第32話サージュ目線2

執務室に入るとリーンが扉を閉め、上着を何処にかけようかのキョロキョロとしていた。

あえて教える必要も無い、と思ったが下手に部屋をウロウロされては困る。

「あそこに掛けてくれ」

普段着をを掛けている、扉近くのハンガーラックを指した。

本来なら奥のウォーキンクローゼットに掛けるのだが、そこには書類等がある為入って欲しくない。

「はい」

返事をするとちょこちょこの早歩きで行き、大切そうにハンガーにかけ、何度もシワを伸ばしていた。

そんなにすぐに伸びるはずがないし、頬って置けば明日にはある程度シワは回復する。

それに、あまり触ると生地が傷んでしまうのに伸ばしては確認し、また伸ばしては確認し、となんとも無駄な動きに、また、ため息が出た。

見ているとイライラしてくる。

「十分だ」

「でも、もう少し伸ばしたら明日は綺麗になりますよ」

必死に言うと、腕の部分を何度も叩きながら伸ばしていたが、それが生地が傷む事を分からないのか?

喉元まで文句の言葉がでかかったが、自分が納得するまでやりたいタイプなのだろう。ここで下手なのこと言えば、また会話が始まるかと思うと、無駄に関わらない方がいいと決め、あえて目線を逸らし机に向かった。

椅子に座り鞄から書類をだし広げた。暫く書類を確認していると鼻声が聞こえてきた。

何が楽しいのか一生懸命に、まだシワを伸ばしている。

「もういい。早く要件を話せ。私は暇では無いんだ」

「あ・・・そうですね、すみません。すぐに飲み物を準備いたします」

姑息な女だな。エッシャーに私の行動を聞いたのだろう。

部屋の棚に置いてあるグラスとウイスキーを取り、用意してあったアイスペールに入った氷をグラスに入れようとした。

そして、慣れてない為不器用な動きで、当然氷を落とひ、急に固まり、

何故私を、不安げに見るんだ?

慌てて目をそらすと無言で落ちた氷を、手で拾い、それを何処に置こうか、妙な動きをしだした。

キョロキョロと周りを見回しながら、うろうろと棚の周りを行ったり来たりしている。

その上今度は手に持った氷が冷たすぎる上に溶けだしたたせいで、余計に動きがおかしくなっている。

表情も、慌てているのか、困っているのか、何が何だか分からず、やっと側に用意してある布に気付き急いで布に置き、手を拭いていた。

そして、もう一度、と声を出すと、今度はグラスに氷が入り、やっとウイスキーを注ぎ出したが、

おい、何処まで入れるんだ?せめて半分なのに、ななみなみと入れる上に、氷がたった1個とはどう言うことだ!?

「どうぞ」

しかし、氷を容れる時のトロさと違い、なみなみとウイスキーが注がれたグラスを、ほぼ波打つ事なく悠々と持ってきた。

それも盆に乗せずに、片手で優雅に、だ。

いや、それを私が受け取るのか?私の方が零しそうだ。

「どうぞ」

目を輝かせ私が受け取るのを待っているが、いや、無理だ。受け取る自信が全くない。

それほど、グラス1杯に注がれていた。

「そこに置いてくれ。好きな時に飲む」

「分かりました」

残念そうな顔で、真下に綺麗に動かし、グラスのウイスキーは全く揺れること無く机に置かれた。

これは新たな嫌がせか?

