第3話 進撃のエスディジーズ18
第4師団は、包囲を突破するために移動を開始した直後は、全軍が魔王軍の最も守りが薄い方へ向かって行った。先陣を務めるのはヤマト副師団長の部隊で、その次がユウイチ師団長の部隊、そして、その後に各部隊が続いた。地上部隊の上空を第4師団の妖精部隊が守り、さらにその上空をアキが飛んでいた。アイシャたちのロルリナ王国の妖精部隊は、魔王軍包囲の南西方向の外側まで出て、数名の妖精が上空で監視を行う以外、近くの川の河原に降りて、石を集めていた。
「アイシャ、私たちには支援する部隊がいないから、作戦に使う石も自分たちで集めなくてはいけないのね。」
「ビーナ、贅沢言わないの。アキがいなかったら、みんなオークやゴブリンの生贄だったんだから。アキの恩に報いなくちゃ。」
「それは分かっているけど。第1次攻撃用の石はだいたい集まったかな。」
「今のうちに、それ以後のものも集めておかないと。」
「いつも思うけど、石で攻撃って、原始人みたいよね。」
「敵の数が多いから、一人40本の矢は大切に使わないと。地上のゴブリンなら石を当てれば戦闘不能にできるから。」
「今回の戦いに使える矢は、魔王軍の補給処から持って来た矢だけだしね。」
「プラト王国の部隊は地上の部隊から矢を受け取るようだけど、低空に降りたときに敵の弓兵に狙われるから、矢の補給は命がけになると思う。向こうとの関係が良ければ私たちが運んであげればいいんだけど。」
「こっちは、どうするの?」
「戦闘に加わらない20名ほどの補給班を作って、矢を一人250本ほど持って空中待機してもらう。」
「一人250本なら、12キログラムぐらいだから何とかなるか。」
「うちの部隊の隊員なら40キログラムぐらいは運べるはずだから、飛竜から逃げるぐらいの機動なら十分できると思う。」
「まあね。今回の敵は飛竜でプラト王国の妖精じゃないから、逃げるのは余裕ね。でも、アイシャは80キログラムぐらい運べるんだっけ。」
「もう少し持てるかもしれないけど。でも、持ち上げる力より、本当はアキみたいにオークを倒せる力が欲しい。まあ、できないことを言っても仕方がないから、ゴブリンを倒す石をみんなの2倍ぐらい持って行くつもり。」
「さすが、アイシャ。石は重いから空中で補給するのは無理だよね。」
「うん、石はここから補給するしかないかな。魔王軍がここに来たら石による攻撃は難しくなると思う。」
「そうね。石は上から落とすの?」
「低空を高速で飛んで石を放った方が命中率は高いけど、敵の矢を受ける可能性も高くなるから、状況に応じて考える。」
「ロルリナ王国では満足に命令がもらえないまま、部隊が降伏してしまったけど、今回は魔王軍とちゃんと戦えるね。」
「うん、だから持てる力全部で戦うつもり。」
アイシャたちが石を集めながら空を見上げると、かなり遠いところで、飛竜部隊が西から東に向かっているのが見えた。
「西から魔王軍の飛竜部隊!全部で200匹ぐらいかな。」
「隊列がちゃんと組めていないね。」
「ムサル将軍の飛竜部隊のゴブリン、400匹のうち300匹は食堂で死んだから、普通のゴブリンで補充しているのかも。」
「飛竜部隊はムサル将軍が一番大きかったけど、あとの将軍が持っているのは飛竜部隊は150匹ぐらいづつだよね。」
「ムサル将軍の飛竜部隊が大きいのはザレン飛行隊長が力をいれていたからだけど。」
「ザレンは私たちをゴブリンの慰め者にするのを止めようとして、将軍に殴られたという話だけど、別にザレンを心配することはないと思うよ。」
「分かっている。ザレン飛行隊長はオークだから私じゃ倒せないけど、もし見つけたらアキに連絡して倒してもらうつもり。飛行隊長、頭がいいだけに敵にしたら厄介だから。」
「アイシャがそう考えているなら、安心かな。あっ、プラト王国妖精部隊が西に向かっている。飛竜部隊の迎撃かな。」
「プラト王国の妖精部隊、やっぱり速い。」
「数が10倍ぐらい違うけど、上空から優位な位置についている。うん、飛竜部隊の隊列が乱れているところから狙っているみたいね。」
「本当、うまく飛竜部隊の後ろに回り込んでいる。矢は見えないけど、ゴブリンが落ちていっている。」
「飛竜部隊が落とされる一方ね。」
「飛竜に乗っているゴブリンが後ろから攻撃されて、なすすべがないみたい。」
「プラト王国の妖精部隊、やっぱり空中戦は強い。」
「飛竜の3倍ぐらい速いから、飛竜の方が数が多くても勝負になっていないね。」
「プラト王国の妖精部隊、私たちよりも100キロメートル近く速いし、食べているものが違うのかな。」
「どうだろう。プラト王国の妖精、みんなスマートだよね。」
「私たちが食べすぎということ?」
「うーん、基本的に偵察と空戦が主任務だから、飛行速度が速い妖精を選んでいるのか、ダイエットしているのか。」
「私たちは力仕事もあるから、食べないと。」
「ふふふふふ。そうね。」
魔王軍の4将軍が罠のために作った一番守りの弱い場所の外側に到着した。
「我々の飛竜部隊は敵の妖精に一方的にやられているみたいだな。」
「うちの飛行部隊は主力のゴブリンがみんな死んで、いきなり飛竜に乗っているゴブリンが多いから、やっぱり敵わないみたいだな。」
「ムサル、何で飛行部隊のゴブリンがやられたんだ?」
「出発間際に知らせが来たが、ゴブリンどもがロルリナ王国の妖精の相手をしている間に、プラト王国の妖精が低空で侵入してきてやられたそうだ。やっぱりゴブリンはずる賢いが、頭が回らない。」
「それでロルリナ王国の妖精たちはどうした。」
「姿が見えないから、生き残った奴はロルリナ王国に逃げたんじゃないか。」
「それならいいが。ロルリナ王国の妖精は250人ぐらいいるから、敵にまわると少々面倒なことになるかもしれないぞ。」
「なに、敵になっても大したことはない。こちらは地上に45000はいる。」
「だが・・・。」
「俺たちは師団長の部隊の足を止め、師団長を殺せばそれでいい。残りの敵は南の弓兵があらかた片付けてくれる。」
4将軍のところに知らせが入った。
「敵先陣がこちらに向かっています。先陣の先頭はヤマト副師団長、オーク5匹が同時にかかっても止められないという報告です。」
「ほう、オーク5匹同時でも止められないか。ヤマト副師団長、初めて聞く名だが、楽しみが増えたな。」
「さあ、ここまで来い。途中でやられるなよ。」
アイシャ達のところにも、遠くから歓声とも怒号ともつかないような大きな声が聞こえてきた。ほぼ同時に、上で哨戒している妖精からも手信号の合図があった。
「第4師団の先陣が魔王軍と戦闘を開始!」
アイシャとビーナが状況が見える高さまで飛び立った。
「アイシャ、先陣が敵の守りを崩して、敵陣に突入しているみたいね。」
「ビーナの言う通り、ヤマト副師団長は順調に進撃している。」
「敵の北と南の弓兵が移動しはじめた。」
「ここまでは師団長の予想通りね。」
「よし。第4師団主力が北へ転進した。敵の移動中の北の弓兵の方へ向かっている。」
「また、飛竜部隊が出てきた。最初の攻撃が失敗したから出てきたのかな。」
「プラト王国の妖精部隊は矢の補給を終えているから、飛竜部隊はまた全滅するだけだと思う。何の工夫もしていないしタイミングも悪い。ザレン飛行隊長だったらこんな作戦は、・・・・。ごめんなさい。」
「ううん。アイシャの言う通り。だからザレンは殺さないと。」
「うん、分かっている。」
アイシャが見張りの妖精に指示をする。
「第4師団本隊が魔王軍の北側の弓兵と接触したら連絡して。そのタイミングで私たちは出発するから。」
「了解です。」
下に降りたアイシャが命令する。
「現在まで作戦は予想通りに進行している。私たちもあと数分で出発する。石を袋に詰めて。でも、たくさん持ちすぎると、飛行速度が遅くなるから注意して。」
「了解です。」
中央の戦場では先陣のヤマト副師団長が100人ほどの兵を伴って、魔王軍の包囲を突破すべく順調に進撃を続けていた。ヤマト副師団長が叫ぶ。
「どうした魔王軍。こんなんで人間を絶滅させるとは笑わせてくれる。おれの後ろには師団長もいるんだぞ。なんだ、エスディジーズというのは、スーパー・ダメ・ゴキブリズの略か、笑わせてくれる。」
「副師団長、ゴキブリの方が怖いです。」
「そうだな。ははははは。」
その後ろではユウイチ師団長の200人ほどの隊が続いた。
「ここまでは順調だ。空の戦いはうちの妖精部隊が完勝だった。しかし、ヤマトはまた強くなっている。階段を一歩上がった感じだ。何としても、あいつはここから出さないといけないな。」
少しして見張りからアイシャたちに手信号の連絡があった。
「上の見張りの合図では、第4師団本体が魔王軍の弓兵部隊に接触したみたい。」
「ビーナ、有難う。それでは私たちも進発する。みんな付いてきて。」
アイシャの部隊はアイシャを先頭に飛び立ち、空高く上がって行った。
「周回飛行で待機。敵弓兵が射撃体勢に入る前に突入できるようにタイミングを計る。」
アイシャの部隊は高度1000メートル、南側弓兵まで1キロメートルぐらい離れたところで、一番疲れない速度で周回飛行に入った。魔王軍は第4師団の方に意識が集中し、アイシャの部隊に気づいていなかった。アイシャたちからは戦場の様子が良く見えた。
「アイシャ、第4師団本隊も槍と盾で敵弓兵を順調に突き崩しているようね。」
「ビーナの言う通り、今のところ本隊の周りはゴブリンの弓兵ばかりだから、本隊の弓兵が前方の敵をすり減らして、楯で矢を防ぎつつ槍でゴブリンを串刺しにして、進軍するのに問題なさそう。」
「東の端にオークたちが壁を作っているけど、アキさんが前もってそれを倒している。」
「まあ、オークを倒すって、アキだからできることだけど。」
「師団長たちの進軍も順調。」
「先頭のヤマト副師団長はオーク数匹を一度に倒している。ヤマト副師団長の力はジャイアントオーク並ね。」
「体はそうでも頭は人間だから。オークみたいな酷いことはしないわ。」
「ザレン隊長はオークだったけど、・・・・何でもない。」
「確かに、厳しかったけど私たちの損失を少しでも少なくしようとしていたし、酷いことはされなかったかな。」
「うん。」
一般兵となったザレン元飛行隊長は、傷ついた体で脚を引きずりながら西の戦場に向かっていた。
「この部隊が今から西に向かっても戦闘に間に合うとも思えないが。まあ、それは傷が癒えていない私にとっては好都合か。」
そして、一般兵となっても、やはり空の戦いが気になっていた。
「しかし、また飛び立った飛竜部隊はあっという間に全滅だな。地上軍の援護が得られる低空で移動できる弓兵として敵の地上軍の攻撃に専念すべきなのに、妖精部隊に上空で対抗するとは愚の骨頂だ。これで4将軍合わせても、飛竜部隊はもう3分の1も残っていまい。妖精と飛竜では速度差がありすぎる。それにプラト王国の妖精部隊は空戦に特化していて、空戦の練度が違う。アイシャたちも苦労して守っていたのに。」
あちらこちらの空を見ていると、南側の遠くの空を飛んでいる多数の点を見つけた。
「・・・あっ、南側のかなり遠くで何か飛んでいるな?250ぐらいいるからアイシャの部隊か。タイミングを見て南側の弓兵を攻撃するつもりだろうな。アイシャたちは敵になったということか。頑張っていたのに、ひどい仕打ちをしたから仕方がないが。さすが、いい位置取りだ。魔王軍はまだ気が付いていないようだ。しかし、南側の弓兵を狙っているということは、北側の弓兵ごと南側の弓兵に狙わせるという、こちらの作戦が見破られているわけだな。この戦いの勝敗、4倍以上の兵力があるが、どうなるか分からなくなってきた。」
