第5話 北部補給路遮断作戦

 アキはテームの街に到着した後、市長からの使いが来るまで少し休憩し、迎えの馬車に乗って役場に向かった。役場では市長と面会して、マリ女王からテームの街の市長宛の手紙を手渡した。それを見た後に市長が答える。

「マリ女王様のお考えは良く分かりますが、我々はここから逃げても行く当てがありません。街の守りをさらに強化して、ゾロモンの軍を迎え撃つ考えです。」

「勝つことは可能でしょうか?」

「昨晩のピザムの部隊との戦闘では、けが人は出ましたが死んだ人はいませんでした。ゾロモンとの戦いは苦しい戦いになると思いますが、勝てると思っています。」

「そうですか。」

「それに、我々がここで戦う姿勢を見せれば、魔王軍が山に逃げた人間を探すことができなくなり、他の街や村から逃げた方々のためにもなります。」

「分かりました。市長さんのお考えは、女王様にお伝えします。」

その後、アキは司令部に向かった。悟と誠が出迎える。

「平田団長、湘南参謀長、お邪魔します。」

「いえ、アキちゃん、大歓迎です。」

「アキさん、いらっしゃい。早速で申し訳ありませんが、現在の王都の様子を聞かせて頂けますか?」

「もちろん。」

アキが第4師団の国境での戦いや王都の戦いについて説明した。それを聞いた誠が、深刻な顔をして、王都の城壁内の守りについて尋ねる。

「城壁の内側の守りについて聞かせてもらえますか?」

「城壁の裏に予備の守備隊を配置しているけど、魔王軍に対する守備は空中と城壁の上に集中しているわ。そこさえ突破されなければ、王都が落ちることはないから。」

「そうですか。それはまずいです。城壁上への攻撃は、たぶん欺瞞です。」

「欺瞞!あの酷い戦闘が欺瞞なの?」

「はい。王都を落とすための本隊はオークがトンネルを掘って城壁の地下を進んでいるのではないかと思います。」

「トンネル!湘南、どうしてそう思うの?」

「まず、将軍が城壁に上がって来ていないことです。橋頭保を確保したところで、上がってきても良いはずです。」

「それは確かに不思議だった。」

「あと、攻撃がない昼間も城壁の外でずうっと騒いでいるということからです。その目的は守備兵にプレッシャーを与えるのではなく、守備兵にトンネルを掘っている音に気づかせないために、大きな音を出しているんだと思います。」

「そうか。将軍が率いた部隊が城壁の下を通って、王都に侵入して来る。」

「はい。あるいは、もう少し大規模に地下を掘って、城壁の下の支えを無くして、城壁の一部を崩してしまうつもりかもしれません。」

「そんなことができるの?」

「オークの力ならば、人間の10倍以上の速さで掘ることが可能だと思います。」

「なるほど。オークの力なら可能かもね。どの辺りを掘っているかわかる?」

「城壁の門の近くの可能性が一番高いです。トンネルだけだと一度に多数の魔物が通ることができません。トンネルを使って門を急襲して扉を開ける方法が一番確実です。」

「確かに、門が開けられると大変なことになる。」

「ですので、門のそばで音を出しているところが一番怪しいですが、攪乱のために初めに門から離れたトンネルを使って攻撃して、守備兵をそこに引き付けてから、門の近くのトンネルから攻撃してくるかもしれません。」

「場所を特定する方法はある?」

「はい。地面に金属の棒を挿して、耳を当てて音を聞くのが良いと思います。ただ、掘っていないと音は聞こえませんので、やはりどこから来てもいいように準備は必要です。」

「分かった。詳しく手紙に書いてくれる。女王様にお見せする。」

「分かりました。できるだけ急いで書きます。」

「有難う。」

「それと、さっきの話では魔王軍がノルデン王国から補給を得ているという話ですので、可能ならば地上攻撃ができる妖精部隊をここに駐留させて、経路が限られる北の国境近くで攻撃できれば王都への圧力が減ると思います。」

「一般の妖精部隊の能力で可能?」

「はい。強力な部隊を攻撃するのではなく、食料などを積んだ荷車やゴブリンを攻撃するのが目的ですから可能だと思います。」

「補給は東からも来ているみたいだけど。」

「東からの補給は、経路も多数ありますし、現状では止める方法がないです。それでも北からの補給を止めて、補給を半分にできれば、王都攻撃が困難になります。」

「分かった。そのことについても、手紙に書いてもらえる?」

「はい、もちろんです。・・・・あの、ところで、パスカルさんはお元気ですか?」

「パスカルを知っているの?」

「名前だけですが。」

「怪我して落ちてくる妖精の女の子を抱きとめて助けるのに忙しくしている。」

こっちの世界のパスカルも、元の世界のパスカルとあまり変わらないことを知って、誠は思わず笑ってしまった。

「ははははははは。・・・・・失礼しました。それでは、手紙を書きますのでお待ちください。平田団長、その間、アキさんに昨晩のピザムとの戦闘についてご説明願えますか。」

「もちろん。」

「平田団長、有難うございます。」


 昼少し前、アキはテームの街を出発しようとしていた。

「それではアキちゃん、王都まで気を付けて。」

「平田団長、有難うございます。湘南も有難う。いろいろ勉強になった。また来るね。」

「はい、お待ちしています。」

アキが王都への帰還のために出発した。時々、王都へ向かう魔王軍の補給部隊が休憩しているところを見ることができた。

「確かに、補給部隊を叩かないときりがないか。」

1時間ほど飛行して王都へ到着した。すぐにマリ王女の部屋に向かった。そこには『ユナイテッドアローズ』のメンバーとアイシャが集まっていた。

「王女様、ただいま戻りました。」

「アキさん、お疲れ様。テームの街の往復なのに早かったですね。」

「本当、さすがアキ。往復1200キロメートル以上あるのに、すごい!」

「それだけが、アキちゃんの取り柄だからな。」

「何、パスカル。街でパスカルのことを聞かれたから、妖精の女の子を抱きとめるのに忙しくしていると言ったら笑われていたわよ。」

「とりあえず、無事で何よりだよ。」

「ラッキー、有難う。」

「テームの街に、漫画になりそうなBLカップルはいなかったか?」

「いたけど、その話は後で。」

「あの、皆さん、申し訳ないですが。」

「王女様、分かっています。時間があるときに聞きます。」

「それでアキさん、テームの街の様子はどうでした。」

「それが、昨晩、ゾロモン将軍の直属の部下でピザムという部隊長が率いる、1000匹ほどの部隊がテームの街を襲ったそうです。」

「そっ、それで、街はどうなりましたか?」

「ピザムの部隊はほぼ全滅、ピザムも死んだとのことです。」

「そうですか。それは良かったです。でも、それを久美子の力だけじゃ。」

「橘さんは、予備戦力として街の中央で待機していたら、魔王軍が全滅して、ピザムも討ち取られていて、一度も剣を振れなくて退屈だったとおっしゃっていました。」

「久美子なしで勝ったんですね。」

「はい。『パラダイス団』の平田団長の話では、外国から応援に来た湘南、えーと、湘南参謀長の作戦勝ちだったと言うことです。」

「そう。それで街の被害は。」

「街の人に死者は出ていないとのことです。けが人は出ましたがヒール可能な範囲で、全員回復に向かっているそうです。」

「1000人の部隊を相手に、信じられないけど。」

「街の防壁の外はオークやゴブリンの死体がたくさん転がっていましたが、防壁の中は壊れたところも特になく、街の人も祝杯をあげている人以外は普通に生活をしていましたので、本当だと思います。」

「アキさんが見てきたなら、間違いはないですね。分かりました。」

「女王様、それよりもずっと重要な、王都の守りについて、湘南参謀長が書いた手紙を預かって来ました。」

「そうですか。見せてみて下さい。」

「はい。」


 アキが手紙を渡すと、マリがそれを読み始めた。マリが読み終わると手紙をラッキーに渡し、真剣な顔で考え込み始めた。ラッキーとパスカルが読んだあと、アイシャとコッコが読んだ。パスカルが口を開く。

「妖精の女の子があんなにたくさん犠牲になっている、あの戦いが欺瞞だなんて、そんなことがあるか。」

「でも、パスカル君、魔王軍の将軍は一人も城壁に上がって来ていない。それに、あの騒ぎを昼間もずうっと続けていることも合理的に説明がつく。」

「パスカルちゃん、私も参謀長が言っていることが正しいと思う。」

「皆さん、有難う。私も湘南さんの言うことが正しいと思います。至急、司令部に連絡して、湘南参謀長の意見を参考に対策を取らせます。」

「有難うございます。」

アイシャが女王様にお願いをする。

「もう1つ、参謀長の魔王軍の北からの補給路を断つという件ですが、私が50人の部下を連れてテームの街に行こうと思います。魔王軍の補給が半分になれば、王都での戦いを終わらせることもできると思います。」

「確かに、北部の山岳地帯は通れる道が限られ、補給路を断つ作戦には絶好の位置ですが、何もアイシャさんが行かなくても。」

「地上攻撃ならば、私たちの部隊の方が得意ですし、部下だけを知らない土地に行かすわけにも行きません。ここでの戦闘はだいぶ慣れてきましたので、ビーナと200の部下に任せようと思います。」

「分かりました。意思は堅いようですね。その代わり、一つだけ約束してください。」

「何でしょうか。」

「酷いことを言うようですが、テームの街が陥落するようなときは、街の人を見捨てても戻ってきてください。」

「・・・・・分かりました。無駄死にはしません。」

「俺も飛べれば、いっしょに行くんだけど。」

「何を言っているの。パスカルにはここで落ちてくる妖精を抱きとめる仕事があるでしょう。王都を守らなくちゃ。それに、魔王軍がトンネルを掘っているかもしれないのに、地上の戦いなら最強なんだから、パスカルは。」

「そうだけど。街の戦力じゃアイシャが心配だ。」

「アイシャ達の行き帰りは、私が護衛するし、何かあったら駆けつけるから。私ならここから1時間ぐらいで着くし。」

「そうしてもらえると、有難い。」

マリが出発時期に関して発言する。

「出発ですが、念のためにこちらのトンネルに対する対策が済んでからにしてもらえますでしょうか。」

「承知しました。機動力のある地上攻撃部隊は、即応部隊として敵の急襲に対応するのに有効ですから、女王様のおっしゃる通りだと思います。」

「今は、出発の準備を整えて下さい。」

「承知しました。」

「アイシャさんと部下50名が、テームの街に向かって、岩田参謀長の指揮下に入って、魔王軍の補給路を叩く件についても、司令部にこちらから連絡しておきます。」

「有難うございます。」

「それでは、王都は市民の手も借りて、魔王軍のトンネルに対する対策に着手します。」

「承知しました。」


 テームの街で、久美がミサに剣術の稽古をつけているとき、悟が久美に話しかけた。

「久美、もしかすると、ミサちゃんなら草薙の剣(くさなぎのつるぎ、壇ノ浦で沈んだ三種の神器の一つ)が引き抜けるんじゃないかな。」

「私は何度やってもダメだったけど、ミサの剣の素質なら、そうかもか。」

「久美先輩、草薙の剣って?」

「何だ、美香、剣士なのにあの有名な剣を知らないの?」

「だって、急に誠に剣士にされたようなものだし。もちろん、誠も街も守りたいから全力で頑張るけど。」

「ミサちゃん、草薙の剣は数百年以上前に空から降ってきて岩に刺さったまま誰にも引き抜けない聖剣のことなんだ。ふさわしい持ち主が現れるのを待っていて、そのふさわしい持ち主だけが引き抜けるんじゃないかと言われている。」

