SAVE.103:彼女達のダンス&デート④

 テイラーエドワルズの前で俺は頭を抱えていた。クリスが女装、どういう事だ? いや言葉の意味がわからない訳じゃない。ただちょっと女性という性別を隠して男装して学園に通っているクリスが女装するというだけの話だ。


「つまり……どういう事だ?」


 自分が混乱しているのがわかる。いや落ち着け、本来の性別に合った服装をするだけの話だ。


 だがどう対応すれば良いんだよ俺は、女装したクリスにどんな言葉をかければ正解なんだよ。似合ってるよ、気にすんなよ、それとも何も言わずにさぁ行こうか? 


 いや、冷静になれ俺。そうだ思い出せ、アキト=アズールライトはクリス=オブライエンの親友じゃないか。考えすぎなくたって良い、親友がちょっと女装しただけの話だろう。いつもの調子で茶化してやればそれで十分じゃないか。


 あいつの親友を演じれば良い――ただそれだけの話だろう?

 

 ようやく覚悟が決まった瞬間、カウベルが鳴り響く。


「ああ、その……待たせてすまない」


 ――用意した筋書き全てが吹き飛ぶ。思わず息を呑むような、とんでもない美人がそこにいた。


 袖のないシンプルな赤のパーティドレスに、ストールのような黒い上着を羽織っていた。素足に黒いハイヒールを履き、手元には小さな白いハンドバッグを持っている。首元には彼女の瞳の色と同じ、エメラルドが誂えられたチョーカーをはめている。


 だが何よりも目を奪われるのが――どんな魔法か知らないが――腰まで伸びた長い髪だろう。鬘の類なのだろうが、彼女の髪の色との違和感は全く無かった。


「こ、これが一番早く着替えられたんだ!」


 顔を真赤にして詰め寄るクリスが精一杯の抗議をしてきた。俺に出来る事と言えば、最早恥ずかしさから目を背ける事ぐらいだ。


「へ、変じゃないよね……周りからも視線を感じるんだけど」

「それは」


 誰がどう考えたって、彼女が美人だからだろう。だがそんな歯の浮くような台詞を淀みなく言える俺ではない。所詮俺は面と向かって恥ずかしい事を言えるルーク殿下のような王子様ではないのだから。相だから変わらず顔を背けたまま、口元を手で隠しながら何とか言葉を絞り出す。


「き、綺麗だからだろ……クリスが」


 しどろもどろに発した台詞が、今の俺の精一杯だった。そして言い終えた後になって、彼女は怒るだろうかと思ってしまう。どんな理由があるのかは知らないが、クリスはわざわざ男のふりをして学園に通っているのだ、綺麗だという言葉は男装して日々を過ごす彼女の矜持を踏みにじるんじゃないだろうか、と。


「そ、そうか……変じゃないなら、それでいいんだ」


 だが彼女はしおらしく、そして確かめるように小さく頷くだけだった。その反応がまた俺の心を揺さぶるのだから、余計に言葉が詰まってしまう。


「だから、その、なんだ……行こうかクリス」

「ああ、そうだね……」


 そのまま一歩踏み出せば、その後を彼女がついてくる。通行人の視線を感じながらも、俺は何とか目的の店へと歩き出した。








 目的の店である洋菓子アバンチュールの前には噂通りの行列が出来ていた。並んでいるのはエルザさんの言う通り若い女性か男連ればかりで、男二人で入れる勇気があるなら、という言葉の意味が実感できる。店内から漂ってくる砂糖の匂いも相まって、屋外だというのに甘い空間が出来上がっていた。


 意外と客の回転が早かったおかげか、店内にはすんなり入る事ができた。楽しそうにメニューを見比べるダンテとどこか心がここになさそうなミリアを尻目に、窓際の席に案内される俺達。正面に座る彼女は自分の格好に慣れて来たのか、水を持ってきた店員に淀みなく季節のフルーツタルトと紅茶を注文していた。


「そっちは何にする?」

「え? ああ、その、なんだ……同じ物を」


 クリスの言葉に促され注文を伝えれば、店員は一礼をしてその場を後にする。ふと周りを見回せば相変わらずクリスに視線が集まっている事に気付いた。すんなり店に入れたという意味では正解かもしれないが、ここまで注目されるという意味では一周回って不正解だったろう。


