暑くなってきた
前世の僕(仮)が、ベストプレイスだと言い張っていたらしいだけあって、謎の神社は驚くほどに居心地が良かった。
手入れは全くされていないし、およそ快適とは言いづらい場所ではあったというのに、いやに馴染んだ。
まるで何度もここに訪れていたかのような、そんな手触りがあって、無駄に気分は安らかになってしまったと言って良い。
探索や探検と言っても、そこまで体力を使うような真似をしたくなかったことも相まって、結局そこで時間を潰してしまった。
というか、潰しすぎてしまった。
知らない場所に来た高揚感に後押しされたのかは知らないけれど、やけに話は弾み、時間を忘れてしまった。
つまり、どういうことかと言えば。
「なあ、ここから確実に十五分はかかる場所に、五分で着く方法とかあったりしないか?」
「ある訳ないでしょ!? ほら、そんなこと言ってないで、走るよ邑楽くん!」
「えーーーん! 絶対間に合わないってこれぇー!」
僕たちはすっかりバスの時間を忘れていて、このように、ダッシュでバス停まで向かうことを余儀なくされていたのであった。
次のバス停まで先回りするという選択肢もあったが、荷物を駅員さんに預けている上に、そもそも次のバス停が遠いという、二重に無理な材料が揃っていたせいで、このようなことになっていた。
こういう時、普通であれば、僕の方が先を走り、少しだけ遅い神騙の手を引くという、実に青春らしい構図が描かれるのかもしれないが、悲しいかな、現実はそう上手くはいかない。
思い出すような語りで申し訳ないのだが、神騙の運動神経は抜群なのである。それも、”超”が付くほどに。
ついでに言えば、どちらかと言えばアウトドア派な少女であり、そのスタミナは僕を遥かに凌駕するだろう。
まあ、何だ。要するに──
「はぁっ、はぁっ……ちょ、無理! 無理無理無理! ほら見ろ、僕の肺がもう限界訴えて来てる!」
「叫ぶ酸素あったら走るために使って! 次は二時間待ちだよ!?」
「もう良い、もう……二時間寝て待つから……」
「日が暮れちゃうよ~!」
急いで急いで! と僕の手首を掴む神騙。急にグンッと身体が進む速度が上がり、思わず「ウッ」と悲鳴が漏れた。
なに? こいつ、いつもこんなスピードで走ってんの?
普通に僕が自転車をこぐスピードに並びそうだった。なるほど、確かにこの速度なら間に合うだろう。
ただ、問題は僕の足の回転が間に合ってないってことなんだよね。
転ぶ転ぶ! 転んじゃうから!
誰か助けてぇー! と叫ぶことすらままならないまま、ビュンビュンと風を切る。
「あとちょっと! あとちょっとだから、頑張って! ね?」
「もう頑張れない……! 身体が限界ですって叫んでる……!」
「良し、返事できるならまだ余裕だね!」
「は?」
おい、何だその特殊な確認方法は! と絶叫しても、神騙は楽し気に笑い声をあげて、一目散に駆け抜けるばかりだった。
気持ち、早くなった気のする神騙に、やはり手を引かれたまま地面を蹴り飛ばした。
何度かコケそうになる度に支えられて、何とかバス停まで辿り着く。
『はっは、君たちみたいに騒がしい子を見るのは、随分と久し振りだ。旅行かい? 何もないところだけど、楽しんで行くと良い。ここも昔は、随分と仲の良い夫婦が住んでてねぇ、そりゃもう賑やかだったんだが……』
駅から出てすぐのバス停のところで、荷物を持って来てくれていた、老齢の駅員さんは有難かったが、普通に長話が始まりそうだったので、サクッと礼だけ言って、ノロノロとやって来たバスに乗り込んだ。
予想通りというか何と言うか、まあバスの利用者なんて、僕たち以外には一人もいなくって、一番後ろの広々とした席を、二人で独占する。
というか、僕の場合はもう寝っ転がりたいくらいの疲労具合だったと言った方が良いだろう。
一生分の運動をした気さえするほどだ。
「きみ、相変わらず運動苦手なんだねぇ」
「う、うるさい……はぁっ、僕は、根っからの、インドア派、なんだよ……!」
「ふふっ、知ってる。はい、お水。ちゃんと一人で飲める?」
「飲めないって言ったら、どうなるんだ……?」
「……口移し、とか?」
「飲めまーす! 全然飲める! 飲めるから、ちょっと頬を赤らめて、一口含もうとするな!」
ありがと! と思わず叫ぶようにしてペットボトルを貰い、グッと煽る。
流石に冷えているとは言い難いが、それでも清涼感を与えてくれるそれは、身体を芯から冷ましてくれるようだった。
流れる汗もようやく収まってきたのを感じ、もう一口、二口飲んで、呼吸を落ち着かせる。
「ふー、やっと落ち着いてきた。これ、ありがとな……って、何でまだ頬赤らめてんだよ……」
「え? えーっと、えへへ。間接キスだなあって思って」
「っすー……」
思わずバスの天井を仰ぐ。
あれ? おかしいな、また体温が上がってきた気がするぞ。
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