SAVE.305:乙女ゲーム世界のセーブ&ロード①
行軍演習を無事終えてから数日、俺達は例によって生徒会室に集まっていた。ただ例外なのは、今までにない問題に直面していた事だろうか。
「一人足りないからやりたくない?」
ミリアが突然そんな事を言い出したのだ。彼女が言うには、次の神託の登場人物が一人足りない、という事らしい。またカイゼル卿みたく代役を立てても良いはずなのだが……彼女は頑なに首を縦に振らない。
「あのねぇミリア、私にはもう神託の続きが無いのだから……貴方に答えてもらうしか無いのよ?」
ため息交じりにシャロンがそう言う。彼女の言う通り、シャロンが神託の続きを見る事はない。なぜなら。
「シャロンは……というかアズールライト家が全員処刑されたんだよな」
シャロンが最後に語った神託は、あまりに酷い内容だった。
「何というか……」
「ええ、全くあり得ない話よね」
肩を竦めてシャロンが答える。そう、あまりに酷い話なのだ……話がお粗末という意味で。
「建国王の従兄だったアズールライト公爵家を潰して処刑だなんて、どれだけ反発を食らう事やら」
ルーク殿下が苦笑いを浮かべる。シャロンの暴走の責任を取って公爵家を丸ごと潰すだなんて、暴挙も良い所だ。
「それにカイゼル卿が居なくなったと知れば、周りの国もこれ幸いと攻め入るだろうな」
ダンテも天井を仰ぎながら、そんな事を言いだした。カイゼル卿のいないアスフェリア軍なんて、攻めてくれと言っているような物だ。
「なんというか、そうならなくて本当に良かったな……なぁミリア?」
そう、所詮は神託の上での話だ。シャロンはここにいるし、カイゼル卿は今日も健在だ。現実とは違う……それをミリアに伝えたかったのだが。
「わかってますよ、兄さん……本当にそうなる訳じゃないって。けれど、役者が足りないのは本当なんだから」
目を伏せながら、口を尖らせミリアが答える。
「役者が足りない、ねぇ」
それが言い訳なのはわかっていた。彼女が次の神託をやりたくない理由が別にある事ぐらいわかる。だがそれを聞き出せる自信は、今の俺には無かった。
「せめてその足りない役者がどんな人なのか教えてくれないかしら? 探すにしても代役を立てるにしても必要な事なのだから」
シャロンが諭すようにそう尋ねれば、ミリアは不満そうな表情のまま零すように口を動かす。
「……赤毛で、美人で」
なるほど、赤毛で美人で。
「何故か男装してる女子生徒」
男装してる奴だな、うん……うん?
「どこかで聞いたような相手ね」
シャロンの冷たい視線が俺を睨む。
「いやぁ、何の事だかさっぱり」
視線を泳がせる事しか出来ない俺。というかあの女、わかってるなら先に言っておいてくれよ。
「しかし赤毛の生徒か……そこまで珍しくもないね」
顎に手を当て、思案を巡らせるルーク殿下。確かに赤毛ぐらいその辺を歩いているのだが……。
と、突然。生徒会室の扉が勢いよく開け放たれた。
「お困りのようだね、皆さん!」
うるさいぐらいの大声で、いつものように唐突に。
「……来やがったな」
頭を抱える俺。この女についてここの面々にどうやって説明すればいいのかと考えるだけで頭が痛くなる。
なので、お引取り願おう。
「よし帰れ」
急いで席から立ち上がり、この厄介女を生徒会室から物理的に追い出そうとする。
「ふふん、帰れと言われて素直に帰るやつがいると思ってたかい?」
が、駄目だ。伸ばした右手は彼女の細い腕に防がれてしまった。
「思ってないからこうやって追い出そうとしてるんだろ? お前が来ると話がややこしくなるんだよ」
「確かに。それにあれだね……この状況って浮気相手が実家に突撃して来たから追い返そうとしてるみたいだよね」
「ほらややこしくなった!」
言わんこっちゃない、とにかく今はこいつを全力で排除してやろうとしていたのだが……。
「クリス」
知らないはずの彼女の名前を、ルーク殿下が静かに呼んだ。
「クリスティア、なのかい……?」