敵に回ったとは言え、アイシャたちの妖精部隊がほぼ無事なことが分かって、ほっとしているザレンだった。
ヤマト副師団長が包囲の一番外側に達しようとした。そして、そこを守っていた派手な格好をしたジャイアントオークに切りかかった。
「じゃまだ。」
しかし、そのジャイアントオークが受けた矛でヤマト副師団長は弾き飛ばされて数歩後退してしまった。
「ヤマト副師団長だな。」
「いかにも。」
「ユウイチ師団長はどうした。」
「私の進撃が止まったので、もうすぐここに来られる。」
「そうか、それは楽しみだ。」
ユウイチ師団長もヤマト副師団長が止まったのにすぐに気づいた。
「ヤマトが止まった。最後の壁だな。すぐ行かなくては。」
ユウイチ師団長が馬を走らせ、ヤマト副師団長のところへ到着した。見ると4匹の大きなオークが道をふさいでいた。
「お前が、ユウイチ師団長か。」
「いかにも。私が第4師団師団長のユウイチだ。お前たちは。」
「魔王軍エスディージーズ18の将軍のムサル、」
「同じくダロス」「同じくシギ」「同じくグレドだ。」
「ほう、魔王軍の将軍4人が勢ぞろいか。相手に不足はないな。」
「お前たちが強がりを言っていられるのはそこまでだ。」
ユウイチ師団長は少しでも時間を稼ぐために、ムサルと話を合わせることにした。
「どういうことだ。」
「お前たちは自分がおとりになって、本体を脱出させる算段だったんだろうが、北側を進んでいるお前らの本隊も皆殺しだ。」
「この配置でそんなことができるものか。」
「南側の弓兵がお前たちの本体を攻撃すれば、たやすい。」
「あの距離だ。そんなことをしたらお前たちの北側の弓兵も全滅だぞ。」
「それが作戦というものだ。」
「ムサル、自分の将兵を味方に殺させるとはそれでも将軍か。」
「南側弓兵に攻撃開始を連絡しろ。」
「やっ、やめろ!」
「ははははは、お前らの本体がやられる様をここで見ているがいい。その後でお前らをゆっくり始末してやる。」
「ぐぬぬぬぬぬ。」
ユウイチ師団長が南側上空を見てつぶやく。
「アイシャの部隊は準備を終えている。情けない話だが、本体が無事突破できるかどうかは、アイシャの部隊にかかっている。頼んだよ。」
アイシャたちの隊も攻撃を始めようとしていた。
「アイシャ、南側弓兵の準備が終わりそうよ。隊列をそろえ始めている。」
「ということは、私たちも戦闘開始かな。ビーナ、申し訳ないけど静かに先行して念のため罠がないか調べてきて。私たちはビーナの合図で突入する。」
「分かっている。」
ビーナが超低空を静かに南側弓兵の近くに向かった。アイシャが命令する。
「これからビーナの合図を待って、敵南側弓兵に突入し攻撃をかける。私が先陣を切る。その50メートル後方を横一文字隊形で攻撃を開始する。急降下して高度3メートルを最大速度で飛行し、石を投下し急上昇する。みんな遅れないで付いてきて。」
「了解です。」
ビーナから問題なしの合図を確認したアイシャが号令を発する。
「攻撃開始。」
アイシャを先頭に、残りの隊員231人の隊員が横一文字隊形で全員加速しながら降下し、地上1メートルぐらいで水平飛行に移行し、後ろから南側弓兵に接敵した。降下による加速で時速240キロメートル以上の速さが出ていた。南側弓兵が北に向けて発射準備に入る。南側弓兵の大部分はアイシャたちの接近に気が付いていなかった。音の異変に気が付いたゴブリンもいたが、北への発射準備の号令がかかっていたため、後ろを確認することはできなかった。弓兵まで30メートルぐらいのところで指示を出す。
「石を投棄、急上昇。」
アイシャたちは石を放った後、急上昇して地上弓兵の射程外に出た。時速240キロメートルの速さで2320個ぐらいの石が、弓兵に降り注いだため、弓兵たちは混乱に陥った。
魔王軍の将軍たちや師団長たちにも、魔王軍南側弓兵が混乱に陥っているのがわかった。ムサルが側近に尋ねた。
「どうした。何があった。」
「南側弓兵に妖精たちによる空からの攻撃があったようです。」
「ははははは。お前らの南側の弓兵は混乱しているようだな。北側に矢は飛んできていないぞ。そちらの作戦などお見通しだよ。」
「貴様!下手な芝居をうちやがって。」
「まあ、私がそちらの作戦を見抜いていたんなら思いっきり威張るところだか、そうでないのであまり威張れないがな。それでは、将軍、こちらも始めることにしようか。」
「おう、そうだな。ユウイチ来い。」
「ムサル、待て。最初は俺たちにまかせてくれる約束だろう。あの本体がここから脱出できたところで、王都で殲滅すればいいだけだ。慌てることはない。」
「シギのいう通りだな。それじゃあ、シギが師団長、ダロスが副師団長だ。」
「腕が鳴る。いくぞ。」「まかせておけ。」
「ほー、一対一で来るのかそれは面白い。ヤマト副師団長、本隊が脱出するまでは絶対にやられるなよ。」
「分かっております。」
ユウイチ師団長とヤマト副団長は、大振りの攻撃は控えめにして、守備に重点を置いて、将軍たちとの戦いを始めた。
ザレンも空の様子を見ていた。
「アイシャの部隊が横一線で低空に向かったのが見えたが、初手は石を使ったのかもしれない。矢を節約しているんだな。ここからだと地上の状況は分からないが、あまり矢が北側に飛んでいないようだから、アイシャたちの作戦は成功しているようだな。上出来だ。」
ザレンは空を見回し、かなり上空を飛んでいる妖精の分隊を発見した。
「あれは王都からの偵察部隊か。戦闘に参加するつもりはなさそうだが、今から戻っても援軍は間に合わないだろう。それにしても、奇麗な編隊飛行だ。」
石を投下した後、南側弓兵部隊の上空で、アイシャが指示を出す。
「第1分隊から第23分隊までは弓の発射準備、残りは石を取ってきて。次の石による攻撃は上空から落とす。ビーナはそちらの指揮をお願い。」
「了解。行ってきます。」
アイシャは地図を見せながら説明する。
「第1分隊から第10分隊は南側高度70メートルを東から西に移動しながら攻撃する。高度70メートルは矢が飛んでくる高さだけど、矢の威力はかなり落ちているから、この軽い鎧でも致命傷になることはないはず。もし矢を受けて飛べなさそうな場合は、分隊の他の隊員が補助して、なんとか包囲の外まで頑張って飛んで。第11分隊から第13分隊までは包囲の外で矢を受けて落ちた隊員の助ける救護班をお願い。救護班は、10キロメートル西のこのポイントで怪我した隊員を休ませるようにして。見晴らしはいい場所だから。」
「了解しました。」
第11分隊から第13分隊が出発していった。
「みんな、申し訳ないけど、万が一魔王軍の中に落ちたら助けられないから、その時は覚悟して。」
「分かりました。でも隊長、もし私が魔王軍の中に落ちることがあったら、ためらわず私を撃って下さい。」
「私もです。」「私も。」
「分かった。その時は私が撃つ。その代わり、私が落ちた場合も絶対に撃ってね。」
「分かりました。」
「それで、残りの第14分隊から第23分隊までは矢が届かない上空から、北側の本隊を狙っているゴブリンの弓兵を集中的に攻撃して。こちらを狙っている弓兵は無視して構わない。矢を無駄にしないように慎重に狙って。本隊への攻撃を最大限に阻止する。」
「分かりました。」
「それでは、作戦開始。」
アイシャを先頭に50名ほどの妖精が、東側に向かった後、西方向に転換し、高度70メートルまで降下して、ゴブリン弓兵への攻撃を開始した。多数の矢が飛んできたが、それをできるだけ回避しながら地上に向けて数本の矢を撃って、西側の包囲の端で上昇した。
「みんな無事?」
アイシャを含め、ほぼ3分の1ぐらいの隊員の手や脚に矢が当たっていた。血を流してはいたが矢の勢いがあまりなかったため傷は浅かった。しかし、一人の妖精が仲間に支えられながらすごく痛そうにしていた。
「落ちたものはいませんが、グレシャが一人では飛べない状況です。」
「どうしたの?」
「オークが投げた石が右肩に当たりました。」
アイシャは「またオークか。」と思ったが、冷静に指示を出した。
「グレシャは1名が付き添って、救護班に渡してきて。」
「了解です。」
「次は、第14分隊から第23分隊が低空から攻撃する。私に続いて来て。オークが投げる石には注意すること。それさえ避ければ何とかなるから。」
「了解です。」
また、アイシャが先頭で低空で西から東に移動しながら、弓兵を攻撃した。今度は、矢で傷を負った隊員はいたが、オークの石に当たったものはいなかった。石を取りに行ったビーナたちが戻ってきた。
「アイシャ、傷だらけ。大丈夫?」
「ゴブリンの矢に当たったからだけど、オークが投げる石にさえ当たらなければ大丈夫。それじゃあ、高いところから石を落としてきて。それで、石を取りに行く部隊と低空から攻撃する部隊を交代する。」
「分かった。それじゃあ、今度はアイシャが石を取ってきて。」
「ううん、それはビーナに任せる。私はまた低空からの攻撃を率いる。距離感とかコツみたいなものが分かってきたから。」
「大丈夫?でも、アイシャは言い出したら聞かないから。」
「そう。お願い。」
ロルリナ王国の妖精部隊は、アイシャが先頭になり、隊を4つに分けた低空からの攻撃を続けた。アイシャの傷は増えていき、傷つく隊員も増えて行ったが、幸いにして魔王軍の支配地域に落ちた妖精はいなかった。
師団長たちと将軍の一騎打ちも続いていた。
「ユウイチとやら。俺の槍をこれだけかわす人間は初めてだ。ロルリナ王国にはいなかったな。本気を出さないといけないようだ。」
「ははははは、良かろう。本気で来い。だが、シギ、魔王軍の負けは確定した。私に苦労しているようでは、王女様直属の勇者パスカル様には歯が立たんだろうな。」
「昨晩、ザンザバルを撃退した勇者か。どんなやつなんだ。」
「一見弱そうに見えるが、小烏丸を使いこなし、何でも一刀両断できる。そして、どんなことがあっても再び立ち上がる真の勇者だ。」
「そんなにすごいのか。魔王様も俺たちでは敵わないから、パスカルには手を出すなというご命令だ。パスカルは魔王様か魔王様の直属の部下が直接相手をするということだ。だから、俺たちはお前ら師団長どもを倒せばいい。」
「それなら、私もお前らを倒せばいいのだな。来い。お前の本気とやらを見せてみろ。」
「ほざけ。」
シギが高速で槍をつく。ユウイチは怯まず前進し、槍が鎧の右横に当たり、槍は鎧を貫通した。それでも前進しシギに鉾で切りかかる。その鉾がシギに当たる直前に、後ろから出てきたムサルが石斧でユウイチの鉾を止める。ユウイチは、鎧の右横に刺さったままの槍を奪い取り、槍の柄を折って捨てた。鎧からは血が流れ出ていた。ムサルがシギを叱る。
「シギ、大振りしてはだめだ。」
「油断した。こいつ意外に速く動ける。」
「そんなことも分かっていなかったのか。次は俺が相手をする。シギは下がっていろ。」
「くそー。」
「次はムサルか。よしかかって来い。」
「お前の傷は大丈夫か。」
「心配してくれるのか?」
「弱くなってしまったら面白くないからな。」
「かすり傷程度だ。戦闘には問題ない。」
「それは良かった。それでは、まずお前を血祭りにして、この戦いで死んだ息子の敵を取る前祝いとさせてもらう。」
「息子が死んだのか。こんなに魔王軍が優勢の戦いで死ぬようなら、どっちにしても長生きはできなかったぞ。俺の弟子になったら、人間とうまくやる道を教えてやったのだが。」
「うるさい。あそこのピンクの鎧を着ている妖精が不意に息子を攻撃してきたからだ。そうでなければ、やられる訳はない。もう人間も妖精も皆殺しにしてやる。」
