第4話 ピザム部隊、総攻撃
話はアキがテームの村にやってくる1週間前、相模川があふれて洪水に見舞われそうなテームの街の深夜に戻る。その上空では目をつむって止まっていた亜美に、ハートレッドが正面から、ハードブルー、ハートイエロー、ハートグリーンが後ろから放った合計4本の矢と、下からはハートブラックが剣を構えて、迫ってきていた。そして、ハードレッドの矢が亜美にまさに当たろうとした瞬間、大きな爆発音が聞こえたかと思うと一陣の風が吹き、亜美の後ろから放たれた3本の矢が方向を変えて亜美の下のハートブラックの方に向かっていた。矢が向かっていることに気が付いたハートブラックは、
「くっ。」
と言いながら、2本の矢をかわし1本の矢を剣に当てて、矢が自分に当たるのを何とか回避した。風が止むと亜美のすぐ隣に尚美がいた。尚美が亜美に尋ねる。
「亜美先輩、大丈夫ですか?」
亜美は自分の体を確認しながら答える。
「あっ、リーダー。・・・・大丈夫です。」
ハートレッドが『ハートリングス』のメンバーの方を順番に見ながら尋ねる。
「何があったの?今、私たちが放った矢は?」
ハートブラックが答える。
「その小さいのが、レッドが放った矢を掴みとって、その矢でブルーたちが放った3本の矢を叩き落として僕の方に飛ばしてきた。だから、今そいつが掴んでいるのがレッドの矢で、あとの3本は下に落ちた。」
「ブラック、あの小さな妖精が私が放った矢を手で掴んだの?」
「そう。それも、そっちの妖精に当たる10センチぐらい前で。何者か分からないけど、うかつに攻撃しないほうがいい。」
その時、由香も亜美の方に飛んできた。
「亜美、大丈夫か。何があった?・・・・おっ、『ハートリングス』じゃん。久しぶり。」
「この方たち、由香さんのお知り合いですか?」
「おう。北の街のダンスイベントに参加したときに出ていた。5人からなる妖精のユニットで『ハートリングス』と言う名前だ。ダンスのレベルはかなり高かった。」
「それが由香、『ハートリングス』の5人が私に向けて矢を撃ってきたの。それで逃げながら魔法の棒で合図して、もうダメだというところで、リーダーに助けられたところなんだけど。」
「亜美、何をやったんだ?」
「亜美先輩、もしかして、『ハートリングス』のメンバーの弟さんに、あの何と言うか、破廉恥なことをしたんですか?」
「そうか、亜美。そうなら正直に言って謝らないとだめだぞ。」
「そんなことしていないよ。私、そんなに信用ないの?」
「まあ、亜美は可愛い男の子に目がないからな。」
「それはそうだけど、私、犯罪行為はしたことがないよ。」
「でも亜美先輩、普通の姉なら、自分の弟に犯罪ギリギリの行為をされても、すごく怒ると思います。」
「亜美、それはリーダーの言う通りだ。それにしても、何でリーダーは亜美の性癖まで知っているんだ。」
「それは、亜美先輩が見るからにそういう感じだからです。」
「なるほど、リーダーの人を見る目は確かだからな。亜美、普段の行いが外見ににじみ出てきているみたいだぞ。気をつけろよ。」
「えーー、そうなの?」
レッドが話に割り込む。
「さっきから何を話しているの。」
「亜美が狙われた理由だ。亜美が『ハートリングス』さんたちの弟にちょっかいを出したので、怒っているんじゃないかと思ったんだ。」
「そんなことは関係ない。私たちは魔王軍についた。人間についているお前たちは敵だ。」
「レッド、気は確かか?魔王軍って人間を皆殺しにしているやつらだぞ。味方の魔王軍だって平気で殺す奴らだ。」
尚美が尋ねる。
「もしかすると、皆さんは大切な人を人質を取られているんじゃないですか?」
「あなたは誰?」
「申し遅れました。私は人間を皆殺しにしている魔王軍と戦うために、日本と言う国から来た妖精の星野なおみと言います。」
「日本?聞いたことがない国ね。」
「はい、ここからずうっと離れた島国です。」
「確かにメンバー全員、家族が人質に取られているというのはあるけど、由香、これは私たちの意志でもあるの。」
「自分の意志って、レッド、何でだ。」
「人間では魔王軍に勝てない。それだけよ。北の街で人間は、軍人も冒険者も一般の人もみんな魔王軍に殺されたわ。あなたたちも、人間を見限って、魔王軍につくべきよ。」
「俺は無理だ。豊が人間だからな。レッド、俺と戦って勝てるつもりか?」
「亜美を最初に倒して、由香には5人でかかるつもりだったけど、そっちはもう一人増えたようね。」
「ああ、俺たちは3人になって『トリプレット』だ。それで、この小さいのがおれたちのリーダー。俺よりつえーし頭も回る。」
「そうね、矢を掴むなんて芸当、見たことがないものね。」
「亜美、リーダーは矢を掴んだのか?」
「私には全然見えなかったけど、矢を1本掴んでそれで3本の矢を叩き落としたって、下の妖精がそう言っていた。」
「さすがは俺たちのリーダー。お前たちも考え直した方がいいぞ。」
「あの、『ハートリングス』の皆さん、人質を救出するならば私たちもお手伝いします。」
「おう、リーダーの言う通りだ。おれも手伝うぜ。だから、レッド、お前たちも魔王軍につくのは止めて、魔王軍と戦おう。」
「それは無理よ。普通の妖精じゃオークには敵わない。オークを倒せる妖精なんて、この国ではアキ様だけ。」
「レッドさん、アキと言うのは『ユナイテッドアローズ』というユニットに所属していたりするのですか。」
「その通り。女王様直属のユニットよ。でも、アキ様一人じゃどうしようもない。」
「先ほど黒い服の方の動きを見ましたが、もう少し訓練すれば、普通のオークなら倒せるようになると思います。」
「僕がオークを倒せるって?僕だってできれば倒したいけど、それは無理だよ。」
「大丈夫です。私が保証します。」
「おう、リーダーが言うなら絶対間違いないぜ。」
「・・・・・・・・。」
ハートブルーがハートレッドに尋ねる。
「どうするレッド、5対3で戦うか?」
ハートグリーンが答える。
「ブルー、やめておいた方がいいよ。今日は帰ろうよ。」
「グリーン、甘い。無事に帰してくれるかどうか分からないぞ。」
「あっ、いえ、撤退するというならば追いません。帰ったらもっと自分たちの将来を良く考えて下さい。」
「そうね。今日は分からないことが多すぎるから、無理に戦わない方がいいわね。」
「しかし、ピザムには何て言う。」
「テームの街の妖精が3人出てきたと言うしかないわ。後は私が何とかする。」
「レッド、お酒でピザムの機嫌を取るのか?」
「そうなるわね。」
由香が忠告する。
「でもさあ、レッド、そのうちそれじゃあ済まなくなるぞ。」
「由香、私だってそんなことは分かっている。もう覚悟はできている。みんなが生き延びるためなら我慢する。」
「俺なら、そんなことを我慢するぐらいだったら、人間の方につくけどね。」
「有名にしてやるからと言って、体を求めてくる人間だっているじゃない。」
「俺にはそんなことはなかったぞ。」
「私もないけど。」
「私もありません。」
「北の街はそういう所なのか?」
イエローが答える。
「いや、そういうことを言われるのはレッドだけじゃないか。可愛いだけじゃなくて、何と言うか色気があるから。」
「なるほど。それはイエローの言う通りかもしれないな。」
「イエロー、何を言っているの。」
「レッドごめん。レッドの色気は見た目だけ。中は普通だよ。」
「分かっているならいい。」
「でも、この中でリアルに一番色気があるのは彼氏持ちの由香になるのか。世の中難しい。」
「まあ、そうかもな。その話はともかく、ブルー、イエロー、グリーン、ブラック、お前らも少しはレッドの本当の気持ちを考えてやれよ。」
ブルーが答える。
「分かったよ。」
「ブルー、私は大丈夫だから。とりあえず引き上げるわよ。」
ハートリングスが引き上げて行った。後ろから尚美が声を掛ける
「あの人間に味方する件、良く考えてみて下さい。私たちは協力を惜しみませんから。」
由香がリーダーに話しかける。
「リーダーは思ったより優しいんだな。」
「ピザムの飛竜部隊だけなら3人で対応できますが、ゾロモンの本隊と戦うとすると、飛竜が200匹近くいるかもしれません。それを考えると、3人では戦力不足は否めません。」
「飛竜が200匹もいるの。そんなの勝てるわけないじゃない。」
「亜美、弱気になってどうする。」
「由香先輩の言う通り、速度差を利用して後ろから攻撃すれば、200匹いても殲滅すること自体は可能だと思います。しかし、飛竜を殲滅するまでに、だいぶ時間を取られてしまいますから、その間に地上が攻撃されて、かなりの被害が予想されます。」
「リーダーは飛竜が200匹いても負けるつもりはないようだな。」
「はい、空中戦で負けることは考えていません。」
「でも、もしかすると敵に『ハートリングス』もいるかもしれないんだよ。」
「はい、それも問題なんです。とりあえずピザムとの戦いで、『ハートリングス』が敵になった場合は、私が『ハートリングス』に対応しますので、由香先輩と亜美先輩で飛竜部隊の対応をお願いします。飛竜は多くても30匹ぐらいだとは思います。」
「30匹も。」
「亜美先輩、作戦はまた考えましょう。」
「リーダーはあくまでも『ハートリングス』を説得するつもりなんだな。」
「もちろんそのつもりです。今日はもう偵察に来ないと思いますが、また分かれて警戒を続けましょう。亜美先輩、UOは私のものを使って下さい。」
「分かりました。でも、これすごく明るくてびっくりしました。」
「そうですか。何かあったらまた使ってください。絶対に駆けつけますから。」
「はい、分かりました。それでは、また。」
「はい、また。」
「じゃあな。」
3人は分かれて警戒についた。
朝になり、尚美が誠のところに、由香と亜美が悟のところに戻ってきた。
「尚、お疲れ様。一度UOが焚かれたようだけど大丈夫だった?」
「北の街の妖精が来たけれど、大きな問題はなかった。」
「その時、衝撃波みたいな音が聞こえたけど、音速を越えたの?」
「音速近くまではいったと思うけど、空気抵抗が大きくなって無理だった。」
「遷音速域では空気の流れが部分的に音速を越えて、造波抵抗が増えるからね。」
「お兄ちゃんの方は大丈夫?」
「うん、川の水位が下がり始めてきている。もう洪水の心配をする必要はないと思う。あと、街の防壁を作る試験ができて良かった。」
「そうか。そうだね。」
悟のところに行った亜美が悟に話しかける。
「団長、北の街の妖精が、いきなり私に矢を撃ってきたんです。」
「本当に。大丈夫だった?」
「リーダーが飛んでる矢を掴み取ってくれたから大丈夫だったけど、本当に死ぬかと思いました。」
