田舎につきもの


 田舎には謎の神社がつきものだ。そんなことを思ってしまうのは、フィクションの影響を受けすぎなのか、はたまた僕の地元がそうだったから、どこの田舎もそうという偏見を持ってしまっているのか、それは分からないが、何にせよ、見つけると同時に自然と足を向けてしまったのは、そういう慣れ親しんだ意識が、少なからずあったからなのだろうと思う。


 立派な──とはお世辞にも言えないが、古めかしく、如何にも時代を感じさせる鳥居を潜れば、小さなおやしろがそこにはあった。

 サイズ的には、一般家庭で置いてそうな倉庫くらい、と言えば伝わるだろうか。小屋と言うほど大きくはないし、かといって、室内におけるほどのサイズ感ではない。


 神騙の話から、あるいは逃げるような形でここまで来てしまったのだが、これはこれで趣があって良いな、と思う。

 どこにでもありそうではあるが、探さないと見つけられなさそうな、そういう塩梅の雰囲気だ。


 僕がもう少し子供であれば、不躾にもお社に突撃し、秘密基地なんかに使ってそうなもんだ。

 そのくらい、誰の手も入っておらず、半分くらいは自然と同化していた。


 流石にそういった部分までは、地元のそれと同じとはいかない。当然だ。

 けれども嫌に見覚えがあるというか、懐かしさがあるのは、どうしてなんだろう。


「……やっぱりきみは、最初にここに来るんだねぇ。あの頃とは違って、もう随分と雰囲気も変わったのに、ここに惹かれちゃうんだ」

「ポツリと意味深なことを呟くのはやめないか? 怖くなってきちゃっただろ。別に何かに導かれたとかじゃないから。ちょっと目に入って、ちょっと気になっただけだから」

「あはは、でもそういうのを、物語的には導かれたとか、運命だったとかって言うんじゃない?」

「た、確かに……いや待て! 僕を納得させようとするな!」


 納得した分だけ不穏さのリアリティが上がるだろうが! クソッ、散々脅しやがって……。

 これで本当に、夜寝られなかったら訴えてやる──まあ、どこだろうが熟睡なんて、早々出来ないのが僕であるのだが。


 藍本家のふかふかベッドですらあの始末なのだから、どれほど快適なホテルだろうが、あまり変わりはしないだろう。

 残念なことに、その根本的な理由は明確ではないのだが、まあ、気が立っているのかなとは思う。


「邑楽くんは図太い癖に、神経質だからなあ。でも、そういうところ、面倒くさくて大好きなんだよね」

「な、なに? お前は全肯定ハムスターか何かなの? へけへけ言ってくれる感じなの?」

「へけへけは言わないけど、好き好きは言うかも……」

「それはそれで不気味だな……」

「不気味!?」

「不気味だろ……!」


 逆に何で、僕までそれらを全部好意的に捉えると思ってるんだ。

 今の友好的な関係性が保たれているのは、ひとえに僕の優柔不断さだとか、恩を感じているだとか、そもそもグイグイと押されることに弱いだとか、そういう僕の、微妙に褒められない点が根っこにあるからなのだと、ちゃんと理解して欲しいところである。


 いや、まあ、そういう細々とした、言い訳くさい理由を飛び越えて、そもそも神騙自体に不快さを感じない、というのが大きな理由になるのだろうが……。

 だいたい、好いてくれる人を嫌うなんてことは、人には難しすぎるからな。


 それも、とびきり可愛くて、良い子であればあるほど、難易度は跳ね上がるだろう。

 とんでも電波少女でなければ、今頃うっかり惚れていたかもしれないくらいである。


 思春期男子のチョロさを嘗めるなよ。


「きみは本当に、基本的にはチョロい癖に、そこら辺のガードは固いよねぇ」

「攻撃を捨てることで、最低限の防御力を得てるからな。最後の一線だけは守り通す覚悟があるぜ、僕には……」

「邑楽くんの場合、その最後の一線が、ズルズル行ったり来たりしてそうなんだけど……」

「チクチク言葉やめない? 泣いちゃったらどうするんだ、困るぞ、僕が」

「そうなったら、いっぱい抱きしめて、いっぱい良し良ししてあげるよ?」

「マッチポンプすぎるだろ……」


 というか、受け答えが無敵すぎだった。

 防御を捨てた神騙と、攻撃を捨てた僕の対比構図である。あれ? おかしいな……明らかに火力差がありすぎるぞ?


 払った代償は対等なのに、得てる力には天と地の差があった。


「ていうか、邑楽くんは全然攻撃捨ててないじゃない……どっちかっていうと、油断を誘ってカウンターをバシバシ当ててくるタイプだよー」

「そこまで性格の悪いことした覚えが無いんだが……ちょっと濡れ衣にしては重すぎない? 潰れちゃうぞ」

「そういうところは天然なんだから、手に負えないよなあ。まったく……これ以上わたしを好きにさせて、どうするつもりなの?」

「どうもするつもりもないんだが!?」


 まるで僕に何かしらの思惑があるような言い振りはやめろ!

 お社に設置されている、古い木造の階段を数段登り、腰を落ち着けながら、ふぅ、とため息を吐く。


 そうすれば、隣に静かに神騙は身を寄せて来た。

 ふわりと揺れる亜麻色の髪に、薄く透き通った金を幻視して、目を擦る。


「? どうかした? 邑楽くん」

「や、どうもしない。どうもしてない、うん……多分」

「それは絶対、どうかした時の台詞だよ……」

「まあ、そうなんだけどさ……あー、いや、何て言うか」


 こういう聞き方はしたくないんだけど、と前置きをする。

 誰の為かと言えば、まあ、僕自身の為に。


「……ここも、やっぱり前世とやらに、所縁のある場所だったりするのか?」

「──うん、そうだよ。ここはきみの、お気に入りの場所。ベストプレイス、なんて言ってたかな、きみは」

「うわ、すげぇ僕のする言い回しだな……」

「あははっ、だってきみなんだもん」


 当たり前だよー、と笑う神騙に、思わず苦笑いをした。

 そう、そこだ。そこなんだよな。


 神騙が、そうやって同列に語る度に、僕は少しだけ思うのだ。


 前世の僕と、今世の僕。

 果たしてそれは、本当に、同じ人間として語って良いものなのだろうか、と。


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