「それにしてもあの二人、遠目でも目立つね」

「……そうだな」


 ダンテとミリアを何度か伺いながら、店内で二番目に視線を集めているクリスがそんな事を言い出す。クリスのほうが、なんて台詞が喉から出かけるが、気取った台詞になりそうだったので俺は黙って頷く事しかできなかった。


「しかし邪魔をすると言われても、ここからじゃどうしようもないね」

「確かに。石を投げる訳にもいかないしな」

「君はそんな直接的な事を考えていたのかい?」


 ようやく叩けた軽口に、クリスが小さく笑ってくれた。おかげで緊張が解れたのか、思った以上に口が動く。


「ある筋から全力で邪魔をしろって言われてたからな」

「考えている事はわからなくもないが……いやもしかして」

「どうした?」


 何かに気付いたのか、クリスが黙って考え込む。顎に手を当て暫く頭を捻った後に、納得と諦めが混じったため息を一つ漏らした。


「そのある筋って、他に何か言ってなかったかい?」


 クリスからの質問に記憶を少しだけ辿る。何かと言われて思い当たる節は二つある。一つは先日の事件について、もう一つは聖女の力についてだ。だがどちらも気軽に口外して良いものでもないし、何よりクリスの態度とは似つかわしくないような気がした。


 例えばもっと、聞いてるこっちが呆れるような。


「あー……僕の義弟になってもらうとは言ってたな」

「なるほどね、そういう魂胆か」

「そういうって? 姉貴との仲を協力しろって意味じゃないのか?」


 一人納得したクリスに今度は俺が質問する番だった。言われてみると、確かに殿下のこの言葉は少しおかしい。義弟に『なってもらう』……だが俺は放っておいても姉貴のオマケとして殿下の義弟になるじゃないか。今の殿下と姉貴の関係を見て、結ばれるのは時間の問題だというのに。


「他にもあの人の義弟になる方法はあるよ」

「……養子?」

「それはない」


 それはそうだ、俺がアスフェリア王の養子になる事はあり得ないだろう。あとは残された方法となると。


「妹と結婚」


 義兄弟。その方法は至極単純、自分の弟や妹と結婚させればいいだけだ。だがこれは、養子以上にありえない。


「いや、あの人にいないよな妹」


 これから先まではわからないが、現時点でいないのだから。


「いたよ……昔ね。小さい頃に亡くなったけれど」


 窓の外を向きながら、クリスがそんな情報を教えてくれた。俺の記憶にないとなれば、大方アズールライト家に拾われる前に亡くなったのだろう。


「何だよ、墓でも掘り起こすってのか?」

「……そうさせたいのかもね」


 おどけてそう尋ねれば、ため息混じりの言葉が聞こえる。


 そこで湧いた一つの疑問。あえてある筋という隠語で語られるルーク殿下に纏わるものだった。


「そう言えばクリスは……ある筋とどんな関係なんだ?」

「え?」


 きょとんとした顔で、クリスが聞き返してきた。素直に驚く彼女の反応は随分と久々に見たような気がしないでもない。


「いやほら、あの時連れてきたりとか、伝令役にさせられたり……今だって結構詳しいよな。学年も違うし接点もないだろ」

「あーそれはだね……」


 目線を逸しながら、クリスが小声で言葉を続ける。


「うちは男爵家とはいえ王妃陛下の親戚筋でね。昔から面識があるのさ」

「へぇ、そうだったんだ」

「相変わらず君はそういうのに疎いね……いや鈍いと言ったほうが良いかな」


 今日も今日とてクリスに呆れられた所で、店員が注文の品を届けてくれた。


「お待たせしました、紅茶と季節のフルーツタルトでございます」


 机上に置かれた一切れのフルーツタルトは、なるほど並ぶ価値があるだけの物に思えた。


「これはまた……人気の理由がよくわかるね。食べるのが勿体ないぐらいだ」

「だな」


 タルトの上には色とりどりの果物の砂糖漬けが宝石のように散りばめられている。メロンにオレンジ、それからいくつかのベリー類が真っ白なクリームの塗られたタルトの上に綺麗に並べられていた。