「ヒラっち、有難う。すごくよく切れるのでしょうか?」

「それは引き抜いてみないと分からないけど、強力な邪悪なものを切り裂ける力があると言い伝えられているんだ。」

「悟の言う通りで、本当なら魔王と戦うときに、草薙の剣があると心強い。」

「分かりました。どこにあるんですか?すごい険しい山の上で、魔物をたくさん倒さないと行けないようなところとかですか。」

久美が指さしながら言う。

「あの山の上だよ。」

「あそこなら、片道1時間のハイキングコースですよね。」

「そうだね。明日、誠君を誘って行ってみようか。このところ司令部に籠りっきりだから、多少は運動も必要だと思う。」

「はい、大賛成です。やっぱり、運動も必要です。」

「分かった。誠君には僕から話しておくよ。ミサちゃん、ナンシーちゃん、久美、誠君、僕で5人かな。」

「有難うございます。それじゃあ、5人分のお弁当を持って行きます。」


 次の日の昼前、5人が街の出口に集まった。誠も壇ノ浦で失われた剣と同じ名前の草薙の剣に興味があった。

「鎌倉時代に20年以上探しても見つからなかったのは、こっちの世界に転移していたのかもしれない。しかし、そんなことがあるだろうか?ドゥマン・エテさんは全能と言っていたから、この世界を作るために転移させたのか?」

ミサが尋ねる。

「誠、何ブツブツ言っているの?」

「草薙の剣がどこから来たのだろうと思って?」

「誠、今日は草薙の剣とか戦争とかは忘れて、ハイキングを楽しもうよ。」

「ミサ、今日はミサが草薙の剣を引き抜くのが目的ですねー。」

「そんなの、久美先輩でも無理なんだから、無理に決まっているわよ。」

「まあ、いいですねー。湘南さん、今日はミサの面倒をお願いするですねー。」

「分かりました。美香さん、手に持っている荷物をお持ちします。」

「有難う。」

誠がミサから荷物を受け取るとかなり重かった。

「何が入っているんですか?」

「軽いテーブルとかだよ。あった方が便利だから。」

「そっ、そうですね。」

「それでその剣はどこにあるのですか?」

「あの山の上だよ。」

「あんな険しい山を上るんですか?」

「険しい山?ハイキングにピッタリの丘だよね。」

「少年。ハイキングに出発だ。疲れたら荷物ぐらいは持ってやる。」

「あっ、有難うございます。」

誠はゴールデンウイークに登った筑波山を思い出していた。

「たどり着けるだろうか?」


 結局、誠が途中でかなりバテてきたので、荷物は久美が持つことになった。

「少年、ちゃんと体を鍛えないと、美香と付き合ったら早死にするぞ。」

「久美先輩、そんな心配は要りません。誠の体力のことはちゃんと考えます。誠、手を出して。私が誠を引っ張ってあげる。」

「あっ、いえ。」

「いいから。」

初めは断っていたが、結局、誠はミサに手を引かれながら山を登った。

「湘南さんとミサはお似合いですねー。」

「本当!ナンシー、有難う。」

「ナンシー、本当にそう思うの?」

「橘さん、どちらかが体力があれば十分ですねー。」

「その通り。さすがナンシー。」

「じゃあ、美香、先に行っているよ。」

「はい、大丈夫です。ナンシーも。誠、ゆっくり行って大丈夫だから。」

「それじゃあ、ミサ、先に行ってるですねー。」


 久美たちが山頂に到着すると、草薙の剣が変わらない姿で岩に刺さっていた。久美が抜こうとするが、抜けなかった。

「やっぱり抜けない。美香なら抜けるかどうか。」

「それは、やってみないと分からないかな。でも本当に聖剣なら、魔王軍が人間を全滅させないためにも抜けるかもしれない。」

「そうね。確かに私の他に可能性があるとすれば、美香ぐらいだし。」

「でも、ミサが全力を出すと、刀が引きちぎれないか心配ですねー。」

「折れるんじゃなくてか。」

「そうですねー。」

ミサは誠の手を引き、話をながら、楽しそうに山を登ってきた。そして、誠とミサは山頂までもうすぐのところまで来ていた。

「誠、あともう少し。頑張ろう。」

「はい。でも、この周りにはとげがある植物が生えているみたいですので、美香さんも気を付けて下さい。」

「うん、分かった。気を付ける。山頂に付いたらお弁当を食べよう。」

「はい。」

間もなく、誠とミサが山頂に到着した。

「誠、お疲れ様。」

「美香さん、引っ張ってもらって、有難うございます。」

「どういたしまして。でも、あれが草薙の剣か。とりあえず、私で引き抜けるか試してみるね。それが済んだらお弁当。」

「そうですね。」

ミサが剣の方に走り寄ろうとしたら、ワンピースの裾にとげが引っ掛かって、ワンピースが肩の方から脱げてしまった。誠は驚いたが、ミサは何が起きたか分からないようだった。しかし、もっと驚いたことに、岩に刺さっていた剣が抜けて、柄の方を前に、ミサに向けて飛んできた。ミサは良く分からないままその剣を掴んだ。悟がつぶやいた。

「聖剣が持ち主を選んだのか。」

「しかし、何。悟、聖剣というよりエロ剣というか、性剣だったんじゃないの。」

その時、何もしていないのに、草薙の剣から久美に向けて斬撃が飛んできた。それを誠が盾で防ぐ。久美が文句を言う。

「危なっ!何、この剣。」

「でも、久美、普通の剣でないことは確かだよ。」

「まあ、そうだけど。美香、その剣で岩とか切れる?」

誠が上を向きながら脱げたワンピースをミサに渡す。

「有難う。でも、そんなに目をそらさなくてもいいじゃない。」

「いえ、単に服が脱げた体を見てはいけないかなと思って。」

「もっと近寄れば大丈夫だから、正面を見て。」

ミサが誠に抱きつく。

「はっ、はい。」

「それじゃあ、誠、岩を切ってみるね。切れたら誉めてね。」

「はい、分かりました。」

ミサが服を着る。悟が感想をもらす。

「ミサちゃん、変わったね。」

「もうすぐ二十歳だから変わらないと。少年が現れたおかげ。」

「久美のせいもあるんじゃないか。」

「そうかもね。いろいろ教育しているし。」

「何を教育しているんだろう。でも、初々しかった新人が逞しくなっていくのは嬉しいけど、寂しさも感じてしまうな。」

「まあ、静かに見守ればいいだけよ。」

「そうだね。」

岩の周りで4人が見守る中、岩に正対して素振りをする。すると、強力な斬撃が発生して、岩を切り裂いた。そして、その斬撃は曲線を描き誠を襲った。すぐそばに居たナンシーがATシールドを斜めに構えて、その斬撃を斜め後ろに逸らす。

「えっ、ナンシーさん。有難うございます。」

「大丈夫で良かったですねー。その剣からすごい嫉妬の気を感じていたんですねー。」

「ナンシー、この剣が誠を狙ったということ!?」

「私にはそう思えたですねー。」

「分かった。それじゃあ、この剣は折る。」

「でも、ミサちゃん、こんな岩を斬撃だけで切ることができる剣だから、魔王軍の戦いには必要になるかも。」

「美香、これだけ大きい岩は普通の剣では絶対切れない。それを斬撃だけで切るってことは、悟の言う通りかも知れない。」

「大丈夫です。こんな岩ぐらい。」

ミサはそう言って、剣が刺さっていたもっと大きい岩に向けてパンチを放つ。そうすると、こぶしの先から斬撃が発生して、岩が粉々に砕けた。

「こんな剣なんか無くても何とかなります。」

剣も含めて全員が驚いて黙っていたが、誠が切り出す。

「でも、この剣を使った方が細かく狙えるかもしれません。草薙の剣であの5つの岩に向かって斬撃を放ってみて下さい。」

「分かった。ナンシー、悪いけど誠のそばにいて。」

「分かったですね。」

ミサが5つの岩に意識を集中して剣を振る。すると5つの斬撃が発生して、それぞれ岩を砕いた。久美と悟が口を開く。

「やっぱり、すごいわね。」

「ああ、そうだね。」

「剣も反省したみたいですねー。」

「ナンシー、そんなこと、分かるの?」

「私もそうだったから分かるですねー。それで草薙の剣さん、いいですか、良く聞くですねー。草薙の剣さんはついていたですねー。星野さん、湘南さんの妹さんはミサみたいに甘くないですねー。もしここに星野さんがいたら、湘南さんに斬撃が向かった0.1秒後に、有無を言わせず粉々になっていたですねー。」

久美も同意する。

「それはそうね。」

全員が剣が恐怖で大人しくなったことを感じた。

「悟、大丈夫そうね。」

「そうみたいだね。」

「それじゃあ、みんな、お弁当を食べよう。」

「楽しみですねー。」

「誠は疲れていそうだから食べさせてあげる。剣さんは食べられないよね。」

「ミサちゃん、剣は街に帰って油を塗ってあげれば喜ぶんじゃないか。」

「分かった。そうする。」

「草薙の剣さん、後でミサがオイルマッサージをしてくれるそうですねー。だから、短気を起こしちゃだめですねー。」


 トンネル攻撃への備えを始めてから1週間経った王都では、城壁の後ろに土嚢を使って防壁がジグザク状に作られ、特に門の周りは2重に作られた。街の中にも木製の柵に木の枝を配した可動の障害が多数設置された。そして、地面に金属の棒を刺し込み、音を聞いて魔王軍のトンネルを探した。騒ぎのために発見は難しかったが、それでも何個かトンネルを見つけて、トンネルに対して上から小さな穴を開けて、油を注いでトンネルを掘ることを妨害した。他にもトンネルが残っている可能性はあったが、一応のトンネル対策が終了した2日後に、アイシャと50人の部下からなる部隊は『アイシャ支隊』と名付けられテームの街に行くことになった。またその日、みなみ少尉が急に司令部に呼ばれ、命令を受けた。

「みなみ少尉、急にすまない。明後日の朝、アイシャ大尉と50人の部下からなるアイシャ支隊が魔王軍の北側補給路を叩くために、テームの村に向かう。みなみ少尉の分隊にはアイシャ大尉に同行し、アイシャ大尉の警護することを命じる。」

「その命令は、アイシャ支隊ではなくて、アイシャ大尉個人を守るということですか?」

「その通りだ。」

「もうアイシャ大尉に含むところはありませんが、理由は何でしょうか。」

「みなみ、お前を信用して話すが、他言は無用だぞ。」

「分かりました。」

「アイシャ大尉の4代前がロルリナ王国の国王、つまりアイシャ大尉は国王の孫の孫で、王位継承権は68位と言うことは、アイシャ大尉がこちらに来た時に分かっていた。普通なら王位継承とは全く関係ない順位なんだが、情報部の調査では67位までが全員死亡していて、現在はアイシャ大尉が継承権1位になっているということなんだ。」

「ということは、アイシャ大尉がロルリナ王国の次の女王になるということですか。」

「その通りだ。アイシャ大尉は女王様と極めて親しい。我が国の助力でロルリナ王国を再建して、アイシャ大尉が女王になれば、ロルリナ王国との戦争をなくすことができる。」

「ロルリナ王国の人間が全滅しているのに再建はできるのですか?」

「全滅と言っても、国外に逃げている一般民がいる。3分の1ぐらいは残っているはずだから、我が国が支援すれば可能だ。」

「それならば、アイシャ大尉を王宮にかくまえばいいのではないですか。」

「本人には話したが、魔王軍を殲滅する意思が堅い。情報部としても、今までのロルリナ王国の戦争で被害を受けた国民の意識を変えるために、アイシャ大尉には魔王軍との戦いで活躍してもらいたいそうだ。」

