第5話セイレ男爵家へ2
迎えに来た馬車は豪華ではなかったが、質はいい。
使用している材木も、中の装飾や椅子の仕様も、派手では無く落ち着いている。
椅子の座り心地も悪くない。
程よい綿の量が入り、貼り付けている布も柔らかく、綺麗な刺繍が施しが気品を醸し出している。然程高価な布ではないが、刺繍の出来が良い為とても上等に見えた。
ふふっ。こんな少しの事で楽しくなるなんて、私ってば単純。
と言うよりも、アッシュ家の馬車が古いからだろうか?
もう何十年も買い換えていない為か、あちこち痛み変な音もするし、椅子もすり減り、逆になめらかになっている。
貼られた布も破れて貼り直すお金がないから、全部剥がしたと聞いている。
肝要な集まりの為のまともな馬車が1台だけあるが、それさえも外観だけ豪華に見せ、内装は繕いばかかりの張りぼて状態だ。
でも、これは違う。
そっと刺繍を触りながら、また、嬉しくなった。
刺繍の重ね方が絶妙だ。
立体感と存在感を出すために幾重にも色々な色の刺繍を重ねていくが、綺麗に重なっている為、凹凸感がなく滑らかだ。
素直に感服した。
これを選分したのは、セイレ男爵様なのかしら?もしそうならとても素晴らしい目を持っているわ。だから、事業を成功させているのだわ。
ふっと外を見ると、見たことも無い景色が目の当たりに広がり、堪らずガタンと窓を開けた。
すっと上に上がる窓に、また、心踊った。
引っ掛からない。油を、ではなくよく手入れされているわね。
ふわりと少し冷たい春の風が頬と髪を撫でた。
気持ちい。
私の家もそうだがセイレ男爵家も王都に近辺に、屋敷を構えている。だから、私の屋敷から1時間ほどで着く。
セイレ男爵家からの迎えは、馭者と荷物を運ぶ男性との2人だった為、馬車の中は自分一人だ。おかげで悠々と過ごせるし、ちょっとした旅行気分になった。
親戚の婚約や婚儀などで出かけた事はあったが、それ以外で、出かけ事などなく、ましてや、旅行など吃っての他だ。
学生の頃、長期の休暇になる度に、過ごす避暑地の話が苦痛だった。私の家には避暑地や別荘はない。
とっくに売却したとの事だった。領地の屋敷はもう誰も居ないから、お化け屋敷の様になっている。
お姉様は要領よく、ご友人の避暑地に一緒ご一緒し、過ごしていた。
羨ましいと正直思ったが、お姉様はいつも私とグラスにお土産を買っきてくれたし、過ごした日々を面白おかしく教えてくれた。
それがお姉様にとって優越感に浸っているのだと分かってはいたが、自分の知らない場所の話を聞けて本当に楽しかった。
ぼんやりと景色を見ている間にセイレ男爵家に着いたようで、とても大きい壁が見え、敷地が広いんだな、と思った。
窓から見る限り、門も立派だ。
セイレ男爵様、か。
幾度か顔を合わせたが、屋敷に来るのは初めてだ。
顔、か。
端正な顔立ちで、多分、素敵な顔なのだろうけど、目つきが鋭くいつも不機嫌そうにしていたから、怖い印象しかない。
1度もきちんと話をしたことが無い。
お姉様も、数える程だがご一緒に出かけたが、いつも、
何も話をしない無知な男よ、
いつも無表情で怖い愛想のない男よ、
いつも他を見ている無礼な男よ、
いつも庶民の店しか連れて行ってくれないケチな男よ、
と愚痴ばかり言っていた。
だから、全くセイレ男爵が素敵に見れないわ。いつも馬鹿にされている気分になるわ、
とも言っていた。
でも、仕方ないよね。
お金が無くて、爵位を売ったのだ。
見下され、馬鹿にされてもしょうが無い。
そうは言っても、容姿も声も可愛らしいお姉様を気に入らないというなら、私には無理だろうけど、とりあえず努力するしかない。
「うん。頑張るわ!」
口に出してみると、何だかおかしくて笑いが出た。
でも、かなり気持ちが楽になった。
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