第2話 エスディジーズ18侵攻
話は1か月近く遡る。プラト王国の王都の中心の円形劇場で『ユナイテッドアローズ』のアキとユミによる歌とダンスのパフォーマンスが行われていた。
「皆さん、『ユナイテッドアローズ』のアキだよ。今だけは楽しむことを考えて、『ユナイテッドアローズ』を応援してね!」
「皆さん、ユミだよ。アキ姉さんといっしょに一生懸命練習してきたパフォーマンスを精一杯頑張るから、応援してね。」
「でも、こうやってパフォーマンスしているけどユミちゃんって、本当はこの国の王女様なんだよね。」
「アキ姉さんはあまり知らないかもしれないけど、王女って本当は大変なんだよ。」
「そうなの?私なんか憧れちゃうけど。」
「昔は厳しいしつけがあって、年頃になると、見も知らない外国の王子に嫁がされたり。」
「政略結婚ね。国と国が戦争をしないためだけど。でも、隣のロルリナ王国の王子様みたいにイケメンだったら?」
「イケメンだったらOKです。」
「ロルリナ王国は魔王軍と戦って大変そうだけど、きっと勝つよね。」
「うん、女神様がイケメンを殺すわけがない。」
「ははははは。ユミちゃんが女神さまになったらそうかもね。そうなったら、王族がイケメンじゃない国は大変だ。でも、ユミちゃんの相手がイケメンじゃない王子様だったら?」
「うちのママはそんなことを言わないと思う。ママもイケメン大好きだし。」
「なるほど、それは良かった。ユミちゃんがアイドル活動をすることを許してくれるぐらいだから、ユミちゃんに理解ありそう。」
「まあ、そうとも言える。」
「国民のことを考えてくれるいい女王様というだけでなく、ユミちゃんのことを考えて自由に活動させてくれるいいお母さんでもあるんだね。」
「うーん、それはちょっと違うかもしれない。ママは隙があれば私のポジションを奪って、アキ姉さんといっしょにアイドルになりたいんじゃないかな。」
「王女様が?まさか。歌は前からすごくうまかったけれど。」
「私も歌はママから習っている。」
「うん、歌の癒しの力で病気や怪我が治ってしまうぐらいだもんね。」
「でも、最近、隠れてダンスの練習もしているみたい。」
「隠れて!?」
「ユミにだけには分からないように。」
「へー。そういうことなら、王女様も加わってもらって、3人でやってみようか。」
「王女様だからというより、年齢的に無理じゃないかな。国民のひんしゅくを買うと王国の安定にかかわるし。」
「そうかな、みんな王女様が加わっても大丈夫だよね?・・・・・・・・大丈夫だって。」
「それなら、ママに話してみるね。ママ、きっと喜ぶから。」
「うん、絶対実現しよう。」
「分かった。」
「それでは次の曲に行きます。」
「『やさしすぎる君』」
「男なら、時には勝負をしなくちゃだめよ。」
アキとユミが歌い始める。このときはまだ、プラト王国には平和な時が流れていた。
その日の深夜、王都の中心に位置している大きな宮殿の中のマリ王女の寝室に、使者が走りこんできた。
「マリ王女様、急報です。」
「何事ですか?こんな夜中に。・・・・もしかすると、ロルリナ王国に攻め入っていたという魔王軍の動静ですか。」
「はい、西隣のロルリナ王国を滅ぼした魔王軍が、東に進み次は我が王国に来襲する可能性が極めて高いという知らせが入りました。」
「そうですか。事態の緊急性は分かりました。夜中ですが、至急『ユナイテッドアローズ』の方々を召集して下さい。」
「承知しました。」
使者が『ユナイテッドアローズ』のメンバーを呼びに走った。一人の使者が勇者パスカルの所に到着した。
「魔王軍がこの国に向かっているというのは本当なのか?」
「パスカル様、残念ながら本当であります。」
「分かった。すぐに王女様のところに行く。馬を用意してくれ。」
「承知しました。」
パスカルは急いで白馬にまたがって王宮へ向かった。その姿はお世辞にも似合ってはいなかったが。パスカルが見上げると、星々が浮かぶ夜の空を背景に、月明かりに照らされた妖精のアキが王宮へ向けて一直線に飛んでいくのが見えた。
「さすが、アキちゃん、速いな。」
パスカルが到着してから、しばらくして『ユナイテッドアローズ』の全員がマリのもとに集まった。マリが挨拶をする。
「パスカルさん、アキさん、ラッキーさん、コッコさん、こんな夜中にお集まりくださり、大変有難うございます。」
「いえ、それは全く構いません。それより詳しい状況を教えて下さい。まずは、現在のロルリナ王国の状況について。」
使者が説明する。
「ロルリナ王国は壊滅しました。何とか我が国に逃げてきたロルリナ王国の人の話によれば、魔王軍はエスディジーズ18と名乗っているそうです。魔物に捕まったロルリナ王国の人は戦士や民間人、老若男女の区別なく次々に殺されているそうです。」
アキが悲しそうに言う。
「ひどい。」
「ロルリナ王国は魔王軍の攻撃を受けてから、敗れるまでどのぐらいかかったんだ?」
「2週間ぐらいだそうです。」
「魔王軍がロルリナ王国の攻撃を始めたという話はちょっと前に聞いたばかりだったから、壊滅したというのはちょっと信じられなかったが、たった2週間で勝負がついたのか。」
「一つの国の国民がたった2週間で全滅したのね。」
「ラッキーさん、ロルリナ王国は強い軍隊を持っていましたよね。」
「パスカル君、正直に言うと、王国の正規軍はこのプラト王国の正規軍より強いと思うよ。だから、ロルリナ王国からの先制攻撃にはいつも警戒していたんだよ。」
「そうですよね。それがこんなにあっさりと。」
「はい、逃げてきた軍関係者の話によると、最初に王国の中枢部が魔王の将軍1名に壊滅させられて、あとは軍や冒険者が組織的抵抗をすることができないまま、王都、街、村が6人の将軍の軍に各個包囲殲滅させられたとのことです。」
「そういうことなら、そのたった1名でロルリナ王国の中枢部を壊滅させた将軍が、今夜にもここを襲ってくるかもしれないな。・・・・・そこだ!」
パスカルがナイフをカーテンに向かって投げた。そうすると、カーテンの境目から手が出てきてそのナイフを掴んだ。手からは血が流れていた。
「気配を消していたのに、良く分かったな。」
「感だよ。」
「パスカル、そこだ!と言うのがカッコいいと思うからやってみただけでしょう。そうしたら、そこにたまたま魔物がいた。」
「ははははは、アキちゃん。」
「なるほど、そうやって能力を隠そうとするところを見ると。この勇者には気配を消しても魔物を感知する特殊能力があるということだな。」
「うん、そうかもしれない。」
「しかし、お前のその能力、俺には何の役にも立たないがな。」
「お前か。最初にロルリナ王国の中枢を一人で壊滅した将軍というのは?」
「その通りだ。」
「それで、お前は俺たちの命を狙いに来たのか。」
「分かっているなら話が速い。早速始めることにするぜ。」
「あの魔物さん、その前に聴きたいことがあります。」
「何だ。その恰好からするとお前がマリ王女か?」
「その通りです。」
「それじゃあ、殺す前に質問の一つぐらい答えてやる。何だ。」
「なぜ今の魔王は、人々を支配するだけでなく、皆殺しにするのですか。人間の方がいろいろ便利なものを作れるし、それを奪った方が魔族の方々も豊かになるのに。」
「俺もその意見には賛成だ。しかし、今の魔王様は魔族の、えーと何だっけ、確かサステイナブル・デベロップメント・ゴールズだったな、『持続できる開発目標』と言うそうだが、それを定め、その18番目の目標が人類の絶滅なんだ。だから我々の軍はエスディジーズ18と名乗っている。」
「なぜそんな目標を。」
「人間はこの先、無秩序に自然を破壊してしまうからだそうだ。人間と自然は両立できない。だから、魔王軍がこの世界の自然を代表して人類を絶滅する。まあ、そういう訳だから、あきらめて、おとなしく死んでくれ。」
「お互い相容れないということか。それなら、こちらも遠慮は無用だな。王女様、下がっていてください。ラッキーさん、王女様の守りをお願いします。さあかかって来い。お前を天国で作られたという、この『小烏丸(こがらすまる)』(名工『天国(あまくに)』の作で、平家が滅んだ源氏との戦いである『壇ノ浦の戦い』で沈んだ名剣である。壇ノ浦で沈んだことでは三種の神器の剣『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』が有名であるがそれとは別の剣)の錆にしてやる。」
「『小烏丸』を持っているということは、お前が勇者パスカルか。」
「いかにもそうだ。お前は?」
「ザンザバルだ。行くぞ、パスカル。」
サンザバルがパンチでパスカルに襲い掛かる。パスカルが刀を振り降ろして、ザンザバルの腕を切り落とす。
「何だ口ほどにもないな。」
「さすがに小烏丸、よく切れる。」
ザンザバルの腕が瞬間に元に戻っていた。
「なるほど、それがお前の秘密か。」
「ああ、いくら刀で切ってもすぐに治ってしまう。だから、お前の小烏丸がどんなに切れ味が良くても、俺には無意味だ。」
「そうかな。今度はもっと細かく切ってやる。」
「ああいいぜ、それなら切らしてやるから、切ってみろ。」
パスカルがザンザバルに近づいていく。そして、サンザバルは無抵抗のまま、パスカルがサンザバルを細かく刻む。
「これでどうだ。」
しかし、ザンザバルの体はすぐに元にもどった。
「だから、無駄だと言っただろう。」
「俺はあきらめない。復元する回数に制限があるかもしれない。」
パスカルがまたザンザバルの体を刻む。
「ご苦労なこった。」
ザンザバルの体はすぐに元にもどったが、パスカルは刻み続ける。100回ほど刻んで元に戻った時にザンザバルが言う。
「もう100回だぞ。飽きないやつだな。おれは何回切ってもすぐに回復する。俺に効くのは、人間でも魔族でも、手や足などの生身の体を使った攻撃だけだ。」
アキが尋ねる。
「あの、ザンザバル、あなたの頭はあまり良くないようね?自分で自分の弱点をバラして。」
「ははははは、何だ可愛い妖精さん。俺のことを心配してくれるのか?」
「そういう訳じゃないけど。」
「いいんだぞ。妖精は人間に似ていると言っても人間じゃないから、魔王様に従うなら俺も殺さない。その代わり、魔王様の妖精部隊に入って人間を絶滅するために活躍してもらわないといけないが。でも、お前もここにいるということは、それなりの妖精なんだろう。魔王様に気に入られれば、一生いい生活ができるぞ。」
「私は魔王に従う気なんてない。」
「人間の味方をするなら殺すしかない。いいのか可愛い妖精さん?お前のところのパスカルじゃ絶対に俺に勝てない。この世で俺に勝てるのは魔王様ぐらいだ。俺以外の魔王軍の将軍だって俺の敵じゃない。」
「へー、そんなに強いんだ。」
「その通りだ。もし生身の攻撃で俺より強い人間がいたら喜んで負けてやるよ。もちろん、妖精でもいい。」
「さすがにそんな妖精はいないかな。」
「じゃあ、こいつを片付けるまでに考えを決めておくことだな。それじゃあ、パスカル、今度はこっちから行くぜ。」
ザンザバルがパスカルに向かってパンチを繰り出すが、その腕を切り落としたのでパンチは当たらない。同時にキックが来たが、その脚も切り落とされて当たらない。パスカルが剣を構える。
「ほう、さすがパスカル、反応速度はさすがだな。」
「お前のパンチもなかなかだぜ。」
「いくぞ。」
ザンザバルが100回ぐらいパンチやキックを繰り出したが、腕や脚が切られて、パスカルまで届かない。
「お前も飽きないな。その攻撃は無駄だ。」
「この連続攻撃をことごとく防ぐというのは、最強の勇者と言われるだけはあるな。俺も久しぶりに本気を出さなくてはいけないようだ。」
「ほう、前にお前が本気を出したというのはいつなんだ。」
「おれが将軍になるために、その時まで将軍だったオークを倒した時だ。」
「なるほど。魔王軍では強いやつが将軍になるんだな。」
「当たり前だ。人間界はそうではないのか?」
「頭が良くてリーダーシップ力があるやつだ。」
「なるほど。だから、お前は将軍じゃなくて、勇者なんだな。」
「余計なお世話だ。お前もあまり賢そうじゃないから、こっちではそうなる。」
「そうかもな。それでは、いくぞ。俺の本気を見せてやる。」
「来い。」
ザンザバルがパンチを繰り出す。パスカルがその腕を切るが、すぐに再生してそのままパンチをパスカルに浴びせる。パスカルはそのパンチを避けようとするが、パスカルの顔をかすった。
「あのパンチをよく避けたな。」
「お前の再生力、半端ないな。」