ユウイチは、「アキ様が、防空隊の副隊長を倒したと言っていたが、そのオークか。」と思いながら答える。
「ならば来い。お前を息子のところに送ってやる。」
副師団長の方は防戦一方の戦いが続いていた。ダロスがシギのピンチを見て、ヤマトに話しかける。
「シギが。・・・危なかった。ヤマト、オーク5匹を一度に倒した勢いがないと思ったら、お前たちはこちらが油断して大振りするのを狙っているのか。なるほど、さすが人間はやることが汚い。」
グレドがダロスに話しかける。
「これだけやって勝負が付かなかったんだ。お前が攻勢を緩めたらもっと勝負がつかない。俺に代わってくれ。すぐに仕留めてやる。」
「分かった。10分だけ代ってやる。」
「それで十分だ。」
ヤマトも時間稼ぎをしていただけだったが、時間もかなり経過して、師団長が勝負に出たのを見て、ヤマトも攻勢をかけてみることにした。
「こちらの作戦を見破られたなら仕方がないな。それでは、グレド、今度はこちらからいくぞ。」
「おう、来い。」
ヤマトがグレドに剣で襲い掛かる。グレドがそれを剣で受けるが馬ごと弾き飛ばされた。
「グレド、お前の剣は軽いな。」
「ヤマト、お前は本当に人間か?」
「それは難しい質問だな。母側の祖父はジャイアントオークだからな。」
「何だ、そうなのか。その話が本当なら魔王様に話せば、その強さ、魔王軍の将軍として取り立ててもらえるぞ。」
「人間を皆殺しにしようとするお前らと一緒になる気はない。祖父も祖母に一目ぼれで、人間と協力していく道を選んだんだ。」
「なるほど、裏切り者の孫ということか。それなら容赦はいらないな。おい、ダロスいっしょにこいつを倒すぞ。」
「おう、分かった。」
ヤマトがもう1本の刀を鞘から取り出す。
「こいつ二刀流か。」
「ふふふふふ、2匹掛りか。一人では少し物足りなかったところだ。来い。」
「面白い。左右から行くぞ。」
ヤマトの方は、1対2で仕切り直しの戦いが始まった。
アイシャの部隊も南側の弓兵部隊に対する攻撃を続けていた。石と矢による攻撃で、弓を撃てるゴブリンの弓兵は半分以下に減っていた。アイシャたちの部隊も20名ほどが怪我をして戦列を離れていったが、全員救護班に引き渡すことができていた。ビーナが北側弓兵部隊を攻撃していたプラト王国の妖精部隊の異変に気づいた。
「アイシャ、プラト王国の妖精部隊の攻撃が止まっている。」
「たぶん、矢が切れたんじゃないかな。下の部隊から補給ができると言っていたけど。」
「弓兵の中を進んでいるから両側の弓兵に狙われているんじゃ。」
「そうかもしれない、今プラト王国の妖精3人が低空に向かったみたい。でも、あれだと降下の角度が浅い。両側から矢が、・・・・当たった。2人やられて、1人は断念か。」
「矢が当たった妖精、生きているかな?」
「ここからだと分からない。でも、落ちたのが第4師団本隊の中だから、生きていて魔物たちに酷い目にあうということはなさそうだけど。」
「それだけが救いか。」
「でも、あれなら私たちがやろう。アキに矢がないとオークを倒せないから作戦全体に支障が出る。100名を連れていく。ビーナ、残りでこっちの作戦を続けて。」
「そうね。分かった。ここの弓兵の数も減っているからなんとかなると思う。」
アイシャが20分隊(100名)を連れて、アキがいるところに向かった。
「アキ!」
「アイシャ、どうしたの?それに、みんな傷だらけ。」
「気にしないで。私たちは低空から攻撃しているから仕方がないの。それに、まだ魔王軍の支配地域に落ちた隊員はいないし。」
「南の弓兵からこっちに矢がほとんど飛んでこないのは、アイシャたちが命がけで頑張っているからなのね。」
「分かってくれると嬉しい。それより、アキ、下から矢を取って来るんでしょう。私たちにやらせて。急がないと飛竜部隊がまたやってくるわよ。」
「嬉しいけれど。すごく危険だよ。もうこっちの妖精が4人もやられている。」
「危険なことは分かっている。でも、地上近くの機動は私たちの方が上手にできると思う。下には矢はあと何本ぐらいあるの?」
「1000本ぐらいだと思う。」
「それじゃあ、100本矢を詰めた袋を10個用意してもらって。10人で取ってくる。」
「一人で100本も持って動ける?」
「私たち、プラト王国の妖精たちに速さじゃ負けるけど、力じゃ負けないから。」
「アイシャも行くの?」
「もちろん。私の急降下と急上昇を見ていて。」
「申し訳ないけど、お願いしていい?」
「任せて。」
プラト王国の妖精が下に手信号で合図し、アイシャは隊員に指示をする。
「作戦を伝える。第1と第2分隊がプラト王国の矢を取りに行く。まず、第3~10分隊は弓矢をゴブリンの弓兵に向かって広い範囲で斉射してゴブリンたちの注意を惹く。その後、第11から第20分隊は石をゴブリンたちの上に石を撒いて、注意を石に向ける。その直後に第1、第2分隊は急降下し地上で矢を受け取る。第1、第2分隊が離陸したら全力で上昇して。その時に、第3~10分隊は第1、第2分隊の隊員を狙っているゴブリンに対して集中的に矢を撃って援護して。」
「分かりました。」
プラト王国の地上部隊が矢が入った10個の袋の準備を終えて、手信号で妖精に伝えた。
「アイシャ、地上の準備が終わったって連絡が入った。」
「うん、こちらからも袋が見える。それでは行ってくるね。」
「気を付けて。」
「第1分隊、第2分隊、速度をできるだけ落とさないで急降下する。万が一、矢が当たってそのまま上昇するのが無理なときは、矢を投棄して上昇するか、地上に降りてプラト王国軍といっしょに行動して。それでは、ロルリナ王国の地上攻撃部隊の急降下攻撃の練度を見せるわよ。」
「了解!」
「作戦を開始する。第3~10分隊は矢を斉射。」
矢が放たれると地上で多数のゴブリンが倒れた。そして、地上のゴブリンが上を見上げたのを確認すると、次の指示を出した。
「石を落とせ。」
地上のゴブリンたちの注意が石に向かったのを見て、急降下を指示する。
「第1分隊、第2分隊、私に続いて。」
全員が急降下を開始して、地面の直前で減速し、足に大きな衝撃を受けながら着地し、袋を受け取ると、上空からの援護を受けながら、大地を蹴って急上昇していった。上空に到着すると、アイシャは状況を確認した。
「どう、みんな無事?」
「矢を脚に受けて負傷しましたが、なんとか矢を持って上がれました。」
「ひどい傷。」
「低空で当たりましたから、矢にかなり勢いがありました。でも脚で良かったです。」
「出血が酷いから、誰か救護班のところに連れて行って。」
ロルリナ王国の妖精部隊の1名が付き添って救護班のところに向かった。アイシャが声を大きくして言う。
「矢を1000本持ってきました。みなさん早く受け取って攻撃を再開してください。」
プラト王国の妖精たちが次々に矢を受け取った。アイシャがアキに話しかける。
「矢がだいぶ余っているから、3人を残して矢を上空で持っているようにします。」
「全部で600本ぐらいあるけど大丈夫?」
「うん、この軽い矢なら400本は持てると思うけど、みんな傷ついているから、一人が持つ本数を半分に減らしたけど。」
「さすが力持ち。申し訳ないけど、一人は私についてくるように指示してくれる。これだけ矢があれば、東端のオークを殲滅できる。」
「分かった。それじゃあ、あけみ、アキに付いて行って。」
「了解です。アキ様の矢を運搬します。」
アキは包囲の東端に向かい、プラト王国の妖精部隊は出てきた飛竜部隊の撃退に向かった。アイシャたちも南側弓兵の攻撃に戻って行った。
ヤマトが、冷静さを失わさせるためにグレドとダロスを煽る。
「しかし、お前らの部下も大したことはないな。数は多いのに全然我々の部隊を押し込めていないじゃないか。」
「ははははは。それは、お前らの本隊を止めるために、強力なオークは包囲の東端に配置したからだよ。」
「そいつらが、お前らの本隊の足を止めて前後左右から殲滅する算段だ。南側弓兵がいなくなったところで、お前らの本隊が包囲を突破できても、その数はわずかだよ。」
「そうか。だが残念だったな。本隊の先頭はもう突破しているぞ。」
「何だと。本当だ。包囲東端より東に砂塵が見える。」
「それに、こちらが弓兵が主力とは言え、第4師団本隊の進行が速すぎる。もしかして、お前みたいなジャイアントオークとの混血でもいるのか。」
「まあ確かに、本隊先頭には俺の弟がいるが、アキ様が東端にいたオークは粗方か片付けてしまったようだ。弱すぎると文句を言っている弟が目に映る。」
「このー。」
グレドとダロスがヤマトの方に突っ込んでくる。ヤマトはグレドの方に突っ込んでいった。ヤマトはグレドの剣を右の剣で受けて左の剣で突いたが、グレドの動きは良く、何とか横に避けて右わき腹の鎧をかすっただけになった。後ろからダロスが切りかかってきたので、右の剣で受け止めて、グレドの方に弾き飛ばす。グレドにダロスがぶつかったが、すぐに態勢を立て直す。
「ダロス、2対1でも一筋縄にはいかないな。」
「そうだな。ジャイアントオークの血が入っていると言うのは、嘘じゃなさそうだ。」
「なあ、お前、本当に魔王軍に入らないか。お前は、魔王軍の将軍の中で最強と言われるゾロモンよりも強そうだぞ。お前なら、絶対に魔王様が重用してくれるぞ。」
「ジャイアントークと混血で、人間にもオークにもまともに扱ってもらえなかった私を拾ってくれたユウイチ師団長の恩を裏切るわけにはいかない。しかし、ゾロモンというのはそんなに強いのか?」
「ああ、そうだ。切っても切っても死なないザンザバルみたいな訳の分からないやつを除いて、魔王軍で一番強い将軍だ。この国の北部地域の制圧に向かっている。」
「最強の将軍を寄こさないとは、俺たちも舐められたものだ。」
「魔王様の作戦では、ゾロモンはまずお前らの国の北にあるノルデン王国を制圧して、その後にテームの街にいる橘という剣士を倒す計画だそうだ。」
「なるほど。あの酒を飲むとやたら強くなる女か。まあ分からなくはない。この私でさえ、怒った顔は怖くて、あまり戦いたくはないからな。ははははは。ということは、ゾロモンの寿命が尽きるのもそんなに遠くはないということだ。」
「お前たちも、ゾロモンの強さを分かっていないようだ。まあいい、ダロス、前後から攻撃すると、ヤマトが動くと一人で対応しなくてはいけなくなってしまう。並んでいくぞ。」
「分かった。」
グレドとダロスが並んで切りかかる。ヤマトはそれを左右2本の剣で押し返す。1対2の戦いは、ヤマトが時間稼ぎを目的に冒険的な攻撃を避けたため、両者とも決定的な状況が訪れることなく続いていた。
それから少しして、ユウイチ師団長の側近が、本隊が包囲を完全に突破したときに出す合図を確認して、それを師団長に伝えた。
「師団長、本体が完全に魔王軍の包囲を抜けたことを知らせる合図があがりました。」
「どのぐらいが抜けた?」
「合図によれば、8000は包囲を突破したようです。」
「そうか。包囲突破作戦での本体の損失は1割ぐらいで済んだか。この状況では最善以上と言って間違いない。それでは、お前らは脱出する準備をしろ。」
「分かりました。上空でアイシャ大尉の部隊が北に移動しています。」
「北側の弓兵部隊の東端への攻撃を始めるつもりだろう。」
「本隊の追撃を防ぐためですね。いや、二手に分かれた。こちらの隊の脱出も支援するみたいですね。」
「さすがだな。」
ユウイチが少し離れていたところで戦っていたヤマトに命令する。
「ヤマト、潮時だ。ここで残っている兵をまとめて脱出してくれ。残っている将軍の相手は私一人でなんとかする。」
