07 再会

 病院で長門と話してから、一ヶ月がたった。

 俺はまだ就職先が決まってなかったので、変わらず就職活動を続けていた。

 ハルヒは国家公務員に受かったと、風の噂で聞いた。どうせハルヒのことだから、うまくネコを被ったのだろう。

 古泉は大学を卒業したら『機関』に永久就職するらしいし、朝比奈さんに至っては連絡が途絶えているので、無事を願っているしかない。

 そして、長門だ。

 病院でえらく憔悴していたので、なんとか元気づけたかったが、俺は宿泊代もなかったので、すぐに地元に帰った。メッセージは送ったが、『うん』とか、『わかってる』といった、気のない返事ばかりだった。

 そして、俺は、やりたくもない就職活動のために、二度目の東京に来た。

 財布に若干の余裕があったため、試験日の前日に来た。ホテルも予約済みである。

 私服で来た俺は、さあ、ちょっと東京見物でもしようか、と、観光地の検索をするために、スマホを手に取り――、


 ちょうど、間の抜けた音と共に、メッセージが来たので読んだ。


 長門からだった。

『午後七時 東京タワーで待つ』

 どくん、と、心臓がはねた気がした。

 文面は違うが、今の長門から送られたメッセージではない気がしたからである。

 例えるなら――、イメチェン前の、無口な本好きメガネっ娘の長門からのようだった。 まさか。いや、でも。

 考えても仕方なかった。

 俺は、時間を潰すために、喫茶店に入ることにした。

 観光? そんなのどうでもいい。

 今の心境で、能天気に遊べるわけがない。

 俺は、心を落ち着けるために、就活の試験の過去問をテーブルに広げたのだった。


 ○


 気がつくと、午後七時を少しまわっていた。やべ。過去問に集中しすぎたらしい。

 俺はスマホを手に持つと、東京タワーまでの道のりを検索した。

 すぐ近くらしかった。

 俺は走りたかったが、夜の大都会は、人でごった返していた。

 なにかの祭りか? と、昔読んだ小説のように心の中で思った。

 数十分後、東京タワーの麓についた。

 他に人影はなく、まるで意図的に人払いがしてあるようだった。

 そして、東京タワーの入り口の前に、


 北高の制服姿の長門がいた。


 俺は、声をかけるのをためらった。

 なぜなら、長門の長かった髪はバッサリ切られ、高校時代のショートカットになっていた。そして、目には、眼鏡。

 これじゃあ、俺と出会ったばかりの時の、長門のような――。


「ごめん」


 その長門が近づいてきて、俺に言った。

 俺はうろたえて、なにも言うことができない。


「初期化した」


「初期化?」


 そして長門は、俺の手を引っ張り、近くのベンチへと誘った。

 俺に座るように合図し、自分はすぐ隣へ座る。

 そして、こう言葉を紡いだ。


「Fが被害を被ったのは、私が涼宮ハルヒの願いを聞き、性格や外見を変更したせいだと考えた。なので、情報統合思念体に申請した」

「申請って、なにをだ?」

「初期化」

 自分をパソコンみたいにいうな。もう少しわかりやすく言ってほしい。

「私を、作られた当初の性格、記憶、外見に戻してもらった」

 じゃあ、お前、SOS団の記憶もないのか?

「最低限の記憶は残してほしいと頼んだ。ただし、あなたと、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹のみのことだけ」

「なんでそんなこと……」

「もう誰にも迷惑をかけないため。初期化前の『長門有希』は、不要な感情が多く、エラーがたまっていた。不手際もそれが原因と考えられた」

「だからって、そんな……」

 長門は、俺の目を見つめた。

「もう誰も傷つけさせない」

 俺は、なんの言葉も紡げない。

 ただ、なんとなく、悔しかった。

 長門と病院で話したときに、俺がもっと励ましたり、慰めたりしていれば、あの人間味に満ちた長門が、まだこの世界にいたかもしれなかった。

 今の長門が悪いとは言わない。

 でも、『あの』長門は、たしかに成長していて、思いやりがあって、俺は単純だが、『かわいい』と思ってしまっていた。

 そして、そんな長門に対して、『良かった』と勝手に思っていた。

 その長門を、今の長門は否定したのだ。

 だから、『初期化』した。

 なんて、無機質な言葉だろう。

 長門は、確かに人間ではないが、普通に恋だってできていたのに。

「……長門」

「なに」

「……悪かった」

「言っていることがわからない」

「つらかったな」

「今の私はなにも感じない。それは、過去の『私』に言うべきだった」

「……そうだな」

 俺は、長門の頭に手を置いた。

 長門は、不思議そうに俺を見つめる。

「……これからよろしく」

「了解した」


 俺は、長門と別れたあと、少し泣いた。

 涙を流す資格さえないことは、わかりきっていた。

 

 こうして、俺と長門は、『再会』したのである。

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