「反応薄いなぁ、そんな態度だと女性に嫌われるよ?」


 自分としては驚いている方だったが、どうやらクリスの感動とは温度差があったらしい。


「蒼の聖女様に嫌われてるんだ、今更気にはしないさ」

「またそんな冗談を」


 苦笑いを浮かべるクリスが、フォークで先端を切り取ると、そのまま指して口に運んだ。幸せそうに無言で唸った後に、冷静を装って感想を漏らす。


「勿体ないだなんて言ったけれどさ、こんな美味しいものを食べないのはもっと勿体ないね」


 自分も同じように口に運べば、なるほど王族ですらこれを口に運ぶ機会は滅多に無いだろうと思える逸品だった。


「ああ、確かに凄い美味い」


 もっとも俺の口からでた感想は平凡過ぎるものでしかなかったのだが。


「お義姉さんにお土産で渡したら喜ぶんじゃないかい?」

「どうだろうな、あれで食事には気を使っているから……こんな美味しいもの買ってくるなんて太ったらどうするのよ! って怒られるかもな」

「なら二人だけの秘密にしておこうか」


 クリスは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、人差し指を伸ばして唇の前へと持ってきた。その仕草がまた心臓に悪い物だから、俺はつい目を逸してしまう。すると先に入店していたダンテとミリアが会計を済ませる姿が目に入った。


「あ、二人が」

「急がなくていいさ、行き先は知っているんだろう?」


 紅茶の香りを楽しみながら、クリスが呑気な事を言い出す。


「行き先はわかってるけど……」

「ある筋も本気で二人の邪魔をさせたかった訳じゃないだろうから」

「そうなのか?」


 明かされた意外な真実に思わず質問を返してしまう。クリスは上品に紅茶を飲むと、少し複雑そうな笑顔を浮かべる。


「当然さ。結局あの人の目的は」

「目的は?」

「……僕達がこうやって食事を楽しむ事だからね」


 そんな言葉を言い終えた彼女は、またタルトを一口運び幸せそうに悶絶した。その答えにいまいち納得できないものの、彼女の表情を見ていると些細な事に思えてしまった。


 俺も真似して一口タルトを口に運ぶが、心臓の鼓動がうるさいせいか味はもうわからなかった。







 洋菓子屋の後に二人が向かったのは、近場にある露店街だった。貴族御用達の格式張った店とは違う、活気に溢れる自由市だ。布やアクセサリーに木彫りの人形、喫煙用のパイプ等など見ているだけで日が暮れそうな、雑多な商品を様々な人々が売り買いしている。


「なぁミリア、何か欲しい物はあるか?」

「えっと、その……」


 まばらな人並みの中をダンテがミリアをエスコートしながら進んでいく。進んでいくのだが……。


「見事に空回っているね」

「だな」


 クリスの言葉に思わず同意する。とにかく気を引きたいダンテと興味の無さを必死に取り繕っているミリア。脈なしという言葉がここまで似合う光景も珍しいだろう。


「お客さん、うちの店は目隠しじゃないんですけど」


 と、ここで俺とクリスが身を隠していた屋台――手作りの銀のアクセサリーを売る若い女の店主に怒られてしまった。茶髪の癖っ毛でどこか猫を思わせる女性で、年は俺達と同じか少し上か。


「ああ、わるか」


 謝罪を言い切る前に、彼女は笑顔で商品台を指で二度叩く。何か替えと言われているぐらいすぐにわかった。横目で値段を盗み見れば、手持ちで買えない額ではない。


「男物はなさそうだな」


 いっぱしの商人らしい図太さを持った女店主の性格とは違い、並んでいる商品は年頃の女性が好みそうな、花や鳥がモチーフの繊細な銀細工が多かった。適当に安いのを買って逃れるという作戦はどうやら使えないらしい。