「師団長、魔王軍の将軍をここに留めないと、脱出が不可能なことは分かっています。ですから、師団長、私が残ります。」
「第4師団が簡単に魔王軍に包囲された責任は私にある。それでも第4師団は8割以上が健在だ。お前が王都を守る指揮を取れ。これは命令だ。なに私一人でも将軍1人ぐらいは倒して、5分は止めて見せるよ。後からアキ様に俺の戦いの様子を聞いてくれ。」
「師団長!」
「あと、申し訳ないが、ロルリナ王国の妖精部隊の活躍を女王様にご報告してくれ。こんな時だ、私情が混じっていることを白状するよ。アイシャ大尉は急にいなくなってしまった私の初恋の人に似ているのでな。」
「アイシャ隊長の罠を見破る見識と、効果的な援護がなければ、本隊は3分の1も脱出できなかったでしょう。女王様に必ずお伝えします。」
「感謝する。」
「しかし、師団長、まずは二人で将軍からの攻撃となる左右の壁を作りましょう。部下が脱出したら、私がそのしんがりを務めます。」
「そうだな。その方が多数の部下が逃げることができるな。頼んだぞ。」
師団長と副師団長が左右に分かれて背を向け、その間を残った部下が通過していった。ムサルがユウイチに話しかける。
「どうした、逃げるのか。」
「ムサル、安心しろ。私は逃げない。だが本隊が無事に包囲を脱出したので、部下には逃げてもらう。」
「本隊が脱出しただと。」
その時、ムサルにも報告が届いた。
「そうか、まあいい。お前らの部下は王都で皆殺しだ。俺たちはお前らを倒せれば十分だ。それが魔王様からの命令でもあるし。」
ユウイチがムサルの、ヤマトがグレドとダロスの相手をしている間を兵が通って包囲の輪から脱出していった。残っている全員が脱出していったのを見て、ユウイチがヤマトに命令する。
「よし、ヤマト、行け。第4師団を頼んだぞ。」
「師団長、御恩は一生忘れません。本当は最後までご一緒したいのですが命令に従います。ご武運を!」
ヤマト副師団長が包囲の外へ向かった。グレドがヤマトを追おうとするが、ユウイチがグレドの後ろから切りかかる。
「お前の相手はこっちだ。」
グレド将軍は向きを変えて矛を剣で受けたが、矛の威力に押されて横に吹き飛んだ。ユウイチは馬を走らせながら、槍を折られて離脱したシギを除いて、3人の将軍の相手を始めた。
「3対1、後ろを見せても、止まってもやられるだけだな。」
第4師団の師団長以外が脱出した後、師団長の上空に、アキやアイシャを含めて戦える妖精全員がやって来た。それを見たユウイチが言う。
「おっ、妖精さんたちが集まってきた。ということは、包囲の中にいるのはもう私だけということだな。アイシャ大尉も見ているから、恥ずかしい負け方はできないな。」
ムサルが周りのゴブリンに命令する。
「あのピンクの鎧の妖精だけ気を付けろ。もし降下して来たら集中して攻撃しろ。他の妖精は構う必要はない。あいつらの矢では、俺たちはかすり傷もつかない。」
上空で様子を見ていたアイシャがアキに話しかける。
「アキ、私たちは師団長の邪魔にならないよう、近づいてくるゴブリンを倒すけど、アキは師団長を援護できない?」
「私の矢なら、将軍を殺すことはできなくても傷をつけることぐらいはできるんだけど、激しく動いているので、師団長を避けて狙うことができない。」
「何かいい方法はない?私たちでできることなら、何でも協力するけど。」
「接近するしかないんだけど、私が降りると矢がたくさん飛んできて。」
「魔王軍の将軍からすると、アキ以外はいないのと同じだから。」
「どうしよう。」
「私がアキの服と鎧を着て注意をひきつける。逆に、アキが私の服と鎧を着て近づけば、攻撃が私に集中しているからアキが攻撃できると思う。」
「それじゃあアイシャが危険ということもあるけど、それは物理的に不可能。」
「どうして?」
「いろいろなところのサイズが。」
「あー、そうか。いいアイディアだと思ったんだけど。」
「アイシャ、アキ様、私がその役をやります。」
「ビーナ。すごく危険だよ。」
「私も副隊長だから、それぐらいの危険は仕方がありません。」
「分かった、ビーナ。私がビーナの隣を行く。」
「ううん、一人でいい。矢が集中するなら犠牲が増えるだけだし、アキさんはずうっと単独で行動していたから。アイシャはアキに付いていて。」
「でも。」
「時間がもったいないから、早く着替えよう。」
「でも、ビーナさん、どこで着替える?恥ずかしいというのは置いておいて、バレると意味がなくなっちゃう。」
「アキ様、空中で隊員に集まってもらって、その後ろで着替えます。」
「空中換装ね。分かった。」
アイシャの隊員が壁になり、その中でアキとビーナが服と鎧を交換した。
「どう、アイシャ似合う?」
「う、ううん。似合うよ。」
「本当はアキさんの可愛い服、着てみたかったんです。有難うございます。」
「そう言ってもらえると嬉しいけど。」
「攻撃のタイミングはどうします?」
「師団長が攻撃するタイミングと合わせれば、効果がありそうだけど。」
「そうね。それで将軍の注意が分散したら、師団長が攻撃できるチャンスが増えるわね。」
「初めに私が行きます。それでゴブリンからの攻撃が私に集中したら、アキ様とアイシャの分隊が出発して。」
「分かった。残りの全隊員はビーナに矢を放とうとしているゴブリンを攻撃して、ビーナへの攻撃を減らして。」
「分かりました。」
地上の戦いは、ユウイチが動きながら続いていた。
「ユウイチ、ちょこちょこと良く動くな。」
「1対1の場面を作り出すためだよ。」
「それでは攻撃が1回しかできないから、こちらを倒すことはできないだろう。」
「そうだな。お前たちも隙を見せないからな。」
「動き回って、馬が疲れたところがお前の最期だな。」
「それがだいぶ馬が弱ってきたようだ。」
「そう言って油断させようとしているだろう。」
「そうでもないんだよ。」
ユウイチは「勝負の時」と思い、ムサルに背を向け、グレドとダロスに向かった。
「ビーナ、師団長はムサルに攻撃を仕掛ける。」
「了解。私はムサルに向かう。」
ビーナが高度を下げて、ムサルに左側から向かって行く。
「それじゃあ、アキ、私たちもいくわよ。」
「分かった。」
アイシャを先頭にして、アキが左後ろについて、高度を下げながらムサルに右側から向かって行った。ユウイチも鉾でグレドとダロスを牽制したと、全速力でムサルに向かった。
「アキ、勝負だよ。」
「分かっている。」
アキが詠唱を唱え始める。
「私は風の子・・・・・」
上空からはビーナを援護するためにビーナを狙っているゴブリンへ矢を放っていたため、ビーナに飛んでくる矢の数はそれほど多くなかったが、脚や腕に矢が当たりかすり傷を負っていった。中央をユウイチ、その後ろから左にピンクの鎧を着たビーナ、右にアイシャとロルリナ王国の鎧を着たアキが共にムサルに向かって行った。もうすぐアキの射撃ポイントになるというときに、上からの援護射撃を気にしないシギがたくさんの小石をビーナに向かって投げた。その小石の一つがビーナに当たり、ビーナは地面に落ちて行った。シギが喜んで叫ぶ。
「当たり!」
「これでうるさいハエがいなくなった。シギ、でかしたぞ。それじゃあ、ユウイチを片付けて終わりにしよう。」
アキが詠唱を詠み終わる。
「風を司る聖霊よ、どうかこの矢に力を!」
そして矢を放つと同時に上昇に転じた。至近距離からムサルに向けられた矢はすごい勢いでムサルの右肩に突き刺さった。それを見たユウイチがムサルに鉾で一太刀浴びせ、さらに、鉾でムサルの胸を貫いた。ムサルが馬から落ちた。ムサルは即死だった。しかし、同時にユウイチも後ろからグレドとダロスに剣で刺されて馬から落ちた。そして、少しだけ離れたところに、地面に落ちたビーナが転がって来て、仰向けに横たわった。そのビーナのところに、ゴブリンたちが集まって来た。
「妖精の女が落ちてきた。これは俺のものだぞ。」「いや、俺のものだ。」
上空の隊員はそのゴブリンたちに矢を放って、何とかビーナからゴブリンを遠ざけようとしたが、長くは持たないことは明らかだった。上空に上がったアイシャが低空に降りるが、ゴブリンからの矢が飛んできて、あまり近づけそうもなかった。地面に落ちた衝撃で声を出せないビーナがアイシャの方を必死に見つめた。心を決めたアイシャがビーナに向けて弓を構える。ビーナはアイシャの気持ちを軽くするために、精一杯微笑んだ。
「アイシャ、当ててね。」
そのとき、深手を負っているユウイチが、ふらついた足取りでビーナの方に向かいながらアイシャに向かって叫ぶ。
「アイシャ、待て。」
ビーナがユウイチの方を見る。ビーナがユウイチを見つめて頷いた。
「そうね。師団長の矛なら、もっと楽に逝けるわね。」
しかし、ユウイチは上空の妖精に石を投げようとしていたシギに鉾を投げつけた。
「うかつなやつめ。」
鉾はシギの胸を貫いた。そして、ユウイチは倒れていたビーナを掴んで上に投げ上げ、アイシャに向かって叫んだ。
「受け取れ、アイシャ!」
その直後、グレドとダロスがユウイチの前と後ろから剣で刺した。ユウイチはゆっくりと倒れていった。
アイシャが思い切って急降下してビーナを抱きしめて急上昇した。国の違いを越えて妖精たちが、ビーナを受け取ろうとするアイシャを援護するために地上に向かって矢を放っていた。その援護のおかげで、何本かの矢がアイシャをかすったが、アイシャはビーナを抱いて矢が届かない上空まで達することができた。アイシャ、アキを含めそこにいた妖精全員がユウイチ師団長に敬礼をする中、アイシャが叫んだ。
「師団長!有難うございます。魔王軍はこの命に代えても全部倒します。」
地面に横たわっていたユウイチは、アイシャに向かって小さく手を振った後、プラト王国の王都の方を指さして息絶えた。
この戦いの様子は、王都の偵察部隊によりその概要が大本営に伝えられていた。妖精部隊による支援が検討されたが、王都の防衛を優先するために援軍は送らずに、状況把握だけに専念していた。包囲突破後、第4師団は休むことなく王都に向かった。第4師団の妖精たちによって、ユウイチの死の様子がヤマトに伝えられた。
「将軍を二人倒して、最期はロルリナ王国の妖精を一人助けてか・・・・・。師団長、さすがです。私も見習います。」
ヤマトのところに王都からの通信部隊が到着し、ヤマトは自身が傷ついているのにも関わらず、できるだけ正確に状況を報告した。しかし、大本営が撤退する第4師団に送る救援部隊は非常に限られたものになった。総力を挙げて王都での戦に備えていたのである。そのため、第4師団は自力で王都に向かった。
アキに先導されて、アイシャの部隊がプラト王国の王都に到着すると、王宮の大広間に案内された。大広間に到着すると、すぐに側近といっしょにマリ王女が出てきた。アイシャたちは、敬礼ができるもの全員がマリに向かって敬礼した。アキが説明する。
「マリ王女様、第4師団の包囲突破に協力してくれたロルリナ王国第2妖精連隊の方々と、隊長代理の藤崎アイシャ大尉です。」
「藤崎アイシャ大尉です。この度は、私たちの隊をプラト王国に受け入れて下さり、大変ありがとうございます。」
アイシャ達がみな怪我をして、立てないものや血を流しているものも多かったため、マリはヒールを優先することにした。
「皆さん、大変なお怪我をされているようですから、まずは私のヒールの術を施したいと思いますが、よろしいでしょうか。」
「はい、これからの魔王軍との戦いのため、お言葉に甘えたいと思います。」
マリは一番重傷に見えたビーナのそばに寄って歌を歌い始めた。するとビーナの出血が止まり、傷口がふさがり、痛みがなくなり、傷跡も消えていった。それはアイシャ達も同じだった。アイシャ達はみな「これがプラト王国王女マリ様のヒールの力。」と驚いていた。2曲ほど歌った後、マリが尋ねる。
