「くそー、捕まってたまるか!」と思った瞬間、ティアンナの体に綱が掛かり上空に引き上げられた。
下では飛び掛かったゴブリンどうしがぶつかると同時に矢がゴブリンに飛んできて、ゴブリンを射貫いた。ティアンナが上を見るとアイシャがいた。ミウが報告する。
「アイシャ、後ろにまだゴブリンが数匹いる。あと、姿は人間だけど青い魔物がこちらを見ている。」
「分かった。ゴブリンは殲滅する。魔物は矢を撃って反応を見る。ゾロモンのこともあるから、普通の5倍の高さから同時攻撃を行う。」
「了解。」
アイシャたちは矢でゴブリンを倒すと、上昇して50本の矢を魔物に放った。何本かの矢が魔物に当たったが、矢を引き抜いて平然と立っていた。そして、青い魔物が空中に向けてパンチを放った。アイシャが叫ぶ。
「散開!斬撃が飛んでくるから注意して。」
アイシャたちがいたところに斬撃が通って行った。
「危なかった。みんな大丈夫?」
「全員、無事。距離を取っていなかったら危なかったかも。」
「魔物は?」
「森に入って行った。」
「それじゃあ、街に帰還しよう。」
アイシャがティアンナに説教する。
「小さな女の子が一人で森を歩いちゃだめじゃない。死にたいの?作戦の帰りにミウが煙を見つけたから助かったけど。」
「アイシャさん、街に裏切り者がいて、街や岩ちゃんの情報をあの魔物に伝えていた。」
「岩ちゃん?」
「岩田参謀長のこと。」
「そうなの。でも、あなたは何でそんなことを知っているの?」
「岩ちゃんに、岩ちゃんの姪として街のことを調べてって頼まれたんだ。そしたら、岩ちゃんのことをやたら聞いてくる奴がいて、後をつけたらあの魔物と話していた。早く岩ちゃんに知らせないと、岩ちゃんが危ないかもしれない。」
「分かった。でもその声、もしかして、あなたの名前はティアンナ?」
「そうだよ。本当は可愛い女の子だから驚いた?」
「ミウ、この子、落としていいわよ。」
「アイシャ、何言っているの?」
「ごめん、ティアンナがかなり生意気な子だからなんだけど、冗談よ。」
「何だ、知ってる子なのね。」
「少し。」
街に到着すると、アイシャとティアンナは誠のいる司令部に向かい、誠の個室に入った。
「アイシャさんとティアンナさん、こんにちは。お揃いで何でしょうか。」
「この子が森で魔物に殺されそうになっていたから、助けて上げたの。」
「上から落とそうとしていたくせに。でも今はそんなことはどうでも良くて、魔物が岩ちゃんのことを調べていた。」
「僕についてですか。」
「そう。あと街の防備も調べていて、裏切り者が情報を伝えていた。」
「そうですか。とりあえず落ち着きましょう。ティアンナさん、約束通りお菓子を用意してあります。アイシャさんもどうぞ。お茶も準備します。」
誠が3人分のお菓子とお茶を出す。
「岩ちゃん、有難う。」
「誠君、これは?」
「ティアンナさんに街のことを調べてもらったんです。子供の方が油断すると思って。情報を持ってきてくれれば、その褒美としてお菓子をお出しすると約束していたんです。」
「ずるい。」
「はい?」
「私もご褒美が欲しい。」
「俺は身分が卑しい子供だから施しを受けているんだよ。アイシャさんは高貴な生まれなんだから、そんなはしたないことを言ってはダメだよ。」
「相変わらず、可愛くない子だな。」
「食べながらでいいですが、何か分かったことがあったら些細なことでもいいですので、教えて下さい。」
「分かった。」
ティアンナとアイシャが誠に状況を説明する。
「ティアンナさん、アイシャさん有難うございます。すごい情報です。攻めてくる敵の4人の将軍が分かったんです。ゾロモン、魔剣グラムを持つジグムント、槍の名手ゴンギヌスとザンザバルですね。」
「ザンザバル?」
「矢が刺さっても効かないところを見ると、男が話していた魔物がザンザバルという将軍だと思います。」
「でも、誠、その話、信用できる?」
