第38話
「ねえ、ターニャ、クリン、高級ブティック知ってる?」
朝食を終え部屋に戻ると2人に質問した。
「高級店は知りませんがお薦めの店なら沢山ありますよ」
意気揚々と答えるクリンと比べ、ターニャは困惑し黙ったが、何か考えるような仕草を見せた。
ターニャのこれまでの性格的と様子から、得意分野では無いのは分かっているが、諦めずに頭を働かせてくれる様子は見ていて気持ちいい。
「残念だけど、高級店が知りたいの。出来たら格式の高い令嬢が立寄るブティックを」
「それは、申し訳ありませんが分かりません」
「私、メイド長に聞いてきます」
ターニャが急に元気な声を出すと、部屋を飛び出した。
「メイド長に聞いても分かるのでしょうか?」
言いたい事はわかる。メイド長もあまりお洒落ではなさそうだもの。
いやいや、人を外見で判断してはいけない。実際自分もお洒落に興味ないから学園の帰りに、ウインドーショッピングなんてしなかった。
だから、いつもお姉様やご友人に馬鹿にされていた。
でも、私にしたら見てるだけでお腹いっぱいならないなら時間の無駄。それなら、パン屋とか八百屋を覗いて味期限ギリギリの値引きされた品物を見つける方が有意義だと思う。
そう思って学園の帰りにはよくパン屋や八百屋に立ち寄っていたけど、こんな事になるなら少しでも見ておくべきだったわ。
「メイド長だもの、何か知っているかもしれないわよ」
「メイド長ですよ?本気で言ってますか?」
「そんなに突っ込まないでよ。ともかくターニャに何か考えがあるのよ。あの子は考えて動くタイプだから」
「その通りですけどたまにつまらないなあ、と思いますし、それにとても心配性。もっと人生楽しく生きればいいと思います」
「クリンみたいに?」
近くに立つクリンをみると、ふふん、と顎をあげた。
「そうですよ。美味しいもの食べ、可愛もの着ていたら、いい男捕まえれるのです。私、早く結婚したいのです」
「そうなの?」
以外だった。陽気で派手な出で立ちだから、沢山遊びたいと言う感じに見えていた。
「はい。お母さんが早くに死にましたから、お父さんに早く旦那さんを見せてあげて、孫も見せてあげたいのです。だから健康体でいる為に、いい物食べて、そして可愛いもの着て、見栄えが良くなればそこそこの男を捕まえれるのです」
「確かに、とて素敵な考えだわ」
「そうでしょ?それにね、いい物食べないとお肌に悪いです。リーン様のお肌の悪さは食事の質の悪さ。だって、今はツルツルのピカピカですもの」
言われて自分で頬を触ると、しっとりしながら張りがある。
「確かに」
「リーン様はまだまだですよ。でもリーン様の為に質のいい化粧品を頼めるようになったお陰で、私達も安く手に入れる事が出来ているので、嬉しいです」
「ちゃっかりしてるわね」
「勿論です。待っている間にお茶いれますね」
「お願いね」
軽く首を動かしながらクリンはお茶の準備をし始めた。いつもと変わらない表情と、いつもと変わらない動きだが、私の見る目が変わったせいか、全てが怪しく見える。
昨日のエッシャーの会話でよく分かった。
私を、主の妻として相応しいのか見定めている。その為には私を監視し、私の行動が逐一報告されているだろう。
つまり、ターニャとクリンが見張り、なのだ。
字の読み書きが出来るからなのか、それとも、歳が近いのか、2人の経歴に何かあるのかはわからないが、恐らくアイではなく、直接エッシャーと繋がっている。
エッシャーと話した感じから、己の見聞きした事しか信じない。
それだけ忠誠心を感じた。
それなら、アイからの又聞きは絶対に有り得ない。
だから、私が午後から庭園の探索と言った時に、あっさりと承諾し、2人はついてこなかったのだ。
だが、書庫への出入りの時は必ず2人がついてきていた。他の部屋への出入りしないよう見ているのだ。
今の話も何処までが本当なのかわからない。上手く親密さを演出する為に作られた虚偽かもしれない。
それならそれでいい。認めて貰えるよう努力するつもりだ。
と言う事で、私なりに考えてみた。
上級貴族とは簡単に出会えないが、他の貴族と社交界以外で出会えないか、と。
色々あるが手っ取り早いのは、高級ブティック。
ブティックはドレスの仕立てたてもしていて、前日みたいに屋敷に呼ぶ場合もあるが、破格の値段と聞く。その為特別な場に参加する時のドレスの仕立ての時だけ屋敷に呼ぶ、とお母様とお姉様に聞いた。
フルオーダーメイドで他人と被らないようにする為、屋敷に呼ぶらしい。
だから、先日のドレスがすごーく高価だろうがあえてそこは、必要経費だと思って考えない事にした。
基本ドレスは、自分のお気に入りのブティックに足を運び、自分に似合うドレスをオーダー、もしくは既製品を購入する。その方が値段も確認出来、また、他のブティックと比べる事もできる。
