SAVE.104C:君との出会いを、君との日々を⑤

 夜はまだ明けそうにもない。焚き火の前で私は一人、冷めてしまった紅茶を未練がましく啜っていた。




 ――何をしたんだ、私は。




 唇にはまだその感触が確かに残っている。ただそれが、嬉しかった。それだけが私の望みなのだから。


「ああ、そっか」


 溢れた言葉が、夜の闇に溶けていく。深く、深く、どこまでも黒く塗り潰された、かつて青空だった場所に。


「……浮かれていたんだ、私は」


 始まりはいつだったろうか。彼と同じテントで枕を並べられた時だろうか。それとも兄の計らいで、彼との時間を過ごした時か。それとも着飾った私の姿を見て、顔を赤くしてくれた時だろうか。


 覚えている。彼と過ごした時間を、かげがえのない日々を。

 

 だから、わかるんだ。




 ――その全てが、私には過ぎた物だと。




 忘れない。自分の罪を、償えない過去の日々を。




 悪いのは、全部私だ。


 私は彼から全てを奪った。地位を、記憶を、あまつさえその生命を。





 そんな私が、彼に触れて良い筈はない。許される筈もない。




 だから。




「……はい」

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