「状況から言って大丈夫だと思います。あと、僕の能力に関して訳の分からないことが伝わったことも良かったと思います。警戒して魔王軍の動きが遅くなると思います。」
「えへん。」
「でも、ティアンナさん、もう危険なことはしないで下さいね。怪しい男がいると分かった時点で連絡してくれれば十分です。」
「考えておく。」
「死んだら美味しいお菓子を食べられませんよ。」
「それはいやだな。でも、俺、参謀長の役に立ちたいから。」
「死んだら、役に立ちません。」
「でも、俺、魔王軍に勝っても、どうせ誰かに売られるだけだから。」
「大丈夫です。魔王軍に勝ったら、アイシャさんと奴隷のいない平和な国を作ろうと相談していたところです。」
「それは嬉しいな。」
「でもティアンナだけは別。奴隷として一生過ごしてもらう。」
「それじゃあ、岩ちゃん。その時は俺を買ってくれよ。本当に何でもするから。」
「分かりました。ティアンナさんが奴隷になるようならば、喜んで買わせてもらいますから安心して下さい。」
「本当に。」
「本当です。」
「岩ちゃん、有難う。それじゃあ、俺が大きくなったら、岩ちゃんが家に帰って来た時、ごはんにする?お風呂にする?それとも、お、れ、さ、ま?って言ってあげるね。」
「ティアンナ、何それ?」
「男性が喜ぶ言葉だって。村でおばさん同士が話していた。」
「ふーん。でも、いっしょにお風呂に入って、ごはんを食べれば、同時に3つを済ませることができるよ。」
「それはあんまり可愛くないかもしれない。」
「そうなの?誠君はどう思う?」
「まあ、ティアンナさんが正しいかもしれません。」
「なるほど。誠君、ごはんにする?お風呂にする?それとも、わ、た、し?」
「アイシャ様の場合は、最初に私、次にお風呂で、その後ごはんの順番だからね、口答えは許さない、と言う方が似合っているよ。」
「生意気な。よし分かった。この前、自分は普通の3倍だと言って威張ってたけど、私がティアンナを100倍の値段で買って、一生こき使ってやる。」
「別に威張っていないよ。それにそんな酷いことを言うと、岩ちゃんに嫌われるよ。」
アイシャが誠の方を見てから答える。
「何、ティアンナ、子供だから冗談も分からないの。奴隷は誰一人いない平和な国を作るのが約束だから、それは守るよ。」
「アイシャさん。有難うございます。ティアンナさん良かったですね。ですので、ティアンナも命は大切にして下さい。」
「まあ、そうする。」
「それでは、僕は4匹の将軍の情報を調べたり、対策を立てないといけませんので、これで失礼します。」
「岩ちゃん、本当に大丈夫?」
「はい、何とかできると思います。ティアンナさんは練習の方を続けて下さい。」
「了解。」
「誠君、頑張ってね。」
「はい。」
誠は悟がいる指令室に向かった。そして、パラダイス団のメンバーとミサを招集した。
「みなさん、とりあえずお菓子でも召し上がって下さい。」
「おー、マー君にしては気が利くね。」
「ティアンナさんがお菓子を喜んでいましたから、皆さんもその方が話がスムーズになるかと思いまして。」
「何だ、マー君、また新しい女か。」
「いえ、10歳の女の子です。」
「マー君、ロリコンだったの?」
「違います。元の国では熟女好きと言われていました。」
「ならば、少年。私はどうか。」
「橘さんはまだ若いですので、熟女じゃありません。」
「まあ、そうだな。私も熟女には10年早いか。」
「その通りです。」
「でも、誠、本当に熟女好きなの?」
「違います。そう言われていただけです。」
「それじゃあ、マー君はどんな女性が好きなんだ。」
「えーと、魔王軍が数日中に攻めてくるので、その話をしたいのですが。」
「マー君、ごまかした。」
「そうではなくて。・・・・分かりました。基本的には、目標に向かってひたむきに頑張っている女性を応援したくなります。」
「なるほど。それは、分かる気がする。」