「みなさん、いかがですか?」
アイシャが隊員の様子を確認したあと、ビーナに尋ねる。
「ビーナ、大丈夫?」
「嘘みたいです。はい、傷も治り痛くもありません。」
「本当、良かった。」
アイシャがマリに報告する。
「はい、隊員の傷は癒えたようです。噂以上のヒールのお力です。王女様のお力をお示し下さり、大変有難うございます。この御恩は一生忘れません。」
「いえ、第4師団の包囲突破で大活躍されたことを、アキちゃんやヤマト副師団長の伝言で聞きました。たくさんの兵を助けて頂いて有難うございます。」
「もったいないお言葉です。我々全員、ロルリナ王国を滅ぼし非戦闘員の民まで皆殺しにした魔王軍を撃破し、魔王を殺すまで、プラト王国軍の指揮下に入って戦う所存です。」
「それは心強いです。私からもお礼をいいます。でも、みなさん傷は癒えたようですが、何と言いいますか、ボロボロというと失礼ですが、本当に失礼ですね。ごめんなさい。」
「いえ、お見苦しい恰好をお見せして、申し訳ありません。」
「そんなことはありません。皆さんが頑張ってきた証です。でも皆さんはうら若き女性でもあるので。そうだ、ここには大きなお風呂がありますので、みなさん、そのお風呂に入るといいと思います。」
「噂に聞いたことがあります。本当に楽しみです。」
「お風呂の後、みなさんの休むところは用意してありますので、そこでお休みください。」
「そこまでのお心遣い、大変ありがとうございます。」
「後のことは大本営の方にお願いしてあります。今、大変忙しくて、いつになるか分かりませんが、アイシャさんをお呼びしますので、そのときまたお話ししましょう。」
「はい、お呼び出し頂ければ、最優先でお伺いします。」
「有難うございます。それでは私はここで。」
「有難うございました。」
アイシャ達は大本営の事務官に付き添われて、大浴場に向かった。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、王女様から我が兵と同じように扱うようにと言われていますので、その範囲でしたら大丈夫です。」
「有難うございます。第4師団が王都に向かって帰還中と思いますが、飛竜部隊に対する上空援護は大丈夫でしょうか。」
「第4師団を心配して頂けるのですね。有難うございます。はい、第4師団の妖精部隊と交代で、王都から護衛の妖精部隊を出していますので、ご心配は無用です。」
「プラト王国妖精部隊の空中戦の強さは知っていますから大丈夫だと思いますが、我々の体も良くなりましたので、矢を運ぶなどのお手伝いはできます。」
「アイシャ大尉の隊の方々が重いものを運べることは聞き及んでいます。ただ、ヤマト副師団長からは、アイシャ大尉の隊の大活躍により、8000名以上の兵が助かったとの報告を受けています。できれば今は休まれて、その地上攻撃能力を王都での攻防に発揮して頂きたいと思っております。」
「ヤマト副団長の報告は、買いかぶりすぎと思いますが、分かりました。王都防衛まで休息に務めることにします。」
「有難うございます。」
「プラト王国の宮殿の大きなお風呂には、ライオンと虎が戦っている彫刻があると聞いたことがあるのですが。」
「申し訳ありません。その彫刻はお風呂を広くするために広場に移してしまいました。でも、それをどなたから?」
「母です。母がプラト王国の王都はお湯が湧いて出る所に街ができて、そこが発展して王都になったと言っていました。」
「その通りですが、プラト王国のことを良くご存じなお母さんなんですね。アイシャさんは、お母さん似なのでしょうか。」
「母の方がもっと頭が良さそうな顔をしていますが、よく似ていると言われていました。」
「そうですか・・・・・・。」
「何か。」
「いえ、美人の家系で羨ましいなと。」
「そんなことはないです。」
「いえいえ、ご謙遜を。到着しました。ここが大浴場です。どうぞ、ごゆっくりして行って下さい。上がりましたら向かいの休憩室にお集まり下さい。」
「承知しました。有難うございます。」
253人の妖精が脱衣所に入り、服を脱いでから風呂場へ向かった。
「アイシャ、すごい。こんな広いお風呂は見たことがない。」
「噂には聞いていたけど、私も初めて。本当に気持ちがいい。」
傷が治ったこともあり、他の隊員も初めて入る大きなお風呂に喜んでいるようだったため、アイシャが注意を促した。
「みんな、楽しんでいるところをごめん。私たちは今はプラト王国の元で戦っているけど、元々はプラト王国と戦ってきたから恨みに思っている人もいると思う。第4師団の師団長も亡くなられた。もちろん、王女様をはじめとして、私たちのことを分かってくれる人もいるから、その人たちと協力して魔王軍を撃滅しよう。それが一度は魔王軍に味方した私たちのできる唯一の罪滅ぼしだから。まとめると、楽しんでもいいけど、あまりはしゃぎすぎないようにということかな。」
アイシャの話の後から、隊員は静かにお風呂を楽しんだ。お風呂を出た後は、宿舎に案内されてそこで食事を取った。基本的に給料や食事はプラト王国軍と同じ基準で支給されることになった。制服はロルリナ王国のものに腕章を付けて、プラト王国軍と共に戦っていることを示すことになった。
魔王軍が来て不安に包まれているとは言え、王都の中はまだ平和だった。プラト王国軍の規律の勉強や訓練の後、給料を支給されたアイシャの部隊の隊員の中には遊びに出かけるものもいた。
「アイシャ隊長は出かけないのですか?」
「報告書を書かなくてはいけないということもあるけど、今は、そんな気分にはなれないかな。師団長の仇を討つために何ができるか考えなくちゃいけないし。」
「そうですか。ここのお店の料理は異国の料理ですが、魔王軍の食事より1000倍ぐらい美味しいですよ。甘いものもありますし。」
「宿舎の食事でも十分美味しいから。」
「そうですか。」
「でも、みんなは行って羽を伸ばしていらっしゃい。もう少ししたら、また激しい戦いになって・・・・・。」
「分かっています。今だけ楽しんできます。」
「うん、行ってらっしゃい。」
その日の午後、アイシャが宮殿に呼ばれた。そこにはアイシャと顔合わせをするために『ユナイテッドアローズ』のメンバーも呼ばれていて、アイシャが来る前に全員が集まり、ロルリナ王国の妖精部隊に関して相談をしていた。
「ロルリナ王国の妖精連隊、いくら第4師団の包囲突破を支援したとは言え、所詮は宿敵の軍。王女様に何事もないようにお守りしないと。」
「パスカル、それはもしかしてアイシャたちのことを言っているの?」
「その通り。我々を騙して王女様に近づく作戦かもしれない。もしおかしなことをしたら、この小烏丸の出番だ。」
「パスカル、そう言えばアイシャが奴隷が欲しいと言っていたから、パスカルを推薦しておいたわよ。奴隷になればアイシャをずうっと見張ることができるわね。」
「ははははは。アキちゃん、いくらなんでもそれは冗談がきつい。」
「アキちゃん、パスカル君を奴隷にしても、あまり役に立たないけどね。」
「それもそうね。」
「ラッキーさんも、アキちゃんも酷いな。」
そのとき、アイシャが部屋に入って来た。
「アキ、こんにちは。この間は有難う。」
「みんな元気になった?」
「うん、女王様のヒールのおかげで、みんなすごく元気になった。これで魔王軍と全力で戦うことができる。」
「良かった。」
「『ユナイテッドアローズ』の皆さん、ロルリナ王国第2妖精連隊の連隊長代理を務めています藤崎アイシャ大尉です。お目にかかれて光栄です。」
早速、パスカルがアイシャに話しかける。
「アイシャ大尉。」
持っている武器から剣士と分かったアイシャが答える。
「パスカル様、何でしょうか。」
パスカルの頭の中では「パスカル様」という単語が響き渡っていた。
「アキちゃんから、アイシャ大尉が身の回りの世話をする奴隷をお探しという話を聞いたのですが、俺が、いえ申し訳ありません、わたくしめが立候補致します。」
「アキから聞いていた通り、パスカル様は、ご冗談がお上手です。」
「いえ、冗談ではありません。」
「アイシャ様、実はパスカル君には、剣と、どんなことがあってもめげないこと以外何も取柄がありません。僕の方が何でもできるので、奴隷にするならば僕の方が良いと思います。掃除、洗濯、何でもお任せください。」
「いえ、ラッキーさんは、楯ぐらいしか能力はないはずです。」
「僕は毎日、料理と洗濯を自分でしているよ。パスカル君は基本弁当を買ってきているだけと思ったけど。」
「アイシャ様、大丈夫です。料理はすぐに覚えます。」
「あっ、有難うございます。あの、アキ、これは?」
「だから言ったでしょう。本当にこういう人たちなの。」
マリ王女が専用の出入り口から出てくる。
「あらあら、とてもにぎやかですね。どうしたのですか?」
「私が冗談でアイシャが奴隷を欲しがっていると言ったら、パスカルとラッキーがアイシャの奴隷になりたがって、自分たちができることで言い争っていたんです。」
「そうですか。皆さん打ち解けて良かったです。でも、申し訳ないですが、今は魔王軍を迎え撃つ算段をしなくてはいけないので、その話は魔王軍を倒してからにして下さい。」
アイシャが答える。
「王女様、かしこまりました。」
「魔王軍を倒すまでに料理ができるようになっておきます。」
「パスカル君、その話は魔王軍を倒してからにしよう。」
「アイシャは王女様に似て美人だからでしょうけれど。」
「アキちゃん、最初会ったとき、私もそう思ったんだけど、そういう服を着ると、私と言うより私の姉に本当に良く似ていると思う。アイシャさん、後でその話もさせて下さい。でも今は魔王軍撃退が優先。」
「はい、王女様のおっしゃる通りと思います。」
「過去の経緯から考えて、アイシャさんの部隊をプラト王国軍の組織に直接組み入れるのは難しいと思います。」
「それは私も心配していました。」
「それで、アイシャさんの部隊を私の直属の部隊として、『ユナイテッドアローズ』と協力して魔王軍撃滅に当たることにしたいと思います。その方針でよろしいでしょうか。」
「はい、有難き光栄です。『ユナイテッドアローズ』と協力して、魔王軍を撃滅するために、この命に代えても魔王軍と戦います。」
「アイシャ様、そんな心配しなくても、アイシャ様を傷つけようとするものは、魔王軍の将軍だろうがなんだろうが、俺が切り刻んでやります。」
「パスカル君、その心配はないよ。僕の楯でアイシャ様に魔族の指一本触らせたりしない。」
アイシャはパスカルとラッキーの話を無視して話を続ける。
「王女様、それで私たちの役割は、基本的に予備戦力、こちらが不利な状況に陥っているところに駆けつけて、押し返すということでしょうか。」
「それが基本ですが、もう一つもっと危険な任務があります。」
「それは何でしょうか。何でもおっしゃってください。」
「魔王軍の将軍の現れた時に、アイシャさんの部隊とアキちゃんが周りのゴブリンとオークを掃討して、コッコさんが敵の魔法士へ対応して、パスカルさんとラッキーさんが将軍を倒すというものです。」
「『ユナイテッドアローズ』と私たちで、敵の中に突入するわけですね。」
「そういうことになります。」
「分かりました。第4師団の脱出作戦より厳しい作戦になると思いますが、敵の将軍が倒せるならば、喜んでその作戦に参加します。」
「有難う。『ユナイテッドアローズ』のみんなもいい?」
「もちろんです。アイシャ、いっしょに頑張ろう。」
「魔王軍の将軍に、この小烏丸の威力を思い知らせてやります。」
