第23話お茶会の説明2
「ライアン侯爵家のお茶会を失敗致しました。申し訳ございません」
旦那様が座るのを確認し、私は坐る事無く深々と頭を下げた。
謝って許されるなら簡単な事だ。
でも、この世の中謝って、土下座しても許されない事は幾らでもあり、今がそうだ。
私の存在価値と旦那様の立場をもっと有利にする為の、大事なお茶会を失敗した。
先日のハンカチの事を思い出し、ギュッと身体が硬直した。
私は、お姉様よりも酷い事をした。
性格が合わない、という単純なことでなく、旦那様の地位を揺るがしてしまった。
なんて、なんて、私は役立ずなの。
でも、
もう泣かないと決めている。
目頭が熱くなり、鼻が痛くなったが、我慢した。
「詳しく話しなさい。それからだ」
ご主人様の冷静な声に驚き顔を上げた。
「・・・怒らないのですか?」
あまりに冷静な言葉驚き顔を上げると、射抜くような鋭い瞳で私を見ていた。
「内容を聞いていないのに、何故だ?座りなさい。ともかくお茶会の話を聞こうか」
「・・・はい」
私はお茶会の内容を包み隠さず説明をした。
ドレスの事、お菓子の事、お姉様が裏で手紙を渡していた事。
そして、わざとお菓子やお茶を落とされた事も。
本当は自分の嫌がらせのことは説明したくなかった。それは旦那様には関係ないし、情を受けるつもりなのか、と思われるのも嫌だった。
でも、シミの着いたドレス帰宅しその様子をターニャもクリンもアイも知っている。それならばその話が出るかもしれない。そうなった時、少しの嘘や、誤魔化しが、大きな話になりお互いの信頼に歪み産ませる。
これから私の事を信用して貰うおうと思っているのに、私の小さな恥を隠すことに意味などない。
「成程。その話では、今回のお茶会は確かに失敗だな」
静かな声でご主人様はそう言った。
全部話し終わる頃には、ご主人様の顔が見れなくなり、知らず俯き説明していた。
握る拳に力が入る。
「申し訳ありません」
今度こそ怒られる、と思い、また立ちあがり頭を下げた。
「あなたが謝るなら私も謝らなければならない。すまない」
そんな言葉が出ると思ってなくて、驚いて顔を上げると、目が合った。
私の知っている中で1番、威圧ある怖い顔なのだか、確かに謝罪の表情だ。
「怒らないのですか?」
「怒りはしない。誰もが間違っているが、怒ると叱ると言う言葉がある。怒るとは、感情に任せ自分の気持ちを押し付けるだけだ。だが叱る、とは話を聞き間違いを正してやる事だ。私はなるだけ怒るでなく、叱りたいと思っている。それよりも、確認したいが、あなたに送った支度金はどうした」
「支度金、ですか?」
初めて聞いた。
ご主人様が私にお金を?
そう言えば、私に変わったらお金がどうとかとか、言われたような気もする。
お父様が事業の方に、いや、お姉様に渡っているのだろう。
「いや、分かった。それはこちらで確認する。成程貴族の茶会はそれだけ大事なのか。金持ちの女がお茶を飲むだけだと思っていたが、裏では様々な駆け引きがあるという訳か」
脚を組むと何か考える眼差しをしながら、目線を天井へと向けた。
組まれた膝の上に両手を置き、無意識に指が動いていた。
声をかける雰囲気ではない。一気に旦那様を纏う空気が壁になり、遮断した。
私は、ただ静かに待った。
たとえ旦那様の整った顔が悪魔になっても、それでも私は諦めない。まだ、序盤だ。これから先、何年何十年、も御一緒にいる。まだ挽回のチャンスはある。
そうよ、後ろ向きに考えても駄目よ。
「前」
「前?」
しまった。また口に出ていたようだ。
「い、いえ、なんでもありません」
慌てて首を振った。
前向きに考えるわよ、なんて今この状況で言ったらつまみ出されるわ。
「今回の茶会は、あなただけの失敗ではない。私が、茶会の意味を知らなかった責任もある。つまり、私の失敗だ」
噛み締めながら言葉にする旦那様に、考えていたのを邪魔してしまって申し訳なかったが、何となくこの方が若いながらも事業を成功したのがわかる気がした。
きちんと人の話を聞いて、きちんと考え、きちんと答えてくれるからだ。
そこに、濁りのない感情が見える。それは、きっと若いからとかではなく、そう、あえていえば、
職人気質、
を持つからこそだ。
雄々しい威圧と、少ない言葉の中に人を圧する重さを感じるのは、そこにその方の想いが詰まっているからだ。
何しても妥協しない己の強い意志を持ち、突き抜ける。
ざわりと鳥肌が立つと同時に、素敵だ、と見惚れた。
私の婚約者は、なんて素敵な方なのだろう。
ざわめく気持ちと高揚する身体が、
この方に尽くす事は間違っていない、
そう、確信した。
「失敗してしまったのは仕方がない。その後どうしする?これで終わりか?」
探るように、噛み締めるように鋭く聞いてくる。
知らない事を知り、吸収しようとしているのだ。
「失礼があった時は、お詫びの品を送るのが慣例です」
「何を準備したらいい」
「そうですね、今回は同じお菓子で宜しいかと思います」
「何故だ」
「お茶会、だからです。高価過ぎても、安価過ぎてもいけません。下手に宝石等を送れば己を下と認めた事となりと、後々面倒な事になります。これが夜会やパーティーの失態なら、その代価として高価な品物を送る事はありますが、今回は未婚の、それも友人の集まりの茶会です」
「その場その場で、それ相応の品物を見極め送るのか」
「仰る通りです。出来れば、見た目だけの豪華なお菓子と、味にこだわった菓子が欲しいです。それと菓子を包む包装紙、お詫びの品と一緒に一筆入れたいので、便箋が欲しいです」
「わかったすぐ手配しよう。聞いた話だが字が綺麗なのか?」
私の話をしてくれている?