「話を戻します。それで、ティアンナさんが調べたのですが、この街を攻めてくる将軍は、ゾロモン、魔剣グラムを持つジグムント、槍の名手ゴンギヌスとザンザバルです。」
「少年、10歳の女の子にそんなことが調べられるのか?」
「ザンザバルが街の人を使って、こちらの様子を調べさせていたようで、ザンザバルとその男の会話から分かりました。」
「なるほど。」
「それで、団長、橘さん、ジグムントやゴンギヌスの名前を知っていますでしょうか。」
「ジグムントはかなり北の方にいた魔物だね。能力は魔剣を使えることと、剣さばきも非常に速いと聞いている。ゴンギヌスは東の方の魔物で、体の色が変わって良く見えなくなり、不意を突かれてやられるという話だ。」
「槍の腕前は。」
「下手ということはないと思うが、姿が良く見えないので一方的にやられてしまい、腕前はに関する情報はないようだ。」
「団長、有難うございます。とても参考になりました。」
「それで少年どうする。4匹の将軍は大変だぞ。」
「そうだね。魔王がどのぐらい強いか知らないけど、いま世界にいる魔族で最強の魔物を集めてきた感じだ。」
「悟、普通に考えれば、あの4匹が協力するとは考えられないんだけどね。」
「そうだね。」
「それだけ、魔王がすごいということなのかもしれません。」
「誠君のいう通りかもしれない。」
「一番厄介そうなゴンギヌスは橘さんにお願いします。姿が見えるような方法を何通りか考えておきます。」
「まあ、槍は見えるという話だから何とかする。ジグムントは美香か。」
「はい、そうなると思います。」
「しかし、まだ、ゾロモンとザンザバルがいるのか。普通の兵で対抗できるか。3万匹のゴブリン、3000匹のオーク、300匹の飛竜もいるのに。」
「ですので、後者はなるべく早く片付けないといけないです。」
「簡単に言うけど、3万匹だよ。」
「アイシャさんたちに、頑張ってもらうつもりです。」
「ザンザバルは?」
「ザンザバルの標的は僕だけだと思います。ですので、僕は逃げる経路を作っておいて、僕を追わせて時間を稼ぎます。」
尚美は「お兄ちゃんを狙うって、そんなの許すわけないじゃん。ザンザバルとやら、生きて帰れると思うなよ。」と思いながらも、言うと誠に止められることが分かっていたので黙っていた。明日夏がそんな尚美を静かに見ていた。
「残りは、ゾロモンか。」
「ゾロモンの体の99パーセント覆っているフェーズシフト装甲は完璧ですが、そうでない部分もありますから、そこを狙う罠をしかけます。ゾロモンが投げる小石も治さんの盾や土嚢ならば防げます。動きはそれほど速くありませんので、大輝さんと治さんのペアが馬に乗ってゾロモンを攪乱するのと、残りのデスデーモンズの皆さんに防壁の中から弱点を攻撃してもらって、時間を稼ぎます。」
「治、相手にふそ、ふそ、不足はないっすね。」
「大輝、そう、そう、そうすっよ。」
「誠、結局は私と橘さんがジグムントとゴンギヌスをなるべく短時間で倒さなくてはいけないということね。」
「そうしてもらえると助かりますが、無理をしないで下さい。3万匹の方を早期に倒すことができれば、団長とナンシーが橘さんと美香さんの後ろを守る必要が無くなって、ゾロモンとザンザバルに対応することもできます。」
「なるほど。誠君の作戦は分かったけど、本当にギリギリの作戦だね。」
「はい。でも、実はそれは魔王軍も同じだと思います。こちらも将軍一匹を倒せばだいぶ楽になります。」
「そうだね。頑張ろう。」
「美香、練習だぞ。」
「分かりました。誠、ジグムントを倒したら、またお菓子をいっしょに食べよう。」
「はい。お安い御用です。」
「あと、誠、ティアンナって子に会って、ザンザバルの話を直接聞きたいんだけど、いいかな。」
「はい、明日の朝7時半ぐらいに北側の第一防壁と第二防壁の間に来てください。毎朝、魔王軍と戦うための練習をしています。」
「お兄ちゃん、私も行っていい?」
