第27話温室
「その追っかけている男とはどうなったんだ?」
私は変わらず草むしり、そしてラテは木箱の中で腐葉土と土そして肥料の量を思案しながら入れ混ぜながら、真剣に聞いてきた。
いや、真剣なのは私の話ではなく、当然肥料の量の方だ。
ここにお手伝いに来て1週間が経った。初日の失敗を繰り返すまい、と少し賢くなりました。
まず、ラテにお願いして軍手と作業着を貸してもらった。
アッシュ伯爵家なら、幾らでも用意出来るのだが、ここで用意して欲しいと言えば、その理由を聞かれ、許可なく温室に出入りしている、と知ら れてしまう。
庭園を自由に歩ける、という中に温室も含まれている可能性もあるが、あえて確認した時、そこは禁止です、と言われたら本当に困る。それなら聞きたくないし、知られたくない。
少し狡いけどそうした。もし何か言われたらて知りませんでした、とか言うつもりだ。
だから、ラテにお金が無くて買えないから貸して貰えませんか?と頼んだら、自分のを貸してくれた。作業着はつなぎ服になっていて、少し大きかったが、普段着の上に着る分には丁度良かった。
普段着も、アッシュ伯爵家から持ってきた、まあはっきり言うと、色褪せくたびれた服だから何の疑問も持たれなかった。
ターニャとクリンには、どんな言い訳をしようかと色々思案した結果、
ひとりで、サージュ様攻略法を考えたいの、
と、何だがへんちくりんな事を口にすると、意外とと言うか、それはいい事です、と信じてくれた。
そのおかげで、こうやって毎日午後からお手伝いに来れた。
そうして、この広大な温室をラテが1人で管理している知り感心したが、寂しい気持ちにもさせた。
ラテはよく喋る気さくなおじいちゃんで、私の事を根掘り葉掘り、とまでは無いが、
最近は面白いことはあるのか?
とか、
最近何をしたんだ?
とか、
最近何か気になる事はあるのか?
とか、
うまーく、私の引き出しを開けてきた。
よく言う、永年培った年の功だ。
これまで人生経験の中で相手にどう接していいのかよく理解し言葉を選び話かけている。
何故なら質問した中で、私が言葉を濁したり、言葉数が少ないと、その質問に関する事は二度と口にしなかった。
その中で先程の3つの質問に対して、ついサージュ様の事喋ってしまった。もちろん名は言っていない。
ある方に支援してもらい家族を助けてもらった。どうにか恩返しをしたいのだけれど相手をして貰えず困っている、と説明した。そして中々会えず、ちょろちょろしていると言ったら、追っかけだな、と言われた。
まあ、間違ってはいない。
「全然進展は有りませんが、今日共通の話題の返事が帰ってきたので、ここはひとつ強行突破しようと思っています」
お詫びの品を送った返事が帰ってきた。その報告をする為に、エッシャーにお願いしてサージュ様を何時までも待つ事に決めた。
お願いします、と言ったら、お話しておきます、とかエッシャーやアイに言われて何時になるか分からないもの。
プチプチと草をどんどん抜きながら、ふっふふ、と笑みが浮かべる。
「何するんだ?」
「待ち伏せです。意地でも捕まえてみせます」
「そうか、それは頑張りな」
まだ配分を思案しているようで肥料を少しずつ混ぜながら渋い顔をしているが、私を心配してくれているのが声のトーンでわかった。
「はい。失敗しても、次頑張ります」
抜いた草のあとの土を綺麗にならす。
朝食が終わり、クリンから体に良いと言うマッサージを受けたていが、正直私にとっては無駄に寝転んでいるだけで時間が勿体ないし、何だか身体がだるくなってくる。この間に、あのタンスを動かして掃除できるのに、とか、ソファカバーが干せるのに、とかマッサージを受ける1時間で出来ることを恨めしく考えている時に、アンが手紙を持ってきてくれた。
「その意気だな。男ってものは1回や2回で落ちるやつに良い奴はいない」
「そうは言われてよ、あの方はそんな1回や2回で簡単に気を許してくれる方では無いんですよね」
あれから1度だけ屋敷ですれ違ったが、鋭い目つきで睨まれ、素通りされた。本当は話しかけたかったが、あまりの足の速さに、お帰りなさいませ、と言うのが精一杯だった。それも声が届いているのかどうかも怪しい。
「顔は良くて、金持ってて、性格悪いんじゃあなぁ」
「やめてください。性格悪い、とは言っていませんよ。少し冷たい態度で突き放します、と言っただけです」
「それは性格悪いんだ。おしっ、これでいいだろ」
やっと配分が決まったようで、木箱の中で混ぜられた土を薔薇の根元に丁寧に両手で優しく撒いていた。
その仕草や表情から、ラテにとってこの温室が大切だとひしひしと感じた。
この温室の形は長方形だが、奥半分がほぼ薔薇が植えられていた。薔薇でも様々品種があり、色も形も多種多彩で見るだけでも心が洗われる繊細で、綺麗だった。
それだけ手をかけ、心をかけ、声をかけ、育てているが、それ以外は手入れが行き届いていないせいか、枯れている花がそのまま放置されていた。
