SAVE.000C:終わりの場所

 始まりはいつもこの場所だ。城の庭園で、泣きじゃくる幼い私を彼が見つけてくれる――そんな遠い日の記憶。


 全てがここから始まった。だって彼に恋をしたのは、この場所この瞬間なのだから。 




 名前しか知らないだけの、親が決めた婚約者に会うのが怖かった。滅多に王宮から出れないから、知らない場所が怖かった。


 だから私は子供らしく、顔合わせ前に逃げ出して。




 彼と出会った。




 泣きじゃくる私をあやしてくれた。震える私の小さな指に、ささやかな花の指輪をくれた。それから私の手を引いて、皆の前へと連れ出してくれた。

 




 ――本当に些細な出来事。けれど右も左も知らないお飾りのお姫様が恋というものを知るには、十分すぎた出来事だ。


 彼の足音が聞こえる。いつも私はうずくまって、デイジーの指輪をくれるのを待っていた。そんなお決まりのやり取りを、私は何度目だって繰り返した。大切な、本当に大切な絵本のページをゆっくりと懐かしむように。


 けれどそれでは、結末は変わらない。変えられないんだ。


 原因はわかっている――聖女の盟約の力だ。


 神託でも、世界を繰り返す力でもない……それらは全て、副産物のような物だ。本当はもっと悪辣で、強引で、人の事情などお構いなしの、まさしく恋する乙女のためのルール。




 想い人と結ばれるまで、世界を書き換え、繰り返す。


 いつの間にか私の頭に入り込んでいた知識が、『そういうもの』だと教えてくれた。




 セーブして、ロードして、エンディングまで辿り着く。


 ――乙女ゲームとは、そういうものだと。




 そして主人公であるミリアは、恋をしてはいけない相手に恋をした。それは世間の娘が将来は父親と結婚する、なんて言い出すような些細でありふれた恋心だったのかもしれない。


 けれど、この世界はそれを冗談だとは思わなかった。双子の兄と結ばれたいなんて世迷い言を叶えるため、新しい筋書きを用意した。


 一番の邪魔者は婚約者の私だったのだろう。だから世界は、私にクリス=オブライエンという身分を用意した。そして肝心の彼にはアズールライト家の養子というありもしない配役を宛てがった。まるでミリアとは無関係で、赤の他人とでも言うかのように。


 エルディニアの王子と王女という立場も邪魔だった。だから一つの国が消え去って、アスフェリア王直轄の領地へと姿を変えた。


 だがその結末は……最悪だった。そんな舞台を用意したところで、ミリアが彼と結ばれる事はなかった。当然だ、私が彼を――殺してしまったのだから。


 それがあの乙女ゲーム、『プリンスオブエデン』の真相であり、隠された物語の結末だ。


 



 けれどもし――もしも私が、彼と出会わなかったら?


 邪魔者の私が消えれば、ミリアは彼への思いを遠慮なく募らせるだろう。けれど時間が経つにつれて、その思いが単なる家族の親愛の情でしかないと気づいてくれるかもしれない。そうすれば彼は相応しい立場のまま、その人生を――。


 本当は、どうすればいいかなんてわかっていたんだ。私がどれだけ繰り返しても、世界がやり直されるのは、全部私が悪いからだ。


 彼の幸せを守る? 馬鹿馬鹿しい。


 私の思い描いた幸福の形を彼に押し付けているだけだ。


 私が歩いて欲しい未来へ、丁寧に誘導していただけだ。


 何回、何十回、何百回も繰り返した。そしてその度、見えないフリをし続けていた。




 本当に悪いのは、彼の幸せを奪っているのは。


 他でもない、クリスティア=フォン=ハウンゼンだという真実から。




 初めから、最初からわかっていた事じゃないか。


 彼をこの手で殺めた私に、彼の幸せに手を伸ばす資格がある筈もないんだ。赤く染まったこの手で触れれば、彼が血で汚れてしまう。


 だから私はこの場所から遠ざかる。


 出会ってなんか、いけなかったんだ。


 この幼い恋心こそが、彼を苦しませるのだから。


 私が、クリス=オブライエンが、クリスティア=フォン=ハウンゼンこそがこの世界を歪めているんだ。


 私ははじめから――。






 生きていては、いけなかったんだ。

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