第6話セイレ男爵家へ3
門をくぐり、手入れされた綺麗な庭を通り、屋敷の前で馬車が停車し扉が開いた。
当然私をエスコートしてくれる方も従者もいないが、特に問題は無い。
アッシュ家でも同じだ。
唯一の荷物を持ち、馬車を降りると、迎えに来た若い従者が待っていた。
「玄関を入りましたら、エッシャー様が待ってますので聞いて下さい。じゃあ俺は仕事があるんで」
言いいたいことだけ言い、頭も下げず去っていった。いつの間にか乗ってきた馬車もなかった。
広大な庭にため息が出た。
レンガ調の石畳が敷かれ、その間に一つも草がなく綺麗に手入れされている。
中央には小さくは無い花壇が造られ、馬車の中から見たくらいだが見事だった。
それに、奥の方も何かありそうで散歩したい、という好奇心をどうにか抑え、屋敷の玄関をくぐった。
はあ、広いなぁ。
屋敷が巨大なのは外観から分かってはいたが、実際中に入るとホールの広さと造りの良さに、圧倒され、溜息が出た。
だがそれよりも、ホールの中で甲斐甲斐しく動く召使い達に食い入ってしまった。
い、一体何人いるの?1、2、3、4、5、6!階段の掃除に6人もいるし、男性もいる!!
私の屋敷に働いている召使いが全員で6人しかいない上にその内男性は一人だけだ。
男性は屋敷の中だけでなく、外の仕事や力仕事も出来るため給金が女性よりも高い。
それなのに、階段だけではなく他の場所ても忙しく働いている。
「よくおいで下さいました。私は執事をしております、 エッシャーと申します。こちらはメイド長のアイと言います。以後お見知り置きを」
感心している間にいつの間にか年配の男女が私の側にいて、挨拶をしてきた。
2人とも細身の体型で、歳の頃はどちらも50代もしくは60代程のベテラン風の雰囲気を醸し出していた。
エッシャーは細い瞳に白い鼻髭があり、皺のないネクタイに汚れのない手袋を見る限り、性格が神経質のように見えた。
アイは細顔だがすこし大きな瞳の黒目がよく動き、状況を把握しているようだった。
ただ、どちらも私に対して友好的な態度ではなかった。
「は、はい。宜しくお願い致します」
慌てて私も、私も頭を下げた。
「お荷物はそれだけですか?それとも後から送ってくるのでしょうか?」
明らかに2人も見下す顔で、私と荷物を見比べた。
「いいえ、これだけです」
たったひとつのトランク。これが私の全だ。
「ふうん。ではこちらです」
執事のエッシャーがあからさまに見下した顔で、その荷物を持ち、案内しだした。
エッシャーは足早に歩き、私ははぐれないように後ろをついて行った。
アイは特に興味が無さそうに何処かに行ってしまった。
婚約者に対してその程度の扱いか、と寂しさよりも素直な塩対応にすっきりした。
私の部屋は2階の1番奥を案内された。
とても綺麗に掃除され、カーテンも、絨毯も綺麗で、何だか嬉しかった。
「では、こちらです。あと、屋敷の中はあまり歩かないように願い致します」
「理由を聞いても宜しいですか?」
「貴方様はまだ婚約者でも何でもない赤の他人でございます。そのような方にうろうろされると迷惑です」
こうもはっきりと、バッサリと言われると逆に清々しい気分になるから不思議だ。
歓迎されていないのは、すれ違う召使い達の態度からよく分かった。
「分かりました。では、必要な時以外は部屋から出ません。何かあれば近くにいる召使いに声をかけます」
素直に答えたら、何故か眉をひそめた。
「分かればよろしいです」
「あの、セイレ男爵様にご挨拶をしたいのですが、お会い出来ますか?」
受けいられていないのは百も承知だが、挨拶は大事だ。
たとえ認められなくてもお姉様に劣っていると分かっていても、私は、これからセイレ家の人間になるのだ。
「ご主人様は仕事の関係で3日後しか戻りませんし、お帰りも深夜になりますので、お会い出来るのは難しいです」
綺麗にお断りをされた。
つまりは私に会いたくない、と言う事ですね。
「分かりました。では、お伝えだけお願い致します。お時間があればご挨拶だけでもさせて頂きたい、と」
頭を下げた。
気に入られないのは分かっている。
でも、私は少しでもセイレ家に尽くしたい。
砂粒程かもしれないが、それでも、私の全てを尽くすと決めたのだ。
「・・・分かりました。お伝えだけはします」
私がずっと頭を下げているのに、仕方なさそうにため息つき、言ってくれた。
「ありがとうございます」
顔を上げると、扉が閉まると同時だった。
仕方ないわ。
誰もいなくなった部屋がとても静かに、広く感じる。
いつも自分の部屋で一人でいたが、この部屋はいつもの私の部屋でない。
いいえ、今から私の部屋になるんだわ。
溜息が出るのを我慢し、持ってきた荷物を片付けた。
この辛いと思える気持ちは、
今だけよ。
すぐに慣れるわ。
ベランダの窓を開けると、立派な大木が反り立っていた。その大木の枝がベランダに少しかかっていた。
これはいい部屋だわ。風と一緒に木の香りがするし、この落ち葉も乾燥させないとね。
ベランダに落ちた葉を全部拾い集めながら、この木のせいで日差しが半分しか当たらないのに気付いた。
本当にいい部屋だわ。日当たり半分、日陰半分なんて、こんな部屋中々ないわ。もしかして、私、歓迎されてるのかしら?
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