値段に関係なく購入出来る貴族なんて、実際差程いないし、そういう方々はいつも屋敷に呼んでいるらしい。
ともかく高級ブティックに出向けば誰かはいるだろう。
「お待たせしました!」
悶々とそんな事考え、クリンの様子をちらちら見ている中、ターニャが元気よく入ってきた。
「リーン様、聞いてきました」
嬉しそうに持っていた紙を私に渡してくれた。
1から5まで数字が書いてありその横にお店らしい名前が書いてあった。
そして、2と3に丸がついている。
「あのですね。この数字の順番がお店の格式の高さです」
「成程」
目をまん丸にして、聞いてくださいとばかりに興奮気味に指さしながら言うターニャがとても可愛らしかった。
それも、自分の立場を理解していて、膝をつき私を見あげてくる。
これは演技ではないな、と素直に思った。
「それで、この1と2のお店が先日屋敷に来た仕立て屋です。そして、丸がついているのが旦那様の商団系列のお店で、そこに行くならかなり融通を利かしてくれるそうです」
「成程」
「でも、この1番のお店は名のある貴族の方が来るみたいでここが私はお薦めかな、と思います。それで、ここに行くなら前もって連絡を入れたら、商団系列ではないけどちゃんと優遇してくれるとの事です」
必死に言う表情と言葉の使い方、内容に、単純ながらも感銘を受けた。
「ターニャ、自分で色々考えてアンに聞いて来てくれたのね。あなたの言うように、この1のお店、グロッサムに行きたいから、行く時に連絡を入れてくれる?」
私の言葉の意味を理解したようで、泣きそうな顔になる程嬉しそうに笑うと何度も頷いてくれた。
ターニャの、聞いてきました、と言う言葉だけを素直に受けとればアイに聞き、アイの助言をそのまま真に受け説明してくれた、というふうに取れる。
つまり、全てアイの手柄となる。
あえてそう言う流れを作るために、言ったのだ。
自分の立場を本当に理解し、でしゃばらないようにしている。
だが、違う。
ターニャの思案した顔で部屋を離れのたのを私は知っている。
ターニャが上手くアイが質問し答えを聞き、この1枚の紙切れに全て込めてきた。
それを無下に出来ない。
だって、私の為にこんなにも必死になってくれているんだもの。
いや、もしかしたら2人は私の監視をしていると、知らないのかもしれない。人を疑ってばかりではダメよね。
「はい、分かりました。前もって言って頂ければおメイド長に伝えます」
「お願いね」
「はい、分かりました」
「ありがとう。助かったわ。でも、どうしてアイに聞きに行くとこを思いついたの?」
そんな事を聞かれると思っていなかったようで、恥ずかしそうに頬を赤らめ立ち上がった。
両手の指をもじもじとしながら、話しだした。
あなたの手柄だものちゃんと聞きたい。
「だって、私はクリンさんのようにお洒落とかに興味がなくてリーン様に役たたないから、この間屋敷に来ていた仕立て屋の名前と、店の場所を覚えたんです。すっごく綺麗な布ばかりで、その上、とてもリーン様似にあっているものばかりだったから、覚えよう、と思ったんです。そしたら、とっても高価な品物を売ってるお店と知りました。後でリーン様の役に立つかなあ、と思って覚えていました。だから、その高価な品物を扱うお店を呼んだという事は、リーン様の質問してきた高級ブティックと同じかもしれないと思ってメイド長に聞きに行ったんです」
「いい所をついたわね。確かに屋敷に来た仕立て屋は高級な生地を扱っていたわ。それに屋敷に誰かを招くのにメイド長が知らない訳がない」
「えへへ、ありがとうございます。それで、メイド長に聞きに行ったらそのお店の名前が出てきたので、詳しく聞いてみたんです。だって、お店に行ったものの、支払いとかどうするんだろう、とか、どうやってリーン様だとわかるんだろう、とか不安になったからその辺も聞いといた方がいいな、と思ったんです」
「確かにその通りだわ。私、社交界で目立つ存在ではなかったから、この顔を見てアッシュ伯爵令嬢、とわかる人は少ないもの。セイレ男爵家に来てやっとまともな服着せて貰っているけれど、正直、貴族令嬢の格好じゃなかった。エッシャーには請求書を貰ったらいいと言われたけど、アッシュ伯爵家の素性を見せるのは簡単だけど、支払いが出来るかどうか怪しい、と知られているわ。でも、セイレ男爵家の婚約者です、証明するのは難しいわ」
「その通りですね」
「ドレスを新調されるのですね」
クリンが興味津々で聞いてきたが、首を傾げた。
「作らないわよ。この間作ったのに、そんな無駄なお金使わないわ」
「・・・え?何しにいくのですか?」クリン
「ハラリヤ伯爵様の着ていくドレスの仕上がりを急いで貰うようにいう頼むの」