「仰せのままに。」
「パスカルちゃんとラッキーちゃん、BL漫画のネタを頼むよ。」
「いや、そのために行くんじゃないから。」
「王女様、魔王軍が到達するまで、あとどのぐらい時間がありますでしょうか。」
「大本営では、あと1週間ぐらいで本隊が到着すると考えているようです。」
「分かりました。それまでに『ユナイテッドアローズ』の方々と作戦の詳細を具体的に詰めたいと思います。」
「お願いします。それでアイシャさん、さっきの話なんだけど、アイシャさんのお父さんとお母さんは、もともとロルリナ王国の方なの?」
「父の家系はロルリナ王国で代々武将を務めていた名門の家系です。ですから私が若くても、プラト王国軍での階級が高くなったということがあります。母の素性は良く分かっていません。祖父が訓練中に山の中で迷子になっていた女の子を見つけて育てたということです。母は迷子になる前の記憶がなく、祖父は、母は誘拐されて捨てられたか逃げ出したんじゃないかと考えていたようです。それで、祖父は本当の親を国中探したのですが、残念ながら親を見つけることはできませんでした。」
「その迷子を見つけたのは何年前でしょうか?」
「27年ぐらい前だと思います。」
「今、お父さんとお母さんはどうされているのでしょうか?」
「それが父は病気で寝ているところを、魔王軍に襲われて、残念ながら二人とも。襲ってきたオークに矢を放ったのですが通じなくて、両親にお前だけでも逃げろと言われて・・・。」
「そうですか。それはとても残念です。でも、アイシャさんだけでも無事で、ご両親も少しだけ救われたと思います。それで、お母さんが迷子の時に、何か身に着けていたりはしませんでしたか?」
「祖父が母を見つけた時に、このブローチを身に着けていたということです。私が逃げる直前に母が渡してくれて。その時、母は何か言いたそうでしたが、オークが部屋に入ってきたため聞くことはできなくなってしまいました。今ではこのブローチが母の形見です。」
「そのブローチを見せて頂けますか?」
「はい。」
アイシャがブローチを外して、マリに渡す。近くで見たマリは持ってきた小箱から、ほとんど同じブローチを取り出して見せる。アイシャが驚いて尋ねる。
「それは?」
「これは祖父からのプレゼントです。実は私には姉がいたのですが、27年前、私が3歳の時に城外を散策中に行方不明になってしまっていて。そのとき、姉も私もこのブローチを身に着けていました。」
「私の母が王女様の姉かもしれないということでしょうか。」
「私の側近がアイシャさんから聞いたお母様の話、いまアイシャさんから伺った話、ブローチ、アイシャさんのお姿を考えるとそう考えて間違いないと思います。そうだとすると、アイシャさんが王宮に留まって戦闘に参加しないことを希望するようならば、そのようにすることもできますが。」
「いえ、第4師団のユウイチ師団長に魔王軍を命を懸けても殲滅すると約束しました。それに、もし私が王女様の姪だとすると、私にはプラト王国の王族の親戚として女王様、ユミ様、徹様、プラト王国をお守りする義務が生じます。私はみな様をお守りするためにも喜んで魔王軍と戦います。」
「そうですか。姉の性格を受け継いでいるとすると、意思は変わらないわね。」
「はい。昔から頑固と言われています。」
「分かりました。でも無駄に危険なことだけは避けて下さい。」
「承知しました。申し訳ありませんが、王女様、この話を公表すると、プラト王国の国民や私の部隊の隊員が動揺すると思います。ですので、このことはここだけの話にした方が良いと思います。」
「それはアイシャさんのいう通りですね。少なくとも、この戦いが終わるまでは秘密にしておくつもりです。ただ、その事実を書いた書類だけは残しておきますから、私たちの家族に万が一のことがあった場合、プラト王国をお願いします。」
「それは・・・・。」
マリが強い調子で言う。
「先々代の子孫は多数いますから、たとえ魔王軍に勝っても王国に内乱が起きる可能性が高いです。アイシャさんは祖父、先代王の孫です。王位継承権第3位で、他の親戚より優先度があるということは誰もが認めることです。ですので、そのようなことが起きた場合、王位を継ぐことを是非ともお願いします。」
「分かりました。そんなことが起きないよう全力を尽くしますが、万が一の時は『ユナイテッドアローズ』の皆さんと協力して、お世話になったプラト王国のために最善の道を取ります。」
「有難う、アイシャさん。」
アイシャが深く礼をする中、パスカルが話を変える。
「それで、アイシャ様、アイシャ様は女王様の姪ということですから、奴隷の一人や二人はいても当たり前ということになります。」
「それは、パスカル君の言うことに同意するよ。」
「もう、パスカルとラッキーはまだそんなことを言っているの。」
部屋の中が笑いに包まれた。
それから5日後、第4師団が王都に到着し、王都の正門から入って来た。アイシャがそれを迎えた。最後にヤマトが入って来た。
「ヤマト副師団長、ご無事で何よりです。」
「アイシャ大尉も、お元気そうでなによりです。ビーナさんは?」
「王女様のヒールのおかげで、ビーナを含めて全員元気になりました。」
ヤマトに腕章を見せながら話を続ける。
「現在は女王様の直属の部隊となり、籠城戦の予備戦力となることと、『ユナイテッドアローズ』が、城外に討って出るときの支援を拝命しています。」
「そうですか。我々は西の城壁の守備を担当する予定です。」
「戻ったばかりで、もう戦われるのですか。」
「はい、魔王軍は地元の魔族を集めながら、その勢力を拡大しています。あと、2日もしたらこちらに到着するでしょう。」
「分かりました。ユウイチ師団長と約束した通り命をかけて魔王軍を殲滅するために戦います。私たちの力はヤマト副団長に比べれば取るに足りないものですが、副師団長たちの行動の邪魔にならないように、ゴブリンを片付けることぐらいはできます。」
「有難うございます。師団長との約束ですが、師団長自身はアイシャ大尉が安全なところにいた方が喜ぶと思いますので、あまり無理はなさらないで下さい。また、師団長の遺言でもありますが、もし困ったことがあれば、私ができることならば何でもしますので、遠慮なく言ってください。」
「師団長はそんなに私たちのことを思って下さっていたんですか。」
「それはあまりお気になさらないでも構いません。師団長が別れるときに言っていましたが、アイシャ大尉が師団長の初恋の人に似ているからだそうです。ははははは。」
「そっそうですか。それは光栄です。師団長ともっとお話しをしてみたかったです。」
「今の話を聞いて、師団長も天国で喜んでいると思います。」
ヤマトが先に行った師団の兵の方を見たのでアイシャが別れの挨拶をする。
「足を止めてしまい、申し訳ありませんでした。第4師団のご武運をお祈りしています。」
「はい。私もロルリナ王国第2妖精連隊のご武運を祈っています。」
二人は敬礼してそれぞれの宿舎に戻って行った。
ヤマトが言った通り、第4師団帰投の2日後、さらに数を増した魔王軍が到着しはじめていた。大本営の観測では王都周辺には3000匹以上のオーク、55000匹のゴブリン、そして飛竜も1000匹以上いて、第4師団攻撃の時よりも増強されているようだった。その上、ロルリナ王国の魔物たちが徴兵されプラト王国内に移動してきていて、王都を囲む魔王軍の数は増えていくことが予想された。また、魔物の他に人間の人質が3000名、家族を人質に取られたプラト王国の非戦闘員の妖精が1000人程集められていた。対するプラト王国の王都を守るのは近衛師団を含む6師団からなり、妖精500人を含む総勢60000人の軍人からなっていた。その他に90000人の非戦闘員が王都内に立てこもっていた。王都周辺に到着した魔王軍は、城壁攻略用の梯子を製作するなど、しばらくは王都攻撃のための準備をしていた。
アイシャやプラト王国軍の妖精部隊は、王都への攻撃の準備をしている魔王軍へ攻撃することを大本営に上申したが、却下された。
「アイシャ、城外への攻撃は却下されたの?」
「単に王都を守るだけなら攻撃に出た方がいいんだろうけれど、この作戦の目的は魔王軍を撃滅することだから、あえて魔王軍を呼び込む必要があるみたい。あと、この王都には王女様を含めて優秀なヒーラがたくさんいるから、傷ついて飛べなくなった妖精が地面に落ちても、そこが城内ならば最戦力化が可能という理由もあるって。プラト王国の大本営が言うことは、分からないことはない。」
「まあ、同じ死ぬでも、ゴブリンに好きにされるのは絶対にいやだからね。」
「ビーナ、落ちたときに怖い思いをしたと思うけど、精神的に大丈夫?」
「うん、やられても城内に落ちるなら大丈夫。助けてくれたユウイチ師団長のためにも頑張るわよ。」
「それは良かった。でも本当に全力で頑張らないと勝てないと思う。」
「分かっているって。」
それから3日後の深夜2時半、突然に魔王軍の一斉攻撃が始まった。地上のゴブリンや空中の飛竜に乗ったゴブリンから多数の矢が、城壁の上にいるプラト王国の守備兵に向けて放たれた。飛竜部隊の上空には人質を取られた妖精たちが飛竜部隊の護衛に付いていた。地上と飛竜部隊の矢による攻撃が始まって10分位すると、東西南北、あらゆる方向から城壁に多数の梯子が架けられた。守備隊が梯子を倒そうとするが、上下から矢が飛んで来る上、梯子は左右と後ろからつっかえ棒で支えられており、少人数で倒すのは難しく、ほとんどの梯子が倒すことができずに残った。その梯子を最初に無理やり昇らされる人質の人間が上がって来た。その人たちを楯にして、オークとゴブリンが続いた。
城壁の上の守備兵は、人質に構わず下に向けて矢を放ったり、石を落としたり、煮立った油を下に落としたりしていた。守備兵は上下からの矢を木の板で防いでいたが、完全には防ぎきれてはいなかった。特に、下に向けて攻撃する場合は、城壁から身を乗り出さなくてはいけないため、下からの矢が当たり守備兵の被害は増加していった。そして、城壁にオークやゴブリンが上がって来ると、剣、槍、鉾による戦闘になった。オーク1匹に対して槍を持った10人の人間が対応して、何とかオークを城壁の上にとどめていた。上下からの矢は、敵味方の区別なく降り注いだこともあり、このままでは城壁の上の守備が突破され、オークやゴブリンが王都内に入ってくるのは時間の問題だった。
アイシャの部隊に飛竜部隊への攻撃と城壁の守備隊への援護攻撃が命じられた。
「私たちは4つに分かれて、東西南北から攻撃してくる魔王軍の飛竜部隊を迎撃する。その後、城壁上の守備隊の戦闘を援護する。私の隊は一番劣勢な東の城壁に向かう。ビーナ、ヘレン、キャシーはそれぞれ、西、南、北の城壁をお願いね。」
「了解。」
「私たちが狙うのは飛竜に乗っているゴブリンでなく飛竜そのものだからね。私たちの矢はプラト王国の妖精部隊が使っているものより重いから、飛竜でも一撃で落とせるはず。」
「はい。」
「大本営から城壁の外には絶対に出るなという厳命を受けている。だから絶対に深追いはしないで。優しい命令なようだけど、怪我をしても直してまた戦えということ。魔王軍と違って、兵力が限られている状況ではそれしかない。」
「分かっています。」
「あと、飛竜を守っているプラト王国の民間の妖精たちが攻撃してくる可能性が高いとのこと。その妖精たちへは、プラト王国軍妖精部隊が対応する。私たちは直接の戦闘を避けるようにするが、観測担当はなるべく早く見つけて分隊長に報告して。」
「分かりました。」