「尚ちゃんが飛んでる矢を掴み取ったの?そうか、それはいいとして、何でいきなり矢を撃ってきたのかな。もしかして、亜美ちゃんが、北の街の妖精さんの弟さんに・・・」
「私は何もしていません。みんな酷い。そんな目で私を見ているんですね。」
「亜美、普段の行いだよ。それで団長、『ハートリングス』のやつら、人間じゃ魔王軍に敵わないから魔王軍側に付くと言っていた。」
「北の街の人たちが皆殺しになるのを見たからかもしれないね。」
「人質も取られているみたいだけど。」
「そうだろうね。」
「その場はリーダーが納めてくれて、あいつら引き上げて行ったけど、もしかするとこの先、戦うことになるかもしれない。」
「僕も妖精同士の争いは見たくはないが。」
「リーダーはまだ説得することを諦めていないみたいですけど。」
「亜美、俺もさすがにあいつらを本当の矢で撃つのは気が進まない。ダンス大会にいっしょに出た仲だし。」
「分かった。後で尚ちゃんと相談して対応を考える。」
「お願いします。」
少しして市長がやって来て、悟と誠に話しかける。
「平田団長、本当に有難うございました。おかげさまで、水位が元々の堤防の高さを越えましたが、洪水を防ぐことができました。」
「市長、これはほとんど、誠君のおかげです。」
「平田団長の盾で、土嚢を積むのが間に合っていないところから水があふれるのを防ぐことができて、なんとかなりました。」
「本当にお二人の活躍のおかげです。」
「次は魔王軍対策ですが、市長さん、この土嚢を使った壁を街の周りに張り巡らして、魔王軍に対する城壁代わりに使おうと思うのですが、ご許可頂けますでしょうか。」
「誠君、なるほど。これならゴブリンが放つ矢を通さないね。」
「そうですね。この街には柵はあっても城壁はありません。川の水に耐えられる壁ですから、矢や槍は防げますね。それでは、魔王軍に対するこの街の防衛にあたって、平田団長を司令官、岩田君を参謀長に任命したいと思います。街の防衛に関して全権を委譲しますので、二人で協力して魔王軍を撃退してもらえますでしょうか。」
「司令官という柄ではありませんが、はい、この街を守るために全力を尽くす覚悟です。」
「僕も守りたい人がたくさんいますので、全力を尽くします。」
「そうですね。一番に守りたいのは、鈴木さんのお嬢さんですね。ははははは。若い人はいいなー。ははははは。」
「もちろん、美香さんもお守りしますが、僕と妹の使命はプラト王国を守ることです。」
「そうでしたね。そのためにわざわざ外国からいらっしゃったんですね。」
「はい。それで、平田司令官、」
「誠君、団長でいい。」
「それでは、平田団長、街の防壁の建設計画に関して説明します。魔王軍が攻めてくるまであまり時間がありません。急いで構築する必要がありますので、市長さんもお時間があればお聴きください。」
「もう防壁の計画を作ってあるの?すごいな。」
「本当ですね。」
「まだ概略ですが、今日中に詳細を詰めます。これがその図です。」
「防壁を星形にするの?」
「はい、まずそれから説明します。」
誠が悟と市長に対して防壁や防衛計画を図を使って説明をする。
「防壁の形は7頂点の星形とします。星のくぼんでいる部分は少し外に平たく出ている形になります。正7角形の頂点のところが尖っている形と言えば良いでしょうか。」
「岩田さん、その形の意味は?」
「例えば、防壁が四角形の場合、自分の防壁に取りついた敵を攻撃するためには身を乗り出さないといけないですが、この形ならば、右側の防壁に取りついた敵は左側の防壁と中央の防壁から攻撃できます。」
「なるほど、中央の防壁は左右の防壁から攻撃できることになりますね。」
「その通りです。戦いに慣れていない人が多いですので、弓矢の攻撃で少しでも敵の数を減らそうと思います。」
「分かりました。それでは、誠君、平田団長、防壁の設置をお願いします。」
市長はテームの街に非常事態宣言と市民総動員令を発し、悟と誠を中心にして、ピザムの部隊の迎撃態勢に入った。
「それじゃあ、誠君、まずは防壁の構築から始めようか。」
「はい。柵の部材の制作から始めます。」
まず力のある男が集められ、森の木の切り出し、杭や丸太への加工が行われた。誠は、その間に杭を打つ位置に印をつけていった。そして、印をつけた位置へ杭を垂直に打ち込み、垂直の杭が倒れないようにつっかえ棒にするために杭を斜めに打ち込んで、紐で両者を固定した。杭が立つと、横方向に杭を丸太で繋いだ。それが終わると、普通の男性や力のある女性による袋に土を詰めて積み上げる作業が続いた。魔王軍が住民を皆殺しにすることを聞いていたので、街の全員が必死で働いた。
その後も悟と誠が街の防衛の準備に関して話し合った。
「金物工場の人数が限られているから、どの武器を優先して生産するか決めないと。」
「とりあえず剣の製造は時間と手間がかかりますのでやめましょう。まず、矢じりと槍先の生産を優先させます。槍先はオークに対抗するためにも必要です。ゴブリンに対して戦闘員でない女性が自分の身を守るためには、街の近くに竹林がありましたので、竹槍を使おうと思っています。」
「竹槍?」
「はい。竹を斜に切って尖らせて槍代わりにします。これならば2~3日で街の人数分用意できると思います。」
「なるほど。分かった。訓練も必要だね。」
「はい、弓や槍は男性にお願いすることになりますが、防壁を突破され避難することが難しいときのために、12歳以上の子供を含めて全市民に訓練することが必要だと思います。少数のゴブリンならば、竹槍を持った子供でも互角以上に戦えると思います。」
「分かった。その指揮は『デスデーモンズ』にやってもらおう。」
「あと、あまり力のない女性と子供には矢の製造と小石や枯草を集める作業をお願いしようと思います。」
「マー君、それは私がやるよ。私はあまり戦闘は得意じゃないから。」
「はい、明日夏さん、お願いします。」
明日夏は力のない女性や子供を集めるために街に向かった。誠が悟に尋ねる。
「団長、防壁の西側の外に小屋があるのをご存じですか。」
「ああ、知っている。」
「初めは誰もいないのかと思いましたが、昨日の夜、電気が、いえ、灯りが点いていました。誰か住んでいるんですか。」
「まあ、そうだね。」
「街の人は避難の呼びかけはしなかったのですか。」
「誰もしなかったんだろうね。」
「住んでいるのは魔物か何かなんですか?」
「行ったことはないけど、人間だと思う。」
「分かりました。何か難しい事情がありそうですから、僕が避難を呼びかけてきます。」
久美と剣の練習をしていたミサが止める。
「誠、あそこはだめ。」
「美香さん、何でですか?」
「・・・・・・。」
「誠君、あそこは売春宿だ。3人ほどの女性が住んでいると思う。」
「なるほど、そういうことですね。分かりました。美香さん、心配は不要です。単に避難するように伝えてくるだけです。」
「でも。」
「しかし、誠君、彼女たち素直に来るかな。」
「今は商売ができないでしょうから、給料を支払うから、こちらの作業を手伝ってと言えば大丈夫だと思います。矢の制作などの仕事ならばできると思います。」
「それはいいアイディアだね。教会なら彼女たちでも泊めてくれると思う。僕はそっちの手配をしておくよ。」
「有難うございます。」
「そうだ、誠君、もしかするとお腹を空かせているかもしれないから、食べ物を持って行くと話がスムーズに進むと思う。」
「そうですね。お腹がすいていると機嫌が悪くなりますよね。はい、食べ物を買ってから行きます。」
「誠、心配だから私も付いて行く。」
「有難うございます。男だけより女性がいっしょにいたほうが、向こうの人たちも安心すると思います。」
「それじゃあ、誠、行こうか。」
「はい。」
誠と美香は食べ物と飲み物を買ってから、防壁の外にある小屋に向かった。
「買い物、楽しかった。誠、本当はこのまま景色がいいところに行って、二人でいっしょに座ってお菓子を食べたい気分。」
「分かりました。魔王軍を撃退したら行きましょう。でも、1週間ぐらいでピザムの軍が攻めてきますので、今は全力でそちらに対応しないと。」
「残念。私も橘さんに鍛えてもらっているから頑張るね。」
「美香さんは魔王軍との戦いの切り札になると思っています。ただ、剣術は始めたばかりですので、ピザムとの戦いではミサさんは参加しなくても大丈夫なようにします。雰囲気を理解するようにして下さい。」
「うん、有難う。」
小屋に到着して、誠が扉をノックする。扉の小窓が開いて、家の中の人が話しかける。
「何、女連れで。お客じゃないなら帰って。」
「皆さんの命に係わる重要な話です。」
「魔王軍が攻めてくるという噂なら聞いているけど。」
「はい、街の周りに防壁を作っているのでお分かりと思いますが、もうすぐテームの街に魔王軍が攻めてきます。」
「あの、魔王軍は人間を皆殺しにするって本当?」
「北の街では運よく逃げられた人以外は、皆殺しになったみたいです。」
誠と話していた女性が部屋の中にいる女性と話をした。
「あのシナン姉さん、どうする?」
「ミミ、話だけは聞くですねー。」
「分かった。」
玄関のドアが開いた。
「話だけは聞くって。」
「有難うございます。」
誠とミサが部屋の中に入った。部屋の中には3人の女性がいた。ミミがシナン姉さんと呼んでいた3人の中で一番年上の女性がミサを見て話しかける。
「これはこれは鈴木家の御令嬢さんですねー。鈴木さんのお兄さんには、いつもお世話になっているですねー。」
誠がそれを無視して、その女性に話しかける。
「あの、ナンシーさん。」
「誰ですねー。何で私の本名を知っているですねー。」
「市長さんから魔王軍撃退のための参謀長を仰せつかっています。立場上、いろんな情報に詳しいです。」
「そうですかねー。まあ、いいですねー。」
「とりあえず、平田団長の勧めで食べ物を持ってきましたので召し上がってください。」
「私たちを処分するために毒とか入っていないですかねー?」
「仮にそうだとしても、そんな仕事を鈴木のお嬢さんにやらせると思いますか?」
「それもそうですねー。」
3人はためらいながら食べ始めたが、2~3日何も食べていないのか、ガツガツと食べ、食べ終わった。
「お菓子もあります。あと、ジュースですが、飲み物もどうぞ。」
「有難うですねー。」
飲み物を飲んだ後にナンシーが尋ねる。
「それで用件は、邪魔だからここから出ていけということですねー。一人1万シーベルと米2キロをもらえたら出ていくですねー。」
「どこか行く当てはあるのですか?」
「ないですねー。どうせ3人とも逃げ出した奴隷ですねー。行く当てなんて、もともとどこにもないですねー。」