中央には井戸から直接引いていると言う噴水があり、その噴水を潤している水は留まらず庭園の水路に流れていく。
その為、噴水の水は常に清潔に保たれ、また、程よい湿度を与えていた。
その噴水の側に、すり減った机と椅子があり、ラテの話しでは先々代の奥様はここでお茶を飲んだり、刺繍をしたりと、穏やかに過ごされていたと教えてくれた。
その近くにイボタノキが植えられ、その枝に古びた小さいブランコが下がっていた。
そこで先代のご当主がよく遊んでいた、とラテが懐かしくも悲しい眼差しで呟いた言葉に、サージュ様のご両親だけでなく、先々代のお2人もこの世にいないのだと悟った。
この温室の設備の良さから先々代の奥様がどれだけ薔薇を好み、大事にされていたのかよく分かった。
地下水を引いているのもそうだが、温室の天井の硝子には細工がしてあり、紐を引くと開け閉が出来るようになっている。温室の中の温度、室温を見ながら外気温を取り込み調整ができるのだ。
また温室の温度が低い時は、側に立てられた小屋の中で火を炊き、煙だけが外に出るように工夫され、熱だけを上手く温室に流れるよう筒が天井に張り巡らされていた。
私は少しでもラテの知る温室に戻せるよう、手伝いたい、と心底思った。
「さて、少し休憩するか」
土を巻き終わったようで、ひと段落ついたようだ。
「はい」
返事をし、私達は温室を出た。
ラテは絶対に温室の中にある椅子に座らないし、机に物を置かない。そこは特別な場所なのだろう。
だから外の丸太に座り、時間ができる時は休憩をする。ここに手伝いに来て、3度目の休憩だ。
テラは小屋に入りコップを2つ手に取り戻ってきた。
「ほら」
「ありがとうございます」
水の入ったコップを受け取り、私達は丸太に座った。
ごくごくと一気に飲み干した。
井戸水の冷たくて爽やかな味が、火照った身体を一気に冷ましてくれる。
「美味しい!あれ、今日は塩は無いのですか?」
ここでは当然お菓子など出ない。出るのは、水分補給の為の水と、塩分補給の為の塩だ。
「切らしちまったから、後で調理場に行って貰ってくる。そういえば、サー坊にはまだ会ってないか?」
「まだ、です。遠くから何度か見た事はありますが帰りが遅いようで、正式に挨拶はまだです」
「サー坊は働きすぎなんだ。2人が亡くなってからは、休む暇もなく事業をやってるようだしな。エッシャーもクソ真面目だから、休むって事をせんからな」
「確かに。お2人ともとても真面目そうですものね」
「昔はやんちゃで遊び回っててよく怒られてたのにな。エッシャーもよく夜遊びしてたのに、今はあんなに働いたら、身体に悪いわ。だから顔色悪いんだ」
「そう思います。遅くまで仕事をしていると睡眠時間も減りますし、太陽に当たる時間も少なくなります。人間は太陽の光を浴びて、免疫力が高くなりますからね」
「本当になぁ。婚約者は役にたたんみたいだしな。我儘三昧の貴族何だろ?」
がん、と空っぽになったコップを腹立たしそうに丸太に打ち付けた。
「ど、どうなのでしょう?私は、よく分かりません」
私が、その贅沢三昧の婚約者、ですとは今更言いづらい。
「サー坊もあんな事があったのに、貴族を迎えるなんて本当なら嫌だろうに」
馳せるような想いの声で言う、ラテに、言葉が出なかった。
サー坊、とは、サージュ様の事だ。初めて聞いた時は、とても驚いたがよく考えてみると、先々代の時から働いているのならそう呼んでもおかしくないのかもしれない。
先々代の奥様が大切にしていた温室をラテが管理しているのなら、信頼し打ち解けた関係だったのだろう。だから、幼い頃のサージュ様の様子を知っているのだ。
それと、詳細は分からないがサージュ様のご両親の死去に上級貴族が関わり、そのせいで忌み嫌っている、と話の内容から理解した。
屋敷の中、若い召使い達は私に対する態度はかなり柔軟になったが、昔から使えている年配の召使いは、私に対する冷遇は変わらない。
騙されない、とハッキリ口にする者もいる。
アイは流石メイド長らしく表には感情は出さないが、私の事を認めてはいないだろう。
それは、ラテも同じだ。
婚約者、と口にする度に、怒りを含んだ感情を隠しもせず露わにする。
余程、痛ましい内容なのだろう。
それを感じ、より、自分が婚約者、だと打ち明ける自信もなかった。
「さあて、やるか」
うーんと背伸びしながら立つラテに、私も背伸びした。
いいお天気だ。
こんな日に土に触れて、綺麗な花も見れて、太陽を浴びれるなんて、幸せだ。
「はい」
「リーは、自分のがむしった草を集めといてくれ。わしは、薪を割るからな。もう少しで、全部終わるか?」
「はい。もう終わりです」
「そうか。じゃあ集め終わったらサー坊に持っていく花を選んでくれ」
「分かりました」
サージュ様が土にも触れず、太陽の光浴びれなくても、せめて綺麗な薔薇の花を眺める事で、心が和めばと切に思う。
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