第29話サージュ様と会話

執務室でエッシャーからの屋敷の報告書を見ているサージュ様に、何時もように氷1個と、グラスいっぱいにウイスキーを注ぐ。

エッシャーからよく飲まれるの聞いていたから、これならおかわりをする回数が減ると、と思ってそうしている。

サージュ様も特に文句も言わないから、気に入って下さってるのだ。

良かった。

それに大分入れ方も、上手くなってきた。今は3回に1度しか氷落とさないし、布も沢山準備しているから、氷を落としてもすぐに拭いている。

いつもの様にグラスを机に置くが、本当なら受け取って欲しいのだが、書類を持っているのでそれは無理だが、1度くらいは受け取って欲しい 。

今日も書類を両手でもたれていて、無理そうだったから仕方なく置いた。

そのグラスの近くに、お姉様が持ってきたハラリヤ伯爵家からの手紙を置いた。

勿論、開封していない。

「姉が来ていたのか?」

報告書に書いてあったのだろう。

「はい、こちらのハラリヤ伯爵家からの招待状を持ってきました」

「何故招待状だと分かった」

書類を置き、手紙を手に取り引き出しからペーパーナイフを取りだした。

しまった。招待状を手渡ししながら、グラスを渡せば良かったわ。そうしたらきっと受け取ってくれたわ。今度手紙があったら、そうしよう。

「どうした?何を笑っているんだ?」

「あ、えーと、何もございません。その手紙が何故招待状かわかったか、でしたね。それはこの時期のハラリヤ伯爵家のご当主が誕生日だからです。毎年私も参加しています」

「成程。確かにそうだな」

「確かに?ご存知なのですか?」

「ああ。ハラリヤ伯爵殿とは商団は違うが、事業の関係で顔をる合わせ事がある」

「では、招待状を頂いているのですか?」

「いや」

手紙を読むと私に渡してきた。私が受け取ると、すっと手をグラスに伸ばしたが、何故か引っ込められた。

そういえば、飲んでいる姿を見た事が無いことに今更気づいた。

「飲まれないのですか?」

「今はいい」

残念。せっかく入れたのだから飲んで欲しいのに。

「ですが、氷が溶けますよ」

そういうと何故か睨まれた。

「あの、もしかして氷無しの方が宜しかったのですか?」

「・・・」

あら?何故呆れた顔をするのかしら?

「いや、いい。話が終わってからゆっくり飲む」

何故かため息をつかれてしまい、諦めたように軽く首を振った。

「ともかく招待状は貰っていない。私が個人的な招待状は全て断っているからだ」

「全部、ですか?私には正直サージュ様の事業がどのようなものかは、分かりませんが、ある程度人脈が必要な場もあるのでは無いのですか?」

「必要無い」

恐ろしいほど断言した。そこに微塵も不安を感じらず、本当に必要が無い程に地盤が硬いのだ。

貰った手紙を読む。

「私が当主になった時も、商団長になった時も、全て断ると、と前もって文を出した。だが、これからは違う。あなたと婚約したのだ。さて、どう思う」

鋭い眼差しと、探る声で私に質問してきた。それも、私との婚約を敢えて口にした。

これまで積み重ねてきた地盤を離れ、違う地盤を求めた、この婚約の意味を重く考えている。

ラテが言っていたように、上級貴族を忌み嫌って居たのが、嫌々ながらも求め、アッシュ伯爵家に手を差し伸べた。

「参加するべきです」

それならば私は応える為に、ここにいる。

読み終わった手紙をサージュ様に返した。やはり、ハラリヤ伯爵様の誕生日パーティーの招待状だった。

「何故だ」

「ハラリヤ伯爵様の誕生日パーティーに参加される方は、はっきり言って小者ばかりでございます」

「えらくハラリヤ伯爵殿を下に見る言い方だな。あの方は貴族では大した事が無いかもしれんが、事業の方ではそれなりにヤリ手だ」

サージュ様の機嫌悪い言葉に、脳裏にこれまでのハラリヤ伯爵様の誕生日パーティーが脳裏に鮮明に浮かび、目が覚めたような気持ちになった。

あれは、そういう事、だったのだ。

「残念ながら、私の見解は全く違います」

「どう違うのだ」

「サージュ様にとって全ては事業を目線として考えられていますが、私は貴族社会の目線で考えています。宜しいですか?これまでサージュ様は社交界に参加されていないのであれば、招待される貴族の方の趣向をご存知では無い。もし、上級貴族から招待されれば、それは恐ろしい程に戦場となり、まかり間違えれば王族をも敵とする場合があります」