「もし山に逃げても、魔王軍の目的は人間の殲滅ですから、戦いに余裕が出てくると人間狩りを始めると思います。」
「それじゃあ、どうすればいいんですねー?」
「街の中の教会に避難所を作りましたので、そちらに避難してください。」
「街の中に入れてくれるですねー?」
「はい、緊急時ですから。魔王軍を撃退した後のことはその時に考えましょう。」
「おかしいですねー。何で私たちに優しくしてくれるですねー。いつも優しい男は私を騙すために近づいてくるですねー。」
「ナンシーさんはやっぱり男性に騙され身売りして、この国に連れてこられたんですか。」
「余計なお世話ですねー。でも、そんなことまで分かるって、本当にこの街の参謀長なんですねー?」
「はい、そうなんです。」
「湘南さんと言うんですねー。」
「えーと、そう呼んでもらっても構いません。僕のあだ名です。」
「分かったですねー。それで湘南さん、何でそんなに優しくしてくれるんですかねー。」
誠が求人の紙を見せながら話す。
「魔王軍に勝つために労働力が必要なんです。もちろん、お給料も出します。」
「労働力ですねー?」
「矢や槍を作ったり、小石や枯草を集めたり、魔王軍に勝つために女性でもして欲しいことがたくさんあるんです。」
「そうですねー。」
3人が求人の案内を見る。
「美香さん、申し訳ありませんが、また美香さんをだしに使います。」
「ううん、いいよ。それで誠の仕事がうまくいくなら。」
「まあ、そうですねー。私たちを騙すために鈴木家のお嬢さんは使わないですねー。」
ナンシーが二人の方を見て尋ねる。
「どうする?」
ミミが誠に尋ねる。
「食べ物はもらえるの?」
「求人票に書いてある通り、2食は保証します。それとは別に非常時ですので時給として50シーベルを出します。」
「すごい。普通の仕事の3倍以上。そうすると、10万シーベルまでは何時間ぐらいかかりますか?」
「2000時間位ですが。」
「2000時間働けば自分が買い戻せる。」
「そうなんですね。はい、是非頑張ってください。」
「今のミミには10万シーベルの価値はないですねー。」
「シナン姉さん酷いです。でも、それはそうか。あの、湘南さん、働きたいです。」
リンダも答える。
「私も、是非。」
「有難うございます。ナンシーさんは?」
「二人が行くなら行くですねー。」
「有難うございます。話がまとまって良かったでした。」
ミサがナンシーに尋ねる。
「でも、あの、ナンシー、うちの兄がここによく来るんですか?」
「うちのミミがご贔屓にしてもらっているですねー。」
誠がその話を止める。
「美香さん、その話は魔王軍を撃退してからにしましょう。」
「ミミはとってもいい子ですねー。ミミ、隣の部屋で湘南さんの相手をしてあげるですねー。」
「シナン姉さん、分かった。湘南さん隣の部屋へどうぞ。」
ミサが尋ねる。
「何をするの?」
「いっしょに寝るだけです。」
「それなら結構です。週に3回ぐらい私が隣で寝ていますから。」
「そうだと思ったですねー。ミミ、湘南さんにお得意さんになってもらうのはちょっと無理だと思うですねー。」
「参謀長さん、お金をたくさん持っていそうと思ったけど、さすがに鈴木のお嬢さんが彼女じゃ敵わないか。」
「か、彼女・・・。」
「でも、参謀長さん、気が向いたら遊びに来てね。100シーベルでいいから。テクニックならお嬢さんにも負けないよ。」
ミサが尋ねる。
「テッ、テクニックって?」
「男性を満足させるテクニックですねー。お金をくれたら私が教えてあげるですねー。」
「分かった。1万シーベルでいい?」
「商談成立ですねー。」
誠が話を止める。
「あの皆さん、それでは荷物をまとめて出発しましょう。」
「分かったですねー。10分で終わるですねー。」
ナンシーたちが荷物を鞄に詰め始める。誠が荷物を詰めているナンシーに尋ねる。
「ナンシーさん。もしかすると、ナンシーさんは楯とか魔法とかを使うことができそうに思えるのですが。」
ミミが答える。
「シナン姉さんは魔法の盾が使えるよ。変な客はそれで追っ払ってもらっている。」
「やっぱり、そうなんですね。」
「でも、それほど大したものではないですねー。酔っ払いを撃退できるぐらいですねー。」
「お願いなのですが、美香さんを守る楯をやってみてはくれませんか。」
「お嬢さんのですねー?」
「はい。戦闘中は時給が10倍になります。」
ミサが止めようとする。
「誠、何勝手に。」
「申し訳ありません。でも、総力戦になると橘さんにも盾が必要で、平田団長が橘さんを守るとすると、美香さんを守る専用の楯の方がどうしても必要ですから。」
「私のために。でも信用できる?」
「はい、絶対に信用できると思います。」
「そう。誠がそう言うならいいけど。ナンシーはどうする?」
「戦闘中は時給10倍ですねー。やるですねー。」
「有難うございます。ナンシーさんの楯の技術に関しては、平田団長に面倒見てもらおうと思います。」
「分かったですねー。」
ナンシーがミミとリンダに尋ねる。
「みんな準備はできたですねー?」
「準備OK。1年間ここにいたけど、街の中は初めてだから楽しみ。」「大丈夫。」
「それでは行くですねー。」
誠とミサが3人を教会に案内した。門番や街の人たちはナンシーたちをチラッとは見たが、ミサが付いているためか、それとも緊急事態のためか、それ以上のことは起きなかった。教会で寝るところを決めた後、ミミとリンダは作業場の係員に案内されて、矢を製造する作業場へ出かけて行った。誠とミサはナンシーを連れて悟のところに向かった。
「平田団長、うまく行きました。こちらがナンシーさんで、魔法の盾が使えるというので見て頂けますか。できれば美香さんの盾をやってもらおうと思っています。」
「なるほど。ナンシーさん、魔法の盾が使えるの?」
「そうですねー。でも平田団長、見たことない顔ですねー。うちには一度も来たことがないですねー。」
「はい、申し訳ないですが。」
「隣の奥さんが怖いんですねー。」
「あー、僕も久美も独身だよ。えーと、橘久美という名前で仲間の剣士かな。その隣が神田明日夏で、誠君の勧めでヒーラーを始めたところ。」
「こんにちは、ナンシー。魔法の盾、戦力になると助かる。」
「こんにちは、ナンシーちゃん。」
「団員さんなんですねー。団長さんは、イケメンだから奥さんが二人いると思ったですねー。」
「僕はまだ独身。」
「それじゃあ、魔王軍との戦争が終わったら遊びに来るといいですねー。」
「そうね。悟、それがいいんじゃない。」
この久美の発言に対して、明日夏と久美が言い争いをする。
「橘さん、そんなことを言ってはだめです。」
「明日夏、何でよ。悟ももう30なんだから、いろいろ経験しておいた方がいいに決まっているじゃん。悪い女に騙されるわよ。」
「悪い男に騙されるのは、橘さんです。」
「もう騙されないわよ。経験が少ないと何も分からないでしょう。」
「分かっていないのは橘さんの方です。」
「そんなこと、明日夏には言われたくないわ。」
「そんなことはありません。私の方がよっぽど分かっています。」
誠が止める。
「その話はまたにして、ナンシーさんの盾の力を見てみましょう。」
「そうだね。誠君のいう通りだよ。ナンシーさん盾を見せてみてくれる。」
「分かったですねー。」
ナンシーが正面を見て呪文を唱える。
「ATシールド展開ですねー!」
すると、ナンシーの体の前に8角形の光の板が現れた。誠は「なんかATフィールドみたいだ。」と思いながら見ていた。悟が明日夏に指示する。
「明日夏、剣を当てみて。」
「了解。・・・・やー。あれ。」
ATシールドに当たった明日夏の剣が弾き返された。
「明日夏ちゃん、有難う。次は久美、やってみて。」
「分かった。」
久美が剣で切りつけるとやはり剣が弾き返された。次に久美が剣で思いっきり突いてみると、剣はシールドを突き抜けた。
「悟、ナンシーさんの楯、かなりの強度があるわよ。今の突きは鉄の盾だって突き抜けるから。」
「そんな感じだった。少なくとも矢は防げそうだ。」
「矢なら全然大丈夫。相手が部隊長でもない限り、剣や槍も大丈夫だと思う。」
「それなら、ミサちゃんが部隊長級の相手だけに集中できるので、ミサちゃんとナンシーちゃん、コンビを組むと良いと思う。」
「ヒラっちもそう言うなら、安心です。」
「あとナンシーさん、練習に関しても時給を出すので、練習していない時は、栄養のあるものを食べて休養してね。食事の方は手配しておく。ナンシーさんが体調を整えれば、楯はまだ強くなると思う。」
「やったですねー。これで10倍の時給がもらえるですねー。」
「それじゃあ、二人で息を合わせて戦う練習をしよう。」
「分かりました。」「分かったですねー。」
誠が悟に挨拶をする。
「それでは、平田団長、ナンシーさんをお願いします。僕は魔王軍との戦闘のための武器の制作に戻ります。」
「誠君、今度は何を作るの?」
「対オーク用の大型ホーガンと、対ゴブリン用の10連射可能なホーガンと、小石用のかご型の投石器です。」
「ホーガン?」
「弓を棒で固定して、矢をその棒にそわせてセットするものです。弓の弦はひっかける場所を作って、それを外すことで弓が発射されるようにします。」
「対オーク用の大型ホーガンというのは、どのぐらいの大きさなの?」
「縦横が3メートルぐらいで、槍ぐらいの大きさの矢を飛ばす予定です。弦は数人で引っ張らないといけないぐらい強くします。」
「オークを遠隔から倒せると戦闘が楽になるね。」
「はい、戦いの素人が多いですので、できるだけ遠距離攻撃で魔王軍を倒すようにするつもりです。」
「その通りだと思う。それじゃあ、誠君、よく分からないけどホーガンの製造をお願い。」
「分かりました。」
誠は街の木工所の方に向かった。
『トリプレット』の戦闘訓練も始まっていた。
「前にも言いました通り『ハートリングス』の対応は私がします。由香先輩と亜美先輩は飛竜部隊への攻撃をお願いします。」
「了解。」「分かりました。」
「それで、飛竜を攻撃するのは由香先輩の役割で、亜美先輩は自衛のために弓を持っては行きますが、攻撃をする必要はありません。」
「了解。」「分かりました。」
「亜美先輩の役割は、常時後方を確認して、何かが迫ってくるようなら、由香さんに教えてあげることと、由香先輩のために予備の矢を持っていることです。」
「了解。」「分かりました。」
「それで、亜美先輩は状況に合わせて由香先輩の右か左の3メートル斜め後方に、由香先輩から離れず飛ぶようにしてください。」
「分かりました。」
「それではまず、今説明した編隊飛行の練習から始めます。由香先輩、亜美先輩、二人の編隊を崩さずに私に付いてきてください。」
「了解。」