「だが、これまでだ。今からお前を一番先に天国に送ってやる。パスカル、覚悟。」
ザンザバルがパンチやキックを繰り出す。パスカルが切っても再生し、それをすぐに切っても再生するため、パスカルの全身にかすりながらも当たるようになってきた。そして、パンチとキックが胸とお腹にあたりパスカルが弾き飛ばされた。パスカルがゆっくり立ち上がる。ザンザバルが話しかける。
「お前はなかなかの強者だった。だがパスカル、その傷ついた体で俺とどう戦う。お前が人間である限り俺には勝てない。」
「マリ女王様、お願いします。」
「分かりました。」
マリがヒールの歌を歌う。そうすると、見る見るうちに外から見てもパスカルの傷が治っていった。
「折れたあばら骨も、傷ついた内臓も全部治った。ではザンザバル行くぞ。」
今度はパスカルから切りかかる。アキが感想を漏らす。
「治るだけじゃなくて、もっとイケメンになればいいんだけど。」
パスカルとザンザバルの戦いは続いた。パスカルはマリの歌で癒されながら、ザンザバルは自分の再生能力で再生しながら。ザンザバルが一度離れた。
「これじゃあ、らちがあかない。」
ザンザバルがマリの方に向かう。パスカルが叫ぶ。
「ラッキーさん。」
ラッキーが盾を立ててマリとザンザバルの間に入る。ザンザバルがパンチやキックを浴びせるがびくともしない。
「何だパンチもキックも通らない。もしかすると、お前が世界最強の盾と噂のラッキーか。この防御を突破するのには時間がかかりそうだ。」
「よそ見をするな。」
パスカルが後ろから切りかかる。
「くそー。」
その時コッコがアキに話しかけた。それにアキが答える。
「この世界で最も可愛い妖精の私が、そんなものを運ぶの?」
「世界で最も可愛いかどうかは別にして、これ以上続くと、パスカルの体力が心配だ。」
「それもそうね。」
「プロデューサーなら、アキ姉さんのセクシーポーズの方が元気がでると思います。」
「あっ、ユミちゃん。起きてきたの?」
「さすがに、これだけ音がすれば普通起きます。」
「それもそうね。」
「そんなことより、アキ姉さん、セクシーポーズをするのがいやなら、私も手伝いますのでコッコさんの言うとおり運びましょう。」
「分かった。仕方がないわね。」
コッコが指示したものを取りに行くために、アキとユミが部屋から出て行った。ザンザバルとパスカルの戦闘は、お互い傷つき回復しながら続いていた。
「それにしても、人間がこれだけの回復力を持つなら、魔王軍も苦戦するだろうな。」
「マリ女王の歌で癒されると言っても、これだけの回復力を持つのは俺ぐらいだがな。」
「そうか。だから、お前はこの国の最強の勇者なのか。」
「いや、回復力だけじゃない。お前と違って、殴られたり切られたりする時の痛さは、マリ王女様のヒールを受けるまで普通に殴られたり切られたりするのと変わらない。その痛さ苦しさに打ち勝つ精神力こそがこの国最強の勇者のあかしだ。」
「言っておくが、それは俺も同じだ。切られた時の痛さは回復するまで変わらない。」
「なるほど。それではお前も大変なんだな。」
「お前もな。」
「ははははは。」
「ははははは。」
味方よりも敵に共感を覚えるときがあると言うが、両者とも少しだけ相手の気持ちが分かった気がした。
「それじゃあ、お前は魔王軍最強の勇者ということだな。」
「ははははは。勇者は普通は敵だが、誉め言葉と受け取って・・・・。」
その時、アキとユミがバケツからどろどろした液体をかける。
「何だ、毒か?残念だったな。俺には毒も効かないんだよ。」
コッコが言う。
「毒じゃないよ。」
「しかし、お前らも鼻をつまんでいるが、俺も臭くて耐えられなくなってきた。何だ、この液体は。」
「肉と魚が腐ったものだ。それに魔法をかけて取れにくくしてある。」
「もしかして、この国には世界一腐った魔法士がいるとは聞いていたが、お前のことか。腐っているという意味が分からなかったが、こういうことなのか!くそー!。」
「腐っているの意味が違う気もするが、まあ外れてはいない。これほど腐っている魔法士は魔王軍にはいないだろうから、魔法を解くことはできないよ。」
「もうダメだ。匂いに耐えられない。」
「ははははは。その匂いは、どんなに洗っても1か月は取れない。」
「くそー。息ができない。くだらないことに魔法を使いやがって。」
ザンザバルは窓を破って去って行った。
「こんなことで目的を果たせないとは。だが、パスカル、コッコ、ラッキー、予想以上だ。本当に魔王軍も苦戦するかもしれない。」
ザンザバルが去って行った部屋で、今後の対応を話し合っていた。
「ねえコッコ、この部屋のにおいも1か月は取れないの?」
「私の魔法は解除できるけど、まあ1週間は取れないと思う。」
「それじゃあ、他に移動するしかないわね。」
「皆さん、緊急時対応マニュアルの通り、地下の中央作戦室に移動します。」
「マリ王女様、承知しました。」
「そして、中央作戦室に正規軍の参謀、政府幹部を集めて大本営を設営します。」
マリが側近に大本営のメンバーを集めるように命じた。そして、マリたちー全員が地下の中央作戦室に移動した。マリが集まった大本営の全員に状況を説明する。
「もう皆さんも聞き及んでいると思いますが、隣国ロルリナ王国を滅ぼしたエスディジーズ18と名乗る魔王軍が我が国に攻め入って来ました。そして、先ほど魔王軍の将軍ザンザバルが王宮の中心部まで単騎攻め入ってきました。」
作戦室がどよめいた。
「ザンザバルの攻撃は、『ユナイテッドアローズ』の皆さんの力でなんとか撃退しました。しかし、ザンザバルの話によると、魔王軍エスディジーズ18の目的は自然を守るために人間を絶滅することとのことです。」
作戦室にさらに大きなどよめきが起こった。
「私たちは魔族と言えども不要な戦争をすることは望みません。これまでも、作物や家畜が盗まれたり、地方の村で娘が誘拐されることはありましたが、戦争をしないために耐え忍んできました。しかし、人間を、我々を絶滅するというならば話は別です。今回の作戦の目的は、魔王軍をこの国から撃退することではありません。これははっきりと言います。現在の魔王軍を殲滅し、そのような考えを抱く魔王を殺すことです。」
ラッキーとアキが感想を漏らす。
「いつものマリ王女様らしくない、強い決意の表明だな。」
「だから、王女様ということよね。」
マリが続ける。
「魔王軍を撃退しただけでは、魔王軍は次に他の国々を攻め、世界各地の魔物を集め、より強力な軍隊となり、また我が国に戻ってくるでしょう。そうなれば、私たちの国の民ばかりでなく、この世界から人間が本当に消えてしまいます。そうさせないために、何が何でも魔王を殺し、魔族が人間を絶滅させようなんて考えを絶対に起こさせないことが必要です。そして、この世界で魔王軍を殲滅できるのはこのプラト王国しかありません。」
作戦室から拍手と「そうだ!」という声が飛んだ。
「魔王軍を殲滅するための作戦の骨子は、苦しい選択ですが、王国の正規軍をすべて王都に集め、王都で魔王軍を迎え撃ちます。この王都には1年間は戦える武器や食料の備蓄があります。それに対して、魔王軍は補給に困り疲弊するはずです。疲弊したところで、王都から軍が出陣し魔王軍を殲滅し、魔王をこの世から消します。」
作戦室に動揺が走った。
「皆さんの心配は分かります。王都の近くの街や村の民は食料や物資といっしょに王都に招き入れますが、遠い地方の街や村は魔王軍に蹂躙され、そこに住んでいる民は筆舌を尽くせない酷い目に合うことは間違いないと思います。」
部屋の動揺がさらに高まった。
「しかし、敵は人間の軍隊ではありません。王都の外で戦った場合は、夜に目が効く魔王軍の方に利があります。そうすると、正規軍は無駄に大損害を被り、最悪の場合、この国全体が蹂躙され、ひいては、人間が皆殺しになるかもしれません。それは何としても避けなくてはいけません。」
部屋が静まり返った。
「だから、魔王軍を王都周辺に集め、疲弊させ、プラト王国軍が一気に殲滅する必要があるのです。」
部屋から「そうだ!」「女王様の言う通りだ!」という声が上がった。
「この作戦は、我々の生存をかけた限りなく正義の戦いです。したがって、この作戦をウルティメイトジャスティス(究極の正義)と名付けます。」
みんなが「ウルティメイトジャスティス」と言い返していた。
「ことは一刻を争います。現時点をもって、ウルティメイトジャスティスを発動します。妖精の通信部隊は王国軍各師団に王都へ帰投するよう命令を伝達する共に、夜が明けしだい索敵行動を開始してください。魔王軍が我が国のどこまで侵入しているか、その侵入の速度はどれぐらいかを調べて報告してください。」
正規軍の妖精部隊の隊長が答える。
「分かりました。直ちに伝令を発進させ、夜明けと共に索敵行動に入ります。」
「お願いします。妖精部隊が持ち帰った情報を元に、王都に避難させる街や村と、近隣の山に避難させる街や村を決定します。重要な任務です。気を付けて行ってきて下さい。そして、この段階での戦闘はできるだけ避けて下さい。」
「分かりました。」
妖精部隊の隊長が部屋を出て行った。
「各師団、各部隊は至急戦闘準備を整えて下さい。さらに、国家総動員法を発令します。全国国民が戦闘に協力するよう、女王の名で命令します。全員の命がかかっています。全員で魔王軍を迎え撃ちましょう。その旨を全国民に連絡して下さい。それでは、各自、必要な行動に移って下さい。」
マリ女王の側近の者たちが、
「マリ女王様、万歳!」
「魔王軍を殲滅するぞ!」
「ウルティメイトジャスティス、万歳!」
と叫ぶと、部屋にいた者もそれに続いて叫び、それぞれの持ち場へ向かって行った。
アキがパスカルに話しかける。
「パスカル、どうしたの暗い顔をして。地方の人たちが心配。」
「それもあるけど、ザンザバルが魔王軍に妖精部隊があると言っているから、妖精同士の戦闘になるんじゃないかと思って。」
「そうね。空じゃ女の子の妖精が圧倒的に速いし自由も効くから、女の子の妖精との戦闘は女の子の妖精じゃないと対応できないし。」
「アキちゃんは大丈夫?同じ妖精と戦える?」
「何言ってんの。人間なんて人間同士戦っているじゃない。大丈夫よ。私は『ユナイテッドアローズ』が活躍する場所を守りたいから。」
「そうだけど。」
「それに王国軍の妖精部隊はすぐに発進するみたいだから、戦闘はなるべく避けると言っても、王国軍と魔王軍の女の子の妖精同士の戦闘はすぐ始まると思う。」
「そうか・・・・」
「パスカルは、魔王軍の女の子の妖精の心配をしているの?」
「えっ、そういうわけじゃないけど。」
「パスカル、そんなことじゃ死ぬよ。」
「そうだな。気を付けるよ。」
「まあ、敵の女の子の妖精が落ちてきたら、助けてもいいけど、モテないからと言って、変なことをしちゃだめよ。」
「分かってるよ。さすがに傷ついている妖精にそんなことはしないよ。ちゃんと捕虜として正規軍に引き渡すよ。」
「その通り。それ以上は考えなくていい。」
「分かった。」
「ところで、コッコはさっきからニヤニヤしているけど、何を考えているの?」
「それはもちろん、パスカルとザンザバルのBL漫画の案だよ。」
「おい。」
「コッコは、こんな時にもBLを妄想してニヤつくのね。さすが魔王軍にも世界で一番腐った魔法士と知られているだけのことはあるわ。」
「もしかすると、魔王軍に正しい意味は伝わっていなかったのかもしれないけど。」
「さっきのことで、誤解はさらに深まったわね。」
パスカルが真面目な話に戻す。
「そうだけど、いずれにしても奴の対策は考えておかないと。」
「ザンザバル?そうよね。」
「恋に落ちる魔法を研究して、パスカルと恋に落ちるようにしてみるとか。」
「あのね。」
「その研究がうまくいったら、イケメン男性をアキちゃんを結びつけてあげる。」
「まあ頑張って。私もザンザバルの対策は考えるから。私ができるとしたら、どこか遠くまで運んで、海の中に落とすとかかな。」
「アキちゃんはこの国で一番速い妖精だから、その方法は有効かもしれない。」
「みんなで考えよう。パスカルも。魔王軍の妖精の女の子の心配ばかりしていないでね。」
「分かっているよ。」
夜が明けようとするころ、魔王軍の探索のための妖精部隊が王都を出発しようとしていた。出発に際して、大隊長から訓示があった。
「これから、我々の妖精大隊の各分隊が12の方向に分かれて、魔王軍の探索を行いつつ、途中の街や村に警告ビラを配布する作戦を実行する。各分隊とも、索敵経路が書かれている地図と街や村に配布するビラは持っているか。」
