明日の約束
それから数分後──時間を言い表す必要すら感じないほど、すぐ後のこと。
当然ながら、僕は教室へと立ち寄った訳であるのだが、教室内に居残っているだろうと想定されていた同級生たちは、しかしもう、既に帰宅したらしい。
いや、いいや。あるいは、
お陰で、端っこの机にポツンと残された僕の鞄は良く目立ったし、その席に座って、頬杖を突いていた神騙もすぐに目に入った。
これほどまでに、どこにでもありそうな、誰にでも作れそうな構図だというのに、そこにいる少女が、神騙かがりであるからという理由だけで、酷く絵になるのは不思議だなと思う。
時折、本当にフィクションから出て来たんじゃないかと、世迷言みたいな噂を本気で思ってしまうくらい、神騙は神秘的な美少女ではあった。
いやもう、本当に。
特にあの、如何にも理想的な美少女ですみたいな面をしておいて、口を開けば前世が云々と熱烈に語ってくるところとか超神秘的。
お陰で回れ右して帰りたくなっちゃうもんな。
まあ、それももう、既に慣れつつあるのだが。
人間って何でも馴染むもんなんだなあと思いつつも、こんなことに慣れたくはなかったな……という相反する感情を抱きながら、こちらに気付いて笑みを浮かべた神騙の下へ向かう。
「悪いな、遅くなった」
「んーん、全然良いんだよ。それより、ふふっ、鞄を忘れちゃうなんて、ドジっ子だねぇ、きみは」
「喧しいな……僕にドジっ子属性を付与しようとするな、たまたまだ。だいたい、僕は忘れ物はしないことに定評がある男だぞ?」
「それは誰からの定評なのよ……」
遠回しに、評価してくれる第三者なんていないでしょ? みたいなことを言う神騙であったが、困ったことにその通りだったので何も言えなかった。
クソッ、こいつ、僕を黙らせるのが上手過ぎるだろ。
「でも、そんなに急いでたのに、どうしてもわたしの明日が欲しかったんだ?」
「どうしてもって言うか……うぅん、まあ、間違ってはないんだが……」
「?」
「説明がちょっとばかし難しいんだけど……まあ、こういうのを貰ってな」
二人分の乗車券をペラリと机の上に置いて、事の経緯をざっくりと語る。
マスターさんからは、別に口止めされてる訳でもないからな。
改めて説明するとなると、何だか僕がゴリ押されっぱなしなだけで、微妙に泣けてくるのだが、それはもう仕方がないだろう。
あまり上手ではない僕の語りに、神騙は「ふぅむ」と少しだけ唸り、難しそうに乗車券を眺めた。
まあ、やっぱりいきなりすぎるよな。
明日空けとけ、なんて言ってしまったものの、やはりキャンセルとした方が良いかもしれない──なんて、放課後になってしまった今、そう思うのはズルか。
ここは平身低頭、何でもするから許してくださいの態勢に入った方が良いかもしれない……なんて考えていると、はしばみ色の瞳がそっと僕を見た。
「わたしは別に良いけれど……邑楽くんは大丈夫なの? 多分、泊りになっちゃうよ?」
「……泊り? え? 何!? そんなに遠いところなのか!?」
「きみ、調べすらしなかったんだ……きみらしいと言えばきみらしいけど、ちょっと不用意だなあ。もうっ、デートのお誘いとしては、赤点だよ?」
「いつの間にかデートにされている……」
いや、まあ、確かに二人で出かけることをデートと言うのは、間違ってはいない気がするのだが……。
何とも言葉にしてしまうと、ニュアンスがかなり違ってくるような気がした。
そこまでラブな雰囲気ではない。
「ここだと多分、目的地が駅から離れてるから。乗り継いで、バスに乗って、ちょっと歩いて……って感じになっちゃうかな。だから、移動だけで一日終わっちゃうと思う」
「すげーな。良く僕の雑な説明で、そこまでマスターの意図が汲めるな……」
「えへへ、長い付き合いですから」
「ふぅん……」
「あれ? 嫉妬しちゃった?」
「してないしてない。むしろ逆だ、感心してたんだよっ」
「も~、そんなに隠さなくて良いのに。そういうすぐに嫉妬しちゃうところ、わたし大好きだよ?」
よーしよしよし、わたしの一番はきみだからね~! と、やたらとテンションを上げて、僕を抱えるように抱きしめる神騙だった。
そのままわしゃわしゃと頭を乱雑に撫でられる。
そのうち顎とか撫でて来そうな勢いである。
もしかしてこいつ、僕をデカい犬かなんかだと思ってるんじゃないか?
