第35話落ち込んでいます3
いつもの丸太の椅子へと向かっているようだった。
2人の様子は普段通りの掛け合い、と言った所だ。恐らくラテの言う先々代の時代からエッシャーはこの屋敷で、それもラテと共に働いていたのだろう。
丸太椅子まで、何の躊躇無く向かうエッシャーの姿を見て確信した。
エッシャーは、典型的、というか理想的な執事だ。
この感じだと、専門的な事を学んでいるようだが、中級貴族程度の執事、だ。
上級貴族の屋敷で仕える執事は、何一つ感情を表に出さない。
まだまだね。
だが、主を想う気持ちは感服する程に素晴らしい鬼気迫るものを感じた。
私を、価値あるものか見定めようとしている。
それなら、ドーンと来いよ!
頑張るわ。
愛はないけれど、尽くす気持ち、は負けない。
絶対に認めさせてやるわ。
「そんな多く酒は飲まんわ。塩もそうだ。リーからも言ってくれよ。こいつは細すぎるんだ」
「さあ。私はまだ2回しか塩が出てきていませんし、それも、もうすぐ無くなるからと少ししかない、と言われたから多くはなかったですよ」
「リーン様に塩を出したのか!?」
あれ?言ってはいけなかったかしら?
ラテの言葉にエッシャーが呆れた声を出し、睨んだ。
「リーン様?リーだろ」
「だから、リーン様だ。お前の方こそ、またそんな安易な呼び方に何故するんだ」
「だから、リーだろ?」
私に聞かないでくださいよ。正直私はどちらでもいいです。
「私の話しを聞け!ともかく、この方が婚約者様だ」
「誰のだ?」
ある意味この2人を見るのは楽しいわね。私の周りにはいないタイプだわ。
「決まってるだろ!」
「ジョウロで水飲むか?」
「飲まん!」
「仕方ないなコップ出してやるよ。リー、奥の棚に余分なコップがあっただろ?」
「はい」
「お前がもってこい。リーン様を使うな!」
「大丈夫です。持ってきますよ」
「ラテ聞くんだ!リーン様は婚約者様なのだ!」
「あの、今そんな事よりコップ持ってきますね」
「そんな事ではありません。あなた様も、ちょっとお待ちください!」
待ってて聞いてる方が時間の無駄だ。そんな事よりさっさと動いた方が余程時間を有効に使える。
コップを取りに小屋向かったが、2人、というよりはエッシャーの声がよく聞こえた。
残念ながら、これで私の素性はバレてしまうだろうな。
もしかしたら、もう温室に入れて貰えないかもしれない。そう思うと、とても残念な気分になった。
小屋に入り、だいぶ古い棚の上からひとつコップを取り洗い場に置いてある私とラテのコップを取った。
小屋は窓が大きく作られた、日当たりよくまた掃除も行き渡っていた。
古い小屋だが、愛着を感じる使用感だ。
ラテにとって、それだけ温室は大事なのだ。
コップに水を入れ、両手で上手く3個のコップを持ち、2人の元に向かった。
「サーの婚約者だったのか」
私を見るとラテは、変わらない口調で明るく言ってくれたのに、ほっとした。
丸太椅子には、奥にラテ、その横にエッシャーが座っていてコップを渡しエッシャーの横に座った。
「だから、旦那様をその呼び方をするのはやめないか」
「じゃあ、坊っちゃまか?」
「・・・」
エッシャーの無言での睨みはよく分かります。
ラテ、それはどっちも変わりませんよ。
「呼び方なんぞどうでもいいだろうが。サーは何も言わんぞ」
「ラテが変えないからだろうが。はぁ、お前は何を言っても聞かないからな、もういい」
諦めましたか。
「サーに婚約者が出来たのは聞いたが、はじめにきたのが性格の悪い姉で、次にリーが来た、という事か。そりゃ、リーに変わって良かったな」
何だが適当な説明だけど、とりあえずは合ってる。
エッシャーが説明してくれたのだろうが、ラテの口ぶりから、やはりサージュ様の婚約に関してあまり詳細を知らなかったようだ。
「あれ?そういえばいつも言ってる追っかけの男がサーの事か?」
うん?と考えるラテに苦笑いしながら頷いた。
「サーはそんな性格の悪い男じゃない。優しいしよく気を使う奴なのに、どうも2人ともちゃんと話をしてないんだろうな」
「それは否定しないわ。サージュ様は事業が忙しいから帰りが遅くて、ゆっくり話しをする時間がないの」
「先代御当主が亡くなってからは、旦那様はお忙しい日々を送っておいでですからね」
エッシャーが静かに答えた。
「でも、少しでもサージュ様の気持ちを汲めるように努力するわ」
「そうした方がいい。さっき言ってた価値観も同じになるかもしれんな。だが、わしもリーが婚約者だと先に聞いていたら、喋りもせんかった。上の貴族の娘なんだろ?」
また、だ。