尚美が進発してその後を由香と亜美が追った。尚美は左右に動いたり、宙返りをしたりして、亜美が由香に付いていくことができるかチェックした。
「亜美先輩、由香先輩とは速度差がありますので、由香先輩にそのまま付いていくのではなくて、少し近道をする感じで飛んでみて下さい。由香先輩、亜美先輩に曲がる方向を敵に分かりにくい方法で伝えるようにしてください。あと、まっすぐ飛ぶときは多少速度を落としてください。」
「了解。」「分かりました。」
その日の終わりになると、由香と亜美の編隊飛行も様になってきた。3人での飛行訓練は翌日も続いた。
「今日は追われた時の訓練をします。私が追います。亜美先輩は由香先輩に私の位置を教えながら、由香先輩に付いていくようにして下さい。由香先輩は亜美先輩の情報を受け取り、逃げながらも遅い敵がいるようだったら攻撃することを考えて下さい。」
「結構面倒くさそうだな。」
「はい、本当はもう少し妖精がいると訓練の幅も広がるのですが、そう言っても仕方がありませんので、できる限りのことをしましょう。」
「そうだな。それじゃあ、亜美、行くぞ。」
「分かった。」
由香が亜美から情報をもらいながら飛行して、由香と亜美の編隊行動をより円滑にする訓練が続いた。
訓練の他に尚美と由香には周辺の偵察の任務も与えられていた。誠が尚美と由香に注意事項を説明する。
「由香さん、尚、絶対に無理はしなくていいです。高いところから、10キロメートル圏内の魔王軍の大まかな動きが分かれば十分です。」
「おう、兄ちゃん、大丈夫だ。飛竜相手なら余裕だ。『ハートリングス』が出てきても、上がってくる間に振り切れるぜ。」
「お兄ちゃん、由香先輩の言っている通りだから、心配はしなくて大丈夫。」
「その通りだと思います。それでは二人とも気を付けて。」
「リーダー、由香、行ってらっしゃい。」
尚美と由香は魔王軍の拠点となっている地元のオークの村の上空を中心に、待ち伏せされないように日ごとに出発時間を変えて、偵察を行った。拠点のオークの数が日に日に増えているのが見て取れた。
「オークがだんだん増えているな。やたらでかいのもいる。」
「そうですね。ゾロモン将軍の一部隊が来るとすると、オークは最終的には100匹ぐらい集まると思います。」
「ゴブリンはその10倍ぐらいいるんだよな。」
「はい。ゴブリンもこの拠点を中心に集まってきているようです。休養を取ってあと数日で攻めてくると思います。」
「勝てるのか?」
「今回は何とかなると思います。」
「だいぶ楽そうに言うな。リーダーがそう言うならそうなのかもしれないが。」
「はい、兄の話では、今回の戦闘は街の人たちが戦闘に慣れる練習台ということです。ゾロモン将軍を倒すことはかなり厄介になりそうですが。」
「まあ、数がこの部隊の10倍だからな。」
「だから今回は落ち着いて、こちらに犠牲を出さないように戦うことが必要です。」
「そうだな。」
「由香先輩と亜美先輩には飛竜部隊への迎撃をお願いしますが、速度差を利用して、無理のない攻撃対象を選択して下さい。地上攻撃に集中してゆっくり飛んでいる飛竜から倒していって下さい。由香先輩が攻撃対象を適切に選択できれば楽勝のはずです。」
「リーダー、分かっているぜ。」
「それにしても、ゆっくり飛んでいても、『ハートリングス』の皆さんは上がってこないようですね。」
「リーダは『ハートリングス』が上がってくるために、わざとゆっくり飛んでいたのか。」
「もちろんです。話し合って味方になってもらうことが必要だと思います。でも、この状況では魔王軍が攻めてきたときに、戦闘しながら話し合うことになりそうです。」
「リーダー、難儀だな。」
「魔王軍に勝つためです。」
『ハートリングス』のメンバーも地上で相談していた。
「レッド、『トリプレット』のやつら、今日も偵察に来ているぞ。」
「イエロー、高度が高いから、今から上がってもどうせ間に合わない。」
「それよりどうする。テームの街の攻撃まであと3日だぞ。」
「ブルー、何か良いアイディアはない?」
「一応、ブラックが森に隠れて、ブラック以外がおとりになって、あの小さいのをブラックがいるところに誘導して、ブラックが後ろから不意を突くのがいいと思っている。」
「それはいい作戦ね。ブラックはどう思う。」
「・・・・・・・。」
「ブラック、どう思う。難しい?」
「うまく誘導できれば可能かもしれないけど・・・・。」
「だけど?」
「その作戦は、あの小さい妖精、なおみ、なら見破ってしまう気がする。」
「それを言い出したら、何をやっても見破られるかもしれないし。」
「それと、僕ならオークを倒せると言っていたのが気になって。」
「オークを倒したいの?」
「村でオークに友達が殺されたから。」
性格が暗いブラックに村の友達がいると分かって全員が驚いていた。
「・・・・ブラック、あの村に若い妖精はブラックしかいなかったはずだけど。」
「そうだよ。人間の友達。」
「そっ、そうなの。へー。まさか男性じゃないわよね。」
「男性だよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「たった一人の人間の友達。40歳ぐらいの男性。頭をなでてくれたり、肩をもんだりしてくれた。」
ブラック以外の全員が「それは単なるロリコンオヤジでは」と思ったが黙っていた。
「魔王軍が攻めてきたとき、友達と二人で部屋の中にいたんだけど、オークが入ってきて、剣で切りつけたけど、歯が立たなくて。友達は僕を守ろうとして、オークに壁に投げつけられて殺されてしまった。友達に逃げろと言われて僕は窓から逃げられたんだけど。」
ブラック以外の全員が「ブラックはそんな男と二人でいたのか。でもその男、ロリコンの矜持は示したのね。」と思いながらも黙っていた。
「結局は家族が人質に取られて、僕も捕まってしまって。もし、オークが殺せるなら、家族を助けて、友達の仇を討てるかもしれない。」
「ブラック、確かに、なおみならオークの1匹や2匹は倒せそうな気もするけど、ピザムの部隊には100匹以上いるのよ。ゾロモンの軍にはその10倍、魔王軍全体だとまたその10倍以上。勝つのは無理よ。」
「レッドの言うことも分かる。」
「ブルー、有難う。テームの街を征服したら、ピザムは将軍に昇格だって。」
「王国第4師団のユウイチ師団長が魔王軍の将軍二人を倒したそうだからな。魔王軍も新たに将軍を選ばなくてはいけなくなったんだろうな。」
「将軍になったら私と結婚式を挙げるって。」
「レッド、ピザムと結婚するのか?」
「将軍のお嫁さんよ。欲しいものは何でも手に入るわ。」
「でも・・・。」
「最大の障害は剣士の橘。この王国で2番目に強い剣士。それさえ倒せれば、後は何とでもなるって言ってた。」
「でも、レッド。今はピザムがレッドを気に入っているから大丈夫だけど、飽きられたら全員おしまいなんだよ。」
「グリーンはいつも弱気ね。大丈夫、飽きられないようにする。ふふふふ、あれでも私には優しいから。」
「レッドは結婚したいのか?」
レッドがうっすらと笑った。
「ブルー、この状況では最良の選択だと思うよ。」
「・・・レッドがそう言うなら仕方がないけど。」
それから3日が経った。昼前に尚美と由香が毎日行っている偵察に出発した。
「魔王軍の集結が終わったみてーだな。」
「武器を準備して集めています。今晩か明日の晩には攻めてくるという感じです。」
「そうだな。いよいよか。」
「はい。兵力に関しては予想通りだと思います。」
「そんじゃ、急いで戻って兄ちゃんに報告だな。」
「はい、戻りましょう。」
二人が街の上空に到着すると亜美が待っていた。
「亜美、今晩か明日の晩には戦闘開始だ。」
「リーダー、由香、お帰りなさい。良かった。」
「亜美先輩、どうしたんですか?」
「街の上空を5人の妖精が飛んでいて、私しかいなかったので、どうしようかと思っていました。」
空を見上げると綺麗な編隊飛行でテームの街を周回している5人の妖精が見えた。
「亜美先輩、あれは王都から来た正規軍のようですので、心配する必要はありません。」
「そうだな。着ている服がプラト王国正規軍の服だ。」
「あれが正規軍の制服なんですね。亜美先輩、旋回しても編隊が崩れず、後方監視も怠らず、さすが正規軍の妖精部隊という感じです。」
「良かった。『ハートリングス』が上空から偵察に来たのかと思った。」
「たぶん大本営が北部地域の状況を調べるために偵察させているのだと思います。」
「味方なら、お茶でも誘うか?」
「命令を受けてきていますので、攻撃して来ることもないでしょうが、お茶に誘っても応じないと思います。」
「まあな。軍隊はお堅いところだからな。とりあえず、兄ちゃんのところに急ごう。」
「了解です。」
尚美と由香が誠と悟に魔王軍の状況を報告した。
「由香さん、尚、有難う。」
「由香ちゃん、尚ちゃん、有難う。誠君、どう思う?」
「夜ならともかく、今の時間に準備しているということは、たぶんこの後休息を取って、この深夜に攻めてくる可能性が一番高いと思います。」
「うん、そうだろうね。」
「街の要塞化は途中ですが、防壁はできていますから、こちらも今日の築城作業は中止して、休息に入りましょう。」
「それがいいね。本当はオークが手伝ってくれるとはかどるんだけどね。」
「オークが人間の仕事を手伝ったりしてくれたことがあったんですか。」
「地主が食料と交換で、地元のオークに荒地の開墾を手伝ってもらうことはあるみたいだよ。そのオークが変なことをしないように我々が呼ばれていた。我々は見ているだけの楽な仕事だったけど、オークは人間の10倍以上の働きをしていた。」
「そうですか。そういうことなら、地元のオークは攻撃しないで、築城に協力してもらうようにしたいですが、見分けられるでしょうか?」
「話してみないと難しいかもしれないから、できるだけということだろうね。」
「分かりました。そうしましょう。」
「お兄ちゃん、こっちも話し合いができるようならやってみる。」
「いずれにしても、ピザムの部隊をだいたい倒してからでないと難しいから、あまり無理はしないようにね。」
「分かっている。」
テームの街は築城作業を止めて、戦闘員は3分の1ずつ交代で防壁の守りについた。
夜になると、森の境界までオークがやって来て街の偵察に来ていた。教会の高いところから指揮を取っていた誠が悟に話しかける。
「オークが森の出口でこちらの様子を伺っています。」
「それが見えるの?」
「はい、これで見えます。大変申し訳ありませんが、これはここでは二度と手に入らないものですので、できるだけ大切に扱って下さい。」
「了解。」
誠が悟に赤外線映像装置を渡す。悟が驚く。