第1分隊の分隊長『みなみ』が答える。
「はい、両方とも持っています。」
「まずは1時間真っすぐに進出して魔王軍を探索する。帰りに街や村に立ち寄りながら広範囲の探索を行う。魔王軍を発見した場合、各分隊で一番速い2名を報告のために直ちに帰投させ、残りの3名でビラ配布を行うことにする。探索のための部隊は1時間おきに進発するのであまり無理する必要はない。計画通り行うこと。」
「分かりました。」
「何か質問はあるか。」
「魔王軍の妖精や飛竜の部隊と出会った場合はどのように対処しますか?」
「状況把握を優先するため、戦闘はできるだけ避けるようにとの命令だ。妖精部隊ならば、そこで探索を中断して帰投し相手の数などを報告しろ。その後の対応は司令部で考える。飛竜部隊ならば、振り切れるようならば振り切って探索を続けろ。その状況判断は分隊長に任せるが、お前たちの速さならばできるはずだ。」
「はい、妖精部隊なら観測の上、帰投、飛竜部隊ならば振り切ります。」
「みなみ、お前たちの分隊が我が大隊の中では一番速い。そのため最も危険な西に向かうことになる。あまり無理せず、お前が適切な判断をするように。」
「分かりました。」
「他に質問は?・・・・・ないようだな。それでは用意ができしだい、各分隊とも進発しろ!無事帰投を祈っている。」
「はい、魔王軍の侵攻状況を調べ、ご報告します。」
隊員が各分隊に分かれて集まった。第1分隊の隊長みなみが自分の分隊の隊員に、出発前の説明を開始した。第1分隊はみなみを含めて5名からなり、全員10代の少女の妖精で、みなみはその中で一番年上ではあるが、それでも18歳という若さだった。
「我々の分隊は西に1時間、約300キロメートル程度進む。そこからロルリナ王国との国境は目と鼻の先のところだ。大隊長が言われるように、魔王軍と遭遇する可能性は少なくない。無理をするつもりはないけど、敵の発見の遅れは致命傷になる。したがって、周辺警戒を厳に、気を抜かないように。」
「分隊長、分かりました。」
「それじゃあ、『はるか』、『なるみ』、『ちよ』、『なな』、円陣を組むよ。」
5人が円陣を組んだ。
「魔王軍の情報をつかむぞ!」
「つかむぞ!」
「魔王軍への警戒を怠るな!」
「警戒を怠るな!」
「でも、魔王軍を恐れない。」
「恐れない。」
「みんな無事に王都に帰ってくるぞ!」
「帰ってくるぞ!」
「それでは、進発する。私に続いて。」
「了解。」
そして、5人は空を見上げ、最初にみなみ、次に副隊長のはるかとなるみ、そして、ちよとななが飛び立ち、二等辺三角形の2辺のような編隊で、高度1000メートルぐらいまで上昇し、後ろから朝日を受けながら丘や森を越えて奇麗な景色の中を時速300キロメートルで西に向かって行った。眼下には、朝から畑で農作業をしている多数の農民が見え、妖精に気が付いた農民の子供たちが手を振っていたが、手を振り返して答える余裕はなかった。
妖精にも男女の妖精がいるが、飛べる妖精は女性だけで、それも高速に飛べる妖精は10代に限られる。20代になると重いものは運べるが、飛行速度がだんだんと遅くなっていくため、後方での輸送や通信を担当するようになるのが普通である。みなみが所属する大隊の実働部隊は全員10代の女性の妖精からなり、最前線で活動するための選りすぐられた大隊であるため、今回の最重要な任務が割り当てられた。そして、みなみの分隊は全員スリムな体型をしており、大隊の中では最高の移動速度を誇っていた。
分隊長のみなみを先頭にして、しばらくは分隊はのどかな景色の中を西に飛行した。40分ぐらい飛行したところで、みなみ が周辺を見ながら思う。
「探索範囲の3分の2を越したところね。今のところは平和そのものだけど。あと15分ぐらいで国境を警備する第4師団の司令部の上を通過する。このまま何もなければいいけど。でも、王宮に攻撃があったということは、そうはいかないかもしれない。」
そのとき、2列目左側のはるかが叫んだ。
「10時の方向、10キロメートルぐらいのところに煙が上がっています。」
「あのあたりは街があったよね。」
「はい、アミルの街の方向です。」
「分かった。帰りに寄ってみよう。今は進出を優先する。全員警戒をさらに厳に!」
続けて、2列目右側のなるみが叫ぶ。
「2時の方向、高度1200メートルぐらいに東に向かう妖精が数体見えます。」
分隊長も確認した。
「あの速度と隊列から考えて、民間の妖精とは思えない。敵の妖精部隊の可能性がある。第1分隊は確認するためにあの妖精に対して上から接近する。相手はまだこちらに気づいていないみたいだけど、こちらから戦闘をしかけないように。」
「分かりました。」
「それでは私に続け。」
相対速度を考えて、分隊長は上昇しながら右に大きく旋回し、4人の隊員もそれに続いた。
「ここはもう敵の空域かもしれない。ちよ、 なな、はるか、なるみ はそれぞれ左後方、右後方、左前方、右前方を警戒を怠らないで。」
「了解!」
分隊は東へ向かう妖精たちの上に出た。はるかとなるみが状況を報告する。
「先頭1名の妖精の制服は同胞です。その後を追っている妖精たちはロルリナ王国の部隊のようです。」
「先頭の妖精はロルリナ王国の部隊から逃げているような感じです。」
「はい、振り返りながら後ろを確認しています。あと、負傷しているようです。」
「もう戦闘が始まっているということね。こちらの方が優速のようだから、このまま後ろ上空に回り込む。後ろは大丈夫?」
「はい、異常ありません。」「異常ありません。」
「私と2列目は射撃準備。3列目は後方や側方から接近するものの警戒を続けて。特に、後方上空の警戒は怠らないで。」
「了解。」
みなみを含め前の3人の妖精たちが弓を左手に、右手で背中の矢筒から矢を取り出し、矢を弓にかけた。
「ロルリナの妖精はこちらと同じ5人の分隊だ。やつらが弓をつがえたら、5人の先頭の妖精への攻撃を開始する。たぶんそいつが隊長だ。」
「分かりました。」
ロルリナ王国の分隊の先頭の妖精が矢を背中の矢筒から取り出すと、残りの4人も矢を取り出した。みなみ が号令をかける。
「射撃用意!」
みなみ、はるか、なるみ の3名が弓を引いた。そして、ロルリナ王国の5名が弓を引こうとしたのを見て、みなみ が命令を下す。
「撃て!」
3人から弓が放たれた。続けて、みなみが指示をする。
「再度、射撃準備!」
3本の矢のうち2本がロルリナ王国の先頭の妖精に当たり、その妖精は下に落ちて行った。残りの4人の妖精が驚いて振り返ると同時に、その部隊の副分隊長が指示したのか、左右に分かれて旋回しながら急降下し、西方へ逃げ去って行った。みなみが減速しながら分隊に指示を出す。
「深追いはしない。ここで探索活動は打ち切る。ここで分かれて、負傷者の救援、司令部への報告と途中の街や村へのビラの配布を行う。」
逃げていたプラト王国の妖精も、後ろを振り向いた時に敵がいなくなって、味方が来たのに気が付いたため、減速してから旋回し分隊の方にやってきた。
「有難うございます。魔王軍の探索部隊の方ですね。」
「はい、その通りです。お怪我の方は?」
「私は大丈夫です。それより友達のリカが。」
「どうされました。」
「私は通信部隊のユキです。第4師団に命令書を運ぶ途中、ゴブリンが乗った飛竜部隊に出会いました。それは振り切ることができたのですが、第4師団の司令部に近づいたところで、ロルリナ王国の20名以上の妖精部隊に攻撃され、リカは矢が当たって落ちてしまいました。たくさんの敵がいたので助けることができませんでした。」
「2対20、またはそれ以上では仕方ないです。第4師団は戦闘状態だったのですか。」
「はい、そのようです。周りにオークやゴブリンが多数いて、苦戦しているように見えました。」
「今の情報は貴重です。2名が付き添って王都までお連れします。」
「有難うございます。でも、リカは?」
「申し訳ないですが・・・・」
「やっぱり助けに行くのは無理ですよね。」
「我々もできる限り戦闘は避けろと言われています。時間を無駄にしたくないので、すぐに行動に移します。なな は最大速度で王都に戻って状況を報告して。直線を飛ぶだけなら、4人の中で最速だから。」
「了解です。」
「じゃあ、行って。」
なな が最大速度で王都に向かった。
「はるか と ちよ はユキさんを護衛して、王都に向かって。」
「みなみ は どうするの?」
「なるみ とビラを配りながら、帰投する。もう少し太陽が登れば、魔王軍も休みに入るだろうけど、このあたりの村は、今は無事でも今晩あたりに襲われる心配がある。危険な任務だけど、なるみもいい?」
「はい、とても重要な任務であることは理解しています。早く行動に移しましょう。」
「その通りね。それでは行動開始。ユキさんはできるだけ詳細に状況を思い出して、司令部に報告してください。この国の存亡がかかっています。」
「分かりました。」
みなみ と なるみ が煙が上がっているアミルの街に向かった。第一分隊の妖精は、時速300キロメートル、分速5キロメートルで飛べるため、加速・減速する時間を入れても3分もかからずにアミルの街の上空に到着した。
「なるみ、まず周辺警戒!」
「大丈夫です。視程は良好で、低空、上空とも脅威となるものは発見できません。」
「私も発見できない。私は低空に降りて様子を見て来る。なるみ はここで見張っていて。脅威となるものがいたら大声で呼びかけて。」
「了解です。」
みなみは降下して、地上20メートルぐらいのところを飛んで呼びかけたが、誰も出てこなかったため、なるみ のところに戻ってきた。
「残念だけど、ビラを渡すことができる人はいなかった。」
「・・・・・・。」
「朝が来て魔王軍は引き上げたみたい。まだ無事な街や村があるはずだから、できるだけたくさん、そういうところに危険を知らせないと。」
「分かりました。」
「それで、なるみ、私が降下したときに不意に攻撃されることがあったら、離脱して首都に向かって。私も全力で逃げるけど、戦えるような状況ではないから。」
「・・・・・・・。」
「返事は。」
「了解です。隊長が攻撃されているようなら王都へ帰投します。」
「そして、その時の状況をできる正確に報告するように。」
「了解です。あの、申し訳ありませんが、下の状況を教えて頂くわけにはいかないでしょうか?実をいうと、私はアミルの街の出身なんです。」
「そうなの。残酷かもしれないけど、自分で見た方がいいと思う。時速150キロメートル以下には減速せずに2分で戻ってきて。」
「分かりました。」
なるみが急降下して、あまり速度を落とさずに、街の大通りの上空を飛んで戻って来た。
「酷い状況です。生きている人間はいませんでした。服を着ないで殺されている女性が少数いました。低空を飛んでいるとき矢が飛んできました。ゴブリンが家の中に残っているようです。道で殺されている男性に比べて女性の数が少なかったので、家の中に閉じ込められている女性もかなりいるのかもしれません。」
「矢は大丈夫だったか?」
「はい、隊長の指示通り、時速150キロメートル以上で飛んでいましたから、地上から放たれた矢よりも速いですし、まぐれでなければ当たりません。」
「うん、でも矢が当たらなくて良かった。私の時は矢を撃ってこなかったけど、私に気づいたゴブリンが待ち構えていたということね。」
「はい、そうだと思います。」
「それなら、攻撃された街や村での低空での偵察は1回にした方がいいかな。」
「はい、そうだと思います。」
みなみは地図でアミルの街に×印をつけた。それを見た、なるみ の目から涙が出てきた。
「大丈夫か。」
なるみ が目を拭いて言う。
「大丈夫です。次の村に行きましょう。」
「そうね。」
隣の村に向かった。隣の村は襲撃を受けていなかったが、隣のアミルの街の異変には気がついていて、街へ向かった人が戻ってこなかったため、全員不安な表情をしていた。魔王軍が攻撃してきたこと、王国軍が助けに行くが、魔王軍はすぐそばに迫っているため村から離れて山にこもるようにと書かれた指示書を渡した。村人は残っている食料を持って村を離れる準備を始めた。そして、次の村に向かった。村によっては、襲撃を受けた村があり、地図のその村の場所に×印をつけた。二人は×印つけたところより西側奥に入ることは避けたが、担当区域の街や村を順番に回って行った。1時間ぐらいしたところで、なるみが上空をとても高速で西に向かっている何かを発見した。なるみ がそれを みなみ に報告する。
