01 証明

「キョンくん?」

 まさか、地元から離れた日本の首都で、その名で呼ばれるとは、俺も予想外だった。

 その時俺はとある企業の面接を受けに、ガラス張りが眩しいビルの廊下を歩いていた。

 振り向くと、目の前に相手の顔はなく、視線を下に向けた。

「……長門?」

 思わず疑問形になってしまった俺を、許してほしい。

 なぜなら、髪はロングヘアになっていたし、服装はスーツだし、そして極めつけは……。

 長門が満面の笑みを浮かべていたことだった。

 あやうく恋に落ちるところだった。


 ……んなわけあるか。

「またハルヒ絡みか?」

「え?」

 長門の(成長したらしき)姿をしたその女は、メガネの奥で、今はサファイアくらいの輝きを反射している目をまばたきさせた。

 なにかの映画で、人間と人型ロボットの見分け方はまばたきするかどうかだ、とか言っていた気がするのを思い出したが、そんなことは今はどうでもいい。

 長門が、あの長門がーー。

 こんなに愛想がいいわけがない。

 おそらく情報統合思念体が新たに送ってきた、『長門型』のTFEIあたりだろう。

 問題は、本物の長門の無事だ。

 こんな新型に入れ代わられているのなら、長門が無事なはずがーー。

「キョンくん、ちょっとこっち来て!」

 俺が黙って状況を整理していると、長門(仮)はいきなり俺の手をつかみ、このビルの非常階段の方へ向かって歩き出した。

「なんだ? 本物の長門はどこにいる? 無事なのか?」

「もー、キョンくん、やっぱりこうなるかー。仕方ないよね。色々あったからねー」

 髪の長い長門(仮)は、非常階段の踊り場まで俺をひっぱってきて、ようやく手を離した。

「なんだ? 交渉ならしないぞ。早く長門を返せ」

「ちょっと待ってね。ひさしぶりだから」

 長門(仮)は、メガネの奥の目を閉じた。ひたいに人差し指を当てて、なにかに集中している。

 するとーー。

「うおっ!?」

 俺は思わず叫んでしまった。

 なぜなら、非常階段であるはずのこの場所が、北高の教室になっていたからだ。

「私は本物の長門有希。これで信じてくれた?」

「……いや、まだだ」

 わかったのは、コイツはやはりTFEIーーつまり、宇宙人である、ということだけ。

 TFEIのやつらなら、こんなこと、猫が身構えて塀の高さまでジャンプするくらいの速さで、簡単に実行できるだろう。

「んー。ダメかぁ。じゃあ、これは?」

「うおっ」

 今度はパッ、と、一瞬で教室が他の部屋になった。

 朝比奈さんの衣装が掛けられたハンガーラック、長門の本棚、『団長』と書かれた立て札が目立つ偉そうな机……。

「ここ、SOS団の部室じゃないか……」

 正確には文芸部室だが。

「そう。で、私はいつもこの椅子に座って、本を読んでた。主にSFのハードカバーをね」

 ね、そうだったでしょ? と、長門(仮)が実際にパイプ椅子に座って、俺を見上げた。

 なんてこった。

 この愛想がいい、スーツ姿の美人は……。


 間違いなく、本物の長門有希らしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る