触れない理由


 とんでも恐怖体験にビビり散らかしたあと、一風呂……というか一シャワーを浴びた。

 神社をぶらついたり、バス停まで全力疾走なんてしたものだから、その汗やら汚れを流す為である。


 時間的にはまだ夕方にもなっていないくらいであり、些か早すぎる気はするのだが、もう今日は外を散策することもないだろうし、別に構わないだろう。

 神騙の厚意により、先にシャワーをいただいたのだが、これがまたデカい屋敷にピッタリな、デカい風呂場だった。


 小市民な僕としては、何だかもう一周回って委縮しちゃうというものだった。

 隅っこでこじんまりとお湯浴びちゃったもんな。


「はい、コーヒー牛乳。お風呂上りはいっつもこれだったよね?」


 と、シャワーから帰還した僕に、神騙は当たり前みたいにそう言って、僕に瓶のコーヒー牛乳を手渡して来た。

 いや、まあ、確かに、いつもコーヒー牛乳を飲んでいるのだけれども……。


「……ありがと」

「はい、どういたしまして」


 敢えて何も聞かずに礼だけ言うと、屈託のない笑みだけが返ってきた。

 何だか僕のこんな対応ですら、最初から見抜かれていたような気がしてならない。


 どうにもこっちに来てから、そういう神騙の不思議性というか、神秘性のようなものが、際立っているような気がする。

 特に、僕に関する事なんて、もう全部思考を先回りされている気分だ。


 シャワーに関してだって、この僕が素直に従ってしまったくらいには自然と、しかし良いタイミングで促されたのである。

 グイッとコーヒー牛乳を煽ってから、ふぅ、と一息吐く。


「神騙は浴びてこないのか?」

「もちろん、すぐに浴びて来るよ。でもほら、こうやってお風呂上りに、リラックスしてるきみを見るのは久し振りだから、目に焼き付けておきたくって……!」

「あ、そう……」


 滅茶苦茶通常運転な神騙ではあったが、珍しくボディタッチをしてくることはなかった。

 というか、むしろ僕に触れてはならない縛りでも出来たのか、一定以上の距離を保たれている気すらする。


 え? なに? 何で遠慮されてんの?

 もしかしてシャワーを浴びさせられたのは、これからこの辺に住んでる、物の怪の生贄にされるからだったりする感じ?


 だとしたら、とんでもない仕込みである。

 ホラーはホラーでも、そんなバイオレンスな感じになるだなんて聞いてないぞ!


「ひ、ひぇ……殺さないでくれ……」

「わぁ、急な命乞いだなあ……相変わらず、思考の飛び跳ね方が斜め下だよねぇ、きみは」

「せめて上にしておいてくれないか? 下だとなんか……期待以下みたいじゃん」

「でも期待以上ではないし……」


 どっちかって言うと、やっぱり下だよね。なんて笑う神騙だった。結構判定厳しいな。

 しかし、それはそれとして、頑なに近寄ろうとしないのは、少しだけ妙だった。


 何なら手とか伸ばしてきたのに、「あっ」と何かを思い出すかのように引っ込めたりするもんな。

 別に触れて欲しいという訳ではないが、そういうあからさまなことをされると、僕としても考えものである。


 突然いじめが始まったのかな? とか思うもん。


「えぇっとね、触りたくないって訳じゃないんだよ? むしろわたしは、いつだってきみを抱きしめたいし、抱きしめられていたいんだけど……」

「おぉ、常に抱いてるにしてはでかめの願望来たな……」


 実際に付き合ってるカップルでもなかなか無さそうな願望だった。

 欲が深いとか言うレベルではない。


「だけどほら、単純にきみはお風呂上がりで、折角綺麗になったんだから、まだシャワー浴びてないわたしが触れるのはなーって」

「ああ、そういうこと……なるほどな。つまり、僕が常に風呂上り状態を維持できれば、触れられることはないってことか……」

「良いこと聞いた! みたいな顔しないのー。良いの? そんなこと言って。今度から一緒にお風呂入っちゃうよ?」

「斬新な脅し方するのはやめろ!」


 つーか、どっちかって言うとそれを脅し文句として使うのは、基本的に男子側だろ!

 何でそっちが、当たり前みたいにその台詞を脅しとして成立させられるんだよ。


 ちょっと強かすぎるだろ。

 いや、まあ、そもそも風呂上りを維持することなんて不可能であるのだが……。


 ちょっと何とかならないかなと頭を捻ってみたが、当然ながら名案は浮かばなかった。


「ま、それならさっさと入ってくれば良いんじゃないか?」

「あはっ、何だかんだ、撫でられたりしたいんだ?」

「え!? 全然違う! 存在しない行間を読もうとするな!」


 そうやって、反射で手を伸ばしてきてから、あっと気付いて引っ込められると、気が散るってだけだ……! と苦々しい顔で伝えれば、困ったように神騙が笑う。


「そう言われちゃったら、返す言葉がないなあ……ふふっ、覗いちゃダメだからね?」

「言われるまでもなく、そんな気は最初からさらさらないに決まってるだろ……」

「言われるまでもなく、そう言うと思ったよ。でも、それじゃあ……覗いても良いよって言ったら?」

「あのな、仮にも女の子が、そういうことを軽々しく言うんじゃない」

「あうっ」


 それはきっと、僕のことは警戒していないということの証左なのだろうが、それはそれとして、頭を軽く叩いておく。

 どうするんだよ、僕がいきなり豹変して襲い掛かりでもしたら……いや、普通に受け入れられそうなのは、そうなのだが……。


「馬鹿なこと言ってないで、入るなら、早く入って来い」

「えへへ、ごめんね。いってきまーすっ」

「はいはい、いってらっしゃい」


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