「はい、どうぞ。」
「マー君、私も行っていいかな。」
「もちろんです。」
2日後の朝、誠はお菓子を持って、ティアンナの練習場を訪ねた。
「ティアンナさん、練習の具合はどうですか?」
「順調、順調。ホーガンを準備するのはすごく早くなっているし、鏡で光を狙うのも勘だけで正確に合うようになっている。」
「さすがです。」
「それより、岩ちゃん、あれを女王様にしちゃだめでしょう。」
「アイシャ大尉ですか。ティアンナさんもそう思いますか?はい、真面目で真剣過ぎて周りが見えなくなって、かなり危なっかしいですよね。ですので、ロルリナ王国の再建には僕も協力することになっています。」
「岩ちゃんも、苦労するね。まあ、俺も手伝うよ。」
「本当ですか。その時は情報収集をお願いできると嬉しいです。」
「本当に。任せて。その代わりと言っちゃなんだけど、今度添い寝させて。」
「なっ、なっ、何でですか。」
「だって、岩ちゃん、聖剣士さんとは添い寝しているという噂だよ。小さい街だから隠してもだめだよ。」
「ただ隣で寝ているだけですよ。」
「まあ、岩ちゃんならそうだろうね。俺もそれでいいよ。いつも地べたの上にむしろを敷いて寝ていて、ベッドというもので寝たことがないんだよ。」
「そうなんですね。それならベッドで寝ることができるように考えたいのですが、全員分のベッドを用意するのは無理だし、どうしようかな。」
「仲間のことなら心配いらないよ。俺が奴隷になるときは、岩ちゃんが俺を買ってくれる約束をしたって言ってあるし。嘘じゃないでしょう。」
「嘘ではないですが。」
「大丈夫。みんな良かったねって言ってくれてる。」
「そうですか。」
「だから、添い寝ぐらい大丈夫。」
「分かりました。魔王軍を撃退したら僕のベッドで寝て下さい。僕が床で寝ます。」
「分かった。それから始めることにする。岩ちゃんは世話が焼ける子だよ。」
「子!?」
「おれが面倒見てやるから安心しな。」
「有難うございます。それで、7時半ごろに、美香さん、えーと、聖騎士さん、明日夏さんと僕の妹が、ザンザバルについてティアンナさんから直接話を聞きたいということで、ここに来る予定なんですが、大丈夫ですか。」
「本当の目的は違う気もするけど、一度は越えないといけない壁だから分かったよ。」
「有難うございます。」
「とりあえず、来るまで練習を再開している。来たら呼んで。あと、岩ちゃん、またお菓子頼むね。みんな喜んでいるから。」
「もちろんです。」
7時半ごろ、明日夏、美香、尚美がやってきた。美香は直径1メートルはあろうかという岩を担いで、尚美はナイフを多数持ってきていた。
「マー君、おはよう。」「誠、おはよう。」「お兄ちゃん、おはよう。」
「みなさんおはようございます。」
「偉いね、みんな真面目に練習している。」
「はい。ティアンナさんがうまくリードして、孤児のみなさんをまとめています。」
「マー君はリードされちゃだめだからね。」
「いや・・・・・・。」
「やっぱり、危ないなー。」
「話せばわかりますが、悪い子ではないので大丈夫です。」
誠が話しているのを見つけたティアンナがやってきた。
「聖騎士様、明日夏様、なおみ様、今日はわざわざ来て頂いて有難うございます。私はティアンナと申します。昨日私が見たザンザバルの話が聞きたいということでしたね。はい、喜んで何でもお話しします。」
誠は「ティアンナさん、敬語が使えるんだ。」と思いながら聞いていた。ミサが大きな岩を降ろして、ティアンナに話しかける。
「ティアンナに安心してもらおうと思って、この岩を持ってきた。」
「この岩、本物ですか?」
「本物だよ。押してみて。」
ティアンナが押してみる。
「びくともしないです。」
「じゃあ、切ってみるね。」
ミサが草薙の剣で、岩を一辺が5センチメートルの石に切り刻む。
「すごい。」
「これで、今日は投石用の石を河原から拾ってこなくても済むでしょう。」