「王女様にこのことは?」

「まだお伝えしていない。アイシャ大尉が、それを知ると王女様が出撃を止める可能性があるから伝えないで欲しい、自分が死んでも秘密にしておいて欲しいということだからだ。それにしても、軍人として清い覚悟だ。」

「でも、死なれては困るわけですね。」

「その通りだ。」

「個人的にも?」

「ははははは、まあそうだ。」

「分かりました。命令を拝命しました。ロルリナ王国との戦争をなくすために、命に代えてもアイシャ大尉をお守りします。」

「有難う。」


 みなみが司令部から宿舎への帰り道、同じく司令部から帰る途中、一人で歩いていたアイシャを見かけ話しかける。

「アイシャ大尉!」

「あっ、みなみ少尉でいらっしゃいますね。プラト王国最速最強の妖精分隊のご活躍はいつも下から見ています。お会いできて光栄です。」

「いえ、アイシャ大尉の連隊の活躍には及びません。ところで、私たちの分隊もテームの街に向かうことになりました。アイシャ大尉の護衛が任務です。」

「そうなんですね。それは助かります。みなみ少尉の分隊が私の隊を守ってくれれば、私たちは安心して地上攻撃に専念できます。」

「私たちが受けている命令は、アイシャ大尉個人を守ることです。情報部からの情報では、アイシャ大尉は大切なお体のようですので、絶対に無理はしないようにお願いします。」

「そうですか。あの話をご存じなんですね。はい、私が無理をするとみなさんが無理をしなくてはいけなくなりそうですので、絶対無理はしません。でも、あの話は私にも急な話で実感はないのですが、魔王軍を殲滅してプラト王国を守らないとおとぎ話にしかなりません。ですので、今は魔王軍殲滅にできるだけ集中したいと思っています。」

「分かりました。」

みなみは、「マリ王女様に少し似ていて、高貴な美人という感じ。男性に人気があるのも仕方がないか。でもアイシャ大尉、見ていないと絶対に無理しそう。」と思いながら、自分の宿舎に戻った。


 出発の日、アイシャが率いる総勢51人の支隊、みなみが率いる5人の分隊とアキが集合した。そして、あいさつのため、アキ、アイシャ、みなみが歩み寄ってきた。

「アキ様、今日はよろしくお願いします。」

「みなみ、私は軍人じゃないからアキでいいよ。アイシャもそう呼んでいるし。」

「分かりました。できるだけ、そう呼ぶようにします。」

「アキ、今日は有難う。でも、私たちの飛行速度はアキの3分の1ぐらいだけど大丈夫?」

「全然、大丈夫。3時間ぐらいならゆっくり行く方が楽。」

「こっちは全速だけど、アキが楽なら良かった。」

マリが見送りにやって来た。みなみが敬礼する。

「アイシャさん、気を付けて行ってきてください。アキさんもよろしくお願いします。あの・・・・」

「みなみ少尉です。私の分隊は司令部の命令でアイシャ大尉の護衛のために、テームの街に駐留します。」

「アイシャさんの護衛ということは、アイシャさんの素性について司令部も知っているんですね。」

「情報部の情報とのことです。」

「そうですか。大変申し訳ないですが、アイシャさんの護衛、よろしくお願いします。」

「女王様の直接のお言葉、感激です。二つの王国の未来のため、命にかけてもお守りします。」

「有難うございます。」

「遅くなっても仕方がないですから、皆さん、行ってらっしゃい。無事を祈っています。」

「王都周辺への補給を全力で止めてきます。」

「行ってきます。」「行って参ります。」

アキ、アイシャの支隊、みなみの分隊の順番で飛び立った。アキは少し先行して蛇行しながら進路の安全を確認し、みなみの分隊は護衛のためにアイシャの支隊の上を飛んだ。


 途中に魔王軍の飛竜部隊もいたが、アキが早期に発見してコースを変えたため、遭遇することなく順調に飛行した。下には王都へ向かう魔王軍の補給部隊が見えた。アイシャが魔王軍に居た時に人質になっていたミウに話しかける。

「魔王軍の補給部隊、結構いるね。」

「うん。これを叩けば王都への攻撃が難しくなるのは確かそう。」

「小さい街らしいけど、頑張らなくちゃ。」

「みんな、そのつもり。」

「有難う。」


 3時間ぐらい飛行して、テームの街に到着した。事前に到着日時を連絡してあったため、街につくと全員が溝口ギルドの広いレストランに通され、昼食をとった。そして、少し休憩したあと、尚美が出てきた。小さい妖精がステージの上に現れたので、王都から来た妖精たちは「何か歓迎の見世物をするのかな」と思いながら見ていると、その妖精が話し出した。

「アイシャ支隊と支援部隊の皆さん、王都からわざわざお疲れ様です。私はこの街で妖精部隊のリーダーをしている星野なおみと言います。」

王都側の妖精は「こんな小さい妖精がリーダーなら、本当に大変なんだろうな。」と心配しながら見ていた。

「ここの戦場は王都のような生ぬるい戦場とは違い数倍は過酷です。でも安心して下さい、そのような激戦地での戦いに皆さんをすぐに参加させるつもりはありません。戦場へ行く前に十分な訓練を積んで、一人前の戦士になってからにしようと思います。」

王都から来た妖精は「正規軍に向かって何を言っているんだ。このガキは。」と思い、その中の何人かが抗議する。

「私たちは正規軍ですから、訓練は十分してきています。ここでの訓練は不要です。」

「場所さえ案内してくれれば、あとは私たちでできます。」

尚美が言い返す。

「正規軍の古い概念の上にできた訓練では、体力向上以外に価値はありません。」

それに対して言い返す。

「それじゃあ、模擬戦をやりましょう。そっちが勝ったら言うことを聞きます。アイシャ、いいでしょう。」

「テームの街の妖精さんたちの実力を知るのにはいい機会だから、いいけど。素人さんなんだから怪我をさせないようしないと。」

尚美が返答する。

「分かりました。その方が時間の無駄がなさそうですね。そちらは、えーと、57人ですか。こちらは8人で模擬戦をしましょう。」

「こちらも8人でいいですが。アキを除いた。」

「いえ、全員で構いません。模擬戦用の矢の用意が必要ですし、試射もしたいでしょうから、1時間後開始でよろしいでしょうか。」

「分かりました。アキもいい?」

「いいけど。」

「はい、こちらは大丈夫です。それでは1時間後に。」

「了解です。」

アキがアイシャに話しかける。

「まあ、向こうにも地元という意地があるのかもしれない。3分で終わらせましょう。」

「はい、頑張ります。」


 話を聞いていた由香、亜美と『ハートリングス』が話し合った。

「なんか面白そうになってきた。」

「でも由香、リーダーは一人で戦っても勝てるんじゃないかな。」

「それはそうだけどな。」

グリーンが亜美に話しかける。

「亜美さん、正規軍最強の分隊が来ているそうですから、プロデューサーさんは私たちの腕前がどの程度か確かめたいんじゃないでしょうか。」

「グリーン、それもあるだろうけど。」

由香がブラックに尋ねる。

「何だ、ブラック。他にも何かあるのか?」

「ハンディーかな。」

「ハンディー?」

「いや、プロデューサーは正規軍側にハンディーを与えたんじゃないかと思って。」

「ブラック、俺たちが参加することがハンディーということか。」

「由香さん、そういうことです。」

「・・・・まあ、そうかも知れないな。」


 尚美がやってきた。

「みなさん、聞いていたと思いますが、これから王都からいらした妖精の方と模擬戦をすることになりました。頑張りましょう。」

「相手に不足はないぜ。」

「由香先輩、その通りです。今回は少しペアを変えます。レッドさんと由香先輩のペアはみなみ少尉の分隊に、ブルーさんとイエローさんはアイシャ大尉の支隊に、ブラックさんと私でアキさんに対応します。」

「リーダー、私とグリーンさんは?」

「アイシャ支隊の周りで逃げ回って相手を攪乱してください。」

「グリーンさん。」

「亜美さん。」

「やられないように頑張りましょう。」

「はい。」

「レッドさんと由香先輩はみなみさんの分隊を2分で片付けて下さいね。そうでないと、グリーンさんと亜美先輩が危なくなります。」

「リーダー、相手は5人だぜ。」

「大丈夫です。5人で編隊を組んでいますから2人より機動性が落ちます。それを利用して、まず先頭の隊長から倒してください。あとは、簡単だと思います。」

「端からでなく、先頭からか。」

「はい、弱い方から倒すのが定石ですが、時間を短縮したい場合はリーダーから攻撃したほうが有効です。2分で倒したら、ブルーさんとイエローさんを手伝って下さい。」

「了解。」「分かりました。」

尚美がブラックと相談していると、ハートレッドが由香に話しかける。

「それにしても、プロデューサー、2分で倒せって、めちゃくちゃね。」

「でも、練習飛行以外で、レッドと組むのは初めてだから楽しみだぜ。」

「私も。」

「俺が先頭でいいか。」

「うん、私がカバーする。」

「レッドがカバーなら、思い切り飛ばせる。」

「そうして。絶対についていくから。」


 模擬戦が開始された。アキが高速性を生かして由香とハートレッドに攻撃を仕掛けようとするが、尚美が間に入って攻撃の邪魔をする。アキは初めは手加減しようと思っていたが、そんな相手でないと分かり全力で飛行し始めた。

「何、この子、攻撃ができない。」

アキが尚美に矢を放つが、楽々とかわされてしまう。二人の高速飛行の軌跡は交差しジグザクしながら続いていた。亜美とハートグリーンを追いかけていたアイシャが不安そうにその様子を見る。

「あの子、アキの経路が読めるみたい。」

尚美はアキを低空に追い込もうと飛行していたため、段々と二人の軌跡が低空に降りてきた。一方、みなみの分隊は自由に飛び回る由香とハートレッドに翻弄されていた。

「編隊をくずすな。右に旋回してから、斉射!」

みなみの分隊が矢を斉射するが、大きく離れたところを飛んで行った。アイシャは数の優位を生かして、分隊を配置して待ち伏せ攻撃しようとする。ハートグリーンが亜美に尋ねる。

「囲まれているよ。どっちに逃げる?」

「4時の方向の下が空いている。」

「分かった。そっちに全速。」

ハートブルーとハートイエローは、待ち伏せをするためにゆっくり飛んでいる分隊に攻撃する。イエローの矢が当たった。

「やった、当たった。」

「イエロー冷静に!後ろは大丈夫!次を狙って。」

「ブルー、了解!」

アイシャが指示をする

「待ち伏せだからと言って止まらないで!待ち伏せがうまくいかなくてもいいから。」

アイシャ支隊の分隊同士がぶつかりそうになって、速度を緩める。その一人にグリーンの矢が当たる。

「やった!当たった。」

「グリーンさん、後ろから来ているから急上昇。」

「亜美さん、了解。」

由香がハートレッドに次の行動を伝える。

「バレルロール!」

「了解。」

由香が2回バレルロールをすると遅れたみなみの分隊の上に来て、みなみに向けて訓練用の矢を3連射する。

「痛っ!矢が体に当たったから離脱する。頑張って。」

「了解!」

しかし、みなみがいなくなった分隊は編隊行動が上手に取れなくなっていた。

 尚美とアキの戦いも続いていた。飛行高度はだんだんと下に下がってきた。アキが体を回転させて仰向きになって少し上にいる尚美に訓練用の矢を放つが、その瞬間アキの後ろから訓練用の矢が当たった。