些細なこと事に嬉しくなった。
「お母様がよく、字は体を表す、と教えてくれました。お母様程ではありませんが、少しは自信があります」
何故か意地悪そうに笑われた。
「面白い方だな。つまり、自分に自信があると言う訳か」
「え!?違います!!たとえです、たとえです」
確かにそう捉えられるよね、今の答えだと。
ちょっと、恥ずかしい。
「わかった。あとは仕立て屋を呼んでおく。好きなものを好きなだけ、買え。いいか、金に糸目をつけるな。あなたが気に入った物を全部買うんだ。もしくは欲しいものを注文するんだ。それから私の事は名で呼べ」
「でも・・・私のように者にお金をかけるのは申し訳ないです」
「ふざけた事を。あなたの失態が私に繋がる。これはあなたに対する投資だと思え。先に繋がる投資は幾らしても損は無い。わかったか?」
「はい、旦那様」
「名前だ。1度言われた事は忘れるな」
「す、すみません」
とても睨まれた。
「その、サージュ様。では遠慮無く準備させて頂きます」
「宜しい。それと、これからは些細なことでも報告しろ。もしくは相談しろ。わかったか?」
睨まれ、素直にこくこくと頷いた。
「はい、ご・・・いえ、サージュ様」
「宜しい。他に話はあるか?」
「いえ、ありません」
「それなら、私は仕事が残っているから戻る」
急に真顔になると立ちあがり、足早に扉に歩いていった。
扉を開け不意に立ち止まると振り向き、
「ホットケーキが食べいのだったな。伝えておく」
それだけ言うと出ていってしまった。
あまりの冷たい言葉に、気持ちが重くなった。
熱と氷の気持ちを持った、掴めない方だ。
分かっていた事だが、サージュ様にとって、私は仕事道具の1つ。
サージュ様にとって、私が必要なのだと思わせたい。
その為に、投資してくれるのなる、応え、成果を出したい。
あんにお茶会で落ち込んでいたのに、サージュ様の役に立てるかもしれない、挽回出来るかもしれない、と思うととても嬉しくなっていた。
それと、気を使ってくれているのだろうけど違うんだけなぁ。
恐らく私がホットケーキを食べたいだけ、と思っているのだろう。もしかしたら部屋に戻ったら用意しているかもしれない。
そうでは無い。
私は、サージュ様と、あの店で食べたいと思っているのだ。
まあ、いいか。今度出かけける機会があれば絶対に頼むわ。
というか、
いっぱい喋った!
いっぱい、色んな顔が見れた!
いっぱい、笑ってくれた!
私ってば以外に面食いだったんだ。
私ってば、サージュ様の顔が好みだったんだ
これは、
つまり、
目の保養だ!
少しくらい楽しみがないと頑張れない。
お互い愛がなくても、
私は目の保養になる。
「うん!十分頑張れる!!声もいい声だもん!!」
まあ、サージュ様にとって私はどうでもいい顔で、目の保養にもなんにもならないだろうし、
イライラするかもしれないけど、
そこは考えるのはやめよう。
うん。前向きは大事だ。
あれ、何か忘れているような気がする?
うーん、と暫く考えたが思いつかずとりあえず部屋に戻った。
そして、案の定出来たてのホットケーキが用意されていた。
やっぱりね、となんだか面白かったが、そのホットケーキがお店で見たものと似ている作りになっていて、とても嬉しかった。
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