車両のお昼


 ガタンゴトンと汽車に揺られて、ずぅっと続く線路を駆けて行く。

 電車ではなく汽車という点が、田舎らしさを感じて良いな。


 特別何度も乗っていた訳ではなく、むしろ乗った回数で言えば、都会の電車の方が多いような気さえするのだが、しかし、生まれ育った場所にもあったせいか、実に馴染む乗り心地だった。

 何なら進めば進むほど、見えてくる田舎らしい光景に、安堵すら覚えるほどである。


 まあ、だからと言って、都会と田舎、どちらに住みたいかと問われると、やはり都会にはなってしまうのだが。

 もう少し歳を重ねれば、また違う回答になってしまうのかもしれないが、少なくとも今の僕からしみると、やはり都会の方が住みやすい。


 というか、単純に便利なのである。

 徒歩圏内にコンビニとスーパーがあり、軽く電車に乗るだけで遊び場所に困らないというのは、正直素晴らしいとしか言いようがない。


 田舎は休日になったらイオンくらいしか行くとこないからな。

 しかも行ったら行ったで、高確率で知り合いと顔を合わせることになり、何だか微妙な気まずさを共有することになる。


 ま、僕に知り合いなんていようはずもないから、そんな気まずさを体験することは、それこそ片手で数える程度しかなかったんだけれども……。

 と、まあ、今更ではあるのだが、僕の出身はそれなりに田舎の方だ。


 藍本あいもと家に引き取られる際に、長距離を移動して引っ越して来た形である。

 どれほど遠かったのかと言えば、冬になれば当たり前にみたいに雪が積もっていた、と言えば、少しくらいは伝わるだろうか。


 まあ、そう言った場所の、それなりの田舎に住んでいた。

 今思えば、長期休暇と言えども、その度に毎回どちらかの家にお邪魔していたのは、豪勢というか、余程仲が良かったのだなというのを、改めて認識する。


 ──そう、仲が良かった。

 父と母と、旭さんと沙苗さん。


 何でこうなったかな、と時折思う──不仲とは言わないまでも、不和を生み出している原因である僕が何を、という話ではあるのだが。

 今更ながら、ポカンと空いた長期休暇に、ただ何事もなく過ごすことへの忌避感があった理由に思い至り、少しだけ顔を顰めれば、そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに、ぐぅと腹の音が鳴った。


 隣で肩を預けていた神騙が、小さく笑ってこっちを見る。


「んっ、そっか、もうお昼だね。はい、これどうぞ」

「おぉ、サンキュ……おにぎりか。用意が良いな」

「朝、簡単に作っただけなんだけどね。本当なら、こういうところで食べるのは、ちょっと遠慮したいところなんだけど……」


 わたしたち以外に誰も乗ってないし、セーフってことにしよっか。と、ちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、窓を少し開ける神騙。

 どちらかと言うまでもなく、僕に配慮した発言というか、僕に激アマな発言であった。


 とはいえ、まあ、確かに僕ら以外に乗客がいないのは事実であり。

 換気もしているのなら、そこまで文句を言われるほどのことではないだろう──と、理論武装した後に、包みを開き、


「いただきます」

「はい、どーぞ」


 パクリと一口、大きくかぶりつけば、同時にパシャリとシャッター音が響いた。

 前述の通り、現在車内にいるのは僕と神騙の二人のみ。


 そして、僕の両手は今、おにぎりで塞がっている──以上のことから、それが誰によって鳴らされたものなのかは明白だった。

 スマートフォンを構えた神騙が、ニコリと屈託のない笑みを見せる。


「こっちは気にしなくも良いよー。ほらほら、食べて食べて」

「気にしないってのが無理な話だろ……何撮ってるんだよ。僕なんか撮ったところで、楽しくないだろ」

「んーん、これが結構楽しいんだ。ほら、きみってば良く表情に出るでしょう? ニコニコで食べてくれるの、嬉しいなーって思って。そしたらもう、記録にしておかないとダメじゃない?」

「今の文脈滅茶苦茶だったぞ……」


 どの辺が「そしたら」だったんだよ。超長距離転送並みの文脈の飛び方してたぞ、今の……。

 ジト目をぶつけてやるが、しかし相も変わらずダメージは生み出せず、最終的にツーショットまで撮りだす神騙だった。


 こいつ、自由すぎるな……。

 身をよじって距離を保とうとすれば、非難の声をかけられる。


「あ、こーら、逃げないで。もうちょっとこっち寄って、ね?」

「や、普通に食いづらいし……」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから、ねっ。ダメ……?」

「……手早く済ませろよ」


 文句を言おうにも、ご飯を提供されている身である。

 お願いまでされてしまえば、従うしかあるまい……と思えば、やたらと顔が近づいて来て、身体が強張った。


 綺麗なはしばみ色の瞳に覗かれて、思考が遅くなる。

 だから、手に持つおにぎりをそっと取られたことに、すぐに気付けなかった。


「はい、あーん」

「ん、あ、あーん」


 まだ大部分残っていたそれを、仕方なくモグモグと、与えたれるがままに食べると、少しした後に、ピコンッと音が鳴る。

 シャッター音、ではない。


 いや、つーか、今の……!


「おまっ、動画だったな……!?」

「えへへ、気付くのがちょーっと遅かったね。可愛いきみが、たくさん撮れちゃいましたっ」

「撮れちゃったって、お前な……」


 消せと言っても消してくれなさそうなくらい、キュッとスマホを握って笑う神騙に、小さくため息を吐く。

 まあ、食べ物を恵んでもらっている以上、文句はそう言えないか……。


 まだまだ目的地には辿り着きそうにない車両の中、ま、これも思い出ということにするか、とそう思うことにした。



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