「それでは、進発する。」
アイシャの隊は、1つの隊が63人ぐらいからなる4つの隊に分かれて、東西南北の城壁に向かった。そして、それぞれの隊は基本的に5人の分隊に分かれて行動した。10の分隊は飛竜を攻撃し、1つの分隊は矢を補給し、1つの分隊は救護を行い、残った妖精たちは伝令となることにした。
一方、プラト王国の妖精部隊は、最初はロルリナ王国の妖精部隊を援護するためにプラト王国の民間の妖精を攻撃し、飛竜と民間妖精の両部隊が撤退したら、空中警戒と城壁の戦闘支援をする命令を受けた。みなみたちの分隊も、東の城壁に急いでいた。
「でも、みなみ。何で私たちがロルリナ王国の妖精を守らなくちゃいけないの?」
「はるか、これは大本営直々の命令なんだよ。軍人なんだから命令には従わないと。それに飛行速度なら私たちの方が速いんだから、民間人とは言え妖精への対応は私たちがするのは順当だよ。」
「そうだけど。あっ、ロルリナ王国の妖精部隊が下を飛んでいる。やっぱり遅いな。」
「魔王軍の飛竜部隊がもう城壁の上の友軍に向かって矢を撃っているから、ロルリナ王国の妖精部隊に頑張ってもらわないと。私たちの第一の任務は、飛竜の上空にいる民間人の妖精たちのロルリナ王国の妖精部隊への攻撃を阻止すること。」
「やっぱり、プラト王国の妖精を撃つのは気が進まない。」
「そうね。もしかすると、私の友達がいるかもしれない。でも軍人なら撃たなくちゃいけないの。だから今からあの妖精は敵妖精と呼ぶわよ。」
「ロルリナ王国の妖精が味方で、プラト王国の妖精が敵か。」
「その通りよ。でも深追いはするなという命令だから、逃げたら追わなくてもいい。」
「それだけが唯一の救いか。」
「なるみ、おしゃべりはここまで。敵妖精の任務は低空で地上を攻撃する飛竜部隊の援護だから、飛竜からあまり離れられないはず。だから、私たちは行動の自由がない敵妖精を上空から一撃離脱戦法で攻撃する。」
「了解。」
「ロルリナ王国の妖精たちも飛竜への攻撃態勢に入ったみたい。それじゃあ、私たちも敵妖精の上に出るよ。」
「分かった。」
アイシャ達の部隊も飛竜への攻撃準備にかかっていた。
「上空をロルリナ王国の妖精部隊が飛んでいる。やっぱり速い。」
「アイシャ、彼女たち、私たちを守ってくれるかな。」
「彼女たちも軍人だから全力で守るはず。それでも討ち漏らしはあるから監視は怠らないで。私たちの分隊が先陣を切る。混戦にならないように速度を落とさず飛竜を一撃離脱で攻撃する。全員、3連射用意。」
アイシャの分隊の隊員が矢を3本持つ。
「目標前方飛竜・・・・撃て!」
3本の矢を続けさまに放って上昇する。飛竜部隊の上空にいた民間人の妖精がロルリナ王国の妖精部隊を攻撃しようと迫ってくるが、みなみたちがその後ろを追う。
「目標、先頭の妖精2名。撃て!」
5人が先頭の左右の妖精に向けて矢を放つとそれぞれ1本が当たり、妖精は下に落ちていった。先頭の妖精に矢が当たり落ちていくのを見て、後続の妖精はロルリナ王国の妖精部隊への攻撃を諦めて旋回を始めた。
「そうそう、そのまま逃げちゃいなさい。」
「なるみ、素人だからと言って油断しちゃだめよ。上空5時の方向からこっちを狙っている妖精がいるわ。」
「本当だ。」
「宙返りして、上昇してから攻撃する。」
「了解。」
他のプラト王国とロルリナ王国の分隊も、アイシャやみなみの分隊と同様の行動をしていた。第1回目の攻撃を終えたロルリナ王国の妖精部隊の各分隊は宙返りして、反対から飛竜を3連射で攻撃して離脱する。
「みなみ、すごい。ロルリナの妖精たち、飛竜をもう100匹は落としている。」
「まだ1分も経っていないのに。それも飛竜ごとを落としているから、乗っているゴブリンを落とすより補充に時間がかかるはず。」
「みなみ、飛竜部隊がもう撤退を開始したみたい。プラト王国の妖精たちも逃げてくれるといいけど。」
東の城壁上空での空中戦は、戦闘開始から1分程度、飛竜の3分の1が落ちたところで、飛竜部隊が撤退を開始し、プラト王国の民間の妖精たちもいっしょに引き上げていった。他の城壁の上空での空中戦も同様の結果だった。プラト王国とロルリナ王国の妖精部隊に死者はなく、4つの城壁の空中戦で合計20名ほどが負傷したが、ヒールによって最戦力化が可能な程度の傷だったため、救護班に付き添われ後方に下がっていた。
傷が治っていないザレンは地上で梯子を支えていた。木の板で上から振ってくる矢や石を防ぎながらも、上を見上げ空中戦を見守っていた。
「妖精と言っても民間の妖精では訓練を積んだ正規軍の妖精とじゃ勝負にならない。アイシャたちの部隊もまとめて飛竜を落としているから、制空権はすぐに向こう側に行きそうだ。空中から支援を受けられない城壁の上の部隊は全滅かもしれない。妖精部隊を訓練してから攻撃すべきだが、こちらにはもう妖精部隊を訓練することができる妖精も人間もいない。でも体制を立て直さないと、こちらの損害が増える一方になるな。」
城壁内側の地上に落ちた飛竜やゴブリンは地上の部隊がとどめをさした後、地中に埋められた。城壁の上に落ちたものはやはりとどめを刺した後、城壁外側に投げ捨てられた。プラト王国民の民間の妖精は全部で100人程度が地上や城壁の上に落ち、その半分は死亡したため埋葬された。大けがで済んだ残りの半分はヒールが施され、牢屋に入れられた。家族などを人質に取られているため、裏切る可能性が否定できないためである。東の城壁で死亡した妖精の数は他の城壁に比べて少なかった。それは、劣勢な東の城壁の上での戦闘を支援するためにやって来たパスカルが、落ちてきた妖精多数を受け止めていたからである。
飛竜と妖精が撤退し空中戦が終わると、守備隊への上からの矢による攻撃がなくなったため、梯子を倒したり壊したりするのが容易になり、城壁にかけられる梯子の数は減って行った。それでも、魔王軍が城壁の上に橋頭保を確保したところでは、ゴブリン、オーク、そして人間の死体で壁を作って梯子を守り、梯子を上がって補充されるオークやゴブリンがいるため、守備隊は梯子を破壊することができないでいた。飛竜の攻撃を終えたアイシャが橋頭保攻撃の号令をかける。
「敵の橋頭保や周辺のゴブリンを掃討する。私たちの矢で効果があるのはゴブリンだけだけど、ゴブリンをすべて掃討できれば、守備兵がオークを倒しやすくなる。それで、城壁の上の橋頭保をつぶす。混戦状態だから、よく狙って撃つように。」
「分かりました。」
ロルリナ王国の4つに分かれた妖精部隊は、それぞれ担当の城壁の一番大きな橋頭保から順番に弓矢を使って、また梯子を上がってくるゴブリンに対しては石を落として攻撃した。プラト王国の妖精部隊の半数も城壁の攻撃を行ったが、地上攻撃に関しては、攻撃の目標の選定・威力・精度ともに地上攻撃が主任務であるアイシャたちの部隊の方が上だった。空中戦が終わるころアキがやってきて、城壁の上のオークを攻撃し守備隊を支援を行っていた。アキが後から来た理由は、空中戦は普通の妖精部隊で対応可能で、アキの強力な矢の意味が少なく、混戦になると高速で飛んでいても矢が当たる可能性があり、その危険性を考えてアキの出撃を大本営が止めていたためである。
朝までに城壁に上がったオークとゴブリンを殲滅し、梯子を倒したり壊したりすることに成功した。これで王都戦1日目夜の攻撃が終わった。ロルリナ王国の妖精には全員休息が命じられた。プラト王国の妖精は3分の1が警戒任務が命じられ、残りの3分の2は休息が命じられた。魔王軍は攻撃してこない間、城壁そばで樽を叩いたり、叫んだりして、王都の中の人間にプレッシャーを与え、休ませないようにしているようだった。そのため、プラト王国とロルリナ王国の妖精部隊は、音が聞こえない王都中央の王宮の地下で休むことになった。そして、豪華とは言えないが栄養価の高い食事を与えられた。
「アイシャ、それにしてもすごい食事。豪華じゃないけどすごく美味しいし。」
「ロルリナ王国は妖精部隊の食事は普段から一般の兵隊さんとは違うみたい。これは戦闘用の食事で消化は良いから全部食べろって。」
「それだけ大切にされているということ?」
「やはり制空権を握られると戦争には勝てないので、そういうことみたいね。」
「だからプラト王国の妖精たちは速く飛べるのかな。」
「そうね。普段から栄養に気を付けているためか、みんなスマートだもんね。」
「それは言わない。」
「とりあえず食べたら少し休んで寝よう。夜にはまた戦闘だから。」
「分かった。」
アイシャは食事が終わると怪我をした隊員が収容されているところに向かった。
「大丈夫?」
「はい、深手ではないので大丈夫です。今晩もまた行けます。」
「あまり無理はしないでね。戦いは何か月と続くかもしれない。」
「そうですか。」
「でも、心が折れたら負けだから。」
「はい。隊長代理がくじけなければ私も大丈夫です。」
「分かった。私はくじけない。責任重大ね。」
「それより、やはり城壁の守備兵の損害が心配です。ここに到着する前に亡くなっている方もかなりいるようで。」
「うん、一般の守備兵が槍を持ってオークに向かって行くのは、上から見ていても壮絶だった。でも私たちができるのは、周りのゴブリンを掃討して、守備隊がオークだけに専念できるようにすることだから、与えられた任務をがんばろう。」
「分かりました。」
その夜は、魔王軍は北の城壁に集中して攻撃してきた。城壁の上まで梯子をかけると、梯子を倒されるため。梯子は城壁の少し下までにして、そこから城壁の上まで魔王軍が這い上がって来た。梯子は固まって多数かけられたため、かなり大規模な橋頭保ができたが、ロルリナ王国の妖精部隊の全員、プラト王国の妖精部隊の半分、予備戦力の近衛師団が対応し、橋頭保の拡大を抑え、アキとパスカルの到着により朝が来る前に、その橋頭保をつぶすことに成功した。その後も、魔王軍の王都への攻撃は方法を少しずつ変えながら毎晩続いたが、制空権が取れないため空からの攻撃を受け、魔王軍は城壁を攻略することができず、王都は健在だった。
王都での戦いが始まって1週間が経った。戦闘前の早い夕食を取りながら『ユナイテッドアローズ』のメンバーが戦況に関して話し合っていた。
「魔王軍の攻撃はなかなか終わらないわね。」
「アキちゃん、残念だけど魔王軍は周辺の国から魔族を連れてきているようだから、そう簡単には終わらないと思う。」
「長期戦になると、補充がきかないこちらがだんだんと疲れてくる心配はあるわね。」
「パスカル君は全然疲れていないみたいだけど。」
「おう。俺は全然平気だ。」
「まあ、パスカル君の場合は、毎晩、可愛い妖精を受け止められるからみたいだけど。」
「その馬鹿さが羨ましい。パスカルはいいけど、休息に入った城壁の守備兵はちゃんと眠れているかな。」
「それは大丈夫。私が眠りの魔法で寝かしつけている。」
「さすが、コッコ。」
「寝る前に、守備兵たちのカップルがだんだんと増えてきているのが分かるから、楽しみでしょうがない。」
「よだれを出しているコッコちゃんが目に浮かぶ。」
「そのぐらいの役得がないと。」
「まあね。それでコッコもリラックスできるなら必要かな。」
「それに、アキちゃん、周りの国から魔族を連れてくると言っても、遠くなれば時間がかかるだろうし、動員できる数は減ってくるはずだから。めげないで頑張ろう。」
「うん、それはコッコちゃんのいう通りだ。」
「おう、俺は頑張るぞ。」
「でも、コッコがまともなことを言うから、今夜の戦いが心配になってきた。」
「アキちゃんとアイシャちゃんの部隊がいれば、魔王軍が城壁に上がってきても撃退できるから何とかなるよ。師団長たちも強いし。」
