前世と今世
例えば、Web小説なんかだと、”転生主人公もの”というものが、メジャーなジャンルの一つである。
細かい区分をしていくと、それこそ数えきれないほど多岐に渡ってしまうので、ここでは一先ず”一度死んで、生まれ変わった人”というざっくりとした定義で話を進めるのだが、さて、前世があるという人間は────前世の記憶を引き継いでいるという、神騙かがりという少女は、果たしてそれに、当てはまっていると言える人間なのだろうか。
話を聞いた限りでは、なるほど確かにその通り、ぴったり当てはまっているようには思えるのだけれども、しかし、記憶があるからと言って、同一人物であると言ってしまうのは、些か強弁過ぎるのではないかと、そう思うのだ。
どうしてそう思うのかと言えば、もちろんそれは、神騙がこの僕を──全く、前世の記憶なんて一欠けらも持ち越していない、自覚していない僕のことを、やはり前世の旦那だと言い張るからである。
前世で付き合っていた人であると、前世で結婚した人であると。
そう言い張り、そう信じて、それを理由に、神騙は僕にこう告げるのだ。
愛しています、と。
貴方のことを、好いています、と。
ひょっとすると、ただの勘違いであり、人違いである可能性だってあるというのに、神騙は何かしらの確証をもって、僕に対してそう言って、そう触れる。
間違いなんてしようはずもないという顔で、僕を、いつか愛した人であると、そう確信した上で。
それは、神騙にとっては心の奥底に住み着いているような、あるいは今の神騙を象っているような、大きく重い記憶によるものなのだろうけれども、しかし、僕からしてみれば、それはやはり、急に降って湧いてきた、幸運に近いものでしかなかった。
何せ、神騙かがりという少女は僕にとって、高嶺の花と言うには、あまりにも手の届かない、遠くにありすぎる花だったのだから。
難易度的に言ってしまえば、竜が住み着く山の頂に、百年に一度咲く、たった一輪の花級の高嶺の花だ。
摘もうと挑んだ時点で敗死が確定しているような、そんな相手なのである。
それが、前世で結婚していたから、今世でも好きです。なんて、笑い話にしたってもうちょっと、上手く話を作るというものだろう。
けれども、神騙が嘘を吐くというのも、信じられないような妄言でごり押そうとするというのも、やはり神騙らしくない──少し付き合えば分かることではあるが、神騙は頭がおかしくとも、いい加減なことは言わないし、しない人間だ。
だから、それはつまり、神騙は本当の本当に、心底から本気でそのような言葉を吐いているということになる。
少なくとも神騙にとって、僕という人間に前世というものは存在していて、その前世の僕とやらは、神騙の前世にあたる人間と結婚していたのだろう。
しかし、だからこそ、僕は思うのだ。
どうしようもなく、考えてしまうのである──前世と今世の違い、というものに。
仮に、僕に記憶があれば、話は早かっただろう。
神騙のように、前世で愛した人間を、一切合切忘れることはなく、一分たりとも隙一つなく、しっかり覚えているのであれば、困ることはなかっただろう。
あったらあったで、また違う壁にはぶつかっていたかもしれないが、少なくともぶつかるような壁は一つ消えていて、もう少し踏み込んだ先で、思い悩むことが出来たんじゃないだろうか。
ほんの少しだとしても、神騙かがりという少女の前世について、あるいは僕自身の前世について、覚えているのであれば。
まあ、たらればの話をしても仕方が無いのだが、こういったことに関して考えるとなれば、そういう方向に思考が傾くのはどうしようもないことだろう。
再三言うようではあるのだが、神騙は美少女なのだ。
こんな、たった三文字では表せない……表すのが申し訳なくなるほどに、整った少女である。
そんな存在に言い寄られて、気にならない男子がいるだろうか。いや、いない。そもそも僕みたいな、友達の一人もいないぼっち少年には、それこそクリティカルヒットみたいな存在だろ。
その上、神騙の僕に対する対応というか、所作にはまるで、”対凪宇良邑楽専用経験値”とも言えるようなものが、宿っているように見えて仕方がないのだ。
何をされても、特段不愉快にはならない──どころか、むしろしっくりくると感じるほどに、馴染みを感じられる。
手を差し伸べてくれているだろう、新しい家族とも中々上手くいかず、学校ではまともに友人も作れないような僕が、そう思うというだけで、その異常さは分かるだろう。
だから、気にならない訳がない。どうしようもなく、惹かれてしまう。
そんな自分がいることを自覚して、だからこそ、より一層に、こう思うのだ。
神騙が好きだと言っているのは、僕であって、僕ではないのだろう、と。
前世の僕と、今世の僕には、決定的に違いがある。それは間違いないことだ──例え、仮に前世今世と繋がりがあろうと、根本的に全く同じ人間というのは、生まれないものなのだから。
生まれ育った環境、自身を取り巻く人たち、出会ってきた順番──そういった、細やかなもので、人というのは大きく変わる。
それこそ、人ひとり分の記憶があるなんていう、実に非科学的な現象に出遭っていなければ。
そして生憎、僕にそんな記憶はない。僕には僕の人生の、これまで歩んできた十七年程度の記憶しか存在していない。
神騙は、僕のやることなすことに、「きみは相変わらずだねぇ」なんて優し気な笑みを向けるけれど、その「相変わらず」を、僕は知らないのだ。
神騙の知る「前世の僕」は、僕にとっては、「見知らぬ他人」なのである。
見知らぬ他人に向けられる愛を、僕が受け取って良い道理はないだろう。
「ん-? ふふっ、それはまあ、確かにそうかもね。一理あるよ、邑楽くん」
そんなことを語れば、少しだけ考える素振りを見せた神騙が、パッと笑うようにして言った。
僕としては、そこそこ重みのある話をしてしまったつもりであるのだが、そんな雰囲気を吹き飛ばすように、神騙は僕を見る。
「でも、それならだからこそ、きみはわたしのことを、あるいはきみ自身のことを……きみの前世のことを知ろうと思って、こうして一緒に来てくれたんでしょう?」
「まあ、それはそうなんだけどな……だけど、知ったからと言って、何かが劇的に変わるって訳でもないとは思うんだよ、神騙」
「あははっ、そこは付き合い方次第だからね──けど、大丈夫だよ。ううん、大丈夫って言い方は卑怯かな。結局のところ、きみはきみだからね」
「……謎理論でごり押そうとして無いか?」
「してないしてないっ」
ただ、今は考えるより、色々見て、知った方が早いってだけだよ。なんて神騙が言う。
何だか上手く誤魔化されたような気もするが、今はまだ、それで良いかとそう思った。
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