第26話落ち込んいます2

「おい、おい、もう暗くなってきたぞ」

「え、もう?」

声をかけられはっとし周りを見ると確かに温室の外は日が落ち始め、夕暮れだった。

温室の中はランプが灯され明るく、またその光りが幻想的に見えた。ゆらゆらと揺れる灯りがか花々を照らし、その影が薄くなったり濃くなったりと、ずっとみていたかった。

「いやあ、あんたは良い子だね。よく働くな、助かったよ」

「本当ですか?それは嬉しいです」

とても喜ぶように言う男性に、役に立ってほっとした。真っ黒になった手を軽く叩き立ち上がった。

「本当だ。この間まで来とった若いやつはすぐサボろうサボろうして、草を抜く真似をするだけで全く役に立たんかった」

「だから、さっき何度もサボるなよ、と言われたんですね」

「そうだ。ここは先々代の奥様が大事にされとった温室だからな。今は、侘しい様子になっとるがあの頃は素晴らしい場所だった」

寂しそうに呟くと、想いを馳せるような懐旧の情が瞳に宿った。

先々代の奥様、つまり旦那様のお祖母様だ。そう言えば旦那様のご両親も早くに亡くなったと聞いた。詳細はお父様から教えて貰うことは出来なかったが、とても辛い想いをしただろう。

この温室も、手入れをする旦那様のご両親が居られ無いのであれば存在が薄くなっているのかもしれない。

「ああ、しまった、こんな話よりも、あんたは早く帰んな。住み込みじゃないんだろ?」

「違い、ます、?」

いや、違わない?いや、住み込みでは無いが、住んでいる。

答えてから、つい考えてしまった。

「ならさっさと帰んな。暗くなったら危ないからな。温室を出て右手に井戸があるからそこで手を洗いな。ほら行きな」

「は、はい。では、失礼致します」

「なんだ、さっきからお嬢様みたいな口調だな」

ガッハッハと笑いながらさっさと硝子扉を開けてくれ、帰るように促してくれた。

私を心配してくれている様子に、急いで温室から出た。

やはり、私の事を誤解してる。

「これからはの事は明日説明するから、昼過ぎには来いよ」

え、明日!?

「それから明日からは、自分で抜いた草は自分で集めるんだ。抜くのは得意みたいだが、その辺にぽいぽい投げずに、まとめときな。集めるのが大変だろうが」

「・・・すみません」

そう言われてみれば、屋敷の菜園の気分で構わず抜いてしまっていた。

「それとスカートで来るのはいいが、裾を少しは考えてろ。地べた座り込んで、ズルズルとスカート引きずりると、他の場所に違う土が行くだろうが。そんなことされちゃあ土の具合が悪くなる」

「・・・すみません」

そう言われてみれば、街で野菜づくりを苗屋で聞いた時、種類が違う野菜の土を混ぜるのは避けた方がいいと言われた。

花も同じだと言われた。

その苗や花にあった肥料の量や、土の種類が違うと言われた。

「気をつけます」

「そうだな。じゃあ早く帰んな」

落ち込む私の肩を、思いっきり真っ黒の手で元気に私の肩を叩き、また楽しそうに笑うとさっさと温室へ帰って行った。

そうして呆然と立つ私に、さっと帰れと手で追い出すように動かした。

仕方なく一礼しその場を離れ手を洗い、屋敷へと向かう中今更気付いた。

私の事を新しい召使いと誤解しているのは仕方ないとして、男性の名前もそうだが自分の名前さえも言っていない。それは、礼儀として最低だ。

が、まあいいかと、手に残る土の感触と土の香り、花の香り、温室の湿気の香りがまた思い出され、とても気持ちが落ち着き、充実した気分になった。

また、明日行くわ。その時にちゃんと挨拶をすればいい。

とても胸が暖かい気持ちになった。


「リーン様。ど、どうされたのです、さがしましたよ!」

屋敷に向かってると、慌てた顔でターニャが走りより、私の姿を見てまた、驚いた。

「真っ黒ですよ!何してたんですか!?」

真っ黒と言われた、自分で自分を鏡無しで見るのは難しいはずが、服の裾は泥だらけ、靴も泥だらけ、膝も泥だらけ、というのが直ぐに目に入った。

これは、鏡を見たら余計酷い状態を目の当たりにするな、となんだかおかしくなった。

「どこかでで転んだのですか!?怪我してませんか!?」

「大袈裟ね、草むしりしてただけよ」

「草むしり!?まさか、食べようとしてんですか!?」

「食べる?本当だわ。食べれる草があったかもしれない。夢中過ぎて確認してなかったわ」

「まじ、で言ってます?」

「どうしたの?何故そんなに嫌そうなの?だって捨てるのは勿体なじゃない。あ、あれ、あのたんぽぽも食べれるわよ。焼いても煮ても炒めても美味しいわよ。よく食べていたわ」

「ちょっと!抜こうとしないで下さいよ!」

「だって、勿体ないじゃない。このままじゃ綿毛になってしまうもの」

「だから、抜こうとしないで下さい!はやく着替えましょうよ」

「でも」

「でもじゃありません!」

般若の如く目を吊り上げ、ターニャは私をたんぽぽが引き剥がし、強く手を引っ張り歩かせた。

残念。明日抜きにこよっと。


「リーン様、明日ご旦那様が帰ってくるとの事です。仕事を屋敷でするようですので時間が空き次第お会いするようですよ」

「本当に!?明日なのね!」

アイが夕食時に慌てた顔で食堂に入ってくると、嬉しそうに私に教えてくれた。

勿論着替えました。ただターニャに只でさえ服が少ないのに、こんなに汚して、ととても愚痴愚痴言われたけど。

「はい。良かったですね」

「ええ、本当に。私、少し空回りしていたみたい。ご旦那様の為にと思っているのだけれど・・・勝手に動いてしまって、後悔しているわ」

「そうですか。では、素直に謝ったらいいと思いますよ。私達は、早くリーン様に元気になって欲しいですからね」

「ごめんなさいね。心配かけてるわね」

そう言うと、宜しいですよ、と笑ってくれた。

夕食を済ませ部屋に戻ると、あんなに落ち込んでいた気持ちが、今はとても前向きになっていた。

許して貰えないのは分かっている。

だって、ライアン侯爵家のお茶会を失敗した。つまり、蚊帳の外に置かれてしまった。

でも!

スティル様とどうにか話をできるように、次は頑張りたい。

でも、それなら温室の手伝いに行けない、と残念に思った。

そういえば先々代の奥様が大切にされていた温室だと言っていた。だが、温室は荒れ放題とまではいかないが手入れが行き届いてはなかった。恐らく旦那様はあまり重きを置いていないのだろう。

だから、あの男性しかいなかったのだ。

もし、相談出来る時が来たら温室の事も行ってみよう。

ともかく今はお茶会の謝罪をしなければいけない。

許してもらえないかもしれないが、そこは考えない

「頑張ろう!!」

おお!!とガッツポーズをしたら、

「はい!!頑張って下さい!!」

とターニャが返事をしてくれたものだから、また声を出してしまったようだ。

顔見合わせ、二人して大笑いした 。




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