第34話落ち込んでいます2

「落ち込んでいるのか?」

「うーん、まあまあ、落ち込んでます。だって、良かれと思ってやった事が価値観が違う、と突きつけられたんですよ。そりゃあ、自分の不甲斐なさと、勝手な思い込みに凹みますよ」

ぶちっ、と草を抜く。

「おい、それは芽だ!!草じゃない!!!」

「え?」

握りしめた草、ではなく花の芽だったようで、般若の形相でラテが指さした。

そうして、すごーく、すごーく、怒られました。

そうして、草と抜いた芽を並べて、すごーく、すごーく、説明されました。

私が抜いたのは百合の芽で、まだ眼が出たばかりで草とよく似ていて、教えて貰ってはいたけれど、集中力が足りなかったせいで気づかず抜いてしまったのだ。

あーあ、余計凹むわ。

私のそんな様子にラテは、それ以上何も言わず、気いつけな、とだけ言うと薔薇の剪定を続けた。

「これからどうするんだ?草抜きはそれでもういい。水をやってくれ。湿らす程度にな」

「はい。芽に直接当てないように、土に、でしたよね」

「そうだ」

「少し少なめかな、という程度で水をかけて、様子を見ながら追加、でしたよね?」

「その通りだ。今日は湿気がある分だけ、土が熱を持ってる。普通にやったら根腐れしやすい」

「天井開けますか?」

「いや、そこまでじゃないな」

空気を感じるような仕草をしながら答えた。

私にしたらあまり湿気も感じないが、微妙な湿気を肌で感じるのは流石だ。

「価値観、と言われると難しいな」

「ですよね。育った環境でかなり違うし、ましてや相手の情報が少ないとより、難しいです」

噴水の近くに置いてある大きめのたっぷりのジョウロに水を入れる。

なかなか重いだろうが、薪に比べたらまだ軽い。

よいしょ、と両手で持ち入口の方へ向かった。

入口には、エリカ、ジェイド、クレオパトラ、など暑さ寒さに強い花が植えられている。

扉近くはどうしても開け閉がある為、温度差が激しくそれに耐えられる花ではないといけない、と先々代の奥様が色々考えられた結果だという。そうして奥に行くに連れ、繊細な花になる。

自慢では無いけど、ここに手伝いに来てまだひと月もたっていないが、私が来る前と今では格段に違う。

枯れている花がかなり片付けられとても華やかになっている。

私が手伝うことで、ラテが手入れに集中できているからだ。

ふふん。

私は対して役に立ってないけど、ラテの手伝いは出来てるわ。

そのおかげで、とても花の香りが温室に広がり心が落ち着いた。

言われたように少しづつ水を上げ移動していく。この水やりも広大な温室全部するのは大変だ。

これをよく1人でやっていものだ、と本当に感心する。

さて、私のするべきは1つ。

どうやったら名のある貴族の方々と知り合えれるか、だ。

お姉様のように社交的だったら、色々な令嬢、令息達を知っていただろうが、これから私1人ででやるとなると難航するのは目に見える。かと言って、お父様やお姉様が相応しい貴族をすんなり教えてくれるとは思えないし、見返りとして、どうせお金をせびってくるだけだ。

ハラリヤ伯爵様の誕生日パーティーに参加する方々も、王弟殿下の誕生日パーティーに誘われなかった方々だしなぁ。

「困ったなぁ」

「何がですか?」

「社交性のない自分にです」

お母様に頼んでみようかな。様子も気になるし1度帰ってみようかな。

「それは困りましたね。旦那様もたいして社交的では無いですからね」

「ですよね。愛想のいい感じに見えまないものね。かと言って私も得意じゃないし。どう・・・し・・・エッシャー!?」

「はい、リーン様」

いつの間にか私の側に立ち、にこやかに返事してくれた。

「私が入ってきた事を全く気づきませんでしたね」

「う、ん。えーと、ここにいるのはその、勝手に入っのではなく、偶然というか、流れというか」

「大丈夫でございますよ。知ってましたよ。水はその辺で辞めた方が宜しいかと思います」

戸惑いしどろもどろになる私に穏やかな言葉で返してきた。言われて、慌ててジョウロを起こし下に置いた。

「知ってたの?」

「勿論でございます。ラテがよく働く新しい手伝いが入ってきた、と嬉しそうに報告に来ましたが、そのような者を手配した覚えはありませんし、もしそうなら給金が発しますので素性を確かめなければなりません」

