第39話サージュ目線

「リーン様は旦那様の奥方には失格でございます」

話があるとエッシャーに言われ早々にリーンを執務室からだした。入れ違いに入り、扉を閉まると無表情の顔で冷たく言い放った。

リーンとすれ違う瞬間に見せた、リーンへ軽蔑の眼差しで薄々は感じていた。

座る私を、見下ろす格好になっているエッシャーの背後から冷気を感じるようだった。

「理由を聞こう」

「お分かりかと思います。あの方は、貴族としてのセイレ男爵家には相応しいでしょうが、商団長としての旦那様には、全く相応しいありません」

紡ぐ言葉には、躊躇も迷いもなく、断言だった。

祖父の代から、いや、エッシャーの祖父の代から長く執事として仕えてきただけあり、言葉1つ1つに重みと、意味を感じる。

性格を知っているだけに安易にこの答えに辿りついた訳ではない。

そうして、その答えの意味も、私はリーンを見て感じていた。

「そのお顔なら、旦那様もお気づきの筈でしょう」

鋭くも、冷静か言葉に否定はなかった。

「あの方は、気品溢れ美しい。まさに貴族令嬢であり、貴族の中で生きるべき存在でございます。ですが、旦那様は、商団長。その商団長としての奥方となれば、只の貴族令嬢では生きて行けません。強靭な精神的と強い我を持ち、誰よりも華やかさを持たねばなりません。そうでなければ、商いの駆け引きの中を渡り歩けません」

「そこにたどり着いた理由はなんだ」

「側付きの2人からの話しでございます」

「何を言ってきた」

ターニャとクリンだ。

「明日ブティックに出かける様ですが、その対応でございます」

「リーンが何を言った」

「元々側付きの2人は奥方として相応しいか見極める為に、先日屋敷に来たブティックに連れていく算段をしておりました。ところが、ご自分から行きたいと仰られたので、少しはご自分の身の回りを気づいたのか、と思っていたようです」

「身の回り、か。確かに変わらずみすぼらしい格好だな。仕立て屋を呼んだ割には、普段着はたった1着しか仕立てなかったと聞いている」

少ない普段着を気回しているのは、見ていてあまりいい気分ではなかったが、あえて口に出さなかった。

「その通りでございます。その為元々用意していたブティックの店を説明した上に、融通を利かしてくれると説明したにもかかわらず、1番安い品物を買う、等と恐ろしくもみっともない事を言い出したとの事です」

「恥だな」

「旦那様の立場を全く考えず、己の我のみを通りております。商団長の奥方となれば華やかさと威厳を持ち、女帝となるべき悪女のような存在でなければなりません。そういった意味では姉君方がまだ相応しかったと私は思います」

「却下だ」

「理解しております。残念ながら、旦那様とは反りが合いませんでしてからね」

「つまりは、婚約を破棄するべきだと言いたいのか」

「その通りでございます。旦那様の望みの為に受け入れましたが、やはり上級貴族の令嬢には、商団長の奥方は務まりません。それならば、上級貴族と縁を持つ貴族令嬢を奥方に迎えるべきでございます」

「お前の言いたい事はよくわかった。だが、とりあえずハラリヤ伯爵殿の誕生日パーティーの様子を見て判断しよう」

「以ての外でございます!」

険しい表情で、即座に却下した。

「あのような方と御一緒に参加されましたら、後々汚点となります。ハラリヤ伯爵殿の誕生日パーティーとなれば、旦那様とは違う商団の方々が複数参加される。その意味をご存知では無い無知なリーン様を何時までも婚約者として扱うとなれば、旦那様の評価が落ちます。早々に婚約を解消し、旦那様お一人で参加するべきでございます」

鮮烈なまでも私の事だけを想う気持ちが、ひしひしと感じある意味気分が高揚していく。

綺麗に立ち私を刺すように見つめず姿勢に、リーンとはまた違う美しさを感じた。

背筋1つ伸ばすだけででこれ程までに人の感情を現すとは、リーンと出会ってより思い知らされた。

人間というのは無意識に、言葉だけでなく己の身体で感情を表現する。

そこにどれだけ己の想いを賭けているのか、形を持って表す。

「それならば、よりハラリヤ伯爵殿の誕生日パーティーに一緒に参加するべきだろう。己の存在意義を身をもって知るべきだ。そこでリーンの存在がなければ、それで契約終了だ」

私の言葉と威嚇を込めた眼差しにエッシャーは、顔を引き攣らせながら、無表情に頷いた。

「必要のない人間は必要ない。自分からハラリヤ伯爵殿の誕生日パーティーに参加を求めたのだ、それ相応の対価を用意しているのだろう」

そこであえて切り、くっ、と笑った。

「では、お手並み拝見といこう」

すっ、と慄くようにエッシャーは頭を下げた。

「下がれ」

「はい、ご主人様」

短く答えると、静かに部屋を出て行った。

そう、だ。

お手並み拝見だな、リーン。お前の言うようにハラリヤ伯爵殿のパーティーで繰り広げられると言う商談が真なら存在意義があるだろう。

目の前に置かれたグラスを持つと、いつもの様に指に中身が零れた。

グイと一気に飲み干した。

零れる程の才を持ち合わせているのか、

零れる程の無駄をもちあわせているのか、

見せてもらおうか。

久しぶりに、興奮した。





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