04 暗転

 俺は古泉から指定された雑居ビルの一室にいた。

 なにもない部屋にテーブルと椅子。その椅子に優雅に腰掛け、紅茶を飲んでる優男がいた。

「よお、来てやったぞ」

「ご足労いただき誠に申し訳ありません。どうぞ、ご着席ください」

 古泉は、ストライプの柄が薄く入った、グレーのスーツを着ていた。そのまま会社員と名乗ってもバレなそうな着こなしだった。お前も就活帰りなのか?

「いえ、僕は大学を卒業したら、そのまま『機関』に永久就職するつもりです」

 エスカレーター式に仕事が決まっているのはうらやましい限りだが、じゃあなんでお前までスーツなんだ?

「あなたがスーツ姿なのに、僕が私服姿なのは、さすがに失礼かと思いましてね」

 俺はお前との外見の格差ですでに機嫌をそこねそうなんだが。

 しかし、いつまでも古泉と漫才をしているわけにもいかないので、仕方なく古泉の向かいの席に座った。

 すると、どこからか森さんがメイド姿で現れた。

「お久しぶりです」

 社会人のマナーとして、俺は一応あいさつしてみた。

「お久しぶりです。スーツ、お似合いですよ」

 ニッコリと営業スマイルをして、森さんは俺に紅茶を入れてくれた。ワゴンから、スコーンも出してくれる。

 そのまま一礼して、森さんは部屋の暗がりに消えた。隠し扉でもあるのかね。

「年取らないな、森さん」

「ええ。いつまでもお綺麗な方ですよ。……ところで、そろそろ本題に入りましょうか」

 ああ。野郎と飲む紅茶なんか、なんの楽しみもないからな。

「長門さんの件ですが」

「ずいぶんイメチェンしたな」

 古泉は薄ら笑いをして、

「イメージチェンジなんてものじゃありませんよ。彼女の今の愛らしさは、朝比奈さんを思い出させるくらいです。おかげで、僕たちは書類の山とにらめっこするはめになっています」

 長門がイメチェンして、お前らが忙しくなるとは、どういう因果関係だ?

「前例がないんですよ。現在地球上にいるTFEIの中で、初期に設定された性格を自ら変えたのは、長門さんが初めてなんです」

 それがなんでお前らに影響するんだ?

「おわかりになられませんか? これは例えば、朝倉涼子のような過激派が穏健派になる可能性もある、ということを証明しているのですよ。逆もまた然りです。ということは、『機関』の監視体制を、根本的に見直す必要があるんです」

 古泉は一気に話すと、疲れたようにため息をついた。すまん、お前がため息をついても、俺は一ミリも心が痛まない。

 そういう仕草は、目の下にクマを作ってからするんだな。

「じゃあ、長門はなんでイメチェンしたんだ?」

 本人によると、ハルヒのアドバイスを素直に聞いただけらしいが。

「それですよ」

 やめろ、なんだか続きを無性に聞きたくない。

 が、俺の心の叫びがこの閉鎖空間限定の超能力者に届くわけがなく。


「涼宮さんが望んだから、長門さんは変わったんです」


 まさかこのフレーズを、大学生になっても聞くとはな。

 俺は、紅茶を一気飲みした。

 薬みたいだ、という感想しか、心に浮かばなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る