第32話お話があります
「おかえりなさいませ。お疲れ様です」
「ああ」
上着を貰い、直ぐにハンガーにかけいつもの様にシワを伸ばす。その後、ウイスキーをいつものようになみなみとつぎ持って行くが、いつものように書類ばかりを見ていて受け取ってくれなかった。
残念だ。
「サージュ様。お願いがあります」
結局エッシャーに会えなかった。後で聞いてみると、今日は朝早くに銀行に出かけた、との事だった。召使いの給金払いが来週の為、その資金を下ろしに行ったようだった。
本当なら昨日の予定になっていたが、食器の入れ替えがあった為急遽変更になったようだ。
だから、エッシャーとは話が出来ず、直接サージュ様に直接相談する事にした。
机を挟み、サージュ様の真正面に立った。
「何だ?」
書類を鞄から出している手を止めた。
声のトーンが少し上がり、鞄から書類を取り出している手が、止まった。
「婚約の儀をもう少し先に伸ばせませんか?」
「嫌なのは分かるが、これは決まった事だ」
「ち、違います。嫌がっているのではありません」
何だか急に怖いくらいに機嫌が悪くなり、慌てて首を振った。
「貴族の人脈が少ない中、婚約の儀に招待出来る方々がおりませんので、時期尚早ではないかと思っているのです」
「必要無い」
無表情での即答。
やはり、そう答えましたか。
「宜しいですか、正直に言いますが私の家と繋がりを持った意味をお考え下ださい。これから社交界に
参加しようと初めた今では、誰を招待するのですか?お父様の言いなりの方ばかりしか招待出来ないのでは、今迄と何の変わりもありません。このまま面倒だとお思い流されれば、お父様の下に見られますよ」
痛い所を突かれたようで憮然とされたが、意味を
理解して下さったようで仕方なく頷いた。
アッシュ伯爵家、という由緒ある名だが、名前負けしているのが現実だ。
如何せん落ちぶれた為上級貴族との繋がりが希薄になってしまった。
ここをどうにか今一度繋ぎ、その方々を招待出来ればセイレ男爵家の事業のあしがかりとりなり、また地盤も硬くなる。正直私が出来る事は少なく、お父様や、お爺様に相談する事となる為、もう少し時間が欲しい。
「それと、屋敷の召使い達に教育もお願いしたいのです」
「教育?」
急に空気が冷たくなった。目尻が上がり、低い声がより低く感じ、身体が硬くなる。
「まだ、どなたが参加するかは分かりませんが、今のままでは、十分な接待が出来ないと思います。皆も心配しております」
「つまり、あなたは屋敷で働いている召使い達が役に立たない、と言いたいのか」
威圧のある言い方と、とても苛立ちを感じる瞳で、私を見上げ、言い放った。
一気に不穏な空気がサージュ様を纏った。
「いえ、そうではありません」
私は皆と一緒に乗り越えたいと思っている。
「では、どういう事だ」
怒りに満ちた声で吐き捨て、私を凝視した。
血走るような眼差しで、足を組み、腕を組む。そこに距離感を感じた。
だが、怯む訳にはいかない。
「私は婚約の儀を成功させたいのです。私だけではなく、ここで働く皆と一緒に成功させたいのです」
役に立たないなんて、思っていません」
「それがあなたの本音。ここで働く者達はあなたの思い描いた成功には、程遠い質だろう。あなたの知っている召使い達と比べ落胆したのだろう」
「いいえ、違います」
皆、私の事を考えてくれる。
そんな事考えたことなんてない。
「庶民の人間など雑で、卑しく見えあなたの価値を落とすと感じたのだろう」
「違います。そんな目で見たことはありません」
何故?
何故?サージュ様はこんなに怒ってるの?
ハンカチの時とは違う怒りを感じた。あの時は、貴族の私が気に入らなかったと今ならわかる、嫌悪感を感じる怒りだった。
でも、今は何だろう?もどかしさというか、切なさと言うか奇妙な寂しさの怒りを感じた。
「少し、私や召使いに気に入られたから、本性が出たか!ようは、アッシュ家をここに持ってきたいのだろうか、そうはさせん!!」
「違います!私は、私は、いつもサージュ様の事だけを考えています!アッシュ家は関係ありません!!」
「よく言う!あなたは何処を見ても上級者貴族だ。我々と生きる世界も、価値観も違う。女主人でもなったつもりだろうがそうはいかない」
「違います!違います!!」
全くそうでは無い。私にとって、このセイレ家の方がずっと私らしく生きて行ける。
「出ていきなさい。ここは私の屋敷だ。あなたの屋敷ではない」
その、心の底からの叫びに似た言葉に、はっとした。
「私のやる事に異議があるだろうが、そんなもの通ると思っているなら大間違いだ」
冷たく言うサージュ様に私は、私自信に吐き気を覚えた。
「・・・仰る通りです。申し訳ありません。出過ぎた真似をし、気分を害してしまい申し訳ありません。先程の私の言葉は忘れて下さい。お仕事の忙しい中邪魔をしてしまいました。先に就寝致します。おやすみなさいませ」
怒っているとわかっていても、サージュ様の顔を見たく、一礼し顔を上げると、奇妙な顔をしていたが、直ぐに部屋を出た。
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