嵐の如しおばさん


「あらあらまあまあ! こんな辺鄙なところに、こーんなに若い子が二人も来るだなんて! 珍しいこともあるものねぇ。こっちの子ではないでしょう? どうしたのかしら、あまり見るものも無いと思うけれど……あっ、それともあれかしら? 最近流行りのキャンプとか? ダメよ、そういうのはね、ちゃんと決められた場所でした方が、絶対良いに決まってるんだから。ただでさえ、貴方達はまだ子供なんだし、冒険は良いことだ思うけれど、やっぱりね、管理されているところで、人の目に守られながらするべきなのよ。その辺り、ちゃんと分かってるのかしら?」

「うお……」


 こんなド田舎の、それも長期休暇の真っただ中で、こーんなにも一本ごとの間隔が空いているバスの利用者なんて、まさかいる訳がないだろうと高を括っていたのだが、予想に反して乗車してきた、パッと見、四、五十代ほどの女性がマシンガンの如く言葉を撃ち出して来た。

 思わず「うお……強烈な人が来たな」という感想を口にしてしまいそうになり、途中で気付いて手で抑え込む。


 ふー、危ない危ない。

 疲労している上に油断していたせいで、思考を挟むことなく発言してしまうところだった。


 いや、まあ、そうでなくとも、言葉で圧殺してやるぜと言わんばかりの一言には、警戒せざるを得ないところではあるのだが。

 おばさんだからってレベルのそれじゃねぇぞ。


 こういう手合いを相手取った経験が全く無いので、エラーを吐き出すかの如く停止すれば、神騙がニコニコと応対をし始めた。


「あはは、大丈夫です。今日はキャンプをしに来たわけじゃなくって、こっちの別荘に泊まりに来ただけなので」

「別荘? ……ああ! もしかして貴女、燈十浦とうとうらさんの家の子だったりするのかしら?」

「ええ、そうなんです。折角のゴールデンウィークですし、定期的に清掃等はしてもらってることもあって、気分転換にはちょうど良いかなって」

「なるほどねぇ、それだったら安心ね。あそこの家は、この辺でいっちばん安全な場所でしょうし。大きな門に、大きな庭ですものねぇ」

「あはは……」


 別荘であったり、燈十浦だったりと、新出情報がポコポコ出てきているのだが、それよりあの神騙を相手に一方的に捲し立てるおばさんの力強さに、僕まで圧倒されてしまう。

 ただ横で聞いてるだけでこれなのだから、神騙は良くやっている方だなと思う。


 ふわりとして笑みは崩さず、無難に不快にさせない言葉選びで接するのは、シンプルに尊敬できる。

 僕では何年かかってもああはいくまい。


 人間、得手不得手があるとは言うが、この手のコミュニケーションに関しては、ぶっちぎりで不得手な自信がある僕だった。

 何なら、今下手に口を開いたら、空回りして余計なことを口走りかねないほどだった。


 つまり、ここでの最適解は沈黙である。

 必要に迫られていない以上、不得手なものにわざわざ手を出すことはない。それが得意である人が傍にいるのならなおさらだ。


 会話に混ざれない以上、微妙な気まずさは感じてしまうのだが、そこは長年会話に入れずに育ってきた僕である。

 そこに居心地の悪さを感じることはない。というか、むしろそこにこそ、ほっとするような居心地の良さを見出していた。


 リラックスしすぎて寝ちゃわないか心配になるレベル。

 目的地に着くまで、あるいはおばさんが降りるまで一言も発さないなんて、僕にとっては呼吸するのと同じ程度の難易度だ。


「それにしても、別嬪さんねぇ。恋人同士でしょう? 仲良しで羨ましいわあ」

「えへへ、そう見えますか? でもちょっと違うんです」

「あら、お友達なの?」

「いえ、夫婦なんです」

「全然違う!? お前は初対面の人相手にも平然と嘘を吐くんじゃない!」


 全然黙っていられなかった。

 思わず口をはさんでしまい、「うっ」と口ごもった後に、コホンと咳払いする。


「すいません、こいつちょっと頭がおかしくて……」

「おかしくなるのは、きみの前でだけなんだけどね。ほら、恋は盲目って言うでしょう?」

「なんだ? 紹介するのは頭の病院より、眼科が正解だって話か?」

「きみしか見てないから、ついつい暴走しちゃうってことですっ。だから、ちゃんと見てないと、何しちゃうかわたしでも分からないよ?」


 分かるかなあ? と僕の頬をつんつんする神騙だった。う、うぜぇ……。

 めちゃくちゃ睨みつけてはみたものの、きらきらお目目の満面の笑みを向けられてしまうと、やはり屈するしかない僕だった。


 は? マジでこいつに勝てる気がしないんだが……?

 敗北の屈辱に顔をゆがめていると、不意に上品な笑い声が耳朶を叩いた。


 神騙の座る方向とは逆。つまり、マシンガンおばさんが、面白そうに僕たちを見る。


「あら、ごめんなさいね。貴方達のやり取りが、つい面白くって……懐かしくって」

「懐かしい?」

「もう、随分と昔の話だけれどもね。貴方達に良く似た──いえ、もちろん、容姿の話ではなくってね、雰囲気とか、仕草とか、そういう掛け合いなんだけれども──若い、本当に若い夫婦がいてね、良く話し相手になったのよ」

「……それが、さっきの、えぇっと、燈十浦とうとうら? さんのことですか?」

「ええ、そう。お友達だったのよ──本当に、短い間だけだったのだけれどもね」


 懐かしむように、あるいは思い出すように、おばさんが言うと、バスがプシューっと音を立てて、次のバス停へと止まる。

 僕たちが降りるバス停は、もう二つほど先であるが、おばさんはここで降りるようだった。


「それでは、ごきげんよう。気を付けて、でも楽しんで。そして無事に帰るのよ」


 なんて、最後までお節介な台詞を残して、おばさんはバスを降りて行った。

 入れ替わるように乗ってくる利用者はいなくて、再び運転手の他には、僕たちだけが残された。


「何だか、嵐みたいな人だったな……」

「ふふっ、でも嫌いにはなれなさそうな人だったね?」

「ま、そうだな」


 ゆるりと流れる景色を眺めながら、そう思う。

 ただ、同時に、「無事に帰るのよ」なんて何気ない言葉に、妙な重さを感じるなとも思うのだった。


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