まだ、彼は気付かない。


 長らく揺られていた汽車からもようやく降りれば、広がったのはどこか安心感すらあるくらい、だだっ広い、何も無い田舎の光景だった。

 もうね、田んぼとかがある訳じゃなくて、ひたすらに”道”があるだけ。


 こじんまりとした寂れた駅と、これまた申し訳程度の駐車場。

 後はもう道路があるだけだ。


 これが本物の田舎なんだよね。

 ほら、見て見て、次のバスとか一時間半後だよ!


 嘗めとんのか。

 田舎の洗礼を諸に浴びた形になり、ふーっと長々息を吐いた。


 ついでにここまで揺られてきた疲れが、どっとのしかかってくる。

 これで駅内にベンチがなければ、普通にいじけて帰る準備を始めていたかもしれない。


 慣れてはいても、不便さに嫌気が差すことは、どうしようもないことなんだよな。

 いや、まあ、流石に僕が住んでいたところは、ここほど田舎ではなかったのだが……。


 引きずってきたキャリーケースを傍に転がして、自販機で買った飲み物をあおりながら、ぐったりと座り込む。


「ちょっとタイミングが悪かったねぇ。前までは、もう少しあったと思うんだけどなあ」

「ま、仕方がないってやつだろ。需要が無ければ、供給も減るもんだ……元から、そんなに多かったとは思えないけどな」

「あはは……まあ、ね。それでも、前までは結構多かったんだよ?」

「その”前まで”の”前”はいつを指してるんですかね……」


 明らかに前世電波を受信しているのだが、しかし、何かもう雨風に打たれて勝手に薄れたのを放置して、まだ運航してる時間だけを、上から補強するように書き直されている時刻表を見ると、どうにも電波と切り捨てるのが難しかった。

 嫌なリアリティの増し方をしてくるな……。


 こういう、客観的な物を出されると僕は弱い。

 とはいえ、ここは神騙にとっては来慣れているであろう場所であり、詳しいのはそりゃ当然なのだから、黒よりのグレーって感じであるのだが。


「でも、どうしよっか? あと一時間半もあるとなると、何でも出来ちゃうね」

「だな。つっても、遊び道具もないし、スマホを触るのも、味気ないしな……」


 かといって、駅構内に何かがあるのかと言われれば、もちろん何も無い。

 無人駅と言うほどではないにせよ、しっかり寂れた駅に、何かを期待する方が間違いというものだろう。


 かと言って、ここで黙って座って一時間以上も待つというのは、退屈に過ぎるだろう。

 ここから先、バスに揺られた後に、どこに連れられて行くのかは未だ不明であるが、まさか足を酷使するようなイベントに見舞われることはないだろう。


 そうであるのなら、先にそう教えてくれるようなやつだ、神騙は。

 それなら、まあ、多少は体力を使っても良いのかもしれない。


「良し、神騙。ちょっと冒険でもしてみないか?」

「冒険?」

「そ、冒険。あるいは探検って、言っても良いかもしれないけどな」

「わお……」

「おい、何だその失礼な目と反応は……」

「いやあ、あはは。まさかきみから、そんなアクティブな言葉が出て来るとは思わなくって」


 ビックリしちゃった、と神騙が笑う。あんまりにもニコニコ言うものだから、何とも文句が言いづらい。

 ついでに言えば、その中身も割と真っ当な理由そのものであり、やれやれと肩を竦めるだけで済ませてやることにした。


 僕はインドア派であることに定評がある男だからな。


「……折角の旅先なんだ。僕だって、ちょっとくらいはテンション上がるさ。悪いな、うざかったか?」

「もー、きみはすぐそうやって、マイナスな方に思考を働かせるなあ。ウザいなんてこと無いよ。わたしはきみが、元気であればあるほど、嬉しいんだから」

「それはそれで、何か僕の与り知らない文脈が乗ってそうで怖いんだけど……」


 絶対に見て取れない感情が乗ってる一言だった。嫌すぎる……気軽に受け取れない言葉はそう簡単に、ホイホイと投げないで欲しい。

 零しちゃうからね。受け取り損ねて怪我しちゃうから。


 ただでさえ、普段の会話からしてジャイロボールみたいな感情のぶつけ方をしてくる神騙である。

 下手に受けたらそのまま失神コースなんだよな。


「まあ、良いなら良い。荷物は……置いて行っても良いだろうけど、一応駅員さんにでも預けるか。確かここ、言えばロッカー貸してくれたろ」

「そうだねぇ、そしたら早速行こっか。一時間ちょっとは、待つだけなら長いけど、何かしてるとあっという間だよ?」

「へいへい、分かってる分かってる。そう急かすな」


 自然と繋がれた手を引かれて立ち上がる。

 いつもとは違う場所、知らない場所。違う雰囲気、知らない雰囲気。


 都会の春とは違う、田舎らしい春の匂い。

 懐かしくも有りながら、やはり新鮮なそれらに後押しされるように、高揚した気分のまま、一歩踏み出した。





 ──勝手知ったる場所であるかのように、凪宇良なぎうら邑楽おうらは荷物を持って駅内を歩く。

 手を繋いでその隣を歩く、神騙かんがたりかがりは、少しだけ思案するように、その横顔を盗み見た。


 ねぇ、きみは気付いているのかな。

 ここは、今世のきみが初めて来た場所なのに、何の迷いもなく、どこに何があるのかを把握できてることに。


 駅内のマップ、バス停の場所、時刻表。

 ちょっと分かりづらい場所にある自販機と、それから、ロッカーがあること。

 駅員さん用のそれは、余っているから、言えば貸してくれること。


 ここを何度も利用してる人じゃないと、知らないことなんだよ。

 初めて来る人が、把握できてることじゃないんだよ。


 たくさん聞きたいことがあって、けれども神騙は、それらをそっとしまい込む。

 言う必要はないことを、彼女は知っているから──今は気付いていなくても、すぐに気付くだろうということを、信じているから。


「ね、そうだよね、邑楽くんっ」

「主語を飛ばして聞いてくるのはやめないか? 神騙の場合、なんかちょっと怖いんだよ……」


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