第22話お茶会の説明1
旦那様との約束の日、食堂で朝食を済ませると召使い達がざわめき始め、出入りする者達がこそこそと話をしだした。
旦那様が帰ってきたのかもしれない。
「リーン様、旦那様がお帰りのようですが行商の方とご一緒でございます。お呼びがかかるまで、部屋でお待ち下さいとの事です」
アイがにこやかに私に伝えてくれ、安堵した。実はかなり不安だったのだ。
約束してはいたが、仕事関係で帰られないかもしれない、もしくは、私を避けて約束を反故にするかもしれない、と懸念していた。
「ありがとう。その、まだ時間がかかるのであれば落ち着く為に庭を少し歩きたいのだけれど」
「庭、でございますか?」
「ええ」
「まさか、たんぽぽ取り、でございますか?」
昨日見たターニャと同じ嫌な顔をされた。
なんで知ってるの!?
さっとターニャを見ると、さっと顔を背けられた。
「ち、違うわよ。さすがにそんな事しないわ。庭を散歩したいだけ。いつ呼ばれるか分からないから、直ぐに帰ってくるわ」
「そうですか?それならば宜しいですが、服を汚す事をないようお願いしますね」
なんで知ってるの!?
さっとターニャを見ると、またさっと顔を背けられた。
「大丈夫よ。本当に庭を歩くだけだから」
本当はその先にある温室に行って、今日は手伝えません、と伝えたい。勝手に無断欠勤するのは、気が引ける。
「分かりました。あまり遅くなりませんように」
「わかったわ。じゃあご馳走様」
「ちょっと、リーン様、私も行きます」
立ち上がり急いで食堂の扉に向かうと、ターニャが慌てて側にきた。
「いいえ、1人で行きたいのよ。1人の方が落ち着くくもの。大丈夫、流石に服を汚したりしないし、たんぽぽ取りなんてしないわ。じゃあね」
もうターニャの返事も聞かず、脱兎の如く食堂を出て、当然、温室へと向かった。
庭園では庭師や手入れをする召使い達がいたが、私を見ると軽く挨拶はしたもののそれぞれの仕事がある為、その場から離れる事はなかった。
お陰で、温室まで邪魔されること無く着くことが出来た。
温室の中を覗くと、昨日の男性が花に水やりをしていた。
昨日の事を思い出し、出入口の扉を引くと軽く開いた。
扉の軋む音に気付き男性が近付いてきた。
「おはようございます」
「おはよう。早いな」
ジョウロ片手にゆっくりと、帽子をとりながら私の前に来た。
「あの、紹介が遅れました。私はリーンと申します。宜しくお願い致します」
裾を持ち、と癖で何時もの会釈しをしようとしたが、それはやめた。簡単に頭を下げるだけにした。
「おやおや、えらく丁寧な紹介だな。わしはラテと言う。本当だか、名前がまだだったな」
「はい。昨日は草むしりに夢中で忘れていました。それと、急ですが、私は今日は用事が出来まして来れないのです。明日は必ず来ますので、あの、急いでいるのですみませんが、失礼します」
「なんだ、それならわざわざ来なくても誰かに伝えれば良かったのに」
「誰に伝えていいのか分からなくて、とりあえず来たんです。では、また明日お願い致します」
ぺこりと頭を下げ、私はラテの不思議そうな顔を横目に、急いで温室を出て、今度こそ自分の部屋へと向かった。
部屋に戻るとターニャが私の周りをぐるぐると上から下へと探るように見た。
「良かっです、汚れてませんね」
「今日は草むしりとかせず、走っただけだもの」
本当ならたんぽぽを抜きたかったのだけど、やめておいた。それは、また今度こっそりとするつもりだ。