「暗い中でオークがすごくよく見える。これは魔法か何か?」
「熱を目で見えるようにする装置です。オークでも体温は周囲の温度より高いので見ることができます。」
「なるほど。確かに貴重な物みたいだね。この様子だと、この深夜には攻めてきそうだ。」
「そうだと思います。あと何時間かで攻めてきそうです。」
午前0時を過ぎたころ、ピザムが直属の部下たちに命令を伝えていた。
「たかが小さな街一つ、作戦は特に不要だろう。包囲して殲滅だ。一人も逃がすなよ。」
「部下のオークの報告では、敵は塀を築いていて、逃げないで戦うつもりのようです。」
「塀など強行突破あるのみだ。多少はこちらにも犠牲がでるだろうが、気にすることはない。最初に塀を突破したものと橘を倒したものは、俺が将軍になったとき1000の部下を率いる隊長にしてやる。がんばれよ。」
「それは有難き幸せです。そうでなくても、全員が北の街より戦いがいあると楽しみにしています。」
「それは頼もしいな。ところで、ここの地元のオーク達はどうしている。」
「それが、今日になったところで、急に怖がり始めています。」
「橘か?」
「はい。」
「そうか。奴らは大きな戦いは初めてだろうから、今回は伝令と運搬を任せるか。」
「戦闘は足手まといになりそうですから、それが良いかと思います。」
「お前たちも橘に手こずるようなら俺を呼べ。すぐに片付けてやる。」
「ピザム様、相手は所詮人間です。ゴブリンを投げつけて油断したところを倒して見せますよ。ピザム様のお手は煩わさせません。」
「そうか。頑張れよ。」
ピザムたちの部隊はノルデン王国での戦い、北の街での殲滅戦に連戦連勝で、全体に楽勝ムードが漂っていた。
夜中の午前3時少し前になると、相模川の方向以外の森からゴブリンやオークが多数現れ、街からの矢が届かない400メートルぐらい離れたところで街を包囲した。誠がスマフォのビデオ撮影を開始しながら悟に報告する。
「平田団長、魔王軍が現れました。ゴブリンが1000匹、オークが100匹というところでしょうか。」
「数は予想通りだね。」
「はい。合戦用意を発令してください。」
「了解。合戦用意を発令する。」
悟が伝令に街の全員に合戦用意を伝えるように指示した。同時に誠が伝令に依頼する。
「鈴木美香さんとナンシーさんには、戦場の様子に慣れるために、ここに上がって来るように伝えて下さい。」
「了解です。」
合戦準備やミサへの指示が久美やミサにも届いた。
「いよいよか。腕が鳴るわね。」
「久美先輩、誠からの指示なので、私は指令所に上がります。」
「そうね。人がたくさん死ぬかもしれないけど、目をそらさないでちゃんと見るのよ。」
「はい、分かりました。」
合戦用意の指示は防壁へも届き、冒険者や街の住人からなる戦闘員は予め定めてあった手順に従って行動した。防壁のすぐ内側に設置されたかがり火がすべて灯された。かがり火の台には、後方や下には光が行かないための金属板が取り付けてあった。その灯りで、防壁を守っている戦闘員にも街を囲んでいる多数のゴブリンやオークが見えるようになった。
「街の周りは魔物だらけだ。」
「完全に囲まれている。」
「見ているだけで、気持ちが悪くなってきた。」
「本当に勝てるのか?」
今まで戦ったことのない臨時の兵達は、その恐ろしさのため身震いをした。
「お前ら!俺たちに逃げるところはない。負けたら殺されるんだ。絶対に勝つんだ。」
「そうだよな。そうだ、合戦用意だから早くホーガンに矢を装填しないと。」
「その通りだ。」
ミサとナンシーが教会の塔の上に上がって来た。
「誠、どう?」「どうですかねー。」
「自分の目で見てみて下さい。」
「オークやゴブリンに完全に包囲されたですねー。」
「オークが102匹、ゴブリンが983匹いる。」
「弓矢を持ったゴブリンは何匹いますか?」
「ちょっと待って。・・・・・208匹いる。」
「有難うございます。弓兵の数も予想通りです。」
「湘南さん、大丈夫ですかねー。」
「包囲するのは人間を殲滅するための作戦でしょう。でも、こちらとしては敵が一か所に集中しないので有難いです。」
「そうですかねー。」
尚美が誠のところに飛んでやってきた。
「団長、美香先輩、ナンシーさん、こんばんは。お兄ちゃん、魔王軍がもうすぐ攻めてくるみたいだね。」
「隊列を整えている。まもなく攻めてくると思う。飛竜も来るはずだから、発見したら申し訳ないけど対処をお願い。眠さは大丈夫?」
「この状況だから、さすがに目が冴えているから心配はいらない。」
「良かった。平田団長、防壁の全員に敵の矢に備えて所定の遮蔽物の裏に隠れるように指示してください。」
平田団長の合図で、全員、矢に対する遮蔽物があるところに隠れ、魔王軍の矢の攻撃に備えた。各防壁に配置した観測員は、鏡を2枚組み合わせて作成したペリスコープを使って魔王軍の動きを監視していた。
「各フィールドは魔王軍が突撃破砕線を越えしだい、フィールドの指揮官の指示で射撃を開始するように、再度確認をお願いします。」
「分かった。」
星形要塞の凹んでいる部分に対して、北側から東周りに、AフィールドからGフィールドと名前が付けられていた。少しして、ミサが飛竜部隊を見つけ、誠に報告する。
「誠、北と南から飛竜が来ている。」
「えっ、見えないけど。・・・・・・あっ、見えた。」
「尚、北と南から飛んでくる飛竜部隊を確認した。」
「数は?」
「両方とも15匹ぐらい。かなり低空を飛んでいる。」
「妖精はいる?たぶん飛竜の上を飛んでいると思う。」
「北の飛竜の上空に妖精が5人いる。」
「分かった。有難う。それじゃあ行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
尚美が飛び立つと、近くの屋根にいた由香と亜美も飛び立った。
「リーダー!」
「北と南から、飛竜が15匹づつぐらいこちらに来ます。由香先輩と亜美先輩は南の方をお願いします。かなり低空を飛んでいますから、地上からの矢を受けない十分な高さから狙ってください。」
「『ハートリングス』は?」
「北の上空から来ています。」
「分かった。南の飛竜を片付けたらすぐに北に向かう。亜美、行くぞ。」
「はい。」
魔王軍の矢が一斉に放たれた。200本ぐらいの矢が防壁周辺の遮蔽物、土嚢、地面に突き刺さった。2度めの矢の一斉射撃があり、それと同時に大きな叫び声と共に700匹ぐらいのゴブリンと100匹ぐらいのオークが走って来た。
「突撃してきたね。」
「はい、Eフィールドの突撃が一番速いです。」
「誠、たくさんの声が怖い。」
「はい、僕も怖いです。流れ矢が飛んでくる可能性がありますので、平田団長とナンシーさんの間にいて下さい。」
「誠は?」
「ぼくも遮蔽物に隠れながら状況を見ています。」
「私も一緒にいる。矢が飛んで来たら叩き落としてあげる。」
ミサが剣を抜く。
「有難うございます。それではナンシーさん、美香さんの後ろを守ってあげて下さい。」
「分かったですねー。練習通りですねー。」
「有難うございます。Eフィールド、間もなく突撃破砕線を越えます。」
由香と亜美も飛竜部隊の後方上空の絶好の射撃位置についた。
「亜美、それじゃあ始めるぞ。」
「分かった。周辺監視は任せていて。」
由香がゆっくりと弓を引き矢を放つ。先頭の飛竜に乗っていたゴブリンが落ちていくのが分かった。」
「命中!」
「やった!」
「亜美は周辺監視。」
「そうだった。リーダーに怖い顔をされるところだった。こめん。」
「そうだな。それじゃあ、次行くぞ。」
矢を5本放ち、ゴブリンが3匹落ちたところで、飛竜部隊が反転上昇してきた。
「由香、飛竜がこっちに来る。」
「おう、これで飛竜部隊の地上への攻撃は止められるけど、混戦になる。亜美、これからが本番だからな。」
「分かっている。矢を5本受け取って。」
「サンキュー。後方へ回り込むぞ。」
「了解。」
ブラックが尚美を発見して伝える。
「レッド、小さいのが正面から飛竜部隊に突っ込んでくる。」
「えっ、迎撃用意。」
「もう間に合わない。飛竜部隊は諦めて自分たちの迎撃の用意をして。僕は所定の位置に移動する。」
「分かった。」
レッドたちが弓を構えようとした時、両手に短剣を持った尚美が飛竜部隊の中を通過した。すると、6匹の飛竜が首の血管をナイフで切断されて落ちて行った。
「ブルー、イエロー、グリーン、上昇するわよ。」
「了解。」
尚美は飛竜の群れを通過した後、右に旋回して飛竜の群れの左側から接近した。ゴブリンたちが尚美に矢を放ち尚美の突入を阻止しようとしたが、尚美は矢を難なくかわして突入した。尚美が通過すると、4匹の飛竜が落ちて行った。今度は左に旋回して、再度、飛竜の群れに前から突入しようとすると、残った飛竜は大きく暴れてゴブリンを振り落して逃げて行ってしまった。上を見て『ハートリングス』が地上を攻撃することはないと判断した尚美は、再戦力化されないように、飛竜を片付けることを優先した。
「逃がさない。」
飛竜は鳴き叫びながら逃げ回ったが、飛行速度が違いすぎるため、1分もかからず全ての飛竜が地面に落ちて行った。レッドの口から驚きの言葉が漏れる。
「飛竜がもう全滅。」
尚美が上昇しながら『ハートリングス』の方に向かって行った。レッドが指示する。
「みんな私から離れないでね。なおみをブラックの方に誘導する。」
地上では、最初にEフィールドのゴブリンが突撃破砕線を越えたため射撃が始まった。Eフィールドの指揮官から命令が発せられた。
「全10連ホーガン、一斉射撃!」
複数の10連ホーガンから多数の矢が放たれ、次々にゴブリンが倒れて行った。
「弓兵、よく狙えよ。撃て!オーク用ホーガン、射撃準備。危険度が高いオークに対して連携して攻撃するように。撃て!」
弓兵が矢を撃ち始めた。星型の凹んだ部分に入り込んだゴブリンやオークに正面と左右の3方向から弓矢が飛んで来て、次々と倒れて行った。オークが4匹ぐらい倒れたところで、ゴブリンとオークが突入をあきらめて、森の中や近くまで逃げて行った。街からの攻撃は、魔物が所定の距離からいなくなったところで停止した。他のフィールドでも同様の状況で、森の近くまで逃げることができたゴブリンや魔物は約3分の2ぐらいになっていた。
一方、由香と亜美は飛竜に囲まれないように注意し、外側から一撃離脱で飛竜に乗っているゴブリンを落としていった。
「由香、8時方向上方から飛竜が接近してくる。」
「それじゃあ、右旋回して3時方向の飛竜を攻撃する。」
「了解。」
由香が矢を放つと、矢が命中したゴブリンが地上に落ちて行った。
「8匹目!」
「由香すごい。」
「一度離れて、カモを見つけるぜ。」
「後方は大丈夫。」
