SAVE.305:乙女ゲーム世界のセーブ&ロード②
クリスが実は王女様だと判明した今、護衛もなしで彼女を帰らせるわけにもいかない。だが王子二人とシャロンは彼女の事で城に出向く必要があった。必然的に残った俺がクリスを送る羽目になったのだが。
この女が素直に帰宅するはずもなく、串焼きの屋台に付き合わされていた。支払いはもちろん俺だ。
「で、記憶喪失って何だよ……初めて聞いたぞ」
腹いせのように串焼きを頬張りながら、気になった事をクリスに尋ねる。
「まぁ嘘だからね」
相変わらずの飄々とした返事に、思わず俺はため息を漏らす。
「あのなぁ」
「正確には……そうだね、本来のクリスが死んで、代わりにあたしの意識が目覚めた感じかな。よくある異世界転生の導入みたいに……ってわかんないか」
わからないから言わないでくれ、という不満を肉と一緒に飲み込む。
「本来のクリスの記憶は覚えているというより、知っているって感じかな。昔読んだ本のあらすじみたいにさ」
「なるほどな。で、結局お前は本当にルーク殿下の妹なのか?」
「あたしがクリスティア=フォン=ハウンゼンである事に間違いないよ。血縁上でもゲームの設定上でもね」
「それがこの間言ってたネタバレって奴の正体か?」
「そうだね、驚いた?」
驚くに決まってるだろ、と言いえば負けたような気がするので、無理矢理別の言葉を捻り出す。
「……何でもっと早く名乗り出なかったんだよ」
「まぁ普通はそうするよね」
「だろ?」
クリスは一口だけ串焼きを飲み込んでから、わざとらしく両手を広げる。
「そうするとあたしはお城に戻って、お姫様として生きて行くわけだ。その時は君とシャロンは婚約していなかったから……まぁ君の婚約者になっただろうね」
ルーク殿下がそんな事を言っていたなと思い出す。確かに政治的に考えれば、その方が妥当なのも間違いない。クリスを嫁に出し、代わりにミリアを嫁に貰う。さらにシャロンも王家に嫁がせれば、アスフェリアは二人の聖女を手に入れられる訳だ。
「そうして私達は互いに愛し合い、めでたしめでたしで終わるんだって……そう思っていたんだけどな」
「ならないだろ、俺とお前は」
というか、意地でもそうなってやらないからな。
「そうだね、ならないんだ……『君』と『あたし』は。だから今日まで名乗り出ずに記憶喪失で誤魔化した訳さ。わかったかな?」
「……ま、黙っておいてやるよ」
実際はどうあれ、クリスが今日まで名乗り出なかったおかげで話がややこしくならなかったというのも事実だ。実はこいつ知ってたんですよ、だなんて言いふらしても良い事なんて何もない。
「ありがとう、お礼に何かしてあげなくっちゃねに……そうだ、キスとかしてあげようか?」
「断る、面倒な事になりそうだからな」
もうなっている、というのは言ってはいけないだろう。
「ちぇっ、チャンスだと思ったのに」
わざとらしく唇を突き出しながら、クリスがそんな事を言い出す。串焼きの脂のせいか彼女の唇は妙に艶があって……駄目だ、話変えないとな。
「そういえば……お前は次の神託の内容は知ってるのか?」
「知ってるよ、アキト√はゲームで何度もやったからね。ミリアから聞いてないの?」
「ああ、あまり教えたくないらしくてな」
「……だろうね」
クリスは肩を竦めてから、ゆっくりとため息を吐き出す。それから少し考え込んでようやく結論を出した。
「それならあたしも黙ってようかな。サプライズって事で」
「あのなぁ、内容も知らずに再現なんて出来ないだろ」
「あたしは知ってるから出来るよ?」
それはまぁそうだろうけど。
「……事故とか起きたらどうするんだよ」
口から出たのは、苦し紛れの言葉だった。だが神託の中でミリアが攫われた事もあったし、アズールライト家が処刑されるなんて物騒な出来事もあった。だからそれほど的外れではないと思ったのだが。
「起きないよ」
真っ直ぐと俺の顔を見つめ、真剣な顔でクリスは言い切る。
「起こさせないよ、あたしが……例えこの生命に代えても」
その言葉に思わずたじろぐ。彼女にそんな態度を取られれば、俺が折れない訳にもいかないだろう。
「わかったわかった、信じてやるよ」
「ありがとう、アキト」
「どういたしまして」
俺がそう答えれば、彼女は残りの串焼きを一気に頬張り飲み込んだ。それから親指で口の端を拭った後、残った串をダーツのように近場のゴミ箱へと投げた。中に入ったのがそんなに嬉しいのか、得意げな顔をしたクリスに腹が立ったので負けじと俺も対抗する。
結局俺は串をゴミ箱に入れ直す事になったので。
「……帰るか」
ようやく本来の目的を口にすれば、後を着いてきたクリスが嬉しそうに脇腹を突いて来た。
◆
翌朝、俺の目を覚まさせたのは意外な人物の声だった。
「アキト、入るわよ」
ノックもせずに部屋に入ってくるシャロン。しっかりと身支度を終えていた彼女だったが、その表情にいつもの余裕の色は無かった。
「何だよシャロン、こんなに朝早く……というか男子寮は女子禁制だぞ?」
そう、ここは女子禁制の男子寮。入学当初はヴァーミリオン家の屋敷から通っていたのだが、今ではここで寝泊まりしている。遅くまで図書館で調べ物をするなら、隣りにある学生寮に住んだ方が都合が良かったのだ。
「許可ぐらい貰ってるわよ」
まだ重さの残る瞼を擦りながら、ベッドから体を起こす。
「そんな事よりも……貴方に伝えなければならない事があるわ」
「何かあったのか?」
シャロンは目頭を強く押さえ、息を細く吐き出した。緊張と動揺を隠すようなその仕草は、事の重大さを物語っていた。
「ミリアが」
「ミリアが……何だよ」
生唾を飲み込めば、シャロンがゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ミリアが、クリスティアに攫われたわ」
ああ、なるほど。ミリアがクリスに攫われたのか。
――いや、何を考えてるんだよあの女は。
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