「えっ。」

尚美はアキが放った矢を掴み、森の中に隠れていたハートブラックに指示する。

「ブラックさん、次はグリーンさんと亜美先輩を助けに行きます。」

「レッドの方は。」

「二人はみなみ少尉を倒したので大丈夫だと思います。それより、一人倒したグリーンさんが無理なことをしそうで心配です。」

「了解。」

 案の定、アイシャ支隊に攻撃をしようとしたハートグリーンと亜美が囲まれていた。尚美がブラックに指示する。

「ブレークして(ペアによる攻撃を解いてそれぞれが攻撃する)、右下の分隊に集中攻撃です。」

尚美とブラックはハートグリーンと亜美の逃げる道を開けた後、ペアに戻ってハートグリーンと亜美を攻撃しようとする妖精を攻撃した。

 編隊行動が上手にとれなくなったみなみの分隊を後ろからひとりずつ倒し全滅させたところで、由香とハートレッドが尚美のところにやって来た。

「2分40秒かかっています。遅いです。」

「リーダー、あの分隊、結構強かったぞ。」

「そうですね。分かりました。次はアイシャ大尉を攻撃してください。それで実質終わります。」

「了解。リーダーはどうする?」

「ハートグリーンさんと亜美さんがやられないように援護します。」

「それなら二人とも安心だな。」


 ミウがアイシャに助言する。

「アイシャ、みなみ少尉を倒したやつらアイシャを狙っている。」

「分かっている。」

由香がハートレッドに指示する。

「下から行く!」

「了解。」

ミウが叫ぶ。

「下に行った。矢を斉射!。」

由香がハートレッドに指示する。

「ブレーク!」

「了解。」

二人は仰向けになりながらジグザクに飛行し訓練用の矢を放つ。その矢がアイシャに当たろうとするとき、ミウが身を呈して2本の訓練用の矢を自分に充て、アイシャを守ったが、上から来た訓練用の矢がアイシャの背中に当たる。アイシャが驚く!

「しまった!」

由香が残念がる。

「くそー、イエローに取られた。」

「由香、後方から5名が追ってきた!」

「よし、インメルマンターン!」

「了解!」

アイシャが離脱することを確認した尚美がハートグリーンに指示する。

「アイシャ支隊を殲滅します。グリーンさんも遠距離から矢を放ってください。亜美先輩は、周辺監視を続けて下さい。」

「了解。」「了解。」


 アイシャがいなくなってからアイシャ支隊が全滅するまで3分とかからなかった。模擬戦の後、全員、最初の溝口ギルドの食堂に集合した。尚美がステージで話を始める。

「皆さん、今の訓練で分かったと思いますが、5人の分隊を単位として行動すると、機動性が落ちます。もちろん、機動性だけならば一人で飛ぶのが一番良いわけですが、一人で目標への攻撃に集中すると、周辺監視がおろそかになってしまいます。ですので、信用できる2人組での攻撃が一番効率が高いです。」

アイシャが質問する。

「なおみさんは、外国から来られたということですが、その戦法は、なおみさんの国の戦術なんでしょうか?」

「元々はドイツと言う国で開発された戦術ですが、私の国でも使っています。」

「分かりました。有難うございます。」

由香が言う。

「リーダーとブラックがいつも使う武器は弓矢じゃなくて、短剣なんだぞ。この間の飛竜との戦闘なんて、泣き叫び逃げまどう飛竜をリーダーが次々と殺して行くから、他の飛竜も恐れをなしてゴブリンを振り落して逃げて行ってしまったほどだぜ。」

それを聞いた王都からきた妖精たちは息をのんだ。

「今日の訓練はこれまでにして、これから戦いのために皆さんに知っていて欲しいことをお話しします。」

全員が尚美の話を真剣に聞き始めた。

「まず、我々の任務を大別すると近接支援戦闘、航空阻止、戦略攻撃、防空、観測、偵察、空輸となります。」

王都から来た妖精たちは尚美が何を言っているかよく分からなかった。それがよく分かっているハートレッドが補足する。

「プロデューサーが何を言っているか良く分からないかもしれないけれど、私たちも最初は・・・今もかも、そうだったから大丈夫よ。でもプロデューサーの言うことを聞けば、もっと効率的に戦いが進められるわよ。」

王都から来た妖精たちがうなずいた。尚美が続ける。

「近接支援戦闘とは、地上で交戦している味方を支援して敵を攻撃することです。航空阻止は敵地の上空で敵の部隊、補給路、補給基地を攻撃することです。戦略攻撃はさらに深く敵地に入り、武器製造工場、橋や道路などの戦略施設を破壊して、敵の継続的な戦闘を困難にすることです。防空はその逆で、敵の航空部隊を攻撃して、敵の地上への攻撃を防ぐものです。観測は地上から射程が長い武器で敵を攻撃するとき、敵の位置を連絡してその地上からの攻撃をより確かなものにすることです。偵察は敵の位置を調べて作戦の立案を助けるものです。空輸は文字通り物や人を地上よりも高速に運ぶものです。」

アイシャは「勉強しなおさなくちゃいけなさそう。」と思いながら、話を聞いていた。その後、尚美は空中における基本的な機動に関して1時間ぐらい講義し、今日は説明を終えることにした。

「まとめると、空中戦においては自分の持っている運動エネルギーと位置エネルギーの和に注意を払い、常にこれを相手より上回っているようにすることが重要です。それでは、今日の講義はこれでおしまいにします。明日は、今日勉強した機動を実際にやって試してみますので、朝の9時に北側ゲートの前に集合して下さい。」

「分かりました。」


 講義が終わって、参考のために尚美の話を聞いていたアキは王都に帰ることになった。アキたちが市長といっしょに街の外に向かった。アイシャがアキに尋ねる。

「アキ、王都に帰るのは明日にした方がいいんじゃない。大丈夫?」

「王女様も心配しているだろうから早く報告しなくっちゃ。模擬戦には負けちゃったけど、逆にみんなのことは少し安心できるかな。」

「疲れていない?」

「大丈夫。1分半でやられちゃったから。これからも連絡のために週1回は来るから。」

「うん、楽しみに待っている。」

街の外に出ると、ミサが久美といっしょに剣の稽古をしていた。ミサが斬撃で複数の森の木を切り倒していた。アキが市長に尋ねる。

「市長さん、あの剣士は?」

「あの娘さんは、数百年引き抜けなかった聖剣草薙の剣を引き抜くことができた聖剣士さんです。テームの街の住人で、普段はギルドのレストランで歌を歌う仕事をしていて、芸名を大河内ミサと言います。剣と関わったことが無かったので、今は橘剣士に剣の特訓をしてもらっているところです。」

「あれが聖剣士か。でも、斬撃だけで木を倒すって、パスカルよりすごいかも。」

「はい、そうかもしれません。気難しい剣のようですが、これで魔王とも戦うことができます。」

「これも女王様に急いで報告しなくちゃ。」

「そうだよね。それじゃあ、アキ、また来週。いいお店を調べておく。」

「有難う。じゃあ、来週またね。」

アキは飛び立ち王都へ向かった。


 アイシャたちの宿舎には、溝口ギルドの2階の部屋が割り当てられた。一つの部屋に5人が詰め込まれる形であるが、魔王軍に居たときよりはずうっと良かった。アキと別れて、アイシャが宿舎に向けて帰る途中、後ろから大きな足音がしたので、アイシャが振り向くと足がすくんでしまった。

「なんで、こんな街の真ん中にオークが。」

3匹のオークはゆっくりとアイシャの方に向かってきた。周りを見回すと、道は商店街で、買い物をする人も多かった。

「私一人だけなら逃げることはできるけど、街の人が。でも私じゃ戦っても敵わないし。」

その時、アイシャにマリが「街の人を見捨てても逃げて。」という言葉が頭によみがえり、飛び立とうと思ったとき、先頭のオークが話しかけてきた。

「あの、お嬢さん、申し訳ありませんが、防壁の材料を運ばなくてはいけないので、そこをどいてもらえないでしょうか。」

「えっ。」

アイシャが訳も分からず空中に舞い上がった。

「あっ、妖精さんか。どうも有難うございます。」

オークがそう言うと、オーク3匹が防壁の材料を引いてアイシャの斜め下を過ぎて行った。店員と買い物をしている人が先頭のオークに声をかける。

「あっ、ガッシュちゃん、こんにちは。精が出るわね。」

「本当にすごい荷物だね。俺の10倍は運べそうだ。防壁の作業員にも建設がはかどるって評判だよ。」

ガッシュが答える。

「有難うございます。魔王軍を撃退するために頑張ります。」

ガッシュが去った後、二人が談笑する。

「やっぱり、近くで見るとすごいわね。でも、オークを知ると人間の男には戻れないって話、本当そうね。」

「それは困ったな。でも、お前じゃオークにも相手にされないよ。」

「酷いわね。」

「ははははは。」「ははははは。」

 地上に降りたアイシャはその様子を見て、考えこんでしまった。数分してガッシュたちが帰ってきた。アイシャが勇気を出して話しかける。

「あの、ガッシュさんとおっしゃるのでしょうか。」

「はい、妖精のお嬢さん、何でしょうか?」

「ガッシュさんは純粋なオークなんですよね。」

「はい、そうですが?」

黙ってしまったアイシャを見てガッシュが悟って、アイシャに話しかける。

「実をいうと、俺たちも盗みをしたり悪いことをしたことはあります。魔王軍が怖くて魔王軍に協力したこともあります。でも、荷物を運んだりはしましたが、俺たちは人間を殺したことはありません。」

「そうですか。」

「魔王軍は本当に人間を皆殺しにしようとしています。それも酷い殺し方で。ですので、俺たちも魔王軍と戦うつもりです。」

「魔王軍にはオークもたくさんいます。戦うことはできますか?」

「少し前までここの人間も西隣の国の人間と戦っていました。だから大丈夫です。」

「そうですね。でも何で戦っていたんでしょうね。」

「西隣の国と戦う理由は俺にもよく分かりません。でも、こっちの方が飯もうまいし、魔王軍と戦うことに迷いはありません。もう悪さもしません。信じてもらえますか。」

「分かりました。信じます。」

「有難うございます。でも、お嬢さんみたいにすごく美しい妖精がいると、良くないことを考えるオークの仲間も出てくるかもしれません。その時は俺に言ってください。絶対にとっちめて止めさせますから。」

「はい、その時にはお願いします。」

「任せて下さい。それでは仕事があるのでこれで。」

「有難うございました。」

アイシャは、「オークと言ってもいろいろか。でも魔王軍のオークは倒さないと。それにしても、ザレン隊長は何で魔王軍にいたんだろう。」と考えながら宿舎に戻った。


 アキはその日のうちに王都へ帰還し、マリに報告する。

「どうでした、テームの街は。アイシャさんは大丈夫そうですか?」

「最初にテームの街の妖精と模擬戦をしました。こちらが57人、街側が8人だったんですが、こちらが7分で全滅して、街の妖精には模擬専用の矢が1本も当たりませんでした。」

パスカルが尋ねる。

「アキちゃんも参加したの?」

「うん。外国から魔王軍を倒すために来た湘南参謀長の妹の星野なおみという妖精に誘導されて、待ち伏していた妖精にやられた。それに他の妖精が使う戦術もすごく進んでいた。今日、その戦術に関する講義を受けて、本当に勉強になった。あれならアイシャも大丈夫じゃないかと思う。」