上級貴族、という立場に対しての嫌悪感を露わにするラテの言葉に胸が詰まった。
一気に穏やかな表情から、胸糞悪いと言わんばかりの表情に変わった。
この理由が、サージュ様が上級貴族を厭う感情と一緒なのだ。
エッシャーも同じ空気を纏っている。
余程の理由が、あるのだろう。
そうして、私はサージュ様にしても、セイレ男爵家にしても、何も知らない。
お父様から何も教えて貰っていないし、教えてくれる事は無いだろう。
それなら、調べるだけだ。
コップの水がゆらゆらとゆらめき、太陽の光を浴びキラキラと波打つ。
こくり、と飲むと身体に浸透するかのようにやる気が漲ってきてきた。
「一応、と言っておくわ。貧乏貴族だからね。だって、首の皮一枚で繋がっている状態をサージュ様に助けてもらった。それなら、私の役目を果たす事が恩返しよ」
「それでどうされるのですか?」
エッシャーは一気にコップの水を飲み干すと、何だか楽しそうに聞いてきた。
「まず、上級貴族と知り合わなければならないわ」
「何だか難しい話になりそうだな。わしは続きをやってくるから、エッシャー聞いといてやれよ」
うーん、と背伸びをするとラテは興味無さそうに、と言うよりも逃げるようにさっさと行ってしまった。
「御実家の手を借りるのですか?」
「いいえ。それでは意味が無い。この先、セイレ男爵家の繁栄する為には、サージュ様と私だけの繋がりを持つ上級貴族を探さないといけない。誰かに頼った所で信頼関係は強固なものにはならない」
「仰る通りです」
「それなら、社交的では無い私が、逆に動いて探しに行こうと思うの」
「それは、楽しみですね」
「ちなみにそういう時のお金は使ってもいいのかしら?」
「勿論でございます。但し、請求書は必ず発行して貰って下さい」
「分かったわ。サージュ様の為だけに使うわ」
こくりとまた1口飲んだ。
「リーン様は運がいいのでしょうね」
「私が?」
「ご自分の素性りよも、ご自分の存在をラテに知らしめた」
エッシャーが温室の方を見つめながら、妙な雰囲気の言い方をした。
「もし、先に素性を言っていたらどうなるの?」
「温室に足を踏み入れる事を許さなかったでしょう。ラテにとって、いいえ、私にとってもこの温室は大切な場所です。さて、リーン様のお手並み拝見と参りましょうか。その為に参られたのですから」
さらりとラテと温室を流されてしまったが、そこに潜む重たい気持ちに、寒気を感じた。
「では、私は戻ります」
「あの」
カップを持ち立ち上がるエッシャーを呼び止めた。
「何でしょうか?」
詮索するな、と瞳が拒否している。
「貴族の話しとか温室の話しじゃなくて、その、私、たいした手伝いは出来ないのだけれど、一応手伝いはしてるからお給金は出るのかなぁ、と思って・・・」
「はい?」
どうも突拍子な事を聞いたようで、意味がわからないような顔をした。
「あの、だからね、温室の手伝いをしてるでしょ?さっき給金が発生すると言ったから、その、午後からの短い時間だけど、ちよっとは、給金が貰えるかなぁ、と思って。ダメ、かしら?」
「給金、ですか?」
とても不思議な生き物を見るかのようにエッシャーは私を見たが、私にとっては、大事な事だ。
「そうよ。働かざる者食うべからず、でしょ?まだ私はお手並み拝見、を披露してないし、役に立ってないなら働いてお金を稼がないといけない」
「旦那様に言えば宜しいかと思います。正直そのようなはした金貰ってどうなされるのですか?」
「はした金じゃないわ!お金を稼ぐのは大変なのよ。ともかく、貰えるの?貰えないの?」
「それは・・・勿論お払い致します」
そう来なくちゃ。
「やった!いつ貰えるの?」
「20日でこざいます」
明後日だわ。これで街で本が買えるし、お母様とグラスに何か買ってあげれるかもしれない。
「勿論、皆に内緒にしてよね」
「当然でこざいます。温室に出入りしている事を旦那様に知られたくありませんし、給金を嬉しそうに待つ次期奥様など、恥ずかしくて言えません」
「そう? 私は恥ずかしくないわ。でも、サージュ様にはもう少し役立つようになってから温室の出入りは許可を貰うようにするわ」
「そうでございますね」
「じゃあ私ラテの手伝いをして、いつもの時間に帰るわね」
にっこり笑ってエッシャーが持っているカップを貰い、小屋へ向かった。
大きな溜息が聞こえたが振り返らなかった。
さあて、とりあえずハラリヤ伯爵様の誕生日パーティーも大切だけど、ちょっと動いてみようかなぁ。
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