由香は飛竜の群れから離れて、外側から攻撃をかけようとしていた。その時、西から飛竜の悲鳴のような鳴き声が聞こえてきて、飛んでいる飛竜が動揺し始めた。そして、断末魔のような声が何回も聞こえて来ると、飛竜はゴブリンを振り落して逃げ出した。
「何だ、亜美。飛竜が逃げていくぞ。」
「たぶん、リーダーが、飛竜も泣き叫んで逃げたくなるような攻撃をしているんじゃないかな。」
「なるほど、亜美の言う通りだな。それじゃあ俺たちも北に向かうぞ。」
「私たちが行ってもリーダーの邪魔になるだけじゃないかな。」
「リーダーが『ハートリングス』にやられることはないと思うが、俺たちがいた方が話しやすいだろう。」
「そうか。それじゃあ行こうか。」
地元のオークのグアンがピザムに戦況を伝える。
「ピザム様!」
「どうした。橘が出てきたか?」
「言いにくいんですが、残念ながら防壁の突破に失敗して一旦退却しました。」
「あんな小さい街に、部下どもは何をやっているんだ。」
「それが街の奴らが対オーク用の巨大な弓矢を用意していて。それで先頭のオークが倒れると、突撃部隊の士気が下がってしまったとのことです。」
「そうなのか。そんなものを用意しているようじゃ仕方がないな。それじゃあ、俺が行くことにするか。」
「それがピザム様、ピザム様のお出ましには及ばないと言っています。それで、包囲殲滅をすることはあきらめて、攻撃を防壁の一か所に集中して突破したいので、ピザム様のご許可が欲しいということです。」
「賢明な判断だ。さすが俺の部下だな。それじゃあ奴らに任せることにする。ところで、レッドは大丈夫か?」
「はい、敵の妖精を待ち伏せ攻撃する準備をしていました。」
「それは良かった。空中戦には俺も手は出せないからな。それでは、全員に勝利を待っていると伝えてくれ。」
「分かりました。」
ピザムは自分が将軍になるときまでに、部下を成長させる必要があると思い、手を出さないことにしたのである。
尚美が迫ってきているので、ハートブルーがハートレッドに急ぐように言う。
「レッド、急がないと追いつかれる。」
「ブルー、分かっている。降下しながらブラックのところに急ぐ。」
ハートレッドたちがハートブラックが隠れている所へ急ぐ。するとハートグリーンが遅れだした。ハートグリーンはレッドたちを呼び止めようとはせず、必死でレッドを追った。尚美がハートグリーンの方に向かう。森から見ていたハートブラックがつぶやく。
「定石通り、弱いものから倒すのか。しかし、ここで僕が助けに出るわけにも。」
ハートグリーンは尚美が近づいてくるのに気が付き、尚美に向けて矢を放つ。尚美は難なく避けて短剣を持ったまま突っ込んでくる。ハートグリーンは作戦を邪魔しないためにハートレッドを呼ばないつもりだったが、尚美が近くに来て恐怖のあまりハートレッドを呼ぶ。
「レッド、助けて!」
ハートレッドが振り返ると、ハートグリーンがかなり遅れていて、尚美が迫っているのが見えた。
「グリーン、今行く!逃げて!」
ハートグリーンが逃げようとしたが、尚美はすぐに追いつき、ハートグリーンの背中に座る。
「グリーンさん、こんにちは。」
「こっ、こんにちは。」
尚美が飛竜の血が付いた短剣をさやにしまう。
「すみません。こんな物騒なものはしまいます。話し合いに来ました。」
「あっ、有難うございます。」
ハートレッドたちがやって来て、ハートグリーンと尚美を囲んだ。
「グリーン!」
「レッド!」
「『ハートリングス』の皆さん、こんにちは。」
「どういうつもり。」
「それは分かっていると思います。ブラックさん、見ているんですよね。今から妖精でもオークを倒せることを見せますので、良く見ていてください。」
尚美たちの下では、オーク3匹が集合地点に向けて歩いていた。尚美が急降下すると、一番後ろを歩いていたオークに後ろから接近し短剣で頸動脈を切断した。そして、次のオークはアイスピックのように鋭い短剣で背中から心臓を刺した。先頭のオークは異変に気づいて後ろを振り向いたが、尚美は超低空で飛んでオークの股の間をくぐりながら、脚の付け根の大動脈を左右とも切断して上昇してきた。心臓を刺されたオークが最初に倒れ、残りの2匹も傷口を押さえたが出血多量ですぐに倒れた。
「ブラックさん見ましたか。」
ブラックが答える。
「見た。でも、僕の友達を殺したオークはもっと大きかった。」
「大丈夫です。二人でかかれば倒すことが可能です。この部隊を率いているオーク、ピザムだって、全員で協力すれば倒すことができます。」
「ピザムを・・・・・。」
ハートレッドたちが驚いて見ている中、由香と亜美がやってきた。
「リーダー、すごい!リーダーは3匹のオークを一瞬で倒せるんですね。」
「さすがの俺でも驚いた。」
「はい、ただ、この方法はオークに接近するので、体が小さくて俊敏に動ける方が合っていて、私の他はブラックさんが適任だと思うんです。」
ハートグリーンが口を開く。
「私はやっぱり人間に矢を放つのはいや。人間のほうにつきたい。」
「グリーンさんの矢でもゴブリンは倒せますよね。」
「はい、ゴブリンなら当たれば倒せます。」
「オークを倒すにも最初に周りのゴブリンを片付ける必要がありますから、人間の方についても、グリーンさんも十分に活躍できます。」
ハートレッドが話す。
「私もそっちと実力にだいぶ差があることは分かった。ブラック、どうする?ブラックが決めていい。」
「レッド、僕は友達の仇を討ちたい。」
「ブルー、イエローは?」
「そうだな。殺された街の人の仇を討つ方がいいかな。」
「よーし、こうなったらみんなの仇のピザムをやっつけてやろう!」
「みんなの考えは分かった。なおみさん、『ハートリングス』はなおみさんの指揮下に入らせて頂きます。」
「レッド、それが賢明だぜ。」
「由香に、賢明なんて言葉を使われたくないけど。」
「うるせーな。」
「レッドさん、私は指揮すると言うより、皆さんが活躍できるようにお手伝いをしたいと思います。」
「プロデューサーみたいなもの?」
「はい、そんな感じです。」
「それではプロデューサー、よろしくお願いします。今からどうしましょうか。」
「飛竜がいなくなりましたから、人質になっている方の救出に行きましょう。」
「分かりました。それじゃあ、みんな、人質を助けに行くよ。」
「了解。」
魔王軍が森に逃げた後、塔の上から周りを観測している誠にミサが話しかける。
「誠、森に入った魔王軍がCフィールドの方に集まってきているみたいよ。」
「美香さんは森の中も見えるのですか?」
「うん、時々見えるし、音と気配がする。」
「そうですか、有難うございます。森と畑の境界が防壁に一番近いCフィールドから集中して攻めてくることは想定していましたが、確証は持てなかったでした。」
「それが本当ならば、こっちもCフィールドに集中させる方がいいけど。」
「はい、その通りです。本当は妖精の方々に魔王軍の位置を偵察して欲しいところですが、いなくなってしまいましたので仕方がないです。」
「尚ちゃん、どこへ行ったんだろう?」
「少し前に『ハートリングス』の方々と話していましたので、たぶん人質の方々の救出に行ったのだと思います。」
「それじゃあ仕方がないか。」
「はい、仕方がないです。それに『ハートリングス』の方々が味方に付いてくれて、ホッとしました。」
「それは僕もそうだよ。女の子同士の殺し合いは見たくはないからね。」
「誠に危害を与えるなら、私は女の子でも許さない。」
「ミサ、違うですねー。湘南さんは女の子にいじめられると喜ぶですねー。」
「そうなの?」
誠は「さすがナンシーさん、そうかもしれない。」と思いながら話を変える。
「そんな話より、平田団長、相手の様子を知るために威力偵察をお願いできますか。」
「威力偵察?」
「少数の部隊が乗馬して防壁の外へ出て、火矢で森を攻撃して、その反応から敵の位置を探ります。ただ戦闘はできるだけ避けて、反撃があったらすぐに防壁の中に退避します。」
「分かった。それは僕と『デスデーモンズ』でやろう。」
「有難うございます。危険な戦闘は避けて下さい。」
「分かっている。それじゃあ行ってくる。」
悟が塔から降りて行った。ミサが誠に尋ねる。
「ヒラっち、大丈夫かな。」
「はい、橘さんを連れて行かなかったので大丈夫だと思います。」
「えっ、誠、久美先輩はすごい強いよ。いた方が安心じゃないの?」
「オークが見えたら、一人でも森の中に突撃して、収集がつかなくなってしまいそうで。」
「久美先輩だとそうなっちゃうか。」
「はい。」
久美が自分も連れていけと言って聞かなかったが、防壁を破られた時に久美は絶対に街に必要と言って、何とか納得してもらい、悟と『デスデーモンズ』のメンバーの計6人が、Aフィールドの出入り口から馬で街の外に出た。街の防壁に設置されたかがり火の光で周りの様子が光景が目に入った。
「平田団長、ゴブリンの死体がいっぱいっす。」
「あっちにはオークが3匹ぐらい死んでいるっす。」
「本当だ。槍は刺さっていないな。何で死んだんだろう。でも、今は威力偵察が優先。全員火矢の用意。」
「了解っす。」
森から200メートル位のところで、悟が指示する。
「全員、弓を引いて!」
「了解っす。」
「撃て!」
『デスデーモンズ』の5人が森に向けて火矢を放ったが、反応はなかった。次にGフィールド、Eフィールド、Dフィールドと移動しながら、それぞれのフィールドで同様に火矢を放ったが、反応はなかった。Cフィールドで火矢を放った時に森の中から声がして、悟たちに向けて矢が飛んできたので、悟の盾で防ぎながら一度退却した。最後にBフィールドで試したが反応がなかったため、防壁の中に戻って来た。
悟が塔の上に戻って来た。
「ミサちゃんの言う通り、Cフィールドに集まっているみたいだ。」
「でしょう。」
「美香さん、再度、移動してはいませんか?」
「大丈夫。何か作業はしているみたいだけど、移動はしていない。」
「有難うございます。それでは、Cフィールドの隣のB、Dフィールドの戦力はそのままにして、A、E、F、Gフィールドの戦力の4分の3をCフィールド守備隊の後方に移動します。あと、機を見て馬に乗れる冒険者は外に出して、後ろから敵を攻撃してもらいます。」
「分かった。至急手配する。」
悟が伝令に配置転換を伝える。
「久美もCフィールドに行ってもらう?」
「ピザムが少数の部隊を連れて他のフィールドから攻めてくる可能性がありますので、団長と一緒に中央にいてください。」
「了解。」
尚美たちは人質が捕らわれている場所の上空に到着し、救出の機会を探るために様子を見ていた。人質の見張りのために、オークが2匹、ゴブリンが10匹程度いた。女性と男性は別な場所に集められ、紐で木につながれていて逃げられないようになっていた。