「湘南参謀長の妹さんですか。確かに作戦を立てるのが上手そうですね。」

「あと、聖剣『草薙の剣』を引き抜いた剣士が現れたそうです。市長さんは、これで魔王に対して、互角以上に戦えると言っていました。」

「市長さんのいう通りです。私もプラト王国の危機ですので、きっと誰かが引き抜くんじゃないかと思っていましたが。」

「その聖剣、そんなにすごいのか?」

「剣に意思があるみたいで、選ばれた人だけしか岩から引き抜けないみたい。だけど、斬撃だけで岩も切れるって。私が見たときには、森の太い木を何本も斬撃だけで切っていた。」

「なるほど。一度、手合わせしてみたいものだ。」

「パスカルじゃ絶対に敵わない。無理。」

「何で?」

「聖剣士って、大河内ミサというすごい綺麗な女性だから。」

「なるほど。それじゃあ会ってみたいな。」

「そうなると思う。」


 6日後、テームの街では尚美がアイシャやみなみたちへの訓練の終了を告げた。

「明日から、魔王軍の補給路攻撃を開始します。」

部屋の中に歓声が湧いた。

「ミウ少尉、アイシャ支隊を率いて下さい。『ハートリングス』と『トリプレット』がみなさんの援護を担当します。」

ミウが答える。

「『ハートリングス』さんと『トリプレット』さんに護衛してもらえれば、私たちは安心ですが、アイシャ大尉は?」

「アイシャ大尉は街中央の地下救護所で救護施設の整備をお願いします。詳細は、救護施設の明日夏さんの指示に従って下さい。」

アイシャが抗議する。

「何で、私がそんなところにいなくてはいけないのですか。」

「この街の参謀長の命令です。理由はご存じだと思いますが。」

「分かりません。」

「私は上官でも軍人でもないので、アイシャ大尉に命令する権利はありません。それに、生死を共にする皆さんと秘密を作るのもいやですので説明します。今から話すことは他言は無用です。よろしいですか?」

全員がうなずく。

「兄が、申し訳ありません、参謀長がマリ女王と司令部から手紙を受け取りました。女王の手紙には、アイシャ大尉は幼い時に姿を消したマリ女王の姉の子供、マリ王女の姪と書いてありました。それは、アイシャ大尉がお母さんからもらったもの、容姿、性格を考えても間違いない。だから、あまり危険なことはさせないで欲しいと。」

「それは・・・・。」

「司令部からの手紙には、アイシャ大尉はロルリナ王国の3代前の国王の直系の子孫で、68位の王位継承権を持っている。今回の魔王軍の攻撃で67位までは全員戦って死亡したとの情報があり、現在はアイシャ大尉が王位継承権1位であると。」

「それも聞いてはいますが。」

「ですので、プラト王国の支援でロルリナ王国を再建し、アイシャ大尉が女王になれば、二つの国の戦争を終わらせることができる。」

「でも、私より優先順位が先の誰か生きているかもしれません。」

「それは心配いりません。たとえ生きていたとしても、この国の情報部が殺すか幽閉するでしょう。ただ、アイシャ大尉がプラト王国の国民にもっと迎え入れてもらうためには、魔王軍との戦いで活躍したことにする必要があります。そのため、ここでの活躍はアイシャ大尉の活躍として宣伝することになりますが、アイシャ支隊の皆さん、構いませんね。」

ミウがアイシャに尋ねる。

「アイシャ、本当なの。」

アイシャがブローチを見せながら答える。

「68位というのは本当で、これが女王様の姉が身に着けていたものということは、女王様が同じものを持っていたので本当らしい。でも、私には実感はないよ。」

「マリ王女様に会ったとき、みんながアイシャに似ているって思ったの。そういうことなら、アイシャ、私もなおみさんが言っていることが正しいと思う。私もプラト王国とは絶対に戦争したくないし。だからアイシャ、街にいて。」

アイシャ支隊の全員が賛同する。

「私も賛成。」「アイシャは街にいて。」「アイシャは十分戦ったよ。」「大丈夫。補給部隊ぐらい私たちだけで倒せる。」

ミウがアイシャに言う。

「アイシャ、これが隊員全員の意思だよ。あっ、もうアイシャなんて呼んじゃいけないね。アイシャ様。」

「えっ、アイシャって呼んで。敬語もいや。」

尚美がまとめる。

「アイシャ大尉は、地下の救護所に留まり、アイシャ支隊のみなさんの心を癒し、勇気づける役割を果して下さい。それが、ロルリナ王国次期女王の役目です。」

アイシャはとりあえず了解して、後で参謀長の誠に掛け合うことにした。

「上官ではありませんが、私よりずうっと能力が高いなおみさんの命令ですから、今はそういうことにします。」

尚美が続ける。

「みなみさんの分隊も街に留まって、アイシャ大尉を護衛してください。護衛のためにも街の周辺の偵察もお願いします。そうすれば私たちは魔王軍の補給路攻撃に集中できます。それで、そういうことはないとは思いますが、もし街が危なくなったらアイシャ大尉を連れて王都に帰還してください。」

「分かりました。」

koko

 明朝、北の国境近くの山岳地帯へ補給路攻撃に出発しようしていた、アイシャ支隊にアイシャが話しかける。

「みんな油断しないように。戦果を期待しているね。」

「アイシャもね。ボーっして転んで怪我をしたりしないように。」

「子ども扱い?とりあえず、救護施設の整備を頑張る。そうならないほうがいいんだけど、みんながお世話になるかもしれないし。」

「王都でアイシャが看病すると分かったら、わざと怪我する男性も出てくるかも。」

「この街は奇麗な人が多いから、そんなことはなさそうで安心している。」

「小さい街なのに、聖剣士さんはお人形さんみたいだし、ハートレッドさんは清楚なのに色気があって。」

「それで、二人とも強い。」

「そうね。もう出発するみたいだから、また夕方。」

「分かった、また夕方。」


 その日の夕方、補給路を攻撃していた部隊の帰投予定時間に。アイシャは着陸場所に向かい空を見上げていた。部隊が見えると、アイシャは戻ってくる妖精の数を数えた。数が揃っていることを確認できると、本当にホッとした。部隊が着陸すると、アイシャ支隊の隊員がアイシャの方にやってきた。アイシャが部隊をねぎらう。

「お帰りなさい。みんな無事で良かった。」

「うん、安全な高度からの地上攻撃だけだったから。飛竜が60匹ぐらい来たけど『トリプレット』さんと『ハートリングス』さんで撃退してくれたし。」

「8人で60匹を。誰も怪我もしていないの?」

「100%の完勝。それに、なおみさんとブラックさん、本当にすごかったよ。」

「すごかったって?」

「普通のオークだけど、二人で今日だけで20匹ぐらい倒している。」

「オークを20匹!二人とも体は小さいのに?アキみたいに何か魔法が使えるの?」

「そういうわけじゃなくて、なおみ隊長が前から頸動脈を切りに行って、ブラックさんが針みたいな細い短剣を腰に構えて、後ろからオークの心臓を刺すためにオークにぶつかって行くの。」

「そういう方法もあるんだ。私でもできるかな。」

「無理かも。オークが捕まえようとしても、捕まえられない俊敏さが必要だから。」

「模擬戦でアキに勝てたぐらいだから、やっぱり、ただものじゃないということか。」

「本当にそうだよ。街の妖精8人が協力して部隊長クラスのオークを倒したこともあるんだって。でも、危険もそれなりに大きいので、街が危ない時以外は止めているみたい。」

「そうなんだ。私は何にもできない。」

「なおみ隊長が、最初に私たちがゴブリンを掃討してくれるから、安心してオークが倒せると言っていた。だから、それぞれができることをやればいいと思うよ。」

「そういうことなら、私もゴブリンを倒す手伝いぐらいしたい。だって飛竜部隊が来ても安全なんでしょう。もう少し様子を見てから、参謀長に直接掛け合ってみようかな。」

「そうね、なおみ隊長は無理でも、あのあまりぱっとしない参謀長なら、アイシャが色仕掛けでお願いすれば、願いを聞いてくれるかも。」

「色仕掛け!?」

「ごめん。やっぱりアイシャじゃちょっと無理か。あっ、無理って容姿とかそう言う意味じゃなくて、精神的に。」

「みんな命を賭けているぐらいだからそれぐらいは大丈夫。何でもする。だけど、色仕掛けって具体的にはどうすればいいの?」

「ハートレッドさんの普段着みたいな服を着ていくといいかも。男性が好きそう。」

「ハートレッドさん、すごい美人だから似合うけど。」

「アイシャも高貴な感じがする美人で負けてはいないと思うよ。でも、無理はしないで。」

「分かった。うまく行くかどうか分からないけど、やってみる。」


 4日後、誠の司令部の部屋のドアからノックの音が聞こえた。誠が答えた。

「どうぞ。」

少しセクシーな私服を着たアイシャが入って来た。

「失礼します。妖精支隊のアイシャです。」

「こんにちは、アイシャさん。救護所の整備では大活躍だそうですね。この先、戦闘がだんだん大きくなりそうですし、男性が戦闘員としての訓練や築城に忙しいですので、力のあるアイシャさんはとても貴重です。」

「でも、参謀長、私は魔王軍と戦って撃退するためにここに来たんです。」

「アイシャさんの部下の皆さんが、北部地域のゴブリン退治に大活躍で、補給路の遮断だけでなく、北部地域で山に逃げ込んでいる避難民がとても助かっています。」

「それはそうですが。」

「それに、救護所での仕事も魔王軍との立派な戦いです。アイシャさんの場合、何といっても安全第一です。」

アイシャはたるんだ体でニコニコしながら「安全第一」なんて言葉を吐く誠に腹を立てて、目を潤ませて抗議する。

「参謀長、所詮は殺し合いなんですから、安全第一なんて無理です。私の友達も命を賭けて戦ってきました。そんなことを言われるぐらいなら、オークを殺して死んで来いと言われた方がましです。」

「アイシャさん、二つの国の王族の子孫として、それでは失格です。」

アイシャが誠のほっぺたを平手でぶつ。誠が説明しようとする。

「でもですね。」

アイシャが誠の反対側のほっぺを平手でぶつ。

「参謀長は安全なところにいるから分からないんです。オークに襲われた自分の両親の悲鳴が、今でも耳から離れないんです。参謀長は見たことがありますか。私たちに恐怖を与えるために、オークは妖精の体と手足を握って、両手両脚を引きちぎって殺すんですよ。それも私の目の前で。」

アイシャが涙を流しながら誠を睨みつける。

「アイシャさん。」

「何ですか。」

「僕の両親や家族はまだ生きていますし、そこまで酷い様子を見たことがありません。」

「そうでしょうね。そのにやけた顔とたるんだ体を見れば分かります。」

誠が「酷いな。でも、まあそうか。」と思いながら土下座をする。

「この通り、お願いします。」

「何ですか。」

「僕の一番の望みは、みんなが平和に楽しく生活できることです。魔王軍を倒しても人間同士がまた争いだしたら意味がありません。そのためには、アイシャさんが生きていることが必要なんです。」