「わざわざ予約するのに?」ターニャ
「お店の方も予約した方が急な来店よりも助かるでしょ?それに欲しくもないのに、何故買わないといけないの?」
「高級ブティックに予約までして購入しないなんて有り得ないではありませんか?」クリン
「この間作って貰ったのに、必要ないわよ」
「リーン様、それって、まるで、冷やかしにしか見えませんよ」
「ターニャ、そんな事ないわよ。冷やかし、というのは買うように見せて買わない、と言う人の事を言うんでしょ?私は初めっから買う気が無いもの。それに、私の要件はお店に訪れる貴族令嬢を知りたいんだもの。ドレスに興味ないわ」
「ですが、こう申しては何ですが、セイレ男爵家は資産家であり実業家、と言うのは世間一般で知られています。その婚約者であるリーン様がわざわざ予約して店に訪れるのに何も購入しないとは、どうかと思います」
クリンの言葉にターニャは頷いた。
「その通りです」
「先日のドレスも素敵でしたが、リーン様ご自身で選ばれたらまた違う装いになり、誰もが羨ましがります」
「その通りです。リーン様がもっと素敵に見えますよ」
必死に購入を勧める2人の気持ちがさっぱり分からなかった。
うーん、と考える。
わざわざ予約し来店するのに、ドレスを頼まないのはおかしい、と2人は言っているのだ。
おかしい、かなぁ。
欲しくもないし、必要も無いのに見栄で買う方がおかしいと思う。まあ、考え方を変えれば、盛大にお金を使えるという事は、サージュ様に認められた婚約者、と言う事にもなる。
でも、サージュ様が汗水垂らして稼いだお金を湯水のように使うのは婚約者としてあってはないらない。そんな無駄金を使ったドレスを着た姿をさらけ出して、素敵だと言われても全く嬉しくない。
かと言って、買わないと、ケチな婚約者、と映ってしまうのだろうか?
そこを2人は心配して言ってくれているのだろうか?
いや、でも、お金を持っているのに買わないのはケチ、と思う方がおかしくない?
欲しい、と思わせる巧みな話術と仕立てがあれば私の心を動かしてくれるかもしれないし、何度も言うが、無駄金は使いたくない。
それに、金持ち、というのはケチだから金持ちになれるのだ。
「わかったわ、1番安いのを買うわ」
「・・・はい?」クリン
「・・・何で?」ターニャ
「だって、サージュ様の婚約者である私が予約したにも関わらず何も買わないのに問題があるのでしょ?とりあえず買えばいいのなら安いので十分よ。気に入ったのがないと言えば済むことだし、高級ブティック、と言う格式がついているだけで、イカサマみたいに売りつけて売上をとりたいだけよ」
「違います!」
「そうじゃないですよ!」
どうだ、と得意気に答えた私に2人がえらい剣幕で目を釣りあげた。
「私達の奥様になるのですよ!分かってます!?」
「なんのために私が支払いとか聞いてきたと思ってるんですか!!」
何で?
そういえば何で?
うーん、と考えたが思い浮かばなかった。
「とりあえず?」
「違います!」
素直に答えたらまた、怒られた。
「いいですか!?私達の奥様になるのですよ!!」クリン
「そうよ」
「私達の見本になるのですよ!?」ターニャ
「そ、う?」
「だから、何で分からないのですか!?」クリン
「どこを?」
「・・・」
「・・・」
全く分からない私に何だがとても呆れたような顔で2人は口をつぐんでしまった。
そうして2人でボソボソと愚痴のようにコソコソ喋りだした。
「どう思う、ターニャ」
「何で気づかないでしょうね。自分の立場がよくわかってないんです」
「本当にね。奥様、とあえて言ってあげたのに全く気づいてないなんてどうなのかしら。仕える私達にとってはどれだけ大事な存在なのかねえ」
あえて聞こえるように言ってきた。
「わかったわ!もう予約なくてもいいわよ。どうせドレスの事言う時に分かるし、顔みたら分かるでしょ。ね、それなら買わなくても済むし、面倒な事にならないわよ」
全くわかってなかったが、つまり、予約しなければいい事なのよ。
そういうと、不貞腐れるようにむくれだし、また2人で喋りだした。
「どう思う、ターニャ」
「困ったものですね。遠回しに言ってあげたのに全く気づいてないなんて、リーン様って鈍感過ぎますよ」
「本当にね。やはりいい所の御令嬢は召使いの繊細な気持ちが分からないのよ」
「いいこと言いますねクリンさん。私の繊細な気持ちを台無しにされてとっても悲しいです」
2人の愚痴愚痴は、当然私に聞こえるように言った上に、私の顔を見てきた。
もう、何なのよ。遠回しに言ってもわかんないわよ。
ハッキリ!
言ってよ。こっちが不貞腐れるわよ。
ふん。
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