SAVE.303:デート①

 事の真相を明らかにするためなら、骨ぐらい折られてもいいと言った馬鹿がいる。俺だ。


 だが実際はどうだ、骨の代わりに心が折られてしまっていた。結局シャロンとミリアに何の弁明も出来なかったので、ただひたすらに詰られ続けた。神託の再現――シャロンの手先に攫われたミリアをダンテが救い出すという場面――は、なんとか終わらせたものの、相変わらず二人は俺に冷たい目線を送るだけだ。ルーク殿下に頼んでいた資料は相変わらず見つからず、読み終えた本のページを何度めくっても目新しい事は書いていない。


 そして極めつけは、今この瞬間だろう。きっかり正午に噴水前で、休日なのに制服を着てあの女を待っている。


 何だよこの状況は、何でこうなったんだよ俺は。結局この最悪の選択肢しか選べなかった自分に、どうしようもないぐらい腹を立てる。


「おまたせ、アキト」


 頭を抱えていれば、その元凶の声が聞こえた。顔を上げればそこには、女子の制服に身を包んだクリスの姿があった。


「どう? 似合う?」

「……知らん」


 その場で嬉しそうに回るクリスに、感想ですらない言葉を投げる。


「なるほど、男子の制服のほうが好み、と」

「そうは言ってないだろ!?」


 思わず叫ぶ。叫べば当然、人の目を集めてしまった。すると『あれ、隣国の王子様かな』とか『あの女の子誰かしら』とか『隣りにいるの婚約者のシャロン様じゃないような』なんて声が聞こえてきた……ような気がした。うん、気のせいという事にしておこうか。


「ったく、何で俺まで制服を……」

「まぁまぁ良いじゃないか。制服デートは良いものだよ?」


 悪態をつけば、クリスはからかうように笑った。確かに彼女は女子の制服を着ている、着ているのだが気になる所が一つある。


「……何でそんなスカートが短いんだよ」


 シャロンでなくとも注意せざるを得ない短さ。膝はおろか、太ももの下半分程見えているとはどういうことか。目のやり場に困るとはまさにこの事だ。


「そう? これぐらい普通だと思うけどね。それに大丈夫、下にスパッツ……じゃわからないか。特注のドロワを履いてるからね」


 訳の分からない事を言いながら、スカートの裾をひらひらとさせるクリス。その度に太ももが顕になって、つい横目で追ってしまう。


「下着見る?」

「見ない」


 見たい、と言わなかった自分の理性に感謝する。


「照れちゃってぇ……本当は見たいくせに」


 これ以上こいつのやり方に巻き込まれる必要もない、俺は目頭を指先で押さえながら――これ以上クリスの太ももに惑わされないように――話の流れを無理やり変える。


「それで、どこに付き合えば良いんだよ」

「そうだね、まずは……定番の服屋なんてどうかな? 親戚の店が近くにあるんだ」


 その提案に黙って頷く。服屋だろうが金物屋だろうがどこでもいい。俺の目的はたった一つ……彼女が仄めかした『盟約の聖女』について聞き出す事なのだから。







 クリスに案内されるがまま到着したのは、テイラーエドワルズという店だった。初めて聞いた店だったが、店構えはそれなりに立派なものだった。


「エルザさん、いるー?」


 勢いよく扉を開けながら、クリスが元気な声で呼びかける。カウンターで頬杖をついていた女店主は、対照的にげんなりするような表情を浮かべている。その反応から察するに、このエルザという女主人はクリスに対して俺と同じような感想を持ってくれているらしい。


 厄介な奴が来たな、と。


「クリスか……また人に変な服でも作らせようってのかい?」

「ひどいなぁ、変な服なんかじゃないのに。ただちょっと流行の最先端なだけで」


 店内を見回せば、定番のドレスやコートに混じっておおよそ街中では見ないような珍しい服が並んでいる。


「奇抜すぎるのよあんたの服は……それで、そちらの学生さんは?」

「アキトだよ?」


 紹介されて小さく頭を下げれば、女主人は目を丸くして立ち上がった。


「……アキト=E=ヴァーミリオン王子? お隣の?」

「うん」


 クリスが頷いた瞬間、女主人がカウンターを飛び越えた。そして彼女の首根っこを掴むと、深々と頭を下げさせる。


「アキト王子、アスフェリアの貴族に名を連ねた亡き夫に変わってこの馬鹿者の愚行を謝罪します」


 ――その一言で、救われたような気がした。


 いや、実際に自分の心が軽くなるのをひしひしと感じる。良かった、この女の奇行に振り回されていたのは俺だけじゃなかったのかと。孤独な砂漠でオアシスと友人を見つけたって、ここまでの感動は無いだろう。