ごもっともです。

「ですが、よくよく話を聞くと、リーン様によく似ている女性ですし、リーン様側付きのもの達も、リーン様は午後から庭園の散策によく参ります、と聞けば、明らかでございましょう」

ごもっともです。

「その、サージュ様はご存知なの?」

「いいえ、伝えておりません。暫く様子を見てから報告するつもりです」

妙な言い方と、私を探る瞳で見てきた。

つまり、様子を見るのは、私、と言う事ね。

誰よりも、私を値踏みする鋭い眼差しを向けているのはのはエッシャーだ。作られた微笑みと、優しく落ちる眦と比例するかのように、何処までも射抜くような揺らめきが見える。

「そうね。私をじっくり観察して、私がどれだけサージュ様の為だけを考えているか、分かってくれたらいいわ」

「勿論そうさせて頂きます」

柔らかな声音に潜む、寒々とした感情を素直にぶつけてきた。

「何がおかしいのですか?」

エッシャーの気持ちがよくわかり、微笑んでしまった私に、眉がつり上がった。

「だって、エッシャーがどれだけサージュ様を大切にしているのかよく分かったのだもの。私、という存在が、サージュ様の敵となるか味方となるか、単純にそれだけを見極めているのでしょう?」

「私の旦那様、ですから当然でございます」

「その通りよ。でも、私の旦那様、でもあるわ。私は、私なりに覚悟を決めてきたの」

「身代わりとして、でございましょう?御自分の意志などそこに微塵ないものを、よくまあ堂々と覚悟のなどと戯けたことを仰る」

変貌、と言うに相応しい強烈な敵意を剥き出しにしてきた。

それだけ、私が疑心な存在であり、サージュ様に害をなす人間か見極めたいのだろう。

だが、私も、生半可な気持ちでセイレ家に来た訳ではない。

私にだって守りたいもの、叶えたい願いがある。

アッシュ伯爵家の復興。

それは、いずれ当主なるグラスの為に、そして、同じく不遇の扱いをされているお母様の為に、切に願う想いだ。

「残念ながら、私は、覚悟を決めてここに来たわ。サージュ様に尽くす為に、」

「おお、エッシャーいつ来たんだ?そうか、わしらと休憩したかったのか。そうか、そうか、だが残念ながらコップがないから、そのジョウロから飲むか?いや、お前は真面目だからそんなつまらない事せんな。わっははははは」

ラテの大笑いは温室によく響き、私達の剣呑な空気を思いっきりぶち壊した。

「・・・」

「・・・相も変わらず空気の読めないヤツだ」

ちっ、と苦々しい顔をしながら小さく舌打ちするエッシャーの素顔をみて、ふうん、と思った。

嫌そうに言いながらも、慣れている感じだ。

「さて、じゃあ水でも飲むか」

剪定バサミと手袋を外しながら、ラテが陽気に近づいてきた。

「まだ、水を飲んでいるのか?お茶を飲めと言っているだろうが。菓子はあるのか?」

「水で十分だ。菓子も甘ったるいだけだろうが」

「何を言っている。水だけでは、必要な栄養が取れないだろうが」

「塩を舐めている」

「だから、それは塩分の摂りすぎになる、と医師に怒られだろうが!お前の取り方は多すぎるんだ。独り身なのだから、食事には気をつけろ、と言われていれただろう!」

「動いてるから太りはせんし、ちゃんと食って飲んでるから心配要らん」

「酒のつまみだろうが!それも飲んでる、とは酒だろうが!」

それは確かに偏りが出てきて心配する気持ちも分かります。それもすごーく平然と言われたら、腹が立つ気持ちも分かる。

「飲みもんだろ」

「アルコールだろ!」

「飲みもんだろ」

「違う!」

会話が噛み合っているような噛み合ってないような感じだが、ともかく、2人がやいやい言い合いながら歩き出したので私も後を追い、温室を出た。



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