「まさか自分のを買うつもりだったんですか? そんな別嬪さん連れてるのに?」

「え?」


 店主が横目でクリスを見て、その言葉の意図に気づく。いやそうだよな、普通はこういうのは横にいる女性に買うよな。


「お姉さん、こういう鈍い男は将来苦労しますよ?」

「ありがとう店主、だけどもう遅いかな」


 肩を竦めてクリスが返せば、店主が嬉しそうに笑った。はいはいこういう所は鈍いですよ俺は、とか余計な事はもちろん言わない。


「じゃあクリス、好きなのを選んでくれ」

「お客さん?」


 また何か間違えたのか、冷たい目線を女店主に浴びせられる。それから手招きをされたので耳を貸せば、小声で釘を刺されてしまった。


「あのですねぇ、こういう時は男が選んであげるんですよ男が。相手の女性を想って選んであげるのが大事なんです」

「そ、そうか……」


 知らなかった、そういう物なのか。


「最悪気に入らないものなら後で交換してあげますから、ここはどどーんと男らしく! ね、百個ぐらい!」


 百個もいらないが、後で交換出来るというのはありがたい。改めて商品と向き合うが……まずい、違いがわからない。いや、ネックレスとかイヤリングだとか指輪だとか、そういう常識的な範囲での分類は出来る。ただ右と左の商品の違いがよくわからないのだ。


「えーっと……」


 思わずクリスの顔を見れば、満足そうに笑っていた。どうやら俺が必死になってアクセサリーを選んでいる様子が面白くて仕方ないらしい。


 しかし何が違うんだ、こういうモチーフにされている花の名前なんて知らない――。


「おっ」


 丁寧な花の細工が施された一つの指輪に目が留まる。良かった、この花の名前は知っている。真ん中が黄色で花びらが白。野に咲く花で、花占いに使うような……その、あれだ。


「お客さんお目が高いですね、それは自信作ですよ?」


 どうせ何選んでも自信作なんだろう、とは言わない。代わりに頭を悩ませるのは、この花の名前がなんだったかという事だ。


 誰かにそれを教えてもらったような気がする。わからない、わからないけどそれは……随分と遠い日の事で。


 確か、名前は。


「ヒナギク」

「デイジー」


 俺とクリスの言葉が被る。二人で顔を見合わせても、互いに首を傾げるだけだった。


「ヒナギクじゃなかったのか?」

「え? デイジーだよこれは」

「お客さん、もしかして……」


 店主の目がキラリと光る。今度は何だ、また俺は間違えたのか。


「エルディニアの出身ですね?」


 いや、知らないんだがそんな話。


「もともとはアスフェリアの花だったんですがね、エルディニア地方に渡った時に向こうの花の名前と合わさってヒナギクって呼ばれるようになったんですよ。確かに黒髪ですし、なるほどそういう事でしたか」


 腕を組み一人納得する店主。草花をモチーフに選んでいるだけあって、知識もしっかりとあるらしい。蘊蓄に思わず呆けていたが、それを聞きに来た訳でもなく。


「クリス、これでいいか?」

「えっ?」


 あっけに取られた様子のクリスだったが、嫌がってる様子はない。ポケットから財布を取り出し、店主に代金を支払う。


「気に入らなかったら後で交換してくれるってさ」


 そう言ってクリスに指輪を手渡す。彼女はそれを静かに受け取ると、強く強く握りしめた。


「お客さん、それ今言います? それも指輪を手渡しって、ほんと……」


 呆れた顔の店主だったが、流石に慣れてきた俺にも彼女が言いたいことぐらいはわかる。だがクリスの指に嵌めてあげる程の甲斐性は……残念ながら俺には無いのだ。


「それに、交換が必要だと思います?」


 クリスは受け取った指輪を胸の前で両手で強く握りしめていた。顔を見れば喜んでるかどうかなんて考えるまでもない。までもないのだが、その仕草があまりに胸を締め付けるからすぐに直視できなくなって。


