SAVE.302:クリス①
無事に『聖女ミリアの認定式』の再現も終え、数日経ったある日の放課後。中庭にある四阿にて、俺は一国の王子様らしく妹と婚約者に囲まれて優雅な茶会に興じていた。
いや、嘘だ。本当は針の筵に座らせている気分だった。
「本当にあなたという人は」
「兄さんって……そういう事だったんですね」
呆れ混じりのため息を漏らすシャロン、どこか悲しそうに俯くミリア。
「えーっと、その、何の事でしょうか」
何を呆れているのか、何が悲しいのか俺にはわからない。だが、これだけはわかっている――今俺は、二人に責められているのだと。
「とぼけないで」
「ください!」
机を叩き、身を乗り出してくる二人。思わず後ろに引いてしまうが、豪華な椅子の背もたれが『お前に逃げ場はない』と教えてくれていた。
「学園の噂になっているのよ。あなたが」
「男子生徒の尻を追いかけていたって!」
顔をしかめ、最高級の茶葉で淹れられた紅茶を啜る。味どころかその温度さえわからなかったが、ようやく事態を理解した。ああ、この間の事はそういう話になっていたのかと。
「婚約者という立場から言わせてもらうけれど、あなたが将来側室を娶る事に反対はしないわ。けれど順序というものがあるでしょう? その、いきなり同姓というのは……」
「はぁ、まさか兄さんの趣味を把握できていないなんて……これでは妹失格です」
勝手な事を言い始める婚約者と妹の二人。いや確かに、男子の制服は着てたけどさ。
「いや、そういうわけじゃなくて、立入禁止なのに生徒が入ってきたっていうか」
俺達が神託の再現をしている、というのは一般の生徒には極秘事項である。そもそも聖女が未来を見れる、というのが秘密なのだから当然の事だ。それを見られたのだから、追いかけて当然だと思うのだが。
「なんであなたが追いかけるのよ」
「そうですよ、ダンテ君にでも行ってもらえば良かったんだから」
それはそれでダンテが可愛そうじゃないかな、ミリア。
「俺が責任者なんだから追いかけたっておかしくないだろ? それに……あれは女子生徒だよ。何故か男子の制服着ていたけどさ」
そう、俺は悪くない。悪くないし男の尻を追いかけていたというのは誤解なのだが、今度は『女子生徒』という言葉が二人の気に障ったらしい。しまった失言だったなこれは。
「……女子?」
「何でその女について何で詳しいんですか?」
さらに追求してくる二人。
「いや、えーと」
言葉に詰まる。何故か俺が、彼女を男子の制服を着ていた女子生徒だと知っていたかなんて答えられる筈もない。当然知り合いではないし、そんな生徒がいるだなんて噂も聞いた事もない。
だから答えたくても答えられない。どうしようもなくなった俺は縮こまって紅茶を啜っていたのだが、いつの間にか二人が睨み合っていた。
「ねぇシャロン、兄さんとすっごく大事な話をしてるんですから口を挟まないでもらえませんか?」
「あなたこそ、私達は国の将来について話しているの……大人しくケーキでも食べていたらどうかしら?」
敵意むき出しのミリアに、遠慮のない言葉を返すシャロン。二人の戦いの火蓋が今、切って落とされようとしたので。
「ちょっと、どういう意味なのよ」
「言葉の意味通りですけど?」
音を立てず椅子ごと後ろに下がり、静かに静かに立ち上がる。
――逃げよう、今すぐ。
そう決心した瞬間、俺は全速力で駆け出していた。後の事については、何も考えないようにしながら。
◆
逃亡先に選んだのは生徒会室だった。一般生徒が出入りするような場所でもないから、おいそれと見つかる事もないだろう。それに俺がこの部屋に入ったのを見られていたとしても、不思議に思う生徒もいない。何せ俺はこの生徒会の副会長なのだから。
「副会長、か」
思えばこの部屋で多くの時間を過ごしてきた。先に入学していたシャロンに半ば強制的に参加させられてからずっとだ。立場としても実績としても、アキト=E=ヴァーミリオンはその椅子に座るのに相応しい筈なのに。
「笑っちまうよな」
違和感があった。自分の居場所はここではない、だなんて青臭い言葉がつい頭を過ってしまう。
「……少し寝るか」
来客用の三人掛けのソファーを見下ろせば、自然とそんな言葉が漏れた。沈むクッションに身を預け、ゆっくりと瞼を閉じる。こんな風に昼寝をするのが、自分らしいような気がしながら。
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