SAVE.103:彼女達のダンス&デート③

 ルーク殿下に頼み事をされてから、もう二日が経っていた。しかし邪魔をしろという曖昧な命令は未だに遂行出来ていなかったのが実情だ。トライアングルを鳴らすか考え事をするか、はたまたはトライアングルを鳴らしながら考え事をするか。それぐらいしか出来なかった。


 あの資材倉庫で起きた事件について考える。


 女生徒二人は姉にナイフを突きつけ、教会側の利益を説く――つまりルーク殿下との関係を解消し、修道院にでも入るよう説得する。


 対する姉貴は、国益を考え行動する――自分が修道院に入れば教会の権力が拡大するから、ナイフを奪って自分の喉に突き刺す。


「いや、おかしいだろ……」


 筋が通っているようで、その実滅茶苦茶な内容だ。その場しのぎで取り繕って、後から逃げ出せばいい。むしろナイフを奪えるというなら、そのまま相手を刺せばいい。なのに彼女は自殺という手段を取った。


 下世話な話だが、拐かしたのが男なら純潔を守るという意味も生まれてくるだろう。だが現実は女二人だ。


 そもそも姉貴は、自分が聖女であるという事を誇りに思っている。なら、いくらルーク殿下との事があるとはいえ教会をそこまで蔑ろにするだろうか? 蒼の聖女として長らく生きてきたのだ、義理だってあるはずだ。


 だから彼女が自殺したのは、もっと他の理由が――。


「何がおかしいんだい?」


 考え込んでいた俺の顔に、小さな影が一つ差した。見上げればそこには、予定通りクリスの姿があった。


「……クリスか」

「クリスか、じゃないよ全く。貴重な休日に人を呼び出しておいて、そんな台詞は普通出せないよ?」


 そう、彼女を呼び出したのは他でもない俺だ。休日の昼飯時前、街の中心街にある噴水が見えるベンチの前で、というのが待ち合わせの時間と場所だ。


 クリスは普段の制服とは違い、私服に身を包んでいる。上からブラウンの鹿撃ち帽に、白いブラウスにベージュ色のベスト。それからサスペンダー付きのブラウンの半ズボン……少年という言葉がよく似合う服装は、街によく溶け込んでいた。


「悪い悪い、考え事をしていてな。それで今日の予定なんだが」

「そういえば聞いてなかったね」


 俺は身を低くして、噴水前で腕組をする不審な男を指差した。


「あそこに自分は一般人に化けたと思い込んでいるダンテがいる」

「本当だ……完全に浮いているね」


 あまりの不自然さにクリスも思わず口にする。一応変装のつもりなのか伊達眼鏡をかけているが、髪型はいつもと同じ。服装に至っては派手な柄の半袖シャツ――前世の言葉を借りるなら、アロハシャツ――を直に着て、首からは金色のネックレスを下げている。真っ白い七分丈のスラックスに異国風のサンダルと来れば、パーフェクトチャラ王子様の完成である。


 もっともあんな奇抜な格好を王子様がしている訳はない、と思わせれば勝ちかも知れないが。


「ママー、あの派手な人なにー」

「ぼうや、見てはいけません」


 という具合に悪目立ちしている。いつだって王族の安全は市井の人々の善良さによって担保されている事を思えば感慨深いものがある。いやでも、あの服は流石に無いわ。 


「そしてある筋からの情報によると、今日はミリアとデートするらしい。今度のパーティ用のドレスをプレゼントするという名目で……店の名前は最近流行りのテイラーエドワルズだ」

「『ある筋』ねぇ……人様のデートの詳細を用意出来る筋とは縁を切ったほうがいいと思うけどな僕は」

「そうしたいのは山々だが、俺の命がかかっている」


 ある筋、というのは勿論ルーク殿下からだ。お忍びデートの内容が店まで筒抜けなのは悪い事なのか、それとも警備の人間……離れた所でダンテを見守っている護衛の方々にとってみれば、仕事がやりやすくて良い事なのか、俺にはわからない。


 わからないが、お仕事お疲れさまですという言葉だけは心の中で唱えておいた。


「難儀だね。それでどうするつもり?」

「ある筋からの依頼通り……二人のデートを」


 俺は盛大なため息をついた。どれくらい盛大かと言うと、ダンテに気づかれて全て御破算になってもいいやと思えるぐらいの大きさだ。だが彼は気づかないので、諦めてルーク殿下の指示に従う。


