第14話旦那様とお出かけ4

「なるほど、大人しい態度に大人しい服装で、貴方はなかなかの策士だな」

馬車に乗るなり、ご主人様は打ち付けるように私を睨みつけ、冷淡に言葉を放った。

何故そこまで嫌そうに言われるのか理由が分からないが、原因が先程のハンカチの事だと言うのは理解出来た。

鋭い眼差しの中に嫌悪感がありありと表れ、それは確かに私に向いていた。

「申し訳ありません。何を仰ってるのか意味がわかりません。教えて頂けませんか?」

「前の女から聞いたんだろ?前の女はあの店に連れて行って大喚ぎした。余程庶民と一緒が気に入らなかったんだろう。貴方もそうだ。だからこそ、あの店に連れて行かれたのが気に入らなかったのだろうが」

不機嫌な声での、前の女とは、それはお姉様しかいない。

だが、いつも気に入らなかった、と愚痴を言うだけで、何処で何をしたか詳しい話は聞いていない。

確かにお姉様なら、庶民と同等に扱われたら大騒ぎするだろう。

貴族としても矜恃はそれぞれで素晴らしいが、場所を選ばなければ不穏を買う。

でも、私とお姉様は、違う。同じにされたくない。

「違います」

私は先程の店で、何一つ気に入らない所なんてなかった。

「我々低い地位の者に、自分達が上位貴族だと知らしめたいのだ。残念ながらこれが現実だ。ここは貴方の住んでいた世界とかけ離れているのだろうな」

「違います」

私は1度だって自分が、上位貴族だ、と優越感を持った事などない。

「今度は違う手で来たという事だろう?わざわざ高価なハンカチを落とし、自分を強調した!確かに小賢しい考えに、感服するよ」

「違います」

本当に、偶然落ちただけ。

「それ程高価なものだとは知りませんでした」

だってあれはお姉様が飽きたからと言って下さったもの。元々私の物は少なく、お母様が気を使って刺繍をして下さった。

旦那様はくっと唇を上げ、私を卑しい者でも見るように、頬を引き攣らせた。

「では教えてやろう。あのハンカチ1枚で、半月は食べれる者がいるのだ。まんまと拾ってくれてさぞ満足しただろう?」

「そん、なに!?」

愕然とした。

あんな布切れ1枚が、そこまでの価値があるなんて思いもしなかった。

「本当に上手い演技だな。その顔に屋敷のものは騙されたのだろうが、私はそうはいかない」

「いいえ、いいえ、違います!旦那様がどのような考えされているのか私には全ては理解出来ませんが、上級貴族を嫌っているのは分かりました。ですが私は上位貴族だと言う家柄に産まれましたが、一度もそのように思った事はありません!」

吐き捨てる旦那様に、私は私の思っている事を言うだけだ。

「バカバカしい。誰が信じるそんな事を!!」

「では、これから信じて頂けるように努力致します。それに、ありがとうございます」

「ありがとうございます?」

まっすぐにご旦那様を見つめながらも、自分が至らない事を痛感した。

「はい。ハンカチ1枚がそのように高価な物だとは知りませんでした。確かに軽率でした。お姉様がどのような態度だったのかは分かりませんが、私は少しはお金の価値を知っております。自分で稼ぐのがどれほど大変かも知っております。ですから、教えて頂きありがとうございます」

私の言葉にとても驚いた顔をしたが、すぐにまた、苛立つような顔に戻った。

「それで誤魔化したつもりだろうが、騙されん」

「はい。結構でございます。でも、私は今日ご一緒に出かける事が出来て嬉しく思っています」

本当にそう思ったから、自然に笑みが浮かび言うと、また、驚いた顔をし、それから黙ってしまわれた。

ふと、お父様の言葉が浮かんだ。

お姉様を気に入らなかった偏屈者だ、と。

もしかしたら本当にお姉様を気に入らなかったのかもしれない。

そうだとしたら、

もしかしたら、

もしかしたら、

私がとっても頑張ったら気に入って下さるかもしれない。

今日は失敗してしまったけど、お茶会もある。

そうよ、リーン。

まだ、ここに来てひと月も経ってないし、こんなにお話をしたのも今日が初めてだ。

ご主人様の事を、私がもっと理解するように努力すればいいだけだ。

「私、頑張ります!」

「・・・降りるぞ」

返してくれる声にはっとした。

しまった、また、口に出てしまった。

恥ずかしい!!

いつの間にか屋敷に着いていたようだ。

ご主人様はとても不思議そうな顔をしたあと、

仕方なさそうに、笑った。

ぎゅっと胸が知らない痛みが走った。

私と目が合うと、すぐに真顔になり、降りていった。

慌てて後を追いかけて降りた。

多分何を言っても振り向かない。

そんな背中だった。

でも、言いたい。

「今日はありがとうございました。私はとても楽しい時間でした」

振り向かない。

わかっている。

でも、

私は、

背筋を伸ばし、

一礼し、

心からの言葉を言った。


部屋に戻りながら、考えた。

最悪、ハンカチを売れば少しお金になるんだわ。もしかしたら私が持ってきた物、結構高価な物があるのかもしれない。本当にお金に困ったら売りに行こう。

そう、本気で思い、ターニャとクリンに、品定めしてもらおっと、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る