ええい、僕は人間だぞ! と何とか離れ、向かい合うように座り直す。
神騙は、至極残念そうな顔を向けてきたが、これは鋼の心で無視だ。
「それにしても、一泊か……」
「わたしとは、嫌?」
「嫌って言うか、流石に気が引ける。つーか、泊まるところだって決めてないのに、明日行くってのは無理があるだろ。やっぱり、マスターさんには申し訳ないけど、今回は──」
「ん、大丈夫。泊まるとこはもうあるよ。しかもお金もかからない……もちろん、ちょっと事情があるけどね」
「おい、急に怖いこと言い出すなよ……なに? 幽霊屋敷にでも泊まらされんの?」
絶対に嫌だった。深夜、知らん女の人に覗き込まれでもしたら、その場でショック死する自信がある。
僕の心臓はノミ以下だということを、良く良く理解して欲しいものだった──というか、幾ら何でも詳しすぎだろ。
何で駅名から、そこまで丸っと詳細まで分かるんだよ……。
神騙とマスターさん、普通にグルか? と思ったが、本当にそうであるのなら、乗車券なんて、神騙から渡せば良いものである。
それに、よくよく考えてもみれば、前世について調べるという話なのだから、神騙が詳しいのは当然だった。
むしろ神騙が知っていなければ、他に誰が知ってるんだよと言う話でもある。
「あははっ、まさか、そんな訳ないよ~。……まあ、確かにちょっと、曰く付きではあるかもしれないけど……」
「は? おいちょっと待て、普通に聞き捨てならないぞ今のは!?」
「でも大丈夫! 出たとしても、それはきっとわたしの霊だから!」
「……? ???」
「それか……きみの霊、かな!」
「??????」
本気で意味の分からないことを言い出す神騙だった。な、なに? 生霊とか出ちゃう感じなの? それともその場で殺して霊にしてやるよってこと?
どちらにせよ勘弁願いたい感じである。下手な幽霊屋敷よりよっぽど性質が悪いじゃねぇか!
「とっ、とにかく、大丈夫! それにほら、わたしが隣で一緒に寝てあげるからっ。ね? 怖いものなんて、一つも無いでしょ?」
「いや、その場合、お前が一番怖いんだが……」
「……確かに、耐えられないかも……」
「そこは素直にそんなことないって言って欲しかったんだけどなあ……」
ちょっと本気で心配になってきちゃったんだけど? と思うのだが、割と真剣な顔で言うものだから、こちらも思わず佇まいを正してしまった。
「まあでも、大丈夫大丈夫。どっちかっていうと、きみがわたしを襲わないかが心配かなあ」
「失礼なやつだな、僕は生粋の紳士だぞ?」
「うんうん、それなら何にも問題はないね。それじゃあ、明日の準備も兼ねて、ちょっとお買い物に行こっか!」
「……神騙、お前、誘導尋問とかが得意って言われたりしないか?」
何かもう、そういう職についてる人なのかなってくらい、都合の良い台詞を吐き出させられた気がする僕だった。
おかしいな……と頭を捻る僕に、しかし神騙は、柔らかい笑みを浮かべ、
「わたしが凄いんじゃなくて、きみがチョロいんだよ。不安になるくらいね」
なんて失礼なことを言うのであった。
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