「でも参謀長、魔王軍に負けたら何もならないじゃないですか。そのためには、魔王軍のオークを殺すことが絶対に必要です。」

誠は「アイシャさんは身内や知り合いが酷い殺され方をして、オークへの復讐心が強すぎるのかもしれない。」と思い、どうするか考えた。少ししてアイシャに話しかける。

「それでは、アイシャさんたちが安全にオークを倒す方法を考えます。それで、数匹のオークを倒したら、それを他の妖精に伝える教官の役割をして下さい。」

「私たちでオークを殺すことができるんですか?」

「アイシャさんの仲間の力を合わせれば可能だと思います。」

「本当ですか。もし本当に私たちの力でオークを殺すことができたら、私は参謀長のために何でもします。もし、お望みでしたら、この身を参謀長に捧げても構いません。ですから、どうぞオークを殺す方法を私たちに授けて下さい。」

誠は、ここまで言うならば、アイシャがオークを倒して恨みを晴らせば、もう少し冷静になるかもしれないと考えて答えた。

「分かりました。何通りか方法がありそうですので、詳細を詰めます。それでは、2日後の14:00に西側のゲートに隊員の皆さんといっしょに来て下さい。」

「有難うございます。承知しました。2日後の14:00、西側ゲートに隊員と共に参ります。それでは、失礼します。」


 アイシャが仲間のところに戻った。

「アイシャ、参謀長、どうだった?」

「簡単にはOKしてくれなかったけど、参謀長にこの身を捧げますと言ったら、私たちの部隊で安全にオークを殺す方法を真剣に考えるから、それを試してみてって。」

「私たちにオークを殺せるの?」

「私は参謀長を信じるよ。」

「さすがの参謀長もアイシャの魅力には勝てないようだけど、身を捧げるって、アイシャ、本気なの?」

「もちろん。魔王軍のオークに殺される人や妖精をこの目で何人も見ているから、オークが殺せるなら後悔はしない。」

「アイシャ、無理していない?本当に大丈夫なの?好きな人とかいないの?」

「いない。殺したいぐらい嫌いなのは魔王軍のオーク。」

「そう・・・。」


 2日後の13:30、落ち着いていられなかったアイシャは、西側ゲートに来て誠を待ち始めた。13:50、隊員が集まり始めるころ、誠も荷車といっしょに到着した。アイシャが誠に敬礼をする。

「参謀長、お忙しいところ有難うございます。私たちでオークを倒す方法を考えて下さいましたでしょうか。」

「はい、考えてきました。皆さんは重いものを持って飛ぶことができるということですので、油断しているオークの首か胴体をこの綱で締め、100メートル以上釣り上げて落とすというものです。」

「太い綱が1本に細い紐が3本付いていますね。」

「はい、綱がオークを引っ張り上げるためのもので、15人が綱を持って引き上げます。輪の方に付いてる2本の紐は、綱を降ろすときにオークを釣り上げる輪の部分の形を崩さないためのものです。一人が1本づつ持ちます。この輪は3方向から引かれることになりますので、初めの形は三角形です。その形を保って全員で下降して、輪がオークの高さまで来たら、綱だけを高速に引き上げます。落とした後は、反対側に付いている紐を引いて綱を回収します。」

「結構難しそうですね。」

「全員で息を合わせる必要があります。アイシャさんは目標の真上で隊員の皆さんを誘導してください。あそこにある切り株で練習してみましょう。」

「分かりました。」

 15人が綱を持ち、2人が輪についている紐を持ち、空中で輪の部分を広げ三角形にした。綱の回収用の紐を持ったアイシャが切り株の真上に来て、輪の位置を誘導しながら、全員でゆっくり降下して輪の部分を切り株に掛けた。そして、アイシャの指示で綱だけを全力で引っ張った。そうすると、輪の部分が切り株を締め上げて、太いロープが止まった。誠が上空のアイシャに話しかける。

「これがオークなら、空中に引き上げることができます。オークがどうしていいか分からないうちに、上まで引き上げてから下に落として下さい。」

「分かりました。もっと、スムーズに輪を掛けられるように練習します。」

2時間ぐらい練習していると、だんだんと早くスムーズに輪をかけられるようになり、一度、休憩することになった。降りてきたアイシャに誠が話しかける。

「単独で行動している普通のオークを狙ってください。もしオークに気づかれたときは、無理せずアイシャさんが命令して上昇してその場を離れ、別のところで作戦を続けて下さい。なにはともかく安全第一です。」

アイシャが誠の方を見た。誠は二日前に「安全第一」と言ったときにほっぺたを叩かれたこと思い出して、少し身を引いた。それを見たアイシャが言った。

「大丈夫です。もうそんなことで参謀長のほっぺたを叩いたりはしません。」

「あっ、有難うございます。もっと安全でもっと強いオークを倒す方法を考えてみますので、安全第一の作戦遂行をお願いします。」

「本当ですか?本当にもっと強いオークを倒す方法を考えてくれますか。」

「はい、もちろんです。アイシャさんと僕とでいっしょに考えましょう。」

「約束してくれますか?」

「約束します。」

「分かりました。私も隊員を失うのはいやですので、安全第一で作戦を実行します。」

「有難うございます。」

「それでは、私たちはまだ練習を続けます。参謀長には北部地域全体のことを考えるお仕事がおありと思いますので、そちらにお戻りください。」

「はい、有難うございます。アイシャさんと皆さんも頑張って下さい。」


 誠が行くと、ミウがアイシャに話しかける。

「ねえねえ、アイシャ。アイシャは参謀長のほっぺたを叩いたの?」

「戦闘の現場も知らないのに、安全第一なんて言うから少し腹が立って思わず。」

「それで参謀長、怒らなかった?」

「土下座までして、魔王軍を倒した後の平和のために私が必要と説得しようとした。」

「そうなんだ。あまり悪い人じゃなさそうね。」

「本当にそうだと思うよ。身を捧げるという話も自分から言い出したことだし。」

「そうだとすると、アイシャが悪女ということか。だって、アイシャにそんなふうに言われたら、どんな聖人でも断れないわよね。」

「有難う。参謀長は戦いの厳しさを頭でしか分かっていない感じだから、魔王軍のオークを殺せるなら悪女でもなんでもなる。」

「最前線で戦う私たちからすると、覚悟が足りないのかもね。」

「それで、思わす参謀長のほっぺたを叩いちゃったんだけど、それで参謀長が土下座するのを見ていたら、体が芯からゾクゾクしちゃった。」

「それは、どんな感じ?」

「すごく気持ちが良くて、あの人が良くて何の苦労も知らない参謀長に世の中の苦労を教えてあげたい、みたいな。」

「アイシャ、女王様体質?」

「悪女の女王様?ふふふふふ、そうかもしれない。でも、その話は後で。練習を再開よ。」

「了解!」


 いよいよアイシャたちがオークを攻撃する日となった。攻撃部隊の援護はみなみの分隊が行い、由香、亜美、ハートレッド、ハートブルー、ハートレッドが街の守備についた。尚美がアイシャに話しかける。

「参謀長から話は聞いています。下からの矢が届かない高度で実行すれば危険はないと思いますが、油断はしないようにして下さい。それと、本来の任務である輸送物資やゴブリンの掃討も忘れないようにして下さい。」

「はい。綱は私一人で持って行きますので、輸送部隊に対する戦力は変わりません。なおみさんのお兄様に恥をかかせないように頑張ります。」


 街を出発して国境付近に到着し、2時間ぐらい輸送部隊へ攻撃した後、状況把握のためにアイシャ支隊の周辺を飛んでいた尚美がアイシャの所に来て話しかける。

「さて、この辺りのゴブリンや荷車はだいたい片づけました。アイシャさん、300メートルぐらい先に一匹でぼんやり歩いているオークがいますので釣り上げてみて下さい。」

「分かりました。練習の成果を見せてみせます。」

綱の先の輪を2本の紐で吊って三角形状に広げ、オークに向かって全員が降下して行く。輪の水平位置はオークの真上のアイシャが2本の紐を持った隊員に手信号で指示して、オークの真上に来るようにする。そして輪がオークの胴体の高さに来た時に大声で指示する。

「綱を引いて!」

15人の妖精が力を合わせて太い綱をしっかりと持ち急上昇する。綱の輪がオークの胴体を締め上げて、引き上げられていった。足をバタバタしているオークを150メートル位まで上昇したところでアイシャが指示する。

「綱担当、手を離して。」

そうすると、綱と一緒にオークが落下していった。アイシャはオークの顔が恐怖で歪んでいるのが見えた。大きな衝突音がしてオークが地上に激突した。ミウがアイシャに尋ねる。

「死んだ?」

「たぶん。」

尚美が言う。

「私が見てきます。近くに魔物が見えたら上から教えて下さい。」

「分かりました。」

尚美が落下したオークのところに降りて行って戻って来た。アイシャは尚美の移動を「やっぱり速いな。」と思いながら見ていた。

「はい大丈夫です。死んでいます。」

「有難うございます・・・・・」

アイシャ支隊の全員が静かに涙を流して喜んでいた。尚美は「ブラックさんもそうだったけど、お兄ちゃんが言ってた通り、オークへの恨みはかなり深そう。」と思いながら見ていた。その日は合計3匹の魔王軍のオークを落とした後、意気揚々と引き上げた。


 2日目は5匹のオークを落とすことができた。3日目もゴブリンや荷車への攻撃を済ませて、オークへの攻撃を開始した。3匹を落としたところで、もう大丈夫と思った尚美は、少し離れた場所でブラックとオークを倒すことにして、アイシャ支隊と分かれた。下にオークを見つけたアイシャが指示する。

「今度はあのオークを狙うわよ。」

「アイシャ、あのオーク、すごく大きいよ。部隊長クラスかもしれない。」

「ミウ、そんなに心配しなくても、距離を取っておけば大丈夫だよ。いざとなったら逃げればいいんだから。やってみようよ」

「そうだけど。参謀長に安全第一って言われたんでしょう。」

「でも、ここで倒しておけば王都の兵隊が安全になるから。」

「アイシャがそこまで言うなら、やってみようか。」

綱を降ろして、輪のところがオークの高さになったところで綱を引いた。しかし、綱は動かなかった。

「アイシャ、重くて上がらない。」

アイシャが号令をかける。

「みんな、手伝って!」

綱の周りにいた妖精も集まって綱を引き始めるが、それでもオークを引き上げることはできなかった。それどころかオークがロープを全力で手繰り寄せだした。アイシャがこのオークへの攻撃するのを断念しようと思ったとき、オークがロープを持つ手を緩めたため、ロープを引いていた妖精の態勢が崩れた。それを見たアイシャが命じる。

「綱から手を放して。あのオークはあきらめる。」

全員が綱や紐を手から離すと、アイシャが持っていた引き上げ用の紐が下の方でロープを引いていた妖精に絡まって、ロープといっしょに引き落とされていった。オークが言う。

「おっ、一人引っ掛かったな。」

引っ張られる妖精が叫ぶ。

「助けて!」

「アイリーン、待ってて!」

アイシャが妖精の所へ行って、なんとか紐をほどこうとするがほどけない。二人はどんどんオークに近づいて行った。

「私はいいから、アイシャ、逃げて。」

オークまで1メートルのところまで来た時に、アイシャがアイリーンから離れた。すぐにオークがアイリーンの胴体を掴んだ。

「お前らだな。俺たちを引き上げて落として殺しているのは。捕まえたこいつに仲間の恨みを晴らさせてもらう。」

他の妖精がオークの近くに来て矢を放とうとするが、アイリーンを振り回すため、矢を撃つことができなかった。そのとき、騒ぎを聞きつけたハートブラックがオークの後ろから迫って短剣を刺し、短剣の柄を蹴って離脱するが、あまり深く刺さらなかった。