「隊長、何かが上空を高速で西に向かっています。」
「あの速さは、たぶん、マリ女王様直属の『ユナイテッドアローズ』のアキ様。」
「プラト王国最速の妖精ですね。私たちより2倍ぐらいの速度がありそうです。」
「アキ様、時速600キロメートルで飛べるというのは嘘じゃなかったんだね。」
「でも、何をしに行かれるのでしょうか。」
「たぶん第4師団への連絡だと思う。」
「なるほど、あの速さなら、ロルリナ王国の妖精部隊でも攻撃はできませんね。」
「そうだと思う。それに噂が本当なら、弓でオークを倒せるそうだし。」
「それはすごいです。」
「そうね。だけど、今はそんなことに感心するより、残っている街や村に危機を知らせることを優先しないと。」
「了解です。行きましょう。」
それから、2時間して担当区域での配布が終わって帰投することになった。
「なるみ、この村で受け持った街や村への配布が終了したので、王都に戻るよ。でも、いつ呼び出されるか分からないから、戻ったらすぐに休養して。申し訳ないけど、しばらくは遊ぶ暇はないと思ってちょうだい。」
「はい、分かっています。」
緊張が解けたなるみがまた涙を流し始めた。それも、大粒の並だった。
「なるみ、大丈夫?アミルの街の出身なんだっけ。」
「はい。」
「・・・・・ご両親や御兄弟は?」
「兄弟はいません。父の遺体が道にありました。」
「お母さんはまだ飛べることはできたの?」
「もう飛べる年齢ではなかったと思います。もしかすると、まだ家の中にいたのかもしれません。でも、家の中の戦闘の場合、女性の妖精ではゴブリンにも敵わないことは理解しています。」
「そうか。・・・・魔王軍は絶対にプラト王国軍が撃退するから。」
「いえ、あのやさしい王女様が魔王軍を殲滅して、魔王を殺すとおっしゃっていますから、私もそのつもりです。」
「そうね。さすがマリ王女様だよね。」
「その通りです。」
「だけど、気負って無駄死にはしちゃだめよ。」
「はい、冷静な隊長の命令に従って戦います。」
「頼んだわよ。」
「はい。」
話を なな が王都に到着した時間まで戻す。なな の報告を聞いてマリや『ユナイテッドアローズ』のメンバーが司令部に集まるころ、傷ついたユキたちも司令部に到着していた。
「怪我の治療が後回しになって申し訳ないが、通信部隊のユキ少尉、第4師団への伝令で見てきたことを説明して下さい。」
「はい、第4師団の司令部へあと5キロメートル、1分と少しとなったところで、下方にゴブリンを乗せた飛竜を視認しました。それまでは、各所で煙が上がっているのが見えましたが、それ以外の異常はなかったです。」
「そんなところまで、飛竜が。」
「はい、下方の飛竜は振り切って問題はなかったのですが、上から見たところでは、第4師団は魔王軍に包囲されているようでした。そして、司令部に向けて降下したとき、上空にロルリナ王国の妖精が20名程度いまして、矢を放ってきました。それがリカ曹長に当たり、リカ曹長は残念ながら墜落していきました。墜落したのがどちらの支配域かは分かりません。私も矢が脚と肩をかすりましたが、飛ぶことができましたので、残念ながら伝文を渡すことなく司令部上空を離脱しました。20名のうち5名が私を追って来ましたが、飛行速度はそれほど速くなく、私も怪我のため多少速度が落ちましたが、追いつかれることなく王都に向かって退避していました。そこを、みなみ大尉の分隊に助けられました。」
「状況は分かった。第4師団を包囲する魔王軍の勢力は分からないか。」
「詳しくは分かりませんが、第4師団の数倍はあったと思います。」
「有難う。それでは、もう下がって早く傷の治療を受けなさい。」
「ユキさん、ごめんなさい。私は手が離せないから、今はヒールをすることができなくて。」
「王女様、気にすることはございません。かすり傷です。それでは失礼します。」
ユキ達が下がって、ヒーラーがいる部屋に向かった。
「マリ王女様、この事態、どう対処しましょうか。」
「撤退命令が届かなければ、第4師団はその場を死守しようとしますから、魔王軍に皆殺しにされる可能性が高いです。」
「皆殺し・・・・。」
「昼間は魔王軍の力も弱まりますから、まだ力が残っている今日の昼間のうちに全力で包囲を突破して王都へ向うことが必要です。」
「その通りですが、たとえ昼間だとしても、数倍の敵では突破は至難の業かと。」
「酷い言い様ですが、たとえ全員でなくても王都の守りを強化することが必要です。」
「分かりました。そのためには、撤退命令を伝達する必要があります。それも、今となっては至難の業かと。」
「私が行きます。」
「アキさん、申し訳ありませんが、今はアキさんの力を借りるしか方法がありません。」
「たくさんの人の命がかかっているので、私でお役に立てるなら喜んで行きます。私にファンレターを送ってくれる第4師団の兵隊さんもいますから。命令書を用意してください。私も準備をしてきます。」
アキは部屋を出て、軽量の鎧を着て弓と矢筒を持ち、外に出た。
「綺麗な空。絶好の飛行日和だわ。」
参謀の一人がやってきて命令書が入った鞄を受け取り、それを肩にかけると、アキは、
「アキ、行きます。」
とだけ言って、空に向かって進発して行った。
アキは持続できる最高速度である時速600キロメートルで、第4師団の司令部に向かった。途中、街や村から煙が上がっているのが確認できた。30分程度の飛行で第4師団の司令部上空に到着した。下には、魔王軍側の妖精や飛竜の部隊が見えた。その一部の妖精たちが、アキに気が付いて見上げていた。
「敵がいるから一気に行かなくちゃか。味方に攻撃されなければいいけど。」
アキは妖精や飛竜があまりいないところをめがけて急降下を開始した。そして、地上近くぎりぎりで引き起こして、水平飛行に入り、第4師団の兵舎の合間を縫って、司令部の前に到着した。守衛がアキに向けて剣と弓矢を構え、その中の一人が尋ねる。
「貴様は・・・・・?」
その守衛は言う途中でアキと気づいたため、言葉が途中で止まってしまっていた。アキが命令書が入った鞄を見せる。
「『ユナイテッドアローズ』のアキです。王国大本営から命令書を持って来ました。」
鞄を見てその守衛が言う。
「アキ様、こんなところまで、わざわざおいでくださり、有難うございます。皆、剣を降ろせ。アキ様に間違いない。」
「時間がありません。これを師団長にお渡しください。」
アキが鞄の中の命令書を手渡す。
「分かりました。少々お待ちください。」
守衛が建物に入って行った。そして、すぐにまた出てきた。
「アキ様、師団長が面会をご希望です。どうぞお入りください。」
「有難うございます。命令書に書かれていない状況をお話しようと思います。」
「有難うございます。」
師団司令部に到着したアキに、ゆういち 師団長が座るよう勧める。
「アキ様、お早うございます。第4師団長の ゆういち です。王都からここまで300キロメートルぐらいあります。さぞかしお疲れでしょう。どうぞお掛けください。休みながらお話をお聞かせください。」
「いえ、飛行時間は30分ほどです。上空の妖精や飛竜を振り切るのにダッシュしましたが、それほど疲れていません。あまり気にしないでください。」
「30分ですか。噂通りの速さです。ときに女王様はご息災でいらっしゃいますか?」
「はい、王都地下の大本営で毅然と全軍を指揮しております。」
「それは良かったです。それでは早速、第4師団の状況を説明します。昨日の夕方、近くの砦に魔王軍の急襲があり、連絡が取れなくなってしまいました。そして、こちらの偵察や連絡を担当する妖精部隊が、ロルリナ王国の妖精部隊に攻撃され、封じ込められてしまったため、外の状況が全く分からなくなってしまいました。」
「こちらの妖精部隊は全滅ですか?」
「いえ、やられたのは5分の1程度ですが、敵の方が4倍程度優勢ですから、出て行ってもやられるだけですので、出撃できない状態です。」
「司令部上空には20人ぐらいの妖精がいました。」
「はい、こちらの全数に近いです。」
「総数はその4倍程度いるということですね。」
「はい、そうだと思います。そういう状態で夜になると、魔王軍が大規模な侵攻を開始し、夜中までに我が師団は完全に包囲されてしまいました。敵は4人の将軍が率いる軍で、総兵力は第4師団の4倍以上あるようです。」
「はい、上から見た感じもそんな感じでした。」
「それで、命令書には本日の昼間のうちに包囲を突破して、王都に帰還せよと書かれていました。ここは陣地もありますので、動くとかなりの損失が出る可能性があります。もちろん命令には従いますが、国防基本作戦計画では我々はここで耐えて援軍が来るのを待つことでした。それを動けというのは、かなり想定とは違った状況なのだと思います。包囲突破作戦を考えるためにも、アキ様が分かっている状況をお教え下さい。」
「魔王軍は自らをエスディジーズ18と名乗り、人間を殲滅することを目的として戦いを始めました。」
「殲滅と言うのは?」
「皆殺しです。」
「それは、何故?」
「人間の自然破壊がこの先も止まらないからだそうです。」
「それをどうして知ったのですか?」
「ロルリナ王国の敗北は、最初に不死身に近い魔王軍の将軍が王国中枢部へ攻め入り、司令部が機能しなくなり、連携の取れない各軍団が各個撃破されてしまったことが原因です。」
「なるほど、ロルリナ王国がこんなに短期間に負けてしまった理由が分かりました。」
「その魔王軍の将軍の名前ザンザバルと言うのですが、今日の深夜にマリ王女様がいらっしゃる王宮の中心部まで侵入してきました。」
「そっ、それでどうなったのですか?」
「そのときは、『ユナイテッドアローズ』の勇者パスカルと魔法士コッコで何とか退けることができました。ですので、プラト王国中枢部には被害はありません。」
「それは良かったです。」
「大本営に入っている情報によれば、ロルリナ王国の人々は、国外に逃げた人以外は皆殺しになってしまったそうです。」
「一般人もですか。」
「はい。」
「ロルリナ王国は、長年、我が王国の敵でしたが、さすがにそれは喜べません。」
「それで、司令部は正規軍を王都に集めて、魔王軍を殲滅し、魔王を殺すことを目的とする作戦を取ることになりました。」
「それでは、地方の人々は?」
「残念ながら、食料を持って山の奥の方に逃げてもらうしかありません。王国の妖精部隊は王国のなるべく遠くの街や村まで、その方針を伝えています。」
「そうですか。」
「我々ができることは、王都で魔王軍に対抗することです。そうすれば、魔王軍の全軍が王都に集まり、地方の人々も助かることになります。」
「それは、アキ様の言う通りです。」
「これは私の考えでなく、大本営の考えです。魔王軍は強いです。昨晩の魔王軍はまだロルリナ王国から移動している途中のため、昨夜の第4師団への攻撃は第4師団をここに封じ込めるための牽制で、今夜に魔王軍の総攻撃がある可能性が高いです。」
「私も、その可能性は高いと思っています。」
「その場合、大本営の予測では第4師団の人間は明日の朝までに全滅、文字通り一人も生きていないだろうと言うことです。」
「・・・・・・。」
「それは、王国全体にとっても兵力の無駄になり、絶対に避けなくてはいけません。」
「分かりました。今日の昼中に、第4師団は全軍をあげて敵包囲に対する突破作戦を敢行し、王都に向かいます。」
「有難うございます。」
ここで、ゆういち 師団長は妖精部隊長に尋ねる。
「敵の妖精部隊、飛竜部隊は我が妖精部隊に対して極めて多数であるが、脱出方向を決めるために偵察が重要だが、偵察は可能か。」
妖精部隊長が答える。
「可能です。司令部から妖精部隊全員で放射状に5キロメートル程度進出してすぐに戻ってくるならば、半分程度は帰還できるのではないかと思います。」
「半分もやられるか。」
「残念ながら、現状の戦力差ではその程度の損害が想定されます。それでも敵の配置を掴むことはできると思います。」
「分かった。それでは実行の準備に取り掛かってくれ、どのぐらいかかる。」
「探索ルートの決定と指示に30分程度はかかると思います。探索自体は3分程度で終わります。その情報を統合してお伝えするのに30分程度を見て下さい。」
「分かった。準備に取り掛かれ。地上の部隊の出発準備も開始しろ。」
「分かりました。」
「あの。」
「アキ様、何でしょうか?」
