怖いもの


 東京からざくっと数時間後。

 今時、首都である東京からであれば、日本のどこにだって半日もかからずに行けてしまう時代であり、密かに楽しみにしていた駅弁を楽しむ間もなく、新幹線からは降りることとなった。


 さよなら、新幹線……。

 実のところ、ほとんど初めてとも言って良い乗車であったので、駅弁の他には、かの有名な”シンカンセンスゴイカタイアイス”なんかも期待していたのだが、結局相見えることはなかった。


 お陰で乗っていた間の記憶のほとんどが、神騙と駄弁ってお菓子をつまんでいただけである。

 これ……あまりにもいつもとやっていることが変わらないな……。


 ビックリするくらい、ただの放課後のそれと同質だった。

 確実に始めて来るはずの駅に降り立ったというのに、全くそんな気がしない、むしろ既視感を覚えるかのような感覚がするのも、きっとそのせいだろう。


 というか、初めて多々良野たたらのに来た時も、似たような感覚を味わった気がするので、単純に僕の本能がなだけである可能性があった。

 あちこち見境もなく、初見のものに既視感を見出してるんじゃないよ。


 やれやれ……と嘆息をすれば、当然のように手を握られた。


「ぼーっとしてるけど、どうかした?」

「んにゃ、別に何かあった訳じゃない。ただ、最近はデジャヴが多い気がするなって、何となく思っただけ」

「デジャヴ?」

「うん……や、デジャヴってほどでもないか。まあ、何か来たことある気がするなって、そう思っただけ」


 本当に、ただの気のせいだろう。

 流石に神騙に当てられて、僕まで前世電波を受信したということはあるまい。


 そこまでいったら最早、魔法の領域である──なんて思っていれば、神騙は静かに笑い、トンと僕の胸を指先で押す。


「それはどうだろうね。ふふっ、きみの魂が、此処を覚えてるだけかもしれないよ?」

「急に怖いこと言い出すのはやめろ。ほら見ろ、両足が震えてきちゃったじゃねぇか」

「邑楽くんって本当、スピリチュアルな話に弱いよね……」

「当たり前だろ……! ただでさえ、幽霊の類はダメだって言うのに……」


 最近はより弱くなった気がする。

 それもこれも、すべてはその辺の存在を、補強しかねない存在が現れたせいである。


 分かってる? きみのことですよ、神騙さん。

 本当の本当に反省してください。と真顔にならざるを得なかった。


「何ていうか、そういうところは素直だよね、きみは……」

「いやだから、どういうところなんだよ、それは……」

「えー? だって、邑楽くんって何か、”幽霊なんているか、世の中一番怖いのは人間だろ”とか言いそうじゃない? こう……斜に構えた感じで」

「……あれ? もしかしなくても、今の悪口じゃない?」


 僕が思っていたより、神騙の中の僕はニヒリズムなようだった。いや、確かにそんなことを思っていた時期が、なかった訳ではないのだけれども……。

 残念ながら、既にもう一つ上のステージにまで僕は踏み進めていた。


 やれやれ、まだまだだな、と肩をすくめて笑う。


「良いか、神騙。世の中なんてのは、怖いもんで溢れかえってんだよ。だから、そもそも順位なんて付けるのが間違いって訳だ。人もお化けも犬も平等に怖いに決まってんだろ」

「きみ、今世でも犬怖いんだ……」

「その言い方だと、まるで前世とやらでも、僕は犬がダメだったということになるんだが……」

「んー? えへへ、うんっ。そうだよ、きみってば本当に犬がダメでね、小型犬でもビクッてして、わたしの陰にそれとなく隠れてたんだあ。可愛かったなあ」

「可愛い要素が欠片も無いんだが?」


 むしろ、情けない要素百パーセントって感じだった。絞ればジュースになるんじゃねぇの? ってくらいの満点具合。

 どこに出しても恥ずかしい人のエピソード過ぎて、全く関係ない他人の話(神騙からしてみれば、僕のことであるのだろうが)であるというのに、軽く泣けて来て空を仰いだ。


 いい天気だなあ……。

 お陰で陽光が目に染みる。


「ま、それでも一番怖いってのを、敢えて挙げるなら、車だけどな」

「……よしよし。大丈夫だからね、わたしはずっと傍にいて、絶対に離れないから」

「妙だな、そういう話じゃなかっただろ……!?」

「そういう話だったの! それに、わたしだって怖いからね」


 ──だから、怖くないように、こうするんだよ。と、神騙はひと際強く僕の手を握って、華やぐように笑った。

 トン、と軽い足取りで地面を蹴る。


「一人では怖いものも、二人なら怖くなくなる。そういうものでしょう?」

「どーだかな。怖いもんは、怖いまんまだろ。誰が何人いようが、それは変わらない」


 当たり前のことだ。

 一度怖いと思ったものが、怖くなくなることなんて、早々ないだろう。


「でも、まあ、そうだな。誰かと一緒にいれば、怖がる以外に選択肢が増えるのは、そうかもしれないな」

「……ふふっ、そう言うと思った。そういうところ、大好きだよ!」

「はいはい、どゆとこどゆとこ」


 ”そういうところ”が僕にどれだけあるのか、ちょっとだけ気になる僕であった。

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