「有難うございます。練習時間を延ばすことができます。」
次に尚美が言う。
「ティアンナちゃん、その石をどんどんこっちに投げてみて。」
「分かりました。」
ティアンナが石を次々に投げると、尚美が次々にナイフを投げた。そのナイフは空中で石にに突き刺さった。
「すごい正確にナイフが投げられるんですね。」
次に明日夏が言う。
「この石に草を生やしてあげよう。」
明日夏が石に触れると、岩から草が生え始め、その根で石がバラバラになった。
「これが噂に聞く、生き物の成長を制御できる明日夏様の能力なんですね。」
「ふっふっふっふっふー。」
ミサがティアンナに言う。
「ティアンナ、誠においたしたらダメだからね。」
「それは分かっています。でも、参謀長の名前の最初の文字は岩ですよね。その岩にみんなでよってたかって酷いことをして、何か意味があるのでしょうか。」
「えっ、あっ、そうか。岩田誠だった。誠、ごめん。そういうつもりは全くないからね。」
「いやー、お姉さん、一本取られたよ。でも、マー君がティアンナちゃんを重用する理由が分かったかな。」
尚美は「私も岩田尚美だし、セーフ。」と思っていた。
「それでは、ザンザバルに関して見たことと、話の内容や話し方から分析できるザンザバルの性格に関してお話しします。」
「うん、お願い。」
ティアンナがザンザバルに関して、人殺しを楽しむような悪人ではないこと、自意識過剰、自分の能力にうぬぼれていること、周りとは上手くやっていけない性格であること、信じているのは自分より強い魔王だけであることを話した。尚美は「戦闘能力はまだ未知な部分もあるけれど、油断させることが大切そうだ。」と思いながらお礼を言う。
「ティアンナさん、有難うございます。すごく参考になりました。」
「ミサちゃん、何を言っているか分かった?」
「何となくは分かったよ。」
「良かった。私も同じだよ。」
「明日夏と同じで良かった。」
3人が帰ったあと、誠がティアンナに話しかける。
「今日は有難う。でも、敬語が話せたんですね。」
「岩ちゃんの話し方を真似しただけだよ。」
「さすがです。それでは、戦争が終わったら手配しますので、学校に行って読み書きができるようになって下さい。」
「有難う。まあ、岩ちゃんの奴隷になるんなら、読み書きぐらいできないと役に立たなさそうだもんね。3人とも本当にすごい人だったから、俺も頑張らなくちゃ。」
「有難うございます。でも無理はしちゃだめですからね。」
「分かってるって。岩ちゃんは心配性なんだから。」
その3日後、前日からテームの街周辺の魔王軍の数が増え、攻撃の最終準備に入っているようだったため、アイシャ達の補給路遮断作戦は中止され、魔王軍を迎撃する準備が行われていた。アキもその日はテームの街に留まることにした。
「湘南、魔王軍は今晩攻めてくると思う?」
「はい、魔王軍の集結は2日前に終わって、昨日から街の周りの森へ移動してきていますから。」
「そうね。それじゃあ、今晩はここに残ることにする。」
「それでアキさん、今回の戦いでは、この矢を使ってみて下さい。」
「変な形をした矢ね。」
「APFSDSです。えーと、アーマーピーシング・フィン・スタビライズド・ディスカーティング・サブボット、装弾筒付翼安定徹甲弾です。まず矢じりの鉄の部分が細長くなっていて、矢じりの重量も増やしてあります。そして、矢じりに付いた周りの筒の部分でアキさんが魔法で出す風を受けて矢をより加速させます。その風がなくなり矢が前から風を受けるようになると、この筒の部分が外れて、矢として飛行を続けるようになっています。」
「なるほど。威力は高まりそうね。」
「はい。今回の戦いでは、アキさんは遊撃手として独自の判断で動いて、ゾロモンの弱点や、美香さんや橘さんが将軍と戦っているときに、将軍を後ろから狙ってみて下さい。」
「分かった。湘南、頑張ってね」
「はい。」
