SAVE.103:彼女達のダンス&デート②

「自分は人の姉と仲良くなっておいて、恐ろしい事を言いますね殿下は」


 自然と漏れた台詞は、不敬罪が適用されるには十分過ぎるほど――この三文字を思い浮かべるのは今日で三回目だな――失礼なものだったが、殿下も理解しているのか自嘲気味な笑顔を浮かべた。


「なに、これぐらいの切り替えが出来ないと王子様は務まらないよ」


 王子様という単語が引っかかった俺は思わず質問を投げかけていた。


「ダンテ……殿下もですか?」

「そりゃあね。むしろ彼のほうが目的のためには手段を選ばない性格だよ」

「まぁ、ミリアを狙うぐらいですからね」


 その答えに満足したのか、殿下はわざとらしい笑顔を作った。


「話が早くて助かるよ。そう、このまま順当に行けば蒼の聖女と婚約している僕が次の王だ……けれどダンテがミリアを手に入れたら? 唯一にして最大の対抗馬の出来上がりだ」


 それはわかる、ダンテが本気で次の王を狙うのであれば必要なのはミリアという切り札だ。だからこそ浮かんだ疑問が思わず口から飛び出てしまった。


「ならどうしてダンテ殿下がミリアの近くにいるんですか? ダンスの練習相手なんて誰でもいいでしょうに」


 クリスから話半分で聞いていた事をふと思い出す。大義名分が護衛というなら、それこそ誰でもいい筈だ。


「それは、まぁ……僕にも逆らえない相手がいるからね。高度に政治的な家庭内の駆け引きに敗北した、とだけ言っておこうか」


 歯切れの悪い殿下の答えに、家庭内――つまり別の王族からの口添えもあったのだろうと自分を納得させる。しかしこの人を負かせる王族か……思い当たる相手はいないな。


「話を戻そう。あの二人が僕や君達の家が気に入らないだけの木っ端貴族共に担がれるだけなら、君にこんな事は頼まない……問題は聖光教会が既にミリアの後ろ盾になっているという事さ」

「聖光教会が……」

「単純な話だよ、ただの田舎娘が聖女だと認定したのは他ならない聖光教会だからね。彼女が望まなくたってその後ろ盾は連中になるのさ」


 彼の言葉に頷く。そもそもミリアがこの学園に編入できた事自体、教会からの圧力や根回しがあったと見ていいだろう。ゲームでは『あれよあれよという間に』なんて一行で流されていたが、蓋を開ければ権力者同士の思惑が絡み合った結果という訳だ。


「連中、ですか。乱暴な物言いですね」

「ああ、僕が腹を立てているのは弟でも、ましてやミリアでもない……僕の婚約者に手を伸ばした、卑しいあの連中だけさ」


 ――脳裏に焼き付いた光景が頭を過る。


 何度も見せられた姉の死に顔はまだ頭から離れない。主犯の女生徒二人は未遂という事もあってか、罪状を伏せられたまま家ごと取り潰された上に国外追放になった事は聞いていたが、それでも自分の中にはあの時の絶望と無力感が残っている。それから、鼻の奥にこびりついた血の匂いが――。


 こみ上げて来た吐き気を無理やり抑え込もうと、口を抑えうずくまる。あれはもう終わったことだと必死に自分に言い聞かせる。


「アキト君、日を改めても……」

「いえ、大丈夫です。続けて下さい」

「わかったよ」


 傍から見れば大丈夫ではない俺の言葉を殿下が信頼してくれる。


「続けようか。シャロンを拐かすような連中が調子に乗るのは君だって不本意だろう?」

「……ですね」


 殿下の諭すような声に少しだけ落ち着きを取り戻す。あの事件が終わったとしても、裁かれるべき罪はまだ残っている。爵位の低い貴族二人なんて、所詮はトカゲの尻尾でしかないのだから。