「リーダー、何で見ているんだ?」
「今攻撃をすると、人質に被害が出るかもしれないからです。オークとゴブリンが一か所に集まってくれるといいのですが。」
「なるほど。」
少しして、見張りのゴブリンが人質の女性のところに行って、女性を凌辱するために服を剥いだ。ハートイエローが言う。
「あれは、俺の従姉の姉ちゃんだ。」
「そうですか。分かりました。少し危険ですが行きましょう。」
「いや、いつも俺を馬鹿にしていたから、少しぐらい痛い目にあった方がいい。」
尚美がアイスピックのように尖った短剣をブラックに渡す。
「そういうわけにもいかないでしょう。ブラックさん、これで大きなオークの背中から背骨とあばら骨を避けて心臓を狙ってください。もし肉が硬くて深く刺さらないようなら、ためらわず離脱して下さい。」
ハートレッドが尋ねる。
「プロデューサーはどうするの?」
「私は前から首を狙います。他の皆さんは弓矢でゴブリンを倒してください。」
「分かった。ブラック、できる?」
ブラックが体重を乗せて短剣で刺すイメージトレーニングをしながら答える。
「やってみる。」
「プロデューサー、作戦開始の号令をお願い。」
「はい、了解です。」
その時、小さい方のオークが女性を凌辱しようとしていたゴブリンを捕まえて木に投げつけて殺してしまった。尚美が指示する。
「もう少し様子を見ます。」
「了解。」
怒ったゴブリン3匹が小さな方のオークに向かって行ったが、拾った石を投げつけて殺してしまった。それ以外のゴブリンは大きなオークの後ろに逃げた。小さな方のオークがゴブリンの方に向かって行った。それを見た大きな方のオークが文句を言う。
「お前、ゴブリンだって戦力なんだから、勝手に殺すな。」
「俺は見境もなく人間を凌辱して殺すゴブリンが嫌いだ。昔からこの辺りにいたゴブリンは俺たちが片づけていた。」
「何だお前、人間の手先か。」
「そんなことはない。今の俺は魔王軍の一員だ。」
「それなら、どうせ人間は皆殺なんだぞ。」
「同じ殺すでも、殺し方があるだろう。」
「そうか。それじゃあ、あの女をお前の殺し方で殺してみろ。」
「・・・・・・・。」
「ほら、どうした。意気地なしめ。できないなら、俺が手本を見せてやるよ。」
尚美が指示を出す。
「見張りのオークとゴブリンが人質から離れています。作戦開始です。」
尚美とブラックが大きなオークの前と後ろに回り込みながら接近する。他の妖精は真っ直ぐゴブリンに接近して矢を放つ。矢がゴブリンに当たり、ゴブリンが倒れた。その上をブラックが通過する。尚美は小さい方のオークの横を通り過ぎる。小さな方のオークが異変に気づいたが、何が起きているか分からなかった。
「何だ。」
尚美は小さなオークを盾にして大きなオークに接近していたので、大きな方のオークは、突然現れた小さな妖精に驚いた。
「わっ。」
しかし時遅く、尚美がすれ違いざまに頸動脈を、ハートブラックが後ろから心臓を刺して、反転離脱した。ブラックが尚美と並行して飛びながら言う。
「プロデューサー、手ごたえがあった。」
その時、大きなオークが倒れた。
「そうですね。体は大きかったですが普通のオークだったようです。」
「それじゃあ、次は小さいやつ!」
「ブラックさん、ちょっと待って下さい。」
尚美がUターンした後、小さなオークの前に着陸して話しかける。
「あの、オークさん。」
「だっ、だっ、誰だ!?」
「星野なおみと言います。魔王軍と戦うために日本と言う国から来ました。」
上空で様子を見ていたハートレッドが由香に話しかける。
「プロデューサーは、オークとも話し合おうとするの?」
「まあな。イエローの従姉を助けようとしていたから、話せば味方にすることが可能だと思ったんだろうな。」
「そうなのね。」
小さな方のオークが答える。
「俺はガッシュだ。お前たちは、人質を助けに来たんだろう。連れて行っていいから、ここでの争いは止めよう。」
「そういうわけには行きません。ガッシュさんがこの先も魔王軍と一緒に戦うと言うならば、ここで死んでもらわないといけないです。」
「そんなことができるもんか。」
尚美が瞬間移動かというような動きで、ガッシュの後ろから組み付き、短剣を首に当てる。
「これで首の血管が切れることは見ましたよね。」
「わっ、分かった。俺はお前らの味方になる。仲間に街の戦況を聞いても、オークがかなり死んでいるって話だし。」
尚美がまたガッシュの前に戻る。
「何だ。速すぎて動きが見えない。」
「ガッシュさんは地元のオークなんですよね。」
「そうだ。だから魔王軍と違って、何もしていない人間を殺すのは気が進まない。俺の妻も人間だし。」
「その方は、村から奪ってきたんですよね。」
「それはそうだが、村で奴隷をするよりいいって、みんな言っている。」
「みんな?奪った女性を殺したりしなかったんですね。」
「ああ、みんな誰かの妻になっている。ピザムたちに殺されたゲグルル親分は3人ぐらい妻がいたが、俺たちは一人だ。」
「分かりました。それでは、地元のオークの方たちを呼んで、ここに集めて下さい。」
「信用してくれるんですか?」
「はい。でも、裏切ったときは覚悟してください。」
ガッシュは尚美の目を見て、背筋が凍った。
「・・・・・仲間を、呼んできます。」
尚美が上空の妖精たちに呼びかける。
「それでは、人質の皆さんの縄を解いてあげて下さい。それと、この近くに戦闘が終わるまで皆さんが隠れられる場所を知っていませんか。」
亜美が答える。
「この近くに洞穴があるのを知っています。」
「有難うございます。由香先輩と亜美先輩、そこに行って隠れることができそうか確認してきてもらえますか?」
「了解!」「了解!」
街の周りでは、戦いの準備が終わった魔王軍がCフィールの前に出てきた。防壁を越えるための丸太を持っているオークが10匹以上見えた。誠が攻撃開始を指示した。
「敵がかなり密集していますから、Bフィールド、Dフィールドの弓兵を使って、こちらから攻撃をしかけましょう。」
「そうだね。あれだけ密集していれば、遠くても矢が当たりやすい。」
「あと、Cフィールドの指揮官に攻撃開始の判断は任せると、改めて伝えて下さい。」
悟が弓矢の射撃開始を指示する。Bフィールド、Cフィールドから100本の矢が放たれて、多数のゴブリンに被害が出た。魔王軍はその場所に留まっても仕方がないため、弓兵を含め全員が一斉にCフィールドに突撃してきた。
Cフィールドの指揮官は魔王軍が突撃破砕線を越えると、一斉に攻撃を開始した。ゴブリンやオークが倒れて行ったが、それでも前進が続いていた。また、魔王軍の弓兵が防壁の近くから撃つ矢が守備兵に当たり、負傷する兵員も増えてきた。誠が指示を出す。
「自分の防壁でなく、互いに防壁を守り合うようにして、身を乗り出さないで矢を撃つようにして下さい。」
「誠君、Cフィールド、右防壁の先に丸太が3本かかった。」
「予備の弓兵をCフィールド中央防壁に回して下さい。右側防壁の第二次防衛線までの撤退の判断は現場指揮官に任せます。」
防壁の上に昇った魔物を槍兵で突き、壁の中に飛び降りてきた魔物を3人一組の剣士が倒した。Cフィールド中央防壁に予備の弓兵が到着し、丸太が架けられた付近への集中攻撃が功を奏し、丸太を上がってくるオークやゴブリンがいなくなったため、架けられた丸太を防壁の反対側に押し倒した。悟が誠に話しかける。
「突撃は止めたね。」
「はい。ただ、死体を盾にして正面からの矢の攻撃の有効性が低下してきています。」
「どうするの?」
「敵の後ろに枯草を縛ったものに火をつけて投石器で投射します。その後、騎兵を出して後ろから弓矢で撃つのと、投石で攻撃します。」
「分かった。指示する。」
ガッシュが伝令や荷物運びをしていた地元のオーク仲間を連れて戻ってきた。
「俺は、グアンだ。この辺りのオークの取りまとめをしている。」
「私は星野なおみです。単刀直入に言います。人間側の味方になりませんか?」
「本当に俺たちを迎い入れてくれるのか。」
「はい、魔王軍と戦うために、砦を作るための作業がたくさんあります。」
「そうか。・・・・・向こうの戦況も街側がかなり有利だ。しかし、ピザムには勝てそうだが、ゾロモンにも勝てるのか?」
「はい、直径が1メートル以上ある大木を一太刀で切り倒せる剣客もいます。」
「橘よりすごい剣客がいるのか。」
「はい。その通りです。」
その時、後ろから声がかかった。
「お前ら何をやっている。兵が必要だ。今からお前らも戦うんだ。」
尚美が尋ねる。
「どちら様ですか?」
「何だ、見ない妖精だな。俺はピザム様直属の部下ボルテだ。お前は役に立ちそうもないから引っ込んでいろ。ほらオークども人間を皆殺しに行くぞ。」
その時にブラックが叫ぶ。
「僕の友達を殺したのはお前だ!」
「何だ。ピザム様の所の妖精か。人間だから仕方がないだろう。お前、ピザム様が手を出すなというから優しくしているが、文句があるならかかってこい。思い知らしてやる。」
尚美がハートブラックに呼びかける。
「ブラックさん、ちょっとだけ待ってください。」
ブラックはそれを聞かずに、飛んで後ろに回って背中に短剣を刺した。しかし、短剣は少ししか刺さらなかった。尚美が叫ぶ。
「ブラックさん、離脱してください。」
ブラックはそれを無視して、もう一度短剣を刺す。
「僕だって!」
しかし、やはり短剣は深くは刺さらなかった。尚美が短剣を抜いてボルテの首に迫るが、ボルテは片手で首をガードし、片手を後ろに伸ばそうとする。尚美が一度ボルテから離れながら叫ぶ。
「ブラックさん、離脱してください。」
「くそっ!最後に!」
ブラックが短剣の柄を足で思いっきり蹴って、ブラックを掴もうとする手をかわして、ボルテから離脱した。蹴った勢いで、短剣が深く刺さり、ボルテが悲鳴を上げて倒れた。尚美がブラックに話しかける。
「なるほど。脚は手の5倍の力があると言いますから、柄を蹴って離脱するというのはいい考えですね。私も使わせてもらいます。」
「とっさに思いついた。プロデューサーなら間違いなく使えると思う。」
「でも、今回は良かったですが、これからは何も考えないで突撃するのは止めて下さい。」
「分かった。友達の仇を討てたから、こんなことはもうしない。プロデューサーの指示には絶対従う。」
「有難うございます。ブラックさんの友達って、素敵な方だったんでしょうね。」
「うん。」
ブラックはうなずいたが、『ハートリングス』の他のメンバーは首を横に振っていた。その時、由香と亜美が戻ってきて、洞穴が隠れる場所に使えることを報告した。尚美が中断していたグアンへの質問を再開する。