「妖精部隊が出発する10分ぐらい前に私に教えてください。敵の上空を飛んで攪乱してきます。そうすれば、こちらの妖精部隊の被害を減らすことができます。」
「おひとりでですか?」
「護衛をお付けしましょう。」
「お言葉は嬉しいですが、はっきり言えば足手まといです。私一人の方が安全です。」
「分かりました。女王様直属の妖精の力を見せてください。」
「はい、私は偵察の訓練を受けていないので偵察に加わることはできないですが、敵を攪乱することは得意です。」
「よろしくお願いします。」
20分ほどして、偵察部隊が出発するという知らせが来た。飲んでいた紅茶のカップを置いて、司令部の人々に会釈をして外に出て行った。そして、
「アキ、行きます。」
と言って進発していった。
第4師団を囲む魔王軍は、ムサル、ダロス、シギ、クレドの4将軍の部隊から構成されていた。その4将軍の中では、年長のムサルが4つの部隊の総指揮を担当し、4将軍は第4師団司令部の西側の隣にある国境の街に集まり、作戦に関して話し合っていた。4将軍の会談が終わった後、ムサルは、息子のコムサルが隊長を務める防空部隊のところに来ていた。
「おやじ、敵はこの昼間のうちに討って出てくるか、それともこのまま今の陣地にこもるか、どっちだと思う?」
「コムサル、私は一応上官なんだから、ここでは敬語を使え。」
「分かりました。どっちだと思います?」
「討って出てくる。」
「それはどうしてでしょうか?」
「さっき、司令部に伝令が届いたからだ。ザンザバルの敵王都司令部への攻撃は失敗したということだから、あれは王都へ戻れという指示だ。」
「そうすると、その妖精を撃墜できなかった責任は僕にもあるわけですね。」
「気にすることはない。地上の防空部隊では、妖精への攻撃は、接近してくる場合以外不可能だ。プラト王国の妖精は矢の2倍以上の速さで飛べる。それに、あの妖精はそれ以上に速かった。どのぐらいの速度が出ていたのか分からなかったが。」
ムサルは、それまでに征服した国々の美しい3名の妖精を侍らせていた。
「お坊ちゃま、お坊ちゃまが気にすることはありませんわ。あれは、ロルリナ王国の妖精たちが無能だったからですわ。」
「飛竜部隊もただ見ているだけでしたし。」
「私が若い時だったら、お坊ちゃまのために射殺したんですが。」
「それは私もです。」
「私もです。」
「3人とも、分かったから静かに。まあ、気にすることはない。そんなことより、コムサル、あと数時間後に大きな戦闘が始まるから今は休んでおくように。」
「分かりました。それで我が軍は勝てますか?」
「勝てる。陣地に籠られるよりかえって楽だ。今、4将軍が集まってこの昼に第4師団が行動を起こしたとき、あいつらを全滅させる算段を立てたところだ。」
「さすが、おやじ。」
「敬語。」
「です。」
「まあ、いい。」
「また、ムサル様の活躍が見られます。楽しみですわ。」
「人間を皆殺しにしてください。」
「人間の味方をする裏切り者の妖精も。」
「ああ、そうだな。腕が鳴る。」
「俺も・・・、私もです。」
「コムサルは危ないところに来なくていい。ロルリナ王国で捕らえた幹部の話では、敵の師団長はかなり強いという話だ。」
「おやじ、心配しなくても大丈夫ですよ。」
「お前は、うるさい妖精の相手をしていればいい。あいつらの弓矢ではお前やオークを倒すことはできないが、ゴブリンどもはやられてしまう。まあ、少しは助けてやれ。」
「ゴブリンを守る役目なんていやだよ。」
「聞き分けのないことをいうな。ゴブリンは数が多いから戦力的に有用だ。」
「ムサル様、私たち3人でお坊ちゃまを危ないところに行かせないようお止めします。」
「そうだな。頼んだ。言うことを聞かなそうだったら俺に報告してくれ。うまくできたら、褒美をやろう。」
「有難うございます。ムサル様。」
「大好きです。」
「ムサル様に、一生ついていきます。」
アキは高速で魔王軍の上空を回った。
「速く飛びすぎかな。誰もついてこれない。これじゃあ、攪乱にならないか。少し速度を落とそうか?・・・・あの森が開けているところの街が司令部か。防空隊がいる。」
その次の周回では防空隊がいる場所の反対側を通った。
「あの大きなオークが防空隊の隊長で、小さなオークが副隊長かな。あそこの防空隊が一番大規模みたい。隊長の方は難しくても、副隊長の方はいけるかも。森の中に道があるから、あそこから接近かな。・・・・えっ、あれは何?死体の山だ。街の人かな・・・・・。」
コムサルがムサルに話しかける。
「第4師団の妖精が一人で偵察をしているみたいだな。・・・です。」
「あれは、さっき王都から来た伝令だろう。さすがに、うちの妖精や飛竜では追いつけないみたいだ。」
「たぶん第4師団のやつらが、逃げるための経路を探しているんだろうな。・・・です。」
「そうだろうな。まあ気にすることはない。」
「こちらの包囲の弱点を突かれたりはしないかな。・・ですか。」
「それは大丈夫。ちゃんと罠を張ってある。」
「でも、おやじ、あいつが次にこっちに来たら俺が撃ち落としてやるよ。」
「できるのか?」
「へへへへへ、俺の隊の400人の一斉射撃を見てみてよ。」
「400本の矢を同時発射か。落とせるかどうか分からないが、それは楽しみだ。おい、お前たち、もしおれの息子があの妖精を撃ち落としたら、褒美をやるからな。」
「有難うございます。」
「お坊ちゃま、頑張って。」
「将軍、私もワクワクしてきました。」
ムサルたちは妖精が来るのを待っていた。
「おやじ、たぶんあと1分ぐらいであの妖精が来るはずだ。」
「その通りだ。お前も成長したんだな。」
「当たり前だ。それでは全員、矢を持て。」
アキは上空から森を見て降下を開始する。
「あそこから森に侵入できる。」
水平飛行に戻しながら、矢を取り出し弓にかけた。そのまま森に入り、森の中の道の高さ3メートルぐらいのところを高速で飛んだ。矢の威力を増す詠唱を唱えながら弓を引く。
「私は風の子。風と共に生まれ、風と共に生き、風と共に死ぬ。風を司る聖霊よ、どうかこの矢に力を!」
ムサルたちにも、飛行音が聞こえてきた。
「おやじ、来るぜ。」
「ああ、来るな。」
「全員、射撃用意。」
弓を持ったゴブリンが弓を引き、全員が上を見上げた。しかし、妖精の姿は見えなかった。ムサルが、さっきと飛行音が違うことに気がついた。
「さっきと音が違うな。」
「そうか。もうすぐそばのはずだけど。」
その時隊員の一人が叫んだ。
「前から妖精が!」
全員が前を向いた。妖精が森から出てきたのが見えたが、弓を下げて狙う時間はなかった。アキは森を出た瞬間に最大に加速して、矢を放った。放たれた矢は真っすぐ飛び、コムサルの胸に突き刺さった。アキは矢を放った後、弓の射手が撃ちにくくするために、地上すれすれまで高度を下げた。そして、コムサルに刺さっている矢を確認しながら、コムサルとムサルの間を抜け、すぐに急上昇した。アキが横を通るとコムサルが後ろに倒れた。ムサルが駆け寄ったが、心臓が射貫かれていて即死だった。
「何で、コムサルが俺の目の前で。ふざけるな。妖精と飛竜の部隊は全力であの妖精を殺すように指示しろ。あいつを殺したものには何でもくれてやる。自由だって構わない。」
アキは放った矢に手ごたえを感じていた。
「やった、オークの心臓の辺りに当たってた。矢は深くまで入ってたから、死んだかも。これで魔王軍の防空能力が下がれば偵察部隊の損害を減らせる。次は大きな方を狙ってみよう。今度は上空から降下して最大速度で。」
次の周回で、アキは急上昇した後、上空から下の様子を見た。矢を撃ったオークは倒れたままだった。大きなオークはそばに寄り添っていた。下から一斉に矢が飛んできた。アキはその矢の束をかわし、加速して急降下し、大きなオークの頭を直上から狙った。急降下する途中、大きなオークが自分を睨んでいることが分かったが、詠唱の後、
「いけー。」
という叫び声とともに矢を放った。矢はさっきより高速だったが、そのオークが石斧で難なくで払ってしまった。払われた矢が周りのゴブリンに当たり何人かのゴブリンが吹き飛んだが、オークはそれを気にせずにアキを睨んでいた。
「あれはパスカルじゃないと無理か。」
アキは強烈なGを感じながら引き起こして水平飛行に入った。アキがまた魔王軍の上を飛んでいると、地上や空中から飛んでくる矢の数がどんどん増えて行った。アキがそれを避けるため急上昇した。そうすると、敵の飛べるもの全てがアキを追ってきた。下を見ると第4師団の妖精部隊が偵察行動を開始しているのが見えた。
「うまく行っている。私はこのまま敵をひきつけよう。」
アキは少し下に降りたり上昇したりしながら、上空を逃げ回った。
ムサルは、コムサルの亡骸を抱いて涙を流していた。そして、自分の側近のオークたちに指示を出す。
「俺の息子を守れなかった、このゴブリンどもは皆殺しだ。」
「分かりました。直ちに。」
ゴブリンたちは逃げようとしたが、将軍の側近のオークに囲まれ、次々に殺されていった。将軍に付いていた妖精たちが将軍に懇願する。
「ムサル様、コムサル様の仇を撃つのに、私たちも精一杯協力します。」
「私たちも、コムサル様が大好きでした。あの憎き妖精を討つのに、どうぞ私たちに協力させて下さい。」
「この命に代えてでも、あいつを討ち取ります。」
「そうか。その気持ちは嬉しいが、妖精はもういい。お前ら、こいつらを捕まえろ。」
近くにいた側近のオークが3人の美しい妖精を捕まえた。
「お前らの好きにしていい。これからの戦の前祝いだ。」
「ムサル様、何をおっしゃいます。私は、ムサル様をお慕い申し上げています。」
「ムサル様、御慈悲を。」
「ムサル様、命に代えてもお役に立ちますから。」
ムサルには3人の悲痛な悲鳴が聞こえたが、コムサルを抱いて黙って去って行った。オークたちは3人の妖精を自分たちが寝ている洞穴に連れて行った。
第4師団の妖精部隊は偵察しながら約5キロメートル程度進出し、司令部に戻って行った。アキは、妖精部隊が第4師団の支配領域に入ったのを確認すると、急降下して第4師団の司令部に向かった。魔王軍の妖精や飛竜の部隊も追ってきたが、第4師団の地上の防空隊の攻撃を受け、撤退していった。
「アキです。ただいま戻りました。」
偵察部隊隊長が感謝を述べた。
「有難うございます。アキ様のおかげで、偵察部隊が攻撃を受けることなく偵察を完了しました。こちらの妖精の損害はゼロです。」
「お役に立てて何よりです。」
「それにしても、途中からほぼ魔王軍の全員がアキ様を追いかけていましたが、何かあったのでしょうか。」
「魔王軍の防空隊の副隊長らしいオークを倒すことができました。隊長の方も攻撃はしてみましたが、私の攻撃では通用しなかったです。」
「妖精がオークを倒す。それだけでもさすがです。きっと、その隊長は復讐の心で冷静さを欠いて、アキ様だけを追うように命令したのでしょう。間違いなく、副隊長を攻撃して正解だったと思います。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。」
30分しないうちに、偵察部隊が集めた情報をまとめた地図がやってきた。
「かなり詳細に配置が分かって助かる。」
「ここが一番魔王軍の守りが薄そうですね。」
「アキ様の言う通りです。ですので、私と部下の一部はここを突破します。本体は少し北のここを通ります。」
「それは何故ですか?」
「ここは罠です。」
「罠?」
「こことここの弓兵が移動すると、この経路を効果的に狙うことができます。正面にはかなり強固な部隊が移動してくると思います。敵の将軍かもしれません。弓兵で我々の力をそいだ後、両側面から突撃してくる算段だと思います。」
「分かりました。それなのに師団長は罠と分かって行くのですか。」
「はい。私を含む少人数の部隊は、多数いると見せかけながら、敵の罠にかかります。そして、我々の本体は盾と槍の部隊を先頭にして、数が少ない北側の弓兵部隊の中を突破させます。」
「本体はそれで抜けられるとして、師団長はその後はどうされるのですか?」
「我々は罠を力づくで突破するだけです。それができなければ、アキ様とは今日が今生のお別れになります。今日のアキ様の超高速飛行を見ていてすがすがしい気持ちになれました。この世の良い思い出です。来世があるなら、私も女性の妖精に生まれ変わりたいものです。できれば、アキ様みたいに可愛い妖精に。ははははは。」