「全く、いくらシャロンの命を奪う気が無いとはいえあれはやり過ぎだ」




 殿下の言葉に耳を疑う。殺す気が無かった、冗談だろう? あんな惨劇を起こしておいて、それは通らないじゃないか。


 だって姉さんは、何度も何度も何度も何度も――。


「おっと、あまり睨まないで貰ってもいいかな? ……そうだね、順を追って説明しようか」


 拳を握りしめながら、俺は無言で頭を下げた。なぜ姉があんな目にあったのかぐらい、聞く権利はあるだろう。


「まずアキト君、君は聖女を……何だと思っているかな?」

「……王族の結婚相手に箔をつけるための、お飾りの称号でしょう。何かできるわけでもない」


 アキト=アズールライトの人生と前世で遊んだゲームの記憶を紐解いても、それ以上の答えは出ない。例えば他のゲームのように不思議な力で怪我や病気を治せるだなんて事もなければ、体のどこかに聖痕がある、なんて事も聞いたことはない。ここは魔法とか魔物とか、そういうお約束が跋扈している世界ではないのだから。


 ただのゲームのシナリオのための設定――それが俺個人の意見だ。


 だが殿下はその意見に首を横に振った。


「できるんだよ、アキト君。聖光教会だけじゃない、どこの国も喉から手が出るほど欲しい力があるからこそ、『王族と結ばれれば国が栄える』なんて伝説がまかり通っているのさ」


 そんな事実は初めて聞いた、ゲームの知識の中にもない。だからこそ一つの疑問が頭をよぎる。前世の俺はもしかすると。




 ――この世界によく似たあのゲームを、まだ遊び終わってないんじゃないのか?




「おっといけない、今のは国の最高機密だった。聖女の秘めた力について知っているのは、彼女達自身と限られた王族……そして聖光教会の連中だけだ」


 白々しい殿下の言葉に、思わず毒気が抜かれてしまう。


「君がもしダンテとミリアの邪魔をしてくれたら、僕はもっと口を滑らせるだろう」


 天使のような笑顔を浮かべながら、悪魔のような報酬を持ち出す殿下。


「もっとも君が本当の王族になれば命の心配はしなくていいよ……例えばほら、王様の義理の弟とか」


 嵌められた、というのが素直な感想だ。その言葉は『僕を王にするため手伝え』というのと何も違わないのだ。だが聖女様の義弟という身分の時点で逃げ場は無いのだ、腹を括るしか無いだろう。


「なら、そうなれるよう尽力しますよ」


 不遜さを隠そうともしない俺の言葉に、殿下は嬉しそうに鼻を鳴らす。


「話を戻そうか。聖光教会は絶対にシャロンを殺さない……彼女の力も手中に収めたいからね。大方修道院にでも入れて飼い殺しにするつもりだったんだろう。そして王室には息のかかったミリアを送り込む……これでこの国は連中の手の中さ。納得したかい?」


 教会の連中が姉貴を殺さない理由そのもは、筋が通っているように思えた。聖女には何か力が……お偉方が秘匿しながらも必死に求める不思議な能力がある。教会は姉貴の持つその力も欲しいから、簡単に殺そうとはしない。反芻しても理解できる内容だ。


 ――だからこそ納得できない事がある。


「殿下、もしも……もし姉貴があの時殺されるとしたら、どんな可能性があったと思いますか?」


 俺が何度も見た光景と、あまりに噛み合っていない。なぜ姉貴が死ななければならなかった、いったい誰が殺したのか?


「今の話は……あの場所にいた誰もが理解していただろう。どうすれば教会が得をするか、どうすれば国が損をするのか」


 殿下が話し始めた瞬間、自分の間抜けさに気づく。


「万が一助けが間に合わなければ……国として最優先なのは、蒼の聖女の力を教会に渡さない事だ。例えどんな手段を使ってもね。だからもし彼女が殺されるとしたら、彼女を殺せるのは」


 あの場所にいたのはたった三人だけだった。そして拐かした女生徒二人にその気が無かったというのなら、犯人は一人しかいない。


 姉貴は、シャロン=アズールライトは。




「他でもない、シャロンだけだよ」

 


 自殺したんだ。

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