その日の夕方近く、4人の将軍が街を見下ろせる山の中腹に座っていた。
「おーい、酒が無くなったぞ。」
「ゾロモン、お前がここまで持ってきたものを全部飲んだんだろう。」
「おい、そこのオーク、ふもとから酒を運んで来い。」
「ゾロモン様、かしこまりました。ただいまお持ちします。」
「ゾロモン、飲みすぎなんじゃないか?」
「ジグムント、街の中は高々2000だ。俺たちの出番はあっても朝だよ。」
「しかし、俺は岩から草薙の剣を抜いた奴とこのグラムで戦ってみたい。」
「確かに、そいつは包囲を突破するかもしれないな。あと、橘もだ。」
「草薙の剣はジグムントに任せる。俺は橘だな。」
「ゴンギヌス、分かった。」
「俺は俺に恥をかかせた、あの街の参謀長を殺す。あいつもずるがしこい方法で包囲を突破する可能性はある。」
「ゾロモン、参謀長を殺すのは、魔王様直々の俺への命令だよ。」
「やつの死体は喜んで渡してやるよ。」
「俺は死ぬことはないが、かなり手ごわそうだから用心しろよ。」
「そうなのか。この間見たが、本人はそれほど大したことはなさそうだったぞ。」
「でも、逃げ出したんだろう。」
「うるさい。やつは卑怯な手を考えるのに長けているんだよ。今度は大丈夫だ。」
オークがお酒を持ってきた。
「ゾロモン様、お酒です。」
「おー、早いな。」
「とりあえず、3本を飛竜に運ばせました。あと、50本は地上を運ばせています。」
「それだけあれば朝まで持つな。でも、賢いな。誰の部下だ。」
ゴンギヌスが答える。
「もともとは、ムサルの部下だったんだが、俺が拾った。強くはないが賢いから小間使いにちょうどいい。」
「そうか、そうだな。名前は何という。」
「ザレンです。」
「しかし、ゴンギヌス、何であの街の壁は星形なんだ。初めて見たぞ。」
「カッコいいからだろう。」
「ゾロモン、占いか何かじゃないかと思うが。」
「おーい、ザレン、どう思う。」
「ゴンギヌス様、私も初めてみる壁の形ですが、星の凹んだ部分に敵を導いて、3方向から攻撃するためではないかと思います。また、壁の下に取りついても、二つの壁から攻撃できるという利点もあります。」
「なるほど。欠点はあるのか?」
「四角や丸い形の壁に比べて、星の尖った部分からの移動が大変そうではあります。」
「勝てるか。」
「東からジグムント様とゴンギヌス様の2万匹、北西からゾロモン様の1万匹が集中しますので、予想外の何かがない限りは突破可能と思います。しかし、王都から総勢250の妖精部隊が到着したという報告がありますから、飛竜部隊の活躍はあまり期待できません。それに、この壁の形自体も予想外ですので、どんな仕掛けがあるか分かりません。」
「そうか。その参謀長だな。」
「まあ、魔王様が名指しで俺に殺せと言っているぐらいだからな。」
「ジグムント、どうする。」
「作戦通りだ。飛竜部隊は南から侵攻させて敵の妖精部隊を引き付けてこちらの地上攻撃の邪魔をさせなければいい。何か仕掛けがあっても、3万匹に突撃させれば、それも分かるだろう。その後で俺たちが行けばいい。」
「まあ、ジグムントの言う通りだな。」
「それじゃあ、ゾロモン、俺にも酒をくれ。」
「おー、ゴンギヌス、飲め飲め。ザンザバルは飲まないのか?」
「俺はいい。もう少し寝ておく。」
「付き合いが悪いな。」
「ザンザバルは最初に王都で失敗したからな。」
「何だ、ゴンギヌス、やるか。」
「二人ともやめろ。」
「ジグムントの言う通りだ。」
「ゾロモンにしてはまともなことを言うな。分かった、湘南参謀長を殺したら付き合ってやるよ。」
「ザンザバルと飲むのは初めてだ。明日の朝の祝勝会は楽しみだぜ。」
「人間を皆殺しにするまでの道のりは長いからな。俺も冷静になって、しばらくは魔王軍内の争いは止めておくか。」
「その通りだぞ、ゴンギヌス。」
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