前の関係≠今の関係


 改めて、となってしまうが、厳密なことを言わせてもらうと、僕は決して、いわゆる前世の記憶を思い出した──という訳ではない。

 期待を裏切ってしまっていたのだとしたら、誠に申し訳ないのだが、前世の僕の名前も、前世の神騙の名前も思い出せていないのだから、残念ながら、そうとしか言いようがない。


 だから、強いて言うのだとすれば、思い出したのではなく、記憶の端々を目にしている──と言うべきだろうか。何だか非常にスピリチュアルな言い回しになってしまうのだが、前世だとか、今世だとかいう語彙を頻繁に使っている時点で、それはもう今更なので許して欲しい。

 だいたい、そんなことを言ってしまえば、神騙の存在そのものが、スピリチュアルの塊みたいなものなのだから、然もありなんと言ったところだろう。


 さて、それではその上で、僕と神騙の関係性が如何ほどに変化するのかと言われれば、言葉にするほど変わりはしないし、かと言って、これっぽっちも変わらないなんてことも無いといった言い方になるだろうか。

 少なくとも、神騙の発言の全てがかなり手の込んだ妄想の類では無いことが判明した時点で、僕としては対応を変えざるを得ない──頭のおかしい電波女から、理解し難いアクティブモンスターにジョブチェンジってところだな。それって何が変わったんだよ。


「いや本当にどの辺が変わったの!? 全然変わってないように見えちゃってるよ!?」

「バッカお前、超変わったって。ほら、少なくとも罵倒の類は抜けただろ?」

「むしろ最初に罵倒しかなかったことが問題だと、わたしは思うんだけどなあ……」


 わたしだって拗ねるんだよ? と上品に唇を尖らせたのは、当然ながら神騙であった。

 まあ何をしても絵になるのは流石だなとは思うが、電波女なのは(ある意味では)普通に事実だし、別にそう間違ってもないよなと思う。


「まあ……それに、今も理解し難いのは事実だしな。幾ら前世がそうだからと言って、今こうして執着する理由には、あんまりならないだろ。神騙はそうじゃないかもしれないけれど、僕は完全に他人な訳だし。僕は前世で神騙と──神騙の前世と?──結婚した、ミステリアスでクールな二枚目の男じゃないんだぜ」

「前世の自分を限りなく美化しようとしてない? 君は確かにミステリアスなところはあったけど、クールっていうよりはキュートだったし、顔は整ってたけど、他のところのダメダメさでバランスを取ってたからね?」

「それってかなり迂遠な悪口じゃないか……?」


 あるいは、かなりストレートな悪口だった。付き合っていた──結婚した相手を表す語彙とは、とてもではないが思えない。

 いや、いいや。あるいはこれこそが、親しい仲だからこそ許される冗談ってやつなのか? まずいな、親しい仲になった友人も恋人もいないせいで、全然分からねぇ……。


 クソッ、ここに来て僕の対人スキルの低さが裏目に出たか……! と奥歯を噛みしめていたら、神騙が「はー、やれやれ」とでも言いたげな目を向けて来ていた。

 目が合うと、呆れたように笑みを零す。


「今、すっごく下らないこと考えてたでしょ」

「失礼なやつだな。僕は今、世界を救うにはどうすれば良いか、真剣に考えていたところだぞ?」

「仮にそうだとしたら、さしずめわたしは、君に助けられるお姫様だね……」

「おい! 勝手に僕の妄想に入ってきてメインヒロインを気取るな!」


 しかも、正確なことを言えば、してすらいない妄想だった。恐らく僕が勇者役に配置されているのだと思うのだが、自身をお姫様に抜擢するとは、中々剛毅なやつである。

 だからアクティブモンスターだと言っているのだが、あまり自覚はないらしかった。


 まあ、人気者というのは、得てしてそういうものなのかもしれないのだが。彼女にとっての普通が、僕には大袈裟に見えている可能性は、確かに否定できない。

 ただでさえ、僕はかなりこじんまりとした人間なのだから、なおさらだ。


「えへへ、そうは言っても、本当にきみのメインヒロインなんだから仕方ないじゃない?」

「うーん、そうだな。全然仕方なくはないな」


 本当に仕方なくなかった。こいつ、妄想に限らず現実でまで、ヒロインの座に居座ろうとしている……。問題は、誰もその座を複数人が奪い合っている訳ではないので、このままでは神騙に普通に居座られる可能性があることだった。

 念押しのように、毎度の如く言ってしまうのだが、神騙かがりという少女は、本当に整った少女なのである。


 そんな彼女に押せ押せのスタイルで来られたら、情けなくも屈する未来しか見えないというのが、正直なところであった。

 そも、嫌いになる要素がある訳では無いのだから、当然と言えば当然ではあるのだが──ただ、それはそれとして、拒絶する理由はなくもない。


 神騙の言う、前世の僕というのは、僕であって、僕では無いのだから。


「でもでも、この後一緒のお夕飯食べて、一緒のベッドで寝る訳だし……これはもう、ほとんど婚約みたいなものじゃない?」

「何が!? どの辺で婚約が結ばれたんだ!? あと一緒のベッドで寝ねぇよ! 何だその新情報は!」

「だけど残念、この家にベッドは一つしかないのでした」

「いや、それなら普通にソファここで寝るけど……」


 何なら最悪、床で寝ても良い──翌朝の目覚めは最悪だろうが、一日くらいなら耐えられる。腐っても高校生男児だ。十七歳のボディに秘められた溌溂ハツラツさを嘗めるなよ。 


「むぅ……」

「あからさまに不機嫌そうな顔しても、ダメなもんはダメ。つーか、何でその提案に、僕が素直に頷くと思ったんだよ……」

「むぅぅ……」

「上目遣いしてみてもダメ」


 頑なな意思でNoである。

 日本人は良くNoと言えないって揶揄されるからな。


 僕がその定説をひっくり返してやるぜ。


「……あっ、じゃあ、分かりましたっ」


 パンッと胸の前で手を合わせた神騙が、打って変わったように華やぐ笑顔を見せる。情緒不安定ちゃんかな? という感想と、何だか嫌な予感が背筋を駆け抜けたのは同時だった。


「今から本当にあった怖い話をします。しかも、この家で本当にあった、怖いお話」

「よーし! オーケー! 分かった! 交渉の余地はありありだ! 一旦互いに譲れるラインを探ろうじゃないか!?」


 頑なな意思とか特になかった。

 僕は音速で白旗を上げは、してやったとばかりに笑みを浮かべる神騙と、譲歩した案を出し合うのだった。

 

 やっぱりね、Noをすぐに突きつけないのが、日本人らしい奥ゆかしさの表れだと思うんだよね。

 僕は理想的な日本人らしい奥ゆかしさを全力で体現するべく、話し合いの卓につくのだった。




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・あとがき

普段は後にも先にも書いたりしないのですが、今回だけご報告を。


この度、ファンタジア文庫様より書籍化が決定いたしました!

詳しくはこれから更新する近況ノートやX(旧Twitter)で報告させていただきますので、よろしくお願いいたします!

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隣の席になった高嶺の花は、僕の前世の妻らしい。 渡路 @Nyaaan

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