「師団長、こちらの妖精部隊では敵の妖精や飛竜の行動を抑えるためには不十分で、空からこちらの作戦が見破られることが心配です。」
「私もお手伝いします。実は今まで妖精を撃ったことがないのですが、そんなことを言っていられる状況でないことは理解しています。」
「有難うございます。それでは作戦開始の時間までゆっくりしていてください。私たちは、作戦の準備がありますので、ここで失礼します。」
「御武運をお祈りしています。」
「有難うございます。」
妖精に息子を殺されたムサルの怒りは収まっていなかった。妖精部隊を管理していた飛行部隊隊長のザレンを呼び出した。
「お前のところの妖精はゴブリンどもにくれてやれ。そうすれば、ゴブリンどもの士気を高められるだろう。」
「ムサル様、現在、魔王軍の中で妖精部隊を所有しているのは我々だけです。若い女性の妖精の飛行速度は飛竜の2倍以上はあります。ですから、妖精部隊がいなくなると、今後のプラト王国殲滅作戦の遂行に支障が出ます。お怒りはごもっともですが、魔王軍の勝利のため、その決定はお考え直し下さい。」
「考え直さん。妖精め、おれの息子を殺しやがって。あんな人間の味方をするようなやつらを生かしておいてもろくなことはない。お前も俺に逆らうのもいいが、それ以上言うと、ここで八つ裂きにしてしまうかもしれないぞ。」
「しかし、妖精は人間ではありません。アイシャは良い隊長になってきて、妖精部隊の連携も取れて」
「うるさいぞ。」
ザレンが話し終わる前にムサルがザレンに殴られ吹っ飛んだ。
「副隊長は、どういう意見だ。」
「ムサル様のお気持ちは十分に分かっております。それでは、妖精部隊は飛竜部隊のゴブリンたちの慰安部隊として利用させていただきます。」
「うむ、あいつらはゴブリンの中では優秀だからな。結構なことだ。今日から、お前が飛行部隊隊長だ。」
「有難き幸せ。それでザレンはどうしますか?」
「知らん。どっかの部隊に一般兵として配属させろ。」
魔王軍の妖精部隊の全員に帰還命令が発せられた。
「何だろう。今夜の作戦のために休憩しろということかな。」
「それにしても、全員帰還と言う理由が分からない。ビーナ、3分の1は残しておかないと、プラト王国の妖精部隊の飛行速度はこちらより速いんだから、攻めてきたら飛竜部隊では対応できない。」
「アイシャ、何もあんなゴブリン、心配することはないじゃない。」
「そうだけど、指示の意図が分からないと不安で。」
「どっちにしろ従わないと、地上で捕らわれている仲間が酷い目に合うから。」
「そう。残念だけど従うしか私たちに選択肢はない。」
「でも、私たち、この先どうなるんだろう。良い未来があるように思えない。いっそのこと、サキみたいにプラト王国の妖精に撃たれて死んだ方が、楽になるかもしれない。」
「そんなことを考えないの。生きていればいいこともあるわよ。」
「アイシャは、強くていいわね。」
「楽観主義者なのかな。でもプラト王国の妖精部隊は、空中戦だとこちらよりかなり強いから、この休憩時間で、数の優位を生かす方法を考えないと。」
「こっちはもともと地上攻撃部隊だからね。」
「今日みたいな深追いは絶対にだめね。とにかく損害を少なくしないと。」
魔王軍の妖精部隊は地上に整列し、命令を待った。
妖精部隊が全員帰還するという異常事態は第4師団の方でも気が付いていた。
「妖精部隊が全員帰還して行くようです。」
「何があった?」
「夜の作戦に向けて休憩か?」
「しかし、全員だぞ。今ならこっちの妖精部隊が攻撃をかければ敵の飛竜部隊の戦力をかなりそぐことができる。」
「それじゃあ罠か?我々が進空したとたん、包囲して殲滅するつもりか。」
「うーん、分からん。」
「それでは、私が低空を静かに飛んで見てきます。たとええ見つかって全員が出撃してきても、私なら逃げ切ることができますから。」
「休む時間がとれなくて申し訳ないが、そうしてくれますか。」
「全然大丈夫です。では、行ってきます。」
アキは、静かに低空を飛んで、ロルリナ王国の妖精たちが降りて行った方向に向かった。
ロルリナ王国の妖精たちが整列していると、飛行部隊の副隊長がやってきた。
「ご苦労。皆もうすうす気づいているだろうが、今夜敵に対して総攻撃をかける。それまで全員、休息するようにとの将軍のご命令だ。」
「了解です。でも、あの、ザレン隊長はどうされたのでしょうか?」
「急病により休まれている。今は私が飛行隊長だ。」
「了解です。しかし隊長、私たち全員が地上に降りて、こちらの空の守りは大丈夫でしょうか。プラト王国の妖精部隊は空中戦では非常に強いです。」
「いい質問だと言いたいが、将軍のお考えだ。お前たちは余計なことは考えなくていい。」
「分かりました。」
「それでは、あの大きな建物で食事と休息を取るように。」
「了解です。」
妖精たちは建物の中に入って行った。妖精たちが部屋に入ると、美味しそうとは言えない食事が用意されているほか、人質になっていた妖精が待っていた。
「ミウ、久しぶり。人質のみんなは大丈夫だった?」
「まあ何とか。アイシャやみんなが活躍してくれているから。」
「そうなんだ。それは良かった。それじゃあ、今夜も頑張らないと。でも、この部屋も窓には格子がはまっているのか。」
「それは私たち人質を逃がさないためだから仕方がない。」
「そうね。夜には戦闘だから、とりあえず食事を取ろう。」
「ごめんね。」
「ううん、人質の方がつらいから。」
総勢で250人を越える妖精が食事を取り始めた。
「まずいご飯。王都のご飯がまた食べたい。」
「戦争が終わるまで、贅沢は言わない。」
まずい食事ながら、久しぶりに会えた友と話すことができて楽しむこともできていた。アキは静かに建物と外で窓を通して様子を探っていた。
「ここの妖精部隊、200人以上いるんだ。これに攻められたら第4師団の妖精部隊はひとたまりもないな。申し訳ないけど建物ごと全員やるしかないか。」
アキは建物から離れて、矢を3本取り出し構えて、詠唱を唱えようとした。
「私は風の子。風と共に生まれ・・・」
その時、300匹ぐらいのゴブリンと将軍側近の少数のオークがその建物に向かうのが見えたため、アキは詠唱を中断した。そして、3人の20代の半裸の妖精が連行されているのが見えた。
「あのオークとゴブリンたちの様子、単なる食事に来たとは思えない。あの妖精たちは、戦いの合間にオークやゴブリンの相手もさせられているの?本当にそうなら可哀そう。だめ、心を鬼にしないと。街の人たちの死体の山を思い出せ。今は500人の敵を一度に葬る絶好のチャンスなんだ。」
アキは自分にそう言い聞かせたが、やはり気になって、もう少し様子を見ることにした。
部屋の中に将軍側近のオークと飛行部隊の多数のゴブリンが入って来たので、妖精部隊の隊長代理を務めているアイシャが、彼らに話しかけた。
「あなた達は何?ここは私たちが食事と休憩する場所よ。食事なら他でして。」
「ここは、お前たちの体で俺たちを慰めてくれるところだよ。俺はお前に決めたよ。体と言い、顔と言い、とびきりだ。精一杯楽しませてもらうよ。」
他のオークが文句を言う。
「お前な、自分で勝手に決めるな。おれもあれがいい。」
「おれもあの子がいいな。」
「じゃあ、殴り合いで決めるというのは?」
「受けて立つ。」
「戦闘前だ。おれは止めておく。」
「ふふふふふ、意気地なしめ。」
「何をー。やるか。」
「お前ら止めろ。喧嘩するなら俺がもらうぞ。お前らはその後だ。」
「分隊長、そんな殺生な。」
「それじゃあ、喧嘩しないで決める方法を考えておけ。」
「分かりました。」
「まあ、俺は本当は二つ右隣の子がいいからな。」
「分隊長は相変わらずロリコンなんですね。」
「うるさい。お前らにとやかく言われる筋合いはない。」
「へへへへへ、その通りで。」
「何、勝手なことを言っているの?私たちはあなたたちみたいな下品なやつは、全員お断りよ。おとなしく去らないと、ザレン隊長に言いつけるわよ。」
「ははははは。これはムサル将軍直々のご指示だ。もうお前たちはお払い箱だとさ。俺たちを慰めるのがこれからの仕事だそうだ。」
「そんなはずないわ。ザレン隊長は、魔王軍の作戦遂行上、私たちが欠かせないことは良く分かっているはずよ。」
「だから、将軍のご命令だと言っているだろう。ザレンは必至に止めようとしたが、ムサル将軍に殴られて大怪我をしたよ。それで今は一般兵だ。」
「何で将軍が、急にそんなことを。」
「今日、将軍の息子がプラト王国の妖精に殺されたからだそうだぞ。もう妖精は信用できないって決めたみたいだよ。」
「そんな。私たちは将軍のために命をかけて戦ってきたのに。」
オークとゴブリンが将軍に付いていた3人の妖精を前に出す。
「将軍がお気に入りだった外国の妖精さんたち。」
「そうだ。将軍がいらないというから、楽しませてもらった。次はお前らだ。」
「そんな。」
オークが3人の妖精のうちの一人の胴体を掴み持ち上げ、オーク2匹が腕と脚を持って引っ張った。簡単に腕と脚が引きちぎれてしまった。建物中に悲鳴が響き渡り、血が静かに床に広がって行った。その妖精はすぐにぐったりとして静かになった。妖精部隊のほとんどの隊員の顔が青ざめた。
「お前たちが、おとなしく俺たちの言うことを聞けばよし、さもなくば、次はこいつだ。」
その妖精が懇願する。
「ロルリナ王国の妖精部隊のみなさん、お願い、このオークたちの言うことを聞いて。私、まだ死にたくない。それに、あなたたちも従わないと殺されるだけだわよ。」
アイシャが号令をかける。
「ごめんなさい。こいつらの言うことを聞いても、いずれは同じ運命だから。全員弓を構え、射撃体勢を取れ。」
人質でない妖精全員が弓を構え、弦に矢をかけ、弦を引いた。射角が取れない後ろの妖精は、天井近くまで飛んで弓を構えた。それに対して、オークとゴブリンは前面に盾を構えた。
「ロルリナ王国の妖精さんたち、お願いやめて。心配しなくても大丈夫だから。絶対にすぐに慣れるから。」
「私も初めはすごく嫌だったけど、オークやゴブリンの相手をするのにもすぐ慣れたし、うまくいけば贅沢もできるわよ。」
「慣れるつもりはないし、そんなことで贅沢したくもない。そんなことをするぐらいなら、私たちはここで戦って死ぬわ。みんなもいいわね。」
「もちろん。」「アイシャについていくわ。」
「これはいい。やっぱりこいつらは肝っ玉が違うな。おれは好きだぜ、こういう女。」
「俺もだ。こういう女を従順にさせるのが一番の快感だぜ。」
「やめてお願い。私たちは何でも言うことを聞くから。」
「私もどんなことでもするから。本当よ。殺さないで。」
しかし、その言葉を無視して、オークとゴブリンが二人の腹に剣を突き刺した。部屋に悲鳴が二つ響き渡った。そのときアイシが号令をかけた。
「撃て!」
150本の矢が放たれた。ほとんどの矢はゴブリンたちが並べた盾に弾かれてしまったが、盾の隙間を縫って3人のゴブリンに矢が突き刺り倒れた。オークにも当たったが、かすり傷ぐらいにしかならなかった。
「そんな矢なんて俺には効かないよ。よーし、押し込め。」
盾をかざしたまま、オークとゴブリンが前進して行った。弓矢の射撃の第2射があり、楯が乱れていたため14人ぐらいのゴブリンに矢が突き刺さって倒れたが、射撃が終わるのとほぼ同時に、オークとゴブリンは妖精めがけて走り出し、第3射の準備が整う前に、妖精たちは空中から引きずり降ろされ、押し倒された。そして、オークやゴブリンたちが妖精たちに覆いかぶさった。アイシャも3人のオークに押し倒された。抵抗しようとしたが、一人のオークが馬乗りになり、一人のオークが両手を押さえ、一人のオークが両足を押さえていたため、何もすることができなくなった。「何とかならないの。」と思い渾身の力を入れてみたが、手も足もほとんど動かなかったため力を抜いた。上に乗っていたオークが、腕と脚を押さえているオークに指示する。
「腕と脚をすこし引っ張れ。絶対に壊すんじゃないぞ。」
「分かってるよ。」
二人のオークがアイシャの腕と脚を引っ張った。アイシャの腕と脚の付け根に激痛が走った。アイシャの脳裏に、ロルリナ王国のアイシャの自宅を襲った1人のオークに矢を浴びせても効果がなかったこと、親の命令で上空に逃げたときに聞こえた自宅からの悲鳴、たった今、腕と脚を引きちぎられた妖精の姿が浮かんだ。「矢が通じなくて、手足を引きちぎれるオークにかなうはずなんてないじゃない。」という思いに捕らわれて、動けなくなった。
「へへへへへ、さすがにおとなしくなった。」