「走った?落ち着く為に庭を見に行ったのに、走りながらみたんですか?」
鋭い質問だ。
「え!?ち、違わないけど、違うわ。その、き、緊張のあまりに走りたい気持ちになって、少し走ったというか、早歩きになったというか、つまり、つまり、ともかく、落ち着いたわ」
「よくわかんないですけど、落ち着いたんですね。それは良かったです。クリンを呼んできますので、今のうちに化粧直ししましょう」
「お願いね」
「はい」
ターニャがクリルを呼びに部屋を出ていったから、私はソファでゆっくりと待つことにした。
温室の事は、旦那様に聞いてみよう。温室がどうのこうのよりも、私が中に入ってもいいのか許可を取るのが先だ。
クリンを連れてターニャが部屋に戻ってきた。その後は化粧直しをしたり、3人で話をしたりと待っていたが昼食時間になっても、誰も呼びに来なかった。
昼食になっても、呼ばれることも無く、食堂でもお顔は見る事もなく、不安な気持ちで待っていると2時過ぎて、呼ばれた。
1階の屋敷中央の部屋にアンに案内された。
「まだ仕事中ですがもう終わりますので、中で待つようにと言われております」
扉の前で、私1人を残しりアンは去っていった。
中から小さいが旦那様の声が聞こえる。
思い切って扉を叩くと、入れ、と旦那様の声が聞こえ中に入った。
「失礼致します」
部屋と言うよりはホールのような造りの部屋だった。恐らく2部屋は使用しているだろう広い部屋に、絨毯が敷き詰められ簡易的な小さなソファと机が左端に置かれているだけで調度品もない。
そして部屋には、所狭しと机が並べられ、その上に食器がこれまた所狭しと並べられていた。
日当たりがよく、机に並べられた品物がよく見えた。
行商、と言われていたがその関係の品物なのだろう。
「おや、この方は?」
部屋の中には旦那様とその行商の方と2人だけだった。
年配の少し小太りの優しげな人だが、目は細く笑っているように見えるが、鋭く眼光だ。
「婚約者だが、私はまだ認めていない」
ご主人様の辛辣な説明にその人は、ほほう、と楽しく答えられた。
「初めまして、リーンと申します」
ここは、名前だけにしておいた方がいいだろう、と判断し、軽く会釈をした。
「お初にお目にかかります。陶磁器全般を扱いさせております、グルー協会のセキバヤと申します。つまりリーン様は、セイレ様の恋人ですね」
婚約者として認められていない、とはっきり言われたのに、恋人、とは私よりも前向きな意見な人だ。
だが、それに答えようが無く、旦那様を見ると興味が無さそうで、変わらず食器を触っていた。
「もう少しで終わる。適当に見ていればいい」
「はい、分かりました。では、失礼致します」
セキバヤ様に微笑むと、嬉しそうに微笑み返してくださった。邪魔にならないよう側を離れ、言われるように適当に見て回る事にした。
並べれている食器は見るだけでとても楽しかった。
様々な形に色に、変わった形もある。
細長くて深い皿なのだろうが、スプーンの長さより深い。
何をいれるの?中に入れているのを、どうやってとるの??
とか、
紙をくちゃくちゃにして広げたよう形の、皿?
何置くの?安定しないよね??
とか、
真っ赤や真っ青や色々な色のスプーンやフォーク。
正直見た目は綺麗だが、これで食事をする、となると考えてしまう。
すごーくこの色が好き、と言う人が使うのかしら?それとも、変わった趣向にしたい、と言う人が使うのかしら?