「それで、グアンさんどうします?」
「なおみ・・・様、なおみ様!ピザムは俺たちゲグルル親分の仇です。俺たちも魔王軍と戦わせて下さい。」
「それでは人質の皆さんを隠した後に、仇のピザムを倒しに行きましょう。」
「分かりました。」
(この小説の最初の部分に書かれている通り、ゲグルル親分を殺したのは尚美である。)
尚美がグアンにピザムについての話を聞きながら洞穴に到着した。そこで、尚美が次の行動を指示した。
「グアンさん、『ハートリングス』と『ユナイテッドアローズ』でピザムを倒しに行きます。ガッシュは他のオークの皆さんと、ここを守っていて下さい。」
尚美は作戦を伝えながら、ピザムの元に向かった。
グアンがピザムのところに走ってやってきた。
「ピザム様、大変です。」
「何だグアン、どうした?いよいよ橘が出てきたんだな。それじゃあ俺が行くか。」
「いえ、そうではなくて、ブルー、イエロー、グリーン、ブラックが裏切って、飛竜部隊が全滅しました。それでレッドさんが敵の妖精に追われています。」
「何だと。レッドをとりあえず下がらせろ。後は俺がやる。」
「やっと隊長のお出ましで。これで苦戦しているこの戦いも終わりになります。」
「しかし、部下どもの演習に手頃な街と思っていたが、橘はともかくこんな街一つ攻め込めないんじゃ、あいつら、まだまだだな。」
「へい。ピザム様が強すぎるだけです。」
「そうか。」
そのとき、ハートレッドが由香と亜美に追われピザムの方に逃げてきた。
「ピザム様!」
「おのれ!」
ピザムが小石を掴んで、由香と亜美の方に投げつけた。由香と亜美は左右に分かれながら上昇して小石をかわした。ハードレッドが地上に降りて、歩きながらピザムの方へ歩いた。
「ピザム様、有難うございます。申し訳ありません。ブルーたちが裏切りました。」
「聞いている。俺はお前が戻ってきてくれれば構わない。あとのやつらは八つ裂きだ。」
ピザムもハートレッドの方に向かおうとしたとき、急に横から出てきたハートグリーンが前からピザムに向かって小石を投げる。
「えーい。」
「何だ!?」
ハートグリーンが去って行く方を見ていたピザムの後ろからハートブラックが近づき、心臓の位置にアイスピックのような短剣を刺し、態勢を変えて短剣の柄を思い切り蹴って離脱する。しかし、短剣はそれほど深く刺さらなかった。
「やっぱり、ピザムだと通らないか。」
そのとき同時に、ピザムの後ろからブルーとイエローが協力して大きな石を運びながら全速力で迫ってきて、その石を短剣の柄にぶつける。その衝撃で短剣がピザムの背中の奥く深くまで刺し込まれ、短剣の先は心臓の左心室まで達した。ブルーとイエローはピザムの左と右の横を通り過ぎていった。
「やった。」「命中!」
最後に尚美がゆっくり飛んできて、心臓の傷が広がるように短剣の柄を動かす。
「この裏切り者どもめ!」
ピザムはそう叫びながら、手を後ろに回し尚美をつかもうとしたが、背中のため手が届かなかった。そのままピザムが崩れ落ちた。尚美が短剣を引き抜くと血があふれ出てきた。レッドが叫んだ。
「ピザム様、しっかり!」
「レッド、早く逃げろ。俺はもう・・・・。」
「ピザム様!」
少しして、ピザムは息絶えた。
「ピザム様!」
息絶えたピザムを見ながらハートブルーがハートレッドに尋ねた。
「レッド、本当はピザムが好きだったのか?」
「ピザムは北の街の人を皆殺しにしたし、別に好みでもないけど、私には良くしてくれたから最期の時ぐらいサービスしただけ。」
「そうか。ならいい。」
尚美が「レッドはアイドル向きだな。」と思いながら指示する。
「それでは『ハートリングス』の皆さんと由香先輩、亜美先輩、人質になっていた方をここに集めて下さい。その後、テームの街にお連れしましょう。」
「プロデューサー、了解。」「了解だぜ。」
「もし敵のオークが攻めてくるようなら呼んで下さい。」
『ハートリングス』のメンバーと由香と亜美が人質のところに向かった。
「グアンさん。」
「はい、なおみ様、何でございましょうか。」
「人質と地元のオークの皆さんが来たら、いっしょにテームの街に向かいます。」
「人質の方はともかく、俺たちが街に行っても本当に大丈夫でしょうか。」
「はい、テームの街では兄が参謀長をやっているのですが、ゾロモン将軍との戦いに備えて、オークの手が借りたいと言っていました。街で食料や給料ももらえると思います。」
「なるほど、なおみ様のお兄様が参謀長でいらっしゃるのですね。分かりました。なおみ様にお供します。」
「それと、分かっていると思いますが、グアンさんたちも、これからはお行儀よく生活してくださいね。」
「はい、今のを見たらもう悪さはできません。」
「気は優しくて力持ち、という感じがいいと思います。」
「分かりました。」
その瞬間である。上空から大きな音が聞こえた。そしてものすごい勢いで矢がグアンの方に飛んできた。尚美が瞬間移動のように動いてその矢を掴むと、グアンの胸に当たる寸前で矢が止まった。尚美とグアンが上を見上げると矢を放った妖精がこっちを見ていた。尚美がその妖精に向かって叫んだ。
「止めてくれませんか。このオークは人間の味方です。」
グアンは恐怖のあまりへたり込みながら言った。
「あれは『ユナイテッドアローズ』、オーク殺しのアキ・・・・。」
上から見ていたアキも状況が良く分からずに、驚きながらつぶやいた。
「あの女の子が私の矢を素手で掴んだの?」
アキが地上に降りて、矢を掴んだ尚美の方に向かった。オークは何とか這って尚美の後ろに隠れ、怖がりながらアキの方を見ていた。そして、二人の距離が3メートルぐらいまで近づいた時、その尚美がアキに向かって言い放った。
「この辺りのオークを攻撃するのは止めて下さい。地元のオークの方たちは人間の味方です。状況をよく確認しないうちに矢を放つなんて、あなたは愚か者なんですか。」
「・・・・・。」
少し時間を戻す。早朝、王都を出発したアキはテームの街の近くまで来ると、街に向けて速度と高度を落として行ったが、森が開けているところにオークがいるのを発見した。
「ゾロモンの部隊がいるの?」
確認するために旋回しながら高度を下げて、再度その場所を通ると、そのオークのそばに女の子がいるのが見えた。
「あの小さな子、無理やり連れてかれているの?魔王軍は人間は皆殺しだから、急がないと、あの子、酷いことをされた後に殺されちゃう。」
アキは射撃位置につくと、詠唱を唱え始めた。
「私は風の子。風と共に生まれ、風と共に生き、風と共に死ぬ。風を司る聖霊よ、どうかこの矢に力を!」
アキが矢を放つと、強力な矢はオークの心臓めがけて真っ直ぐに飛んで行ったが、上に書いたように、その矢は尚美に掴み取られてしまったのである。
尚美がグアンに話しかける。
「グアンさん、ここは大丈夫ですから、グアンさんも洞穴の方に行って、みなさんを連れて戻ってきてくれますか。」
「分かりました。行ってきます。」
グアンが出発すると、尚美がアキに話しかける。
「気が動転して、大変失礼なことを言って申し訳ありませんでした。私はテームの街の『トリプレット』に所属する星野なおみです。」
「私は女王様直属の『ユナイテッドアローズ』のアキといいます。」
「遠いところをわざわざ有難うございます。一人で来たということは偵察ですか?」
アキがピザムの死体を見ながら尋ねた。
「王女様の手紙を届けに来たところなんだけど、もしかすると、昨晩のうちに魔王軍と戦っていたの?」
「はい。この死んでいるオークが部隊長のピザムですが、その部下1000匹ぐらいが街に攻めてきましたので撃退したと思います。」
「1000匹の部隊を撃退できたんだ。街にはどのぐらいの被害があったの?」
「街の被害は兄に聞いてみないと分からないですが、兄が作戦を指揮していますから、それほど大きな損害はなかったと思います。」
「そうなんだ。それは良かった。」
「近くの街や村で捕まって人質になっていた人や、地元のオークが集まったら街へ移動しますので、それまで待っていてもらえますか。」
「分かった。」
尚美がアキにプラト王国の話を聞いていると、人質になっていた人や妖精と地元のオークが尚美のところに集まった。尚美が優しく声を掛ける。
「それでは皆さん、テームの街に向かいましょう。私は皆さんといっしょに歩いていきますが、由香先輩、亜美先輩、『ハートリングス』の皆さんは空から魔王軍を警戒して、異変があったら知らせて下さい。」
尚美が歩き出すと、みんなが後に続いた。アキは「何なの、この子。」と思いながらも、尚美の隣を歩いて行った。
森を抜けると、そこはオークやゴブリンの死体が多数転がっていた。複数の矢が刺さったゴブリン、大型のホーガンからの槍が刺さったオーク、焼け焦げたゴブリンやオーク、地元のオークから見ると地獄のような有様だった。星形要塞の中央防壁の一部が互い違いになっていて、そこから出入りできるようになっていた。そこに、司令塔の上から尚美たちが戻ってくるのを見た誠、悟、久美が待っていた。
「団長、橘さん、お兄ちゃん、ただいま。」
「尚、お帰り。」
「尚ちゃん、おかえりなさい。」
「尚、ピザムを知らない?来るのを待っていたのに、もう逃げちゃったかな。」
「すみません。『ハートリングス』の皆さんが倒してしまいました。」
「えー、そうなの?でも、それなら大した奴じゃなかったということか。」
「はい、そうかもしれません。あの、この方をご紹介します。」
「僕は知っている。女王様直属のユニット『ユナイテッドアローズ』のアキさん。お久しぶりです。」
「平田団長、お久しぶりです。橘さんも、ご無沙汰しています。でも、お二人ともさすがです。こんな小さな街で1000匹もの魔王軍の部隊を殲滅してしまうなんて。」
「僕は何もしていないよ。」
「私も何もしていない。この参謀長の少年に予備戦力と言われて街の真ん中で待っていたら、魔王軍は全滅しちゃっていた。だから、つまらなかった。」
「参謀長をやっているんですか。」
「はい、そうなんです。」
「湘南さんという名前なんですか。」
「湘南は僕のあだ名ですので、それで構いません。あの、アキさん、休んだ後で構いませんので、現在の王都の様子をお聞かせ願えないでしょうか。」
「はい、分かりました。」
「有難うございます。」
アキは休憩と市長との面会のために、街の役場に向かった。尚美や妖精たちは、部屋で休むためにミサの家が経営している宿屋に向かった。そして、誠と悟は現在の防壁の外側にさらに防壁を作る作業について、地元のオークたちへの説明を始めた。
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