「ちくしょう、ブルーとイエローがいれば。」

尚美はオークを迂回して前から近づく。

「ブラックさん、短剣の柄に飛び蹴りしてみて下さい。オークの近くで前転して足を前に持ってきくる感じです。」

「了解!」

ブラックがもう一度そのオークの後ろから接敵する。大きなオークは前から妖精が迫ってきているのを見て、首を攻撃するという情報を知っていたので左腕で首をガードして、アイリーンを掴んでいる右手で尚美をはたき落とそうとする。

「妖精を掴んでいなければ、もっと早く動けただろうに!」

尚美がその手をかいくぐって、右目をナイフで刺す。オークがたまらずアイリーンを投げ捨て右目を押さえる。それを見ていたアイシャはアイリーンを抱きとめて上昇する。ブラックがライダーキックのように短剣の柄を蹴ると、短剣が深く刺し込まれ、オークは倒れた。なおみとブラックも上昇した。

「プロデューサー、やりました!」

「はい、ブラックさん、さすがです。今度、足に短剣を仕込むようにしてみましょう。」

「それなら、一度で大きなオークを倒せますね。」

「ただ、短剣がオークから抜けないことを考えて、簡単に短剣を足から外せる工夫も必要ですね。帰ったら兄と相談してみます。」

「お願いします。」

上空ではアイリーンを抱えたアイシャや護衛のみなみの分隊が街に向けて出発していた。尚美がミウに尋ねる。

「アイシャ大尉は一人で街まで怪我をした隊員を運べますか?」

「はい、アイシャ、飛ぶ速度は変わりませんが、最近では一人で100キログラム以上のものを運べます。」

尚美は「それなら、後方での輸送任務が適切なのに。」と思いながら短く答える。

「それはすごいですね。」

「なおみさん、ブラックさん、アイリーンを助けて頂いて有難うございます。この恩は決して忘れません。」

「いえ、兄から、アイシャ大尉が無理をして危険な状況になるかも知れないから、それを止めるように依頼されていたのに、私が目を離したのがいけなかったということもありますから。でも、これでアイシャさんも懲りたのではないかと思います。」

「はい、私からももっと強く止めるようにします。」

「有難うございます。これからも無理せず任務を遂行して下さい。」

「分かりました。」

「それでは上空警戒はブラックさんと私が行いますので、ミウさんの指揮で対オーク作戦を続けます。」

「承知しました。」


 夕方、誠がアイシャが他の5人と泊っている部屋にやってきた。

「妹から、隊員の方に引き上げ用の紐が絡まって、オークに捕まってお怪我をされたと聞きましたが、大丈夫でしょうか。」

「大変申し訳ありません。私が参謀長の意見を聞かずに無理をしたばかりに。幸い、なおみさんとブラックさんに助けて頂いて、明日夏さんのヒールで明日には元気になるということです。テームの街の皆様のおかげです。」

「いえ、引き上げ用の紐を取り付ける位置が高過ぎました。皆さんが引っ張る位置より下にしておけば、こういうことは起きなかったでした。思慮が足りず、大変申し訳ありません。綱の方は明日までに改良しておきます。」

「そんなことはありません。参謀長のおかげで、絶対に無理と諦めていたオークに有効な攻撃ができました。この3日間で14匹のオークを倒すことができました。みんなも喜んでいます。ミウもそう思うよね。」

「はい、アイシャのいう通り、みんな感謝しています。今日は私たちに気づいて逃げているオークにも輪をかけることができました。それで油断してしまったのではないかと思います。改良した綱で無理せず頑張ります。」

「有難うございます。妹もオークの注意が上に行ってブラックさんとの作戦が容易になって助かると言っていました。」

「なおみさんにそう言ってもらえると嬉しいです。今回の作戦については報告書にまとめて提出します。改良点などありましたらご指導お願いします。」

「分かりました。」

「それとは別に、今回、本当に私たちの力でオークを倒すことができました。個人的なお約束を果すために、お時間を取っていただきたいのですが。」

誠は「そう言えば、もっと強いオークを倒す方法をいっしょに考えるって約束したな。」と思って答える。

「分かりました。いつ頃が良いですか?」

「早い方が良いです。」

「今日だとすると、まだ街の築城を計画する仕事が残っていますので、11時半過ぎになってしまいますが、それで大丈夫ですか?」

「はい、体を拭いてから伺えますので、その方がいいです。明日の出発は昼前ですので、夜が遅くなっても大丈夫ですが、参謀長は大丈夫です?」

「仕事の後、夜中に起きて遊ぶのは慣れていますので大丈夫です。」

ちなみに、誠が夜中に起きている理由は、深夜アニメを見るためか、作曲・編曲やプログラム制作のためである。

「参謀長は、こういうことに慣れていらっしゃるんですね。少し意外ですが安心しました。私は経験がありませんので、なるべくやさしくお願いしますね。」

誠は「いつも話が分かりにくいって言われるけど、命がかかっているから説明図を描いてやさしく説明するように頑張るか。」と思いながら冗談を言う。

「了解です。でも、やさしくして欲しいのは僕の方です。」

「ははははは。残念ながら私は参謀長にやさしくしませんよ。ですので、参謀長、覚悟しておいて下さい。」

「アイシャさんにはその方が似合っていますね。はい、覚悟しておきます。」

「有難うございます。それでは11時半にお部屋に伺います。」


 誠が出て行ったあと、ミウがアイシャに話しかける。

「アイシャが、あんな積極的だとは思わなかった。」

「うーん、できれば参謀長にロルリナ王国の再建にも協力してもらいたくて。」

「政略的な関係?」

「王族や貴族の娘は政略結婚が当たり前だけど、参謀長とはそういう感じではないかな。」

「そうね。なんか仲が良さそうだった。」

「そうだと思う。でも、今は魔王軍との戦いで参謀長のお仕事にはたくさんの命がかかっているから、それに刺し障りがないようにしないと。」

「そういう心配ができるぐらいなら、大丈夫か。」

「全然大丈夫。参謀長が遊び人というのがちょっと信じられないけど。」

「あれは、単に夜遅くまで起きているのに慣れているって言っていたんだと思うよ。物知りだし、遊ぶと言っても、本を読むとかじゃないかな。」

「なるほど。そうかも。」


 誠は司令部がある役場の2階に部屋をもらい、ピザムとの戦いが始まった後は、緊急時に備えて毎日そこで寝泊りをしていた。午後11時半の少し前になり、アイシャがその誠の部屋の扉をノックした。返事がなかったので、ドアを開けるとドアは抵抗なく開いた。部屋の中を覗いたが中には誰もいなかった。

「参謀長、お仕事が終わるのが遅れているのかな。お部屋で待たせてもらおうか。」

アイシャは部屋に入り、扉を閉めランプをつけた。今までのいろいろな思い出が湧き上がって来た。

「そう言えば、あのときのオーク、めんどうだから服を脱いどけと言ってたな。参謀長はみんなを助ける仕事でお忙しい方だから、早くお休みになって欲しいし、私の服を脱がす時間は無駄だろうから服は脱いでおこうか。今はそういう関係なんだし。」

アイシャは服を脱ぎ、ハンガーにかけた。下着を脱ぐかどうか迷ったが、「うじうじしても仕方がないし、スパっといこう。」と思って下着を脱いだ。掛け布団を開けてから、ベッドの上に横になり、掛け布団をかけた。心臓が高鳴る中、誠のことを思い出したり、誠の反応を想像したり、何を話すか考えた。

「参謀長、来たら驚くかな。でも、最初に何て言おう?『参謀長、お待ちしていました。どうぞ、お布団にお入りください。』うーん、こんな時ぐらい敬語を使わなくてもいいかな。『何だ遅いぞ、とっとと服を脱いで、ここに入れ。』それともやっぱり女らしい方がいいかな。「あの、参謀長・・・・有難うございます。お布団に入って。』とか。」

なかなか誠がやってこないので、アイシャは「もう、参謀長、早く来てよ。」とつぶやいた。


 アイシャが裸でベッドに横になってから5分ぐらいして、ドアをノックする音が聞こえた。「来た!」と思いながら、頭から掛け布団をかぶった。すぐにドアが開く音がした。アイシャの心臓は生まれてから今までで最高に高鳴っていた。しかし、ドアの方から聞こえたのは女性の声だった。

「誠、いっしょに寝よう。」

アイシャは「えっ、誰?」と驚いた。ミサは布団の中の人の身長が誠と同じぐらいだったので、誠と勘違いしたままだった。

「誠、寝ているのか。司令部の仕事で疲れているから仕方がないかな。まあいいや。お休みなさい。」

布団に入ろうと布団の中に手を入れると、布団の中の人の体に手が触れて中の人が服を着ていないのが分かった。

「あれ、誠、裸なの?体を拭いて、そのまま寝ちゃったのか。ということは下着も着ていないのかな?下着も着ていないみたい。それじゃあ、私も全部脱ごうかな。」

ミサは服を全部脱いで机においた。そして、ベットに横になって、

「誠、おやすみなさい。」

と言って布団の中の人に抱きついた。そのとき、その人から甲高い声で、

「ヒャ」

という声が漏れた。さすがのミサも誠の声じゃないと思って、上体を起こして尋ねる。

「あなたは誰。誠の部屋で何をしているの?」

アイシャも上体を起こして説明する。

「あの、怪しいものではありません。」

「誠のベッドで裸で寝ていて怪しくないと言われても。」

「あの、ロルリナ王国から来た妖精部隊のアイシャと言います。参謀長に部屋で待っているように言われたので、待っていました。」

「アイシャ!?尚から話を聞いたことがあるけど。でも、誠が裸で待っていろって?」

「裸で待てとは言われていません。でも、参謀長、北部地域の作戦を考える大切な仕事をしているお忙しい方ですから、私が服を脱いでおいた方が、参謀長にお手間をとらすことなく、お礼ができると思ったからです。」

「服を脱ぐっお礼って、どういうお礼?」

「それは状況から言わなくても分かると思いますが。」

「分からない。」

「参謀長といっしょに寝るためです。」

「誠と添い寝するつもりだったの。」

「そういうことになります。」

「誠とは、私が添い寝をするから間に合っているわよ。」

「聖騎士様と参謀長との関係を知らなかったことは謝罪しますが、参謀長が今日、私と寝るというのは参謀長のご意向ですから。」

「そんな・・・・。でも誠の希望じゃ仕方がないか。それじゃあ、どう、今日は3人で寝ようよ。それでいい?」

「はい?」

「でもやっぱり、添い寝をするのに裸と言うのが分からないな。そうか。もしかするとロルリナ王国では添い寝するときに裸になるの?」

「プラト王国では男女が添い寝をするときに裸にならないんですか?」

「ならない。」

「今、聖騎士様も裸ですけれど。」

「今日は誠が裸で寝てしまったと思ったから、真似してみただけ。誠とは週に2~3回、添い寝をしているけど、裸になったのは今日が初めてだから。」

「添い寝しているとき、夜中は何をしているんですか。」

「寝ているだけだけど。」

「本当ですか?」

「誠の隣にいると、私、安心できるからすぐに寝付いちゃうし。」

「お子ちゃま?」

「はあ。やっぱり、あなた、魔王軍のスパイなのね。」

「ちっ、違います。私がここにいるのは、先週、参謀長に私たちがオークを倒すことができる方法を考えてくれれば、喜んでこの身を捧げますと言ってお願いしたんです。それで、参謀長が方法を考えてくれて、その通りに訓練して実践したら、一人の隊員が怪我をしましたが、14匹のオークを倒すことができました。怪我した隊員もすでにヒールで完治しています。参謀長にその成果とお願いしたときの約束を果しますとお話ししたら、11時半に部屋に来るように言われました。ですから、私はその約束、参謀長に私の身を捧げる約束を果たしに来ただけです。」