「全力で邪魔をする……!」

「僕、帰ってもいいかな?」


 許せクリス、俺だけじゃどうにもならないんだ。







 もしかするとミリアは本当に聖女なのかもしれない。


「あの子、凄いね」

「ああ、ミリアは凄いな……」


 そう思ったのは、ダンテの奇特な服装に文句を言わなかったからだ。普通はあるだろう、そんな派手なシャツどこで買ったとか、これ見よがしに金のネックレス下げるなんて強盗に襲われたいのかとか、眼鏡かけてるのにチャラくなるってどういう理屈なんだよとか。


 だが彼女はダンテのアロハを笑顔一つで済ませた……苦笑いだったけどさ。


「それにしても、二人共目立つね……」

「だよな」


 物陰に隠れながら、俺とクリスは素直な感想を漏らした。それもそのはず、ミリアの顔と名前と立場は知れ渡っているのだから。


 つまり客観的に考えれば、『聖女ミリアがやたらと目立つチャラい男と二人で街を歩いている』という状況だ。もっともそのチャラい男の正体に気づいているのはそれなりにいるのだろうが。


「アキト、そろそろ件の洋服屋に着くよ。ほらあの店」

「詳しいなクリス」

「実はあそこ、親戚の店でね……裏口から入れるよう頼んでみようか?」


 意外な繋がりに思わず驚くが、俺は首を縦に振った。頷いてくれたクリスはそのまま店の裏口に向かってくれた。しかし他人のデートの邪魔ってどうすればいいんだろうかと少し悩んでいた所で、話をつけたクリスが小さく手招きしてくれる。


「アキト、こっちこっち」


 俺もできるだけ姿勢を低くしながら、裏口から店の中へと入る。クリスと合流して従業員用の雑多な休憩所を通り過ぎれば、ダンテとミリアが金髪で背の高い、三十半ばぐらいの美人の女店主の説明を受けていた。


「ダンス用のドレスとなりますと……こちらのデザインが人気ですね。生地も少し軽めの方が躍動感が」


 カウンターの裏に隠れながら、改めて二人の様子を覗き見る。店主の説明をダンテは熱心に聞いていたが、ミリアはどこか遠慮がちな雰囲気を纏っていた。まぁ聖女が着ても許されるぐらい上等なドレスを扱えるような店だ、値段はかなりのものなのだろう。


「なるほどなるほど……それでミリアはどれが好みだい?」

「えっと……」


 いくつかの生地を並べられるも、ミリアは首を傾げて苦笑いを浮かべている。翠の聖女の名にあやかってか、提案されるドレスの色はどれも緑系統で統一されていた。


「じゃあ、これでお願いします……」


 ミリアが生地を選べば、店主は手際よく採寸をしながら様々な質問を投げかけてくる。丈は、飾りは、刺繍は。男の俺にはさっぱりな質問がようやく終わった所で、店主が満面の笑みで答える。


「では、受け渡しは来月になりますがよろしいですね?」

「えっ」


 思わずダンテが間抜けな声を漏らしたが、よくよく考えれば当然の答えであった。人一人の体型に合ったドレスが明後日のダンスパーティに間に合うなんて有り得ない事なのだから。


「えーっと、明後日とかには……」

「お客様、どなたかは存じませんがご冗談がお上手のようですね」


 笑顔で答える美人の店主だが、目は少しも笑っていない。思わずたじろぐダンテだったが、店主が助け舟を出してくれた。


「当店では既製品の取り扱いもございますので、よろしければそちらもご覧になりますか?」

「あ、ああ……見てみよう、かな」


 掛けなれていない眼鏡をぎこちなく直しながら、ダンテはそのまま吊るしのドレスを物色し始めた。対するミリアはと言えば、ケースに飾られた一着のドレスに目を奪われていた。


「綺麗……」


 彼女は思わずそんな言葉を漏らしていた。衣服の良し悪しはわからない俺でもわかる、そのドレスに美しいという言葉以外は不要だった。雪や月に例える事が陳腐にさえ思えてしまう、透き通るような白さに目を奪われない者はいないだろう。


 ただどこか見覚えがあるように思えるのは、前世でにあったウェディングドレスで似たようなものがあったせいだろうか。


「ありがとうございます。こちらはエルディニア地方特産の絹を用いた、当店の技術の粋を集めた一点物となっております」

「……お高そうですね」


 その言葉に、今日初めてミリアの感情が垣間見える。欲しいのだろう、そのドレスが。そしてダンテにはそれを買えるだけの財力がある。


「ミリア、こっちにも良いものが」


 軽い調子で戻ってきたダンテが、そのドレスに目を惹かれる。


「これは……凄いな」

「はいっ、とっても綺麗です!」


 思わず感嘆の声を上げるダンテに、素直な笑顔で答えるミリア。これで落ちない男はいないだろうな、と思ったがダンテは意外な反応を取った。


「でもミリア、これは今度のパーティには派手すぎるかな……」


 断った。明確に、そしてミリアの気分を害さないように。


「そ、そうですよね……そんな気がしていました」


 照れくさそうに、恥じるようにミリアが答える。それからダンテと二人で吊るしのドレスを選び始めるが、気に入った物が無かったのか二人は何も買わずに店を後にした。


「……ありがとうございました」


 美人の店主が頭を深々と下げれば、扉に誂えられていたカウベルの音が響いた。しばらく頭を下げ続

けた彼女だったが、戻した途端に舌打ちを一つした……舌打ち?


