きみの定位置


「と、言う訳で、とーちゃーくっ。いらっしゃませ……と言うよりは、おかえりなさいだね、邑楽くん」

「お邪魔します……何だ、ただいまなんて、絶対に言わないからな」


 あれからようやく目的のバス停で下車し、それからしばらく歩いた末に辿り着いたのは、一軒の屋敷だった。

 今時、こんなコテコテの西洋の屋敷があるのかと、思わず写真を撮ってしまったくらいには、歴史を感じさせるお屋敷である。


 とはいえ、言うほど大きくはないのだが、しかし、二人で使うとなれば、広すぎるくらいであったし、そもそも”日本の田舎”という一言が実に似合う、ここらの風景には少々ミスマッチとも言えた。

 まあ、周りに見て取れるような、他の家も存在しないので、浮いているというよりは、いっそ異質と言った雰囲気が感じられるのだが。


 ここにポツンと急に放り出されたら、それこそ異世界にでも来たのかと思ってしまいそうだ。

 そのくらい、何だか不思議なところだった。


 神騙が当たり前みたいに扉を開けて、可愛らしく手招きしてくれなければ、暫くはぼうっと屋敷を眺めていたことだろう。

 無論、全く見覚えはない──神騙が、かつて共に暮らしていた場所であるだなんて言うものだから、もしかしたら一目見れば、何かしらを思い出すようなことがあるかもしれない、なんてことを思っていただけに、多少の肩透かしを食らったような気分だ。


 いや、いいや。思い出すも何も、そもそも何かを忘れた訳ではない……はず、であるのだが。

 しかし、仮にもここに来て何かを思うとするのなら、それは前世に関連するようなことであって然るべきであり、それを形容するのであれば、やはり”思い出す”なのだと思う。


 だから、何も思い出すことはなかった。

 それが、思い出すべきものが無かっただけなのかどうかは、僕には分からないが。


 強いて言うのであれば、常に誰かが住んでいるという訳でもないのに、随分と手入れされているなと思ったくらいである。

 広いリビングに配置されたソファとは別に置いてある、ロッキングチェアに腰かけて、ぐるっと室内を見渡す。


 確か、定期的に清掃等はしてもらってるんだっけ。

 シレッと言っていたが、何というか、別荘と言い、実に金持ちらしいエピソードである。


 ああ、でも、神騙の家の屋敷ではないんだっけ?

 確か──


「──燈十浦とうとうらつったっけ」


 灯るを難しく書いた方の『燈』に、静かな入り江を指す『浦』を、数字の『十』で繋いで、燈十浦。

 おばさんと別れた後、神騙に教えてもらったのだが、まあ、何とも馴染みのない苗字だなと思う。


 そんな僕の思考が表情に出ていたのか、あるいは小さく呟いた一言が届いたのか、当たり前みたいに隣に座っていた神騙が、緩やかに僕の方へと顔を向けた。


「そう、燈十浦さんの家の別荘。でも今はもう、ほとんどわたしの家の……というより、わたしの別荘みたいになっちゃってるかな」

「おぉ……ザ・金持ちみたいなセリフだったな、今の」

「もー、茶化さないのっ。わたしだって、あんまりこういうこと言いたくないんだから」

「はいはい。でも、それじゃあなんだ? 今のところ情報を繋ぎ合わせると、前世の僕たちは、他人の別荘で同棲してたってことになるんだが……」

「他人じゃないよ。それに、当時は正真正銘、わたしたちの家でしたっ」


 紆余曲折あって、今はこういう形になってるだけだよ、なんて神騙は言う。

 まあ、仮に神騙の言うことを信じたとのだとしても、前世の話なわけだしな。


 死んだあと家がどうなったのかなんて、一言でぱっと説明はできないし、そもそも詳細までは不明か。


「だから、内装も当時のままとはいかないかな──これでも、結構復元したんだけどね」

「そりゃまた、執念深いというか何というか……」

「えへへ、重い女の子でごめんね?」

「や、謝られても困るんだけどな……」


 別に、軽いよりは良いんじゃないか。少なくとも僕はそう思う、程度の話ではあるが。

 思いは募れば募るほど重くなるものだ。


 その善し悪しを、他人が決めることはできないだろう。


「しかし、まあ、そんな大層な場所だってのに、特段これといった反応もできないのは、僕としても心苦しいところだな」

「んー? ふふっ、それはどうかな?」

「どうかなって……どうもこうも、見ての通り、僕はいつも通りだろ」

「うんうん、いつも通り、きみはそこに座ったよね」

「──……」


 言葉の意味をかみ砕き、ゆるりと味わうように、絶句した。

 言われてもみれば、何で僕はソファをスルーして、こんな端っこにある揺り椅子なんかに座ったんだ?


 言うまでもなく、おかしな話である。

 大体、何を僕は初めて入った他人の家で、さも自分の家みたいにくつろいでるんだよ……!?


「特別何も感じないってことは、それくらい馴染んでるってことなんじゃない? ね、邑楽くんっ」

「いやごめん、待って。軽いホラー体験過ぎて今かなり足震えてきたところだから」

「あ、あれー!? そこはちょっと感動とかするところじゃないの!?」

「感動っつーか、恐怖体験でしかないんだが……」


 やっぱこれ幽霊屋敷とかそういう類のやつだろ。大丈夫? 僕、幽霊に意識乗っ取られたりしない?

 確実に恐怖でドクドクと早くなってきた心音を聞きながら、ふーーーと長めに溜息を吐いた。

 


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