まさか、とせせら笑ったが私の顔を見るうちに、その笑いは消えた。

大袈裟ではない。

上級貴族とは、濃くも薄くも、王族の血を引く方々が多くいる。それは自国だけではなく、他国の王族の血筋を持っている方もいる。

その高潔なる方々は、私達の常軌を逸っするほどの矜持と人脈と、癖の悪さを持っている。

その琴線に、良い方で触れればいいが、悪しき触れ方をすれば、二度と太陽を拝めないかもしれない。

「この先、どのような相手から招待を受けるかしれません。たとえ事業で成功されているとしても、ハラリヤ伯爵様は貴族の中では下級貴族の上、程度」

「つまり、初めての社交界を知るには丁度いいと言いいと言うことか」

「はい。それと、もう1つ」

「もう1つ?」

「サージュ様の言葉で、私も今やっと気づきました」

「私の言葉?」

「ハラリヤ伯爵様が事業に対してヤリ手、だと仰った言葉です。私はずっと不思議でした。何故ハラリヤ伯爵様はこの時期に、他で豪華な誕生日パーティーが開催されると知っていて、敢えて毎年日を重ねて来るのか」

「誰だ」

眉を上げ食い入るように私を見上げた。

「王弟殿下の奥様でございます」

王弟殿下は愛妻家で有名だ。とても豪華に催される。

「毎年か?」

「はい。毎年、同じ日、にです。それもハラリヤ伯爵様は王弟殿下の奥様と3日、誕生日が違うにも関わらず、重ねてくるのです」

そこまでする理由があったのだ。

「言いましたよね、小者だけが集まる、と。王弟殿下の奥様の誕生日パーティーの招待状を貰える立場に無い方々が、敢えて集まる機会を持ち愚痴を言い合うと私は思っていた。ですが、サージュ様の先程の内容でより、違う意味も確信しました」

「何がある。ハラリヤ伯爵殿は何をやっているんだ」

「つまり、ハラリヤ伯爵様の手腕はサージュ様も認めるもの。すなわち、貴族では無い事業に精通した方々が集まりやすい場になり、そして、下級貴族の方が集まる」

私の言葉にサージュ様はハッとした。

「商談をしているのか!」

やはり頭がいい。話が早い。

「高慢で邪魔な上級貴族のいないのですから、悠々と話せるでしょうね。その意味もあり、参加すべきですし、またこれまでパーティーに参加されていないのであれば程よい踏み台になります。ハラリヤ伯爵様の誕生日パーティーは差程格式高いものでは無いありません」

きっとサージュ様と出会ってなければ気付かなかった。

ハラリヤ伯爵様とは、アニスと仲良くなってから誕生日パーティーに招待されるようになった。勿論お姉様も一緒に招待され、パーティーの花となるお姉様の周りには、令息や令嬢が集まり私は蚊帳の外。いつも初めだけ挨拶しあとはする事がなく、手持ち無沙汰で壁の花となるか、意味もなくホールを歩き時間を潰していた。

アニスは娘として来客の相手をする為、私と話す時間はあまり無かったから、余計に暇でうろうろしていた。

その時、文の受け渡しをしている場面をよく見た。

お互いが招待状を渡し合っている、と思っていたが、商談だったのだ。

だからパーティーなのに、真剣な面持ちだったし、奥方連れが少なかったのだ。

「・・・あなたは」

射抜くような瞳で私を見て呟いたが、まるで振り切るように目を背けた。

「分かった。では、参加で返事をしよう。やっと役にたってきたな」

サージュ様にとって、なんてことはないその言葉だろうが、

役に立ってきた、

その言葉が脳裏で反芻し、とても嬉しかった。

良かった。

「正装ではなくても宜しいですが、仕立ての良いスーツはお持ちですか?」

「ある」

「結構です。私は先日仕立てをしてもらったのを急いで仕上げてもらいます」

「わかった」

「あとは、何か手土産をお願いします」

「わかった」

「では、招待状の返事には2人で、という文言は入れないで下さい」

「そのつもりだ」

「そうでございますね」

にっこりと微笑むと、まるで値踏みするかのようにな眼差しで私を見つめてきたが、何か言う訳ではなかった。

無言のまま、目線をしたむに向けさっさと返事を書いていた。

やはり頭がいい方だわ。2人で、と書けばご自分が参加する事を教える事となる。そうなれば、色々隠されてしまうだろう。



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