SAVE.301:婚約破棄③


 今から数年前の話だ。ミリアが突然俺の寝室にやって来て、こんな事を言いだしたのだ。


 ――おかしな夢を見たから眠れない、と。


 その夢が『聖女の神託』であるというのは、以前から予想していた事だった。聖女の存在とその力については教えられていたし、母方の家系は聖女を多く輩出している血筋だ。だから彼女が聖女としての兆候を見せたところで、驚きよりも『いよいよ来たか』という感想が浮かんでくるぐらいだった。


 だが肝心の神託はどんな内容なのかと妹に聞けば、もはや驚きしか無かった。


 まず学園に入学してきたミリアが、シャロンから苛められる。それを耳にしたルーク殿下がシャロンとの婚約を破棄する。後日その義弟である俺が謝罪に来たと思えば、ミリアは誘拐されてダンテに助けられる。


 おかしな所しかなかった。まずルーク殿下だが、幼い頃に王位継承権を放棄している。ミリアにいたってはなぜか平民の娘になっており、エルディニア国の名はどこにも出てこない。そして俺は婚約者であるシャロンの義弟。もはや意味が分からない。


 変な夢だと笑い飛ばせたら良かったのだが、王族という立場ではそんな事など許されない。予知した神託を叶える事こそが聖女の使命なのだから。


 というわけで大問題の発生だ。

 

 神託をの内容を叶えるためだけに、俺が王子の身分を捨ててシャロンの弟になるわけにもいかない、ミリアの身分を剥奪して平民にさせるわけにもいかない。アズールライト家も娘をエルディニア国の次期王妃の座から下ろさなければならないし、お隣アスフェリアも目下勃発中の後継者問題に火に油を注ぐような事もしたくない。


 現実は変えられない、だが神託は守らねばならない。


 そんな二つの問題を解決するため、俺が導き出した答えというのが――。







「神託の再現……か。なぁアキト、演劇みたいなものって考えればいいのか?」


 ダンテはシナモンの効いたフィナンシェを齧ると、用意しておいた台本をめくりながらそんな事を言い出した。台本については俺がミリアとシャロンから神託を聞き取り、整理して書き下ろした物である。


 生徒会室に集まったのは俺を入れて五人。俺、ミリア、シャロン、ルーク殿下とダンテだ。早い話が両国の王家の関係者であり、神託の登場人物達でもある。


「あぁ、その認識で間違いないかな……神託は未来の事かもしれないけどさ、別に現実がその通りじゃなくても良いだろ?」


 聖女が夢に見た場面を、俺達が演じて『神託を守った』事にする。それが俺の考えた対応策だった。


 神託は変えられない、現実も合わせられない。となれば嘘で誤魔化すしかない。それが詭弁だと重々周知しているが、これが『神託通りの出来事は現実に存在した』と言い張る事の出来る唯一の策だった。


「まぁ前代未聞な事には間違いないわね」


 半ば諦めたような口調でため息を漏らすシャロン。聖女の一人である彼女は、このやり方について完全に納得してくれていた訳では無かった。


「何だよ、じゃあ俺がシャロンの義弟になれば良いのか?」

「今も似たような物でしょ」

「それは、まぁ……」


 否定できない自分がいる。彼女は婚約者である事に間違いないが、気持ちとしては姉のような存在だ。だってほら、小うるさいから。


「僕は良い案だと思うよ。神託を無視すれば教会が黙っていないし、神託の通りにすれば今度は王侯貴族が黙っていない。『神託の通りにした』という実績も得られるし、良い事づくめさ」

「お言葉痛み入ります、ルーク殿下」


 このためにわざわざ生徒会室へと足を運んでくれたルーク殿下に深々と頭を下げる。本来なら彼こそが生徒会長になるべき存在なのだが、本人がそれを断ったため今は生徒会と無関係の人物だ。もっともその頭脳と思慮深さを他が放っておく筈もなく、今は学園の図書関係の代表者になっているが。才気溢れる人というのは、いつだって引く手数多なのだから。


「僕は身軽だから好き勝手言えるのさ……一番大変なのは主演のミリア君だと思うよ」

「私ですか? 私は別に兄さんと一緒にいられるなら何でも良いですけど。おかげでここに留学出来ましたし」


 あっけらかんとした口調で、クリームパイを片手にミリアが答える。


「なぁミリア、オレの事は……」

「登場人物の一人って感じですね」


 すかさずダンテが自分の存在をアピールするが、ばっさりと切り捨てられる。項垂れるダンテの肩を、隣に座るルーク殿下が優しく叩いた。


「まあとにかく、三人とも来週までに台詞を覚えておいてくれると助かるよ……終わったら景気よくミリアの歓迎会でもしようぜ。学園にようこそってさ」


 その言葉に各々が声を上げてくれれば、ほんの少しだけ心が軽くなる。大丈夫、これでいい。心の中で俺は呟く。


 ――押し殺した不安と焦りから、目を背けるかのように。

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