第7話サージュ目線

「お疲れ様でございます。何か食べられますか?」

執務室に入と、エッシャーが私の帰り待っていたようで静かな声で迎えてくれた。

部屋は、暖炉に火がくべられ程よい暖かさだ。まだ春の初めで、夜は肌寒い。

「必要ない。ウイスキーをくれ」

ネクタイを外すと一気に開放感を感じ、途端に疲労感が襲ってきた。外したネクタイをエッシャーに渡した。

「かしこまりました。ですが、何も食べずにお酒とは、身体に負担がかかります」

私の上着を脱がせながら、エッシャーは毎度毎度同じ事を言ってくる。

私があまりに食事を取らないのを心配しているのだろうが、食事をする時間さえ惜しいし、酒を飲めば腹は満たされる。

まず、食事に何の意味があるのか私には理解できなかった。

「必要ない。ウイスキーを置いたらもう下がっていい」

時計を見ると深夜1時。

いつもより早い。これなら3時間は寝れるな、と思った。

「こんな遅くまで待たなくてもいいと言っただろ。朝も早いんだ。早く寝ろ」

私の返事にいつものように、仕方なさそうにため息を付き、ウイスキーをテーブルに準備し始めた。

「私よりもご主人様の方が寝るべきでございます。遅くまで待たなくても良い、心配されるなら早くに帰宅してはいかがですか?」

「帰れるなら帰ってきている。終わらないのだ」

「お忙しいのは分かりますが、その歳で仕事ばかりもどうかと存じます。先代はその歳頃の時はそれなりに遊んでおられましたよ」

「わかった、わかった。もう少し仕事が片付いたらお前の言う通りにするから、もう出ていってくれ」

「また、そのように適当に言われる。全く、真面目も宜しいですが、身体を壊されたらなんの意味もありませんよ」

エッシャーの愚痴を聞きながら、いや聞き流しながら、ソファに座り、テーブルに書類を置き、右手にグラス、左手に書類を取った。

ウイスキーを1口飲むと、芳醇な香りと、アルコールの刺激が口に広がり、頭が冴えてくる。

「リーン様が1度ご主人様にご挨拶したいと仰っておいででした」

「リーン?誰だ。そんな客人の予定が入っていたか?」

この報告書では、分かりずらいな。明日マーチに確認してみよう。それに、この備品の名前は、どれの事だ?

「新しく来られた、ご主人様の婚約者でございます」

いや、あれの事か?仕入先によって商品の名前が違うのは困るな。

ここは商団自体で統一出来るように、提案してみるか。

「そういう名前だったか?それでどうした」

「屋敷の中を下手にうろつかないようにと、釘を刺しておきました」

「それでいい。我が物顔で私の屋敷を歩かれても困るからな。それからその女の名を私の前で2度呼とぶな。婚約者などと言う下らん呼び方もするな。興味が無い」

「かしこまりました。それと召使いの者達が少し嫌がらせをしているようですがどうされますか?諌めすか?」

「慰謝料が出るほどのものか?」

「身体的な嫌がらせはしておりません」

「では、問題ない。それだけか?」

「はい。では、失礼致します」

私の苛つきをわかったのだろう、静かに頭を下げ出ていった。

胸糞悪い!

ガンと力強くテーブルにグラスを置き、深呼吸した。

どうせ、あの金に汚い伯爵が小賢しい悪知恵を働かせ、金をせびってくるに決まっている。矜恃だけが馬鹿高い金の亡者だ。

本当なら上級貴族の女など欲しくなかった。

だが、是か非でも叶えたい願いが出来た。

本来上級貴族は余程の金が動く時だけ姿を見せる。己の領地にしても、事業にしても適当な奴らに丸投げし、手数料と称し甘い汁を吸っているのだ。

取り引きはそれぞれが属している商団を通し話を進めていくのが、是、だ。

その為上級貴族だからと言って勝手は出来ない。流通、販売に関してそれ相応の業者を決め、相応の手数料を取る。

それを、その商団を通す事無く、上級貴族の名をを出すだけで、取引がすんなり行くのを、この目で幾度も見た。

やってはならない商法なのだ。

それがまかり通る。

納得いかないその取り引の時に、まるで魔法の呪文かのように出てくる言葉、

由緒正しき貴族、

と。

腹が煮えくり返る憤りを押え我慢し、誓った。

由緒正しき貴族に邪魔はさせない、

と。

だから、この婚約を受け入れたのだ。

由緒正しきアッシュ伯爵家が、ふざけた取引を否定した時それが叶う。

そうでなければ、伯爵家などの手を取るか。

いや、あんな上級貴族など本来なら関わりたくない!

しかも、あの女は典型的な高慢で我儘な貴族令嬢だっだ。

こちら側も多少譲歩しようと何度か出掛けたが、人を馬鹿にした態度と、買って貰って当たり前だ、と言う態度であれこれと欲しい物をせがんできた。

金が無いと聞いているにも関わらず豪奢な出で立ちと、傲慢は態度。

それも、私が購入を断ると、途端な喚き出しまるで私が悪者かのように声を出し始めた。

呆気に取られ、自分が少しでも歩み寄ろうとしていたのが愚かだと悟った。

腐っている人種だ。

そうでなければ、婚約者という極めて大事な存在を簡単に変える訳が無い。

幼い時の辛く嫌な記憶が脳裏を掠め、より、許せない気持ちが強固となる。

誰が来ても一緒だ。

アッシュ伯爵家、と言う名前だけあればそれでいい。

あとは必要ない。

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