震える声で、ルーク殿下は彼女をそう呼ぶ。
「クリスティアって……まさか」
シャロンは思わず両手で口を覆った。クリスティア、クリスティア=フォン=ハウンゼン。その名前を知らない貴族は、この世界にいないだろう。
「ああ。十一年前に行方不明となった」
ある日突然、この世界から姿を消した。
「僕の……妹だ」
ルーク殿下の、最愛の妹だ。
◆
「記憶喪失? お前が?」
出された紅茶を啜りながら、クリス=オブライエン改めクリスティア=フォン=ハウンゼンはいつものように脳天気な笑顔を浮かべていた。
「そう、気づいたときには両親に……オブライエン家に拾われていてね。それより前の事は覚えていないんだ」
なんだその嘘は、なんて言葉は言わない。散々前世がどうとか資格がどうとか言っていた口で、それは無理があるだろうなんて言えない。何せルーク殿下は死んでいたと思っていた妹と再会できて、目を赤く腫らしているのだから。
「それで、あなたは何で男子生徒の格好をしているのかしら?」
「……国のお偉方に囲まれて答えない訳にはいかないね。貴族名簿にある通り、クリス=オブライエンは男だよ。ただちょっと、六歳の時に事故で亡くなって……城へ届けを出しに行く途中、街道で野垂れ死にそうだったあたしを拾って代わりにしただけ」
シャロンが当然の疑問を尋ねれば、クリスはそれなりに筋の通った説明をしてくれた。幸か不幸か、オブライエン家は現王妃の遠縁にあたる。髪や瞳の色が似ていてもおかしくはないだろう。
「重罪だよね、わかってるよ……だから隠していたんだけどな」
頭を掻きながらクリスはばつが悪そうに答える。当たり前だ、捨て子を貴族だと偽っていたなんて、一家まとめて首を刎ねられてもおかしくはない。
「違う」
だが、ルーク殿下は力強く首を横に振った。
「妹を、クリスをここまで育ててくれたんだ……誰が責めるものか」
その言葉にシャロンはゆっくりと頷いた。
「まぁ、これから色々大変だろうけれど……悪いようにはしないわ。私もクリスティアとまた会えて嬉しいのだから」
ただ事情が事情だ。その捨て子がこの国の王女だというなら話は変わってくるだろう。
「そうだね、これからの事はまた話し合うとして……クリスも僕たちに協力してくれるかな?」
「もちろん、あたしに出来ることなら」
笑顔で手を握り合うクリスとシャロン。歴史的和解が今、果たされた……かどうかは知らないが。
「いや、俺は反対だ」
少なくとも俺個人は、今回の件にこいつを関わらせたくはなかった。
「アキト、あなたねぇ」
「こいつが王女クリスティアだって? そんな訳あるかよ」
震える声で、拳を握りながら答える。ルーク殿下が認めたって、俺は絶対に認めない。
「こんな人の金で豪遊して、たっかい傘を二本も買わせるような図々しい女が王女だって? ふざけるなよ」
この言葉が、シャロンの気遣いもルーク殿下の感情も無碍にする物だとわかっていた。けれど、言わずにはいられなかったんだ。失った金と休日が、そうしろと命じたから。
「兄さん……」
ミリアが優しく俺の名前を呼んでくれた。ミリアならきっとわかってくれると、俺はそう思った。
「それ、いつの話ですか?」
「え?」
……思ったけど、勘違いだった。
「あらアキト、随分とお姫様と仲がよろしかったようね」
「あっいや」
シャロンの棘のある言葉が刺さる。そうですね、仲がよろしいんでしょうね客観的には。
「いやぁ、元々君の婚約者はクリスティアの予定だったからね。そういう縁があっても不思議じゃないな」
「えっ、なにそれ」
それは本当に初耳なんですけど、ルーク殿下。
「いやぁ、全く」
背中が冷や汗で湿る俺を他所に、クリスはゆっくりと紅茶を飲み干してから。
「相変わらずモテモテだね、君は」
からかうような笑顔を浮かべて、そんな言葉を小さく漏らした。
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