「頭を上げてください……彼女を馬鹿だと思ってくれる身内がいると知れただけで今は救われた気分です」

「お言葉痛み入ります……」


 できるだけ丁重な言葉を返す。俺は一人じゃない……ここに来て良かったと心の底から安堵する。


「それでクリス、どういう屁理屈で王子様を連れてきた訳?」

「いやぁ、アキトに服を選んでもらおうかなって」

「……正気?」


 ため息交じりの女主人が怪訝な顔で俺を見てくる。俺もですよね正気ではないですよね、と答えたい所だが、交換条件があるので仕方がない。


「ええ、本当です……彼女にはお世話になる予定ですから。友人として、ですけど」

「ほらね?」


 引きつった笑顔で友人という言葉を絞り出す俺と、得意げな顔で鼻を鳴らすクリス。


「……王子様も楽じゃないんだね」


 苦虫を噛み潰したような顔で頷く女主人。少なくとも俺達の間に何か事情があるのは伝わってくれたようだ。


「で、君は何を選んでくれるのかな?」

「何でもいいだろ」


 正直、クリスの服をまともに選ぶ気は毛頭ない。だからその辺に吊るしてあった服を一着、適当に掴んだのだが。


「アキト王子、それは……」

「なるほど、バニーガールがお好み、と」


 絶句する女主人に、ニヤニヤと笑うクリス。思わず手に取った服を見れば……もはや驚くしかなかった。


「な、何だよこれ!?」


 黒い、腹と上下の大事な所だけを隠したような肌着。それに細い糸で編み上げられたタイツと、真っ白な兎の耳と尻尾の飾り物。服か、衣服なのかこれは。これを着て街歩いたら捕まってもおかしくないだろ。


「バニーガールだよ、このお店の売れ筋」

「鼻息の荒い金持ちが言い値で買っていく不思議な服ってところですかね……」


 女主人が悲しい目をして答える。察するに扇情的なこの服は夜の営みに使われるらしいのだが……売れているのか、売れて良いのかこんな服が。


「なら……これは?」


 恐る恐る別の衣服に手を伸ばす。白い普通の半袖の服……いや、普通ではないな。肌に密着するぐらい細く、着れば体のラインを強調する事間違いなしだ。極めつけはスカートの丈が短いという言葉では足りないぐらいに短い。クリスのスカートの半分ぐらいしかない。


「ナース服だよ。看護師さんが着るやつ」

「看護師って、患者を安静にさせる気がないだろ……」


 こんな服で看護師が病院が徘徊した日には、治るものも治らないとは思うのだが。


「それが何故か売れるのよね……」


 また諦めたように天を見上げる女主人。やはり医療目的ではなく夜の営みに使うようだが……大丈夫なんだろうか、この店は。


「まぁ安心してよ、ちゃんと普通の服も置いてあるから」


 もはや安心できる要素が見当たらなかったが、俺は黙って頷いた。


「といっても自分で着たい服は一通り作って貰ってるからなぁ……あ、これとかどう? 新商品の折り畳み傘。作ってもらったはいいんだけど、高すぎてまだ買えてないんだ」


 彼女が手渡してきたのは、短い円筒状の物だった。水を弾きそうな布で覆われ、木の柄がついているものの金属同士が擦れる音が聞こえてきた、そんな不思議な何か。


「傘、これが?」


 半信半疑で眺めていれば、クリスは手際よく見知った傘の形に変えた。


「これは」


 クリスは驚く俺を見ると、満足そうに二度頷く。それから見知った形の傘をその名の通り『畳んで』円筒状の形へ戻す。


「……便利そうだな」


 こんな小さな物が傘になるのかと素直に感心する。


「でしょ? 近々使うことになると思うし」

「それを買ってくれると嬉しいですねぇ、中々売れる気配がありませんので」


 訳の分からない事を言うクリスに、売れ残っているのか低い声を漏らす女主人。まぁ夜の営みに使う物を探しに来た相手が欲しがる物でもないだろう。


「あ、じゃあ色違いで二つ買おうよ。お揃いお揃い」


 クリスは赤と青の傘を二つ手渡し、俺に笑顔を向けてきた。まぁこれぐらいならいいか……なんて言いかけてしまったあたり、俺はもう彼女の術中に嵌められているのだろう。


「ちなみに値段は?」


 聞き忘れていた肝心な事を尋ねれば、相変わらず笑顔のクリスが耳打ちで教えてくれた。


「たっ……!」


 高すぎる。


 これ一つでうちの国の文官の月給ぐらいの値段、つまり一家族が一月暮らせるぐらいの額だ。貴族相手の服やドレスなら珍しい額でもないが、この値段の傘は大陸中探してもこれだけだろう。


「まぁ複雑な機構のせいで手間がかかってますからねぇ、そいつは。申し訳ないけれどその値段が仕入れ値みたいなモノですよ」


 改めて折り畳み傘を眺めれば、随分と精度の高い加工技術が施されている事がわかる。わかるのだが、この値段はやはり二の足を踏んでしまう。


「うーん、やっぱりバニーガールの方が」

「これ二つ、会計!」


 いやこれだ、これがいいこれにしよう。値段が何だ、実用品なだけ最高だろうが。少なくとも一国の王子が婚約者を差し置いて女性に扇情的な服を送ったという醜聞と比べれば、こんなに安い買い物は存在しない。


「毎度あり」


 商売人の笑みを浮かべて、女主人がニヤリと笑う。軽い詐欺にあったような気分だったが……仕方ない、これも俺の名誉のためなのだから。

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