第40話
「いらっしゃいませ」
ブティックの扉を開けると扉上に取り付けてある鐘が鳴り、私達に店員が声をかけた。
だが、にこやかな顔で一瞬私達を見たがすぐに客に話を戻していた。
誰も近づいで来ない。
「失礼ですよ」
「本当だわ」
ターニャとクリンと中へ一緒に入ったが、2人は店員の対応に不機嫌だった。
私の見た目で判断されたのが気に入らないようだ。アッシュ家から持ってきた、お母様が刺繍してくれたお気に入りの服なのだが、2人はいい顔しなかった。
その時、軽蔑の眼差しが一瞬見え時、私は、2人がエッシャーと繋がっていることを確信した。
「別に構わないわよ。逆にゆっくり見れるわ」
2人の様子をよそに私はさっさと店内を歩き出した。
一番のお勧めと言うだけあって、店内も広く華やかだ。ショーウィンドウに飾られた品物で店の雰囲気が分かる。
少し派手目な明るめの色使いと、ギャザーをふんだんに使用したドレスが多い。
それに合わせて、店員も綺麗目で若い女性ばかりだ。
店内はまだ10時だというのにかなりのお客で賑わっていて、店の装いに合う、若い方が多かった。
奥に扉があり、恐らく貴賓室だろう。
だが、出入り禁止のロープが張られてない様子から、残念ながら誰も使用していない。
中央には、商談様のソファと椅子のセットが4つ。そのひとつに、1人の女性が座っていた。その背後に2人のメイドが付き添っていた。こちらからは横顔ではっきりした顔は見えないが、前に座る店員の接客態度から、それなりの要人のようだ。
「見え見えの接客ですね」
「本当に」
「月末だから、ノルマの為に確実に買ってくれる人に声を掛けたいわよ。ある意味、楽でいいわ。ゆっくり店内を見れるからね」
愚痴っぽく言う2人を軽く流し、品物を見るかのように、すっ、とソファに近づく。
店内にいる女性達は、正直対した身分ではないが、ソファに座っている女性の服装は遠目でも質がいい。
そうして偶然を装うように、見回す仕草をしながらその女性の真正面にたった。
ふと、店員との話しの中顔を上げ、目が合った。
「お久しぶりでございます。グレイス子爵夫人」
大袈裟に声を出し、軽く会釈し、顔を上げたと同時ににこやかに微笑んだ。
私とは真逆に、戸惑いを隠さず声を濁した。
「申し訳ないわ。あなたの名前を思い出さなの。その、お顔は覚えがあるのだけれど」
丸顔の可愛らしいお顔で、丸々と見える黒目がより幼く見え、若く見える。薄オレンジの髪の毛がより、明るく可愛らしかった。
もう30の後半だと言うのに、このブティックの服が、良く似合う方だ。
「お忘れになって当然でございます。お会いしたのは10年も前でございます。祖父であるデッリョウガ子爵の誕生日パーティーでご挨拶した、リーン、アッシュでございます」
「アッシュ伯爵令嬢!?」
グレイス子爵夫人の相手をしていた店員が驚愕の声を上げ立ち上がり、振り返り、何かを思い出したように、より動揺した。
私の仕立てをしてくれた女性だ。
この声に反応し店内がざわめきだし、1人の店員が慌て近づいてきた。
「ご案内が遅くなり申し訳ありません。私、ウールと申します」
近づいてきた店員が、営業スマイルで腰に下げたポシェットから名刺を取り出した。
「下がりなさい」
グレイス子爵夫人の鋭い声が響き、ウールと名乗った店員は固まり、一気に顔色が悪くなったが、納得いかない顔で不貞腐れるように去っていった。
「シャーウッド、あなたの教育がなっていないようね。名を名乗ってから対応を変えるなど以ての外だわ。前」
「申し訳ありません!」
グレイス子爵夫人の相手をしていた女性がすぐさま立ち上がり、膝におでこがつきそうな程深深と頭を下げた。
「私に、かしら?それとも、アッシュ伯爵令嬢に対してかしら?それも、あなたは今、私の言葉を遮ったわ」
持っていた扇子を広げ、あえて音を出すように閉めた。その音が賑やかな店内の中、妙に耳に響いた。
頭を下げたままの表情が見えない中でも、恐怖に戦いていのは、手に取れるようにわかった。
「も、申し訳ありません、アッシュ伯爵令嬢!」
ともかく、立場的には私の方が上だ。私に謝罪は当然だろう。
向きを変え、まるで土下座をしたかったがソファが邪魔で出来なかったような仕草が見えた。