「あなたは飲まないのか?」

飲むのを諦めた。

「私は、お酒を飲んだことがありません」

その即答の答えに何故か安堵した。

「それで、何があったんだ?」

ちらちらとグラスを気にする様子にを無視し、綺麗に立つリーンを見つめた。

冗談じゃない。ここでグラスを持ったら、絶対に零す自信がある。

「お詫びのお菓子が気に入って下ったようなんです!」

そういう事か。

「何故そうわかったのだ?屋敷に訪問した訳ではないだろ?何かそう思わせる理由は何だ?」

素直に思い質問すると、リーンは私の答えが気に入ったようで、首を傾げ微笑んだ。

「お返しの便箋の価値です」

「価値?」

「はい。手紙の内容など、幾らでも大袈裟に書くことはできますし、代筆など当たり前です。ですが気持ちの表現は便箋でします」

「つまり、高価な便箋程気持ちがこもっているのか」

確かに差別化は出来る単純明快な手法だな。注文書が届いた時何故それ程に便箋とそこまで高価な物が必要かと思ったが、なかなかの心理戦だな。

「はい。お返事は全員頂きましたが、その中で、スティル様とナターリヤ様が素晴らしい便箋でした」

「つまりは、あなたのお返しが気に入られた、という事か」

「いいえ、サージュ様が見立ての良い業者を、選んで下さったからです。私はその中から選んだに過ぎません」

何処までも謙虚な態度に関心する。

「いや私はあなたの指示を貰っただけで、結果的にはあなたの見立てが良かったからだ」

スティルとは、ライアン侯爵。

ナターリヤとは、コンバーチネ子爵。

大したもんだ。2人とも大物だ。

「何か礼をしたい。欲しいものはあるか?」

成功したのなら報酬は当然だ。ある意味飴と鞭だ。

どうせ金が欲しいと言うのだろう。

「では、その、お願いがあります」

「何だ?」

「明日から私がサージュ様のお帰りをお待ちしても宜しいですか?」

思い切ったような顔で聞いてきた。

ずる賢い女だ。

報酬、として叶えられない望みでなければ受け入れなければいけない。

今望んでいる願いは叶えられないものでは無いが、私を待つ、それは必然的にこの階への許可となる。

その上、この執務室にも入室をも、許可する事なる。

これもまた、入れ知恵されているのだろうが、図々しくも頭が良く回る結果だ。

だが、それだけに尻尾を掴みやすくなる。こちらとしては、執務室で何かをしている証拠を掴めば言う事ない。

「構わんが、私の帰りは知っての通り遅い」

「構いません。どうしても待てそうになければ、諦めますので、お願い致します」

何故そこまで必死に言うのか、本当に不思議だった。

「わかった。それはそれで、欲しいものは何だ?」

「ありがとうございます。欲しいものはもう叶いました」

おかしな事を言う。欲しい品物は聞いていないと言うのに、満足そうにしている。どうせ金が欲しいと言うに決まっている。

「いや、だから、欲しい物だ」

「いえ、ですからサージュ様をお迎えする許可を頂いたので、貰いました」

「いや、だから、それは品物では無い」

「恐れ入りますが、欲しい物は、品物とは限りません。私の欲しい物は叶いました」

あまりに至極当然に言うから、こっちが驚いた。

「いや、それは報酬では無いだろ」

「私にとっては、報酬、でございます」

何故か話しが噛み合わん。

金が欲しいと、はっきり言えばいいのに何をしたいのだ、この女は?

「いや、分かった。他の願いはないのか?」

こう言えばいいのか?

だが、今度は困惑したような顔になり、目線を左右に動かしながら思案しだした。まるで思っていなかった事を聞かれたかのように見えた。

「では・・・その、前に御一緒した喫茶店にもう一度行きたいです」

また、おかしなことを答えてきた。

「ホットケーキは食べていないのか?」

「食べました。でも私は、あの店で、サージュ様とまた行きたいのです。その、ホットケーキは、まあ、食べれるのなら食べたいのですが・・・」

はぁ。とため息が出てしまった。

「構わんよ。すぐには無理だが時間を作ろう。食べたいのなら食べればいい。いや、だから、礼を聞いているのだ」

「え・・・?」

何故そこで不思議な顔をするんだ?

「私、もう、十分頂きました」

また、おかしな返事だ。なんなんだ!

「いや、あなたは何も言っていない!欲しいものはないのか?ドレスでも宝石でも、金でも何でもいい!」

さすがに私も苛ついてきた。

やっと私の言っている意味が分かったようで、ああ、という顔になり微笑んだ。

「あの、サージュ様はやはり、誤解しております。私は十分礼を頂きました。夜のお出迎え、出かける約束、そして、先日ドレスも宝石も頂きました」

「いや、ドレスや宝石は必要な品物で必要な物で、礼とは言わない」

「いいえ。私には十分です。あの、私が礼だと思えばそれで宜しいですよね?」

「あ。ああ。そうだが・・・」

「では、私は十分満足できる謝礼を頂きましので、これ以上は必要ありません」

確かに本人が納得すればそうだが、何だろう?私がスッキリしない。

「では、これで失礼します。早めにご就寝くださいね。おやすみなさいませ」

すっと背筋を伸ばし、とても満足そうに微笑み、いつ見ても綺麗な一礼をしリーンは出ていった。

「・・・本当におかしな女だ」

無意識にグラスを持つと、当然手がウイスキーだらけになり、大きな溜息と、どっと疲れが出た。

全く何なんだ、あの女は。

濡れた手をハンカチで吹き、グラスも軽く吹き、ウイスキーを飲んだが、何故だかそれ以上飲む気も、仕事をする気も失せた。

早めご就寝くださいね。

リーンの声と、嬉しそうな微笑みが脳裏に響いた。

仕方ない、今日はもう寝るか。

何だがよく寝れそうな気がした。



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