「話が長くて何を言っているか、良く分からない。」

「やっぱり、お子ちゃま?」

「はあ。」

誠はアイシャがなかなか来ないので、もしかするとと思って、上の自分の部屋に向かった。自分の部屋の前まで来ると、部屋からミサとアイシャの話し声が聞こえたので、扉をノックした。しかし、二人は話していてノックに気が付かなかったようなので、ドアを開いた。誠は目の前の光景に驚いて声が漏れた。

「えっ!」

「誠!」「参謀長!」

ランプの明かりで全裸の二人が自分のベッドの上で話している様子が見えたので、誠は急いで後ろに下がってドアを締めた。

「誠に裸を見られた。」

「私は構いませんが。」

「私も構わないけど。」

「でも、聖剣士様、参謀長が変な誤解をするといけないので、とりあえず服を着ましょう。」

「分かった。そうする。」

アイシャが扉に向かって話しかける。

「参謀長、服を着ますので、少しお待ちください。」

「分かりました。」

誠が待っていると、少しして扉が開いた。誠が話しかける。

「お二人のことは、何も気にしていませんし、誰にも話しませんので安心して下さい。」

「誠、違う。」

「美香さん、ここは水星でないので大丈夫です。」

「水星って?」

「えーと、何でもありません。」

「それではアイシャさん、約束の件を片づけようと思いますので、僕の下の部屋に行きましょう。」

「えっ、下の部屋って・・・。あの、隣の作戦室に音が漏れませんか。」

「スパイはいないと思いますので大丈夫です。」

「はい?」

「約束の件ですよね?」

「はい。」

「もっと強いオークを倒すための方法を考えました。具体的な手順をいっしょに相談しましょう。そういう約束でしたよね。」

「あっ、そっちですか。はい、約束しました。」

「それでは、下に来ていただけますか?」

「分かりました。」

「誠、ちょっと信用できないからいっしょに行っていい?」

誠は「美香さんがアイシャさんのことを心配するのも、深夜だから当たり前のことか。」と思いながら答える。

「有難うございます。それでは美香さんもいっしょに来てください。」

「有難う。」

下に降りていく途中、アイシャが誠に尋ねる。

「参謀長の名前は誠と言うんですか?」

「はい、岩田誠と言います。」

「私も、誠君って呼んでいいですか?」

「はい、僕は軍人ではありませんのでそれで構いません。」

「誠君、有難う。」

ミサが釘を挿す。

「でも、誠、アイシャさんにあまり馴れ馴れしくしちゃだめだよ。」

「はい、それは分かっています。」


 部屋につくと、テーブルの対面にアイシャ、隣にミサが座った。誠はアイシャにオークを倒す方法について説明を始める。

「重い鉄製の槍を使って攻撃します。」

「鉄製の槍?」

「はい、アイシャさんの運搬力を考えて40キログラムぐらいの槍を使います。そんなに重いと普通は投げられないので使えないのですが、アイシャさんの場合、急降下すれば時速240キロメートルぐらい出ますから、手を離すだけで投げる必要はありません。ですから、運べれば重くても大丈夫です。」

「でも誠君、鉄で作った重い槍って、たくさんは作れないんじゃないかな。」

「はい、その通りです。ですから、槍の後ろの部分にフックを作り、投げ終わったら上空から紐をかけて引き上げて回収するようにします。」

「なるほど。」

「この戦術では急降下で槍を放してから上昇するまでが問題になります。アイシャさんの体重は何キロですか?」

「誠君、何でそんなことを聞くの?」

「どのぐらいの回転半径で上昇に転じることができるか計算するためです。遠心力は速度の二乗に比例して、回転半径に反比例するので、その公式を使って計算します。」

「遠心力?二乗?反比例?何を言っているか分からない。誠君、もっと優しく言ってよ。」

「この文鎮を持って回してみて下さい。」

「こう?」

「はい。そうすると、その文鎮が外に行くように感じないですか?」

「うん、すごく感じる。おーすごいすごい。」

「外に行くように感じる力が遠心力で、回転速度の二乗、えーと、回転速度に回転速度をかけたものに比例して、回す半径に反比例します。ですから、速度を2倍にすればその力は4倍に、半径を2倍にすれば力は半分になります。」

「うーん、やっぱり分からない。でも、体重は50キロぐらいかな。」

「・・・・・・。あの、アイシャさん、安全に関わることですから正直にお願いします。それでは、安全を見て70キロとします。」

「そんなには重くはないよ。誠君がいじめる。」

「いじめてはいません。」

その時、誠の隣に座っていたミサが誠にもたれかかった。

「聖剣士様、寝ちゃったね。」

「はい、そうみたいです。それでどのぐらい重いものを持って飛ぶことができますか?」

「40キロぐらいかな。」

「普通の隊員の2倍以上とは聞いています。あの、命にかかわることですので真面目に答えて下さい。」

「ごめんなさい。最近、また力がついて120キロぐらいかな・・・・・。速くはならないんだけど、力だけついて。」

「アイシャさん、魔王軍との戦いにおいて、重いものが運べることは貴重な能力です。」

「本当に!有難う。」

「僕も空が飛べたら、街の周りの様子が良く分かって助かるんですが。」

「それじゃあ誠君を空に引き上げてあげるね。体重は何キロぐらい?」

「えーと、63キロぐらいでしょうか。」

「そのたるんだ体で。嘘つき。」

「アイシャさんがいじめる。」

「はい、私は誠君をいじめます。でも、100キロはなさそうだから楽に持ち上げて飛べると思うよ。」

「とりあえず、間違って地面に落ちると死んでしまいますので、遠慮しておきます。」

「誠君は、意気地なしだな。」

「はい、アイシャさんの言う通りです。話を戻します。体重が70キロ、体重の他の引き上げる力が120キロとすると、旋回加速度は1.5gは大丈夫そうですね。時速240キロメートルは秒速66.66メートルぐらいですから。回転半径は300メートルぐらい。45度で降下して45度で上昇するとすると、手を離したところから、300メートルに1からルート2分の1を引いた値をかけて、・・・・およそ88メートルぐらい降下することになります。ですので、高さ200メートルぐらいで手を放して、急上昇すれば良いことになります。」

「言っていることが良く分からない。」

誠が図を見せながら説明する。

「これがオークで、これを狙って急降下します。高さ200メートルで鉄の槍から手を離します。それで、アイシャさんは急上昇します。そうすると、一番低いところでも100メートル以上の高度が取れます。」

「何となく分かるけど、最初は誠君が指導してね。」

「分かりました。それでは急いで槍の製作に入ります。それまでは、ミウさんが言っていたように、無理せず綱で攻撃してください。」

「うん、そうする。」

「それでは、もう遅いので休みましょうか。」

「はい、それじゃあ上の部屋に行きましょう。司令部の中ですから、聖剣士様をここに置いておいても大丈夫ですよね。」

「いえ、あの、大変申し訳ないのですが、いっしょに行きますので、アイシャさん、美香さんを家まで運んでもらえないでしょうか。僕が運ぶのは問題がありそうですので。」

「誠君、誰にでも優しいと嫌われるよ。」

「はい、覚悟しています。」

「仕方がないか。それじゃあ、聖剣士様を運んだあとはお願いね。」

「分かりました。」


 アイシャがミサを自宅まで運んで、ベッドの上に寝かせた。

「聖剣士様、寝ているともっとお人形さんみたいね。」

「そうですね。」

「それじゃあ、戻りましょうか。」

「はい、宿舎の溝口ギルドの建物までお送りします。」

「えっ。もしかして誠君って、私のことが嫌い?」

「はい?そんなことはありませんよ。アイシャさんは目的に一生懸命で応援したくなります。それに女王様に似て美人ですし。」

「そっ、そう。有難う。」

「ただ、一生懸命なあまり、慎重さに欠けるところがありますので、魔王軍を倒すまでは、そこを気を付けてもらえればと思います。」

「分かりました。そうですね。いろんなことは魔王軍を倒してからにします。」

誠がアイシャを宿舎まで送る。

「それではおやすみなさい。鉄の槍の製作は急ぎます。」

「送ってくれて有難う。誠君、またね。」

「はい、アイシャさん、また。」

誠が自分の部屋に戻り、寝ようとして自分のベッドを見た。「ここで美香さんとアイシャさんが裸で寝ていたのか。」と思うと寝付けそうもなかったので、誠は床の上に横になった。疲れのためか、間もなく寝付くことができた。


 翌朝、アイシャが目を覚ますと、ミウが話しかけてきた。

「どう、参謀長、優しかった?」

「ううん、全然、優しくなかった。でも技術的にはやっぱりすごい人だった。」

「そっ、そうなの。テクニシャン?でも、アイシャ、大丈夫そう?」

「心配はしないで。技術だけじゃなくて、私の話を良く聞いてくれる素敵な人だったから、一緒にいてすごく楽しかったし。」

「そうなの。よく話を聞いてくれる優しくない人という意味が良く分からないけど、今日のアイシャ、今まで見たことがないぐらい明るい表情をしているし、大丈夫かな。」

「うん、誠君と出会って、未来に向けて前向きに考えることができるようになった。」

「誠君って?」

「参謀長、岩田誠って言うの。それで誠君。」

「へーー。」

「でも、昨晩は聖騎士様に邪魔されちゃったから、誠君と会う機会を見つけるのに注意が必要かな。」

「邪魔されたって、結局、昨晩は何していたの?」

「誠君の難しい話を聞いていた。」

「優しくないって、難しいということか。それで聖騎士様と参謀長の関係って?」

「あの様子だと聖騎士様が首ったけみたい。でも、誠君には聖騎士様への恋愛感情はなさそう。もちろん私にもだけど。」

「そうなんだ。うーん、でもあの聖騎士様が相手だと、さすがのアイシャでも簡単じゃないわよね。」

「まあね。でも、誠君とそういうことは魔王軍を倒してからって約束したから、今は誠君が考えてくれたもっと強いオークを倒す方法を理解しなくちゃ。」

「それが難しい話の内容?」

「そうだよ。」

「なるほど、昨晩のことが何となく分かった。でも、アイシャ、頑張ってね。私は、たぶん隊員の全員も応援するから。」

「有難う。頑張る。」


 数日後の夜、 王宮に急報が入った。

「王女様、偵察部隊の報告を分析すると、10の部隊に別れて北部地域を制圧していたゾロモンの軍がその作戦を中止して集結中です。そして、王都を囲んでいた4将軍のうち2将軍も北部に向けて移動を開始しました。」

「北部。目標はテームの街ですか?」

「はい、司令部では、3将軍3万匹の軍勢でテームの街を攻撃すると推測しています。」

「この数日、王都への攻撃がなかったのは、その準備のためだったんですね。」

「はい。補給が半減して攻撃が弱まっていましたが、王都の周りに残った2将軍も陣地を構築中ということで、テームの街を落とすまでは王都への攻撃を控え、守りに入るのではないかという分析結果です。」

「テームの街を守ることは?」

「ゾロモンだけでもかなり難しいと思っていましたが、さすがに3将軍となると。」

「そうですか。」

マリがそう答えた後、「湘南参謀長、テームの街を頼みましたよ。」と祈りをささげた。

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