「それじゃあ、女、俺たちが順番を決めるまで、服でも脱いで待っていろ。」
オークの嬉しそうな顔が目に入った。アイシャは「こんなことなら、本当にプラト王国の妖精にやられた方が良かった。」と思った。しかし今さら、どうしようもなかった。オークの分隊長が尋ねる。
「全員、妖精たちを抑え込んだか?」
「抑え込みましたー!」「大丈夫でーす!」「下でおとなしくしています。」
「オークは無事だろうが、ゴブリンども何人やられた。」
「ゴブリンのうち11人が死んでいるみたいです。6人ぐらいがまだ呻いています。」
「名誉の戦死だな。」
「分隊長のおっしゃる通りでございます。」
オークの分隊長が3匹のオークに尋ねる。
「それで、お前たち順番を決めたのか?」
「まだです。」
「ゴブリンが喧嘩をする分は構わんが、おまえたちが喧嘩をすると家を壊してしまうから、腕相撲で決めろ。」
「分かりました。」「了解です。」「ご命令とあれば。」
3人がリーグ戦で腕相撲を始めた。オークやゴブリンが妖精の上に乗り、妖精の服の中に手を入れ体を触りながら、腕相撲の応援をしていた。部屋の中は声援と悲鳴が渦巻いた。3回行われた腕相撲の決着はすぐについた。
「くそー、負けた。でもお前、この妖精を大切に扱えよ。」
「分かっているよ。こいつで、3か月は遊びたいからな。」
「分かった。おれも3か月は大切に遊ぶよ。」
「じゃあ、3か月したら、どうやって殺す?手足を引きちぎるだけじゃ、芸がないぞ。」
「その話は3か月後だ。」
分隊長が号令をかける。
「それじゃあ将軍様のご厚意に感謝して妖精たちを有難く頂くとする。第4師団の人間どもを皆殺しにする前祝いだ!」
「分隊長、ご命令、拝聴しました。」
オークやゴブリンが行動を開始した。妖精たちは服をむしり取られ、乱暴に扱われ、多数の妖精が大きな悲鳴をあげていた。その悲鳴は、部屋ばかりでなく、ザレンがけがのために横になっていた森の中や、ムサルがいる司令部まで届いていた。ザレンは悲痛な表情で黙っていたが、将軍が一言漏らした。
「ゴブリンたちには、いい褒美になっているようだな。」
腕相撲に負けた2人のオークはゴブリンを蹴っ飛ばして、別の妖精に覆いかぶさった。勝ったオークが妖精の所にやってきた。
「おい妖精、服を脱いどけっと言っただろうが。面倒くせーな。」
そのオークがアイシャの服を引きちぎった。アイシャは手で体を隠すが、強気のアイシャも祈るだけになっていた。
「お願い、神様、助けて。お願い。」
その時である。轟音とともに急に屋根が吹き飛んで、細かい破片と埃が降って来た。オーク、ゴブリン、そして妖精たち全員が上を見上げて驚いていると、
「全員起立、気を付け!」
という声が聞こえ、ほとんど全員が良く分からないまま起立、気を付けの姿勢をした。アキが続けざまに2本の矢を放って、屋根を吹き飛ばし、号令をかけていたのである。続けざまにアキが号令をかける。
「妖精部隊は上空20メートルで待機。」
オークに手を握られていて飛べなかったアイシャ以外の妖精は、良く分からないまま、部屋から飛び立ち、20メートルぐらいまで上昇した。
「弓を構えて!目標、ゴブリン。あの妖精さんは外して。射撃準備!」
オークの分隊長が見上げて、アキに向かって尋ねた。
「お前は誰だ?」
アキはそれを無視して指示する。
「撃て!」
矢がゴブリンに降り注いだ。アキの矢はオークの分隊長の心臓を射貫いた。
「第二射準備!目標残っているゴブリン!」
アキは矢を3本取り出した。3匹のオークがアキを見つめていた。その中の一匹のオークが、アキが誰か尋ねようとした。
「お前は」
オークが言い終わらないうちに指示する。
「撃て!」
アキは3本の矢を0.5秒の間に連射して、3匹のオークを倒した。
「どうせ、お前たちはすぐに死んで、『ユナイテッドアローズ』のライブに来られないんだから、名前を言っても無駄だし。」
アキは安全を確認しながらゆっくりと部屋に降り、アイシャのところに向かい、話しかける。
「飛べる?」
「はい、大丈夫です。」
「ここは危険だから、とりあえず離れよう。」
「分かりました。」
魔王軍の陣地から少し離れたところで、アイシャがアキに尋ねる。
「あなたは、プラト王国軍の制服を着ていませんが、プラト王国の妖精さんですよね。飛ぶのが異常に、すみません、とても速い。」
「その通り。私はプラト王国第25代女王、マリ様直属の部隊『ユナイテッドアローズ』のアキっていうんだ。」
「アキ様、噂は聞いたことがあります。危ないところを助けて頂いて本当に有難うございます。この通り、お礼を言います。でも敵であるはずのあなたがなぜ?」
「本当のことを言いうと、魔王軍の妖精が全員地上に降りたというので、攻撃するいい機会かもと思って潜入したの。300匹ぐらいのオークやゴブリンたちが建物に入って行った時には、500人ぐらいを一度に片付けることができるチャンスと思っていた。」
「そうですか。最初に屋根を吹き飛ばしたのもアキさんの矢なんですね。」
「うん、その通り。」
「それなら、本当に500人を葬ることもできたかもしれませんね。」
「街のはずれの死体の山を見て、やらなくちゃって決心していたの。」
「昨晩のあの街は、先ほど以上の本当に地獄でした。」
「それでもあなたたちが従うしかなかったのは、仲間を人質に取られていたから?」
「はい、その通りです。100人近い仲間が人質になっていました。」
「やっぱりそうか。詠唱を唱えて矢を撃とうと思ったときに、オークやゴブリンが入ってきて、様子を見ていたら、中から酷い悲鳴が聞こえてきて、本当に酷い状況で、あれならもう魔王軍に味方することもないし、もしかしたら、こちらの味方になって魔王軍といっしょに戦ってくれる妖精もいるかと思って、助けることにしたの。」
「有難うございます。私はできるなら魔王軍と戦いたいです。ただ、故郷に帰りたいという隊員もいるとは思います。」
「それはそうかも。もうプラト王国を攻めないと言うのならば、故郷に帰るのは自由。ただ、我々が魔王軍に敗れれば、やがて魔王軍はまたロルリナ王国にやってきて支配を固めると思う。そうなると、みなさんがもっと酷い目に会う可能性が高いとは思うわよ。」
「私もそう思います。ですから、私は魔王軍と戦うつもりです。もう一つの心配事は、今までプラト王国の妖精部隊と戦ってきましたから、私たちを受け入れてくれるかです。」
「私は今の惨状を見たから大丈夫だけど、その心配は分かる。私から王女様にお願いして、配属する場所などを上手に選んでもらうつもり。」
「有難うございます。」
「ただその前に、できれば第4師団の脱出作戦に協力してくれると嬉しいんだけど。」
「分かりました。その件を含めて、我々の誰がいっしょに戦い、誰が故郷に帰るか調べてきますから、少々お待ちください。」
「分かった。」
妖精のチーフが250人の隊員のところに向かったが、少し話をした後すぐに戻って来た。
「アキ様、全員、魔王軍と戦うと言っています。第4師団の脱出作成にも協力します。」
「本当に有難う。あと、私は軍人ではなく、これからは仲間だから、アキ様は止めて、アキかアキちゃんでお願いね。」
「分かりました。アキ、プラト王国の師団に行く前にお願いがあります。できれば補給処によって、服を着替えたいです。弓を持っていない隊員もいますし、貯蔵してある我々が普段使っている矢を補給してから行きたいです。その方が命中率と威力が上がります。」
ほとんどの隊員の服がボロボロになっているのが分かっていたのでアキは即答する。
「それは分かる。じゃあとりあえず補給処に向かおう。」
「有難うございます。補給処はあっちです。」
補給処の上空に到着すると、補給処を3匹のオークと10匹のゴブリンが守っていた。
「私がオークを倒すから、ゴブリンはお願いね。」
「分かりました。第1、2、3、4分隊はゴブリンを攻撃する。」
「攻撃準備。」
「アキ、攻撃準備完了しました。」
「撃て!」
アキが3本の矢を続けざまに撃って3匹のオークを倒し、ロルリナ王国の部隊も20本の矢で、10匹のオークを倒した。
「すごい、オーク3匹を一瞬で。さっきも、オークを倒したのはアキだったんですね。」
「はい。それより、とにかく急いで着替えて弓と矢を取ってきて。私はここで見張っているから。」
「分かりました。」
ロルリナ王国の妖精たちは整然と行動し、着替えた後、矢が入った箱を運びだし、空に上がってきた。
「作業完了です。」
「それではこちらの師団司令部に向かおう。師団司令部に近づいたら、敵意がないことを示すために、手に弓は持たないで、荷物を持っていない人は、手を上に上げて飛んでね。」
「分かりました。」
250人の妖精が近づいたとき、師団司令部上空の妖精部隊はパニックになっていた。
「敵、妖精部隊が急接近しています。数は200を越えています。」
「200、いや、250人ぐらいはいる。ロルリナ王国の妖精部隊ってそんなにいたのか。とりあえず、司令部に報告して。」
司令部でも慌てて対応を取っていた。
「250人ぐらいの妖精の急襲か。向こうからの攻撃は夜かと思って油断した。こちらの妖精部隊の10倍以上の数だ。これでは向こうの第1射で全滅だ。」
「師団長、どうしますか。」
「妖精部隊は下がらせろ。無駄死にするだけだ。アキ様は?」
「まだ、戻ってきません。」
「そうか。ご無事ならいいが。」
上空から見ていたアイシャが、アキに話しかける。
「アキ、プラト王国の妖精部隊は撤退したようですね。」
「こちらが攻撃してくると思っているみたいね。数が圧倒的だから、無駄死はさせないということだと思うわよ。」
「無駄な摩擦が発生しなくて良かったです。とても優れた師団長みたいですね。」
「うん、そうだと思うよ。それじゃあ、手が空いている妖精は手を上げて。私が手を振って合図をするから。」
「了解です。」
地上では対応を急いでいた。
「地上の防空部隊の準備はできているか?」
「あの数に対抗するためには、5分はかかります。」
「それじゃあ間に合わない。敵が攻撃してくるまで、あと1分もかからない。」
「師団長!ロルリナ王国の妖精部隊は荷物を持っている妖精以外は手を挙げて、弓を手に持っていません。降伏するのかもしれません。」
「どういうことか。・・・ああっ、先頭はアキ様だ!こちらに手を振っている。皆に絶対に攻撃しないように伝達しろ。」
「了解です。師団長の指示があるまで攻撃は控えるように命令します。」
「それにしても、アキ様一人であんなたくさんの妖精を捕虜にしたのか?」
「さすがにそれはどうでしょう。背には弓をしょっているみたいですし。」
ロルリナ王国の妖精部隊は上空20メートルぐらいで停止し、アキ一人が師団長の前に降りてきた。
「師団長、ただいま。」
「アキ様、あの妖精部隊は?」
「ロルリナ王国の妖精部隊です。彼女たちが私たちと戦っていたのは、100名ぐらいの仲間が人質に取られていたからで、その見張りを倒して、人質を解放したら、彼女たちも魔王軍を倒すためにいっしょに戦ってくれるそうです。王女様にお願いする時間がないので、お願いします。捕虜としてでなく、魔王軍を倒す義勇兵として扱ってください。」
「分かりました。本当にそうならば助かります。いえ、アキ様を疑っているわけではありませんが。」
「彼女たちの気持ちは私が保証します。」
「そうですか。私も見たところ信用して大丈夫と思います。ただ、うちの妖精部隊との衝突が気になりますので、今回は両グループは分けて運用するようにします。配備する位置を検討するため、後で向こうの隊長さんを呼んできてください。」
「分かりました。」
「申し訳ありませんが、私は作戦の準備に戻ります。彼女たちのお世話については副官と相談してください。よしかず大尉、アキ様のご要望にはできるだけ答えるようにお願いします。」
「アキ様のご要望にはできるだけ答えること。了解です。」
「有難うございます。」
師団長が指令室に戻っていった。
「アキ様、彼女たちの休憩場所はどうしましょうか。」
「今は、上が開けているところの方が安心すると思います。」
「そうですか。それでは裏の練兵場を使ってください。今から訓練する兵はいないと思います。あと食事はどうされますか?」
「食事はしてきたところですから、飲み物だけで大丈夫だと思います。できれば、大きなカメに入れてきてください。私が最初に飲みます。」