それとも、あ、成程。そういう事ね。
これは犬のか猫とか、ペット用のスプーンやフォークなんだわ。動物には人間と違う視覚があるというからこの中から動物の好きな色を使って食べさせてあげるんだわ。
きっとそうだわ。
あれこれと不思議な形のもがあり、とても面白かった。
あ・・・これ、素敵。
クリーム色というか自然な白土の、温もりを感じるお皿だった。
縁の所に薄く滲んだ花や蔦が描かれ、心がとてもお穏やかになった。
持ち上げると、手にしっとりと吸い付き、一瞬冷たいと思ったが、次の瞬間温かさが伝わってきた。
欲しいなあ。
これで食事したら、今も十分美味しいけれど、もっと美味しく、出来たらあのホットケーキとかのせて食べたらきっと美味しいわ。大きめのバターにたっぷの蜂蜜をかけて、出来たら生クリームも欲しい。
でも、あのお店のように
はっ。
もう私ったら、今はそんなこと考えるヒマないのに自分の事ばかり、それもホットケーキだなんて邪な考えだわ。
「お気に召しましたか?」
私があまりに真剣に見ていたから、セキバヤ殿が声をかけてきた。
「はい。なんでしょう・・・。とても自然で、こういうので食事をしたらきっと美味しいだろうな、と思っただけです」
「例えば?パーティーや夜会やらですか?」
その質問に首を振った。
「いいえ。私は普段の食事に使いたいですね。そんな煌びやか場所には似合わないような気がします。1番のせて食べたいのは、ホッ、え、あいえ、その、ケーキとかもいいですね。すみません。あくまで私の意見です」
「いえいえ。実はその造り手は私の1押しなんです。まだまだ若い造り手ですがとても丁寧で、リーン様が言うように普段、側に置ける物を造りたい、といつも言っています」
さっきまでの営業の笑いではなく、心底楽しそうに答えてくれているようだが、そこは行商だ。
なんだか胡散臭く感じてしまうから不思議だ。
「珍しいな。セキバヤ殿が薦める造り手など、これまで聞いた事がない。それに前に聞いた時には特にいないと答えただろ」
旦那様が怪訝気に聞いてきた。怒っている訳ではなく、興味があるようだ。
「そうですか?それは私の好みとセイレ様が合わない、と言う事ですよ。それに、前にお伝えしましたが、人が陶磁器を選ぶのではなく、陶磁器が人を選ぶのです。この陶磁器はリーン様を気に入られたようです。ああ、いやいやセイレ様のお目が悪いとは言っていませんよ。セイレ様は若い方の中では、抜群のセンスと目利きをお持ちです。それは当然認めております。ですが、私と好みが合わないと言うだけでございます」
なかなか面白い事を言う人だな。でも嫌味には声ないし、ご主人様も楽しそうに笑った。
笑うと、なんて素敵なんだろう。
「はっきりいってくれたな。私は儲ければそれでいい。で、あなたはこれが気に入ったのか?欲しいのか?」
「欲しいです」
私がご主人様に即答出来たのは、目が、楽しそうだったから。
私の何に関心を持ってくれたのは分からないが、ここは素直に言うべきだ、と思った。
答えた私に、満足そうに頷いた。
「わかった。ではこれも貰おう。ちょうど屋敷の食器を変えてくれと言われていたからな。詳細はまた連絡する。それと、支払いはがシュベリと話し合ってくれ」
「あの方は苦手ですね。上手く値切ってきますから」
「それは良かった。その為に金貸しから引き抜いたんだ」
「全く、お若いのに抜け目のない方ですね。まあ、そうでなければ長にはなれませんからね。さて、私は次がありますので失礼致します。リーン様」
「はい?」
「これから末永く御付き合いお願い致します」
「私ですか?私は旦那様の付属と思って頂ければ宜しいです。私と言う固有の人間と末永く、などと勿体ないお言葉です。この場にいたのも旦那様に呼びれたからです。全て旦那様のおかげです」
「おや。これは惚気ですか。いやあ、あれだけ面白みのないと言われているセイレ様にこのような、気品ある方がおられたとは皆様に教えてあげねばなりませんね」
それは是非、流して欲しいが、まだ時期尚早だと思う。
「やめてくれ。迷惑だ」
冷たく、バッサリと言われた。
そうですよね。そこまではっきり言われると分かってはいるが、結構へこみますよ、旦那様。
「了解しました。では、支障ない程度にしておきます」
にっこりと少し意地悪な言い方でセキバヤ殿は出ていかれた。
今は、それでいい。私の存在はまだまだ無いに等しい。誰かの口に自然に上がる内容が、私、ではなく旦那様の為になる内容であって欲しい。
そりゃあ、現実とはかけ離れていても、仲が良い、と思ってくれたら私としては嬉しいが、だが、そうなったとしたら、ご主人様がきっと嫌がる。それはそれで嫌だ。ご主人様のご機嫌を損なう事はしたくないもの。
「話があるんだろ、そこの座ろうか」
端の方にあるソファを指さされ、
そう、茶会の話だ。
ぐっ、と胸が苦しくなる。
あの時の居た堪れない思いが蘇り、気持ちを暗くた。
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