「その、なんだ、気に入ってくれたならいいんだ」


 相変わらず気の利かない台詞を吐く俺に、黙って小さく頷くクリス。会話が続かないのがどこか気まずくて、焦って次の言葉を探す。


「よ、よく知ってたなその花の名前」

「それぐらい子供でも知っているよ?」


 落ち着きを取り戻したクリスが小さく笑う。その子供でも知っている事を知らなかったんだけどな俺は。


「それに、この花は……」


 微笑みながらクリスはもう一度指輪を握りしめる。そのまま抱えていたハンドバッグの中にしまうと、そのまま俺の手を引いて。


「行こうアキト、あの二人を見失うよ?」


 ようやく思い出した本来の目的に向かって、ゆっくりと歩き出した。


「それから」

「まだ何かあるのかよ」


 またダメ出しされるのかと身構えたものの、振り返った彼女は笑っていて。


「ありがとう、アキト……大切にするね」


 青空の下、無邪気なクリスの笑顔がある。


 きっとそれが、それだけが――アキト=アズールライトの嘘偽りのない望みなのだろう。







「結局後ろをついていくだけだったな……」


 待ち合わせ場所と同じ噴水の前で、自然と今日の感想が漏れる。


 露店街での買い物を終えた後も、俺達はダンテとミリアの後をついていった。宝飾店、服屋、雑貨屋、また雑貨屋、また服屋。今度は貴族御用達の店が中心だったが、特にミリアのお気に召したものはなかったらしい。


「仕方がないさ。割って入るのなんて初めから無理な話だったんだから」


 わざとらしく両手を広げながら、クリスがそんな事を言い出す。


「それもそうだな、それに邪魔をしなくても」


 ちなみに後ろから見ていて今日の二人のお出かけの総評だが――微妙の二文字に尽きる。


「嫌いにはならないだろうが、面倒だなとは思っていただろうね」


 あの手この手で気を引こうとするダンテと、それに対して苦笑いを浮かべるだけのミリア。時間が立つほどにダンテは焦りを顕にし、ミリアは苦笑いを通り越して疲労の色を隠し切れなかった。


「ダンテは女受け良さそうだと思ったけど違ったのか」

「顔はいいのは確かだけど、ああいう軽薄なタイプは嫌かな。後自分で頭が良いと思い込んでいる所とか」


 随分辛辣な感想に、思わずクリスを凝視する。


「その……一般論として」


 クリスが肩を竦めておどけてみせた。まぁ、そういう事にしておこうか。


「ミリアの趣味じゃなかったんだろうね。ダンテが本気で迫ればミリアも立場上断る事は出来ないだろうけど……彼は振り向いてほしいのさ。結構本気で惚れたのかもね」

「そうなのか?」

「ああいう貴族にいない雰囲気の子に本気になるのもお約束さ」


 咳払いをして取り繕ってから、クリスが今日の総評をする。


「しかし当のミリアの趣味は……一体どんな相手だろうな」

「それは当然ルーク殿下さ。シャロン様に何かあれば殿下も靡いていたかもしれないけれど、時すでに遅しとはこの事だね。気付かなかったかい?」

「……気付かなかった」


 さらっと明かされる衝撃の真実に、思わず頭を抱えてしまう。つまりなんだ、ミリアはルーク殿下を狙っていたが当の本人は姉貴に夢中だという訳だ。もちろん原因を作ったのは俺だ。


「全く、君はもう少し女心を学んだほうが良いかもしれないね。あのアクセサリー屋で修行でもしたらどうだい?」


 向けられた言葉はどこか今日という一日の総評に思えてしまった。


「じゃあアキト、このふざけた格好ともお別れだ……また明日学園で」

「ああ、またな」


 スカートの裾をつまみながら、淑女のような挨拶をして立ち去るクリス。


「女心、か……」


 俺は頭を搔きながら、振り返らない彼女の姿を小さくなるまで眺めていた。クリスから出された今日の宿題を俺が終わらせる日は来るのだろうか、なんて柄にもない事を思いながら。

 

「帰るか」


 流石に今日は疲れたので、家路へと足を向けたその瞬間。


「よぉアキト……良い所にいるじゃないか」


 後ろから肩を掴まれた。だが指先に力はなく、声の主は憔悴しきっていた。


「……ダンテか、偶然だな」

「いや本当、お前がここにいて良かったよ……」


 試しにとぼけてみたものの、察するにダンテは俺達の尾行に気付いていなかったようだ。それはそれで注意力不足なんじゃないか、という本音はもちろん心の内に仕舞うが。


「まぁその、俺もう帰るんで……」

「駄目だ命令だ愚痴に付き合え」


 駄目かぁ、命令かぁ。


「いや本当、何が悪かったんだろうな……店の選定か、いや歩きすぎたか? それよりも立ち話じゃなんだな……おい、あそこの店に入って反省会だ」


 勝手に一人で反省会してくれ、なんて言える筈もない。結局俺は夜遅くまでダンテの愚痴に付き合わされる羽目になった――それで女心への理解が余計に遠のいた事については、言うまでもないだろう。

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