「ったく、王子様なら気前よく十着ぐらい買っていけっての」


 どうやら聞き間違えでは無かったらしい。お淑やかそうな美人の印象は消え去り、姉御肌という言葉が似合う女性の姿がそこにあった。


「ほらクリスも、そこのあんたも。面倒なのは帰ったから出てきていいよ」


 他に客もいないせいか、随分と砕けた口調になる店主。


「すまなかったねエルザ、無理を言って」

「いいっていいって……あんたも大変だね、聖女様のお守りだなんてさ」


 あまりの仲の良さに面を喰らう俺だったが、察した店主が率先して自己紹介をしてくれた。


「エルザ=オブライエンだ。テイラーエドワルズの女主人で、そこのクリスとは親戚って事になるのかな。この子の父親の従兄弟の妻でね……まぁ年の離れた姉みたいなものさ」


 その一言で合点が行く。確かにクリスの事情を鑑みれば、服を作るのは信頼できる相手が必要なのだろう。


「アキト=アズールライトです。クリスの友人の」

「へぇ……あんたが、あの」


 どの? とは敢えて聞かなかったが、店主改めエルザさんはすぐに答えを教えてくれた。


「蒼の聖女様はうちのお得意様だからね。来週のパーティのドレスもうちで任されてんのよ?」

「なるほど、ああいうのも姉貴は好きそうですからね」


 件のドレスを見上げながら素直な感想を漏らす。服の良し悪しなんてわからない俺だが、姉貴の服選びに付き合わされて来たおかげで彼女の服の好みぐらいは骨身に染みている。


「あれかい? 最高級品のエルディニア産の絹を使って、私が持てる技術を全て注ぎ込んだ一品だからね。例え蒼の聖女様に頼まれても売る気は無いよ。聖女様にとって白は特別な色だから」

「へぇー、そうなんですね」


 色にも意味があるのか、なんて素直に感心していると隣から大きなため息が二つも聞こえてきた。


「へぇー、ってあんた……本当にシャロン様の弟かい? 聖女様ってのはね、王族に輿入れしてからじゃないと白いドレスは着れないのさ」


 確かに姉貴に『どっちがいい?』と尋ねられ続けて来た今日まで、白いドレスを見せられた事はない。


「言われてみると……クリス知ってた?」

「知らない君に呆れてるよ……」


 また聞こえてきたため息に、自分のほうが非常識だったのかと思い知らされる。


「それでアキト、お二人の次の行き先はどこなんだい? その『ある筋からの情報』だとさ」


 肩を竦めながら尋ねるクリスに急かされ、ポケットから『ある筋からの情報』を書き記したメモを取り出す。どうやら次は食事の時間のようで。


「ああ、次は……『洋菓子アバンチュール』だって」


 メモの注釈には各地から取り寄せた果物をふんだんに使ったフルーツタルトが人気の行列が出来る洋菓子店、と書いてあった。手書きの地図から察するに、ここから数分歩いた所にあるようだ。


「近所らしいですけど、エルザさんは知っていますか?」

「年頃の女の子に人気の店だね。そりゃあもう店内には化粧品の店みたいに若い女性が溢れていてね……男二人で入れる勇気があるなら、無料で一着仕立ててやってもいいよ」


 乾いた笑いを浮かべながら、エルザさんはそんな事を言い出した。服一着を仕立ててくれる程度には男が入りづらい店らしい。そんな店に行くなよあの二人は、と言いたくなったが文句の矛先はもうこの店にはいない。


「どうせ食事するだけだろうし、外で待ってるか」

「あんたねぇ……死んだ旦那でももう少しマシな事言ってたよ」


 極めて現実的な手段を口にするも、エルザさんから帰ってきたのは呆れ混じりの一言だった。彼女の亡くなった旦那さんの性格は知らないが、少なくとも今の俺よりは気の利く人だったのだろう。


「仕方ないね……アタシにいい考えがある」


 人差し指をぴんと立てて、エルザさんはニヤッと笑った。その台詞と表情に俺は何か言葉にできない不安を感じたが、その続きを黙って聞くことにした。




「クリス、あんた女装しな」




 ――いや何を言ってるんだこの人は。

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