グレイス子爵夫人を見ると、先程の方と同じ人物かと見まごう程豹変していた。
閉められた扇子は微動だにせず握り締められ、細い瞳がより細くなり黒目が恐ろしい程に黒黒と光っていた。
可愛らしい顔なだけに、底冷えするような威圧が見えた。
「不愉快な思いをさせてしまって申し訳ないわね、アッシュ伯爵令嬢。その上私が、令嬢の名を忘れてしまっていて、本当に申し訳なく思うわ」
すっと立ち上がると、驚く程簡単に頭を下げた。
深くはないが、気持ちの込められた行動だった。
違うざわめきが店内で起こり、誰もの視線がこちら注がれているのがわかる。
「頭 を上げてください、グレイス子爵夫人。私も曖昧な記憶でしたので、確認の為恥ずかしいながらも前に来たのです。ですからお互い様でございます。どうぞ座り下さい」
「ああ、だから、真正面に立っていたのね」
顔を上げると、安堵した様子で私を見るとまた、ソファに座られた。
忘れていたのが自分だけじゃなくて安心されたようだ。
あえてそういう風に角なく言ったが、上手くいった。
「シャーウッド、あなたがアッシュ伯爵令嬢のご案内をしなさい」
「はい!」
頭をまだ下げたまま返事をした。
「アッシュ伯爵令嬢、この者は店主ですので、貴女が欲しいものは全て説明してくれると思うわ」
「お気遣いありがとうございます。もしお許しを頂ければシャーウッドをお許し願えればと存じます。このまま頭を下げたままでは、その、」
見栄えが悪い、とはっきりとはいえず、言葉が出なかったが、感じてくれたようで仕方なさそうにシャーウッドを見た。
「そうね。晒し者みたいになっているようで、店の品位を落とすわね。アッシュ伯爵令嬢の寛大な心に感謝しなさい。頭をあげなさい。後でゆっくり話をするわ」
微笑みもない無表情の意味深な言葉に、シャーウッドは小さく震えながらも、頭を上げ、頬を引き攣らせながらもどうにか笑みを浮かたべた。
「ありがとうございます、奥様。それではアッシュ伯爵令嬢、案内させて頂きます」
「いいえ、結構です。私はあの人がいいです」
すっと指を刺した。
少しふくよかで小柄だが、可愛らしい女性を指さした。
「ひっ」
指を刺された店員は悲鳴を上げた。
「何故、と聞いてもいいかしら?」
「あの方は、私達が店内に入ってきた時一番に私達に存在に気付き挨拶をして下さいました。そして、私の行動をよく見ていた。何時でも声を掛けれるよう、常に目線で気を配っていました」
「よく見ておられるわね。中々面白い方ね。ねえ、宜しかったら、リーン様と名前でお呼びしても宜しいかしら?」
「嬉しい限りです」
「では、私の事も呼び捨てにして頂戴。これから仲良くしましょう。私はレイナよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてレイナ様、とお呼びさせて頂きます。それと今度、時間がある時に是非令息のお話を聞かせて下さい」
「まあ、アルノードを知ってるの?」
思いがけず自慢の息子の名前が出てきて、やっと心から嬉しそうな表情を見せた。
「はい。同じ学園でしたし、歳も姉と同じですのでよく存じております」
「少しお話をしない?」
扇子持ち替え、ご自分の横を軽く見た。
「それは次回の楽しみしておきます」
丁重に断る。
「残念だわ。ではまたの機会にしましょうか。でも今度ゆっくりお茶をしましょう。きっとよ?約束ですよ」
念押しされ、微笑みながら頷いた。
「勿論でございます。では。失礼いたします」
これで次に繋げられたな。
まずは第一歩だ。
グレイス子爵は、貴族の立場的には中級の上の方だ。アッシュ家とは派閥も事業も違う為接する事は全くなかったが、私の記憶が間違いでなければ王家と取引があった筈だ。
それに、レイナ様の子息は学園で誰もが知っている聡明な令息だった。自慢の息子が、普段なら褒め讃え持ち上げれれば、その裏に何かあると感じるだろうが、この緊張感の中不意に言われれば人の心理は直ぐに追いつかない。
悪いが、そこを突かせてもらった。
私は、貴方につくすと決めました さち姫 @tohiyufa
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