「分かりました。手配します。それにしても、可愛らしい女性ばかりですが、さすがに弓矢を背負っているので、250人に注目されるのはあまりいい気持ちはしません。彼女たちが今襲ってきたら、助かるのは師団長、副師団長とアキ様ぐらいでしょう。」
「そうかもしれませんが、襲ってきませんからご心配なく。パスカルだったら喜んで殺されるかもしれませんが。」
「ははははは。勇者様がですか。冗談はそれまでにして、これから準備に入ります。」
アキがロルリナ王国の妖精部隊を練兵場に案内した。
「アイシャ、こんな何もないところでごめんね。でも、今はこういう所の方が皆さんが安心するかなと思って、ここにしたの。」
「はい、アキ、お気遣い有難うございます。」
「だから、そんなに丁寧に言わなくていいって、同じ年だし。」
「じゃあ、アキ、有難う。」
「どういたしまして。飲み物が来たみたいだから、まずは私が飲むね。」
「大丈夫。もうアキを信用しているから。」
「念のため。師団長はそんなことはしないだろうけど、もしかすると従わない部下もいるかもしれないし。」
「そうか。アキが先に飲むと思えば、変なことはしない・・・。アキ、有難う。」
アキが飲み物を飲む。
「リンゴジュースみたい。しぼりたてで美味しいよ。みんな飲んで。」
ジュースを飲んで多くの妖精たちが涙を流していたので、アキが訳を聞いた。
「みんな、どうしたの?」
「ロルリナ王国でも、このジュースを良く飲むの。それで、みんな、故郷を思い出したんじゃないかな。」
「そうか、ここはロルリナ王国まで目と鼻の先だから、食べ物とか似ているのかも。」
「アキの言う通りだと思う。」
アイシャが隊員の方を向く。
「みんな!またみんながリンゴジュースが飲めるような日常を取り戻そう。そのために、魔王軍を倒そう。たとえ、この命に代えても。」
ロルリナ王国の妖精部隊の隊員から声が上がった。
「はい。」「戦うぞ!」「やっけてやる!」
「それでは作戦立案のため、アイシャ、司令部まで来てくれる?」
「アキ、もちろん喜んで行くけど、私をそんな秘密を話す場所に入れて大丈夫?」
「信用しているということと、それぐらい余裕がないんだと思う。」
「分かった。その信用には絶対に答えるから。」
「うん、お願い。じゃあ、行こう。」
アキがアイシャを連れて司令部に入った。全員が起立して、師団長が挨拶する。
「アキ様、ロルリナ王国の方をお連れ頂き有難うございます。私がこの第4師団の師団長ゆういち です。」
「ゆういち閣下、この度は私たちをプラト王国に受け入れてくれて有難うございます。私は、ロルリナ王国の第2妖精連隊隊長代理のアイシャ大尉です。連隊長は人間でいらっしゃいましたが、魔王軍の最初の奇襲攻撃で戦士されてしまいました。今残っているのは、私を含め253名です。指揮官がほとんど戦死されたため、一番階級が上の分隊長だった私が隊長代理として連隊を指揮をしています。我々の連隊は地上攻撃を主任務としています。」
「そうですか。アイシャ大尉、アキ様から伺ったのですが、今回は私たちの包囲突破作戦を手伝って頂けるということで良いのですね。」
「はい、魔王軍撃滅までは、プラト王国軍の指揮下に入ることを253人、全員で合意しました。」
「それはとても助かります。アキ様も、こんな頼もしい方々をこちらに引き入れてくれて、大変ありがとうございます。見ただけでも、アイシャ大尉の優秀さと芯の強さが伝わってきます。」
アイシャがアキに小声で話しかける。
「あの、師団長もアキ様とお呼びしているようですが。」
「ああ、大丈夫。・・・・師団長、申し訳ないですが、ロルリナ王国の妖精の皆さんには、私をアキと呼ぶようにお願いしていますので、それで違和感を感じないでください。」
「分かりました。アキ様も正式には軍人ではありませんので構いません。それで、アイシャ大尉、これが今回の作戦図です。」
「そんな秘密のものを私が見てもよいのですか?」
「今は、そういうことを言っている時でないことは分かっています。それで、この位置の守りが薄そうに見えます。」
「でも、罠でしょうね。」
「そのとおり、この北と南の弓兵部隊が移動してきて攻撃した後、この部隊が突入してくるでしょう。その対策として、我々は一部の部隊が罠にかかった振りをしますが、本体はこの数が少ない北側の弓兵部隊の中を通ります。それで、アイシャさんの部隊にはこの本体の突破を支援して欲しいと思います。戦場は混乱すると思いますが、空中弓兵は広い範囲を見渡せるばかりでなく地上からの矢が届かないところから攻撃できますので、有効な攻撃ができると思います。飛竜からの攻撃はうちの妖精部隊に守らせます。」
「師団長、その件ですが、うちの妖精部隊がその任務を嫌がっていて、自分たちで地上攻撃と防空の両方をすると言っています。」
「今はそういう場合ではないのですが。困りましたね。」
「師団長、それでは私たちは、南側の弓兵部隊をさらに南側の背後から攻撃します。」
「南側の弓兵部隊は遊兵化(戦力になっていない兵)していますので、攻撃は不要です。」
「しかし、この北側の弓兵部隊の位置は、南側のゴブリンの弓矢の射程内です。」
「それはそうですが、かなり距離がありますから、正確に狙うことはできないでしょう。無理して撃てば魔王軍の北側の弓兵に我が師団以上の大きな損害が出ますから、・・・・・。そうですね。その損害を厭わず攻撃する、ですか。それは盲点でした。なるほど、わが軍では取れない作戦ですが、それが魔王軍の本当の罠というわけですね。でも、アイシャ大尉、良くお分かりになりましたね。ロルリナ王国でも取れない作戦だと思いますが。」
「不本意ながらも、魔王軍と行動していたからでしょうか。」
「なるほど、分かりました。是非、南側弓兵の攻撃をお願いします。」
「はい、それにこれならば、プラト王国の妖精部隊と空域が重ならず、不用意な摩擦が生じることはないと思います。」
「いい作戦だと思います。よろしくお願いします。」
「ここを出発するのは何時でしょうか?」
「14:00です。」
「太陽を背にできますが、作戦遂行に遅れが出ると夜になってしまいますね。」
「はい、躊躇なく突破する必要があります。」
「分かりました。私は今から攻撃手順の詳細を決めるために偵察に出ます。こちらの作戦意図は知られないように注意します。もし、裏切ることが心配でしたら、どなたか付いてきても構いません。私や私たちの部隊の隊員は地上攻撃と重いものを運ぶのは得意ですが、それほど速くは飛べませんから振り切ることは不可能です。」
ゆういち 師団長はアイシャ大尉の面影や毅然とした雰囲気が、マリ王女様の若い時と似ていると思い始めていた。
「大丈夫です。そういう心配はしていません。」
「私も信用していないわけじゃないけど、アイシャ一人だと敵の攻撃が心配なので私がついていきます。」
「アキ、大丈夫?疲れていない?」
「大丈夫。」
「それじゃあ、アキ、お願い。師団長、私は偵察の準備に取り掛かります。それでは失礼します。」
「お二人ともお気を付けて。もし敵の大きな動きを感知しましたら、お知らせください。」
「承知しました。」
アイシャがロルリナ王国式の敬礼をして出て行った。
アイシャとアキが攻撃手順を決めるための偵察に出た。意図を悟られないように、魔王軍の各所を偵察して回った。最初は用心していたが、飛竜部隊では追いつけないため、射程外を容易に飛び回ることができた。アキがアイシャに尋ねた。
「攻撃手順って何を決めるの?」
「まずは、攻撃位置かな。敵に遮蔽物を与えないところとか、斜面に沿って撃てれば、目標に当たらなくても、別の目標に当たる確率が増えるとかかな。」
「なるほど。」
「あとは、矢を置いておく少し戦場から離れた場所とか、持ってきた矢だと不足しそうだから、上から落とすための石がたくさんある場所とかを探さないと。両方とも地上でゴブリンたちに急襲されないように、開けた場所じゃないといけないし。」
「攻撃に石を使うんだ。」
「うん、ゴブリンを戦闘不能にすることはできる。」
「敵の矢が届かないところから攻撃すればいいから、あまり危なくはないよね。」
「残念だけど、敵のこの弓兵の数だと、そうは言ってられないかな。」
「どういうこと。」
「矢が届かないと分かると、敵の弓兵はこちらからの攻撃を無視して、第4師団の主力への攻撃に集中する可能性が高いの。そうなると、うちの部隊の戦力では敵の弓兵部隊を半減させることもできないから、第4師団主力の損害をあまり小さくできない。」
「わざと低空で飛んで、敵の弓兵に矢を撃たせるためのおとりになるということ。」
「うん、そういうこと。」
「でも・・・・・。」
「数百本の矢が続けてこちらに向かってくるのはぞっとしないけど、さっきみないなことよりは、矢に撃たれて死ぬ方がいいかな。」
「私も手伝えることがあれば手伝うよ。」
「ううん、アキは安全なところからオークを倒すことに集中して。それができる妖精はたぶん世界でアキだけだから。」
「うん、できるだけたくさんのオークを倒すつもりだけど。」
「あとは、もし私が地面に落ちても生きているようなら、アキが私を撃って。」
「それは・・・・・。」
「それが一番のお願いかな。絶対に感謝するから。」
「・・・・・・・。」
アイシャが話を変える。
「ところで、アキが所属する『ユナイテッドアローズ』というと、勇者パスカルがいるんだよね。今は味方だからパスカル様とお呼びしなくちゃいけないかな。」
「パスカル様!」
「はい?」
「何でもない。」
「世界最強の剣士で、ロルリナ王国もプラト王国にはパスカル様がいるから、今は戦争は仕掛けられないという話だったんだけど、パスカル様ってどんな方?」
「アイシャにパスカル様なんて言われたら、何でもしちゃう方。」
「はい?」
「何と言うか、美人に弱いと言えばいいのか。」
「英雄、色を好む、みたいな?」
「ははははは。パスカルは、そんな感じじゃなく、アイシャがパスカルに私の奴隷になってと言ったら、喜んで奴隷になるわよ。」
「それは、面白い方だから?」
「それはそう。剣の腕は確かだけど。パスカルにはゴブリンもオークも強さに違いはないみたいだし、王宮を急襲してきたザンザバルを撃退したし。」
「ロルリナ王国はザンザバルに王宮が壊滅させられて、酷いことになったけど。パスカル様は撃退したのね。一度、お目にかかってみたいかな。」
「アイシャ、剣の腕以外のことはあまり期待しないほうがいいかも。」
「そうなの?分かった。アキ自身がすごい妖精だからそう見えているだけなのかも。」
「いいわよ。王宮に来たら会わせてあげる。」
「本当?有難う。お忙しそうだし、一目でだけで構わないから。」
「うん、一目だけにしておく方がいいと思う。」
妖精部隊がいなくなった魔王軍の偵察は、おしゃべりしながら完了することができた。
いよいよ14:00になった。師団長に報告が入る。
「師団全軍出発準備、整いました。」
「よーし、計画したルートを通って王都へ帰還する。第4師団、作戦行動開始!」
第4師団の移動が一斉に開始された。
同じころ、明るいうちに出発すると考えていた4将軍が第4師団の東側に集合していた。空を見上げたダロス将軍がムサル将軍に尋ねる。
「ムサル、このあたりにはロルリナ王国の妖精部隊を配置しないのか?」
「あいつらは、ゴブリンどもの褒美にしたよ。」
「ムサル、それはいくら何でも軽率じゃ。」
「あんな、魔族か人間か分からない中途半端なやつらは信用できん。」
「ムサルの言いたいことは分かるが、あれほど速く飛べるものは他にはないから。」
「なーに、飛竜部隊と地上の防空部隊で何とでもしてみせる。」
「4倍以上の兵力があるから今回は大丈夫でも、ゴブリンの犠牲が増えるぞ。」
「作戦も軍の配置も万全だ。人間の慌ててふためく顔が見ものだよ。」
「だが、向こうの師団長、かなり強いらしいな。」
「ああ、普通のオークじゃ敵わないらしい。だから俺たちが壁になる。」
「でも、ムサル、俺たち全員がいるか?」
「殺したい奴は来いと言っただけだろう。本当は俺一人けでもなんとかなるよ。」
「まあ久しぶりに強いやつと戦ってみたいからな。ロルリナ王国は弱すぎた。」
「そうか。もし、戦いたいならお前らに譲るよ。」
「それは有難い。」
魔王軍の伝令がやってきた。
「偵察部隊の報告によると。14:00に人間どもの軍が出発したとのことです。」
「それじゃあ、俺たちも所定の位置に移動するぞ。」
「おう。」
「腕が鳴るぜ。」
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