「そうね。でも、アイシャの部隊、すごい人気だよね。」
「アイシャ様の部隊が上を通るだけで、守備兵から大きな歓声が上がる。」
「アイシャ様!?」
「俺のご主人様だから。」
「そうか。」
「アキちゃん。アイシャちゃんの部隊は、状況が危なくなると駆けつけてくれて、周りのゴブリンを瞬殺してくれるから、僕も人気があるのは理解できるよ。」
「ラッキー、私だっていっしょにオークを倒しているのに。」
「それがアキちゃん、一昨日、絵を描く参考にと思って、ロルリナ王国の妖精部隊が入っているお風呂に入ったんだけれど、見た目と雰囲気がプラト王国の妖精とだいぶ違う。」
「コッコは、プラト王国を守るために命を懸けて戦っているアイシャ達をそういう目で見ているのね。」
「その代わり、魔王族の魔法師が攻撃して来たら、命懸けで守るよ。アイシャとビーナのGL(ガールズラブ)のイラストは良く売れるしね。えーと、こんな感じ。」
コッコがイラストを見せる。
「二人は全然そういう感じではないけどね。二人はイラストのことを知っているの?」
「うーん、同人でしか売っていないから知らないじゃないかな。」
「でも、コッコはBL専門なんじゃなかったっけ。GLの絵も描くの?」
「GLは金儲け、BLはライフワーク。」
「ライフワークね。でもコッコの言う通り、人気の差はやっぱり体形の違いかな。」
「アキちゃん、おっぱいは国境を越える、と言うことだよ。」
「馬鹿パスカル!」
「ごめんなさい。」
戦闘開始から2週間もすると、魔王軍の攻撃は兵站の不足から多少弱まって来た。そのため、マリの要請により大本営は、妖精部隊を使ってプラト王国全土の様子を調べることにした。みなみの分隊には、プラト王国北方領域の偵察の命令が下った。みなみが自分の分隊隊員に説明を行う。
「明日、北方地域を偵察するようにとの命令を拝領した。明朝に出発する。往復7時間の長丁場になる。しかも王都は完全に包囲され、王都以外は魔王軍が支配している。万が一脱落したら救出は不可能だ。したがって、今晩は魔王軍が急に大規模に攻めてこない限り、戦闘に参加する必要はないので、ゆっくり休んで明日は万全の体調で偵察に望むように。もし、明朝、体調が良くない場合は、ためらわず申告するように。」
「分かりました。でも、これは私たちの出番よね。」
「はるか、ロルリナ王国の妖精部隊のことはあまり意識しちゃだめよ。」
「でも、あっちばかり人気が高くて。一般兵だけなら分からないことはないけど、大本営の中もアイシャ大尉ばっかりに気を使っているみたいだし。」
「アイシャ大尉の顔がマリ王女様に似ているからかもしれないけど、アイシャ大尉は魔王軍を撃滅するために本当に頑張っているし、今では本当に友軍よ。」
「それは分からないことはないけど。」
「今回の作戦は、プラト王国軍の妖精部隊の速さを思う存分発揮できるから頑張ろう。正確な報告ができれば、大本営も私たちの価値をもっと評価してくれると思う。」
「何だ。みなみも意識しているじゃない。」
「ははははは、少しはね。だから頑張ろう。」
「分かった。」
翌朝、王国全土の偵察のために8分隊が王都を出発した。各分隊はまずプラト王国の境界まで飛んでから、帰還する途中に大きな街や村の様子を偵察して回る予定である。みなみたちの分隊は2時間半飛んだところで、北の国境の検問所があるところに到達した。
「北のノルデン王国からプラト王国に何かが入ってきているようね。」
「みなみ、もう少し低空に降りてみよう。」
「うん、そうね。全員、対空監視怠らないように。」
「分かっている。」
みなみたちは隊列を崩さず、大きく旋回して、プラト王国に入って来るものを確認した。
「やっぱり、入ってくるのはオークやゴブリンのようね。」
「魔王軍を増強するためね。」
「入ってきているのは、魔王軍と言うよりノルデン王国の一般のオークやゴブリンみたい。」
「こちらに来てから、訓練して、魔王軍の兵にするんだろうね。」
「王都でかなりのオークやゴブリンを倒したけど、数が減らないのはこのせいね。」
「他からも来ているかもしれないけど。」
「それは、そうだと思う。」
右後ろのなるみが報告する。
「5時の方向に飛竜部隊を発見しました。数は25。」
「私も確認した。25匹ぐらいいる。戦闘で落とせない数ではないけど、戦闘は避けるようにとの指示だから、上昇して北の街に向かう。編隊を崩さず付いてきてね。」
「分かりました。」
みなみの分隊は旋回しながら上昇し、北の街へ向かった。北の街に到着すると旋回しながら高度を下げた。
「北の街は魔王軍が占拠されているようね。」
「みなみ、あれは!?」
「あれか。何だろう。」
「この街には飛竜部隊はいないみたいだから、もう少し高度を下げてみよう。速度は落とさないわよ。」
「了解。」
みなみたちが街を中心として旋回しながら高度を下げた。
「みなみ、あれは人間の死体の山じゃない。」
「うん。数は分かる?」
「散らばっている人の数え方は習ったけど、死体の山の人間の数を数える方法は習っていないから、無理。」
「私もそう。死体の山の大きさだけ目測で測って報告することにする。」
「・・・・・分かりました。」
「オークやゴブリンの数は家の中にもいるだろうから正確にはわからなさそうだけど、外にいる分は概算で数えよう。」
「了解。・・・・今聞こえたのは悲鳴?」
「家の中にいる女の人の悲鳴かもしれないけど、私たちにはどうしようもできない。この街の偵察はここまでにしよう。」
「・・・・、そうするしかないわね。」
「次は二つの村に寄った後、テームの街に向かう。」
「了解。」
二つの村でも死体の山があり、村は魔王軍に占拠されていることが観測された。そして、みなみたちは、テームの街に向かう途中に魔王軍が多数いることを観測した後、街に近づいて旋回飛行に入った。
「北の街と二つの村はだめだったけれど、この街はまだ健在のようね。」
「街の中にいるのは人間で間違いない。」
「すぐそばに魔王軍1000匹ぐらいが攻撃準備をしていたから、今夜か明日の夜には攻めてくるかもしれないけど。」
「どうする。警告してくる?」
「ううん、私たちの任務は偵察だから、様子を調べて大本営に報告する。対応は大本営にまかせる。」
「それじゃあ、間に合わなくなるかも知れないわよ。」
「私たちは、偵察以外の命令は受けていないから。それにこの後、他の街や村も見て回らないといけないし。」
「分かった。」
「でも、観測のためにもう少し高度を下げよう。魔王軍はまだいないみたいだけど、警戒は厳に。」
「了解。」
みなみたちは旋回しながら、高度を下げた。
「みなみ、街の人たちは柵を作って、魔王軍から街を防衛するつもりみたいね。」
「うん、変わった形に柵を配置している。星の形なんて初めて見た。」
「でも、カッコいいわね。」
「カッコにこだわるのは素人。」
「もしかすると、テームの街には剣士橘様がいらっしゃるから、魔王軍と戦うつもりなのかな。」
「強い剣士がいても、多方面から攻められたら一人では対応できないけど。」
「3時の方向、高度100メートル位に妖精3人がいて、こっちを見ている。」
「街の妖精かな。すぐそばの魔王軍には飛竜が30匹ぐらいいたから、素人3人では対応が難しいかもしれない。」
「人質を取られて敵にまわらなければいいけど。」
「そうね。でも今はその心配より次の街に行きましょう。」
「分かった。3つの村を通ってからだね。」
「その通り。」
みなみたちは、高度を上げて次の偵察場所に向かった。
その夜、大本営が各分隊が持ち寄った情報を分析し、まとめた結果をマリに報告した。
「女王様、本日、妖精部隊が全土を偵察した結果をご報告します。」
「有難う。」
「北方地域以外の街や村は既に魔王軍に占領されているとのことです。山に逃げた住民ですが、魔王軍に見つかり殺されたと思われる死体が川に流されていたり、草地に捨てられたりしているのが多数発見できるとの報告です。」
「そうですか。それで北方地域はどうなっているのですか?」
「まず、北の街は魔王軍が占拠しているのですが、街の住民が皆殺しになっていて、近くに死体の山が積み上げられているそうです。死体の数は街の住民の数とほぼ一致しているとの分析です。」
「北の街の市長には、山へ避難するようにとの連絡はしたのですか?」
「はい、連絡はしましたが、攻撃はまだ先だと思って油断したと考えられます。魔王軍の北方地域の担当は魔王軍の将軍の中では最強と言われるゾロモン将軍ですが、我が国より先に北のノルデン王国に侵攻したようです。」
「それで、ノルデン王国はどうなったのですか。」
「大本営の分析では、ノルデン王国は既に魔王軍に占領されているだろうとのことです。そのノルデン王国の魔族たちが我が王都に向かっていると考えています。」
「ノルデン王国がそんなに早く。」
「もともと、平和的な国でしたから。」
「そうですね。それでノルデン王国の住民はどうなったか分かりますか?」
「偵察部隊はノルデン王国には入っていないので、詳しくは分かりません。ただ、北の街の様子から考えると、おそらくは皆殺しと思われます。」
「そうですか。北の街の少し南にテームの街がありますが、テームの街はどうなっていますか。」
「はい、偵察部隊の報告によりますと、住民は街に残り、街の周りに柵を張り巡らせ、陣地を築いて魔王軍と戦う姿勢を取っているとの情報です。」
「そんな無謀な。女性や子供を含めて、住民は誰も避難していないのですか?」
「はい、そのようです。もしかするとテームの街には剣士橘様がいらっしゃいますから、それを頼りにしているのかもしれません。」
「魔王軍の位置は?」
「それが、ゾロモンが10に分けた部隊の一つがテームの街の近くで戦闘準備をしているとのことです。大本営の分析では、早くて今晩、遅くても明日の晩には街を攻撃することが予想されるとのことです。」
「テームの街には城壁がありません。10分の1とは言え1000を越える魔王軍の部隊と一般の住民がまともに戦うのは不可能です。久美(橘)のことは、高校の時から知っています。久美にはパスカルさんのようにどんなことがあっても絶対にめげないという精神力はありませんが、剣の腕だけならパスカルさんより上かもしれません。」
パスカルが小声でアキに尋ねる。
「俺、誉められているの?」
「うん、誉められている。」
「久美は魔王軍の隊長と互角以上に戦うことができると思いますが、戦っている間に住民が皆殺しになってしまいます。」
ラッキーがマリに同意する。
「マリ王女様の言う通りだと思います。」
「今からだと夜になるわね。アキちゃん、申し訳ないけど、明日の朝にテームの街に行って、私からの手紙を持って行ってくれる。」
「承知しました。明日未明、テームの街に行き、女王様の手紙を渡してきます。」
「魔王軍の街への攻撃が今晩じゃなければいいけど。」
パスカルが答える。
「攻撃は明日の晩であることを祈るしかないです。」
翌日未明、もう少しで夜明けになるという時間に、アキがテームの街に向けて出発した。行く手を遮るものはなく、時速600キロメートルで順調に飛行することができた。1時間ぐらい飛行して、テームの街まであと5分ぐらいのところで、アキが速度と高度を下げはじめた。街まで数キロメートルの所まで近づいた時、テームの街の方向から煙が上がっているのが見えた。
「もしかして、間に合わなかったの?」
アキは周辺や地上に魔王軍がいないか警戒しながら、テームの街に近づいた。
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